Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

イートン時代のジェレミーについて、特に聖歌隊でソロを歌っていた時のジェレミーについてご紹介する3回目です。

Colin Clarkという人が、「Younger brother, younger son: A memoir」という1997年出版の自伝の中で、イートンでのジェレミーにふれています。この人は1932年生まれですからジェレミーより一歳年長、イートン出身で、ローレンス・オリビエが監督した映画の製作に関わったり、グラナダ・テレビで働いたり、アメリカのPBSで働いたりしているようですが、ジェレミーと直接一緒に仕事をしたことはなかったようです。でも同じ分野ではたらくものとして、ときどきジェレミーと会っていたとこの本の中で書いています。彼が書いた、イートンでのジェレミーの描写を抜粋して訳します。引用はGoogle Booksのhttp://books.google.com/books?id=GbYcAQAAIAAJからです。

「学校に通う少女が、女子だけの学校で上級生に夢中になるように、男子しかいないイートンでも少年の間で同じようなことがおきた。私のイートンでの最後の3年間で、私も含めてほとんどの少年が夢中になったのは、一人の少年だった。

「少年の名前はジェレミー・ハギンズといって、彼は聖歌隊で歌っていた。考えられる限りで最も美しいソプラノの声、そして美しい顔立ちだった。

「聖歌隊の白いローブを身にまとい、整えられた茶色の髪を輝かせて、その眼は天上に向けられ、その口からは澄み切った歌声が響いた。彼が旧約聖書の詩編を歌うと、皆はうっとりとして恍惚となった。

「時がたって変声期をむかえて、彼の声はやわらかなテノールになった。そして彼の顔立ちはさらに美しくなった。

「彼は後に俳優になり、ジェレミー・ブレットと名前をかえた。

「私たちは同じ業界にいたので時々会っていた。私は彼には何も言わなかったが、イートン時代の私にとって彼がどういう存在だったかを、彼は知っていたようだった。彼は魅力的で悲しげで誠実で、昔とかわらず美しかった。」


聖歌隊でのジェレミーの姿を、想像できる気がします。

このように、ほとんどすべての学生に憧れられて、注目の的になっていたことを、当時のジェレミーがどのように思っていたか、ファンフォーラムでも少し意見がわかれていました。今、私が思うのはこういうことです。多感な少年の時期に皆の注目を一身に集めたことは、時として負担だったかもしれません。一人になりたい時もあったことでしょう。この本の著者は、重荷だっただろう、ということを感じていて、それが「悲しげ」という言葉に投影されているようです。今回訳さなかった部分にも、そのような描写があります。

一方で、フォーラムにつどうファンの声には、ジェレミーは自分が生徒達をひきつけていることを重荷に思ってぺしゃんとなるような、そんなやわな人間ではない、というものがありました。私はそれを読んで、なるほどと思い、安心しました。今までの2回で紹介したように、聖歌隊で歌うことはジェレミーにとってすばらしい経験で、歌にふれるとともに、聖なるものにふれる時間だったのだと思います。そして、歌を聴いている人に自分の声を通じて何かを伝え、観客の心を動かす経験は、演ずることへのあこがれをさらに高めたのでしょう。

ですから聖歌隊でソロで歌ったことは、何度もインタビューで言及するような、懐かしい幸せな一瞬だったのでしょう。イートンでの生活自体に対しては、「幸せ」の一言では片付けられないことを示すようなインタビューもあり、懐かしいThe Grangeを離れた寄宿舎生活が、感受性が強いジェレミーに苦痛も与えたことは想像に難くありません。でも今回は、聖歌隊で歌うジェレミーが声も姿も際立って美しかったことを言祝いで、最後にジェレミーの声について、ジェレミー自身の言葉でしめくくります。残念ながら出典はわかりませんが、ネット上の、ジェレミーの言葉を集めたサイトに載っていたものです。

「その子が歌いだすと、その声があまりに美しくて、皆がうっとりして思わず椅子に身を沈めるような、そんな子がいますが、私もそういう子供の一人でした。その声は私自身が努力して得たわけではなく、本当に神様から授かったものでした。」

RM
イートン校でのジェレミーのことを、インタビュー記事などをもとにしてお話する2回目です。

1991年11月6日に、アメリカのイリノイ州シカゴで行われたインタビューです。ですからこれもアメリカツアーの時です。このインタビューもまた、おこなわれてから長い時がたって後に文字になりました。正確には、このインタビューを元に短い記事ができましたが、30分のインタビューの全体が文字になったのは、およそ15年後でした。ここでもまた、ジェレミーに会った人が時を経てもジェレミーのことを忘れずに、その時のことを伝えようとすることに驚かされます。この中からイートンの聖歌隊でのこと、その他歌うことについてジェレミーが話しているところを少し短くして紹介します。

原文が読めるのはこちらのサイトです。
http://homepage.mac.com/kevinmurphy1532/Writer/new_material--or_why_no_mor_2/restored-jeremy-brett-inter.html

