Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

ウェブサイト Jeremy Brett Informationのゲストブックに9月に書き込まれた文章を読んで、心を動かされました。ゲストブックは公開の場所にあるとは言え、個人がウェブサイトのオーナーに宛てて書いたメッセージですので、原文はのせません。訳文も部分訳です。読んでみたいかたは直接Jeremy Brett Informationへいらしてください。メインページから"Guest Book"をクリックしてお進みくださいませ。

私はジェレミーが入院していた時の友人の1人です。私も患者でした。ジェレミーはまわりの人に喜びを与えてくれる人で、あらゆる意味において、輝ける人でした。

そして、入院中のジェレミーについて書いています。

ジェレミーは自分の大切な人のことをよく話してくれました。特に息子のデイビッドのことと、「最高の友達であり最愛の人」、ジョーンのことを。ジェレミーは何回か、ゲリーという人のことも話してくれました。「本当にすばらしい笑顔を持っていた」、かつて愛した人として。

ジェレミーが入院したのは、一番はじめが1986年、一番最後が1994年だったと思います。ですからそれから少なくとも17年がたっています。その頃入院してジェレミーと一緒だった人が、今でもジェレミーとのことを大切に思っていて、ウェブサイトを見つけ出して、こうしてメッセージを残してくれたこと、それを日本にいる私がこうして読むということは、何か不思議な感動を与えてくれます。時間と場所をこえたような気持ちでした。

双極性障害で入院していた頃は、ジェレミーにとって決して幸せな時ではなかった事は明らかです。それでも、まわりの人に喜びを与える人であり続けたのですね。ジェレミーは誰とでも友達になれる人、まわりの誰もが、自分はジェレミーの友達だ、と喜びを持って言える人だったのだと思います。そして自分の大切な人のことを話していたことは、愛情深いジェレミーらしいと思います。

ゲストブックに記されたことが1994年春の最後の入院の時のことかはわかりませんが、1994年の入院の時のエピソードとしてDavid Stuart Daviesが"Bending the Willow"に書いたものがあります。

ホームズの最後のシリーズ("The Memoirs")がイギリスで放映された時、ジェレミーはこれをみることができなかった。その病棟では、他の患者は他局の番組をみたがったからで、ジェレミーはチャンネルを譲った。

これを悲しいエピソードとして読んだかたも多いでしょう。私もそうでした。でも今、病院で患者として一緒だった人の声をきいて、この人がその時の入院仲間だったかはわかりませんが、私の中には違う風景が広がりました。

ジェレミーは病院にいても「輝ける人(star)」であったと共に、他の患者が自分達とは違う世界の人として一歩さがって遇する対象ではなく、皆友達としてみていて、だから平気で自分がみたいテレビ番組にチャンネルをあわせたのではないでしょうか。何より、このエピソードをDavid Stuart Daviesに話したのは、ジェレミー以外には考えられないですし、ジェレミーがDavidを悲しい気持ちにさせるために、こんなことを言うはずがありません。むしろ、ちょっとおかしい話として披露した、そして患者仲間と、妙な遠慮は無用の友達としてすごした時のことを思い出しながら、話したのではないでしょうか。

ジェレミーが入院中に、自分が愛する人達、愛した人達のことを話したということも、心をあたたかくさせてくれました。「ジョーン (Joan)」は1985年に亡くなった、奥様のJoan Wilsonのことです。そして「ゲリー (Gary)」とはおそらく、かつてのパートナーで、ジェレミーが最期まで大切に思っていて親しい友人であり続けた、Gary Bondのことでしょう。
この世を去る時まで続いたGary Bondとの友情

ジェレミーは、今まわりにいて共に時をすごす人を大切にするとともに、かつて共にいた人、かつて愛した人をずっと大切に思い続けた人でした。

RM
ラジオでジェレミーが躁鬱病患者友の会のために話した最後の声を先日紹介した後、ジェレミーの病気について書こうとしていました。ジェレミーが語ったこと、友人・知人が語ったことなどを引用しながら、ジェレミーの病気のことを知って私がはじめに思ったこと、それ以降私の中で変わってきたこと、本や記事や、フォーラムでの意見や議論の紹介などを、ある程度まとまった形で書くつもりでした。

でも、確かあの本のあそこにあった、あの記事もあった、と思いをめぐらしている内に、いや、こういう書き方をするのはやめよう、と思うようになってきました。

このブログを始めて少しした頃、ジェレミーの最期の時のことを近くに感じていました。それで、いろいろなことを書きながら、その間ずっと、その時のジェレミーのことが背後に流れていたのを思い出します。そういう書き方が多分、一番私の気持ちに添っていたのでしょう。それをまた忘れていました。

まとまったものを書こうと思いすぎないこと、無理をしないこと、自分の気持ちに従うこと。少し違った言葉で言えば、ぶらぶら歩きをすること。このブログをいったんお休みした後に、そう思ったのでした。

何より、いくらきちんと引用したところで、事実を語ることは決してできないわけです。(自分のことではないのですから。)いわば、ジェレミーを通して世界を見て世界を語る。ジェレミーを通して自分を見て自分を語る。そういうことだと思います。

妙な言い方をしたようですが、たとえば人が花の美しさを語る時、花の美しさを通して世界を見て世界を語る、花の美しさを通して自分を見て自分を語る。そう言えないでしょうか。

そう思う時、ああ、ジェレミーを知ってよかった、こうしてジェレミーのことを語ることができてよかった、と感じます。ジェレミーはどんなふうに生きて、どんなことを考えて感じて、どんなふうに死をむかえたか、そして私たちの中にどんなふうに今も生きているか、それを感じることが2年前から私の日常の中に通奏低音のように流れていること、それは本当に不思議で、そして本当に有難いことだと思います。

