Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前回からの連想で、「この本の表紙にもジェレミーが」という話題です。それに加えて序文も書いています。

"The Final Adventures of Sherlock Holmes" という本は、ドイルのホームズものでcanon(「正典」)とされているもの以外、つまりapocrypha(「外典」)をPeter Hainingが探して1冊にまとめて出版したものです。Peter Hainingは"The Television Sherlock Holmes"の著者(翻訳版は「NHKテレビ版 シャーロック・ホームズの冒険」)でもありますね。

この"The Final Adventures of Sherlock Holmes"の初版は1981年、でもその後とてもたくさんの版が出て、アメリカのアマゾンを信じれば23種類もあります。その全部で表紙が異なっているかは知りませんが、私は5種類の表紙を知っていて、そのうちの3種類に、それぞれ違うジェレミーの写真が使われています。

そしてすべての版でというわけではないのですが、ジェレミーによる短い序文がついています。これはKindle版で読むことができます。日本のアマゾンのKindle版のアドレスを下に書きます。「なか見!検索」をクリックして、目次がすぎたあたり、"Foreword by Jeremy Brett"の文字の下に6行の文章、そしてジェレミーのサインが入っています。
https://www.amazon.co.jp/dp/B00HVF6RZY

ジェレミーによる序文を引用します。

コナン・ドイルがホームズ物語で創り出した世界、その中心を探る旅はこれまでも、そしてこれから何百年も続くでしょう。

今回ピーター・へイニングは、よく知られているホームズ世界に、あらたにつけ加わるものを集めました。これでさらに理解が深まり、わずかな違いや、細かなところを知ることができます。コナン・ドイルによって、モザイクのように短編や長編が合わさって形作られた世界には、豊かな色と形が付け加わりました。

ホームズならこう言うでしょう。「さあ、そのまま続けてください!」


The search for the centre of Conan Doyle’s creation continues and will continue for many centuries to come.

In the meantime, Peter Haining has collected this amazing addition to the legend. More insights, more nuances, more subtleties. The mosaic of Conan Doyle’s invention has some new, rich colours and shapes.

As Holmes would say, "Pray continue!"

The Final Adventures of Sherlock Holmes
By Arthur Conan Doyle
Collected and introduced by Peter Haining with
a foreword by Jeremy Brett

"Pray continue!" がジェレミーのホームズの口調できこえてきます。

この本でジェレミーの写真が表紙になっているのは、たとえばこちらの2001年の改訂版です。
https://www.amazon.co.jp/dp/0709067380
でも残念ながら、これにはジェレミーの序文が入っていません。「改訂版」だから、前の版のために書かれた序文を入れるのは適当ではないという判断でしょうか。ジェレミーが生きていたら、「改訂版」のための序文も書いてくれたかもしれません。私はこれを古本で持っています。表紙が好きです。デイビッド・ワトスンと一緒です。
The Final Adventures of Sherlock Holmes


ほかにジェレミーが表紙にうつっているのは、1993年のこちら、
https://www.amazon.co.jp/dp/0751503665
本がななめで写真がみえにくいのですが、1995年のこちらもまた別のジェレミーの写真です。
https://www.amazon.com/dp/1566198313

そしてこちらは本のタイトルがサイトのページの説明文では"The Final Adventures of Sherlock Holmes" となっていますが、載っている本の写真では"A Sherlock Holmes compendium"と読めるので、多分後者の方が正しいのでしょう。でもこれもPeter Haining編で、そして表紙がジェレミーの写真です。
http://www.baker-street-studios.com/shop/books/the-final-adventures-of-sherlock-holmes/

ちなみにPeter Hainingがジェレミーのことを書いた文章、最近では今年の1月にこちらで引用、紹介しました。
ジェレミーからの電話(3):1995年の雑誌記事より

RM
今日は時間がないので、ちょっとだけです。

BBCのシャーロックの写真を表紙にした、ホームズのペーパーバックを本屋さんでみたことがあります。たとえばアマゾンへのリンクはこちらで、これは2014年の出版です。
https://www.amazon.co.jp/dp/1849907609

同様に、グラナダ・ホームズの写真を表紙に使ったペーパーバックが、Grafton Booksから何冊か出版されています。1987年から1988年にかけてのようです。

私は5冊知っていますが、そのうちで1冊を以前古本で買いました。
The Valley of Fear
アマゾンではこちらにあります。
https://www.amazon.co.jp/dp/0586202676

