Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前回と同じこの1990年発行の小冊子からですが、記事のタイトルで「1989年のインタビューより」としたのは、インタビュー自体は1989年のはじめの頃に行われたものだからです。
"Partners in Crime: Jeremy Brett and Edward Hardwicke"
Pam Clarke and Yvonne Parkin
Stage Struck, Issue 1, 1990

前回、ジェレミーが映像作品で演じる方が好きな理由としてあげたのは、元来舞台役者である自分にとって新しい挑戦であること、そして具体的には映像作品の撮影は、モザイク画を作り上げるようであることと、カメラが近くにいるので目の表情など、細かい表現ができることをあげています。

これをうけてEdward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)が

でもすべては監督の手のなか、ということも受け入れないといけないよね。映像作品は監督の作品ともいえるものだから。

[B]ut you have to accept that you are in the hands of the director. It's a director's medium.


と言います。ことりさんが前回の記事のコメント欄でも触れてくださっていますが、このインタビューでは場面場面で、互いが互いの発言を引き出すように言葉をはさむのを読むことができます。エドワードもジェレミーと同じように今は映像作品のほうが好きだと言っているのですから、ジェレミーに反論するというのではないのですが、ここで「でも」と言います。これを受けて、ジェレミーはその前の発言の中でくわしく話さなかった、「モザイク画を作り上げる」の中身につながることを、具体例をあげて話してくれるのです。ジェレミーの答えです。原文は段落を分けていないのですが、訳文では読みやすいように三つに分けています。

でも監督と信頼関係を築くことができれば、一緒に作品を作るのって、わくわくするよね。たとえばこんなのを思い出したんだけど --- これはデイビッドがワトスンだった時のだけど --- 時間にすると一瞬の、「青い紅玉」のシーンなんだ。ほんの一瞬のために8人くらいが協調して動くと、どんな素晴らしいことがおこるかという例だよ。

こんなふうに石を指で持っている(ジェレミーは親指と人差し指で持つ真似をする)。カメラはこのあたりに近づいていて、二人がカメラを持って動かしている --- カメラを動かしているのはPaulとMikeだ --- 石にフォーカスが合いはじめる。フォーカスを合わせているのはSteve Oxleyだ。石を持つ手がぐるっと動く。ワトスンが話す。それからホームズが映る。ワトスンからホームズへ。ホームズが手にする石はまたぐるっと動きホームズのセリフが続いて、そこで終わる。そのあいだずっと録音担当が後ろで録音している。部屋の角では照明担当が長い棒で何か操作していて、照明効果は完璧だ。それからピンポイントの照明を担当するのはRay Goodeかもしれない、彼が石を照らしている。シーンの最後でまた石にフォーカスが合う。終わるとみんなこんなだ(興奮した様子をしてみせる)。

翌日ラッシュ(訳注:編集用フィルム)をみにいく。うまくいったかな?成功かな?まるで魔法のように、この青い石、この「青い紅玉」がどんな石かがこの時にわかる。みな歓声をあげる。映像の魔法を作り上げたんだ!ガラスのかけらを青く塗ったもので、青い最高の宝物を作ったんだ。まったくわくわくするよね。これが、映像ならではの魔術だ。

You make your rapport with your director, and working together can be thrilling. There's one example I've got—actually it's one I did with David—but it's just a moment in time, and it was in The Blue Carbuncle. And it was just a moment, just an example of how it's wonderful when you get about eight people working in harmony. The stone is being held like that. (held out between thumb and forefinger) The camera is here on a track and you've got two people pushing there—that's Paul and Mike pushing there—and it starts on the stone, in focus. Here's Steve Oxley on focus, keeping the stone in focus, and it turns round and Watson speaks, Holmes drops in, on to Watson, on to Holmes. The track goes round, the speech continues, you get to the end. You've got the sound man behind. You've got the man in the corner doing a thing with a boom and the lighting's perfect, and there's a pinpoint of light going round, being held by, possibly, Ray Goode, on the stone. End of scene. Back on focus on the stone. We all go (looks agog) ... Next day we go to the rushes. Did it work, did it work? It's like magic, and suddenly you understand what this blue stone, this Blue Carbuncle, [sic] and then you all just whoop with joy, because you've created magic on film! You've managed to make a piece of glass, painted blue, into a blue, zonking great crystal! And that's absolutely breathtaking. That's what the magic of film can do.


ジェレミーが何のことを話しているか、おわかりになりますよね!青い紅玉を手にピータースンが221Bに駆け込んでくる、あのシーンです。ホームズがあの石を手にしてから、石にフォーカスがあたってこのシーンが終わるまで、見直したら20秒、ジェレミーが話すとおりのカメラの動き、ホームズとワトスンの動きでした。(ホームズが石を「親指と人差し指で持つ」というところだけが厳密には違うのですが、これはインタビューをまとめた人が「親指と人差し指で持つ真似をする」と表現したためで、ジェレミーがそう言ったわけではありません。)

こうやってたくさんの人が一緒に働いて、カメラが動き、ホームズの手が動き、カメラのフォーカスが合う対象が替わり、ホームズとワトスンがセリフを発し、カメラのフレームが切り替わり、照明がピンポイントであたり、そうやって撮影されたフィルムの、いわば切れ端が、さらにつなぎ合わされて一つの作品ができる。これをジェレミーはモザイク画にたとえたのだと思います。

カメラ担当と照明担当の人、ジェレミーは名前もあげています。こういうのもジェレミーらしいですね。ちょうど前々回の記事で、ジェレミーがインタビューでプロデューサー、それぞれの作品の監督や脚本家の名前をよくあげる、撮影班の人たちの名前も、と書いたところでした。彼らは単なる「スタッフの一人」ではなく仲間だったのですね。ジェレミーと撮影クルーとの関係については、何度かご紹介しました。たとえばこちらです。
話をきくこと