ですから、何かまとまったものを書こうとすることはやめよう、そう思いました。こう書くのも、もう3回目くらいです。

ああ、この記事はどういうタイトルにしたらいいのでしょう。また「思う事」かしら。(いったんそうしましたが、「思う事」という記事の3つ目になるという芸の無い状態だったので、変更しました。)

RM
なぜか楽しく失敗談を書いている、2回目です。

ポーランドからの常連メンバーが二人います。最初に参加したDさんは、アニメが好き、という以外にも日本のいろいろなことを思いがけず話題にしてくれるので、びっくりしたり喜んだりしています。

フォーラムには「オフトピック」というセクションがあって、その中に70年代の好きな音楽、というスレッドもあります。そこに、YouTubeにある山本リンダの「どうにもとまらない」を紹介してくれたのにはびっくりしました。「数年前にこの曲に偶然出会って、好きになりました。2番目に好きな 『涙は紅く』は残念ながらYouTubeにはみつからないのだけれど」、と書いて。えーっ、そんな曲知りません!調べたら確かにこの曲を山本リンダが歌っていました。日本語での検索でYouTubeにみつかったので、アドレスを書いたら喜んでくれました。

少し遅れて参加したMさんは、とても芸術的な感性が鋭い人です。

彼女は「Good Soldier」がとても好きで、私が投稿したスクリーンショットに対応する部分の原作英文を紹介してくれたりします。昨日驚いたのは、「悪魔の足」でホームズが口ずさむ本当に短い旋律から、あれはワグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」中の「イゾルデの『愛の死』」だけれども、原作には言及されていないので、ジェレミーが提案したのかしら?と質問の投稿を寄せたことです。あんな短い鼻歌でわかるなんて!愛の物語「トリスタンとイゾルデ」は、「悪魔の足」のテーマにあっていますね。

さて、それでは私の失敗談です。Dさんが以前フォーラムで、ポーランドではホームズは吹替えで放映された、ただ、吹替えの向こう側にオリジナル音声が聴こえる、というちょっとかわった形だった、と紹介してくれたのです。それが今でもそうなのか、Dさんがはじめてグラナダシリーズを観た時だけのことかは確認していません。でもとにかくポーランドでは吹替え、ということをその時知ったわけです。

それからしばらくしてMさんが、ポーランドのテレビでの、ホームズの予告編の映像を紹介してくれました。これがおもしろいことに、ナレーターが(多分)ポーランド語で何か紹介した後、ホームズの映像が次々と流れる背後で、ホームズのテーマ音楽に歌詞をつけたものを男の人が二人くらいで歌っているのです!あのメロディに歌詞がついて歌われるのですから、ちょっと不思議な雰囲気だというのは想像していただけるでしょう。さらに画面上にはポーランド語で何か書いてあります。

同じポーランドのDさんがこれを受けて、「私、これ探していたんですよ。この歌はどこから来たんでしょうね。」とコメントしました。

私は各国でジェレミーがどのように知られていて、どのように愛されているか、グラナダシリーズがどのように放映されていたか、などを知るのがとても好きで、以前思いきって自分で、各国でのことをたずねるスレッドをたてたことまであります。また、ポーランドではグラナダシリーズは吹替えで放送された、と教えてくれたことも覚えていました。それで、「私はいろんな国のことを知るのがすごくうれしいのですよ。どうもありがとう!ところで、この歌詞はどんなことを言っているのですか?もしよければ、少し英語に訳して下さいませんか?」と書き込みました。

楽しみに待っていたところ、少ししてお返事が来ました。

「でもそれ英語なんですよ...。英語の歌詞に、ポーランド語の字幕がついているのです。」

「わー、何てことでしょう!これ英語なんですか?これで私の英語の実力がどんなにお粗末か、おわかりになったでしょう?!」

いやあ、今久しぶりに聞き直しましたが、聞き取れないことにはかわりがありません。「アイリーン」(グラナダ版ではドイツ語読みのイレーネと発音していますね)とか「サイクリスト」(自転車乗り)とか言っているのはわかりますが。

アメリカからのある人が私のためにこう書いてくれました。「私たちが日本語を話すのを、あなたが聞けたらいいのにね。」そしたらきっと、自分の英語がお粗末だなんて言いませんよ、となぐさめてくれたわけです。

うふふ、これが二番目の失敗談です。こんな恥ずかしいことを繰り返しながら、楽しくフォーラムに参加しています。ちなみにこの歌詞つきのテーマ曲、イギリスでは放映されたのでしょうか?という問いに対して、聴いたことがあります、という人はいなかったので、ポーランドでこの予告編のために作られたのではないでしょうか。(でももしそうなら、英語なのが不思議ですね。)

この映像ファイルはMさんのストレージサイトからダウンロードするようになっているので、リンクを書くのは控えます。最初の部分の音声ファイルをとりだして、こちらにアップロードします。ちょっと異様な(?)男声の斉唱ですから、よければおきき下さい。クリックするとこのブログの別ウィンドウが開いて17秒の歌が始まります。聴くだけで、皆様のコンピュータにはダウンロードはされませんから、ご安心ください。

PolishTrailer.mp3

RM
ラジオ番組でのジェレミーの最後の声について書いていて、もう少し続けるつもりでしたが、急遽変更します。といっても大した話ではなくて失敗談です。ナツミさんのブログで、「ジョンの手、マイクロフトの手」の記事のコメント欄にナツミさんが書かれた、「Home Office」をどうイメージしたか、というくすくす笑える記述を読んで思い出したのです。(ナツミさんのブログ、興味深い記事とコメント満載です。)