5冊のうちでこれを選んだのは、この写真がすきだったからです。

この写真の説明は、裏表紙に単に「グラナダTVでシャーロック・ホームズを演じているジェレミー・ブレット」としか書かれていないのですが、The Copper Beeches(ぶな屋敷の怪)の最後のシーンを念頭において撮られた、宣伝用写真ですね。でも実際に宣伝用写真として使われたのをみたことがありません。ある雑誌記事で、白黒のごく小さい写真が使われているのみです。現在ネット上にある写真は、しばらく前にこの本からとられて、今はなくなってしまったファン・フォーラムに投稿されたもので、この表紙からとったために真四角に近い形なのです。元の写真は多分もう少し大きいのでしょう。いつか出てくるでしょうか。

これはジェレミー・ホームズがこちらをみている、その表情、何より目が、そして口も、耳も、手も、ガウンを着ているのも、おでこのしわも、なんとも魅力的で大好きです。

RM
寒くなってきましたね。そして私は今年度は特別で、年度末までどんな数ヶ月になるのだろうかと思っています。

こちらの記事から引用する3回目です。
When I was a child
Interview by Judith Simons
English Woman's Weekly [date unknown], 66.

兄が三人いました。一番下の兄から5歳離れた末っ子で、兄たちのお古の服を着せられるのも、学校が休みだとみんなどこかへ遊びに行ってしまうのに僕は乳母と家にいるのも、ちょっと不満でした。兄たちとくらべて、すごくチビすけという感じでがっかりでした。

I had three brothers. Being the youngest by five years, I was a bit resentful, for I got their throw-out clothes, and in school holidays they went off on their own, while I spent the time with Nanny. Compared with my brothers I felt so tiddly.


このジェレミーの乳母のEllen Cliffordについては、以前こちらに書きました。
Ellen Cliffordの思い出(1)
Ellen Cliffordの思い出(2)、そして今日はEdward Hardwickeのお誕生日です

一つ目の記事で引用した部分を再掲します。

Women in My Life
Woman's Journal [date unknown]

そして、懐かしいナニーのEllen Clifford(エレン・クリフォード)がいました。エレンは以前は母の乳母で、僕たちの家族と53年間一緒にいてくれました。彼女はJudi Dench(ジュディ・デンチ)のように、ちょっとコテージパンにみえるような体型で、よく麦わら帽をかぶって糊のきいたエプロンをしていました。ひとことで言えばナニーと僕は恋人どうしのようだったんです。まだ僕がとても小さかった時、エレンは同じ部屋で眠っていましたから。だからエレンの素敵なコルセットと下着のことも全部知っていて、ボタンをとめるのを手伝ってあげていました。

And then there was my old nanny—Ellen Clifford. She was my mother's nanny before she was mine and she was with our family for 53 years. She was a little cottage-loaf shape like Judi Dench and she used to wear straw hats and starched aprons. Basically nanny and I were like lovers because when I was very small she used to sleep in the same room with me. So I kew all about her fascinating corsets and combinations. I used to help her do them up.


ナニーが大好きで甘えて、いつも一緒で、でも外へそれぞれに遊びにいく兄たちから置いてきぼりにされた「チビ」みたいで、ナニーと過ごすことにがっかりもするんですね。

ナニーとジェレミーの写真は"For fans of Jeremy Brett"では、前回もご紹介したこちらのページにあります。上から6枚目、9枚目、13枚目です。13枚目でナニーがかぶっているのが麦わらの帽子じゃないかと思います。
https://jeremybrett.livejournal.com/74806.html

RM
前回の続きです。でもその前に覚書として、前々回の「ある劇作家・脚本家への葉書」で触れた、”Holmes & Watson”という戯曲を書いたLee Shacklefordについて補足します。彼が脚本を書いた'HERLOCK Pilot Episode "Silver Blade"'をYoutubeで観ることができます。ホームズとワトスンは女性です。
https://www.youtube.com/watch?v=lFUMkszczjI

さて、前回に続いて、こちらの記事から引用します。
When I was a child
Interview by Judith Simons
English Woman's Weekly [date unknown], 66.

この部分は8年前にこの記事に触れたときには、引用していません。

僕の犬は雑種でほとんどがジャック・ラッセルの、Mr Binksという名前の犬でした。僕が15歳のときに、Mr Binksはとても弱って目もほとんど見えなくなってしまいました。獣医のところに行ったのですが、Mr Binksがそこに行くのはそれが最後になってしまいました。獣医はこう言いました。「君はこの犬が大好きなんだろう。それならこの犬が定めに従うのを助けてあげなきゃ。」それがどういう意味か、獣医がMr Binksに何をしようとしているのか僕にはよくわからなかったんです。Mr Binksは僕の腕の中で息をひきとりました。ショックのあまり、医者につかみかかって、たたきました。感情があふれて涙が止まらなくなったのです。この別れはこころに傷を残しました。それから犬は飼っていません。

My own pet dog—he was mainly Jack Russell—was called Mr Binks. When I was fifteen I took Mr Binks, by this time in poor health and nearly blind, on what was to be his last visit to the vet; for he said to me, ‘If you love this dog, you’ll help on his way.’ I didn’t realise what this remark implied, nor what treatment he was about to give the dog. Mr Binks died in my arms. I was so upset I lashed out and hit the vet. I wept and was ridiculously emotional. It was not an easy parting. I’ve never owned a dog since.