この記事で引用した部分、再度引用します。プロデューサーのMichael Cox著、A Study in Celluloidからです。

しかし撮影班はジェレミーのためなら、何でもしただろう。理由は二つある。ジェレミーは仕事を何よりも大切にして全力をつくしていたから。そして彼は全員と、仕事をこえた関係を築いていたから。撮影の初日に全員の名前を覚えただけではなく、誰の車が車上荒らしにあったか、誰の赤ちゃんが具合が悪いかも知っていた。ひとの気をひくためにお座なりにたずねたのでなく、本当に心から知りたいと思っていたのだ。

But a film crew would do anything for Jeremy and there were two reasons for this. First, because he was absolutely professional in his work and second, because he knew them all personally. Not only had he memorised everyone's name by the end of the first day's shooting but he also knew whose car had been broken into or whose baby was ill. And this was not a trick to curry favour; he genuinely wanted to know.


撮影現場でのジェレミーをよく知る人が書いた、私がとても好きなジェレミーの描写です。


さて、舞台と映像作品とどちらが好きかという問いに答えた部分を、2回にわけてご紹介しました。ジェレミーたちがどんなふうに撮影していたかが想像できて、今回の箇所も興味深いものでした。ここでジェレミーが名前をあげた撮影クルーは、エドワードもよく知っている、その頃も撮影に参加していた人たちかもしれませんね。エドワードもその名前に微笑みながら、うなずきながら聞いていたかもしれません。

なお、エドワードの発言に答える形でジェレミーが話しているこの部分、ジェレミーはエドワードにだけではなく、インタビューアの方も向いて話しているのだと思いますが、訳すときはエドワードに話している感じの口調で訳しました。

RM
ことりさんと「Colin Jeavonsについてきかれて:1992年の雑誌インタビューより」のコメント欄でお話したインタビューがみつかったので、忘れないうちに引用してみます。

ことりさんが「台詞以外のちょっとした目線の移動や仕草、一瞬の表情などが重要なことを表しているように感じることが多々あります」とおっしゃったのに対して、「 そういえばジェレミーが映画やテレビと、舞台の違いをきかれて、そういうことを言っていたインタビューがありました。目の動きのことを言っていたのだったかしら。あとは、カメラワークやカット割りのことも言っていました」とお返事しました。

私が思い出していたインタビューはこちらに載っていたものでした。
"Partners in Crime: Jeremy Brett and Edward Hardwicke"
Pam Clarke and Yvonne Parkin
Stage Struck, Issue 1, 1990

これは全部で22ページの小冊子です。
https://www.amazon.co.uk/dp/B0000EEUON

第1号となっていますが、第2号以下も出版されたのかはよくわかりません。第2号はDerek Jacobiのインタビューだという予告が書いてあるのですが。

以前こちらでもこのインタビューから引用しました。
短所・長所;1989年のインタビューより

小冊子の発行年は1990年、"The Secret of Sherlock Holmes"の公演が行われていた時の、ジェレミーとEdward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)へのインタビューを記したものです。インタビュー自体が行われたのは1989年のはじめの頃とのことですので、このブログの記事の題では前回も今回も「1989年のインタビューより」としています。

PCはインタビューア、JBはジェレミー、EHはエドワードです。

PC: お二人とも舞台で活躍してきた俳優ですね。舞台のほうが好きですか?
JB: いや、映像作品で演じる方が好きです。
EH: 私もです。今は映像の方が好きです。でもこんなふうに言う時がくるなんて、思ってもいませんでした。
JB: 映画やテレビの方が好きです。大好きなんです。つまり、舞台で長いあいだ演じてきたのに対して、映像作品は新しい挑戦ですから。そしてすごく魅力的です。新しいメディアで、幻灯機みたいです。舞台ももちろんとても面白いのですけど、私はこれまで相当長くそこで演じてきました。映像作品で演じるのにはまだ慣れていなくて、今は何よりも楽しんでいます。心底大好きです。大きなモザイク画をつくりあげるように感じられますし、映像作品ではカメラは人にぐっと近づけますから、俳優は細かい表現をいろいろとできます。そして一言も発せず目の表情だけで、相手にどういう感情をいだいているかを示せて、これは本当にわくわくすることです。

PC: You both seem very much theatre actors. Are you happier in the theatre?
JB: No, I prefer film.
EH: No. I can honestly say now that I prefer film. I didn't think I would ever say that.
JB: I prefer film. I love it. Film is my passion. I mean I've been an actor on the stage for yonks, and film is new. And I find it fascinating, and because of its newness, and the magic lantern. Theatre, of course, is exciting too, but I've done that a bit longer. Film is new to me and I, now, enjoy it more than anything. Absolutely love it. I think that it's just the fact that it's like building an enormous mosaic, and when you're in film, because the medium is so close, you can do so many subtleties and we can build up a relationship with looks, without any words at all, and it can be terribly exciting.


