Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

あれから、Anna Masseyの追悼記事がさらにネット上に増えて、アナとジェレミーが一緒の写真ももう少し増えました。先日ご紹介したものも再度含める形で、年代順に並べておきます。最初に元のウェブサイトのアドレス、次に写真への直接のリンクを記します。最初の二つが新しい写真です。(「追記」でもう一枚、ジェレミーだけの写真ですが、ご紹介します。)

・結婚前(婚約会見でしょうか。結婚前です。時代を感じさせるヘアスタイルですね。)
・結婚式(結婚式の時の写真はたくさんありますが、この写真は以前ご紹介した1973年のインタビュー記事以外ではみたことがありません。)
・Davidと共に(大好きな写真です。)
・そして「レベッカ」での共演時の宣伝用写真(二人ともすっかり役の顔です。俳優とはすごいものだとあらためて思います)
の4枚です。

Daily Mailの追悼記事;"Award-winning stage and screen star Anna Massey dies at 73"
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2011291/Anna-Massey-dead-Stage-screen-star-loses-cancer-battle-73.html
写真へのリンク
http://i.dailymail.co.uk/i/pix/2011/07/05/article-2011291-0000397600000CB2-294_224x423.jpg
(説明文はありませんが、別の写真配信サイトのキャプションでは ”Actor Jeremy Brett With Actress Anna Massey. 1 Apr 1958” とありますから、結婚前の写真です。)

Anorak Newsの記事;"Anna Massey: A Life In Photos"
http://www.anorak.co.uk/285967/celebrities/anna-massey-a-life-in-photos.html/?pid=44082#img
写真へのリンク
http://www.anorak.co.uk/wp-content/gallery/anna-massey/11128200.jpg
"Actress Anna Massey marries actor Jeremy Brett at St Michael's Church, Highgate, north London."

Guardianの記事;"Anna Massey - a life in pictures"
http://www.guardian.co.uk/culture/gallery/2011/jul/04/anna-massey-life-in-pictures#/?picture=376461478&index=6
写真へのリンク
http://static.guim.co.uk/sys-images/Guardian/Pix/pictures/2011/7/4/1309787899960/1962-Anna-Massey-with-hus-028.jpg
"Massey married her first husband, actor Jeremy Brett, in 1958. The couple had their son, David, before they divorced in 1962".

Guardianの記事;"Anna Massey - a life in pictures"
http://www.guardian.co.uk/culture/gallery/2011/jul/04/anna-massey-life-in-pictures#/?picture=376461505&index=7
写真へのリンク
http://static.guim.co.uk/sys-images/Guardian/Pix/pictures/2011/7/4/1309787715407/1979-BBC-television-produ-026.jpg
"Some of Massey's biggest roles were on the small screen. Here she plays Mrs Danvers in a 1979 BBC production of Rebecca. Her former husband Jeremy Brett played Maxim de Winter, with Joanna David (centre) as Mrs de Winter".

そしてこれは映像やオーディオブックのクリップでAnnaの作品をふりかえるもので、ジェレミーと共演したレベッカの映像も含まれています(YouTubeにあるものの一部です)。
Guardianの記事; "Anna Massey: a career in clips"
http://www.guardian.co.uk/film/filmblog/2011/jul/04/anna-massey-career-clips?intcmp=239

オンラインの記事中の写真ですから、リンクが切れることもあるかもしれません。興味がおありのかたは、はやめにダウンロードをどうぞ。個人の使用でしたら許されるはずです。

RM

(追記)オンラインの新聞記事に付随したギャラリー、という共通点から、思い出した写真があります。以前mixiでご紹介したのですが、The Independentのウェブサイトの、「ジレットからカンバーバッチまで:ホームズのいろいろな顔」という特集記事についていた写真です。watermark(透かし)入りのものが写真配信サイトにあるのは知っていたのですが、これにはありません。

記事のタイトルから考えて不思議なのですが、ジェレミーの写真はなぜかホームズを演じている時のものではなく、1969年1月7日、35歳、The National Theatreで活躍していた頃の写真です。とっても素敵です。

http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/tv/features/from-william-gillette-to-benedict-cumberbatch-the-changing-face-of-sherlock-holmes-1841549.html?action=Gallery&ino=13
あいだに二回、他の内容をはさみましたが、Chicago Tribuneのインタビュー記事を読んで思ったことを書いている続きです。記事の場所を再度ご紹介します。

Holmes Is Where His Heart Is
Jeremy Brett Has Settled Into The Sherlock Role For The Long Haul
Chicago Tribune, November 12, 1991
By John Blades
http://articles.chicagotribune.com/1991-11-12/features/9104110810_1

「子供達がホームズをとても尊敬しているようだとは、前から感じていたんです。でもこのプロモーション・ツアーで、それがなぜかがわかりました。ドイルはホームズに、子供が持っている感覚をすべて与えたのです。直観や推理というのは、子供の感覚があってこそのものですから。」