読んで、ちょっとびっくりなさったかたもいらっしゃるかもしれません。Mr Binksはジェレミーが15歳のときに亡くなったの?それではあの写真のMr Binksは?ジェレミーが1991年のNPRのラジオインタビューで、16年前に亡くなった、私の'Hound of Heaven'だと話していた、あのMr Binksは?と。

以前にMr Binksに触れた、私のブログの記事は以下のとおりです。
His 'Hound of Heaven'
Mr Binksのこと(1)、でも脱線してTom Burkeのこと
思い出の品:1988年頃の記事より

最初の記事はMr Binksの写真(あとで再度ふれます)、二つ目は1967年(33歳)のインタビューのことを書きかけて脱線(このインタビューにもあとでふれます)、そして三つ目の記事に以下のように書きました。

ジェレミーの愛犬Mr Binksのことは、ご存知のかたも多いでしょう。ただ、子供のころ一緒で、ジェレミーが15歳の時(1948年か49年)に死んだMr Binksと、1970年代に死んだMr Binksがいます。すくなくともジェレミーのインタビューを読んだりきいたりするとそうなのです。

写真をみると両方のMr Binks(と思われるワンちゃん)は同じとは言えないけど似ていて、ジェレミーのなかではこの二匹は名前だけでなくその存在もつながっていたんじゃないかしら、と私は想像しています。たとえば15歳の時にMr Binksを失った時の衝撃と悲しみを話した後、Mr Binksを失ってからはもう犬を飼わなかったと言っているのですが、実際には30代でまた、別のMr Binksと暮らしています。ジェレミーの中でMr Binksは言わば一匹だけだったとすれば、理解できます。


15歳のときに失ったMr Binksと思われる写真は1枚しか知りません。For Fans of Jeremy Brettのこの投稿の下から2番目で、これは"Berkswell Miscellany, Volume V"に載っているものです。
https://jeremybrett.livejournal.com/74806.html

三十代から一緒だったMr Binksと思われる写真は4枚知っていますが、その2枚はやはりFor Fans of Jeremy Brettでみることができます。上から7番目と8番目です。
https://jeremybrett.livejournal.com/73288.html

どうでしょう。15歳のときにジェレミーの腕の中で亡くなったMr Binksと、どこか似ていませんか?

ジェレミーは1967年(33歳)のインタビューで、「無人島にどんなレコードを持って行って、誰を、あるいはどんな生き物を連れていきますか?身内はだめですよ」と問われてこう言っています。

レコードはビーチ・ボーイズのLPの『ペット・サウンド』で、一緒にいくのは私の犬、雑種のBinksです。Binksは犬仲間にはBonkers(あたまのおかしな奴)でとおっているんですけどね。

The record would be the long player by the Beach Boys, 'Pet Sounds.' And, for company, I'd take my mongrel dog, Binks--known as Bonkers to his friends.

http://www.brettish.com/JB_Meets_Diana.htm
LUCKY PENNY TALKS TO JEREMY (D'ARTAGNAN) BRETT
by Lucky Penny
Diana 25 March 1967, #214

愛情にあふれた、あの声で語ったのだろうなあと思います。

そして以前の記事で書いたように、Mr Binksが亡くなってからジェレミーのなかではこの二匹は、二匹にして一匹、天国にいて自分を思ってくれる愛しいMr Binksなのだろうと想像しています。

RM
ジェレミーのお誕生日にりえさんが、ジェレミーが生まれて育ったおうちのことを書いていらっしゃいましたね。
ジェレミー85歳のお誕生日です♪

それで「勝手に連動企画」で、ジェレミーがこのおうちのこと、子供の頃のことを話している記事をご紹介します。

実はこれは、ちょうどりえさんがイギリスから日本にお帰りになる日と、そのあとの回でご紹介しました。
「私が子供だった頃」
「私が子供だった頃」後半

2010年8月のことでした。その頃は原文を併記することを原則とはしていなくて、この記事も英文を載せていませんでした。訳も今読むと、元の文の構造のままに訳していて、もう少しなんとかしたいと感じます。(でも訳は難しいですね。英語の力と日本語の力と、きちんとした訓練と経験と、本当はそのすべてを持っていないとできないことです。深く考えずにはじめましたが、時々こうして訳しているのがこわくなります。)

またこのとき引用しなかった部分もあります。そしてもう8年がたちましたから、同じインタビュー記事を材料にしても、はじめて読む方が多いかもしれません。というわけで、これを再度ご紹介することにしました。

書誌情報が以下のようにはっきりしません。
When I was a child
Interview by Judith Simons
English Woman's Weekly [date unknown], 66.