(これまでにあなたは歌うことに、ずいぶん関わってきたのですね。)

はい、歌うことについては本当に残念なんですけど。というのは、僕はとても歌手になりたかったんです。オペラ歌手にね。レコードを聴いたからわかるのですが、僕は本当にすばらしいソプラノの声を持っていたんです。8歳、9歳、10歳、11歳、12歳の頃には、ブラームスのレクイエムの"Ye Are Now Sorrowful" などを歌っていました。イギリスの主な聖堂すべてで歌っていたんですよ。そして、ちょっと芝居がかっていると言われながらも(インタビューアが笑う)、すばらしいアリアを歌ったものでした。

その後、変声期で声が出なくなってしまったのですが、「戦争と平和」の撮影のためにローマへ行った時に、音楽学校の教授に会って言われたのです。「すばらしいテノールの声ですね。俳優をやめて、歌うことを考えてみませんか?歌うことに生涯を捧げるべきです。」それで、彼女の部屋でちょっとした音を出してみたら、ソプラノの声の時と同じくらいにわくわくしました。でも困ったことには子供の頃のソプラノは完全に自然な声だったんです。エリザベス・シュワルツコップ(有名なソプラノ歌手)のようにね。僕のテノールの声も相当なもので、しばらくはその声で歌うことができたのですが、でも悲しいことに僕たちの職業でははじめから歌を歌うと、俳優だとまじめにはとってもらえなくなるのです。それで最後に「メリー・ウィドウ」でダニロを歌って、それでやめました。悲しかったのですが、でも今はそれほどでもありません。今は聴く方が好きです。歌うのは本当に大変なことで、特にテノールは自然な声の出し方をする声域ではありませんから、声帯にとても負担をかけるのです。風にあたってもいけないし、歌う前三日間はしゃべってはいけないし。だから歌うことに完全に人生を捧げなければなりません。パバロッティを聴くとき、プラシド(ドミンゴ)を聴くとき、カレーラスを聴くとき、あの声はまったく奇跡なんです。だから舞台で歌えなくなったことをもう後悔はしていません。今は聴く方が楽しいのです。


ここでもレコードの話が出ました。聴いてみたいものです。ローマで音楽の教授にほめられた時は、うれしかったでしょうね。

「イギリスの主な聖堂すべてで歌っていた」というところを読んで、それではイギリスでは多くの人がジェレミーの歌声を聴いたのだなあ、としみじみと思っていました。そしたらロンドンっ子のジェレミーファンがこの部分を引用して、ここを読むと笑みがこぼれる、ジェレミーったら大げさに言ったのね、とコメントしました。それに対してイギリスやイギリス以外のファンが口々に、ジェレミーはいつも冗談が大好きで、このちょっと大げさに言うのもジェレミーらしい、とか、同じことを話して退屈するよりも、時々ちょっと本当と嘘の境のようなことをまぜるんじゃないかしら?とか、ジェレミーは子供のまま大きくなったようなところもありますよね、とか、だから好きなんです!大きな子供で、そして完璧な美しさを持っているところが!とか、いろいろなコメントがつきました。イギリス人からみたら、イートンの聖歌隊がいくら有名でも、イギリスの主要な聖堂すべて、は言い過ぎでしょうと思うのでしょうね。私はまったくわからなかったのですが。

ジェレミーが子供のような無邪気さと情熱を持っていることは、以前にこの記事で触れました。
His zest for life; 生きることへの情熱、この人生を愛して楽しむこと
「こういう、人生を子供のような気持ちで楽しむところが好きです。ジェレミーの中には、この人生に向き合う賢者としての顔と、小さな子供のような、少年のような顔が同居しているようです。」

この人生を今日生まれた子供のように愛した人。この時もアメリカの地で楽しくインタビューを受けて、楽しく、ちょっと大げさなものいいも含めてしゃべったのでしょうね。そして世界中のファンが、ジェレミーのそういうところ、子供のまま大きくなったようなところも含めて、ジェレミーを愛していることを今回はからずも知って、こころがあたたかくなり、うれしくなりました。

RM

追記:そうやってきゃーきゃー言い合うことを、時々ここでもできたらうれしいなあ、なんて思っています。ここをみてくださる方も、時々、こういうところが好き!ということをお聞かせくださると、とてもうれしいです。
イートン校でのジェレミーのことを、インタビュー記事などをもとにしてお話しようと思います。

りえさんがイートンにいらした時の記事はこちらです。
http://blog.goo.ne.jp/rie_002/e/04c99204fa5d809eca1dece4cdce41e6
http://blog.goo.ne.jp/rie_002/e/89b82a991764c9e35e2684dfa0652cc7
http://blog.goo.ne.jp/rie_002/e/d262287af64590709a7fe5006bd61927

ジェレミーがイートンのチャペルで、聖歌隊のソロとして歌っていた時のことは、いろいろなインタビューで読むことができます。一つは以前こちらで紹介した記事です。

"When I Was a Child", English Woman's Weekly, 1991(?)

