Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

11月3日は、ジェレミーのお誕生日です。そしてジェレミーが深く愛した二度目の奥様、Joan Wilson(ジョーン・ウィルソン)のお誕生日でもあります。ジェレミーは1933年生まれですから81歳ですね。

私事なのですが、このところものすごく久しぶりに、気持ちの上で取っ散らかった日々を送ってきました。「取っ散らかった」というのは、とても深刻というわけではないけれども、こころが千々に乱れている、という感じのことです。でもこころのどこかで、こういうのもたまには面白いなあと思い、そしてこの乱れた気持ちもまた来ては去るものである、と思っています。

こういう時に気持ちをささえてくれたり、気づかせてくれるもののひとつがここであり、そしてジェレミーのことであったりします。どんなこともどんな気持ちも、来ては去るものであるということ、それを思うとき、ジェレミーが亡くなる9日前に放送された"The Week's Good Cause"の中のジェレミーの言葉を思い浮かべます。"It comes and goes and in between the bouts of illness people are well." (この病気は来ては去って行くものであり、症状が一時的にあらわれる期間以外は健康にすごせるのです。)
The Week's Good Cause (1995) その1

感情の変動が激しい病をかかえて、どんなに苦しかったことでしょう。それは私たちの通常の気持ちのゆれ動きとはまったく違うものなのでしょう。それでもなお、耐えがたい振り幅を持つ感情も含めて、来ては去って行くものとしてすべてをとらえる視点をジェレミーが持っていたということ、そのことを思い出します。

そして、あまり後ろ向きにならずに「これだから生きることは面白い」と面白がっている(面白がろうとしている)とき、ジェレミーの"Upward and onward!"という言葉を思い出します。この言葉は、グラナダ版のプロデューサーのMichael Coxが雑誌 "The Sherlock Holmes Gazette" のジェレミー追悼号に、ジェレミーのモットーとしてあげた言葉です。

どんなことについて話していても、その会話はしばしばジェレミーのモットーの"Upward and onward!"で終わった。人生に対するジェレミーの態度をあらわす、これより明快な表現を思い浮かべることは難しいし、ジェレミーのことを思い起こすよすがとして、これ以上の言葉はない。

Whatever the conversation was about, it would have ended with Jeremy's motto, "Upward and onward!" It's hard to think of a simpler expression of his attitude to life or a better clarion call to remember.


"Upward and Onward!"
By Michael Cox
The Sherlock Holmes Gazette, Issue 13, 1995

"Upward and onward!"は訳さずにそのまま書きましたが、単純に直訳すれば「前へ、上へ」でしょう。困難をかかえた最後の10年でも、ジェレミーの人生に対するまっすぐな姿勢は変わらなかったのですね。

余談ですが、"Upward and onward"と同じ意味でこれもよく使われる"Onwards and upwards"という表現があって、これはジェレミーのモットーではないとする人をみたことがありますが、Michael Coxは1986年のロサンジェルスからの便りのことを本 "A Study in Celluloid"に書いていて、その葉書ではジェレミーが"Onwards and upwards"と最後に記しています。またeBayに出品されたジェレミーの短いメッセージにも"Onwards & Upwards"と書かれたものがありました。ですから両方とも使ったのだと思います。

私は"Onwards & Upwards!"という言葉を思い浮かべて、ああいろいろあるけど、うつむかずに前を向いていよう、いろいろなことがあるから生きるのは面白いのだ、と思い出すのです。

なんだか今日はちょっといつもと書き方がかわりましたが、いちばん言いたいのはこれです。
「ジェレミー、お誕生日おめでとうございます!」

RM
前回、童話の語り手としてのジェレミーの声を聴くことができるオーディオブックをご紹介しました。ホームズとしてのジェレミーの声しか知らない方は、びっくりなさったでしょうか。1972年発売のLPですから、30代後半です。若々しくて楽しげな声ですね。(環境によっては、私が抜粋した33秒のオーディオはお聴きになれないかもしれません。どうぞ元のサイトにある26分のオーディオでお楽しみ下さい。)

ジェレミーの声はかすかな陰影から劇的な跳躍まで、目が離せない、いえ、耳が離せないです。豊かな色彩をもつという印象をもちます。その色彩はもちろん、20代で演じたトロイの王子と、30代での童話の語り手と、50代でのホームズとで同じではないのですが、いずれも声と言葉のすみずみにまで表情があらわれるということでは一緒です。それから音楽のようですね。1961年にハムレットを演じた時の評に、"Mr. Brett's speaking of the language had a consistently fine and expressive musicality(ブレット氏の台詞の語り方は、はじめから終わりまで美しく表情豊かな音楽性を持っていた)というものがあります。(The Brettish Empireより)

ジェレミーの声の特質について、他にもいくつかの形容が思い浮かびます。Edward Hardwickeは "powerful voice"と言っていましたし(「短所・長所;1989年のインタビューより」)、 Michael Coxが "resonant voice"と言っていたのも覚えています("Remembering Jeremy" その他)。"velvet voice"という表現も、ファンの間でもよく耳にします。

"velvet voice"に関しては、この前ご紹介した記事(The San Diego Union-Tribune, Sep 15, 1995)の中に、おもしろいことが書かれていました。


ジェレミーは切れのよいベルベットのような口調で語った(もし「切れのよいベルベットのような口調」なんてものがあればだが。そして実際あるのだ。)

[He spoke] in his crisply velvet tones (if there are such things, and there are).