この書誌情報はUniversity of Minnesotaのサイトにある"The Universal Sherlock Holmes"のウェブ版
https://www.lib.umn.edu/scrbm/ush/volume-3-section-XB
にありました。

このように掲載年月日がわからないのですが、インタビューの最後にホームズを7年間演じていると言っています。撮影がはじまったのは1983年ですから7年後というと1990年でしょうか。あるいはイギリスで放映がはじまったのは1984年ですから1991年でしょうか。

この記事の画像は、以前は活発だったファン・フォーラム "For Fans of Jeremy Brett" に2007年にアップロードされています。上から二番目です。
https://jeremybrett.livejournal.com/121126.html

以前は記事の画像をクリックすると、すぐにオリジナル画像が開いていたのですが、今はそうではありません。環境によって違うかもしれませんが私の環境では、この記事の画像をクリックしてでてくるウィンドウの右下にみえるアップロード・アイコンをクリックすると、オリジナル画像のURLが表示されます。

では一番最初の段落です。

私の人生は1933年11月3日にはじまりました。子供にとって最高のものすべてが、生まれたときから家にはありました。コベントリーの近く、バークスウェルのはずれの大きくてすばらしい屋敷で、そこにはテニスコートもスカッシュコートもあって、馬も犬も何頭もいました。母エリザベスは芸術的なセンスの持ち主で、テラスのある美しい庭を作っていました。住み込みの人が3人、それ以外に通いの4人が家のことをしてくれていましたから、私たち家族は恵まれすぎです。いつもたくさんの素敵な人たちを家に招いていました。私たちの家の扉はいつも開いていたのです。

It all started for me on 3rd November 1933. I began life with everything a child could wish for. We had a huge, glorious, country house on the outskirts of Berkswell, near Coventry, with tennis courts, squash courts, horses and dogs, and a wonderful terraced garden created by my artistic mother, Elizabeth. The family was spoiled rotten, for we had three live-in staff plus four other people who came in to help. We always seemed to be entertaining a houseful of fascinating people; the door was always open.


ジェレミーはこのおうちのこと、いろいろなインタビューで話しています。幸せな思い出がたくさんあるのですね。あたたかくて大きくて居心地のよい、たくさんの人や好きな動物に囲まれた子供時代だったのでしょう。

次は段落二つ分飛ばしたところからです。

最近、僕が生まれた家へ車ででかけました。そこに今住んでいる人とそれまで会ったことはなかったのですが、すぐに僕のことをわかってくれました。「あなたはジェレミー・ブレットですね!」そして「この壁にあるのは、あなたの手形ですか?」そうでした。僕が3歳の頃、客間を広げる工事をしたのですが、その時にぼっちゃりした小さな手を、外のレンガの壁のまだ湿ったコンクリートのところに押し当てたのでした。

Not so long ago, I drove up again to the house which was once my home. I didn't know the people living there now, but they recognised me instantly. 'You're Jeremy Brett!' Then they asked, 'Is this your handprint on the wall?' It was. When I was three years old, we had a drawing-room extension built, and I had pressed my pudgy little hand into the still-wet concrete of the outer brickwork.


りえさんのところで話題になっていた手形のことです。3歳だったのですね。手を押し当てたときのこと、覚えているのでしょうか、それとも手形をみるたびに家族がジェレミーをやさしくからかっていたから知っているのでしょうか。(「これ、あなたの3歳のときの手よ!」)

まだ湿ったコンクリートについた手形、あわててやり直してコンクリートで埋めることなく、お母様のはからいでわざと残しておいたと考えたいですね。

続きは多分次回です。

RM
少し前にアメリカの批評家への手紙をご紹介しましたが、今度はアメリカの劇作家・脚本家への葉書をご紹介しましょう。Lee Shacklefordというひとです。

葉書の画像を見ることができるのはこのページです。彼が文章も書いています。
Capturing Sherlock Holmes
by Lee Shackleford
Jan 29, 2017
http://www.discussingwho.com/2017/01/29/capturing-sherlock-holmes/

下にスクロールすると、ジェレミーが書いた葉書の写真があります。ちなみにその上にあるのは、アイザック・アシモフからのもので、どちらも彼の”Holmes & Watson”という戯曲への感想です。

この戯曲はアマゾンで手に入りますが、私は読んだことはありません。1990年にオフ・ブロードウェイで上演されたとアマゾンのページに書かれています。ジェレミーの葉書の消印は1989年ですから、舞台をみたのではなく戯曲を読んでの感想でしょう。後でふれるPodcastで、共通の知人がジェレミーに戯曲を送ったと言っていますから。
https://www.amazon.com/Holmes-Watson-Lee-Eric-Shackleford/dp/141965957X