僕が他の生徒よりもすぐれていたのは、とてもすばらしい声を持っていたことだけで、僕の歌声はまるでひばりのように空高く舞い上がりました。音楽の教師のSydney Watson先生に選ばれてイートン校聖歌隊のソロをつとめるようになってからは、他の生徒の姉妹達からたくさんファンレターをもらって、サインを頼まれたものです。そして歌の録音もしたのです。でも声が割れ始めて、突然最高音が出なくなり、何かを永遠に失ったことを知りました。

次は、りえさんの記事のコメント欄でご紹介した記事の一つです。その時よりも少し長く引用します。

"The Ultimate Sherlock Holmes Looks Forward To His Last Case", HELLO! Magazine, May 26 1990
記事のコピー画像はこちらです。

(ジェレミー、あなたの兄弟は誰も舞台にたつような職業を考えもしなかったのに、なぜあなたは俳優になろうと思ったのですか?)

僕の歌声がそもそものはじまりだったのです。僕はいつも芝居がかっているなんて言われていたのですが、イートンへ言って歌うようになり、聴く人はすばらしくて僕の歌を好いてくれて、ファンレターもたくさんもらいました。

チャペルの窓から一筋の光が差し込んだ夕べのことを僕はよく覚えています。僕のために光が差し込んだように思えて、その光の中に歩み入りました。変声期になって声が出なくなった時、学校での生活は少し気が重いものになったのですが、チャペルに差し込んだあの光のことを忘れることはありませんでした。


この、光の中に歩み入ったジェレミーのことを、ハワイでのジェレミーを書いた文章を読んだ時に思い出して、以前この記事でふれました。ジェレミーは聖なるもの、美しいものへの感受性が子供の頃から強かったのだと思います。

ジェレミーのレコードを聴けたら、どんなにいいでしょう。現在のEton College Chapel Choirのアルバムを視聴すると、ジェレミーがソロを歌った頃のことを想像できる気がします。たとえばこちらには「Hear My Words」というアルバムがあります。
http://www.amazon.com/Hear-My-Words/dp/B001FLJP86/ref=sr_shvl_album_1?

その中から、ソプラノのソロではじまる The Lord Is My Shepherdという曲です。三角をクリックすると視聴することができます。
http://www.amazon.com/gp/product/B001FLOF4A/

RM
今日はいかにもジェレミーらしい、いたずらっぽい目と楽しげな笑いが想像できそうな内容のインタビューをご紹介します。1991年の秋にアメリカの各都市をまわった時のことは、何回かお話ししましたが、これもその時のインタビューです。The Morning Callというアメリカの新聞に1991年11月10日に載ったもので、英語圏のファン・フォーラムに引用されたものの一部です。

アメリカでのシャーロック・ホームズ

グラナダスタジオは今はイギリスの名所になっている。ちょうどアメリカのユニバーサルスタジオのような感じだ。「マンチェスターの市街にまで、観光客の列が伸びているんですよ。信じられません。スタジオの外がベーカー街ですが、ベーカー街を通るためにお金を払うようになっています。ベーカー街221Bにはいると、そこはピザ・パーラーです。ハドスン夫人のピザ・パーラーなんですよ!」ジェレミーはそこを強調した。「ものすごく成功しているのですが、でも僕はそれはちょっといただけないんじゃないかと思います。正直に言うと、僕はツアーに参加したことはありません。」

ツアーに参加した客はホームズの小さい寝室に入って、時に驚くことになる、とジェレミーは言う。「僕はお昼の後にはいつもそこで昼寝をするんです。りんごしか食べませんから。時々ツアーのお客さんがやってきて、ベッドの上の、この、ホームズの「人形」をみつけるのです。そして「人形」だと思って皆でおしゃべりをしているところに、僕が突然「こんにちは!(HUL-lo)」というと、「あああああああああ!(Aaaaaaaaah!)」って叫ぶんです。それがすごーく楽しくって!(and I looove that.)」このイギリス人の俳優は、楽しそうな声で一部始終を話してくれた。


いかにもジェレミーらしくて、大好きなエピソードの一つです。これを読んだ人たちは、わあ、なんて楽しくて、なんてジェレミーらしいんだろう、とコメントし、さらに、ああ、私もそこにいたかった!と異口同音に書いています。私も本当にそうです。

RM
ウェブサイト "Jeremy Brett Information" の内容でご紹介したい箇所はまだあるのですが、少し違うことを書いてみます。最近私は不思議な気持ちになることがあります。帰宅する道を歩きながら夜の空気を感じている時に、あるいは早朝目がさめてまだ暗い中で、時と場所を越えているような不思議な気持ちになります。