このインタビューが、"The Secret of Sherlock Holmes"の公演時のものだということを考えると、二人ともが映像の方が好きだと言っているのは面白いですね。久しぶりに舞台にもどって、表現の面で戸惑いもあったからということでしょうか。でも舞台の楽しさ、特にこの"The Secret of Sherlock Holmes"でホームズを演じる充実感を語るインタビューももちろんたくさんありますし、基本は舞台も映像作品も同じだと言っているものもありました。

ジェレミーは映像作品で演じる方が好きな理由として、自分にとって新しいということ以外にまず、モザイク画を作り上げるようだと言っています。これは小さい断片を貼り合わせて特定のイメージを描くように、小さなカットを積み重ねてシーンを作っていくことを言っているのでしょう。今日の引用部分のすぐ後でカメラワークやカット割りのことをとても具体的に話しています。シーンを実際に見直さないと間違って訳してしまうかもしれないので、次回、あるいはそれ以降にまわします。

もう一つ映像作品の特徴として、細かい表現ができることをあげています。その具体的な説明として"we can build up a relationship with looks, without any words at all"(一言も発せず目の表情だけで、相手にどういう感情をいだいているかを示せる)と言っていて、私がことりさんとの会話の中でぼんやりと思い出していたのはここでした。あらためてこの文脈に該当しそうな"look"という名詞の意味を調べると、たとえばランダムハウス英和大辞典では、「外観,様子,表情」と「(ある表情を持った)目つき」とあります。私は後者に近く訳しましたが、前者でもいいですね。ジェレミーは本当に細かい動き全てでホームズを表現しますから。でも私はやはり、ここは目による表現のことを主に言っていると解釈したいです。"build up a relationship"も意訳してみましたが、意味をかえていないことを願っています。





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嘘をつく、誠実に対応しない、ひとを脅す、言葉が歪められる。政治の中枢でそれが行われるとき、人権の著しい制限と戦争が明日すぐにやってくるわけではないとしても、この社会が崩れていく音が、小さくても確実にきこえるようです。

そんな時にどう生きていこうか。まず、いま目の前にいるひとにまっすぐ向き合うこと。二度と会わないかもしれない、今日街で会ったひととでも。

私が好きなひとたちは皆、そうしてきました。

そしてやはり選挙は大切です。選挙まで忘れないこと。

RM
最初は前回の記事と同じ、1992年の雑誌インタビューからです。

Baker Street Regular: Jeremy Brett and Edward Hardwicke
Interviews by Jim Knüsch
Scarlet Street, No.5, 1992

この雑誌記事にはジェレミーへのインタビューとエドワードへのインタビューと、両方が含まれているのですが、これはジェレミーが二人のワトスンについて話している部分です。SSはインタビューアです。

SS: 二人のワトスン、David Burke(デイビッド・バーク)とEdward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)を比べてどう思いますか。
JB: 二人のワトスンは、互いに見事に調和したかたちになりました。驚いたことに日本からのファンレターのなかで、そして最近ではロシアからも、「最後の事件」と「空き家の怪事件」の間にワトスンが年齢を重ねたさまがあらわれているのがとても素晴らしいです、と書かれていました。ですから、二人がこころを配って演じてくれたおかげで、そしてデイビッドの後のワトスン役にエドワードはどうかと言ってくれたデイビッド・バークの夫人のおかげで、私は大きな幸運に恵まれてホームズを演じてきました。それから忘れてはならないのは、このプロジェクトのすべてはMichael Cox(マイケル・コックス)がつくりあげたということです。ワトスンがどういう人間かをきちんと後世にまで示したのです。デイビッド・バークとエドワード・ハードウィックという優れた二人の俳優によって、それが可能になりました。
SS: ワトスンが変わったことで、あなたのホームズの演技は変わりましたか?
JB: はい、とても。

SS: How would you compare David Burke and Edward Hardwicke as your two Watsons?
JB: Well, they've very beautifully dovetailed each other. Quite remarkably, some people in Japan and now Russia have written saying how brilliant it was, the aging of Watson between THE FINAL PROBLEM and THE EMPTY HOUSE. So, fortunately, thanks to the enormous tact of both of them—and David Burke's wife, who suggested Edward to take over—I've been very, very fortunate. You must remember the whole project was created by Michael Cox at Granada, to put posterity straight in regard to Watson. Thanks to those two marvelous actors, David Burke and Edward Hardwicke, It's been done.
SS: Did your playing of Sherlock Holmes alter with the change in Watsons?
JB: Oh yes, very much.


二人のワトスンが「見事に調和した」と訳してみましたが、ジェレミーは"beautifully dovetailed"と言っています。"dovetail joint"をWikipediaでみると、なるほど、こういう木の継ぎ方のことなのですね。
https://en.wikipedia.org/wiki/Dovetail_joint

そのあと、「日本」とあるのがうれしいですね!この方、自分の手紙のことをジェレミーがわざわざインタビューで触れてたことをご存知だといいですね。そして当時日本からお手紙を書いていろいろな感想を伝えた方が、この方以外にもたくさんいらしたのでしょう。

デイビッドとエドワード、それぞれのワトスン、私はまったく違和感ありませんでした。不思議です、俳優がかわると、少しすれば慣れるとしても、はじめは以前の印象が残っていて少し居心地悪い気持ちになるのが私は普通なのですが。そして多分多くの方が私と同じように、「最後の事件」と「空き家の怪事件」の間のワトスンの違いを、3年間という時間とその間の生活、そして感情の跡をあらわすものとして、自然にみたのでしょう。

ジェレミーはそれから、マイケル・コックスの功績に触れています。こうしてきちんとプロデューサーの名前を挙げるところ、ジェレミーはいつもそうです。どうしても俳優の名前の方が一般にはよく知られているので、映像作品が話題になっても、俳優以外の名前には触れられないことも多いでしょうが、ジェレミーの口からはメイキャップ係、デザイン担当者、照明や音響担当者などの名前が出てくるのを何度かききました。そしてプロデューサー、それぞれの作品の監督や脚本家の名前はしょっちゅうです。

最後のところ、「演技が変わった」というその内容をききたい気がしますが、このインタビューでは次の話題にうつっています。もしかしたらインタビューアは尋ねたけれども、それは言葉で説明するのは難しいことだったのかもしれません。ジェレミーが別のインタビューで、ホームズが変わったとアメリカPBSのプロデューサーに言われたけれども、自分ではどう変わったかはっきりとは言えない、と話していたことも思い出します。結果として変わったということかもしれません。(あ、でも別のインタビューではどう変わったか話していたのを思い出しました。みつけたらまた書きましょう。)