"crisp"と"velvet"は本来両立しないものなのでしょうが、この筆者はジェレミーの口調の特質として、どうしてもその両方を言いたかったのでしょうね!

そして今度は役による声の違いを考えるとき、ジェレミーがホームズの声をさがすプロセスを語っているインタビュー (Reading Eagle, Jul 10, 1990) を思い出します。
becomerであること(1)


「そしてせりふをささやいてみます。声をさがすためにささやいて、ささやいて、ささやいてみます。イメージが流れ続けるように、ささやき続けます。彼のことがわかったと思ったとき、彼が充分自分の中に入ってきたときに、その言葉を声に出して語りはじめるのです。これは本当にわくわくするようなプロセスです。」

And you whisper, whisper, whisper because you have to find the voice. You keep whispering so the imagination keeps going. When you think you've got him – or he's enough in you – you speak. It's an enormously exciting process.



たしかにジェレミーのインタビューの時の声と、ホームズを演じている時の声は、同じではないですね。こうして声も含めて、ホームズになりきるのですね。これを読むとジェレミーは演じるのが本当に好きだったのだと思いますし、あのホームズを10年以上、そうして演じ続けたエネルギーに、あらためて尊敬と感謝の気持ちを持ちます。

RM
今日11月3日はジェレミーと、ジェレミーの2度目の奥様 Joan Wilson(ジョーン・ウィルソン)のお誕生日です。ジェレミーは80回目のお祝い、そしてジョーンは年齢を明らかにしていなかったのですが、かなり信頼できる情報によれば、ジェレミーより5つ上です。

SNSやYouTubeなどに、お祝いのメッセージが書き込まれていますね。そしてりえさんのブログも更新されていました!りえさんのところを経由してここに来てくださっている方、喜んでいらっしゃることでしょう。私の一つ前の記事「David Burkeの近況;公演中です」にも、りえさんがコメントを書いて下さっています。

りえさんとお話をしていて、ここで書き忘れていた「マイ・フェア・レディ」のBlu-Rayのことを思い出しました。りえさんが感想をブログに書いて下さるそうです。そしてその後、はたと気がついて検索したら、「戦争と平和」のBlu-Rayも発売されていました!どちらもアマゾンでのアドレスは一つ前の記事のコメント欄をご覧ください。


さて、80年前の今日、遠いイギリスに一人の男の子が生まれたのですね。喜びの時も悲しみの時も十分に生きて、61年の生涯の中でたくさんの喜びをまわりの人に与えて、そして亡くなってからも世界中のたくさんの人のこころに触れている。そして今日、お誕生日を多くの人が祝っている。私もその一人として、「おめでとうございます」のあたたかい気持ちをおくりたいと思います。

日本時間では今日11月3日になってからでしたが、イギリスでは昨日11月2日に、National Theatreの50年を記念する番組がBBCで放送されました。イギリス国外からは、BBCのサイト上のプレーヤーでも観ることができませんでした。ご存知のようにジェレミーはLaurence Olivierのもとで、National Theatreでの幸せな4年間を送りました。そのNational Theatreが今年で50年なのですね。記念の番組が今放送されることにも、感慨を覚えます。

こちらが番組の題とBBCのウェブサイトです。
BBC Two - Live from the National Theatre: 50 Years on Stage
http://www.bbc.co.uk/programmes/b03h8qms

これに先立って、イギリスのThe Guardian紙のウェブサイトに特集記事が掲載されました。その中の、写真で50年を振り返るページに、ジェレミーの写真が1枚あります。これととても似た写真を1枚知っていますが、これ自体は初めてでした。ギャラリーのページがこちら、写真への直接のリンクがこちら("Joan Plowright and Jeremy Brett in Love's Labours Lost in 1968")です。一緒に写っているのは、Laurence Olivierの奥様のJoan Plowrightです。


またYouTubeのNational Theatreのチャンネルには、National Theatreでおこわなれた記念の催しの記録がアップロードされています。たくさんありますが、ジェレミーに関係があるものを二つご紹介しましょう。実はまだ全部は聴いていません。

一つ目は "NT 50: Charles Kay and Fiona Shaw in conversation"
Charles Kayは古くからのジェレミーの友人で、ジェレミーが亡くなる少し前にも家に訪ねていたことを、Michael Coxが書いています。ホームズでは「這う男」に出ていましたね。そしてFiona Shawは昨夜NHKで放送された「曲がった男」でミス・モリスンを演じました。
http://www.youtube.com/watch?v=ho6FK_4XcEs&list=PLJgBmjHpqgs7CNlpBUF_5Jhlb6Rr6Qs_m&index=4
Charles Kayは10分までの間にジェレミーの名を2回出していたので、うれしくなりました。(まだ20分くらいまでしか聴いていないので、その後はわかりません。)

二つ目は "Old Vic Voices: Working with Olivier"
これにはRonald Pickupが出ています。彼はホームズでは「バスカヴィル家の犬」で執事のバリモアを演じました。
http://www.youtube.com/watch?v=uZFAPCvxTMc