このブログで和訳をご紹介する時におこる「ああ勘違い」は、はじから忘れていってます。当然こうだろうと思っていて何かの拍子に辞書で調べて、「ああ勘違い」というのは数えきれません。月の名前、曜日名、数字のようなごく簡単な単語の意味をなぜか間違えて訳していることも何度かありました。

でも今回お話するのは、英語が使われているフォーラムでの私の失敗談です。単語の間違い、文法の間違いは山のようにしていますから、それ以外です。

以前参加していたほうのフォーラムのジェレミーファンのスレッドで、この記事を紹介した事があります。久しぶりに読み返して調べたら、今年の1月のことでした。

"For Jeremy Brett, Holmes still bit of a mystery"
By Luaine Lee, Scripps Howard News Service
Reading Eagle, Jul 10 1990
http://news.google.com/newspapers?id=UZokAAAAIBAJ&sjid=J6MFAAAAIBAJ&pg=5074,4327197&

これはこのブログでも、「becomerであること(1)」ですでにご紹介しました。その時の和訳をもう一度のせると、

ついに彼はホームズを演じることに挑戦しようと決心して、24パウンドを主に水泳によって落とし、役作りに没頭した。「俳優として演じる時、私の場合はスポンジになるのです。」彼は言った。「まずスポンジを絞り出してから、学んで吸収します。ヴィクトリア時代についての本を読むのです。読んで、読んで、読みます。誰が政府のメンバーだったのか。 この国の社会情勢はどうだったのか。ホームズはなぜ因襲にとらわれない自由人だったのか。それからドイルを読んで、ドイルを通じてこの時代をいわば嗅ぎ取ります。」

そしてそこからすべてが始まる、とブレット氏は言う。「たとえば手。彼は手をどう使うだろう?彼はどのように動くだろう?そしてせりふをささやいてみます。声をさがすためにささやいて、ささやいて、ささやいてみます。イメージがしっかりと持続するものになるように、ささやき続けます。彼のことがわかったと思ったとき、彼が充分自分の中に入ってきたときに、彼の言葉を声に出して語りはじめるのです。これは本当にわくわくするようなプロセスです。」


「ジェレミーが、ホームズになるためのプロセスを具体的に話しているのが興味深いと思って」と書いた上でこれを引用しました。そしたら何人かがこの記事を喜んでくれて、いろいろとコメントしてくれました。

この時、これに加えて以下の部分まで引用しました。「女性はホームズを父親としてみている、とジェレミーが言っているのは、おもしろいですね」と書き添えて。

After six years and countless resolved mysteries, Brett's Holmes is seen in 85 countries. He receives about 5,000 letters a week, many from women who see the fictional genius as a father figure, he says.

6年間にわたってたくさんの謎を解き続けて、現在ブレットのホームズは85の国で放送されている。1週間に5000通もの手紙を受け取り、その多くは、架空の人物であるこの天才を理想化された父親としてみている女性たちからのものだ、と彼は言う。

ちなみにジェレミーが父親像としてのホームズ、と言っているのは、この記事以外では読んだことがありません。ちょっと口がすべったのかな、とも思います。ジェレミーは時によって違うこと、極端な場合には正反対のことを言う場合があって、これは非難しているのではなく逆にとてもおもしろいと思います。ジェレミーの中での気持ちの変化や、新たな発見、時にはその場だけのちょっとした思いつき、冗談、照れなどを反映しているのだと思います。

この部分に関してある人から「私は父親とは思わないし、身近な人のかわりとしては考えません。あなたはホームズのことをどう思いますか?」ときかれたのです。さあ大変。私は文章で自分の気持ちを書き表したり、議論に参加したりできないから、話題に応じて時に応じて記事やウェブサイトや写真を紹介することで会話に参加していたのに、自分の気持ちについて質問されたのです。それまでも「どうやってその記事をみつけたのですか?検索のやり方は?」と質問されたことがありましたが、そういう理詰めの説明の文章とはまた違います。また、「賛成です」とか「情報をありがとう」とか「この写真のジェレミーはなんて素敵なんでしょう!」といった短い会話を書き込むのとも違います。

でもそうやって個人的な気持ちを質問してくれたのがうれしくて、仲間としてみてくれているのがうれしくて、一生懸命書きました。(どう書いたかは、ヒミツです。)そしたら今度は別な人がその話題を広げてくれました。

「ドイルがホームズについて話している有名なビデオがあって、そこでは彼の家政婦になりたいという女性から(from women wanting to be his housekeeper)、たくさん手紙が届くと言っています!だから、ホームズを夫として、兄として、父としてみるかどうかはともかく、ホームズの近くにいたいという女性はたくさんいるみたいですね。」

さあ、これを読んだ私は、それまでの会話が「ホームズはあなたにとって、誰の理想型か」ということに関してだったので、 "wanting him as a housekeeper" と書いてあると勘違いして、「ホームズに家政婦になってもらうのですか?!それはちょっと大変だと思います。ホームズは退屈してコカインを使い始めるでしょうね。」と書いたのです。それから数時間して何となくこの会話を考えていて、「あっ」と気づきました!急いで「きゃー、間違えました!」と書き込みましたが。こんなすごい間違いをしたのは、多分その前に自分にとってのホームズは、というのを一生懸命英語で書いて気分が高揚していたからでしょう。思い出しては笑ってしまいます。ホームズを家政婦として使う!お料理してくれるかしら。

