Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

自分にとっての映像上のホームズはBasil Rathbone(バジル・ラスボーン)だということ、いろいろなインタビューでジェレミーは話していますね。たとえばこのブログではこちらで触れました。
Rathboneへの敬意

それではどのワトスンがもっとも好きなのでしょう。もちろんグラナダ・シリーズ以前ということです。そのことを話しているインタビューは、私はこれしか思い出せません。
Baker Street Regular: Jeremy Brett and Edward Hardwicke
Interviews by Jim Knüsch
Scarlet Street, No.5, 1992

ジェレミーが、どのホームズとワトスンが好きか質問されている部分で、SSはインタビューア、JBはジェレミーです。

SS: あなた方より前の作品で、特に素晴らしいと思うホームズかワトスンはいますか。
JB: 一番好きなのはJames Mason(ジェームズ・メイソン)だと思います。私が一番好きなワトスンです。一番好きなホームズはこれからもずっとRathbone(ラスボーン)でしょう。ラスボーンは、Paget(パジェット)の挿絵がそのまま動いているようにみえます。William Gillette(ウィリアム・ジレット)はもちろん見たことがないのです(笑い)。

SS: Are there any predecessors in either role that you particularly admire?
JB: I suppose my favorite one is James Mason; that's my favorite Watson. I guess my favorite Holmes will be Rathbone forever. He seems to me to be the Paget drawings on the move—not having seen William Gillette, of course (laughs).


James Mason(ジェームズ・メイソン)が一番好きだと言っています。彼がワトスンを演じたのは、Murder by Decree (1979) で、ホームズはChristopher Plummer(クリストファー・プラマー)でした。ちなみにクリストファー・プラマーは、「ジェレミーにBAFTA賞を!」の活動を支持するメッセージを書いています。
https://web.archive.org/web/20120229202932/http://www.bafta4jb.com/2011/10/a-letter-of-support-from-christopher-plummer-cc/

演じるという私たちの職業にジェレミーがどれだけの貢献をしたかを見落としてしまって、しかるべき賞を与えないというのは、ひどく残念なことだと思います。たとえば彼はシャーロック・ホームズで世界的な名声を得ましたが、いままで私が観たうちで最高のホームズでした。もっとも完全に近く、もっとも人並みはずれていて、断然、一番本物のホームズでした。

It seems a crying shame to ignore Jeremy and his outstanding contributions to our profession. His Sherlock Holmes for example, which made him an international star, is the best interpretation of the role I have ever seen - the most complete, the most eccentric, the truest by far.


自分もホームズを演じたクリストファー・プラマーが、これほどジェレミーを讃えてくださったことにこころ打たれます。

さて、ジェレミーが過去の作品の中で一番好きなワトスンであるJames Mason(ジェームズ・メイソン)は、1984年になくなったのですね。ジェレミーのホームズはまったく、あるいはほとんど観ていないでしょう。とても残念です。

クリストファー・プラマーとジェームズ・メイソンの二人が出演した作品の邦題は「名探偵ホームズ 黒馬車の影」だそうで、DVDも出ています。「シャーロック・ホームズと切り裂きジャックの対決を描いたミステリー」と書かれています。
https://www.amazon.co.jp/dp/B008RVBX6O

ジェレミーはどういうところが好きだったのでしょう。The New York Timesの映画評を斜め読みしてみました。Mr. Mason's Watson is a splendidly staunch and reliable friend(ジェームズ・メイソンのワトスンは誠実で頼りになる友人だ)と書かれています。
http://www.nytimes.com/movie/review?res=9A00EEDF1331E432A2575AC0A9649C946890D6CF

この、ホームズの良き友としてのワトスンを、グラナダシリーズより前に演じたからこそ、ジェレミーに、自分たちより以前の作品で「私が一番好きなワトスン」と言わせたのかもしれませんね。機会があったら観てみましょう。


ところでジェレミーが「William Gillette(ウィリアム・ジレット)はもちろん見たことがないのです」と言って笑っているのは、ウィリアム・ジレットがホームズを演じたサイレント映画は1916年のもので、しかも映画は失われていたからです。

ところが2014年にフランスでこの映画のフィルムがみつかったという話はご存知のかたもいらっしゃるでしょう。
https://en.wikipedia.org/wiki/Sherlock_Holmes_(1916_film)


なお以前に下の記事に書きましたが、このインタビューは今では全文をネット上で読めます。
「青い紅玉」が大変だった理由:1992年のインタビューより

このインタビューの他の部分にも興味があるかたはどうぞ。少し誤植等がありますので、私は元の雑誌から引用していますが。

RM
Joan Wilson(ジョーン・ウィルソン)とジェレミーの夫婦に関して、前々回の記事を書きながら思い出していたもう一つはこちらです。

Tragedy leads to a new Holmes
by Linda Hawkins
TV Times, 19 December 1987-1 January 1988

このTV Timesのバックナンバーは割合とよく見るもので、そう高くなく手に入ります。また"For Fans of Jeremy Brett" 2007年の投稿に、このTV Timesの記事の切り抜きがあります。下2枚です。
http://jeremybrett.livejournal.com/66197.html

「ジョーンがいたから自分を信じられたのです。ジョーンがいないのなら、演じる意味はなくなりました。でも彼女の死に耐えるために私にできることは、働くことだけでした。無理をして働きすぎました。

(中略)

ホームズはとても孤独な男です。それに影響されてしまって外に出る気がしなくなり、ホテルの部屋に一人こもっていました。ひどい状態になって、ほとんどボロボロでした。」

しかし入院後数週間して、回復の兆しがみえはじめた。退院してからそれほどたたずに次の撮影にのぞんだ。自ら望んだわけではない、ひどく辛い経験をしてきたわけだが、心の傷をもたらしたその経験には、結果としては良い面もあったことが少しずつわかってきた。

「ものの見方がかわりました。ベジタリアンになってからだの具合がよくなりました。思っていたよりも、自分はずっと強いのだと知りました。あの辛い時期を乗り越えたのだから、私はきっととても強いはずです。それを知って、自分を信じることができるようになりました。今はずっと楽な気持ちで生きています。

もちろん今でも妻のことを思って、今も生きていてくれたらと思います。パートナーを失うことの一番悲しい面は、何でも話して気持ちを分かち合う人がいなくなることです。でも少なくとも今私は、悲しむだけではなく前を向いていられます。ホームズの他の映像化作品から重圧を感じることも、今ではなくなりました。膨大なセリフを覚えられるか心配して寝られずにいることもなくなりました。」

'Joan was my confidence,' says Brett, 'and without her there was no reason to go on. But the only way I managed to cope with it was to work. I worked too hard and it all got too much.'

