Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前回の記事を書いた後で、Edward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)のジェレミーに関する文章を追加しましたので、よければどうぞお読みくださいませ。
"I'm a reluctant hero today"

その時にエドワードの文章を和訳しながらあらためて思ったことがあります。エドワードを、やさしくてあたたかい人、と形容するとき、おそらく誰もが賛成するでしょう。でもエドワードにはもう一つの面があって、彼は自分のこともひとのことも、しっかりと見ることができた、と言えるのではないでしょうか。あの文章を読んでいて、深い感情が流れているけれども、自身は情に流されない人だという感じを持ったのです。インタビューを読んだりきいたりしても、穏やかというだけでなく冷静で考え深いところを感じます。

有名な俳優を父に持って、若いときから「あの父の息子」という理由でまず注目される立場にいたこと、もともと内向的な性格だったこと(俳優とは思えないほどシャイだったという記述を読んだ覚えがあります)、そしてコメディを演じるのが好きだったこと、これらのことにより、自分の中にどっぷりと浸らずに、自分をいわば他人の目でながめることができた、そしてその目で、まわりのひとのこともしっかりと見ることができたのではないか、と想像しました。

ジェレミーとのことで言えば、David Stuart Daviesが"Dancing in the Moonlight"に書いていますが("Bending the Willow"にも同じ記述があったかもしれません)、ジェレミーとエドワードの友人関係の中で最も困難な出来事が、"The Secret of Sherlock Holmes"の上演中に起こっています。双極性障害の症状が出て、エドワードがもうこの劇を演じたくないのだと思い込んで、ジェレミーが怒りに駆られた時に、エドワードは一晩考えて、朝の6時までかけて20ページの手紙を書いて、「議論はしたくないんだ。ただ、これを読んでくれ」と言ってジェレミーにその手紙を渡した、というエピソードがあります。ジェレミーはその長い手紙の1ページ目を読んで微笑み、"Oh darling, I'm sorry...." と言ったそうです。

ジェレミーは病気のために完全にすべてを誤解しているのだから、議論するのではだめだ、手紙に書いて渡さないと、と考えたとエドワードは言っています。そこにエドワードの思慮深さと、状況を見抜く賢さを感じます。そういうエドワードがジェレミーの近くにいてくれて、本当に良かったと思います。


そしてこのエピソードを思い出す時にはいつも、双極性障害の辛さを思います。気持ちが極端に高揚したり、抑うつ的になったりするだけが双極性障害なのではなく、現実認識が損なわれてしまうことがあるという悲しさ。そのために人を悪く思ってしまうことも、あるのですね。エドワードはジェレミーに双極性障害の症状が出た時のことを、"I must make it clear, however, that this was not Jeremy—this was his illness acting for him." と言っています。病気に乗っ取られて、本来の自分なら絶対にしないことをしてしまうとは、精神の病というのは、なんと残酷なのでしょう。

そういうことも起こり得る病をかかえた俳優が、グラナダテレビの最も重要なドラマシリーズの主役を長く演じ続けたことは、一つの奇跡のようにも思えます。そしてその奇跡を生んだ要因は、ジェレミーのプロフェッショナリズムと、症状が出ていない時の本来のジェレミーが持つあたたかさを、スタッフや共演者の誰もがよく知っていて、尊敬して愛していたこと、そしてエドワードが共演者として友人として、常に支えてくれたことだと思います。

RM
今日8月7日はEdward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)のお誕生日です。そして私がこのブログをはじめて3年たちました。エドワードのお誕生日にブログをはじめたということに気づいたのは、昨年のこの日が終わる頃でしたから、今年はこの二つのことを思いながらこの日を迎える初めての年になりました。(そして、ワトスンの誕生日も1852年の今日という説があるのですね!さらに追記です。まるで元から知っていたように書いていますが、このことは去年の記事へのコメントでナツミさんに教えていただいたのでした!去年の記事を読み返していて気がつきました。