いえいえ気づいていないだけで、こんな間違いをたくさんしているかもしれません。こんな間違いをしても、私は平気でフォーラムに参加しています。以前だったら考えられないことです、石橋を叩いたあげく壊すタイプでしたから。ジェレミーのおかげでたくさん冒険をしているなあ、と思うのです。恥ずかしい、という気持ちよりも、こころを開いてたくさんの人と気持ちを通わせたい、という方がはるかに強くなりました。

まだまだ失敗談はあります。次回も続くかどうかは気分次第、ということで。でも「フォーラムでの失敗談(1)」と書いたとおり、(2)も(3)も書けるくらい体験はたくさんあるのです。

今回、以前のスレッドの自分の発言を久しぶりに読み返して、あの時の方が大胆に軽口を叩いたりしていたなあ、と思いました。「正しい軽口」になっていたか、意味がとおっていたかは別にして。以前のスレッドの方が書き込む常連メンバーが少なくて(常連が8人くらい、その他にある期間書き込んで、またいなくなる人がその時々で4人くらい)、さらにジェレミーに関することなら何でも一つのスレッドに延々と書き込む方式で、そのスレッド全体の閲覧がメンバー限定でしたから、閉じた場所での安心感があったのだと思います。気持ちのよい居間でお茶をしている感じでした。前の場所が懐かしくなりました。でも現在のフォーラムの方が参加人数が多く、国の数もとても多いので、ガーデンパーティのような雰囲気です。英語圏以外の人が何人もとても流暢な英語で書いているので、最近ちょっと萎縮していたかもしれません。むちゃくちゃな英語でも楽しく書こう、と今回の記事を書きながら思いました。

RM
それでは、この放送の時にジェレミーが語った内容を、一部を省略した形でご紹介します。

私はレパートリー劇団(いくつかの演目を交互に上演する劇団)で俳優としての第一歩をふみだして、長年にわたってロンドンやニューヨーク、そしてローレンス・オリビエが率いたナショナル・シアターで、多くの舞台をつとめました。どうしてこのようなことを「The Week's Good Cause(今週のチャリティ活動)」の番組の中で、今お話しているのでしょう?今週のチャリティはThe Manic Depression Fellowship(躁鬱病患者友の会) のためのもので、私自身も躁鬱病(双極性障害)と診断されているので、これから何を話そうとしているかをよくわかっていて、自分がこの重い精神の病にかかっているのだということをお話する前に、私は成功している俳優だということを皆さんに思い出していただく必要があるからです。

躁鬱病はひどい抑鬱状態から気持ちの高揚と過度な活動状態まで、気分が著しく変動する重い精神の病です。この変動は、月曜日の朝の憂鬱な気持ちが幸せな気分へとかわっていくような、多くの人が経験するものとはまったく違います。

躁状態ではひどく活動的になりエネルギーに満ちた状態になって、思考がものすごい速さであふれ出て眠れなくなったり、お金を浪費したり、妄想をいだいて非現実的なことを信じたりします。私自身も躁状態の時に、まわりの人を当惑させたり困らせたりするようなことをしてきました。

鬱になると恐慌状態となってエネルギーがまったくなくなり、自殺を考えるようになります。治療を受けていない躁鬱病患者の7人に1人が自殺をはかり、そして100人に1人がこの病気にかかります。家族、友達、雇い主にとってこの病気がひどい重荷となり、この病の人が孤立したり解雇されたり、家を失ったり破産したりする場合があります。

私が1986年にMaudsley Hospital(モズレー病院)に入院した時には、混乱してまわりの何もかもがわからなくなって、うつ伏せになってこぶしを握りしめて顔におしあてていることしかできませんでした。私は自分が思いたがっているよりもずいぶん以前から、自分の気分の変動に対処してきたのだと思います。しかし俳優という職業では気分が少し普通ではないことがかえって助けになることもあって、銀行や学校で働くよりもはるかに、私の気分の変動はゆるされてきたのだと思います。

そして成功をおさめたことで、自分がこの病気にかかっていることを公に認める勇気を持つことができました。この病気のために仕事をやめなければならないようなことにはならず、満ち足りた成功した人生をおくっていると伝えて、同じ病気の人を力づけるために。この病気は治療し、対処することができるものなのです。この病気は来ては去って行くものであり、症状が一時的にあらわれる期間以外は健康にすごせるのです。

もしも今までお話したことが少しでも自分にも当てはまると思うのでしたら、医者に予約をとり、The Manic Depression Fellowship(躁鬱病患者友の会)に連絡してください。この会は躁鬱病患者のための全国的な自助団体です。すばらしいことには、おもに躁鬱病患者によって運営されていますから、どうしたら患者の力になれるかをよく知っています。英国には116の自助グループがあり、援助や情報や印刷物を得たり、同じ状況にある他の人達と出会うことができます。


この後、このチャリティは自助グループをさらに作るためのものであり、一つのグループをつくり維持するためには年に500ポンドが必要であること、そのために寄付がとても助けになることを述べて、寄付をしてくれる人のために住所と電話番号を伝えます。電話番号を全部で4回言うのですが、最後に "I'll repeat the phone number," という言葉をはさんで朗々と友の会の番号を2回読み上げ、少しの間をおいて"Thank you." と言って終わります。