さて最後に、関連する部分をマイケル・コックスの言葉からご紹介しましょう。彼の著書の A Study in Celluloid (1999) からです。

デイビッドの演技を引き継ぐのは難しいことがエドワードにはわかっていたので、賢明にもエドワードはデイビッドのワトスンを真似ようとはしなかった。そのかわりに自分自身のワトスンをつくりあげた。少し年をとり、さらに思慮深くなり、ライヘンバッハでの悲劇と、それに続く灰色の3年間を悲しみの中にすごしたワトスン。デイビッド・バークのワトスンが3年後にこうなったことを、十分に信じることができるようなワトスンだった。

He knew that David was a difficult act to follow, and very sensibly Edward made no attempt to imitate him. Instead he gave us his own Watson: an older, more serious man, saddened by the tragedy at the Reichenbach Falls and the three drab years which followed. It was entirely believable that this was the character which David Burke's Watson might have become.


そうですそうです、と深くうなずきます。

RM
前回に続いて、Edward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)のインタビューから引用します。その後でジェレミーの言葉にも少し触れます。出典はどちらも、この1992年の雑誌記事です。

Baker Street Regular: Jeremy Brett and Edward Hardwicke
Interviews by Jim Knüsch
Scarlet Street, No.5, 1992

前回「いつもながらエドワードの冷静さを感じます」と書きました。このインタビューの言葉にはエドワードの理知的なところを感じさせる部分が多くありますので、もう一つ選びました。前回と同じくSSがインタビューア、EHがエドワードです。

SS: このシリーズでこころあたたまることの一つは、ワトスンがレストレードとつよい信頼関係にあるところです。特に「空き家の怪事件」と「六つのナポレオン」でそれがみてとれますね。二人のこの関係はColin Jeavons(コリン・ジェボンズ)と一緒に考え出したのですか、それとも台本にそうあったのですか。
EH: そうとらえてくださって、とてもありがたいです。そんなこと思いもしませんでした。もしも視聴者にそう見えるなら、もともと台本にあった人間関係を私たちがみつけて、それが演技にあらわれたということです。多分そういうことだと思います。「空き家の怪事件」では二人が一緒の場面がかなりありました。結局のところ、一緒に出るシーンがあるかどうかで決まります。そうするとシーンの中で二人の人間関係が出来上がっていくのです。

SS: One of the nice things about the series is the rapport that Watson has with Inspector Lestrade, particularly in THE EMPTY HOUSE and THE SIX NAPOLEONS. Did you work this out with Colin Jeavons or was it part of the script?
EH: Well it's very nice that you should have picked that up. It never occurred to me. I think that, if it's there, it was in the script, and we must have just found that and that's what happened. I think that probably is the case; certainly, in THE EMPTY HOUSE, I remember we had quite a few scenes. In the end it's a question of whether you have scenes together; a relationship will develop of some sort.


レストレードとワトスンの間にお互いへの信頼と好意をみてとれるのであれば、まずそれは、そういうシーン、そういうセリフがあるからで、それを元に俳優は画面上でその人間関係をみせるように努め、さらに深めていくのだ、という答えです。脚本をまず大切にする、脚本にあるセリフを尊重した上で、俳優としてそれを形にするという姿勢が感じられます。

とても冷静で理知的な答えで、俳優の仕事をインタビューアに説明しようという気持ちと、脚本家への尊敬がありますね。


こちらは同じ時のインタビュー、「犯人は二人」の話をする中でコリンのことなどをきかれた時のジェレミーの答えです。もちろん質問が違いますから答えが違うのは当然ですが、ジェレミーはあの情熱的な口調もまじえて答えたのではないかと思えて、エドワードとの対比が面白いです。どうにも訳すのが難しいところ、無理して直訳してカッコ内にもとの英語を入れています。

SS: 他の共演者については、何かありますか?ロザリー・ウィリアムズや、作品によってはコリン・ジェボンズが一緒ですね。
JB: 私のレストレード (my Lestrade)、つまり大切なコリン(my darling Colin)は「犯人は二人」に出てくれますし、最愛のロザリー(my darling Rosalie)も一緒です。つまり、言いたいのは私たちはこの長年の間に家族になったということです。ロザリーやコリンが撮影に参加してくれると、いつも大喜びです。

SS: Any remarks about your other co-stars? Rosalie Williams and, on occasion, Colin Jeavons?
JB: Well, my Lestrade, my darling Colin who's with me in this, and my darling Rosalie who's with me in THE MASTER BLACKMAILER—I mean we've become a family over the years. Every time Rosalie or Colin are in it I rejoice.


このジェレミーの情熱的な答えとエドワードの理知的な答えと、ずいぶん違っていて、でもどちらもあたたかいですね!

RM
前々回の記事「過去の映像作品の中で、ジェレミーが一番好きなワトスン」でご紹介したジェレミーのインタビューと同じ時におこなわれた、Edward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)へのインタビューから引用しましょう。

Baker Street Regular: Jeremy Brett and Edward Hardwicke
Interviews by Jim Knüsch
Scarlet Street, No.5, 1992

SSはインタビューア、EHはエドワードです。

SS: あなたのワトスンは、それ以前にいろいろな俳優が演じたワトスンとは違うと感じていますか。
EH: そうですね、当然、私のは今までのワトスンと違っています。違う俳優が演じているのですから。映像作品ではそれぞれの俳優が自分に近い形で役を演じるものだと思います。私がワトスンと似ていると言っているんじゃないんですよ。医者になって自分のいのちを救うなんて、私にはできませんから。(笑い)
SS: ワトスンを医学の専門家としてみるひとは、そうはいないと思いますが。
EH: 私がそうみていますよ。医者であることは私にとって、ワトスンが持つとても重要な部分なのです。探偵であることは医者であることと、とても似ています。患者が痛みを訴えて「どこが悪いのでしょう」と尋ねたとき、医者は説明しなければなりません。とても探偵と似ていると思います。そしてホームズの捜査のなかに医者と共通の分析的な手法があることが、ワトスンの興味をひいたのだと思います。