[...]

'Holmes is such an isolated man,' he says, 'and that isolation affected me. It got so that I didn't want to go out. I stayed alone in my hotel room all the time. I became very ill and the experience nearly destroyed me.'

Yet after a few weeks in hospital Brett began to recover and not long after returning home was working on another Sherlock Holmes. He had been to hell and back and it was not an experience he would have willingly undergone, yet gradually he realised that the trauma, in a strange way, had had its positive aspects.

'My outlook changed,' says Brett. 'I became a vegetarian and felt better for it. I leaned that I'm much stronger than I thought. I must be strong to have survived, and that knowledge gave me confidence. Now I'm much more relaxed.

'I still miss my wife, of course. The worst thing about not being part of a couple any more is that you've got no one to share things with, but at least now I can go forward. I no longer feel the weight of those other Sherlock Holmeses. I'm no longer up half the night worrying about learning my lines.'


あのすばらしい作品を知っていて、ジェレミー演じるホームズへの評価と、グラナダシリーズがこれからもずっと賞賛され続け、生き続けていくであろうことを知っている今の私たちからは想像がつきにくいのですが、ホームズを演じるにあたってのジェレミーの重圧と不安はとても大きかったのでしょう。あれだけの大きなプロジェクトで、多くのひとが関わり、多くのお金が費やされているシリーズでした。またホームズは多くの有名な俳優が演じてきた役でした。ホームズという孤独で複雑な男は、明るいジェレミーに暗さももたらしました。そんな中でジョーンの存在、共感と助言は大きな支えだったはずです。その支えを失った中で、仕事に没頭することで自分を持ちこたえようとして、自分の中の何かがばらばらになってしまった。そこからゆっくりと回復する中で、自分を信じられるようになっていったということでしょう。

なおベジタリアンになったと言っていますが、ここ以外では読んだことがありません。1989年のScrawlのインタビュー "The Wonderful Mystery of Sherlock Holmes" で、The Secret of Sherlock Holmesの舞台の前にステーキと言っていましたから、ずっとベジタリアンだったとは思いません。この記事の後でかわったかもしれませんし、この時点ですでにそうではなかったかもしれません。

でもそれ以外の、ものの見方が変わったとか、自分に自信が持てるようになったとか、リラックスできるようになったということはこれまでも読んだことがありますし、亡くなるときまでそうだったのでしょう。そしてそれはジョーンを亡くした辛い経験がもたらしてくれたものだと思えるようになって、それでもやはり、いつも多くのことを話して気持ちを分かち合ってきたジョーンのことを死ぬまで思い続けて恋しく思っていたことでしょう。

久しぶりに会ったひととの話の中で、あるいは自分の日々のくらしの中で、別れのこと、死のことを思ったこの半月ほどですので、ここを引用するためにあらためてこのインタビューを読み直す機会があってよかったと思いました。

RM
(3/20追記:これ、3月18日に書いたのですが、間違って3月16日の日付をつけてしまいました。ですから本文中「ところで昨日 ... 発売されました」の「昨日」は3月17日のことです。なんかこう書いていると日にちとか時とか、そういうものがとても柔らかいもののように思えて不思議になります...。)

前回の記事で、Joan Wilson(ジョーン・ウィルソン)とジェレミーの夫婦は「アメリカとイギリスで離れ離れでも、しょっちゅう電話で話していたようなので」と書きながら、二つの記事を思い出していました。今日はそのうちの一つから引用しましょう。

Sherlock Holmes In America
by Sylvia Lawler
The Morning Call, November 10, 1991
http://articles.mcall.com/1991-11-10/entertainment/2827509_1_sherlock-holmes-charlton-heston-s-holmes-baker-street-irregulars

これはアメリカツアーの時のインタビューで、今までもここから引用したことがあります。
スイスのホテルの暗い部屋で:1991年の新聞記事より
「こんにちは!」「あああああああああ!」:1991年の新聞記事より

「ホームズに腹をたてていました。私はホームズにつかまっている、ホームズが心の中まで入ってきていると感じました。そう感じたのは何よりまず、私が家から長く離れてしまったからです。撮影はロンドンではなくイギリス北部、マンチェスターで行われたので、ホテルの一部屋に閉じこもって、給料のすべてを妻との電話代に使っていました。」

ブレットの二度目の妻、故ジョーン・ウィルソンはPBSの高名なエグゼクティブ・プロデューサーだった。看板番組の"Mystery!"と"Masterpiece Theatre"の責任者で、このプログラムの方針を決め、放映するドラマを選んだ。

「妻は『きっと大丈夫よ、あなた。それだけの価値があることですもの』と言い、僕は答えました。『そうだね、でも...。』」

"I resented him. I found him getting in my hair. I just felt invaded by him. First and foremost, I was whisked away because we don't shoot in London; we shoot in the north of England in Lancashire (Manchester) and I was thrown into a hotel room and I spent all my salary talking to my wife." Brett's second wife, the late, respected executive producer Joan Wilson, was the guiding hand, taste arbiter and ultimate influence over of "Mystery!" and "Masterpiece Theatre" during the golden years of those PBS mainstays.

"She said 'Oh, darling, it will be all right. It's worth it.'

"And I'd say 'Yes but ...'"


実際に電話代にすべてのお金を費やしたかどうかはともかく、普段のちょっとした話も、そして仕事の話も、二人は電話でいろいろと話していたのでしょう。ジョーンはプロデューサーの目からも、ジェレミーの話をきいたり、助言したことでしょう。でもそれだけではなく、俳優の気持ちもわかる人だったはずです。彼女自身がかつて女優でしたから。

女優だったこともあるウィルソンは、あたたかい人柄で、たくさんの人と一緒にいるのを楽しむ性格だった。同僚たちからは、エネルギーにあふれた完璧主義者として記憶されている。

A former actress, Wilson was a warm, gregarious person, remembered by her colleagues as an energetic perfectionist.