はじめてきいた時は、これが最後の"Thank you" だと思って悲しくて胸がいっぱいになりました。今でも胸がいっぱいになりますが、でも今はこの"Thank you" の中に、伝えようと思っていたことを伝えられた、この病気の人の役にたつことができた、俳優という声のプロとして、声と言葉を使ってメッセージを伝えることができた、といううれしさと充実感、そしてそのような場を与えられた感謝の気持ちを感じるのです。The Manic Depression Fellowshipの理事が、ジェレミーは少年のように喜んでいた、と言っていたのを先日紹介しましたが、そのような純粋な喜びと感謝を内に感じます。はじめの、特に声が低くなったときの弱々しいとさえとれるような声から、あのあたたかさにあふれた声になり、最後は朗々と電話番号を読み上げ、そして少年のように純粋なこころで「ありがとう」を述べる。ああ、ジェレミーらしいなあ、と思います。

ジェレミーは1989年のBBCのラジオインタビューで、インタビューアの問いに答えて病気の時の話をしていて一瞬絶句した後、辛いけれどもこの話をするのは、自分と同じ状況にいる人達に希望を与えたいからだと言っていました。ジェレミーはその言葉どおりに、たくさんの人に希望を与えながら最後まで生きた人だと思います。(このインタビューの録音をきくことができる場所については「『戦争と平和』の撮影の頃;オードリー・ヘップバーンの伝記とBBCのインタビュー番組より」でふれました。)

「ジェレミーは私にとって希望の象徴です。あなたにとってもそうでありますように。」と言ってくださった方がいらっしゃいました。本当にそうです。私にとってジェレミーは、人はこのように生き、このようにこの世を去ることができる、そしてこの世を去った後も、このように生き続けることができる、という希望の象徴です。そして今回このブログを通じて、ジェレミーを通じて、読んで下さった方から支えていただきました。今私は数日前には考えられなかったくらい、希望を持っておだやかな気持ちですごしています。笑みもこぼれます。どうもありがとうございました。

原文を読みたい方のために最後に英語原文を記します。なお「The Week's Good Cause (1995) その1」で書いたように、本に記されたものを参考にしていますが、一部録音をききながら修正、加筆しています。その部分にあやまりがないようにと願っています。次回はもしかしたら、ジェレミーにとって、まわりの人にとって、この病気がどのようなものだったかについて、私が感じていることを書くかもしれません。

RM

(英語原文)
I started my acting career in repertory and have over the years appeared in many plays in London and New York and the National Theatre under the banner of Laurence Olivier. Now, why am I telling you this in The Week's Good Cause slot? Because this week's charity is the Manic Depression Fellowship and I myself have been diagnosed as manic depressive, so I know what I am talking about and I need to remind you that I am a successful actor before admitting to having a severe mental illness.

Manic depression is a severe mental illness which causes excessive mood changes with swings from extreme depression to great elation and hyperactivity. These swings are quite different from the range of moods from Monday-morning lows to being on top of the world, which most people understand and experience.

In mania people have tremendous activity and energy levels, won't be able to sleep because of their rapid flow of ideas; will spend money irrationally; will have hallucinations and lose touch with reality. I personally have done some extremely embarrassing and destructive things when I've been high.

When clinically depressed, one has panic attacks, no energy and suicidal thoughts. One in seven people with manic depression untreated will commit suicide. And one in a hundred of the population will have this illness. It can put a real strain on family and friends and employers and can lead to isolation, unemployment, loss of home and bankruptcy.

When I was admitted to the Maudsley Hospital in 1986, I was so confused I couldn't relate to anything or anyone around me. All I could do was lie face down with my fists clenched in my face. I believe I have been coping with these severe mood swings for many more years than I like to think, but being a member of a profession where being a little mad helps, my moods were tolerated far more readily than if I worked in a bank or a school.

And it is my success which gave me the courage to admit publicly that I had this illness as an encouragement to others that It had not stopped me from being employed and leading a fulfilled and successful life. It is an illness which can be treated and managed. It comes and goes and in between the bouts of illness people are well.

If any of this sounds familiar, make an appointment with your GP and contact the Manic Depression Fellowship. It's the national self-help organization for people with manic depression. It is a remarkable organization because it is largely run by people with manic depression, so they really know how to be of help. There are a hundred and sixteen self-help groups in the United Kingdom. They can offer support, information, literature and the opportunity to meet other people in a similar situation. [...]

Thank you.

追記:音声ファイルを追加しました。Jeremy Brett Informationより頂いたファイルから雑音のみの右側をとりのぞいたもので、約4分半です。(2011年12月21日)







突然、ジェレミーの笑顔を並べたくなって、先週の土曜日の深夜にせっせと場面を選んだり色や明るさを調整したりして、つくりました。これは以前ご紹介したことがある、1988年のBBCのインタビュー番組の中での、ジェレミーの笑顔です。DVDとしては発売されていなくて、YouTubeなどにあります。

以前の記事はこちらです。
「希望」
以前の記事では後半部分についてお話しましたが、今日の画像は楽しそうに話している前半部分からです。

せっせとつくって、英語圏のファンフォーラムに、「今幸せなあなたへ、そして今悲しいあなたへ、おくります。」とつたない英語で書いて投稿しました。英語がおぼつかないので私は議論には入っていけないし、作品のレビューも書けないので、こうして皆が喜んでくれそうな画像を、投稿者が少なくてフォーラムが静かな時にちょっと投稿したり、誰かが興味深い話題を提供してくれたら、それに関連するウェブサイトや記事を引用・紹介したり、メンバーの投稿への同意や賞賛を短い言葉で書いたりしています。(ちゃんと私の英語が伝わっていたら、ですが。)

でもこのブログでは、こんなふうに写真を並べるだけ、ということは適していないような気がしていました。なぜでしょう。そんなことはないのに。

今こそ、同じ画像を同じ思いを胸に、こちらにも載せます。
「今幸せなあなたへ、そして今悲しいあなたへ、おくります。」

Wogan_1.jpg
Wogan_2.jpg
Wogan_3.jpg
Wogan_4.jpg
Wogan_5.jpg
Wogan_6.jpg
Wogan_7.jpg
Wogan_8.jpg


ジェレミーの笑いは、まわりにうつる、といわれています。ね、そうでしょう?