そしてCharles KayとRonald Pickupの二人は、すべて男性で演じた"As You Like It" (1967-9)にジェレミーと共に出ていました。(Jeremy Brett Informationに、ジェレミーとRonald Pickupの写真があります。http://jeremybrett.info/st_asyoulikeit.html)Charles Kayはこの作品がとても印象深かったようで、最初にご紹介した方の映像中で何度もこれに触れています。そして19分頃からですが、楽屋は第二の故郷で、そこにいた人たちとは生涯の親友だ、ただ、一人が悲しいことにこの世を去ってしまったが、と言うところがあって、名前は出していませんが、私は彼がジェレミーのことを思っているのだろうと感じました。50年の記念の催しに出演した多くの俳優仲間が、口にするしないに関わらず、ジェレミーのことも懐かしく思い出してくれているのでしょうね。

さあ、今日は上記二つの残りの部分をみようと思います。あ、それからホームズのどれかを。どうぞ皆様も、楽しくおだやかに今日をお過ごしになれますように。

RM
生まれて初めて、"A Study in Scarlet" を読みました!日本語訳の「緋色の研究」でさえ、今まで読んだことがなかったということが、途中でわかりました。我ながら驚きました。

そもそも私がホームズ譚を初めて読んだのは、小学館の「少年少女世界名作文学全集」全56巻の中の1冊でした。これは祖父母が買ってくれて、私たち10人のいとこの間をぐるぐると回っていた全集でした。この1冊の中におさめられていたのを覚えているのは、「まだらの紐」、「赤髪連盟」、「六つのナポレオン」の3つの短編です。

でもこの全集の中で、ホームズの一冊は特別な興味をひきませんでした。私が好きだった本、この後自分で買い直したり、続編を読んだり同じ作家の別の本を楽しんだりしたのは、「赤毛のアン」、「秘密の花園」、「十五少年漂流記」、「あしながおじさん」、「飛ぶ教室」などでした。

今これを書くためにネットを検索して、全56巻のそれぞれのタイトルと、翻訳者を知りました。翻訳者の名前をみて驚きました。たとえば「小公子」は川端康成訳、「海底二万マイル」は西条八十訳だったのですね。
http://nazede.gozaru.jp/list03.html

「赤毛のアン」、「飛ぶ教室」は、あとで自分で買った新潮文庫、岩波のケストナー少年文学全集と同じ、村岡花子、高橋健二がそれぞれ翻訳したということも、はじめて知りました。訳者が変わると印象が変わって読みにくくなることもありますが、この2冊について何のひっかかりもなく、子供の時から大人になった後まで読み続けられたのは、訳者が同じだったことを今知ると、なるほどもっともなことだ、と思います。

さて、それでは少年少女世界名作文学全集の中の1冊、「シャーロック・ホームズの冒険」の訳者は、と見ると、木々高太郎でした。木々高太郎と言えば、大脳生理学者で推理作家ということで、名前を知っています。読んだこともあるかもしれません。(「緋色の研究」を読んでいなかった私ですが、後で記すように、一時期推理小説は結構よく読んでいたのです。)

そして掲載作は、

六つのナポレオン
赤い髪連盟
踊る人形
はんてんのあるひも
マスグレーブ家の儀式
吸血鬼
悪魔の足

とあります。
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB00114543

後ろの3編は全く読んだ記憶がありません。そして4編目が「はんてんのあるひも」というタイトルだったとは、覚えていませんでした。短編を選んでいるので、おそらく抄訳ではなく全訳だったのでしょう。

この少年少女世界名作文学全集の後、私はホームズにいつどこで触れたのでしょうか。私たちの年代では、ポプラ社の「名探偵ホームズ全集」を覚えている人が多いようですが、私は読んだ記憶がありません。図書館と本屋にいれば幸せな子供でしたが、ホームズには興味がなかったのでしょう。

一方で、小学校高学年から中学校にかけては、探偵小説の黄金時代(1918-1939)に活躍した作家の作品を中心に、探偵小説をかなり読みました。だいたいの読んだ順番、夢中になった順番で書くと、ヴァン・ダイン(「グリーン家殺人事件」が最初。夜読んでいて、後ろを振り向くのが怖かった)、クイーン(国名シリーズに夢中、その後読んだライツヴィル物は本当に好きだった)、クリスティ(友達が次々に貸してくれた)、チェスタトン、シムノン、レックス・スタウト、チャンドラーなどなど。でもホームズは読まなかったのです!でもいくら何でも、ホームズものの有名な話については、グラナダ版で映像化されていないものでも、その筋くらいは意識せずにどこかで目にしているのではないか、と漠然と思っていました。

そして話は今に飛びます。ドイルの原作は、アメリカで "The Case-Book of Sherlock Holmes " の著作権が消滅していないのを除いては、無料でネット上で読むことができます。私はコンピュータの液晶画面での読書は好きでないので、Kindle形式のホームズ譚ひと揃いを、オーストラリアのアデレード大学のサイトからダウンロードしました。オーストラリアですから、"The Case-Book" も手に入ります。
http://ebooks.adelaide.edu.au/

そして "A Study in Scarlet" を読み始めました。最初のホームズとワトスンの出会いの場面は、何十回となくきいた"The Secret of Sherlock Holmes” でのジェレミーとエドワードの台詞そのままです。いえ、本当は原作そのままの台詞なのですよね。その後わくわくしながら、ホームズの後についていく思いで、私もロンドンを動き回ってPart 1が終了、さあこれから謎解き、ちゃんと読んだ覚えはないけど、多分読み進める内に、あああそこでちらっと読んだあの話、とか、あの人があの本で触れていた、あのトリックね、とか思い当たるのではないかと思っていたのです。そしたら何と、アメリカに連れていかれたではありませんか!こんな話だったとは!そしてまたロンドンへ、ホームズとワトスンの元へと戻っていきます。これは、私が生まれて初めて読む物語だということに気づきました。