葉書のようすをご覧になって、ああ、あのイラストの葉書とピンとくる方もいらっしゃるでしょう。Linda Kingが描いたジェレミーのイラスト入りの葉書です。以前葉書の文字の書かれた方とジェレミーのイラストの方と、両方ご紹介しました。
昨日の記事の補足と、葉書

この葉書をジェレミーはよく使っていました。以前Facebookで、地方誌に載ったLinda Kingの文章が紹介されていたのですが、ジェレミーがこの葉書を使ってくれて自分の助けになったことにふれています。
“The late actor Jeremy Brett supported me for a year by buying my Sherlock Holmes postcards to send out to his fans.”
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10157656455025898&set=pcb.10156029195233220&type=3&theater&ifg=1

そして今回の葉書では、切手の左にもともとある小さなイラストに、ジェレミーが笑顔の線を書き足しているのに気がつきました。かわいいですね!ジェレミーは時々こういういたずら描きをしますね。パイプを描き足したり、エアメールを示す"By AIR"の字に上昇する矢印を描き足したり。後者はこちらでみることができます。
私信(2)

さて、葉書の文章の御紹介です。私は手書きの文字を読むのは得意ではないのですが、これは読めました。99%までは自信があるのですが、英語での書き起こしはせずに和訳のみを載せます。英語は元のページでどうぞお読みください。ただし彼が書き起こしているところだけは、かっこの中に記しました。

ブラボー!素晴らしい戯曲です。私とあなたとはホームズとワトスンについて、いろいろ同じように感じているみたいですね。
”The Secret of S. H.”はロンドンで1年間公演したあと、イギリス中をまわっています。来年はS. H.をあと6作撮影します。いまでも彼をきちんと表現しようと努力していますが、でも絶対にできないでしょうね!
(Still, trying to capture him. Never will!!)

Yours
J. B.


こんなふうにジェレミーから葉書をもらって嬉しかったでしょうね!彼は以下のページで聴いたりダウンロードしたりできるPodcast (Episode 16: Lee Shackleford, From Sherlock to Herlock) の中で、ジェレミーのホームズ、そしてこの葉書のことに触れています。
http://www.discussingwho.com/podcast/episode-16-lee-shackleford-from-sherlock-to-herlock/

21分25秒くらいからは、いままでたくさんの俳優がホームズを演じてきたが、あなたにとって誰が一番のホームズかと問われて、ジェレミー・ブレットと答えます。誰もジェレミーを超えることはできないと。対談相手はそこで「ありがとう。私も同じ意見です」と答えるのがとても嬉しいです。24分10秒からはジェレミーのホームズの特徴を、26分10秒からはこの葉書のことを話しています。共通の知人が戯曲をジェレミーに送ったと説明して、葉書の最後の”Still, trying to capture him. Never will!!”を口にします。葉書の文章をずっと忘れずに覚えているのですね。対談相手は"Oh, how cool!"と言っています。ジェレミーはホームズの背中を追って、でも決して理解し尽くすことはないと思っていたのは、とても印象的です。

ジェレミーはこの葉書のように、たとえ直接の面識がないひとにでも、言葉で気持ちを伝える手間を決して惜しまないひとだったと感じて、それがわかるものをまたみつけることができて嬉しかったです。画像を載せてエピソードを話してくださったことに感謝します。


そして今日はジェレミーのお誕生日。今日もこちらはよいお天気でした。
今年もお誕生日、おめでとうございます。あなたのホームズはこれからもずっと、たくさんの人にとって一番のホームズであり続けるでしょう。そしてあなたの思い出はこれからもずっと生き続けるでしょう。

RM
前回に続いて、eBayに出品された"Act of Reprisal" (1964) の宣伝用写真です。Worthpointというサイトに残っている記録を使って御紹介します。

2015年8月に落札された4枚です。まずはこちら。笑顔です。"eBay"の文字が入っているのが残念ですが。
https://www.worthpoint.com/worthopedia/extremely-10x8-photo-jeremy-brett-act-1779309837

食事当番として下ごしらえしているところ、Youtubeのぼんやりした映像ではよくわからなかったのですが、玉ねぎを地上部分で束ねたものでしょうか?形はジャガイモのようにもみえます。

でも映画ではこんな笑顔での食事当番ではなかったのです。支配者イギリス人への抵抗組織に捕らえられた、支配者側の植民局長が、キプロス島の山野を旅する彼らの食事当番や荷物運びをさせられるのですから。