エドワードは本当にジェレミーの良き友人で、あたたかさにあふれた人でしたね。エドワードが亡くなって間もなく、エドワードを偲んで録音され配信されたPodcastの内容を思い出しました。"I Hear of Sherlock Everywhere" というPodcastのこの回はゲストとして、いずれもエドワードを個人的に知っていた、David Stuart DaviesとSteven Doyleが参加しています。David Stuart Daviesはご存知のように "Bending the Willow" 等を書いた人ですし、"Dancing in the Moonlight"の本の最初にはエドワードへの献辞を書いています。Steven Doyleも何冊かホームズ関係の著作がありますし、"A Study in Celluloid" を出版したアメリカの出版社の経営者でもあります。また、"From Gillette to Brett" という、4年に一回開かれているシンポジウムを主催しています。

この回のPodcastは以下のサイトで聴くことができ、ダウンロードもできます。
http://www.ihearofsherlock.com/2011/06/episode-33-remembering-edward-hardwicke.html

私がエドワードのお誕生日にあたって思い出したのは、Steven Doyleが31分25秒頃から話しだすエピソードです。"From Gillette to Brett"と名付けられたシンポジウムの第一回がアメリカで行われた時に、主催者であるSteven Doyleはエドワードにこの集まりへの参加を依頼します。自己紹介したり、共通の知人であるDavid Stuart Daviesの名前をあげたりして、来てくれるように頼みました。

でも当時住んでいたフランスからはるばるアメリカに行く決心をエドワードにさせたのは、 シンポジウムが開かれる週末がジェレミーの誕生日だったことだと思う、というのです。32分8秒から、そのことを話しています。そしてエドワードは "Well, we'll do it for him."と言ったそうです。

今回このエピソードを思い出したので、以前訪れたことがある、2003年の"From Gillette to Brett"のサイトに行ってみました。それがこちらです。エドワードは赤いセーターですね。
http://www.sherlock-holmes.com/gillette_brett.htm

もう一カ所、このシンポジウムに参加した人が書いた文章と写真をみることができるサイトです。こちらにも赤いセーターのエドワードの写真が3枚あります。
http://bakerstreetdozen.com/symposium.html

以前来た時は見落としていたのですが、ここにこのような記述がありました。抄訳と、原文の引用です。


ハードウィックはあたたかさに満ちたやわらかい語り口で話し、共演者であり友人でもあったジェレミー・ブレットのことを話す時には特にそうでした。病気を抱えていたせいで、ブレットは共に仕事をする上で、いつも何の問題もないということはなかったはずですが、ハードウィックがブレットをこころのそこから好きだということがはっきりと伝わってきました。最後にハードウィックは、翌日がブレットの誕生日だということを私たちに告げました。私たち全員が立ち上がって拍手を送り、ブレットへの賞賛をあらわしました。

Following the final break of the day, and another door-prize draw, we took to our seats to hear Edward Hardwicke. In a variation from the other speakers that day, Hardwicke's presentation took the form of an onstage interview hosted by the ever-versatile David Stuart Davies. The soft-spoken Hardwicke spoke with great warmth, particularly when discussing his late co-star and friend, Jeremy Brett. Although Brett, due to his illness, was not always the easiest person to work with, there is no mistaking the genuine affection that Hardwicke has for the man. After David Stuart Davies guided interview, questions were taken from the floor and finally it all came to an end when Hardwicke reminded us that the next day was the anniversary of Brett's birthday. For the second time that day, the audience expressed their appreciation with a well-deserved standing ovation. And on that note, the presentations wound to a close.