ここにおいでの方で「緋色の研究」を読んでいらっしゃらない方、筋さえ知らない方は、多分いらっしゃいませんね。私くらいでしょう。ホームズの4つの長編と56の短編をこれから、知っている話、知らない話を含めて楽しめるなんて、そしてホームズとワトスンのやり取りを、グラナダシリーズを思いながら、あるいはシリーズからは少し離れて、目の前に想像できるなんて、わくわくします。私は辞書はよっぽどのことがないとひかないので、大切な謎解きの場面ですら、思わぬ勘違いをしているかもしれません。英語の後は日本語で読んで、解説書や研究書を読んで...と考えると、宝の山を前にした気分です。

そして、うふふ、これでいつかホームズについての知識と愛情で、ジェレミーと並ぶことができるでしょうか。

RM

追記:文字としてばかりでなく、オーディオブックを聴く形でドイルの原作を楽しみたい方もいらっしゃるでしょう。また、文字を読むのに疲れた時や、自分の英語の能力よりも少し上の本を読む時、あるいは耳からだけでお話を聞き取るのは難しい時に、耳で聴きながら目で文字を追うことは、読書の助けになってくれます。「聞き読み」という言い方もするようです。

有料なら、たとえばエドワードが読むドイルがAudibleにあり、それ以外にもいろいろな読み手のオーディオブックが市販されているはずです。無料がよければ、著作権が切れた文学をボランティアが読んで配布しているサイト、たとえばlibrivox(http://librivox.org/)は、オーディオブックの無料の音源として、私も時々利用しています。ボランティアとは言え、玄人はだしの人もいますし、若い頃に俳優を目指していた人もいるようです。

ただホームズ物に関しては、プロが読んだオーディオブックを無料で楽しめます。John Telferというイギリスの俳優が読み、市販もされているオーディオブックが、Project Gutenberg (http://www.gutenberg.org/) におさめられていて、無料でダウンロードできるのです。これを教えてくれたフォーラムのメンバーは、あまりに良いオーディオブックが無料なので、不正にアップロードされた海賊版ではないかしら、と心配していましたが、調べたら心配ご無用、Project Gutenbergに海賊版があるはずはなく、正規の契約によって配布されていると書かれていました。その証拠と言ってはなんですが、アメリカでは著作権が存続している "The Case-Book" も John Telferが読んで市販されていますが、無料のProject Gutenbergにはありません。以下にご参考までに、無料でダウンロードできるアドレスを書きます。

John Telferの紹介
http://www.audiobooksforfree.com/info/narrator/John+Telfer

Project GutenbergのパートナーとしてのAudioBooksForFree.comの紹介。このサイトでは低ビットレートのファイルのみ無料ですが、ここがProject Gutenbergに提供したドイルの録音は、高ビットレートでも無料です。
http://www.gutenberg.org/wiki/Gutenberg:Partners,_Affiliates_and_Resources#AudioBooksForFree.com

ダウンロードページのアドレスです。
A Study in Scarlet
http://www.gutenberg.org/ebooks/9556
The Sign of the Four
http://www.gutenberg.org/ebooks/9558
The Hound of the Baskervilles
http://www.gutenberg.org/ebooks/9552
The Valley of Fear
http://www.gutenberg.org/ebooks/9557

The Adventures of Sherlock Holmes
http://www.gutenberg.org/ebooks/9551
The Memoirs of Sherlock Holmes
http://www.gutenberg.org/ebooks/9555
The Return of Sherlock Holmes
http://www.gutenberg.org/ebooks/9553
His Last Bow
http://www.gutenberg.org/ebooks/9554

彼のホームズの声をきいてもジェレミーは思い浮かばないのですが、でもこれはこれで、とてもよい朗読だと思います。
(エドワードがジェレミーの "I'm a reluctant hero today" という言葉に触れている文章をみつけましたので、追記として一番最後に記しています。)

お暑うございます。この言葉ではじめる毎日が続いていますね。おからだの具合の良くない方、何か心配ごとがおありの方には、気候の厳しさは特にこたえるのではないでしょうか。お見舞い申し上げます。

私は、多分他の多くの方と同様、日々それなりに困ることがあるのですが、ここ数年安心して困っていられるようになりました。安心して不安の中にいられるようになってきました。

でもやはり折々に、ごく小さいことの中にも、こういう思いが忍び込んできます。私が、あの人が、状況が、こうであればよかったのに、という思い。あるいは、これが起きなければよかったのに、という思い。それがもっと大きな困難につながるならば、何故私にこれが起きたのか、という気持ち。

そんな時に思い出すことの一つは、ジェレミーは"Why me?"「何故自分がこんな目に?」とたずねたり、人生は不公平だと嘆くような性質(たち)の人間ではまったくなかった、という描写です。そして一番辛い状態の時に口にするのは、実際は不平とは言えない、"I'm a reluctant hero today."という言葉だった、というものです。これは「今日はちょっとやる気のないヒーローなんだよ」という感じでしょうか。

これはLinda Pritchardの本に書かれているもので、私はこの本については、二つの違う感情を同時に持っています。でも私はこの描写はジェレミーをよく表していると思っていますし、たしかエドワードも何かの文章かインタビューで、"I'm a reluctant hero today"というジェレミーの言葉に触れていたように記憶しています(追記をご覧ください)