その考えが正しいことがはっきりとわかったのは、セント・ルイスでの出来事からだった。8歳のMichael McClure(マイケル・マクルア)が、集まった「何千人」ものシャーロッキアンの中から進み出て、はにかみながら絵を手渡した。シャーロック・ホームズが竜に立ち向かっている絵だった。「『いつも夢に竜がでてきて怖かったんだよ。』ってマイケルは僕に言ったんです。『でもシャーロック・ホームズが竜を殺してくれたんだ!』」


ホームズが子供の感覚・感受性を持っている、ということを少し別のみかたで述べているのを以前紹介したことがあります。
「子供の感受性(「Mystery!: A Celebration」から)」
これはジェレミーの表現が大好きなので、もう一度書き写します。

「遠くのくもの巣が朝露で光っているのを、子供がどうやってみつけるか、知ってますよね?うしろで蠅が飛んでいてもきこえるし、お母さんが二階で髪を洗っている音だってきこえる。2マイル先でお父さんの車がゆっくりとうちに向かっているのだって。犬が裏庭で何かをひっかいているのもきこえて、その時自分は何をしているかというと、ジグソーパズルをやっていたりするんですよね?ドイルはホームズにこういう子供の感受性を全部持たせているのです。」

今回のところは少し違う言い方ですが、子供はホームズのことを自分の味方、自分の感覚をわかってくれる人、困難に立ち向かう時に助けてくれる存在としてみていることを、ジェレミーははっきりと感じたのだと思います。そしてそれをとても喜んだのでしょう。また別のインタビューでは、「お父さんとお母さんがけんかしていたので、ホームズに言いつけるよ、って僕は言ったんです」、という手紙をもらったと述べていたのを覚えています。また「ホームズさん、お父さんがお母さんをたたくのをやめさせてください、」という手紙をもらった、と違うときに言っていました。こういう手紙には充分に気を配らないといけない、返事を出すとともに、その近くのしかるべき機関に知らせて調べてもらう、とジェレミーは言っていたと記憶しています(記事がみつかったら、またご紹介します)。こういう、ジェレミーがこころを痛めるような手紙も来たのですね。大変だったのですね。でも、一人一人の子供のことを心配しているのが、いかにもジェレミーらしいなあと思います。

そして、マイケル・マクルア君の名前を懐かしい気持ちで読みました。こちらで紹介した、あのマイケル・マクルア君です。
「becomerであること(2)」

ジェレミーが会った時は8歳だったのですね。ジェレミーに絵を手渡して、ジェレミーが一瞬の内にホームズになってくれるところをみて、お誕生日にはイギリスから電話をもらったマイケル。今は28歳くらい、どこに住んでいるでしょう。今でもホームズが好きでしょうね!



最後にBBCのSherlockのお話を少し。イギリスでSherlockの第一話が最初に放映されたのは、昨年の7月25日(日曜日)だそうです。一年がたちました。シャーロッキアンが集うあるフォーラムでは、去年のこの日をどのようにすごし、放送をみたあとどう思ったか、という話題が出ていました。

私の一年前の思い出はこうです。この放送に先だって7月23日にBBCのウェブサイトに紹介記事が載り、シャーロッキアンのJean Uptonが新しいSherlockをとてもほめていました(http://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-10725501)。私は複雑な気持ちでした。ジェレミーこそがホームズだ、と彼女は言ってくれないのだろうか、と。Jean Uptonは以前ご紹介したように、ジェレミーが亡くなる間際まで親交があった人で、ジェレミーから「熊の抱擁」を受けたのも彼女だったからです。
「最期の日々(1)」
「熊の抱擁」

でも一年たった今、私はSherlockをDVDでみて、現代に舞台をうつしたSherlockを楽しみ、第二シーズンの企画・撮影・放送に立ち会う(というほどではありませんが、いろいろと噂を楽しむ)ことができるのを喜んでいます。もしもビクトリア時代のホームズだったら、まだ気持ちが整理できていなかったかもしれません。また、俳優や制作スタッフがグラナダ・シリーズを好きだということを知らなかったら(コメントをいただいたナツミさんのおかげです)、まだこだわっていたかもしれません。でも今は純粋に、新しいホームズ譚を楽しんでいます。Sherlockの第1シーズンはすでにアメリカPBSでも放映され、たくさんの新しいホームズファンも生んでいるようです。Sherlockを契機に、ジェレミーのホームズとはじめて出会う人もいるでしょう。マイケル・マクルアはアメリカにまだ住んでいて、Sherlockを観たでしょうか。ジェレミーとのことを懐かしく思い出しながら、現代版も楽しんだでしょうか。

RM
London Film Museum(以前の名前はThe Movieum of London)の一室にグラナダ・シリーズの家具・調度品が展示されていたということ、昨年の6月にはその部屋が閉められていて、通常は入れないようになっていたことは、りえさんのブログでご存知だと思います。
「The Movieum of London」
「グラナダ・ホームズ・セット再訪 」