エドワードはジェレミーが本当に好きだったのですね。エドワードの言葉をきっかけに、ジェレミーのために皆が立ち上がって拍手を送ったのを知って、とてもうれしくなりました。

ところで、ジェレミーのお誕生日は11月3日で、2003年の11月3日は月曜日でした。このシンポジウムが11月2日の日曜日に行われたのなら、上にあげたPodcastの内容共々、日にちがあうのですが、上の2番目であげたウェブサイトの記述がただしければ、エドワードが話したのは11月8日の土曜日なのです。もしそうなら、エドワードはジェレミーのお誕生日を11月9日と勘違いしていたのでしょうか?上に抄訳をあげた記録が間違っていて、実際はエドワードは「明日が」お誕生日、とは言わなかったのかもしれません。あるいはもしかしたら、ジェレミーが亡くなった9月の「9」がエドワードの記憶にすべり込んで、「11月9日」になったのかもしれません。あるいは、"The Dying Detective" 撮影終了パーティはジェレミーの60歳のお誕生日パーティを兼ねていたそうなので("Bending the Willow"より)、その日にちが11月9日だったのかもしれません。

でも、Podcastで語られた内容と、参加した人の記録を読んで一番こころうたれるのは、ジェレミーが亡くなって8年たっても、ジェレミーのお誕生日をエドワードがとても大切に思っていた、ということですよね。おそらくエドワードの記憶の中にずっとジェレミーのお誕生日のことがあったのでしょう。

「エドワード、あなたがジェレミーのお誕生日を大切にしたように、たとえ日にちを間違えても、私もあなたのお誕生日を大切にします。そしてこのブログを続けている限りは、日にちも間違えないと思います。だってこの場所を始めた日なんですもの。」

RM

追記:覚え書きも兼ねて。
ワトスンの誕生日にはいくつか説があり、そのうちで1852年8月7日というのは、 William S. Baring-Gouldが "Sherlock Holmes of Baker Street: A Life of the World's First Consulting Detective" (1962) に書いたものだそうです。この日本語訳が「シャーロック・ホームズ―ガス燈に浮かぶその生涯」
http://www.amazon.co.jp/dp/4309460364)ですから、いつか読んでみたいと思います。

以下はワトスンの誕生日のいくつかの説について、記述があるウェブサイトです。
http://thenorwoodbuilder.tumblr.com/post/49196124038/more-birthdays
http://always1895.net/post/28887649071/watsons-birthday-august-7-1852
http://www.sherlockpeoria.net/Report_pages/HWRArticleArchive/WatsonsBirthday.html
カナダ人の俳優・劇作家・小説家のCharles Dennis (http://en.wikipedia.org/wiki/Charles_Dennis) という人が、自身のサイトに2011年5月23日の日付で書いている、Edward Hardwicke (エドワード・ハードウィック)を偲ぶ文章を最近みつけました。エドワードが亡くなったのが16日ですから、1週間後になります。「テッド・ハードウィックは先週『ツアー公演』に出た。(親しい友人の俳優が生涯の最後に舞台から去る時、私はこう表現する。)」という文章で始まります。

http://www.charlesdennis.com/www.charlesdennis.com/Paid_to_Dream/Entries/2011/5/23_edward_hardwicke.html

若い頃からエドワードを知っていた人の、こころのこもった文章です。1967年カナダでのThe National Theatreの公演で、大学生のチャールズ・デニスは、当時35歳のエドワードが喜劇を演じるのをみました。40年以上たった今でさえ、彼がみた内で一番おかしな、抱腹絶倒の演技だったそうです。モントリオールからトロントに公演がうつったときに、インタビューのためにエドワードの楽屋をたずねます。そこでエドワードからきいた、子供の頃の話がその後に書かれています。一つご紹介すると、お父様のセドリック・ハードウィックが出演した映画 "Stanley and Livingstone" を一緒に見に行って、セドリックが演じた Livingstone が映画の中で死んだのをみて大泣きしたエドワードを、セドリックは必死で慰めたそうです。自分はちゃんと生きていて、あれは演技なんだ、と。1939年の映画ですから、エドワードは7歳頃ですね。

さて、楽屋で1時間話してすっかり仲良くなって、エドワードは彼に、大学を卒業したらイギリスに来ないか、と言いました。イギリスには知り合いが一人もいないから、と彼が答えると、エドワードはあたたかい笑みをうかべなら、「僕がいるじゃないか」と答えたそうです。