SS: Do you see your Watson as being different from those of your predecessors?
EH: Well, inevitably it's different, because you're dealing with different actors. I think when you're dealing in film, you have to play very close to yourself. I don't mean to say that I'm remotely like Watson; I couldn't be a doctor to save my life. (laughs) That's a funny way of putting it.
SS: Not many people think of Dr. Watson as a professional man.
EH: Well, I do; that's a very important part of him. Being a detective is very much like being a doctor. Somebody comes to you in pain and says, "What's wrong with me?" and you have to tell them. I think there's a huge similarity, and this analytical side of Holmes' detection appeals to Watson.


最初のところ、「当然違っている」という答えの部分は、いつもながらエドワードの冷静さを感じます。エドワードは冷静だけど決して冷たくない、皆が言うように、あたたかくてユーモアがあって思いやりのある紳士です。

そしてエドワードは自分の役のことをこんなふうに考えているのですね。これを読んだとき、エドワードのワトスンの持つある一面がわかったような気がしました。冷静に一歩ひいて、観察し分析し、わかりやすく伝え、助けの手を差し伸べる。

David Burke(デイビッド・バーク)のワトスンとエドワードのワトスンを比べるとき、デイビッドの中に元軍人の面をより感じ、エドワードの中に医者の面をより感じるひともいるかもしれません。私もその一人です。もちろん二人とも、両方の面を持っているのですが。

エドワードが、ワトスンの特徴として特に医者であることを大切に思っている、ということをこのインタビューで知って、面白く感じました。

RM
自分にとっての映像上のホームズはBasil Rathbone(バジル・ラスボーン)だということ、いろいろなインタビューでジェレミーは話していますね。たとえばこのブログではこちらで触れました。
Rathboneへの敬意

それではどのワトスンがもっとも好きなのでしょう。もちろんグラナダ・シリーズ以前ということです。そのことを話しているインタビューは、私はこれしか思い出せません。
Baker Street Regular: Jeremy Brett and Edward Hardwicke
Interviews by Jim Knüsch
Scarlet Street, No.5, 1992

ジェレミーが、どのホームズとワトスンが好きか質問されている部分で、SSはインタビューア、JBはジェレミーです。

SS: あなた方より前の作品で、特に素晴らしいと思うホームズかワトスンはいますか。
JB: 一番好きなのはJames Mason(ジェームズ・メイソン)だと思います。私が一番好きなワトスンです。一番好きなホームズはこれからもずっとRathbone(ラスボーン)でしょう。ラスボーンは、Paget(パジェット)の挿絵がそのまま動いているようにみえます。William Gillette(ウィリアム・ジレット)はもちろん見たことがないのです(笑い)。

SS: Are there any predecessors in either role that you particularly admire?
JB: I suppose my favorite one is James Mason; that's my favorite Watson. I guess my favorite Holmes will be Rathbone forever. He seems to me to be the Paget drawings on the move—not having seen William Gillette, of course (laughs).


James Mason(ジェームズ・メイソン)が一番好きだと言っています。彼がワトスンを演じたのは、Murder by Decree (1979) で、ホームズはChristopher Plummer(クリストファー・プラマー)でした。ちなみにクリストファー・プラマーは、「ジェレミーにBAFTA賞を!」の活動を支持するメッセージを書いています。
https://web.archive.org/web/20120229202932/http://www.bafta4jb.com/2011/10/a-letter-of-support-from-christopher-plummer-cc/

演じるという私たちの職業にジェレミーがどれだけの貢献をしたかを見落としてしまって、しかるべき賞を与えないというのは、ひどく残念なことだと思います。たとえば彼はシャーロック・ホームズで世界的な名声を得ましたが、いままで私が観たうちで最高のホームズでした。もっとも完全に近く、もっとも人並みはずれていて、断然、一番本物のホームズでした。

It seems a crying shame to ignore Jeremy and his outstanding contributions to our profession. His Sherlock Holmes for example, which made him an international star, is the best interpretation of the role I have ever seen - the most complete, the most eccentric, the truest by far.


自分もホームズを演じたクリストファー・プラマーが、これほどジェレミーを讃えてくださったことにこころ打たれます。

さて、ジェレミーが過去の作品の中で一番好きなワトスンであるJames Mason(ジェームズ・メイソン)は、1984年になくなったのですね。ジェレミーのホームズはまったく、あるいはほとんど観ていないでしょう。とても残念です。

クリストファー・プラマーとジェームズ・メイソンの二人が出演した作品の邦題は「名探偵ホームズ 黒馬車の影」だそうで、DVDも出ています。「シャーロック・ホームズと切り裂きジャックの対決を描いたミステリー」と書かれています。
https://www.amazon.co.jp/dp/B008RVBX6O

ジェレミーはどういうところが好きだったのでしょう。The New York Timesの映画評を斜め読みしてみました。Mr. Mason's Watson is a splendidly staunch and reliable friend(ジェームズ・メイソンのワトスンは誠実で頼りになる友人だ)と書かれています。
http://www.nytimes.com/movie/review?res=9A00EEDF1331E432A2575AC0A9649C946890D6CF

この、ホームズの良き友としてのワトスンを、グラナダシリーズより前に演じたからこそ、ジェレミーに、自分たちより以前の作品で「私が一番好きなワトスン」と言わせたのかもしれませんね。機会があったら観てみましょう。