Youtubeにある映像ではこの部分です。捕らえられた最初の日、気を失ったあと目が覚めて食事当番を命じられたところです。
https://youtu.be/enYSFBugVb0?t=1215
食事の下ごしらえをはじめたジェレミー演じるフリーマンに、一人の男がちょっかいを出し、靴でフリーマンの顔にさわります。フリーマンはナイフを持ったこの男に素手で立ち向かい、バケツや(多分)鍋を投げて応戦します。ここでフリーマンをかばって男をとめる女性が、のちにフリーマンを愛するようになる、この物語のジュリエットです。

というわけで、この写真のような表情はこの場面ではみられないのですが、このグループとの旅の中で、彼らとフリーマンの間には友情や仲間意識が生まれますから、これは旅の中盤以降の彼の気持ちを表しているともいえるでしょう。仲間のために食事をつくる笑顔です。

次の写真はこちらです。
https://www.worthpoint.com/worthopedia/extremely-10x8-photo-jeremy-brett-act-1779309836

これは映画ではこちらのシーンに対応するのでしょう。この後彼は(よく見えないのですが多分)武器を奪って逃げようとして、地面に押さえつけられます。
https://youtu.be/enYSFBugVb0?t=1612

そしてこの少し後に、私が好きなシーンがあります。彼らの踊りの輪に加わるように言われて、見よう見真似で踊るところです。このあたりから、彼らの中にとけこんでいくのです。このシーンの写真がもしもあったら、不器用に踊りながらの、ちょっと恥ずかしげな笑顔でしょう。
https://youtu.be/enYSFBugVb0?t=1880

残りの2枚は悲劇に終わる恋の相手との写真です。このグループの女性の闘士で、先ほどのダンスの場面でフリーマンの手をとって踊りを教えてくれた女性、そして最初のシーンでフリーマンをかばった女性です。
https://www.worthpoint.com/worthopedia/extremely-10x8-photo-jeremy-brett-act-1779309835
https://www.worthpoint.com/worthopedia/extremely-10x8-photo-jeremy-brett-act-1779309834


久しぶりにこの映画をみたくなりました。

RM
“Act of Reprisal”という映画について以前書いたことがあります。
'Act of Reprisal' (1965)

以前は1964年としているサイトと1965年とが混在していたのですが、いまはほとんどが1964年としています。撮影が1964年、公開が1965年なのではないかと思うのですが、今回はWikipediaやIMDbにあわせて「1964年」と書きます。

またタイトルもサイトによって違っていて、The British Film Institute (BFI)のページでは"An Act of Reprisal"となっています。冠詞のある・なしだけとは言え、違っています。
https://www.bfi.org.uk/films-tv-people/4ce2b8b00ce10

この作品がほとんど上映されず、よく知られずに不遇であったことを示しているのかもしれませんし、場所によって、または時によって、二つのタイトルのどちらかで公開されたのかもしれません。私は前者だと思います。実際、The Los Angeles Timesの1991年の映画評に、"unseen for more than 25 years"と書かれています。1991年当時で25年以上、ということは、1966年以降、あるいはその前からお蔵入りということになります。
http://articles.latimes.com/1991-09-13/entertainment/ca-2046_1_movie-review

この作品はビデオにもDVDにもなったことがありませんので、YouTubeのアドレスを書きます。画質も音質も良くないですが。こちらでは画面上のタイトルは"An Act of Reprisal"と読めます。
https://www.youtube.com/watch?v=enYSFBugVb0

この作品の説明として、以前このように書きました。

「舞台は1950年代、イギリスの直轄植民地だった頃のキプロス島です。多数を占めるギリシア系住民の間でギリシアと合併しようとする運動が高まり、反イギリス暴動とテロ活動へと先鋭化しました。さらにトルコ系住民の分割要求も高まって抗争が激化しています。」

「この作品は反戦思想を背景にした悲劇的なラブストーリーで、ジェレミーは植民局の若い局長です。最初はヨットに、ドライブにと気楽に遊び回っている支配者側の、考えなしの男のようにもみえます。しかし過酷な体験の内に誠実で勇敢な男として成熟していきます。」

この映画は上であげたLA Timesの映画評に書かれていたとおり、「ロミオとジュリエット」です。敵同士の二人の愛の物語で、悲劇に終わる運命です。そしてもちろん、ジェレミーがロミオです。


さて、この「ロミオとジュリエット」の二人がうつっている、珍しい写真をご紹介しましょう。以前eBayに出品されたもので、前回の手紙と同様、Worthpointのページに記録が残っています。
https://www.worthpoint.com/worthopedia/collection-jeremy-brett-original-1778049363

このページのたくさんの写真が並んでいる画像の、左上にMy Fair Ladyのおなじみの写真、そしてその下に3枚重なっているのがいずれも"Act of Reprisal"の宣伝用写真です。3枚のうちの一番上はネット上で比較的よくみるものですが、その下2枚はこのときのeBayでの出品で、私ははじめてみました。