ひとや状況を責めたり、あるいは特に自分を責めたりしそうな時にこれを思い出して、"I'm a reluctant hero today."とこころでつぶやいてみます。英語では今では男女の区別なく a hero を用いるということを知りました。

この間の文を加えて、もう少し訳してみます。


ジェレミーは"Why me?"「何故自分にこんなことが?」と言い、人生は不公平だと嘆くような性質(たち)の人間ではまったくなかった。まったく逆で、人生が自分に投げかけたものをすべて受け取り、自分が知る最善のやりかたで取り組み、微笑みを浮かべながら、すべてはうまく行くだろうという態度をとっていた。一番困難な時期にも、愚痴に近いといえるかもしれない言葉は、実際には愚痴や不平ではまったくなかった。"I'm a reluctant hero today."「今日の僕は、少しやる気がないヒーローなんだよ。」


私がジェレミーのことを知ってはじめに思ったのは、何故、こんなに輝いていた人が、そんなに苦しんだ果てにこの世を去らねばならなかったのだろう、ということでした。でも今は違う気持ちを持っています。彼らしく生きて、そして最期に静かにすべてを手放してこの世を去っていった、そういう生と、そういう死だったと思っています。

RM

追記:
Bending the Willowの本に寄せて、前書きとしてエドワードが1996年に書いた文章の中にありました。

私がジェレミー・ブレットと、そしてシャーロック・ホームズと共にすごした時間は、8年間に及んでいる。彼ら二人とワトスンに、本当に感謝している。わくわくするような経験だった。いつも何の困難もなかった訳ではないが、退屈とは程遠い日々だった。たいていの時はとても興奮して、心の底から楽しんだ。素晴らしい才能を持った俳優であり、特別な友人であるひとと一緒に仕事をしている時に、そのことを忘れられる訳がないのだ。双極性障害という病があっても、ジェレミーは物事を前向きに明るく考えるようにしていた。Jeremy Paulの劇 "The Secret of Sherlock Holmes" をロンドンで上演しようと心に決めて実行したことがそれを示している。暗い気持ちにおそわれる時があっても、彼はただ、'I am a reluctant hero today' 「今日の僕は、少しやる気がないヒーローなんだよ」と言うだけだった。

My association with Jeremy Brett and Sherlock Holmes covers an eight year period. I owe them and Dr Watson a great deal. It was a fascinating time—not always easy, but never dull. More often than not it was most exciting and tremendous fun. You could never forget that you were working with a very special actor, and a very good friend. In spite of his manic depression, Jeremy somehow trained himself to think positively. His determination to get Jeremy Paul's play, The Secret of Sherlock Holmes, put on in London is proof of that. On his black days he would merely say, 'I am a reluctant hero today'.

更新休止中のはずだったのに、二つ理由があって書いています。一つ目は多くの方からあたたかい言葉をかけて頂き、やさしい気持ちを頂いて、きっかけさえあれば(あるいはきっかけはなくても、ぴょん、とスキップで跳ねるような感じで)ここに出てくるだろうなあ、と思い始めたこと。

そして思いがけずきっかけができたと言いますか、とにかく書くことができたこと。

それでそのきっかけのお話をします。少し長くなりますが、次の記事でご紹介する写真についてこころからのお願いがあって、そういうお願いをする背景もここでお話したいので、どうぞご辛抱くださいませ。


1960年のミュージカル "Johnny The Priest" については、そのCDが発売された時に少しお話しました。
「Marigold」と「Johnny the Priest」のCD発売
ミュージカル「Johnny the Priest」(1960)

残念ながら短命に終わってしまった舞台作品なのですが、ジェレミーの歌声は素晴らしいです。ジェレミーが歌う曲だけではなく、CDを通しできいてもとても楽しめます。

この舞台のプログラムと写真がアップロードされているウェブサイトに数日前に巡り会いました。

このウェブサイトはできてそれほどたっていないようですが、演目に関する資料の一つとして、"Johnny The Priest" にまつわるものがすでにあげられていて、ジェレミーがうつる美しい写真がたくさんおさめられています。でもジェレミーのファンの間でまだ知られていないことは、かなり確実でした。

私は大喜びだったのですが、このサイトをネットで紹介するのはためらいました。ウェブサイトには SNSでの "Share" のためのボタンもゲストブックもあり、持ち主が多くの人に知ってほしいと思っていることは明らかです。でも私は今まで、ジェレミーのファンの間でまだ知られていない写真をネット上で紹介して、後で苦い思いをしたことが何度かあり、それ以来、みつけた写真とそのサイトを紹介せずにすますこともありました。写真を集めたブログやファンサイト、画像投稿サイトのように、他で写真を見つけた人が転載しているウェブサイトの場合ではなく、その写真の持ち主や写真家や、その写真のネット上への投稿におおいに寄与して時間と労力を費やした人のサイトの場合です。

例えば、「四つの署名」の撮影時にトビィの飼い主のかたがジェレミー、エドワード、トビィと一緒に写っている写真を自身の犬の訓練施設のサイトに載せているのを、そのかたのウェブサイトのアドレスを書いてフォーラムで紹介したことがありました。この写真は間もなく別の場所に、そのサイトへの言及無しに転載され、現在多くの人はどんな状況で撮られた写真かも、アップロードして下さったかたのことも知らずに、みていることでしょう。それは写真にとってもサイトの持ち主にも、私にも幸せな事ではありません。(私が紹介したのが発端だったという証拠はありませんが。)私がこのブログでそのサイトを紹介したのは、そのようなことがおきて、広がってしまった後のことでした。