りえさんがイギリスにいらした頃、私はいつも半ば無意識のうちに夕方になると、ああ、イギリスは午前中の活動が始まった頃だなあ、と思っていました。朝、眼が覚めると、イギリスは夜の時間だなあ、と思っていました。あの頃から私の中には、二つの場所と二つの時間が共に住んでいました。

今、私はネットを通じて何カ国もの人たちのことを知っています。実際に言葉をかわした人以外にも、書いたものを共感を持って読んでいて、でもまだ話をしたことはない人たち、たとえば同じアジアの国の女性も知っています。国を越えた多くの人たちのことをこんなにも、時に身近に思ったことは、かつてありませんでした。私の中で、住む国の違い、という境界が薄れていっています。

中でも私が特に共感を覚え、あるいは目を開かれる思いがして尊敬している二人の人がイギリスのジェレミー・ファンであることもあって、私の中に今もイギリスの時間が住んでいます。ああ、こんな時間にもう書き込みがある、彼女はもう起きているのだろうか、など。私の中で日本の時間は絶対的なものではなくなりました。時間の境界も薄れつつあります。

そして私はジェレミーのことが知りたくて本やいろいろな記事を読み、インタビューを読み、ジェレミーはあの時何を感じていたかしらと思い、こころの中で私も何かを感じて話しかけてきました。生きていた頃のジェレミーに、そして今はこの世にはいないジェレミーに、私の何かが語りかける。

こうして境界がうすれて、時と場所と、生死の境を越えた不思議な気持ちが育っています。たとえば、この世にいない祖母のことを、私は今、以前よりもずっと身近に感じています。また、私はもともと孤独癖のあるたちで、ひとの中にいると疲れることが多かったのですが、私とひととの境界も以前よりもうすれてきて、明るくおしゃべりになりました。

そしてジェレミーを知って2年に満たない間に、私の中のジェレミーの姿はずいぶん多層的、多面的になりました。でも今ふりかえると、何もかわっていません。ひとがその本質を感じる時(本質とは、Rebeccaが「魂」といった、それかもしれません)、それぞれの面はまったく違うようにみえても、本質は何もかわらないのでしょう。ひとがその魂を感じるとき、魂と、表に出ている部分とは、何の境界もないのでしょう。いえ、表に出ている部分をみていながら、魂を感じることができるのでしょう。魂を感じる時、ひととひととの境界はうすれていくのでしょう。

私はこの境界がうすれた不思議な気持ちを、ジェレミーからの贈り物だと感じ、恩寵だと思っています。この世、この今の時間に生きながら、境界がうすれた世界も感じていきたい、でもそれにもしがみつかずに、静かに流れていきたいと思っています。

RM
Jeremy Brett Information から、"About" のページ http://jeremybrett.info/about.html の一番下の、My thoughts on Jeremy Brett ... (ジェレミーのことを私はこのように思っています ... ) という文章をご紹介します。これはこのウェブサイトの紹介第一回目でも書きましたが、このサイトの新たな持ち主であるRebeccaが昨年の9月12日にファン・フォーラムに投稿した文章がもとになっていて、その時のものは昨年の9月13日にその一部を引用しました。今回の文章は、全訳でご紹介します。

ジェレミーのことを私はこのように思っています ...

ジェレミーは多くの人々を結びつけ、ジェレミーのおかげで友情が、時には愛さえも生まれているということをお話する以上に、ジェレミーに感謝しジェレミーを賞賛するすべを私は知りません。ジェレミーはまた、多くの傷ついた人々をも慰め、励ましています(自らの命を断つことを思いとどまらせたことさえあるのです)。しかもこの世を去った後にわたしたちを助けてくれているのです。それはジェレミーがとても思いやりのある感受性のゆたかな人だからです。そして私たちはジェレミーの瞳をみつめるとき、輝くような笑みをみるとき、間違えようのないあの魅力的な声をきくとき、その内面のあたたかさを感じるのです。

私たちはみな、いわば機械なのだと言う人がいます。私たちが感じ、考え、希望を抱き、望むことは、単に化学反応のしわざにすぎない、と。そういう学識のある人たちは、ひとを愛するということは幻にすぎず、ひとはただ生存のために行動しているだけだと信じています。私たちはみな無から生まれ無に帰っていくと信じているのです。でもジェレミーをみるとき、人の性質に対するそんな科学的な説明はばかげていると思わずにはいられません。ジェレミーの愛情深い輝く瞳の中に、ジェレミーの魂をみることができます。そして魂は決して失われることはないのです。


情熱と冷静さをあわせもった、Rebeccaらしい文章です。思えば、はじめて英語圏のジェレミーのファン・フォーラムをみつけて読み始めた頃から、Rebeccaが書く文章はこころに残っていました。そして去年の9月12日にこれを読んだ時には、このような形で再びご紹介することになるとは思っていませんでした。不思議なご縁を感じます。そしてこれこそが、ジェレミーがもたらしてくれたものの一つだと思います。

よければRebeccaのサイトで、この文章に添えられたジェレミーの写真もごらんください。
"About" のページ http://jeremybrett.info/about.html の一番下です。

「ジェレミーの愛情深い輝く瞳の中に、ジェレミーの魂をみることができます。そして魂は決して失われることはないのです。」

Quote by courtesy of Jeremy Brett Information.