重なっている写真は一枚ずつ見ることができます。出品者は参考画像を四つ添えていますが、私の環境では三つ目までしか最初は表示されていません。三つ目の画像(写真の裏側ばかり6枚が並んだもの)をクリックすると、その右側に四つ目の参考画像が表示されます。私が使っているのはMacで、他の環境でも同様の操作かがわからないのですが、四つ目もご覧になれますように。

四つ目の画像の上の段2枚が、"Act of Reprisal"の写真で、この映画の「ロミオとジュリエット」の二人です。ホームズしかご存じないかたは驚かれるかもしれません。1枚目は上半身はだか、2枚目は抱擁とキスの写真ですから。なお中段の3枚はいずれも"War and Peace"からで、下段の左は"Act of Reprisal"の別の写真、この4枚は以前からよく見ていました。

次回ももしかしたら、"Act of Reprisal"の写真をご紹介するかもしれません。この映画は不遇であったとしても、宣伝写真はきちんと作られていたようで、ほとんど上映されなかったのはどういう事情があったのだろうかと不思議に思います。そして写真の中のジェレミーの表情をみると、いまのぼんやりした映像ではなく、鮮明な絵とニュアンスの伝わる音声とで、この映画をみてみたいものだと感じます。

ちなみに出品者の四つの参考画像のうちの二番目にうつっている写真も素敵ですね。下段の3枚の写真のうちの一番左と一番右は、私はこのときはじめてみました。一番左の写真の縞柄の襟、これは紅茶を入れているこの写真でもみましたので同じ時に撮られたものかもしれません。
https://www.gettyimages.co.uk/detail/news-photo/english-actor-jeremy-brett-makes-a-cup-of-tea-november-1965-news-photo/931412466

RM
前回の続きで、こちらで読めるジェレミーの手紙の、最後の部分です。
https://www.worthpoint.com/worthopedia/jeremy-brett-autograph-personal-1731400044

1982年2月に私と仲間達はホームズ物語発見の旅に出ました。途中の道のりは危険を伴うものでしたが、しかしついには満ち足りた旅となりました。私たちの努力をこれほど簡潔に「聞きとげて」くださるひとがいたのですから。仲間たちすべてを代表して、改めてお礼を言います。

でも個人的に私がとても感謝しているのは、ドイルなんです。サー・アーサーが魅力的なロンドンの街を作ってくれたことに!過去にすっかり圧倒されて、でもようやく回復しつつあります!

もう一度感謝を、そして"Onwards & Upwards" J. Brett


The voyage of discovery that my colleagues and I have taken since February 1982 has been a dangerous but eventually pleasing one when someone 'hears' our endeavour so succinctly. Again, on behalf of all of us, thank you.

But the gratitude, I feel personally, is to Doyle—Sir Arthur, for his bewitching London! The past has nearly eaten me alive, but I begin to recover— !

Again—appreciation and
Onwards & Upwards—    J. Brett


グラナダシリーズをきちんと評価してもらえた、わかってもらえた、という喜びが感じられます。シャーロッキアンで、ドイルを高く評価しているひと、映像化作品や舞台もみている批評家が、自分たちの製作の意図、努力の方向を正しく理解してくれたのですもの。

そして
"But the gratitude, I feel personally, is to Doyle"
というところは、最初手紙だけを読んだときは、ちょっとひっかかりました。批評家への感謝の手紙の最後に、「私が感謝しているのはドイルなんです」と書くのは失礼じゃないかと。でも「ジェレミーからのお礼の手紙(4)」で書いたように、ここはMasloski氏が記事中で、ドイルの描くロンドンに触れたところに対応しているのでしょう。そして氏もドイルを高く評価していることを知ったからこそ、こう書いたのでしょう。

最後の"Onwards & Upwards"は訳しませんでした。この言葉については、以下の記事に書きました。
Onwards & Upwards! 
お誕生日です。そして"Onwards & Upwards!" 

ここまで、出品者がつけてくれた手紙文の書き起こしを使っていますが、書き起こしではこの後にこう書かれています。

そうです、ライヘンバッハが私たちのロケ地でした!エリック・ポーター、モリアーティ。

Yes. Reichenbach was our location!—Eric Porter, Moriarty.