ところでジェレミーが「William Gillette(ウィリアム・ジレット)はもちろん見たことがないのです」と言って笑っているのは、ウィリアム・ジレットがホームズを演じたサイレント映画は1916年のもので、しかも映画は失われていたからです。

ところが2014年にフランスでこの映画のフィルムがみつかったという話はご存知のかたもいらっしゃるでしょう。
https://en.wikipedia.org/wiki/Sherlock_Holmes_(1916_film)


なお以前に下の記事に書きましたが、このインタビューは今では全文をネット上で読めます。
「青い紅玉」が大変だった理由:1992年のインタビューより

このインタビューの他の部分にも興味があるかたはどうぞ。少し誤植等がありますので、私は元の雑誌から引用していますが。

RM
Joan Wilson(ジョーン・ウィルソン)とジェレミーの夫婦に関して、前々回の記事を書きながら思い出していたもう一つはこちらです。

Tragedy leads to a new Holmes
by Linda Hawkins
TV Times, 19 December 1987-1 January 1988

このTV Timesのバックナンバーは割合とよく見るもので、そう高くなく手に入ります。また"For Fans of Jeremy Brett" 2007年の投稿に、このTV Timesの記事の切り抜きがあります。下2枚です。
http://jeremybrett.livejournal.com/66197.html

「ジョーンがいたから自分を信じられたのです。ジョーンがいないのなら、演じる意味はなくなりました。でも彼女の死に耐えるために私にできることは、働くことだけでした。無理をして働きすぎました。

(中略)

ホームズはとても孤独な男です。それに影響されてしまって外に出る気がしなくなり、ホテルの部屋に一人こもっていました。ひどい状態になって、ほとんどボロボロでした。」

しかし入院後数週間して、回復の兆しがみえはじめた。退院してからそれほどたたずに次の撮影にのぞんだ。自ら望んだわけではない、ひどく辛い経験をしてきたわけだが、心の傷をもたらしたその経験には、結果としては良い面もあったことが少しずつわかってきた。

「ものの見方がかわりました。ベジタリアンになってからだの具合がよくなりました。思っていたよりも、自分はずっと強いのだと知りました。あの辛い時期を乗り越えたのだから、私はきっととても強いはずです。それを知って、自分を信じることができるようになりました。今はずっと楽な気持ちで生きています。

もちろん今でも妻のことを思って、今も生きていてくれたらと思います。パートナーを失うことの一番悲しい面は、何でも話して気持ちを分かち合う人がいなくなることです。でも少なくとも今私は、悲しむだけではなく前を向いていられます。ホームズの他の映像化作品から重圧を感じることも、今ではなくなりました。膨大なセリフを覚えられるか心配して寝られずにいることもなくなりました。」

'Joan was my confidence,' says Brett, 'and without her there was no reason to go on. But the only way I managed to cope with it was to work. I worked too hard and it all got too much.'

[...]

'Holmes is such an isolated man,' he says, 'and that isolation affected me. It got so that I didn't want to go out. I stayed alone in my hotel room all the time. I became very ill and the experience nearly destroyed me.'

Yet after a few weeks in hospital Brett began to recover and not long after returning home was working on another Sherlock Holmes. He had been to hell and back and it was not an experience he would have willingly undergone, yet gradually he realised that the trauma, in a strange way, had had its positive aspects.

'My outlook changed,' says Brett. 'I became a vegetarian and felt better for it. I leaned that I'm much stronger than I thought. I must be strong to have survived, and that knowledge gave me confidence. Now I'm much more relaxed.

'I still miss my wife, of course. The worst thing about not being part of a couple any more is that you've got no one to share things with, but at least now I can go forward. I no longer feel the weight of those other Sherlock Holmeses. I'm no longer up half the night worrying about learning my lines.'


あのすばらしい作品を知っていて、ジェレミー演じるホームズへの評価と、グラナダシリーズがこれからもずっと賞賛され続け、生き続けていくであろうことを知っている今の私たちからは想像がつきにくいのですが、ホームズを演じるにあたってのジェレミーの重圧と不安はとても大きかったのでしょう。あれだけの大きなプロジェクトで、多くのひとが関わり、多くのお金が費やされているシリーズでした。またホームズは多くの有名な俳優が演じてきた役でした。ホームズという孤独で複雑な男は、明るいジェレミーに暗さももたらしました。そんな中でジョーンの存在、共感と助言は大きな支えだったはずです。その支えを失った中で、仕事に没頭することで自分を持ちこたえようとして、自分の中の何かがばらばらになってしまった。そこからゆっくりと回復する中で、自分を信じられるようになっていったということでしょう。

なおベジタリアンになったと言っていますが、ここ以外では読んだことがありません。1989年のScrawlのインタビュー "The Wonderful Mystery of Sherlock Holmes" で、The Secret of Sherlock Holmesの舞台の前にステーキと言っていましたから、ずっとベジタリアンだったとは思いません。この記事の後でかわったかもしれませんし、この時点ですでにそうではなかったかもしれません。

でもそれ以外の、ものの見方が変わったとか、自分に自信が持てるようになったとか、リラックスできるようになったということはこれまでも読んだことがありますし、亡くなるときまでそうだったのでしょう。そしてそれはジョーンを亡くした辛い経験がもたらしてくれたものだと思えるようになって、それでもやはり、いつも多くのことを話して気持ちを分かち合ってきたジョーンのことを死ぬまで思い続けて恋しく思っていたことでしょう。

久しぶりに会ったひととの話の中で、あるいは自分の日々のくらしの中で、別れのこと、死のことを思ったこの半月ほどですので、ここを引用するためにあらためてこのインタビューを読み直す機会があってよかったと思いました。

RM
(3/20追記:これ、3月18日に書いたのですが、間違って3月16日の日付をつけてしまいました。ですから本文中「ところで昨日 ... 発売されました」の「昨日」は3月17日のことです。なんかこう書いていると日にちとか時とか、そういうものがとても柔らかいもののように思えて不思議になります...。)