RM
前回は、Jeremy Brett Information から、"About" のページ http://jeremybrett.info/about.html の一番上の、「このサイトの目的」という文章を翻訳しました。今回はその後に書かれている文章をご紹介します。このサイトではどのようなことを注意して扱い、どのようなことは隠さずに記すか、を書いていて、このサイトの持ち主であるRebeccaの考え方や感じ方がよくあらわれています。そして私は彼女のこういう文章、ジェレミーへの愛情に裏打ちされた、とてもよく考え抜かれている文章、必要なら論争も辞さないという決意を秘めた文章がとても好きです。

最初の文章では、ジェレミーの病気のことをこのサイトではどのように触れるかを書いています。抄訳でご紹介します。

人の精神の状態というのは、とてもプライベートなことです。このサイトではジェレミー・ブレットの精神の病については、ジェレミーが公の場で語った内容以上のことは、ほとんどの場合は書きません。例外は書くことが適切であり必要であると思われる時のみです。

心臓病との戦いについても、あまりにも詳細にわたって書くようなことはしません。ジェレミーは心臓病については大したことがないように言ってきました。友人や家族に(そしてファンにも)、不必要な苦しみを与えないようにするために。ですからこのサイトでは、ジェレミーのことを知る上で必要な時のみ言及します。たとえばジェレミーがどれほど前向きな気持ち、仕事と人生に向かうしっかりとした気持ちで生きたかを示す時に。


次に、「何故ジェレミーのsexuality(性的特質)について触れるのか」という文章を、少しだけ短くして紹介します。

ひとが自分のsexualityを公に語るように強いられることについては、私は強く反対します。しかしジェレミーのsexualityについては、すでに公になっています。友人や家族、仕事仲間、そして多くの他の情報源によって、彼の死後明らかになりました。これらの情報は消え去ることはありません。ですからこのサイトにもそれを記します。もしもあることが事実であれば、それは中傷や名誉毀損にはなりません。それが事実だと信じたくない人にとってのみ、中傷だと感じられるのです。そういう理性を欠いた人々は、ジェレミーのsexualityを隠しとおすために争いを引き起こして、多くのファンをおびやかしてきました。そういう人々は、ジェレミーが自分のsexualityについてどう感じていたかを知っているわけでは、決してありません。

ジェレミーが同性のパートナーを持ったことについて、ある種の人々が必死で、そして攻撃的なやり方で隠そうとしてきたために、ジェレミーのことを好まない人たちがネット上で挑発的な発言を繰り返すようになりました。またひどい噂がたつようになりました。何かもっと悪いことがあって、それを隠そうとしているに違いない、と思う人がいるからです。でもそんなことはまったくありません。

私はGary BondとJeremy Brettの関係について、二人に対する深い尊敬と共に記しました。そうすることで、ジェレミーが愛したほかの人たちとの関係と同様に、二人の関係を普通のこととして語れるようにしました。ものごとが普通のこととして扱われてはじめて、誰の目にも普通のこととして見られるようになります。隠す必要などなくなるのです。もしも同性間の関係を正常ではない、あるいは罪深いと感じる人がいても(私がそう思っているのではありません、そう思う人がいるのです!)、私が書いた文章を読んで、少なくとも、ジェレミーとGaryがお互いに感じていた感情は本物であり、心のこもった美しい愛情であったことをわかってくれるようにと願っています。


Rebeccaらしい、説得力のある、そして愛情のこもった文章だと思います。

ジェレミーのsexualityに関して、欧米では日本とは少し違う状況にあるらしい、という事を前回ふれました。ですから私たちにはぴんとこないところもあるかもしれません。それでもなお、Rebeccaのサイトが欧米のジェレミー・ファンの間にもたらしつつあるインパクトについてご紹介して、私もまたこのサイトの姿勢を賞賛するジェレミー・ファンの一人であることをお話したいと思って、前回と今回の記事を書きました。

Quotes by courtesy of Jeremy Brett Information.