その他にも、私が紹介をみあわせた写真が、その後私とは独立にみつけた他のメンバーにより、その写真をアップロードした写真家の名前とそのサイトのアドレスをつけてフォーラムに投稿されたことがあります。これはよいやり方でした。面倒だからでしょうか、人をびっくりさせたり煙にまいたりしたいからでしょうか、出典を示さない人も多いのです。(わかる範囲で出典元を記すことは、時に礼儀であり時に義務であると思っています。もちろん論文とは違って出典を示すことはそれほど厳密な義務ではないですし、ウェブ上で転載を繰り返されて、由来がわからない場合も多々あるので、私もその時に応じて判断しています。でも時にその情報や写真の由来を示さないことで、情報の確実性の判断ができなかったり、背景となる状況を知る機会が失われたりすると思います。)

このように、はじめに投稿した人はきちんと由来を書いたにも関わらず、今ではその写真はネット上に説明なしで散らばり、途中で誰かが自分のサイトのwatermarkをつけて、そのwatermarkをつけた画像がGoogle検索では一番上に出てきて、数日前にTumblrに再投稿されるという始末です。

"Johnny The Priest" の今回の写真も、私が投稿しなくても、いつかは誰かがみつけて同じことがおこらないとは言えません。それなら元々の持ち主・写真のアップロードをして下さった方に敬意を払った形で、そしてその写真の歴史が参照できる形で(つまり出典サイトや写真の背景が明らかな形で)ネット上のジェレミーのファンの前にあらわれ、できるだけ長くその形のままで人々の目にふれるように、できるだけのことをしたいと思いました。

それでまず、そのサイトの持ち主(Roger)にメールを出しました。「あなたの素晴らしいサイトに偶然巡り会いました。特に、ジェレミー・ブレットが出演した "Johnny The Priest" をみて喜びました。彼はホームズを演じたことで、日本でも良く知られていて人気が高いのです。私はジェレミー・ブレットのファンです。英語のフォーラムと日本語のブログであなたのサイトと写真を紹介したいのですが、写真のダウンロードと転載を許していただけますでしょうか。もちろんあなたのサイトのアドレスを付記します。」そうしたら半日ただずにメールが3通送られてきました。「どうぞご自由にお使い下さい。リンクを書いていただけるのならとても嬉しいです。ダウンロードがうまく行かない時のために、後2通のメールに、画像ファイルを添付します」とあって、ジェレミーがうつっている写真を選んで、送付して下さったのです!私のつたない英語のメールに、こんなにはやく、こんなに親切に対応して下さるなんて想像していませんでした。

それでフォーラムに経緯を簡単に書き、「親愛なるメンバーの皆さん、そしてここの訪問者の皆さん、もしもこの写真を友人とわかち合いたいとお思いでしたら、どうぞその時には彼のウェブサイトのアドレスも示してください。私は彼にとても感謝していて、彼のサイトへの言及無しにこの写真がネット上に広がったら、悲しい気持ちになることでしょう」と太い文字で記しました。転載が重なれば、このお願いは無効になってしまうでしょうが、しばらくの間は元のサイトへの敬意をこめて、ネット上のファンの間で手渡されますように、と願っています。

その後で再度彼から連絡があり、あなたがネットで紹介したら見てみたいので、そのアドレスを知らせてほしい、日本語は読めないだろうけれど、ということでした。それでフォーラムの記事へのリンクを書いて、自分の日本語のブログはまだ書いていないけれども、数日うちに更新するつもりなので、そうしたらアドレスを知らせますね、と返事しました。

というわけで、今日書き始めているのです!本当は、許可を先に頂いておいて、実際にはしばらくたってここに戻ってきた時にご紹介しようと思っていたのですが、思いがけないことに彼に報告するためにこうして書くことになりました。それでは次の更新では彼のサイトとジェレミーの写真をご紹介します。

RM
3月11日が近づいています。昨年は13日の記事「ジェレミーとエドワード、それぞれの筆跡」の最後でほんの少し触れ、一昨年は震災の後にいくつかの記事を書きました。
ご無事を祈り、お見舞い申し上げます。
ウェブサイト "Jeremy Brett Information" のご紹介(8)Please Help Japan!
ジェレミーの悲しみと、あたたかさ (1)~(9)

今年は明日から留守にするため、3月11日を家を離れたところでむかえます。最初にそのことに気づいた時、複雑な気持ちでした。祈りの時とすべき日に人と会い、普段歩かない街を歩き、外で食事をする。

でも、数日前になって思いました。3月11日をどこでどのように過ごしても、私は一日中そのことを思っていることはできない。そのかわりに、どこでどのように過ごしても、こころの中で小さな花を左胸に一輪つけて過ごそう。

そう思ったということを、ここになら書いておきたい気がして、今日、記しました。

RM
前回の記事を書いた後で何となく考えていて、ああ、私はまだひっかかっている、こだわっているのだなあ、と思い当たりました。ジェレミー・ブレットというひとの印象が、ホームズのために病を得て苦しんだ俳優、と固定されてしまうことに、です。それはこのところのいくつかの出来事、たとえばイギリスで "Curse of Sherlock Holmes" という舞台が3月に上演されることとも関係しています。(http://www.romjanfrances.com/#/sherlock/4570950825)

でも誰がジェレミーについてどんなイメージを持とうが、そして私がどんなイメージを持とうが、それはジェレミーの本質にはまったく影響しないということ、そのことを思い出しました。

その上で、ジェレミーのことを短い言葉で言うとして、どんなふうに描写・形容した言葉がこころに残っているかしら、と考えるともなく考えていました。エピソードというほど長くなく、短いものです。

そして、一番はこれ!と思いました。1995年11月29日のジェレミーを偲ぶ会で、Edward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)はこう言っています。(David Stuart Davies著 "Bending the Willow"より)

「ジェレミーのことを思う時はいつも、ジェレミーが笑っているのを思い出すでしょう。」
'Whenever I think of Jeremy, I think of him laughing.'