りえさんのブログを読んだときには、いつでも入れるというわけではないにしてもずっとその部屋においてあるのだと安心していました。ところが今年の1月にフィルム博物館に行った人から、あの部屋には別のものが展示されていて、グラナダのセットはなくなっていた、という報告がフォーラムにあり、博物館からよそへ移されたのだろうかと心配していました。

数日前に別の人から、新しい部屋でグラナダシリーズの展示が再開されたのをみてきた、という書き込みがありました。その人が言うには、電話で尋ねたときに、博物館がある限り家具もこれからはそこにずっと置いておくつもりです、という返事をもらったそうです。ですから、これからはもう動かずに、また博物館からなくなることもなく、新しい部屋にずっとあるのだと思います。部屋の外にはガス灯と、シリーズの写真があったそうです。いつか必ず行きたいと思います。

今日は短いのですが、忘れないうちに書いておきます。

RM

(追記)拍手を下さる方にお礼を申し上げたいと思いながら、そう書くと拍手を催促しているようで(うふふ)、書き損ねておりました。でも今日は短くて、拍手をお願いするような記事ではありませんから、これをよい機会とお礼申し上げます。読んで喜んでくださる方がいらっしゃるのがわかるのは、本当にうれしいことです。書き始めてもうすぐ1年になります。これからも無理しないで続けていきますので、書く頻度にも内容にも波があると思いますが、来てくださるとうれしいです。
Alan Rickman(アラン・リックマン)といえば、Harry Potterの映画でSnape先生を演じた俳優ですね。ジェレミーに演じてほしかった役柄についてフォーラムで話題になったことがありましたが、シェークスピア劇を除けば、複数の人が賛成し私もなるほどと思ったのは、このSnape先生と、ミュージカル「オペラ座の怪人」の「怪人」です。(「ジェレミーに演じてほしかった役柄」という話題で悲しくなったかたがいらしたら、申し訳ございません。当時も、「悲しまずに楽しくおしゃべりしましょうね」という前置きで、この話題がはじまっていました。)

その、Snape先生を演じたAlan RickmanがAnna Masseyの葬儀で、Annaを讃える弔辞(eulogy)を述べたそうです。イギリスの俳優Stephen FryのTwitterに、15日に書き込みがありました。

「Anna Masseyの葬儀から今戻った。Alan Rickmanがすばらしい弔辞でAnnaを讃えた。Notting Hillでのこころを打つ葬儀だった。Annaが亡くなったのは本当に残念だ。」

ちなみにStephen Fryはジェレミーとアナの一人息子、ディビッドの大学時代からの友人でもあります。「Anna Masseyに感謝したいこと」という記事でご紹介したStephen Fryの自伝に、大学時代のDavidが登場します。

Alan Rickmanに話をもどすと、AlanとAnnaが親しい友人だったということは、これを読むまで知りませんでした。ネットで調べたところ、たとえばこちらに二人が一緒の写真が2枚あります。
http://www.ashleyfamilyfoundation.org.uk/trustee-projects/cries-from-the-heart/28-human-rights-watch-2004.html
2004年におこなわれた、Human Rights Watchという人権監視団体のためにお金を集めるチャリティ・イベントの時の写真です。

そしてAnnaの自伝「Telling Some Tales」にも何カ所か、Alanについて書いているところがありました。2カ所をご紹介します。原文は最後に記しますが、1カ所目では、演技する時の集中力がすばらしい俳優としてAlanを含む3人をあげていて、こういう俳優と共演する時は、自分も役の中にまっすぐに入って行くことができて、舞台への恐怖を感じることがない、と言っています。次に引用するところでは、休暇にAlanとそのパートナーも含めて、楽しくすごしたこと、休暇が終わった後、舞台で自分が演じる役について不安をおぼえていたので、ある午後Holland Parkを歩きながらAlanと検討を加え、Alanがその役柄についてすばらしい意見をいってくれたおかげで、どういう人物かが形をなしてきて、演じるのが実に楽しかった、と書いています。

私は2年前まではHarry Potterの映画を楽しみにしてファン・サイトを定期的に訪れたり、関係する記事を読んだりしていました。今はジェレミーで手一杯で(うふふ)、Harry Potterの最後の2作(3本の映画)はまだ観ていませんし観る予定もありませんが、Alan RickmanはSnapeをどんなふうに演じたかしら、と気になっていました。Alan Rickmanの声はvelvet voiceとよく評されるようですが、ジェレミーもそう言われていましたね。ジェレミーならSnapeをどんなふうに演じたでしょう。

Harry Potterには、ジェレミーと何度も共演しているMaggie Smith、The National Theatreにジェレミーと同時期に在籍していたMichael Gambon、The Master Blackmailerでジェレミーと共演したRobert Hardyが出ていることには以前ふれましたが、Alan Rickmanもアナの友人という形でジェレミーとある種のつながりがあったことをはじめて知りました。