これはまさに、ジェレミーとそっくりの、楽観的で前向きなあたたかさです!ジェレミーもカナダでの公演(この公演とは別のものです)で出会ったカナダの若い俳優をイギリスに誘っています。イギリスで成功したその俳優の自伝にかなりくわしく書かれているので、いつかご紹介したいと思っています。チャールズ・デニスもイギリスへ渡り、エドワードにも助けてもらって、仕事を得ることができました。

1988年には "Going On" という喜劇をチャールズが書いて、その舞台監督をエドワードに頼んでいます。この時エドワードはジェレミーと一緒に舞台に出ていましたが、この話にとても興味を示してくれました。1989年に、エドワードが演出してチャールズが俳優の一人として出演した舞台が上演されました。エドワードと一緒に仕事をするのはとても楽しかった、喜劇と劇演出に関して、エドワードが知らないことは何一つなかった、と書いています。

そして、「テッドがこの世を去ったことは私にとって、ご家族にとって、そして世界中の彼のファンにとって、大きな喪失である。」と結んでいます。

ここでご紹介した他にも、いくつかの興味深いエピソードが書かれています。また1989年の写真も一枚あります。

数十年エドワードを知っていた人が、エドワードのことを語る文章はほとんど読んだことがありませんでしたので、このようなこころのこもった文章を読むことができて、うれしく思いました。そして、エドワードはやっぱり喜劇が大好きで、舞台でも見事な喜劇を演じたり、演出をしたこと、純粋なこころを持っていて、お父様にもとても愛されて、そしてジェレミーとそっくりのあたかさを持っていたことなど、あらためて知ることができて、もちろんこの文章は悲しみの中で書かれたものではありますが、読んでこころがあたたかくなりました。

RM
フォーラムのメンバーが教えてくれたのですが、David Stuart Daviesが自身のTwitterに、Edwardを偲んで写真をのせて下さっています。こちらがそのtweetです。
https://twitter.com/#!/DStuartDavies/status/202834391620259841/photo/1

写真はクリックすると大きくなります。

"Dancing in the Moonlight" 出版の時に撮られたもので、右側がDavid Stuart Daviesです。この同じ写真か、同じ時に撮られた写真をどこかのウェブサイトと、そしてそれを引用したフォーラムで見た覚えがあるのですが、これよりずっと小さい写真でしたので、大きな写真であらためて見ることができて喜んでいます。そしてDavidがEdwardをとても好きなことは本を読んでいてもわかりましたが、1年目のご命日にこうして写真とともにtweetして下さったことをうれしく思いました。

以前この写真を紹介していたフォーラムで誰かが、Edwardは今もホームズの(そしてジェレミーの)良き友として、ジェレミー・ホームズを指差していますね、と書いていました。ジェレミーもよく、指差す仕草で写真にうつっていたのを思い出します。

私はTwitterはアカウントを持っていないし仕組みもよくわかっていないし、どんなtweetがあるかを追いかけることもまったくしていないのですが、フォーラムのメンバーが言うには、Edwardの思い出を語り偲ぶtweetがシャーロッキアンの間で流れていたそうです。

RM
Edward Hardwickeが亡くなってから、もう1年たつのですね。5月16日がご命日です。

先ほど「グラナダシリーズのblooper(間違い、へま)その4」を記事としてあげた時には今日がご命日であることに気づいていませんでしたが、その4ではホームズとワトスンの再会を描く「空き家の怪事件」を話題にしていました。エドワードのワトスンがジェレミーのホームズと再会して、生涯はじめて(そしておそらく最後に、と書いていましたが)気を失う場面、ジェレミーはエドワードの演技にこころうたれた、と言っていました。

ブランディのおかげで気がついたワトスン。
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しっかりとホームズの腕をにぎります。
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そしてこの言葉とこの笑顔。"When you like, where you like."
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ありがとう、エドワード。

RM
「Edwardが素敵な、番外編のビデオ」の記事で、「This is your life」という番組のための秘密撮影のことをお話ししました。この撮影の時のことを書いている、Jeremyへの追悼文の一部をご紹介します。