There's No Place Like Holmes
By Rhoda Koenig
TV Guide, October 22, 1988
(「完璧主義」の記事で以前もご紹介しました。)

ジョーンは女優の経験から、becomerのジェレミーがホームズを演じることの大変さも、そしてこれを演じることの俳優・ジェレミーにとっての大きな意味も十分わかっていたでしょう。そしてプロデューサーとして、この映像化作品が名作であることもわかっていたはずです。だから、これは素晴らしい挑戦で、それだけのことはある、と励ましたのでしょう。

それに対して'Yes, but ...'と答えた、その時のジェレミーの気持ち、そしてホームズは大きな成功をおさめ、ジョーンは世を去った、その後に訪れたアメリカで、ジョーンとの会話を思い出しながらこれを口にした時のジェレミーの気持ちを想像してみます。



ところで昨日、ジェレミーが詩を読んで参加しているPurcell Consort of Voicesのアルバム、"I Love, Alas" がアマゾンのデジタルミュージックストアで発売されました。
https://www.amazon.co.jp/dp/B06XHH88FM

このアルバムについては以前こちらでご紹介しました。
詩の朗読のCD

絶版のCDが再び形をかえて手に入るようになるのは、とてもうれしいことです。それがジェレミーが関わったものであればなおさらですね。ただアルバムのタイトルが少し違います。以前は"I Love, Alas - Elizabethan Life in Music, Song and Poetry - the Elizabethan in Love"、今回は"The Tudors - I Love, Alas" です。デジタルミュージックストアに各トラックの曲名が載っていて、これは完全に以前のCDと一緒ですから、再発売にともなってタイトルを少しかえたのでしょう。

それぞれのトラックから、少しずつ試聴できます。もちろんジェレミーの朗読のトラックも聴くことができます(試聴は各トラック30秒ずつのようで、でもジェレミーの朗読は一番短いのが39秒ですから、このトラックはほとんどを楽しめます)。トラックごとでもダウンロードできるようですから、ジェレミーの詩の朗読だけの購入も可能です。ただ全体を通じて聴いた方が、このアルバムの良さはより感じられるかもしれません。

詩の朗読のCD」の記事でご紹介した絶版のCDの方も、タイミングによっては中古CDが数百円で販売されていましたから、そちらを待つのもよいかもしれません。

またもうすぐCDの形でもあらためて販売されるようです。絶版ではなく「現役」のCDも買えるようになるのですね。
https://www.amazon.co.jp/dp/B06XCGGSKN

こうしてジェレミーの朗読が古楽ファンにも知られるようになるのは、とてもうれしいことです。

RM
ジェレミーがホームズを語るとき、それぞれのインタビューでいろいろな面に焦点をあてます。ホームズは子供にとってのヒーローだと言っているもの、ホームズとワトスンの友情を語っているものをここ数回で引用したので、ホームズは健全で明るいようにも思えてきますが、もちろんそうではないですよね。ジェレミーはホームズのすばらしさだけではなく、ホームズが内に持つ暗さも見事に表現したのですよね。

本の中のあの複雑な人物を、生身のからだで演じたのがジェレミーでした。そしてbecomerのジェレミーは、しばしばホームズは好きではないと言っていました。(追記:あ、「しばしば」というのは言い過ぎでしたね。「ときどき」に訂正します。ジェレミーにとってホームズの一面である闇の部分は「時に」苦痛だったのでしょう。)

今日引用するのは、ホームズのそんな面を語っているものです。

Super sleuth could be a crook
by Charles Fraser
Evening Times, Sep 20, 1985
https://news.google.com/newspapers?id=Ego-AAAAIBAJ&pg=6012%2C4891201

ジェレミーはホームズのことを調べていくうちに、ホームズの卓越した頭脳と同じくらいに、その尋常ならざるふるまいや性格を重視するようになった。

「できる限り、危うい人間として演じました。ホームズはおそろしく複雑で、他人と交わらない人間でした。並外れた能力を持つ孤独な男です。
彼はコカインとモルヒネ中毒でもありました。誰もが眠りについている夜中にロンドンの通りをさまよう、こころを乱した夜の鳥です。
ホームズは女嫌いです。そして決して鹿撃ち帽をかぶったりしませんでした。田舎で、鹿撃ち帽をかぶるのによい時以外はね。
妙なことに、ホームズのふるまいや性格を研究してどんな男かわかればわかるほど、彼のことが好きでなくなりました。」

Jeremy's study of Sherlock Holmes led him to emphasise his eccentricities as much as his brilliance.
"I tried to play him as dangerously as possible," explains Jeremy. "Holmes was the most complex and isolated creature. He was a lonely man with brilliant instincts.
"But he was also addicted to cocaine and morphine. He was a demented nightbird who roamed around the city streets when everyone else was asleep.
"He was a dedicated woman-hater. And he would NEVER have worn that deer-stalker hat, except perhaps in the correct circumstances in the country.
"Oddly enough," Jeremy admits, "the more I delved into Holmes's personality and character and the more I understood him, the less I liked him."


ホームズが持つ能力とともにこの危うい暗さを、本から抜け出たように表現したからこそ、ジェレミーのホームズはいままでもこれからも、「自分にとってのホームズ」と多くの人に思われ続けるのでしょう。

RM
先月書いた記事「戦車の前に立つ青年:1989年のインタビューより」でご紹介したインタビューからです。2ページあるインタビューのうちの今度は1ページ目からで、ホームズとワトスンの友情についてです。ここで言っている「芝居」とは、"The Secret of Sherlock Holmes"のことです。

出典は以下で、実際のインタビューは1989年の終わり近くにおこなわれました。インタビューのPDFファイルのダウンロード方法については、先月の記事をご覧ください。
"The Wonderful Mystery of Sherlock Holmes"
Scrawl, 2002
https://questingbeastscrawl.blogspot.jp

「男性が互いに腕を組んで歩いているのは妙だと思われるようになりました。ホームズとワトスンはそうしていたものです。親子が道を横切るときのようにね。長いことホームズとワトスンは元祖『おかしな二人』なんじゃないかと思われてきました。この芝居の意味は、最も純粋で素朴な友情をみることができる点だと思います。これは二人の男の劇で、二人とも孤独で何かに傷つき、一人は天才、一人は良き市民です。二人ともそれまでの人生の歴史があります。彼らの友情は澄み切った水のようで、私たちにははっきりとそれがみえます。その純粋さ、そして昔風の品性、信頼、思いやり、礼節がそこにあります。そういった多くのことがその頃は大切にされていましたが、いまは変わってしまいました。」

"It's no longer palatable to see two men arm in arm. Holmes and Watson used to walk around linking arms—like a father and son crossing the road—and it has been suspect for years, they must have been the original 'odd couple'. I think the value of the play is showing friendship in its purest naivety and simplicity. It's a play about two men, both lonely, both lost. One is a genius, one a good man. Both have lived a bit. And their friendship is there like a pool of clear water to see right through, that purity and all those old fashioned things like honour, trust, consideration, manners. So many things were valuable then, and that's changed."