前回の記事で、Joan Wilson(ジョーン・ウィルソン)とジェレミーの夫婦は「アメリカとイギリスで離れ離れでも、しょっちゅう電話で話していたようなので」と書きながら、二つの記事を思い出していました。今日はそのうちの一つから引用しましょう。

Sherlock Holmes In America
by Sylvia Lawler
The Morning Call, November 10, 1991
http://articles.mcall.com/1991-11-10/entertainment/2827509_1_sherlock-holmes-charlton-heston-s-holmes-baker-street-irregulars

これはアメリカツアーの時のインタビューで、今までもここから引用したことがあります。
スイスのホテルの暗い部屋で:1991年の新聞記事より
「こんにちは!」「あああああああああ!」:1991年の新聞記事より

「ホームズに腹をたてていました。私はホームズにつかまっている、ホームズが心の中まで入ってきていると感じました。そう感じたのは何よりまず、私が家から長く離れてしまったからです。撮影はロンドンではなくイギリス北部、マンチェスターで行われたので、ホテルの一部屋に閉じこもって、給料のすべてを妻との電話代に使っていました。」

ブレットの二度目の妻、故ジョーン・ウィルソンはPBSの高名なエグゼクティブ・プロデューサーだった。看板番組の"Mystery!"と"Masterpiece Theatre"の責任者で、このプログラムの方針を決め、放映するドラマを選んだ。

「妻は『きっと大丈夫よ、あなた。それだけの価値があることですもの』と言い、僕は答えました。『そうだね、でも...。』」

"I resented him. I found him getting in my hair. I just felt invaded by him. First and foremost, I was whisked away because we don't shoot in London; we shoot in the north of England in Lancashire (Manchester) and I was thrown into a hotel room and I spent all my salary talking to my wife." Brett's second wife, the late, respected executive producer Joan Wilson, was the guiding hand, taste arbiter and ultimate influence over of "Mystery!" and "Masterpiece Theatre" during the golden years of those PBS mainstays.

"She said 'Oh, darling, it will be all right. It's worth it.'

"And I'd say 'Yes but ...'"


実際に電話代にすべてのお金を費やしたかどうかはともかく、普段のちょっとした話も、そして仕事の話も、二人は電話でいろいろと話していたのでしょう。ジョーンはプロデューサーの目からも、ジェレミーの話をきいたり、助言したことでしょう。でもそれだけではなく、俳優の気持ちもわかる人だったはずです。彼女自身がかつて女優でしたから。

女優だったこともあるウィルソンは、あたたかい人柄で、たくさんの人と一緒にいるのを楽しむ性格だった。同僚たちからは、エネルギーにあふれた完璧主義者として記憶されている。

A former actress, Wilson was a warm, gregarious person, remembered by her colleagues as an energetic perfectionist.


There's No Place Like Holmes
By Rhoda Koenig
TV Guide, October 22, 1988
(「完璧主義」の記事で以前もご紹介しました。)

ジョーンは女優の経験から、becomerのジェレミーがホームズを演じることの大変さも、そしてこれを演じることの俳優・ジェレミーにとっての大きな意味も十分わかっていたでしょう。そしてプロデューサーとして、この映像化作品が名作であることもわかっていたはずです。だから、これは素晴らしい挑戦で、それだけのことはある、と励ましたのでしょう。

それに対して'Yes, but ...'と答えた、その時のジェレミーの気持ち、そしてホームズは大きな成功をおさめ、ジョーンは世を去った、その後に訪れたアメリカで、ジョーンとの会話を思い出しながらこれを口にした時のジェレミーの気持ちを想像してみます。



ところで昨日、ジェレミーが詩を読んで参加しているPurcell Consort of Voicesのアルバム、"I Love, Alas" がアマゾンのデジタルミュージックストアで発売されました。
https://www.amazon.co.jp/dp/B06XHH88FM

このアルバムについては以前こちらでご紹介しました。
詩の朗読のCD

絶版のCDが再び形をかえて手に入るようになるのは、とてもうれしいことです。それがジェレミーが関わったものであればなおさらですね。ただアルバムのタイトルが少し違います。以前は"I Love, Alas - Elizabethan Life in Music, Song and Poetry - the Elizabethan in Love"、今回は"The Tudors - I Love, Alas" です。デジタルミュージックストアに各トラックの曲名が載っていて、これは完全に以前のCDと一緒ですから、再発売にともなってタイトルを少しかえたのでしょう。

それぞれのトラックから、少しずつ試聴できます。もちろんジェレミーの朗読のトラックも聴くことができます(試聴は各トラック30秒ずつのようで、でもジェレミーの朗読は一番短いのが39秒ですから、このトラックはほとんどを楽しめます)。トラックごとでもダウンロードできるようですから、ジェレミーの詩の朗読だけの購入も可能です。ただ全体を通じて聴いた方が、このアルバムの良さはより感じられるかもしれません。

詩の朗読のCD」の記事でご紹介した絶版のCDの方も、タイミングによっては中古CDが数百円で販売されていましたから、そちらを待つのもよいかもしれません。

またもうすぐCDの形でもあらためて販売されるようです。絶版ではなく「現役」のCDも買えるようになるのですね。
https://www.amazon.co.jp/dp/B06XCGGSKN

こうしてジェレミーの朗読が古楽ファンにも知られるようになるのは、とてもうれしいことです。

RM
ジェレミーがホームズを語るとき、それぞれのインタビューでいろいろな面に焦点をあてます。ホームズは子供にとってのヒーローだと言っているもの、ホームズとワトスンの友情を語っているものをここ数回で引用したので、ホームズは健全で明るいようにも思えてきますが、もちろんそうではないですよね。ジェレミーはホームズのすばらしさだけではなく、ホームズが内に持つ暗さも見事に表現したのですよね。