書いたのは、「未婚の貴族」でLord St. Simonを演じたSimon Williamsです。あの時ご紹介したクリップ中の場面は「三破風館」だと思うので、Simon Williamsは「未婚の貴族」のポスト・プロダクションのために「三破風館」の撮影現場を訪れたのでしょうか。

もともとはJeremyを追悼する文章ですが、JeremyのEdwardへの深い気持ちを感じさせてくれて、はじめて読んだ時からとても心にのこりました。

Scarlet Street, No.21, p.52, 1996.
By Simon Williams
Lord St. Simon (The Eligible Bachelor)

The last time I saw Jeremy was when they recorded Edward Hardwicke on THIS IS YOUR LIFE. It was after very tiring day of filming and we all flew up to spring the surprise on Ted. Jeremy was obviously tired at the end of a long schedule, but he came on and was just so wonderful. The love he had for Ted was very, very special. He recognized, I think, the way every great star performer realizes, that he could only be that great backed up by someone as dear and diligent as Edward Hardwicke. It was very touching, indeed. He was just so full of love for Ted.

「私が最後にJeremyに会ったのは、『THIS IS YOUR LIFE』のためにEdwardには秘密の撮影をする時でした。大変だった一日の最後に、Ted (Edwardの愛称)を驚かせようと皆がはりきっていました。Jeremyはその日の長い撮影の後でとても疲れていましたが、そのまま演技を続けて、大成功におわったのです。JeremyのTedに対する気持ちは特別で、とても深いものでした。すばらしい俳優はみな知っているように、丁寧で誠実な仕事をする共演者に支えられてはじめてすばらしい演技ができることをJeremyは知っていたのだと思います。見ていてとてもこころを打たれました。Jeremyは本当にTedが好きで、とても大切に思っていたのです。」

「He was just so full of love for Ted.」という最後の文章を読んで、ああ、本当によかった、と思います。そしてやっぱり、二人にありがとう、という言葉が思い浮かびます。

RM
The Secret of Sherlock Holmesの第一幕の音声が3つのパートにわかれてYouTubeにあることは、ご存知の方も多いでしょう。こちらが第一幕のパート1です。


第二幕の音声はずっと聴くことができなかったのですが、Jeremy Brett InformationのRebeccaがアップロードしてくれました。第一幕も第二幕もこのページで聴くことができますし、右クリックでダウンロードもできます。
http://www.jeremybrett.info/st_holmes.html

個人的な使用に限ってどうぞお楽しみください。第一幕が開くと、バイオリンの音に続いてWatson (Edward) の独白がはじまります。Jeremy Paulによるシナリオは米アマゾンで購入できます。
http://www.amazon.com/dp/0887347088



The Northern Musgraves Sherlock Holmes Societyが発行した機関誌、「The Ritual」の1995年秋号は、Jeremyの追悼号です。ここにEdwardが書いている文章の一部を引用します。The Secret of Sherlock Holmesに出演することになった時のEdwardの気持ちが書いてあります。

I remember that before we started to rehearse The Secret of Sherlock Holmes I went to the phone several times with the intention of telling Jeremy that I couldn't do it - I hadn't been on a stage for several years and found the idea of two-handed play somewhat daunting. In fact I never picked up the phone. I knew Jeremy wouldn't hear of it.

Jeremy was always positive, optimistic and so encouraging. It was much the same when I joined the series after David had left. It must have been a very difficult time for Jeremy, but you would never have guessed. His concern and care were overwhelming.

[...]

I owe him a great deal. I shall miss him.