この現代社会のスピードと、ときにはつながりすぎ、ときにはおそろしく分断されすぎている、ひととの関係を思うとき、昔風の友情を語る言葉にほっとします。

もちろんジェレミーは、ホームズの頃が何もかもよかったと言っているわけではありません。上の引用部分に先立つところで、こう言っています。

「あの時代にもどりたいなんて決して思いません。あの頃の貧乏な人々がどれほどみじめな貧困の中にいたか想像もできないし、女性の境遇はあの頃からとても変わりました。いまや男女は友達にもなれます。あの時代、女性はあがめられるだけで、実際の自分をみてもらえず、男性はクラブへ出かけ、女性は家にいてお茶を飲んでいました。いまや全部かわって、私はこうなってよかったと思います。」

"I don't think we'll ever go back, thank God, because we have no idea just how unbearably poor it was, and remember that women have moved much faster—now men and women can be friends. Then, they were worshipped, put on pedestals, the men went off to their clubs and women sat and had tea. Now that's all changed, and I'm very glad about that [...]"


当時のひどい貧困についても女性の立場についても、いまはこうなってよかった、ただし男性どうしの友情については...と先の部分に続きます。

男女の間での友情という言葉で、ジェレミーが二度目の奥様のJoanのことを最高の友人で最愛のひと(my greatest friend and heart)と言っていたことを思い出します(「入院」)。ジェレミーにとって同性の間でも異性の間においても、friendshipが一番大切だったのだろうと感じながら、私にとってのfriendshipを思ってみます。

RM
新年のお慶びを申し上げます。当地は明るい陽射しの元旦で、私は初詣にも初売りにもなーんにも行かず、のんびりと過ごしました。

まず最初に、年末にネットでみつけた記事からご紹介します。BBCでSherlockを演じているBenedict Cumberbatch(ベネディクト・カンバーバッチ)へのインタビュー記事中の、彼の言葉です。

New year, new Sherlock
by Gabrielle Donnelly
Daily Mail Online, 30 December 2016
http://www.dailymail.co.uk/femail/article-4074250/New-year-new-Sherlock-Benedict-Cumberbatch-marriage-children-ll-different-supersleuth-new-series.html

ジェレミー・ブレットがホームズを演じたテレビシリーズをとてもよく覚えています。私の家でいつも繰り返し再生されていました。母がジェレミーの友人でしたから。(同じ時に演劇学校のthe Royal Central School of Speech And Dramaに在籍していた。)彼は素晴らしいなあと思いながら観ていました。

'I have very strong memories of the television series with Jeremy Brett, which was always being replayed in our house because my mother was a friend of his [they attended the Royal Central School Of Speech And Drama at the same time], and I thought he was extraordinary.'


ベネディクトがこうしてジェレミーのことに触れてくれるのは初めてではなくて、何度もこうしたインタビュー記事で目にしているのですが、それでもやはり嬉しいです。嬉しさついでに、新年はじめての記事でご紹介しました。

今までにも何度か彼がジェレミーの名を出しているのをご紹介していますが、一番最近では、3年前のお正月だったのですね。やはりよいお天気のお正月でした。「私は三が日はひたすら家にいるのが常で、初詣にも初売りにも行ったことがないのです」なんて、同じことを書いています。
宝の山の端っこをかじったお正月、そしてベネディクト・カンバーバッチの言葉も少し

その他、以下のような記事でも彼の言葉を引用しました。ご参考までに。
ジェレミーのホームズが愛されていること;Sherlock(シリーズ2)の放送にあわせたトークショー (2012) から
補遺、備忘録 その3(Benedict Cumberbatchとジェレミー)
補遺、備忘録 その7(Benedict Cumberbatch, Martin Freeman, Top 5, Top10)

こちらはベネディクトによる、ジェレミー・ホームズの顔真似もご紹介した記事です。「ベネディクトはジェレミーが演じるホームズの表情の変化に魅せられていたようで、BBCのドキュメンタリー・シリーズ Timeshift の中の How to be Sherlock Holmes (2014) でもそれに触れていました」と書きました。
ホームズの瞬間的な笑み

上の記事であげた番組のクリップがYoutubeにアップロードされました。番組全体ではなく一部分ですから、ここにアドレスを記しましょう。クリックすると顔真似のところからはじまります。
https://youtu.be/lRdd1_bZTo0?t=2m3s


ベネディクト・カンバーバッチが自分よりも前にホームズを演じたジェレミーを評価し尊敬してくれるように、ジェレミーもBasil Rathboneの名をあげて、自分にとってのホームズは彼だ、と言っていましたね。

一方、次にホームズを演じる俳優、次のホームズ作品については、ベネディクト・カンバーバッチは若いですからまだ言及していませんが、ジェレミーは自分の次の俳優がまたホームズを演じるだろうという気持ちが、いつもこころの中にありました。ちょうど、ハムレットをその時代・時代のすぐれた俳優が演じた長い歴史があるように、ホームズもまたこれからも演じられていくだろうと。自分はその歴史の中の一人だと。それを示すジェレミーの言葉として、以前も引用しましたが、やはりこれが好きで思い浮かびます。少し訳をかえて再度引用します。

2ページに分かれて書かれた記事で、引用部分は2ページ目からです。
Brett remains the screen's definitive Sherlock
by Terry Pace
Times Daily, Sep 15, 2004
https://news.google.com/newspapers?id=vXs0AAAAIBAJ&pg=2282%2C2345201
https://news.google.com/newspapers?id=vXs0AAAAIBAJ&pg=4181,2325690

「重要な役は何度も何度も、世代を越えて演じられるものなのです。シャーロック・ホームズという役に私なりの何かを残して、次の人に --- 違う時代のための違うホームズに手渡すことができれば、と願っています。

「その時までの間この役を演じることができて、コナン・ドイルと彼が作り出した人物のために何かができたのをとても幸せに思います。」そしてブレットはこう言った。「自分が一生懸命やってきたことが、認められずじまいではなかったと確かに感じています。それは役者としてとてもうれしいことなのです。」

"Great roles are meant to be played again and again, from one generation to the next. I shall hopefully leave my mark on Sherlock Holmes and then pass on the part to someone else—a different Holmes for a different era.

"Until then, I must say that I feel very fortunate to have had my day and to have done some service to Conan Doyle and the character he created," Brett concluded. "I do know that my efforts have not gone unappreciated. For an actor, that's a very good feeling."