RM

(原文)In The Reluctant Debutante [Celia Johnson] displayed a comedic timing that took your breath away. It was extraordinary to be on stage with her, because her concentration took you right into the world of the play, and enabled you to focus with great precision. I have only met two other actors in my career that had this enviable gift, Anthony Quayle and Alan Rickman. There is great reassurance in the air when you act with such players. They prevent stage fright. (pp.55-56)



To clear my head and fill my lungs with sea air, Richard Wilson and I planed to go on holiday together to Crete. [...] After a few days Alan Rickman and his partner, Rima Horton, joined us. This was a delightful surprise. They stayed in a near by cottage. [...] One day, though, Richard hired a car and we went on a grand tour of the area. [...]

Alan is very clever at finding out-of-the-way places of interest, and we stopped at several small churches off the beaten track, and wandered around picturesque villages buying the odd memento, breathing in the pine-scented air, and laughing the while. [...]

The holiday was a great success, and everyone remained good friends. [...]

I had agreed to go back to the National, where Peter Hall was directing The Importance of Being Earnest, with Judi Dench as Lady Bracknell. I was to be Miss Prism, [...]

Margaret Rutherford had played Miss Prism so uniquely in Anthony Asquith's film of the play that I felt daunted by the prospect of tackling the part. I asked Alan Rickman if he would talk about the character with me. He agreed, and one afternoon we walked around Holland Park, and he gave me some brilliant ideas. [...] Gradually a truthful portrait emerged, not just for effect, but grounded in reality. I was so grateful to Alan, for he headed me in a safe direction and I relished the rehearsals and the run. (pp. 178-180)

追記:Stephen Fryのtweet のアドレスは https://twitter.com/stephenfry/status/91912741002018816
前回から、ビバリーヒルズ・ホテルでの一週間のことにふれた、Chicago Tribuneのインタビュー記事を読んで思ったことを書いています。

ちょっとややこしいですが、ビバリーヒルズ・ホテルに泊まった時に受けたインタビュー自体は、前回ご紹介したChicago Tribuneに載ったものではありません。たとえば以前「熊の抱擁」というタイトルで書いた時にアドレスを記した、Los Angeles Timesのこちらがその一つです。もう一度タイトルとアドレスを書きます。

Jeremy Brett has cracked the 'Mystery' of sleuthing
Los Angeles Times, November 03, 1991
http://articles.latimes.com/print/1991-11-03/news/tv-1342_1_jeremy-brett

「ビバリーヒルズ・ホテル」ときいて思いだす、もう一つのことがありますので、今日はそれを書きます。グラナダシリーズのプロデューサーであるMichael Coxの本、A Study in Celluloidの中の文章です。

素晴らしい演技に見合うだけの、当然受けるべき賞をジェレミーは何も与えられなかった。しかし時がたつにつれて、自分がどれだけのことをなしとげたか、小さな子供達から、年齢を重ねて誰よりも厳しい目を持つシャーロッキアンまで、多くの人にどれほどの喜びを与えたかをジェレミーは知るようになった。Booth Tarkington(アメリカの小説家)がWilliam Gillette(ホームズをはじめて演じた俳優)に捧げた途方もない賞賛とまったく同じことを、あるアメリカ人がジェレミーに言った。「子供にもどってクリスマスの朝を迎えることができるとしても、それよりもあなたがホームズを演じるのを観る方を選びますよ。」これ以上の賞賛はない。それをきいたジェレミーはビバリーヒルズ・ホテルから葉書を送ってくれた。字が踊っていた。「ああ、Michael! 僕たちは本当にやったんだね!!! ほっとしたよ!」

He never received the award he deserved for such a remarkable piece of acting, but over the years he came to realise how much he had achieved and what pleasure he had given to millions of people, from young children to the oldest and most critical Sherlockians. An American admirer paid him the same extravagant compliment that Booth Tarkington paid William Gillette, the first actor to play the part: 'I would rather see you play Sherlock Holmes than be a child again on Christmas morning!' Praise does not come much higher than that. It provoked a postcard from the Beverly Hills Hotel in Jeremy's dashing handwriting. 'Oh, Michael,' it said, 'we really have done it!!! What a relief!'