最後の約10年間、友人であり仕事仲間だったエドワードのこの言葉がとても好きです。他にもいろいろと思い浮かぶものがあります。これもシリーズになるかしら?

Colin Jeavonsのシリーズももう1回書きたいことがあるし、Rosalie Williamsのインタビューもご紹介したいし。寄り道しながら、気楽にぶらぶらと書いていきます。楽しく書くのが一番ですね。

そして、自分で何となく感じているだけでは気がつかないことも、文字にしたおかげではっきりしたり、こころの整理ができたりします。それから、コメントを頂いてこころ動かされたり、新しい視点を得たり、知らなかったことを教えていただいたりします。そういうところが、ブログを書く楽しみなのですね。

RM
一つ前の記事のコメント欄でたまごさんとお話していた時に、ジェレミーなら話を面白がってくれるのではないか、とたまごさんが書かれたので、ジェレミーはひととお話するのが好きで、その中でも自分のことだけを言うのでなく、ひとのお話をきくのも好きだったんだろうなあ、と思いました。それでいくつか思い出したことがあって、こんな記事を書きたくなりました。

以前の記事で書いたことですが、ミッドランドホテルのレストランの元ウェイターが、ある掲示板に書いていた中に、「ジェレミーは自分のことも話したし、私個人の生活についてもいろいろときいてくれた」とありました。

そして "A Study in Celluloid" でプロデューサーのMichael Cox(マイケル・コックス)がこのように書いています。もしかしたらやり直しが必要になって、撮影にひどく手間と時間がかかるかもしれないような場面のことを述べた後からの引用で、第一版では21ページです。


しかし撮影班はジェレミーのためなら、何でもしただろう。理由は二つある。ジェレミーは仕事を何よりも大切にして全力をつくしていたから。そして彼は全員と、仕事をこえた関係を築いていたから。撮影の初日に全員の名前を覚えただけではなく、誰の車が車上荒らしにあったか、誰の赤ちゃんが具合が悪いかも知っていた。ひとの気をひくためにお座なりにたずねたのでなく、本当に心から知りたいと思っていたのだ。

But a film crew would do anything for Jeremy and there were two reasons for this. First, because he was absolutely professional in his work and second, because he knew them all personally. Not only had he memorised everyone's name by the end of the first day's shooting but he also knew whose car had been broken into or whose baby was ill. And this was not a trick to curry favour; he genuinely wanted to know.


名前をすぐに覚えたというのは、一つ前の記事で引用したデイビッド・バークの言葉とも一致します。そしてクルーが皆ジェレミーを好きだった、ということも。ジェレミーは仕事も大切にするけれども、仕事以外の個人的な話もききたいと思っていたのですね。


そしてもう一つ、同じ本の中でマイケルが書いているエピソードがあります。これはマイケルがジェレミーと会って、ホームズのドラマ化について話した最初の日のことです。ジェレミーとジェレミーの息子のデイビッド、マイケルとグラナダのキャスティング担当者の4人が、レストランで夕食をとりながら話しています。1981年夏、雨の日だったようです。第一版の4ページです。


夜遅くなって、ひどく雨にぬれて泥でよごれた花売りむすめが入ってきて、容器つきのプラスチックの花を、レストランの最後の客にすすめてもいいかと支配人にたずねた。ジェレミーは残っていた花を全部買った。とても感じがよくて魅力的で、たしかにハンサムな俳優なら誰でもそんなふうにふるまったかもしれない。でもジェレミーはただ感じがいいだけではなかった。その少女が奨学金では足りない分のお金をどうやって得ているのか、何を勉強しているか、いつになったらかわいた服に着替えることができそうか、こころの底から知りたくてたずねたのだ。少女は(マイ・フェア・レディの原作の)「ピグマリオン」の最初の場面でのイライザ・ドゥーリトルのような気持ちで入ってきて、アスコット競馬場でのオードリー・ヘップバーンのように感じながらレストランを出た。

Towards the end of the evening a very damp and rather bedraggled flower girl asked the manager if she could try to sell pots of plastic flowers to the last customers. Jeremy bought the remains of her stock and was not just charming—which any handsome actor might have been—but genuinely interested in how the girl was supplementing a student grant, what she was studying and when she was going to get into some dry clothes. She had come in feeling like Eliza Doolittle at the start of Pygmalion and went out feeling like Audrey Hepburn at Ascot.