RM
"Jeremy Brett Information" のご紹介を続けます。トップページ http://www.jeremybrett.info/ の一番上に並んでいる文字の内の"About" をクリックすると、このページ http://jeremybrett.info/about.html に入ります。このページには、Rebeccaの考えがよくあらわれています。

一番上の "Aim of This Website" (このサイトの目的)の日本語訳を記します。

このウェブサイトの目的

このサイトでは推測や空理空論はおこないません。できるだけ事実に即したことを記そうとしています。だからこのサイトの名前は「Jeremy Brett Information (Jeremy Brettについての情報)」なのです。このサイトが最終的に目指すのは、公平に、詳細に、そしてバランスのとれたかたちで、ジェレミー・ブレットを ––– 人間として、そして俳優としてのジェレミーを ––– 知る事ができるようにすることです。そのために、今は亡きジェレミーのことを愛しく思いながら、細心の心遣いと愛情を持ってジェレミーのことを書きます。あたたかいこころを持った魅力的な人間として、プロの俳優として、そして最高のホームズとして賞賛し尊敬しているジェレミーのことを思いながら。私はジェレミーがこの世に遺したものを守り、大切に残したいのです。虚実をないまぜにして、勝手なお話をつくろうとすることなく。

そこで、Fact File (事実の記録)というページは常に書き加えて、さらに詳細に記すようにしています(そして必要ならば、ページの美観を損なわないために詳しくは書いていない情報源についても、明らかにすることもできます)。

ジェレミーは豊かな感情にいろどられた、充実した人生を送りました。このウェブサイトはそれを賞賛し、祝う場所です。


彼女は偏ったことは書きたくないのです。彼女は愛情を持って、ジェレミー・ブレットという一人の人のことを、詳しく、正しく、そして豊かに描きたいのです。お話の中の主人公としてではなく、一人の生きた人として。そしてジェレミーはそれに価する、豊かな生を生きた人でした。

私たち、日本のジェレミー・ファンには、彼女が何を言おうとしているか、少しわかりにくいところがあるかもしれません。もちろん彼女がこのサイトにこめた思いには深いものがあって、一つだけをとりあげることは適当ではないかもしれませんが、あえて一つをとりあげて説明するならば、彼女はこれを書いた時に、ジェレミーが両性愛者であることを恥ずべきことであると考える人、ジェレミーは同性を愛したことを後悔して隠したいと思っていたはずだ、と考える人のことが頭にあったのは確かだと思います。

英語でhomophobia (同性愛嫌悪・恐怖)という言葉があることをはじめて知りました。それほど同性愛者に対して攻撃的な人がいるのです。キリスト教的倫理観が間違った形でしみついている人たちなのだろう、とある人が言っていたのを読んだので、そういう意味で、日本にいる私たちにはわかりにくいかもしれない、と上で書きました。たとえばYouTubeのジェレミーへのトリビュート・ビデオへの攻撃的なコメントで、この種の人の発言を読むことができます。

一方で、欧米のジェレミー・ファンの中には、ジェレミーが同性のパートナーを持ったことを他のファンが書くのを非常に嫌い、書かないようにと忠告する人がいます。ジェレミーの負の面をどうしてさらすのか、と。この人たちはジェレミーのファンであり、書いた人のことは攻撃しても、ジェレミーを攻撃することはしない、という点で上に書いたhomophobiaとは立場は違うように見えますが、同性愛を恥ずべきものととらえているという点では共通しています。

Rebeccaは、この両方の人達からの反応を受けているようです。ただ、彼女が他で書いていますが、この2種類の人たちは声が大きいだけで数から言えば少なく、ジェレミー・ファンの多くはRebeccaの態度を歓迎していて、彼女へのメールのほとんどは、そのようなファンからだそうです。私も含めて多くの日本のジェレミー・ファンがそうだったように欧米のファンも、誰もきちんとした形で記してくれなかったから、うわさにはきくけれどもよくわからなかった、という人がほとんどでした。ですから今回はじめて彼女が尊敬と愛情を持った書き方で Fact File (事実の記録)というページに書いてくれたことを評価し、感謝する声がほとんどだそうです。

もう一つここではっきりさせておきたいことがあります。Rebeccaのサイトの元の持ち主を含めて、今まで多くのファンが、ジェレミーが同性のパートナーを持ったことを書かなかったのは、上に書いた二種類の人たちとは違う理由からだったと思います。うわさの域を出ない、くわしいことがわからない、というのがその理由の主たるものだったのだと思います。この後紹介するつもりの文章にもありますが、今になって見直すと、実際にはジェレミーの家族や知人の何人かの人がすでに述べていたことではあったのですが。

だからすでに公になっていたことなのです。そのことを隠すことなく「細心の心遣いと愛情を持って」書きます、というのがRebeccaの宣言なのでした。そして彼女がこのことについて、尊敬と愛情を持ってかなりくわしく書けるようになったのは、(そして私も書けるようになったのは、)ジェレミーの同性のパートナーだったGary Bondの友人だった女性が、去年の4月にファン・フォーラムで語り始めたことが大きな要因になっているように思います。(このことについてはこちらで以前に書きました;「この世を去る時まで続いたGary Bondとの友情」。)彼女が語ってくれたことはもちろんGaryの側からのお話であり、ジェレミーから直接話をきくことは残念ながらできません。でもジェレミーを深く愛したGaryが語ってくれた言葉は、そして二人が死の時までお互いを思いやっていたという事実は、おのずとジェレミーを光の中に映し出し、ジェレミーとGaryの関係を、ジェレミーという一人の人の輝くような人生の中に映し出してくれました。そしてこのサイトはジェレミーのファンサイトの大きなものとしてははじめて、それをとても美しい形で描いてくれました。

Quote by courtesy of Jeremy Brett Information.