最後の、"Oh, Michael, we really have done it!!! What a relief!' を読んで、ジェレミーのあの元気のよい踊るような筆跡でこれが書かれているのを思い描いて、うれしい気持ちになりました。(感嘆符3つ連続も含めて、ジェレミーが書いた文章そのままなのだろうと想像しています。)「What a relief!」をうまく訳せなかったのですが、ジェレミーがこのシリーズが成功するように、重圧のもとでどれほどの責任感を持って臨んでいたかを感じていますので、たとえば「What a joy!」(何てうれしいんだろう!)ではなく、「What a relief!」であったことに感慨を持ちます。

何の賞も受けなかったジェレミー。でもアメリカでの旅で、プロデューサーをはじめグラナダスタジオのすべてのスタッフの努力がむくわわれたこと、自分が主演俳優として担っていた重い責任をはたしたことを、ジェレミーはあらためてはっきりと知ったのでしょう。グラナダシリーズがどれほどの喜びを私たちに与えてくれているかを、ジェレミーが知ったことを感じて、こころから喜びました。

RM

(追記)「ジェレミーにBAFTA賞を!」という活動について、こちらに書いています。署名がまだのかたで、賛同していただけるかたは、署名していただけるととてもうれしいです。
前回「追記」として、1991年のアメリカでのプロモーション・ツアーの時のChicago Tribuneの記事へのリンクを記しましたが、この記事を読んでいくつか気がついたことがあります。今日はその一つをお話しします。記事のタイトルとウェブ上の場所はこちらです。

Jeremy Brett Has Settled Into The Sherlock Role For The Long Haul
Chicago Tribune, November 12, 1991
By John Blades
http://articles.chicagotribune.com/1991-11-12/features/9104110810_1

この中で、ジェレミーはこんなことを言っています。

「僕にとって、この旅行はすばらしい休暇です。」ブレットはプロモーション・ツアーについて、こう言った。本の著者やショービジネス界の人が地方をまわる場合、旅するのは愉快ではないとか危ないとかすぐにぶつぶつ言うものだが、それとはまったく違うようだった。「ビバリーヒルズ・ホテルには1週間泊まりましたよ。泳いではインタビューを受け、また泳いではインタビューを受けて。これはまったく仕事のやり方としては最高です。」

「ビバリーヒルズ・ホテル」ときいて、うれしくなりました。ビバリーヒルズ・ホテルで会ったVincent Price(ヴィンセント・プライス)に、ジェレミーがイギリスに帰ってから書いた手紙を、この記事(私信(2))でご紹介したことがあります。ああ、あのディナーはゆっくりとした滞在中の出来事だったのですね。とても楽しい時間を過ごしたのですね。

そしてホテルでは泳ぐことも楽しんだのですね。それで、Vincent Price と会ったときに水泳のことが話題にのぼったのでしょう。そしてイギリスからの手紙でも、Vincent Price にかさねて水泳を勧めたのでしょう。

ジェレミーの健康状態は、この頃はこんなによかったのですね。ああ、本当に楽しい旅でよかった。そう思わせてくれた記事でした。

RM
The Secret of Sherlock Holmes上演中のインタビューで、昔はダンサーになりたいと思ったこともあった、と言っているところをご紹介しました。それで思い出したことがありますので、今日はダンスをめぐるいろいろを書いてみます。

先日また、The Secret of Sherlock Holmes上演中の1988年の記事で、ネット上で読めるものをみつけました。楽屋でのインタビューも含まれています。アメリカの新聞Chicago Tribuneに載ったもので、Chicago Tribuneのアーカイブで有料で読めるのは知っていたのですが、ひっそりとChicago Tribuneのウェブサイトのコレクションにはいっていて無料で読めるようになっていたことには気がつきませんでした。無料で公開されれば堂々とリンクを貼ることができます。

Right At Holmes
Brett Settles Quite Comfortably Into His Role
Chicago Tribune, November 27, 1988
By Hilary DeVries, Los Angeles Times Syndicate.
http://articles.chicagotribune.com/1988-11-27/entertainment/8802200249_1

この2ページ目の最初で、ダンス(バレエ)のことにふれています。2ページ目はこちらです

彼は小さい頃は歌手になりたかった。でも彼いわく「とてもすばらしいソプラノの声だったんですが、変声期にちょうどよい具合には声変わりしてくれなくてね」。それから騎手かダンサーになりたいと強く思うようになった。「でも背が大きくなりすぎて騎手にはなれませんでした。ダンスはどうかというと、はじめてバレエを踊った時、バレエでは男はいつも女性をもちあげていることに気づいて、それはちょっとイヤだなあと思ったのです。」

これはジェレミーの冗談ですね。ジェレミーのインタビューはいつもこんなふうに、にっこりさせてくれる箇所や、楽しい冗談がいくつもあります。でも小さい頃、踊りが好きでダンサーになりたかったのは本当のような気がします。バレエについては、1958年のVariation on a Themeでバレエダンサーの役を演じていますから、その時にバレエの練習をしたのかもしれない、その経験を思い出して話しているのかもしれない、と想像しました。

バレエからの連想ですが、「ノーウッドの建築士」で、まるでダンサーのような優雅なステップで二階の部屋をまわるシーンがありますが、ドラキュラを演じた時の歩き方が役に立った、つま先から地面につけるような、と別のインタビューで言っていたと思います。今すぐにはみつからないので、また後日ご紹介しましょう。