このエピソードもとても好きです。撮影クルーの話をききたいと思ったのと同じように、ジェレミーにとって、たまたま出会って、もう二度と会うこともないであろう少女のことを知りたいと思って話をきくのは、とても自然なことなのだろうと思います。こころの底からあふれでるあたたかさを感じます。この少女はジェレミーが自分を思いやってくれていることを感じて、幸せな時をすごしてお店を出たのでしょう。とるにたらない取り替え可能な人間ではなく、自分もまた大切な一人の人間であることを、ジェレミーの声と表情と存在から感じられたのではないでしょうか。

RM
コメント欄は時間がたつと埋もれてしまって、目につきにくくなってしまいます。もちろん個々の記事へのリンクをクリックしていただければ、コメント欄も含めて読んでいただけるのですが。

2つ前の記事「いたずらっ子ジェレミー(とデイビッド)(1)」のコメント欄でNRさんとYOKOさんが話してくださったことや、書いてくださったアドレスが、ここに来てくださる方の目に触れなくなってしまうととても残念なので、許可をいただいてURLを再度載せます。くわしくは2つ前の記事のコメント欄と、リンク先のお二人のブログをご覧下さい。

コメント欄への直接のリンクはこちらです。

そして、上記コメント欄でNRさんが紹介して下さったURLはこちらです。コメント欄にもあるように、名前は出ていませんが、ジェレミーのことを書いていらっしゃいます。
1回目
http://ameblo.jp/nrosey/entry-11404845673.html

2回目
http://ameblo.jp/nrosey/entry-11404859797.html

3回目
http://ameblo.jp/nrosey/entry-11405460974.html

私がこの記事を拝見してとてもうれしかったのは、ジェレミーがどんなふうだったかを想像して、感じることができるということです。たとえば、楽屋口ではじめて会ったNRさんの名前を言い当てるところは、わあ、ジェレミーらしいなあ、そういう人なんだなあと思って、うれしい気持ちになります。マンチェスターでのことも、はじめてうかがいました。その日の撮影が終わって、ホームズを脱ぎ捨ててロビーにあらわれたジェレミーの姿、そして別れ際の様子を想像しています。

YOKOさんもまた、ジェレミーとエドワードの"The Secret of Sherlock Holmes" をイギリスで観ていらっしゃいます。YOKOさんの記事はこちらです。

The Secret of Sherlock Holmes(舞台劇)

YOKOさんはその頃はグラナダシリーズはまだあまり観ていらっしゃらなかったとのことです。ときどき居眠り(うふふ)もなさったそうですが、ジェレミーとエドワードの舞台上の存在と声につつまれてうとうとした経験と思い出は、一生YOKOさんの中に残るのだろうなあと思います。

そしてなんと、YOKOさんと同じ時にNRさんも英国内に滞在していらしたそうです!不思議なご縁ですね。そのお二人のお話を私のブログのコメント欄と、それぞれの方のブログで読める私も、ご縁の中に入れていただいた気持ちです。

NRさんのブログの記事を拝見して、小冊子 The Ritualの1995年秋号のジェレミーを偲ぶ特集の中で、デイビッド・バークが書いている文章を思い出しました。ジェレミーがすぐに人の名前を覚えることが書かれています。これはグラナダの撮影クルーのメンバーの名前なので、NRさんのお名前をジェレミーが覚えていて、しかも言い当てたのとは少し違うかもしれませんが、でもジェレミーがまわりの人を大切にして、一人一人と気持ちをわかちあいたいと思っていたことを示しているという点で、共通するように思います。そして、だから楽屋に届けられたお花の贈り主の名前もちゃんと気に留めていて、NRさんと贈り主の名前がジェレミーの中でつながったのだと思います。そしてもう一つ思うのは、ジェレミーは自分でも言っていましたが、直感の人だということです。NRさんのお名前は必ずしも日本人の名前とは限らないし、もしも日本人だとわかるようにNRさんが書いていらしたとしても、その日に舞台を観に来ていた日本人や、日本人らしくみえる東洋人が他にもいた可能性は充分あると推測します。

それではジェレミーがすぐに名前を覚える話にもどって、The Ritualの1995年秋号から、デイビッド・バークの言葉を以下に引用します。これはこの前「Colin Jeavonsのこと(4)」でご紹介した、ジェレミーがポラロイドカメラでクルーやエキストラや共演者の楽しい写真をとって貼り出して、みんながチームの一員という雰囲気を作り出していた、とデイビッド・バークが書いている続きの部分です。


ジェレミーは撮影にかかわるクルー全員の名前をすぐに覚えていました。これもまた、彼が誰とでもすぐに親しくなる性質(たち)だからでもあり、そして仕事をとても大切にしているからでもありました。私の経験では、俳優はスタッフ全員の名前を撮影の最終日までかかってやっと覚えることが多いのですが、ジェレミーはすぐに名前を覚えていました。そしてそういう彼のおかげで、下っ端のスタッフでさえ、自分もチームの重要な一員だと感じることができました。ジェレミーがそういう性質の人間だったから、グラナダ・チームは彼のことが大好きでした。その気持ちを誰もが感じられたことでしょう。

Jeremy also - which was again part of his friendliness and part of his professionalism - knew the names of every single person in the crew immediately. In my experience actors often get to know the names of everybody, but not until the last day of filming. Jeremy knew them straight away and he was particularly good at making even the most minor member of the crew feel important and part of the team. I think he succeeded and I know that you would find enormous affection for him at Granada because of this ability.



今回もまた、いただいたコメントでこころ動かされて、新しい記事を書くことができました。こういうブログの書き方ができるのは、本当に幸せなことだと思います。

RM

 RM

Author: RM
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