「The Secret of Sherlock Holmesのリハーサルがはじまる前に、『僕にはできない』とJeremyに電話しようと何度も思った。もう何年も舞台にたっていないし、二人芝居ということに少しおじけづいていた。でも結局電話しなかった。Jeremyは聞き入れないことがわかっていたから。

Jeremyはいつも前向きで楽観的で、まわりの人を元気づけてくれた。グラナダ・シリーズでDavidが抜けた後に僕がはいった時もそうだった。Jeremyにとっても、ひどく困難な時だったはずなのに、彼がどれほどの心遣いを示してくれたことか。

僕はJeremyに感謝してもし尽くせない。Jeremyがいなくなって寂しくなる。」



Edwardはいつも率直で謙虚で、Jeremyへの友情と感謝を語ってくれました。Edwardに手紙を書いて返事をもらった人が、フォーラムで一部を見せてくれたことがありました。便箋にかなりぎっしりと書かれた返事のなかで、Jeremyとグラナダシリーズへの気持ちを書いてくれているのです。そうやって一人一人に返事を書いているEdwardを想像して、Edwardのことがさらに好きになりました。

RM
The Sherlock Holmes Society of Londonのウェブサイトに、Edwardの追悼記事が載りました。
http://www.sherlock-holmes.org.uk/press_cutting.php?id=256

一部を引用します。

As Jeremy Brett's health deteriorated and his own performance became erratic, Edward Hardwicke sometimes seemed to be the one fixed point in the series, the anchor that saved it, usually, from its own eccentricities.

Jeremyの健康状態が悪くなって演技に影響するようになった後期、Edwardはグラナダ・シリーズにおいて、the one fixed point(動かない点)であり、シリーズを守る錨のようだった、と書いています。

the one fixed pointという言葉は多分、ドイルの「His Last Bow (最後の挨拶)」の中の最後のシーンでホームズがワトスンに言う、"Good old Watson! You are the one fixed point in a changing age."(「相かわらずだねえ、ワトスン君は。時代は移ってゆくけれど、君はいつまでも同じだ。」延原謙訳)というせりふから来ているのだと思います。これは、ワトスンと、引退後のホームズが久しぶりに会って、「しばらくはむつまじく語りつづけていた」後に、ホームズがワトスンに言うものです。しばらくぶりに会った友人への、ホームズ流の感謝と友情のこもった言葉のように感じます。

Jeremyの精神状態や演技が揺れ動いても、そこにいてきちんと受け止めてくれたEdward。JeremyもEdwardがthe one fixed pointであったことをちゃんと知っていたはずです。ホームズにとってワトスンがそうであったように、Edwardは最良の友人だと言っていたのですから。

今は二人にありがとうと言うこと以外には考えられません。

RM
Edwardを偲んで書き始めたのが、こんなに続くとは思っていませんでした。特にはじめの数回は、書くことでなぐさめられ、読んでくださる方がいらっしゃることでなぐさめられたと感じています。ありがとうございました。



以前、葉月さんとりえさんのブログのコメント欄にも書いた、グラナダ・シリーズの番外編の2つのビデオをご紹介します。どちらもEdwardが素敵なのです(そしてもちろんJeremyも素敵です)。

一つ目は失敗シーンです。いつみても声をあげて笑ってしまいます。Edwardの顔と、Jeremyの顔をどうぞご覧ください。

RARE OUTTAKE - Disappearance of Lady Carfax


二つ目のクリップでは「This is your Life」という番組の司会者が、Edwardをこの番組に招待するためにグラナダ・シリーズの撮影現場に潜入します。ホームズの撮影中におこなうその招待場面も含めて番組中で放映する目的で、密かにカメラがまわっています。撮影中に台本にはないことがおこるわけです。Jeremyをはじめとして皆が秘密を守っていて、Edwardだけが知りません。

This is your Life


Jeremyがやさしく微笑んでいて、スタッフと笑みをかわすのがみえます。Edwardもいつもながらあまり表情にださないけれどもびっくりしてちょっとうれしそうで、ちょっと照れくさそうです。撮影現場のよい雰囲気を感じることができます。この時のことを書いた文章をJeremyの追悼特集記事の中にみつけました。後日書き写そうと思います。Jeremyはその日の長い撮影の最後で疲れていたけれども、その余分な撮影をEdwardのために続けた、JeremyがEdwardをとても好きで大切に思っていたのが、はたでみていてもわかった、とその人は書いていました。

RM

(追記)Jeremy Paulの追悼記事がThe Guardianのウェブサイトにアップロードされました。やはりJeremyの奥様のJoanと同じ、膵臓ガンだったそうです。