ああ、Merry Widowのダンスシーンも素敵ですね!踊っている足もとだけがうつるシーンもあるのですが、実にきれいです。Merry Widowでのジェレミーについては、男性が女性をきちんとリードする昔ながらのダンスを踊っているのがうれしい、アステアをちょっと思い出した、と言っているファンがいました。

そうそう、Michael Coxが、ホームズに出演する女優が踊りたいといった時には、ジェレミーは夜がふけるまで一緒に踊って楽しんだ、でも翌朝はやくのメーキャップの時間に、そのために遅れることは決してなかった、と A Study in Celluloidに書いていました。

といった具合に、「ダンス」からいろいろなことを連想して、とりとめもなく書いてみました。

RM

(追記)Chicago Tribuneでは他に、1991年のアメリカでのプロモーション・ツアーの時のインタビューを読むことができます。

Holmes Is Where His Heart Is
Jeremy Brett Has Settled Into The Sherlock Role For The Long Haul
Chicago Tribune, November 12, 1991
By John Blades
http://articles.chicagotribune.com/1991-11-12/features/9104110810_1

また、これはアメリカのPBSでのホームズ放映に先立って、プロデューサーのMichael Coxが電話インタビューを受けた時の記事で、同じくChicago Tribuneに載りました。

Authenticity Is Elementary In Holmes Series
Chicago Tribune, March 10, 1985
By Marilynn Preston, TV critic.
http://articles.chicagotribune.com/1985-03-10/entertainment/8501130752_1
「The Typewriter」を観たメンバーから、感想が書き込まれました。
(このテレビドラマについては、こちらでふれました。
ジェレミーが双子を演じたThe Typewriter (1962) のロンドンでの上映

今日はドラマの設定にふれたあと、彼女の感想の概要と、今後私たちが観ることができるとしたら、どんな方法があるかについて簡単にご紹介ます。ただし、ここに書く設定は、「The drama of fallen France」という本を参考にしたものです。これはドイツによる占領下のパリでつくられ上演された戯曲を紹介する本です。ですから、設定はイギリスでのテレビドラマ化の時に一部がかわっているかもしれません。

主な登場人物は、ジェレミーが演じる双子であるPascalとMaxim(BFIのプログラムではMaximeとなっています)、その父Didier, Didierが引き取って育てたMargot(女性)、近くに住む美しい未亡人のSolange、そしてDidlerの友人で警察につとめるFredです。The Typewriterと名乗る人物からのタイプされた中傷・恐喝の手紙が土地の有力者、尊敬をあつめている人たちにおくられ、自殺者も出ました。タイトルはこれに由来します。Fredはその正体をつきとめようとしています。(筋を知りたくないかたは、次の段落一つ分をとばしてください)。

Pascalは「良い」青年、神経質で誠実で、でも少しおもしろくないタイプの青年のようです。Pascalの双子の兄弟Maximは刑務所を出たばかりで、ひそかに村にもどってきてかくれている、冷笑的な青年です。Maximは世間の目や権威のある人の言葉などは馬鹿にする性質で、年長の未亡人であるSolangeと関係をもちます。実はMaximの父はSolangeとの再婚を考えているのですが。一方双子と共に育ったMargotは、Pascalと結婚することになっていましたが、Maximにひかれています。ドラマの後半で、Pascalは実はみかけとは違ってMargotに誠実ではなかったことがわかります。The Typewriterの正体は最後にわかるのですが、すべてが悲劇のかたちに終わります。

彼女の感想の概要はこうです。ジェレミーの演技はまだ発展の半ばだが、瞬間的な半分の笑い、まゆを上げるやりかた、目に悲しさが一瞬やどるところなど、後年みられる独特なスタイルの萌芽がみられる。そして青年として、美しい容姿にある種の居心地の悪さを感じているようにもみえる。最初の何シーンかをのぞいて、主にMaximを演じるが、Maximが持つ感情の激しさが演技の中にとらえられている。言語障害の名残がMaximよりもPascalに多くみられるのは興味深い。Maximはより強くはっきりとした口調で話し、ジェレミーが言語障害を表に出さないように後年使うようになったrolling rs(rの発音をころがすこと)をすでに思わせるような発音をしているからである。

しかしドラマの筋は弱く、不自然である。脅迫者の正体はみている人にはほぼわかってしまう。テープは保存状態が悪かったようで、ぼやけたところが多くみられ、ほとんどの時間、音声に雑音がはいる。このことと、このプログラムの権利関係のことを考えると、これがDVDとして販売されることはあまり考えられないように思う。

以上が感想の概要でした。なお、この上映の前に彼女が教えてくれたところによると、BFIには無料でコンピュータ上で映像作品をみることができる施設(Mediatheque)があるそうです。
http://www.bfi.org.uk/whatson/bfi_southbank/mediatheque