RM
1995年9月3日に放送されたラジオ番組"The Week's Good Cause"でのジェレミーを紹介しています。

ご存知のとおり、この番組での声が、ジェレミーの公の場所での最後の声となりました。亡くなったのが12日ですから、亡くなる9日前になります。The Manic Depression Fellowship(躁鬱病患者友の会)への寄付を募り、あわせてこの病気への理解を一般の人にも深めてもらい、この病気の人が診断を受け適切な治療と援助を受けられるようにするために話しています。

ジェレミーは寄付の総額については、知ることなく亡くなったのかもしれません。でもこのラジオ番組が放送に先立って「今週のおすすめの番組」("This Week's Top Picks" )として大きくとりあげられたことを喜んでいたそうです。(Brettish Empireより。http://www.brettish.com/tbev2-05.html)

ジェレミーの声はゆっくりとはじまり、弱々しくさえあります。最初のところでは、特に声が低くなると途切れがちになります。でもそれから次第に力がもどってきて、呼吸が苦しい状態とはとても思えません。いつもとかわらず魅力的なのです。声にあたたかさとほほえみと真剣さと、こころからの気持ちがこもっているのが感じられます。雑音だけの右のスピーカーを切るか、左のイヤホーンでどうぞお聴き下さい。最後にThe Manic Depression Fellowshipの住所と電話番号を繰り返す時の、「朗々と」と言っていいような調子、そして少しの沈黙のあとでの "Thank you." という深みのある声に、胸がいっぱいになります。これが公には最後の声です。でも今は悲しさよりも賞賛の気持ちをより多く持ちます。

ラジオの受信状態がかわったのでしょう、後半では音声のボリュームが上がり、少し聴きにくくなります。ボリュームを下げてお聴き下さい。

ジェレミーがこの番組に出演することになった経緯について書きます。シャーロッキアンの団体、The Northern Musgravesが1996年3月に開いたジェレミーを追悼する会で、The Manic Depression Fellowshipの理事の一人、Myra Fulfordが話しています。(Sherlock Holmes Gazette, issue 15, 1996の記事から。)

この病気とのたたかいについて、ジェレミーが1994年の新聞で率直に語っているのをMyraは読んで、こころを動かされていました。それで、このラジオ番組の話が出たときに、ジェレミーに連絡をとったそうです。ジェレミーはすぐに承諾しました。Myraの言葉です。

"'Darling, use me! I want my illness to benefit others.' He was boyishly delighted by the programme. We raised more than 6,000 pounds from broadcast."

「どうぞ僕をつかって! 僕の病気が、人の役にたつようにしたいんだ。」ジェレミーはこのプログラムに出演するのを少年のように喜んでいました。この放送のおかげで、6000ポンド以上の寄付金がよせられました。

また、これに先立つ1995年11月29日に、教会での追悼式でMyraが語ったことを、Michael Coxが同じ号に書いています。

Myraはこのプログラムのために何人かの人に頼み、次々と断られ、ついにジェレミーに連絡をとります。Michael Coxの文からです。

Her demonstration of the response, with arms spread wide, was instantly recognisable: "Darling, use me!"

Myraはジェレミーの返事を、両手を大きく広げた仕草でやってみせてくれたので、すぐにわかった。「僕を使って!」


この仕草は、「空き家の怪事件」の時の、ワトスンと再会したホームズの仕草を思い出させてくれます。私はジェレミーを思うとき、まずあの瞳を、そしてしっかりと抱きしめる姿を、ジェレミーのあたたかさの象徴として思い浮かべるのですが、こうして両手を広げる仕草もまた、ジェレミーを感じさせてくれます。

ジェレミーの言葉を訳すつもりでしたが、それは次回からにします。

RM

追記:私は携帯電話もスマートフォンも持っていない時代遅れの人間なので、コンピュータの画面以外でこのブログがどのようにみえているのか、わかりません。スマートフォン用テンプレートというのが未設定になっていることに気づいて、今日設定しましたが、どう変わったかもよくわかっていません。何か不都合がありましたら、よければ教えてください。

iPadも持っていません。Macintoshは、Macintosh Plusの頃から使っているのですが。Macintosh Plusは今調べたら、1986年1月の発売なのですね。ジェレミーが亡くなった次の年です。(追記:間違えました!Joanが亡くなった次の年ですね。)そして先日、アップルの創始者の一人、スティーブ・ジョブズ氏が亡くなりました。

ジェレミーが亡くなってからの年月の流れと、自分の人生の流れと、生きることと死ぬこととを感じます。

追記その2:コメント欄にウェブサイトのアドレスを入れようとしたら駄目だというのです。私がそう設定したのかしら?というわけで、このアドレスを書くのはみんみんさんへのお便りの一部ですが、ジェレミーの素敵な写真がたくさんありますから、皆様もよければどうぞお楽しみ下さい。こちらのページです。http://jeremybrett.livejournal.com/88385.html
前回の記事で、