ホームズを演じた俳優の歴史の中にいる一人として、"A different Holmes for a different era"(違う時代のための違うホームズ)に無事に役を手渡せることを喜びとしていたジェレミーのことを思います。ジェレミー亡きあとホームズを演じた俳優は何人もいるでしょうが、この言葉でいつもベネディクト・カンバーバッチが思い浮かびます。

RM
もうすぐこの一年も終わります。

「私」と「あなた」ということも、折々に考えた1年でした。

私は本当のあなたのことを知ることはできない。「あなた」が私の家族であっても友人であっても、世界の向こう側の人であっても。(ここに来てくださっているあなたのことも。そしてジェレミー・ブレットという名のあなたのことも。)でも私が本当の私を「こう」感じるように、あなたは本当のあなたを「こう」感じているのですね。そこにおいて私たちは同じものです。

自分の中の子供ということを、折々に考えた1年でもありました。理屈とか価値とか評価とか、そういうことへの目が開く前の自分。

子供が自由できままでわがままで、好きなことを、好きだというだけの理由で楽しめる時間をすごせますように。不安と恐怖の中にいる子供が、少しでも減りますように。

この1年、いろいろなことがあったけれども、ふりかえって感謝の気持ちをたくさんもちます。


ジェレミーが子供のことを話しているインタビューはたくさん思い浮かびます。今までにもいくつか引用しました。
子供の感受性(「Mystery!: A Celebration」から)
女性の直感と子供の感受性(2);1992年のThe Armchair Detective のインタビューから
子供とホームズ:1991年の新聞記事より

今日はこちらからです。
Jeremy Brett Interview, November 6, 1991
Interviewer: Kevin P. Murphy
http://web.archive.org/web/20131231002736/http://www.murderandwriting.com/entertainment/restored-jeremy-brett-inter.html

これはインタビューア自身のウェブサイトにアップロードされていたのですが、サイトがなくなってしまっていますので、Wayback Machineによって2013年にアーカイブされたページのアドレスを上にあげました。

Kがインタビューア、Jがジェレミーです。1991年ですからアメリカツアーの時です。

J: ホームズが子供にとってヒーローだとは思ってもいませんでした。この9年で知ったのです、特に舞台で演じた時に。「シャーロック・ホームズの秘密」という劇を、彼が100歳になったのを祝って上演しました。

K: いつかアメリカでも上演したいと思っていらっしゃるんですよね。

J: もうその時間はないんじゃないかと今は思っています、正典を全部映像化しようとしているので。1995年までかかるでしょう。そしてバトンをダニエル・デイ・ルイスに渡そうと思っています。その頃には私はホームズにはもう歳をとっていますから、彼にやってほしいですね。

公演のあいだ劇場の責任者に「ずいぶん空席がありますね」と言ったことが何度もあるのですが、そのたびに「ブレットさん、もう一度みてください。あかりがつきましたから、さあもう一度」って言うんです。そして(客席の椅子の背中一つ一つの向こう側を覗いている身振りをして)、子供がいっぱい!かわいい顔、顔!信じられない!子供はホームズが好きで、僕はその理由を知っています。これは去年おきたことで、その理由がごく最近わかりました。セント・ルイスに住む8歳のMichael McClure II(マイケル・マクルア二世)に4週間前に教えてもらったのです。ホームズがドラゴンを退治している絵を僕にくれて、僕が「マイケル...」と言うと、「ホームズはドラゴンをやっつけるんだ。僕はもう、夜いやな夢をみたりしないんだよ!」

K: すごい!

J: すごい!よかった!そして、ドイルが子供の鋭敏な感覚と感受性のすべてをホームズに与えたのが子供達にはわかるのです。ホームズの推理と直感はそこから来るのですからね!子供はその感覚と感受性を8歳でなくしてしまいます。窓の外を見てはいけません、教科書をみなさいと言われた時に。でもドイルはホームズにそのすべてを与えました。だから子供はホームズが大好きなんです。ホームズは法の正義を守り支える者でもあります。だからママとパパがけんかしていると「ホームズを呼ぶよ」って言えるのです。そして子供は少し支えをもらいます。だからホームズは子供のヒーローなんです。3歳のSolomon(ソロモン)とダラスで会ったのですが、私のホームズを全部観ていて、せりふを全部知っているんです!信じられない!ソロモン!

J: And, um, well, what I didn't realize was "You-know-who: S.H." is a great hero to the children. That, I've learned over the last nine years, largely from the play I did. I commissioned a play called, "The Secret of (you-know-who)," for his 100th birthday. 

K: This is the one you're hoping to bring to the States yet.

J: I don't think I've got time now, because I'm going to complete the canon. That will take until 1995. Then, I think I'll just pass the torch on to Daniel Day Lewis, I think. Let him get on with it, because I'll be over the hill by then. Umm, it's the fact that I used to say to the house manager that there are so many empty seats. He'd say, "Mr. Brett, just look again. The lights are on, now. Look again." And, of course [motioning to show eyes just barely peeking over the back of the seats]--children! Little faces! Absolutely unbelievable! They adored him, and I think I know why. I think it's to do--this has all happened over the last year--this particular idea has only recently come to me--through a little boy, called Michael McClure II, age 8, of St. Louis, about four weeks ago. And he gave me a picture of Holmes killing a dragon. And I said, "Michael...," and he said, "Oh, he kills my dragons. I don't have nightmares anymore!" 

K: Oh, wow!

J: Wow! Good news! Then, there are the children who recognize that Doyle has endowed his hero with all the antennae and sensibilities of a child...that's what his deduction and intuition is all about! Children lose it at the age of 8, I think, when they're told not to look out of the window, get on with their books, and it closes in. Whereas Doyle endowed "you-know-who" with all that. That's why the kids absolutely love him. He's also a great upholder of the law. So, when Mom and Dad are fighting, they say "I'll get S.H.," and they've got a little strength there. So, he is a hero to the children. Three-year-old Solomon, is there in Dallas, a little aficionado, has all my films, and knows every word! I couldn't believe it! Solomon! 