このドラマがそのコレクションの中に入れば、BFIに行けばこの作品をみることができるようになります。日本にいる私たちにはハードルが高いですが、これがMediathequeのコレクションの中に入ることを、まず待とうと思います。そしてDVDになることについても、望みは持ち続けます。若い頃のジェレミーが双子の役にいどんだ作品、これをできるだけ多くの人がみることができるようにと願っています。一度は失われた作品と思われていたのですから。

若い頃は言語障害の名残があったことについては私たちにはよくわからないのですが、ネイティブスピーカーにはわかるのですね。他の初期作品についても、他の人が指摘していました。ジェレミーが俳優としては大きなハンディキャップを持っていたことにあらためて気づき、どうしても俳優になりたいというジェレミーの意志の強さと、そのための努力を思って尊敬の気持ちを持ちます。そしてホームズなどで顕著な、あのrolling rs(ころがるrの発音)は、おそらく言語障害克服の過程でジェレミーの特徴になったのですね。

唯一このドラマの写真として手に入ったものがこれです。一番左がジェレミーです。クリックで少し大きくなります。
Typewriter1.jpg

そしてりえさんのブログに、ロンドンにお住まいのTさんの感想と、りえさんのコメントがアップロードされました。とても生き生きとした、素敵な文章です。(7月26日追記)
ジェレミー出演映画「The Typewriter」

RM
今日は1973年のインタビューから一部をご紹介します。ホームズの頃の記事は多く読むことができるのですが、ホームズ以前はあまりみつかりません。その意味でもこれは興味深いです。この記事は切り抜きのかたちでeBayに出品されたので、その画像から文字を読み取りました。

ちょうどCampden Hillの家へ引っ越した直後にこのインタビューはおこなわれています。そこでジェレミーが貧乏に(!)、そして幸せに暮らしていると話しているのが、私にはうれしいです。この家はAnnaの自伝やDavidへのインタビュー記事ではしばしばNotting Hillの家として言及される家で、ジェレミーがGary Bondと住んだ家、子供だったDavidがよくたずねた家であり、二人がこの家を離れた後、Davidが最上階の独立したフラットに住むようになりました。

Campden Hillをりえさんが紹介してくださった記事は、こちらにあります。
クラパム以前のジェレミーのお家 Campden Hill Square
りえさんにこの家のことをお伝えした時は、まだこのインタビューに出会っていませんでした。別のインタビュー "Why I Live in Clapham; The Holmes Front", Evening Standard (March 20, 1991) で、ジェレミーが一言、この家についてふれていたのを読んだだけでした。また日をあらためて、この家のことをジェレミーがどう言っているかを書いてみようと思います。

今日はこのインタビューから、ジェレミーがAnna Masseyのことを話しているところをご紹介します。

"The Real Jeremy Brett - Alive and Well in 'Exquisite Poverty'."
Interview by Kenneth Passingham
TV Times, February 24-March 2, 1973

彼は1958年に結婚した。「Annaは20歳、僕は24歳でした。何でもできると思い込む年齢ですよね。僕たちはかなり激しい3年間をおくりました。正確には結婚というより格闘のような。後悔はしていませんが、もう一度、とは思いません。

離婚後僕たちは、息子のことをまず第一に考えて、自分たちのことはその次にしよう、と決めました。今までそんなふうにやってきて、うまくいっているのは主にAnnaのおかげです。

彼女のことを女優としても人としても、とても誇りに思っています。Annaは最高の母親で、すばらしい前妻です。彼女がもう一度結婚することをこころから望んでいます。僕と、じゃありませんけど。僕は子供はもういなくていいです。10人の名付け子(godchildren、洗礼式に立ち会った子)がいますし、孤独を感じたりすることはありません。僕は外向的でちょっと放浪癖があって、友人がたくさんいるんです。

Annaのことをこんなふうにほめていました。ジェレミーはいつもこころからひとをほめます。ジェレミーはAnnaのおかげだといっていますが、Annaも、「私たちが困っているときには、ジェレミーがいつでも助けてくれることを知っていた。彼はやさしくて思いやりのある人だった」と書いていました。Annaが再婚した時はジェレミーは心から喜んで、バスエッセンスを贈り、The Secret of Sherlock Holmesを演じていた劇場のボックスシートと幕間のシャンパンをプレゼントしました。(「Anna Masseyの自伝と、Penhaligonのバスオイル」より)

このインタビューをみつけたのは去年で、その頃はまだAnnaが生きていました。今はもう二人ともこの世にいないのだとあらためて思いながら、読み返しました。

ジェレミーが自分のことを「something of a gipsy」(ここでは「放浪癖がある」と訳しました)と言っているのも興味深いです。ホームズ以前の別のインタビューを読んだり、南アメリカでのヒッチハイクの旅のことを知ったり、ハワイでのジェレミーのことを読んだりして、私は最近ジェレミーのこういうところも強く感じるようになりました。ホームズもBohemian soulを持つとワトスンによって描写されていることもあわせて考えると、おもしろいと思います。

RM

(原文)
He married in 1958. "Anna was 20, I was 24. You think you can do anything at that age. We had a fairly wild three years - more like a wrestling match. I don't regret it, but I shall never try again.