外の出来事も内の感情も、来ては去るものだということ
そして「私」とは、来ては去るもののうつわであり、場であること

と書きました。来ては去るものは意味がない、というわけではありません。来ては去るものと、時を超越するものとを混同しないように、と考えていました。



前回の記事を書いた後で(そしてこの記事も数日前に下書きをして、その後で今、この段落を書き足しているのですが)ある出来事がおきました。なぜこのようなことがおきたのだろう、これは本当のことなのだろうか、と現実感を失う時もあります。この出来事もこの感情も、たしかに今ここにあるけれども、来ては去るものなのだということ。これからどうなっていくかわからないけれども、すべては来ては去るものであること。それを感じていようと思います。



「来ては去る」ということを感じる時、いつも私の心の中にはジェレミーの声で"Comes and goes”という言葉が響きます。これは以前「最期の日々(1)」のところでご紹介した、1995年9月3日に放送されたラジオ番組"The Week's Good Cause"(今週の慈善活動)での言葉です。この番組中でジェレミーは、自身の双極性障害(躁鬱病)について語り、自分もあてはまりそうだと思う人に、受診して治療を受けることをすすめるとともに、ラジオの聴取者に躁鬱病患者友の会への寄付を呼びかけてています。

この番組の録音音声は、以前の記事でご紹介したYouTubeのもの以外に、Jeremy Brett Informationでも聴ける(ダウンロードできる)ようになりました。場所は下に示します。”This Weeks Good Cause BBC Radio Four (on behalf of the MDF).mp3”を左クリックすると聴くことができ、右クリックでダウンロードできます。ダウンロードにあたっては、営利目的で使用しないようにお願いいたします。前にも書きましたが右は雑音のみですから、右のスピーカーを切って聴くとはっきりときこえます。
http://jeremybrett.info/media.html

以前、葉月さんのブログのコメント欄で、わかる範囲で聴き取って、概略を訳したものを書かせていただいことがありました。その後、比較的忠実に書き写したものが、"The Man Who became Sherlock Holmes"の本に載っている事に気づきました。今回はあらためて、そちらから訳します。

この本について簡単に述べると、これはいろいろと問題がある本で、伝記と思ってはいけなくて、雑誌や新聞の記事などの資料を適当に(時に年代無視、状況無視、そして出典をまったく示さず)配置した上で、その間を著者が想像力を駆使してつなげた本と思っていただければあっていると思います。資料そのものについては、インタビューで「私は」とジェレミーが話しているところを、「ジェレミーは」と三人称に書き換えて、事実として地の文に組み込み、他は書き換える手間を惜しんで、言葉づかいもほとんどそのままだったりします。ですから、資料からの文章と創作とをきちんと読み分けることができれば、役に立つ本です。

このラジオ番組については、ジェレミーの終生の友人の一人だったTarn Bassett Gresserが聴いていた、という設定にしていて、ジェレミーの言葉をほぼそのまま載せています。

"Comes and goes"という言葉は、この番組中でジェレミーが話していることのごく一部にすぎず、特に重要な箇所というわけではありません。ですから、今日の記事を書くきっかけ、というぐらいに思ってください。ただ、「特に重要な箇所というわけではありません」と書きましたが、その一言一言のすべてを大切に思っている、と言う方が自分の気持ちにかなっているかもしれません。

この録音もまた、何度も何度もききました。2年前の秋から冬にかけての月曜日の朝、毎週暗いうちに家を出て、空が明るくなった頃、同じ場所でしばらく一人で待つ時間があったのですが、その時にいつもこれをきいていました。あの時の高い窓からみえた空、山、緑、朝の空気を思い出します。

次回から、少し省略しながら訳していくつもりです。

RM
10月になりました。いろいろな点で一つの区切りのように感じています。何かが終われば何かがはじまる。外の出来事も内の感情も、来ては去るものだということを、そして「私」とは、来ては去るもののうつわであり、場であることを、どこかで感じていようと思っています。

ずっと文字ばかりの記事でしたが、今日はDVDをご紹介して、写真をのせようと思います。

「The Good Soldier」は、ホームズ以外でジェレミーが出演した作品を私がみた最初でした。厳密には「My Fair Lady」でジェレミーをみていたのですが、まったく気づきませんでした。この作品とDVDのことも、りえさんのブログの記事で知りました。

この作品には思い出があります。ああ、こんな役もするのか、こんな演技もするのか、こんな表情もするのか。そう思って、何度も何度もくりかえしみました。音声をとりだしてiPodに入れて、何度もききました。旅先のホテルでこれをききながら、泣きながら眠ったこともありました。

先日「The Merchant of Venice: ヴェニスの商人 (1973) とThe Good Soldier: 良き兵士 (1981) のDVD発売」のところで書いたとおり、以前はアメリカでRegion 1で出ていた「The Good Soldier」が、イギリスでも発売されました。違う会社から出るので、画質が向上しているのではないかと期待していたのですが、残念がらそれはありませんでした。ただ、少し画面が大きいです。(もともとの画面の画素数が多い、という言い方であっているのでしょうか?私はDVDプレーヤーを持たず、パソコンでみるのですが、フルスクリーンでみて、画質に違いが出るほどではありません。)また、今日ご紹介するシーンでは、色合いがかなり違います。Region 1では青みをおびた画面ですが、Region 2のDVDでは、このようなあたたかい色になっています。色合いの違いは、ここ以外では気づきませんでしたが、見比べればもっとあるかもしれません。そして新しいDVDではフォト・ギャラリーがついていて、これはとてもうれしいものでした。宣伝用写真が15枚、そのうち11枚にジェレミーがうつっています。