この部分は手紙をうつした写真でかろうじて部分的に確認できますが、便箋の右はじ、下から上にかけて書かれています。本文を書いた後で便箋を90度回して書き足したのでしょう。Masloski氏の記事にこれに関係する記述があるのかと思いましたが、みつかりません。記事中に「最後の事件」に関する文章があるのならそれへの返答になるのですが。

三つの可能性を考えます。
この部分は記事に直接は関係ないけれども、シャーロッキアンの彼に是非とも伝えたかった情報だという可能性。
この新聞の別の版ではもう少し長くて、批評家が「最後の事件」に触れている可能性。
そしてジェレミーのこのお礼の手紙は、別のMasloski氏の別の記事を読んで書かれたものだったという可能性。

私は1番目ではないかと想像しています。


さて、これでジェレミーのお礼の手紙のご紹介は終わりです。"my colleagues and I"なんていう言い方をジェレミーがするのを、私ははじめて読みました。グラナダ・シリーズの制作を旅にたとえているところも、ロンドンの街への言及も、こころに残りました。

RM
以下の記事の最後の部分です。

Holmes at his best in public TV series
by Daniel Masloski
The Evening News, March 26, 1985
https://news.google.com/newspapers?id=8INGAAAAIBAJ&sjid=zzENAAAAIBAJ&pg=1314,2971986

ドイルは子供のようにひたむきに、こころの底から人生を、ひとを、自然を愛した。そして自分のうちにある喜びと悲しみを、作品の中にあらわす術を知っていた。この愛、この才能こそがホームズ物語を単なるミステリー以上のものにしている。そしてこれこそが新しいホームズ・シリーズを単なるテレビ番組以上のものにしているのだ。さあ、ご覧あれ!

Doyle loved life, people and nature with a child-like fervor and innocence and knew how to communicate his joy and sadness in existence. This love and this talent are what make the Sherlock Holmes stories more than mere mysteries. And they are what make the new series more than mere television. Enjoy!


この筆者はホームズが好きなだけでなく、ドイルの才能を高く評価しているのですね。そしてそれは、ジェレミーも同じでした。

この新聞記事を読んで思うのは、原作に忠実なドラマをつくろう、ドイルを大切にしようというプロデューサーとジェレミーの志を理解して評価している、ということです。ジェレミーは嬉しかっただろうと思います。

さて、それではジェレミーの手紙です。こちらにあります。
https://www.worthpoint.com/worthopedia/jeremy-brett-autograph-personal-1731400044

ジェレミーからのお礼の手紙(1)」でこの手紙について説明しました。繰り返すと、手紙はニューヨークからで、ニューヨークのMilford Plaza ホテル備え付けの便箋に書かれています。便箋には"April 13th, 1985"とあります。手紙の本文を出品者が書き起こしてくれています。

Masloskiさん
          単刀直入に言いましょう。
ありがとう。  あなたが書いた「S. H. の冒険」の
批評記事をたった今、マンチェスターのグラナダスタジオにいる
プロデューサーのMichael Coxに電話をかけて、
読みあげたところです。
プロデューサーは私がそうだったのと同じように、
見識のあるあなたの批評に大喜びでした。
誰でもドイルのホームズ物語に取り組むときには、
はじめは爪先立ちでひっそりと歩き始め、
そしてそのまま爪先立ちで進み続けるのです。
考慮すべきことがたくさんありすぎて、
ほんの小さな足跡さえ残す気にはなれないのです!

Dear Mr. Masloski,
         Quite simply,
Thank you.  I have just read
your review of "The Adventures of S. H."
to my Producer Michael Cox over the
phone at Granada Studios Manchester,
and his reception was as complete
as mine has been, of your enlightened
critique. One starts with Doyle
on tip-toe and proceeds on tip-toe—
there is so much to touch on
dramatically that one hardly dares
even leave a tiny footprint!


英文の方は、手紙における字の配置がわかるように、原文とあわせた場所で行をかえました。"Quite simply"が手紙本文の一行目の右にあって、次の行の最初に"Thank you"があります。出品者は"thank you"と小文字で書いていますが大文字にみえました。ここの文字の配置、なんだか好きです。

最後の二行は便箋の次のページのはじめで、残念ながら出品者が提供している写真にはこの部分はうつっていません。ですから行かえの場所は違っている可能性があります。

ここを含む「爪先立ち」の部分、意味がわかりにくかったのですが、手紙のこのあとの部分にも関係しますが、制作には不安が多くあったことを言っているのではないでしょうか。ホームズ物語の真髄を損なっていないか、シャーロッキアンに受け入れられるのか。一般の視聴者はホームズには飽き飽きではないか、古ぼけた物語としてではなく楽しんでくれるか。

グラナダ・シリーズの成功を知っている今の私たちからすると信じられませんが、1984年の夏にThe Final Problemの撮影が終わったとき、そのあとの制作について、しばらくは何も決まっていなかったとMichael CoxがA Study in Celluloidに書いています("For a while there was no decision about bringing Holmes back to life.")。

でも視聴者の反応、そして批評家の言葉で報われる日がやってきました。

続きは次回のつもりです。

RM

 RM

Author: RM
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