このインタビューがネットにあらわれた経緯については以前このように書きました。

このインタビューは、ジェレミーのすごく楽しそうな感じが伝わってきます。インタビューは当時、かなり短く編集されて土地の新聞に掲載されたのですが、それから15年ほどたってこの時のことを突然思い出したインタビューアが、コンピュータの中からインタビューを書き起こした元のテキストをさがしあてたけれども、ワープロソフトの移り変わりのために、文字化けその他でうまく読めないところが多かったそうです。ところが幸いなことに当時の録音がみつかり、そこからあらためて文字におこしたのがこれで、とても臨場感にあふれています。たとえばジェレミーが歌をくちずさんだり、外輪船(paddle-wheel boat)の音の真似をしたところなども、括弧に入れて書かれています。
(「Dame Gwenのこと;1991年のインタビューより」)

ジェレミーの声がきこえてきそうで、好きなインタビューの一つです。客席の椅子の背中の向こう側に子供達をみつけて、"Children! Little faces! Absolutely unbelievable!"(子供がいっぱい!かわいい顔、顔!まったく信じられない!)と言うところ、 "I couldn't believe it! Solomon!"(信じられない!ソロモン!)と子供の名前を呼ぶところ。

短く編集された記事はこちらで読めます。

たとえば新聞掲載記事では"I didn't realize that Holmes is a great hero to the children"というところが、長い方では "what I didn't realize was 'You-know-who: S.H.' is a great hero to the children"となっています。ジェレミーはよく、「ホームズ」と直接名前を出さずに、'You-know-who'とか'S.H.'とか言っていましたね。訳には反映できませんでしたが。

この中でジェレミーが"He's also a great upholder of the law"(ホームズは法の正義を守り支える者でもあります)と言っているところ、もしかしたら首をかしげる方もいらっしゃるかもしれません。正式な法的手続きをすっ飛ばすことも何度かありましたから。でもここで言いたいのは、「悪は露見し(自分が推理により明らかにし)、正義が行われる」とホームズは信じている、ということだと思います。それが、直接ちからを発揮できない、弱い立場にいる子供にとって支えであり救いである、と。

別のインタビューでジェレミーは、「パパがママを叩くんです。助けてくれますか?」という(ジェレミー・)ホームズへの子供の手紙について話していました。そんな時どうすればよいかはとても難しいけれども、決してそのままにすることはなく、専門家の手に委ねる、と。('Holmes is where my heart is...' 雑誌・日付不詳 )

ジェレミーは劇場やアメリカツアーで子供と接することで、子供がホームズを大好きなことを喜び、時にホームズが子供の支えとなっていることに安堵したでしょう。でも悲しい手紙をもらっても直接には助けられないつらさも感じたことでしょう。


最後に、ドラゴンをホームズに退治してもらって悪夢をみなくなった、セント・ルイスのマイケル・マクルア君とジェレミーの写真をご紹介しましょう。Sherlock Holmes Society of St. Charlesのブログからです。写真をクリックすると大きくなります。ジェレミーが右手でマイケル・マクルア君の肩を抱いています。
http://sherlockholmesofstcharles.blogspot.jp/2013/09/how-interesting.html

そしてコメント欄にそのマイケル・マクルア君、いえ大人になったマイケル・マクルア氏からのコメントがついています。今は数学の教授だそうです。「ジェレミー・ホームズは、モリアーティ教授と同じ職業を選んだマクルア青年をよしとするでしょうか?」と書いています。もちろんジェレミーはにこにこ笑っていますよね。


今年はこれが最後の記事かもしれません。ここに来てくださるかたとのご縁に感謝いたします。コメントを下さったかた、拍手をくださったかた、長く来てくださるかた、最近みつけてくださったかた、どうもありがとうございました。みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。

RM
自分の日常には関係がない遠いところに、ひとの大きな苦しみがある時、私はこの日常においてどう感じてどう暮らしていくのだろう。そう思うときに、ジェレミーの言葉で思い出すものがあります。

1989年のインタビューからです。このインタビューの抄訳を以前2回にわけてご紹介したことがあります。このブログを始めた年の記事で、この頃は原文を引用していませんでした。
「Scrawl」のインタビューから(1989年)(1)
「Scrawl」のインタビューから(1989年)(2)

このインタビュー全体が読める場所のアドレスをこの記事で書いていましたが、リンクをクリックしたらもうサイトがなくなっていました。検索したら新しい場所がわかりました。とてもいいインタビューですから、あらためてアドレスを書き、最初の部分をまずご紹介します。

https://questingbeastscrawl.blogspot.jp
こちらのページの上の方に"EXCLUSIVE SCRAWL INTERVIEWS"とあって、その中の"Jeremy Brett"をクリックするとPDFファイルが開いて、ダウンロードもできます。
"The Wonderful Mystery of Sherlock Holmes"
Scrawl, 2002

記事の最初にインタビューアの前書きがあります。この1989年のインタビューが2002年にウェブ上で発行された経緯の説明です。

1989年の終わり近くにイギリスの名優ジェレミー・ブレットと会って話す素晴らしい機会を得たときのことを、私は今でもはっきりと覚えていて、喜びとともに思い出す。そのインタビューはOutlookというロンドンの小さな雑誌のためのもので、次の号の巻頭特集として載るはずだった。しかし、音楽チャートに出はじめたあるデュオのほうがもっと「ヒップ」で、その雑誌が取りこみたいと必死だった若者層に受けがよい、と音楽担当の編集者が発行者を説得したために、ブレットの名は表紙から抜け落ち、Sohoという名がそれにかわり、ブレットの特集は切り刻まれて1ページだけになった。それから10年以上がたって、一度限りのヒットに終わったSohoを覚えているひともほとんどいないだろう。雑誌の発行者も他の仕事に移り、ジェレミー・ブレットも悲しいことに亡くなってしまった。だが別の言い方をすれば、Sohoもいない、雑誌もなくなった、だがジェレミー・ブレットは今でもその名前をよく知られていて永遠に生き続けている。特に、卓越した表現で最高のシャーロック・ホームズを演じたことによって。そして世界中にいるたくさんのファンに愛されている。そしてついに、このインタビューを当初の予定どおりの形で読者に読んでもらおう。

Late in 1989, I had the great privilege to meet and talk with Jeremy Brett, one of the great British actors. I still recall the event with great clarity and pleasure. I conducted the interview for Outlook, a small London-based journal, and it was to be the lead feature for an up-coming issue. Unfortunately, the music editor convinced the publisher that a new chart-bound pop duet, were more 'hip' and would appeal to the young readership the magazine so desperately courted. Hence, Brett was dropped from the cover to be replaced by Soho, and the feature was hacked down to a single page. Now, more than a decade later, Soho are perhaps remembered by very few for their one chart hit, the publisher of Outlook has moved onto other things, and Jeremy Brett is, tragically, no longer with us. Or to put it another way, Soho gone, Outlook gone, Jeremy Brett still a household name, immortalised in particular for his masterly rendering of the definitive Shelock Holmes, loved by millions of fans across the globe... and finally, I get the chance to present the interview as intended.


