Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

今日11月3日はジェレミーのお誕生日ですね。1995年9月3日に放送されたラジオ番組"The Week's Good Cause"を先日ご紹介した時からずっと書きたいと思っていた、ジェレミーの最初の奥様Anna Masseyの言葉を今日は引用したいと思います。Anna(アナ)の自伝「Telling Some Tales」からです。なお、Annaについては以下の記事でふれています。
Anna Masseyの自伝と、Penhaligonのバスオイル
Anna Masseyに感謝したいこと
Anna Massey(亡くなった時に書いた記事です)

これはジェレミーが亡くなった時のことです。お誕生日にはふさわしくないと感じる方もいらっしゃるかもしれません。でも考えてみれば、生まれることと死ぬことというのは、人にとって何と大切なできごとなのでしょう。

心うごかされるお葬式で、ジェレミーの親しい友人は皆集まり、彼がどんなにすばらしい人だったかを誰もがあらためて感じた。病のためにジェレミーの行動が普通ではない時でさえ、一緒にいると誰もが気持ちが安らいで、あたたかさを感じた。躁鬱病はとても重いものだったので、自分で制御がきかなくなることがあった。しかし病の間にわたって、友達は誰一人としてジェレミーの元を去らなかった。これはジェレミーが持つすばらしい魅力をはっきりとあらわしている。

The funeral was a moving occasion, and all Jeremy's close friends came, and one realised what a lovely person he was. People had found comfort and warmth in his company, even though at times he behaved most strangely, for his manic depression was so severe that there were periods when he went completely out of control. But throughout all his troubles not one friend had deserted him. This must illustrate the magnetic qualities that he possessed.


ジェレミーが"The Week's Good Cause"の放送の中で「私自身も躁状態の時に、まわりの人を当惑させたり困らせたりするようなことをしてきました。」と言ったように、ジェレミーの病は決して軽いものではなかったようです。
The Week's Good Cause (1995) その3

ジェレミーの友人や知人が、症状が出ている時のジェレミーの状態についてどんなことを言っているか、本や記事から引用しようとしていました。でも何よりも、ジェレミーの最初の奥様であるアナの言葉がすべてを語っているように思えて、これを書きたいと思いました。ジェレミーという人とその生涯を、短い言葉であらわしているように思えたからです。病の時でさえ、内からあふれでるあたたかさを誰もが感じられた人、そういう人だったのでした。

あなたのこの世での旅路は、あなたにとっても周りの人にとっても、すばらしいものでしたね。そして亡くなってからも。Happy birthday, Jeremy.

RM
ウェブサイト Jeremy Brett Informationのゲストブックに9月に書き込まれた文章を読んで、心を動かされました。ゲストブックは公開の場所にあるとは言え、個人がウェブサイトのオーナーに宛てて書いたメッセージですので、原文はのせません。訳文も部分訳です。読んでみたいかたは直接Jeremy Brett Informationへいらしてください。メインページから"Guest Book"をクリックしてお進みくださいませ。

私はジェレミーが入院していた時の友人の1人です。私も患者でした。ジェレミーはまわりの人に喜びを与えてくれる人で、あらゆる意味において、輝ける人でした。

そして、入院中のジェレミーについて書いています。

ジェレミーは自分の大切な人のことをよく話してくれました。特に息子のデイビッドのことと、「最高の友達であり最愛の人」、ジョーンのことを。ジェレミーは何回か、ゲリーという人のことも話してくれました。「本当にすばらしい笑顔を持っていた」、かつて愛した人として。

ジェレミーが入院したのは、一番はじめが1986年、一番最後が1994年だったと思います。ですからそれから少なくとも17年がたっています。その頃入院してジェレミーと一緒だった人が、今でもジェレミーとのことを大切に思っていて、ウェブサイトを見つけ出して、こうしてメッセージを残してくれたこと、それを日本にいる私がこうして読むということは、何か不思議な感動を与えてくれます。時間と場所をこえたような気持ちでした。

双極性障害で入院していた頃は、ジェレミーにとって決して幸せな時ではなかった事は明らかです。それでも、まわりの人に喜びを与える人であり続けたのですね。ジェレミーは誰とでも友達になれる人、まわりの誰もが、自分はジェレミーの友達だ、と喜びを持って言える人だったのだと思います。そして自分の大切な人のことを話していたことは、愛情深いジェレミーらしいと思います。

ゲストブックに記されたことが1994年春の最後の入院の時のことかはわかりませんが、1994年の入院の時のエピソードとしてDavid Stuart Daviesが"Bending the Willow"に書いたものがあります。

ホームズの最後のシリーズ("The Memoirs")がイギリスで放映された時、ジェレミーはこれをみることができなかった。その病棟では、他の患者は他局の番組をみたがったからで、ジェレミーはチャンネルを譲った。

これを悲しいエピソードとして読んだかたも多いでしょう。私もそうでした。でも今、病院で患者として一緒だった人の声をきいて、この人がその時の入院仲間だったかはわかりませんが、私の中には違う風景が広がりました。

ジェレミーは病院にいても「輝ける人(star)」であったと共に、他の患者が自分達とは違う世界の人として一歩さがって遇する対象ではなく、皆友達としてみていて、だから平気で自分がみたいテレビ番組にチャンネルをあわせたのではないでしょうか。何より、このエピソードをDavid Stuart Daviesに話したのは、ジェレミー以外には考えられないですし、ジェレミーがDavidを悲しい気持ちにさせるために、こんなことを言うはずがありません。むしろ、ちょっとおかしい話として披露した、そして患者仲間と、妙な遠慮は無用の友達としてすごした時のことを思い出しながら、話したのではないでしょうか。

ジェレミーが入院中に、自分が愛する人達、愛した人達のことを話したということも、心をあたたかくさせてくれました。「ジョーン (Joan)」は1985年に亡くなった、奥様のJoan Wilsonのことです。そして「ゲリー (Gary)」とはおそらく、かつてのパートナーで、ジェレミーが最期まで大切に思っていて親しい友人であり続けた、Gary Bondのことでしょう。
この世を去る時まで続いたGary Bondとの友情

ジェレミーは、今まわりにいて共に時をすごす人を大切にするとともに、かつて共にいた人、かつて愛した人をずっと大切に思い続けた人でした。

RM

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Author: RM
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和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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