仕事上の業績以外に、お母様は女優のJoan Haythorneであること(彼女はJeremyのはじめての映画、Svengali (1954) に出演しています)、奥様の女優のPatricia Garwoodとは、彼女が18歳で「ピーター・パン」の劇中のウェンディを演じた時に知り合ったこと、クリケットが好きだったこと、4人のお嬢さんがいて、家族を大切にしたことなども知ることができて、丁寧にこころをこめて書かれた追悼記事だと思います。演劇評論家が書いていますので、個人的にも知り合いだったのではないでしょうか。よい追悼記事が書かれたことを喜びたいと思います。写真もとてもよいものが使われています。
http://www.guardian.co.uk/tv-and-radio/2011/may/25/jeremy-paul-obituary
BBCが制作した、現代に舞台をうつしたドラマ「Sherlock」が、2つの部門でBAFTAを受賞しました。
Sherlock wins two trophies at Bafta TV Awards
http://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-13468256

その一つは助演男優賞です。Watsonを演じたMartin Freemanの受賞が決まった時のビデオがこちらです。
Sherlock Holmes actor Martin Freeman wins Bafta
http://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-13495014

私は先々週の日曜日に「Sherlock」をみました。まだ第一話(A Study in Pink)だけですが、とても面白かったです。この世界は現代であり、しかも「Sherlock Holmes」「Doctor Watson」と名乗る人がいても誰も笑い出さない、いわばパラレル・ワールド。その世界で、私たちの誰もが知っている(と思っている)SherlockとJohnが何を感じ、何をするのだろう。

私は第一話に限っていえば、John Watsonを演じたMartin Freemanにひかれました。Sherlock Holmesはまだ今のところ、私には何者かわかっていない感じです。そしてそれは多分第一話をみる限りでは正しくて、Johnが「こいつは何者だろう」と思いながらもひかれていくのと同時並行の過程なのだと思います。

そのMartin FreemanがEdward Hardwickeに言及し、Edwardをたたえてくれました。

FREEMAN HONOURS LATE SHERLOCK HOLMES STAR HARDWICKE
http://www.express.co.uk/posts/view/248367/Freeman-honours-late-Sherlock-Holmes-star-Hardwicke
Sherlock star Benedict Cumberbatch set for Hobbit role
http://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-13496401

(bbc.co.ukより)
Freeman also played tribute the late actor Edward Hardwicke, who played Dr Watson to Jeremy Brett's Sherlock Holmes in the Granada TV adaptation in the 1980s and 90s.

Hardwicke died last week aged 78.

Freeman said: "He was a great Watson, they were really good adaptations, it was great television.

"I found out when a friend texted me while we were filming the second series of Sherlock, and I texted him back and said hopefully I'll pick up the torch."

「彼はすばらしいWatsonでした。Sherlockの第二シーズンを撮影中に、Edwardが亡くなったことを友達が携帯メールで知らせてくれました。彼のともした灯を絶やさずに伝えたい、と友達に返事をしました。」

Benedict Cumberbatch(ホームズを演じている俳優)もMartin Freemanも、グラナダ・シリーズをみて育ったと、「Sherlock」についてのブログを書いていらっしゃるナツミさんが教えてくださいました。今回MartinがEdwardをたたえてくれたことを、とてもうれしく思いました。そしてEdwardのともした灯は私たちのこころの中とスクリーン上に長く残るとともに、新しい形でも継承されることを確信しました。JeremyもEdwardもそれを喜んでくれるでしょう。

Edwardが「Sherlock」に少しでもゲスト出演することができていたらと思うと残念です。EdwardもMartinも、「Love Actually」(2003)に共に出演しましたが、一緒のシーンがあったかどうかは知りません。今度観てみたいと思っています。

RM

(追記)BAFTAはイギリスのアカデミー賞です。JeremyにBAFTAを、という活動に賛同してくださるかたで、サインがまだの方は、このブログの一番上を読んでいただけるとうれしいです。ウェブ上に名前が出ない形でのサインもできます。

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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