このインタビューアがずっとこのインタビューを忘れなかったように、今もグラナダシリーズが新しいファンを獲得しているように、ジェレミーの「いのち」はなんと長いのでしょう。本物というのはそういうことなのでしょう。

私の以前の2回の記事で書いたように、このインタビューはとてもよいものです。ホームズとワトスンの関係のことから、息子との会話まで多岐に渡っていて、しかも深いのです。

この中から、今日はジェレミーの以下の言葉を引用しましょう。インタビューアが、ホームズ以外でいま気にかけていることがありますか、何か怒りを感じることがありますかと尋ねます。ジェレミーの答えです。

「私たち皆が怒っていることがありますね。怒り続けていたら、怒りで死んでしまうほどです。かばんを手にさげ戦車の前に立つ、あの青年のことが頭から離れません。そしてあの広場の人々を軍隊が掃き散らしたということ...。私たちはベイルートも失いつつあります。でもどうやってそのようなことと共存して暮らしていけばよいのでしょう。世界のことを気にかける普通の良心を持っているとして、ではどうしたらよいのでしょう?

もし何も感じずにいるとすれば、愚か者の仲間です。もし深い夢から覚めた時に、自分がすすり泣いているのに気がついて、夢の記憶をさかのぼると自分がベイルートの市街を走っていたとしたら...。私の神経過敏なところ、感じやすさが意識下におさまっていることをいつもありがたく思います。

こういうことを話すのはある意味では危険なのです。軽々しくきこえますから。でも軽々しいことではないのです!とても重要なことなのです。」

"Well there are things that make us all steam – but if you go on steaming, you'll just die in steam. The boy swinging his bag in front of a tank is in my mind all the time, and the fact that they swept the square over... We're losing another city, Beirut. But how do you live with that? You may have a universal conscience, but what to do?

"If you don't feel it, you're among the brainless. If you come out of the tunnel of a dream and find that you're weeping and trace it back, and you've been running down a street in Beirut... I'm always glad that sensibility has come with me into the subconscious...

"It’s very dangerous to talk about these things in a kind of way, because I don't mean them to sound flip – they're not! They are profoundly important."


意味を取り違えていないように、意味はあっていても間違ったニュアンスを伝えていないようにと願っています。

以前は"The boy swinging his bag in front of a tank"というのを、衣類などが入ったかばんを手にして戦地となった市街にいる少年のイメージで読んでいました。今回調べたら、これは中国の天安門事件の時に戦車の前に一人たち、戦車が彼を避けて横に進路をかえようとするたびに、戦車の前に立ちふさがった青年のことだろうということがわかりました。1989年6月4日のことです。撮影したカメラマンは、shopping bagを手に、と言っています。
"Tank Man: The amazing story behind THAT photo - Newsnight"
https://youtu.be/SACHK-W4o1E?t=3m50s

彼を写した写真は雑誌LifeやTimeに載り、多くの新聞や雑誌の表紙になりました。その写真はたとえばこちらでみることができます。
Incredible Images Tell The Story Of A Photo Of A Man Who Stood Down Chinese Military Tanks
by Christian Storm
Business Insider, Jul. 22, 2014
http://www.businessinsider.com/famous-tiananmen-square-tank-man-photograph-contact-sheet-2014-7

私もこの光景を覚えています。写真もそうですし、BBC NewsnightがYoutubeに公開している映像(二つ上のアドレス)も当時のニュースでおそらくみたと思います。どうしてこんなことができるのだろう、自分ならその時どう思うだろう、どうするだろう、からだのどこかが痺れるような気持ちの中でそう感じました。ジェレミーはおそらく天安門でのこの時のことを言っていたのですね。the squareというのは天安門広場のことだったのですね。それを今回はじめて知りました。

イギリスから遠いアジアの国、中国の青年のことをジェレミーはどう思っていたでしょう。レバノン内戦の元での一般人の恐怖と苦しみをどう思っていたでしょう。

私がジェレミーの言葉で思うのはこういうことです。

何も感じないわけにはいかない。私たちにはこころがあるのだから。
一方で私たちがこころをかき乱されて、日々の生活でのこころの平和を失うことで、なんの良いことがあろうか。私たちにとっても、苦しんでいるひとたちにとっても。
でも何も感じないふりはできない。一人の人間の言葉として語らねばならない。知らねばならない。大切なことなのだから。


アレッポの人たちがどのような状況にいるかを知る一つの材料として以下の記事を読み、そのアドレスを記します。

「最後のメッセージです」アレッポ市民がTwitterに投稿した別れの言葉
ハフィントンポスト、2016年12月14日
http://www.huffingtonpost.jp/2016/12/14/aleppo_n_13616910.html

RM
The Secret of Sherlock Holmesの舞台の話題を続けます。りえさんのブログの「ジェレミー生誕祭 7」のコメント欄で、りえさんが「ジェレミーが日本にも来る話もあったのですが、結局は実現しないままでした」と書いていらっしゃるのを拝見して、そうそう、と思い出しました。

このブログは「芋づる式連想」と「勝手に連動」でなりたっているブログだとつくづく思いつつ、同じくりえさんのブログのコメント欄でジェレミーのインタビュー映像も話題になっていましたので、両方からの連想・連動で、ジェレミーがテレビのインタビュー番組で「日本にも行く」と行っているところをご紹介しましょう。Youtubeにこの映像があります。
JB TVAM interview - re-upload

以前もここから別の箇所をご紹介しました。
クリスマスの贈り物のイヤリング(テレビインタビューより)
ちょうど5年前の12月24日に書いたのですね。懐かしいなあ。

これを書いたときはFor fans of Jeremy Brettというコミュニティでトランスクリプトを読むことができました。ですからこの記事に記したように、そこから引用していました。しかしこのコミュニティに投稿したひとが自分のアカウントを削除してしまったらしく、数年前にそのページがなくなってしまいました。

でも私はそのトランスクリプトを手元に持っていますので、投稿したひとに感謝しつつ引用しようと思ってファイルをみたら、なんと彼女のトランスクリプトではジェレミーが"Japan"と口にしている部分が含まれていませんでした。それでトランスクリプトを私がききとったもので補います。青字がその部分です。間違いがあったら申し訳ございません。

該当する映像は4分33秒から4分57秒までです。クリックするとそこから始まります。
https://youtu.be/8g7AsMpYXEU?t=4m33s

この部分の直前は、以前「バスに乗って(テレビインタビューより)」で紹介した部分です。ジェレミーが「私が病気だったことを知っていて、病気とたたかって来たことをよく知っているから、皆が本当にやさしくしてくれます。バスに乗っても皆がやさしい」と言います。すると司会者の一人が「病気に苦しんだとおっしゃいましたけれども、そのためにホームズから離れたい、ホームズをやめたいとは思わないのですか?」とたずねます。それにジェレミーが答えます。

病気の後87年に仕事に戻ったのですが、それは私にとって試練でした。でもこうして劇を上演して、今や大きな成功をおさめています。そしてこの劇をこれからアメリカに持っていきます、中国にもいきます、日本でも上演します、オーストラリアでも。そしてあと6本撮影するんですよ。4月からまたはじまることにワクワクしています。多分さらに6本作るでしょう。ホームズをやめるなんてそんなことしません、ホームズを演じ続けて楽しみますよ。



I got back on the bicycle in '87 and that was to get myself through it. Now we have the play, which is an enormous success, and we're taking it to the States, we're taking it to China, we're taking it to Japan, Australia. And we've got six more films to make, the series starts again in April, which I'm thrilled about. And we'll get to do six more apparently. No, no, no, let's just get on and enjoy it.