RM
前回に引き続き、ウェブサイト Jeremy Brett Information 中の、ホームズを演じている時のジェレミーの写真をご紹介します。前回は白黒でしたが今度はカラーの写真です。今日もトップページから入ります。
http://www.jeremybrett.info/

Jeremy Brett Informationと書かれた文字の下に、左からJeremy Brett Fact File, Sherlock Holmes, Jeremy Brett Archive, JB Image Collectionと並んでいます。Sherlock Holmesという文字をクリックして、前回と同じページに入ると、このページの上の方に(今日の時点では)Portraits of Holmesのカラーの写真は170枚、白黒は148枚おさめられている、と書いてあります。Portraits of Holmes (170 Colour Images) をクリックすると、白黒の写真の時と同様、1ページあたり15枚の写真が並んでいて、写真をクリックすると大きくなります。

ご紹介したい素敵な写真ばかりですが、今回も3枚にとどめます。少し小さくして載せています。リンクを書いておきますので、元のサイズの写真はそちらでどうぞご覧下さい。(追記:2012年1月1日の"Jeremy Brett Information"のサイト更新にともなって、リンクが切れてしまいました。更新のたびに切れる可能性がありますので、書き直しません。元のサイズの写真をご覧になりたいかたは、"Jeremy Brett Information"のトップページからあらためてお入り下さい。)

まずはこちら。ロンドンの夕暮れ、ガス灯に浮かぶホームズとワトスン。背景が少しぼやけていて、見ているこちらまでタイムスリップできそうな気持ちになります。
http://jeremybrett.info/Holmes_C/imgpages/image097.html
JBinformation4.jpg

これは、いつものジェレミー・ホームズとは少し印象が違って、でも好きな写真です。この写真をおもてに使ったクリアファイルのようなものがeBayに出ていました。宣伝用に作られたのでしょう。それ以外では私は見たことがありません。瞳をじっと見ていると、ジェレミーとお話ができそうな気になります。
http://jeremybrett.info/Holmes_C/imgpages/image108.html
JBinformation5.jpg

ああ、これも好きな写真です。落ち着いた、知的な雰囲気のホームズです。
http://jeremybrett.info/Holmes_C/imgpages/image153.html
JBinformation6.jpg

好きな写真を紹介するときりがありませんが、こんな風にカラー写真もたくさんあります。どうぞお楽しみ下さい。
By courtesy of Jeremy Brett Information

RM

追記:皆様もブログなどでこのサイトからもらってきた画像を使う場合は、このサイトのアドレスを記しておくとサイトの持ち主も喜ぶと思いますし、礼儀にかなっていると思います。たくさんのファンが投稿した画像を一カ所に集めてくれたことに感謝の意を表するために。
ウェブサイト Jeremy Brett Information についてご紹介する2回目です。トップページにまず入ってください。
http://www.jeremybrett.info/

Jeremy Brett Informationと書かれた文字の下に、左からJeremy Brett Fact File, Sherlock Holmes, Jeremy Brett Archive, JB Image Collectionと並んでいます。今回はジェレミーの写真を集めている場所、JB Image Collectionをご紹介します。JB Image Collectionという文字をクリックしていただくと、トップページにもあった、白いスーツ、白いスカーフの、雰囲気のある写真をみることができて、トップページよりも少し大きめです。写真の上にUNDER CONSTRUCTIONとあるとおり、まだ途中ですが、下から2番目の項目、Sherlock Holmes Galleries:  Behind the Scenes // Portraits of Holmes - Colour Images // Portraits of Holmes - Black & White Imagesは既に開いていて、とても素敵ですのでご紹介します。

ホームズ以外の写真を見るには、今のところここ(JB Image Collection)が唯一の入口のようですが、実はシャーロック・ホームズのギャラリーに限っては、もう一つ別の入口がありますので、そちらも紹介します。トップページに戻って、今度は先ほどのJB Image Collectionの二つ左のSherlock Holmesという文字をクリックしてください。そうするとこのページに入ります。
http://www.jeremybrett.info/holmes.html

そうしますとこのページの上の方に書いてあるとおり、今日の時点では、Portraits of Holmesのカラーの写真は170枚(!!)、白黒は148枚(!!!)がおさめられていることがわかります。その下をみると、ホームズ作品のスクリーンキャップも、まだ全作品ではないのですがだんだんと増えつつあるのがわかります。