本の中のあの複雑な人物を、生身のからだで演じたのがジェレミーでした。そしてbecomerのジェレミーは、しばしばホームズは好きではないと言っていました。(追記:あ、「しばしば」というのは言い過ぎでしたね。「ときどき」に訂正します。ジェレミーにとってホームズの一面である闇の部分は「時に」苦痛だったのでしょう。)

今日引用するのは、ホームズのそんな面を語っているものです。

Super sleuth could be a crook
by Charles Fraser
Evening Times, Sep 20, 1985
https://news.google.com/newspapers?id=Ego-AAAAIBAJ&pg=6012%2C4891201

ジェレミーはホームズのことを調べていくうちに、ホームズの卓越した頭脳と同じくらいに、その尋常ならざるふるまいや性格を重視するようになった。

「できる限り、危うい人間として演じました。ホームズはおそろしく複雑で、他人と交わらない人間でした。並外れた能力を持つ孤独な男です。
彼はコカインとモルヒネ中毒でもありました。誰もが眠りについている夜中にロンドンの通りをさまよう、こころを乱した夜の鳥です。
ホームズは女嫌いです。そして決して鹿撃ち帽をかぶったりしませんでした。田舎で、鹿撃ち帽をかぶるのによい時以外はね。
妙なことに、ホームズのふるまいや性格を研究してどんな男かわかればわかるほど、彼のことが好きでなくなりました。」

Jeremy's study of Sherlock Holmes led him to emphasise his eccentricities as much as his brilliance.
"I tried to play him as dangerously as possible," explains Jeremy. "Holmes was the most complex and isolated creature. He was a lonely man with brilliant instincts.
"But he was also addicted to cocaine and morphine. He was a demented nightbird who roamed around the city streets when everyone else was asleep.
"He was a dedicated woman-hater. And he would NEVER have worn that deer-stalker hat, except perhaps in the correct circumstances in the country.
"Oddly enough," Jeremy admits, "the more I delved into Holmes's personality and character and the more I understood him, the less I liked him."


ホームズが持つ能力とともにこの危うい暗さを、本から抜け出たように表現したからこそ、ジェレミーのホームズはいままでもこれからも、「自分にとってのホームズ」と多くの人に思われ続けるのでしょう。

RM
先月書いた記事「戦車の前に立つ青年:1989年のインタビューより」でご紹介したインタビューからです。2ページあるインタビューのうちの今度は1ページ目からで、ホームズとワトスンの友情についてです。ここで言っている「芝居」とは、"The Secret of Sherlock Holmes"のことです。

出典は以下で、実際のインタビューは1989年の終わり近くにおこなわれました。インタビューのPDFファイルのダウンロード方法については、先月の記事をご覧ください。
"The Wonderful Mystery of Sherlock Holmes"
Scrawl, 2002
https://questingbeastscrawl.blogspot.jp

「男性が互いに腕を組んで歩いているのは妙だと思われるようになりました。ホームズとワトスンはそうしていたものです。親子が道を横切るときのようにね。長いことホームズとワトスンは元祖『おかしな二人』なんじゃないかと思われてきました。この芝居の意味は、最も純粋で素朴な友情をみることができる点だと思います。これは二人の男の劇で、二人とも孤独で何かに傷つき、一人は天才、一人は良き市民です。二人ともそれまでの人生の歴史があります。彼らの友情は澄み切った水のようで、私たちにははっきりとそれがみえます。その純粋さ、そして昔風の品性、信頼、思いやり、礼節がそこにあります。そういった多くのことがその頃は大切にされていましたが、いまは変わってしまいました。」

"It's no longer palatable to see two men arm in arm. Holmes and Watson used to walk around linking arms—like a father and son crossing the road—and it has been suspect for years, they must have been the original 'odd couple'. I think the value of the play is showing friendship in its purest naivety and simplicity. It's a play about two men, both lonely, both lost. One is a genius, one a good man. Both have lived a bit. And their friendship is there like a pool of clear water to see right through, that purity and all those old fashioned things like honour, trust, consideration, manners. So many things were valuable then, and that's changed."


この現代社会のスピードと、ときにはつながりすぎ、ときにはおそろしく分断されすぎている、ひととの関係を思うとき、昔風の友情を語る言葉にほっとします。

もちろんジェレミーは、ホームズの頃が何もかもよかったと言っているわけではありません。上の引用部分に先立つところで、こう言っています。

「あの時代にもどりたいなんて決して思いません。あの頃の貧乏な人々がどれほどみじめな貧困の中にいたか想像もできないし、女性の境遇はあの頃からとても変わりました。いまや男女は友達にもなれます。あの時代、女性はあがめられるだけで、実際の自分をみてもらえず、男性はクラブへ出かけ、女性は家にいてお茶を飲んでいました。いまや全部かわって、私はこうなってよかったと思います。」

"I don't think we'll ever go back, thank God, because we have no idea just how unbearably poor it was, and remember that women have moved much faster—now men and women can be friends. Then, they were worshipped, put on pedestals, the men went off to their clubs and women sat and had tea. Now that's all changed, and I'm very glad about that [...]"


当時のひどい貧困についても女性の立場についても、いまはこうなってよかった、ただし男性どうしの友情については...と先の部分に続きます。

男女の間での友情という言葉で、ジェレミーが二度目の奥様のJoanのことを最高の友人で最愛のひと(my greatest friend and heart)と言っていたことを思い出します(「入院」)。ジェレミーにとって同性の間でも異性の間においても、friendshipが一番大切だったのだろうと感じながら、私にとってのfriendshipを思ってみます。

RM

 RM

Author: RM
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