演じているのではないときのジェレミー、何度みても素敵で、人柄が表情や口調から伝わってきます。もちろん演じている時も大好きですけど、こういう映像は貴重ですね。

ジェレミーがThe Secret of Sherlock Holmesの舞台を世界中に持っていくのを望んでいたことは、たとえばMichael Cox著、A Study in Celluloidにも書かれています。でも実現しませんでした。 ("Jeremy always hoped to take the play to the States and around the world, but that was not to be.") その世界中の国の中で、アメリカ、中国、オーストラリアと並んで日本の国の名前をあげてくれたことがうれしいです。


このトランスクリプトの全文(といっても上に書いたように、ところどころ欠けていますが)をご覧になりたいかたは、上の引用部分の一部を用いて検索すると、検索結果にフランスのファンサイトと、中国のジェレミー・ファンの掲示板が出てくるはずです。ここにpoison_apple37によるトランスクリプトの全文がコピーされています。

フランスのファンサイトのオーナーも、中国のジェレミー・ファンの掲示板のメンバーも、poison_apple37がトランスクリプトを投稿したファンサイト"For fans of Jeremy Brett"のある時期からの常連でした。ですから投稿者に直接転載許可を得ているのかもしれません。私は中国のそのジェレミー・ファンの女性と別のコミュニティで一緒で、とても好きなメンバーの一人でした。思いやりと聡明さと美的感覚を持っていて、私は同じアジアのジェレミー・ファンとして親しい気持ちと連帯感を持っていました。以前ご紹介した、The Blue Carbuncle(青い紅玉)の中のblooper(間違い、へま)を紹介してくれたのも彼女です。
グラナダシリーズのblooper(間違い、へま)その2

私は二つのグループにいたことがありますが、どちらもすでになく、ネット上でのジェレミー・ファンのグループに参加することはおそらくもうないでしょう。会員限定の場所だった一つ目のグループは、居間でお茶を飲んでいるようで、二つ目のグループはガーデンパーティのようでした。懐かしい思い出をくれたあの二つの場所とあの時のメンバーを久しぶりに思い出しました。

RM
前回はThe Musgrave Ritual(マスグレーブ家の儀式書)の宝探しの場面で、原作から方向と歩数を変更したことについて書きました。

ジェレミーがこれについて触れていたのは1987年のインタビューです。
The SHR Interview: Jeremy Brett
The Sherlock Holmes Review, Vol.1, Nos.3/4, 1987

今回もこのインタビューからで、歩き方の部分です。前回のところを含めて、その前からその後まで引用します。原文では一つの段落のところを、和訳では読みやすいように段落をわけています。

その前に引用に先立つ部分をご紹介すると、ジェレミーがホームズの卓越した頭脳の働きは完全な静けさを通して表現するか、驚くほど素早い動きを通して表現するか、そのどちらかですと言います。インタビューアが「マスグレーブ家の儀式書」での歩幅で距離をはかるあのシーンを思い出します、あれはその一例かもしれませんねと言うのに対しての、ジェレミーの言葉です。

あのシーンでの歩き方は斬新ですけど、でも実は僕がドイルから教わったと言えるようなものです。もし実際に庭で歩幅で距離をはかるとしたら当然、走るか大きな歩幅で歩くかのどちらかでしょう。劇的にみせるには大またで、でも相当な速さで歩くしかありません。すばやく動けば庭中を歩き回れます。

あれで一番面白いのは、宝探しの徒歩旅行でドイルが示したとおりの図形を実際にたどって歩くと、始まりと同じ場所に戻ってくるということです。でも私たちは歩く道筋を変更しました。

あの歩き方は滑稽にも見えるという点で大胆です。でも肝心なことは、ドイルが描いた舞台の中におさまるだろうか、それとも私が演じたホームズはそこから出てしまって下手な漫画になってしまっているかということです。いつもそこに気をつけていなければなりません。でも危険をおかしても思い切ったことをやらないと、あらたな表現を得ることはできないのです。

Brett: That was quite daring, but that actual fact was taught to me by Doyle. If you actually try and do a full yard you either have to run it, or you have to stride it out. The only way to do it dramatically, of course, was to stride it, but at speed. If you are moving fast, you do get about an actual yard. The funniest thing about that is that if you actually follow that diagram that Doyle has drawn for that walkabout, you actually come back to the same place from which you started. But we changed that. The walk was daring because it was comic, but it's a question of will it stay in the canvas or have I stepped outside and caricatured? That's the thing one has to watch all the time. But one must dare or it doesn't take off.


インタビューアは、あのシーンで儀式書に従って庭を突進しては方向転換するホームズは、高速回転している頭脳の象徴のようにもみえると言いたかったのでしょう。それに対してジェレミーは(それもあるけど)原作に従ってやってみたらあれしかなかったのだと言います。

普通の歩幅で普通に歩いて原作どおりに「北、東、南、西」と計36歩では、宝探しとしては無意味なものに見えただろう、そうすると(歩数と方角を変えた上でさらに)走るか大きな歩幅で歩くかのどちらかだろう、でも劇的にするなら走るのではなく大また、しかも高速で、というわけです。

そうすることで滑稽さがあらたに加わった、でもいくらユーモアがあっても、原作をないがしろにしたものであってはいけないと考えるのが、原作を大切にするジェレミーならではです。その上でぎりぎりのところで冒険をするというところ、いつもながら、ああジェレミーらしいなあと思いながら読みました。大胆かつ優雅な大またで歩いたあの演技の裏には、こういう気持ちがあったのですね。

よりしろさんの以前のコメントに「ジェレミーホームズが大変品のあるコメディアンに見えることがあります!」とあったのを拝見して、このインタビューを思い出しました。ホームズの頭脳と性質と品を失わない形で私たちをクスッとさせるのは、ジェレミーならではです。

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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