今日はまず、 Portraits of Holmes (148 Black & White Images) をクリックしてみましょう。一ページあたり15枚の写真が並んでいて、写真をクリックすると大きくなります。たとえば1ページ目、一番上の左から3番目は、私は今回はじめてみました。「青い紅玉」の宣伝用スチールでしょう。少し小さくして載せますので、元のサイズの写真は、下のリンク先でどうぞご覧下さい。
http://jeremybrett.info/Holmes_Bw/imgpages/image002.html
JBInformation1.jpg

2ページ目の最後、これはめずらしくホームズにはピントがあっていなくて、ワトスンにピントがあっています。 上の方を仰ぎ見て微笑んでいるワトスンを、ホームズがやさしい表情で見ています。
http://jeremybrett.info/Holmes_Bw/imgpages/image029.html
JBInformation2jpg.jpg

今現在は9ページ目の最後にあるこれは、「美しき自転車乗り」の時の宣伝用スチールですね。ホームズの内で撮影された作品としては最初だそうですが、ジェレミーはもうすっかりホームズの顔で、それまでの他の作品とはまったく違う表情であることにあらためて驚かされます。こちらも元のサイトに、より大きな画像があります。
http://jeremybrett.info/Holmes_Bw/imgpages/image134.html
JBInformation3.jpg

こんな風に、素敵な写真が山ほどあります。どうぞお楽しみ下さい。
By courtesy of Jeremy Brett Information

RM

追記:皆様もブログなどでこのサイトからもらってきた画像を使う場合は、このサイトのアドレスを記しておくとサイトの持ち主も喜ぶと思いますし、礼儀にかなっていると思います。たくさんのファンが投稿した画像を一カ所に集めてくれたことに感謝の意を表するために。
ウェブサイト "The Jeremy Brett Archive" は、今までの持ち主から別のジェレミーファンに引き継がれて、"Jeremy Brett Information" と名前をかえました。 そのトップページには、1月末に完全オープンする、と書かれていたので、その後でご紹介しようと思っていましたが、ご家族のご病気と、ネット接続その他の問題から、完全オープンが遅れるそうです。でも新しいサイトもすでに一部は読めるようになっていますし、新しく作られた部分はこのサイトの特徴をよく伝えています。またゲストブックにもすでに書き込みがはじまっていますし、新しい内容がふえていくのを見守るのも楽しい経験ですので、サイト自体の構築はまだ途中の段階ですが、このウェブサイトをご紹介します。サイトのトップページはこちらです。
http://www.jeremybrett.info/

トップページには、このサイトの持ち主からのその時々のお知らせが書かれていて、その下に今は、少し哀しそうな目をしたジェレミーの雰囲気のある写真をみることができます。彼女はこれをFor fans of Jeremy Brettにも投稿してくれましたので、私はそこではじめてこの写真をみました。

彼女の名前はこのページの下の方に書いてあるとおり、Rebeccaといいます。Rebeccaは今までも、ジェレミーに関する記事や珍しい写真や情報をファン・フォーラムなどで皆に教えてくれていました。私が大好きな、ここでご紹介した写真も、彼女がみせてくれたものです。
「孤独な自転車乗り」のロケ現場の写真(ファン・フォーラムより)

また、YouTubeのRebeccaのチャンネルには、とても美しいジェレミーへのトリビュート・ビデオがたくさんありますので、彼女の作品と意識していなくても観たことがある方も多いでしょう。トリビュート・ビデオについてはあらためてご紹介しますが、こちらの記事に書いたジェレミーの追悼番組も実は彼女がアップロードしてくれたものでした。
PBSが放送したジェレミーの追悼番組

そして私が彼女を尊敬しているのは何よりも、彼女の文章から感じられる、借り物ではない論理の明晰さ、悲しみや辛さを知っている上での豊かな感受性、そしてこの世の形あるものを越えた存在へのまなざしです。英語の専門家でもない私には、彼女の文章のニュアンスが全部はわかっていないかもしれない、というおそれはありますが、でも彼女の文章はいつも私の心にしみこんできます。

トップページの上部の"Main" とあるところから右へ順に、About, Fan Area, Guest Book, Acknowledgementとなっていますが、その中でFan Areaのみはまだ開いていなくて、クリックすると「coming soon」という表示が出ます。Aboutは、Aim of This Website(このウェブサイトの目的)という項目からはじまり、このサイトの特徴や彼女の考え方をよくあらわしていると思います。Aboutのページの一番下には、My thoughts on Jeremy Brett ... (ジェレミーのことを私はこのように思っています ... ) という文章があります。これは昨年の9月12日に彼女がファン・フォーラムに投稿した文章がもとになっていて、私はこの時の彼女の文章に胸を打たれて、一部を紹介したことがありました。その時の抄訳をお読みくだされば、彼女の文章の素晴らしさと彼女のジェレミーへの想いの一端を感じていただけるでしょう。
15年前の9月12日のこと:新聞記事から

この文章の下には、少しうるんだ、美しい目をしたジェレミーの写真があります。どうぞごらんください。
http://jeremybrett.info/about.html

このサイトの紹介をもう少し続けます。

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Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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