"After the divorce, we decided our son would come first and we'd come second. That's the way we've tried to do it and it's mainly due to Anna that it's worked.

"I'm proud of her as an actress and as a person. I think she's a smashing mother and a great ex-wife. I'm hoping very much that she'll marry again. Not me. I don't want any more children. I have 10 godchildren now. And loneliness doesn't come into it. I'm an outgoing person, something of a gipsy, and I have more than my fair share of friends."
Anna Masseyが亡くなったことに、思いがけずこころをゆさぶられました。この5月にJeremy PaulとEdward Hardwickeが亡くなった時もそうでした。

ある人がすでにこの世にいないということを知る時、生者と死者の境がときとしてゆらぎます。それは「普通に」この世に生きることの向こう側が急に透けてみえるような感触です。私はちょっと今、「普通の顔で」暮らすことがむずかしく感じられています。

ではなぜ、イギリスのある女優の死によって、それが私のこころに引き起こされたのか。さらに言うなら、なぜイギリスのすでにこの世にいなくなって久しいある俳優のことが、2年前の夏以来私にとってこんなに大切なのか。

いや、それはジェレミーでなくてもよかったのかもしれない。今でなくてもよかったのかもしれない。ここでなくてもよかったのかもしれない。私でなくてもよかったのかもしれない。

でも、そうだったのです。それでは、「そうでなくてもよかったのに、そうである」、今ここに生きている私は何なのでしょう。「そうでなかったかもしれない」私の「本来の顔」はいったい何なのでしょう。

ダグラス・ハーディングというイギリス人が、思想によらず、哲学によらず、宗教によらず、実験によって本当の自分をみる方法をみつけました。2007年に亡くなりましたが、その古くからの友人であるリチャード・ラングが現在もワークショップを行っています。2週間ほどまえに、彼が主催したSkypeミーティングに参加しました。(ジェレミーに出会わなかったら、私はそんな無謀なことはしなかったでしょう。案の定、挨拶以外はしゃべれませんでしたが。)

私はその実験で、2年前の夏にジェレミーと「出会った」時と通じるような何かを感じています。それはあの時のような、それまでのすべてがひっくりかえるような体験ではないのですが、何かが共通している、それは生者と死者の境のゆらぎにも通じる何かかもしれないと感じています。本来の私から、私の中心から、私をみるとき、世界をみるとき、私は、世界は、今までと違ってみえる。そしてEdwardやAnnaの死が、一度は忘れたように思えたそれを、再びかいまみせてくれる... 。



ジェレミーに関する情報をご紹介したいと思ってここをはじめた頃とはずいぶん違った書き方になりました。いろいろなことが、はじめに想像していたのとは違ってきましたが、それもいいでしょう。

ダグラス・ハーディングの実験には、ダグラスやリチャードの友人である高木悠鼓さんのウェブサイトを通じて出会いました。実験に興味のあるかたはこちらにどうぞ。「頭のない方法」http://www.ne.jp/asahi/headless/joy/index.html ここから英語の公式ウェブサイトに行くことができます。

RM
「Anna Massey - a life in pictures」と題するギャラリーがguardian.co.uk上に載りました。15枚の写真があります。
http://www.guardian.co.uk/culture/gallery/2011/jul/04/anna-massey-life-in-pictures#/?picture=376461478&index=6

その中に昨日ここに「LIFE」のwatermark(透かし)入りで載せた写真があって、watermarkが今回はありません。また「Rebecca」でジェレミーと共演した時の写真もあります。

"Massey married her first husband, actor Jeremy Brett, in 1958. The couple had their son, David, before they divorced in 1962".
http://static.guim.co.uk/sys-images/Guardian/Pix/pictures/2011/7/4/1309787899960/1962-Anna-Massey-with-hus-028.jpg

"Some of Massey's biggest roles were on the small screen. Here she plays Mrs Danvers in a 1979 BBC production of Rebecca. Her former husband Jeremy Brett played Maxim de Winter, with Joanna David (centre) as Mrs de Winter".
http://static.guim.co.uk/sys-images/Guardian/Pix/pictures/2011/7/4/1309787715407/1979-BBC-television-produ-026.jpg

もう一枚、ジェレミーとアナとデイビッドの写真をのせます。クリックで大きくなります。これも好きな写真です。( "A Dedication to Jeremy Brett" から "For Fans of Jeremy Brett" に再投稿された写真)
JeremyAnna1.jpg

いつかまた、ジェレミーとアナのことを書きたくなるかもしれません。今は写真だけをご紹介して、ジェレミーと離婚後も友人として、デイビッドの母として、ジェレミーにとって大切な人だったAnnaへの尊敬と感謝の気持ちをあらわしたいと思います。

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Author: RM
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