(以下、話の筋に触れます)

この作品はフォード・マドックス・フォードの小説を原作としています。原作に興味があるかたはこちらをご覧ください。
翻訳者が選ぶ洋書この一冊:スペースアルク
また、著作権がきれていますので、プロジェクト・グーテンベルクで無料で読むことができます。ジェレミーはアッシュバーナム大尉を演じ、この大尉は、上記のサイトでは「希代の女たらし」として紹介されている人物です。この紹介で、どのような人物を思い浮かべるでしょうか。話はもう一人の登場人物の視点で語られ、彼は大尉が亡くなった後で、いろいろな事実を知るのです。彼の妻もまた、大尉と不倫関係にあったことも含めて。それでも彼は大尉のことを、大尉の死のことを、感慨と悲しみをこめて語ります。そして大尉がどんなにすばらしい紳士で、自分がどんなに大尉のことを好きだったかを。それほどアッシュバーナム大尉は魅力的で、真摯で、複雑な人間でした。グラナダ・シリーズのプロデューサー、Michael Coxも、この作品での大尉役と、「Rebecca」でのMaxim de Winter役の二つの演技によって、ジェレミーがホームズを演じることができると感じた、と書いています。

Here are two 'iceberg' characters, men with one-eighth of their personality showing above the surface and the other―and dangerous―seven eighths concealed below.

二つの「氷山」のような役だ。その性質の8分の1だけが表に出ていて、残りの8分の7は---そしてそれは危険な8分の7なのだが---彼の内に隠されている、そんな二人の男だ。


さて、それでは写真です。これはやさしい目をした写真です。この作品の紹介の写真としては、適当ではないかもしれません。でも今はそういう気持ちなので。クリックで大きくなります。

TheGoodSoldier3-1.jpg
TheGoodSoldier4-1.jpg

RM
10月1日追記:
9月30日で、署名簿が閉じられました。ただ、演劇・映像・著述等に関わる人達向けの署名簿(Sub-Petition for the Entertainment Industry)と、ホームズ愛好団体向けの署名簿(Sub-Petition for Sherlockian Societies)には10月末まで署名ができるそうです。このグループの人達は、ほとんどがまず直接事務局に連絡をとり、多忙さゆえに数ヶ月たった最近になって署名する人が多いから、とのことです。

このような告知を読むと、連絡しながらまだ署名していない人は誰だろう、と思います。お知らせがあれば、またお伝えします。

この記事はこれまでは一番上に固定していましたが、これからは下にさがっていくことになります。この場所を通じて署名してくださったかた、どうもありがとうございました。ご縁をうれしく感じています。

追記終わり

(しばらく一番上に掲示します。署名場所変更にともなって11月7日に修正しました。今までの署名は大切に保管されています。)

何回かにわたって、ジェレミーへのBAFTA(英国映画テレビ芸術アカデミー)賞追贈(故人に賞を与えること)をBAFTAに請願する活動についてご紹介しています。ジェレミーはホームズの演技で多くの人の記憶に深く残っていますが、生前イギリスにおいて、この演技に対して何の栄誉も与えられませんでした。2010年の春から国をこえて、「ジェレミーにBAFTA賞を!」という活動がはじまっています。ジェレミーは賞そのものはもちろん、俳優仲間、仕事仲間、そして世界中のたくさんのファンが今もそれを望んでいることを、喜んでくれると思います。日本のファンとしても、ジェレミーを愛する世界中の人たちの仲間にはいりたい、とこころから思っています。賛同していただけるようでしたら、どうぞ署名をお願いいたします。

現在までに、ジェレミーの二人のワトスン、グラナダ・ホームズの二人のプロデューサーをはじめとして、脚本家、俳優仲間、歌手、作家、世界のシャーロック・ホームズ愛好団体が支援を申し出たり、署名をしたりしています。世界中のファンからの署名も3000名をこえました(2010年10月現在)。この春からの活動が今まで順調だったからこそ、署名の輪を広げて、この先おとろえていかないようにと願っています。

この活動に賛同してくださいませんか?署名なさる場合の方法について以下に説明します。

署名場所がかわるのは、残念ながらいたずら署名が特定の場所から短時間の内に大量に書き込まれたからです。新しい場所は
http://www.ipetitions.com/petition/jbbafta/
です。また、新しい場所の現在の署名簿をみることができる場所は
http://www.ipetitions.com/petition/jbbafta/signatures
です。

署名方法は署名場所のウェブサイト
http://www.ipetitions.com/petition/jbbafta/
の下の方にスクロールして

FULL NAME フルネーム、必須。姓と名のどちらかではなく、フルネームでお願いいたします。後で書きますが、オンライン上ではみえなくすることもできます。)
Emailメールアドレス、必須。オンライン上のリストには表示されません。署名後このアドレスにメールが送られてきますが、何もする必要はありません。メールはこの1回のみのはずです。)
City市の名前、書いた方が好ましいとのことです。)
Country国の名前、必須。日本であればJapanと書いてください。)
Comments(任意。書かなくてかまいません。)

Display optionsは、1行目にチェックが入ったままにすれば、オンラインの署名簿に名前が載ります。このチェックをはずせば、オンライン上は「匿名(Anonymous)」と書かれます。また2行目に新たにチェックを入れると、同様の署名活動についてのお知らせが届きますが、ここは普通はさわらないでいいと思います。

その下のSignをクリックすると署名は終了です。しかし自動的に寄付のお願いの画面が開きます。これは「ジェレミーにBAFTA賞を!」という活動への寄付ではなく、この署名サイトへの寄付です。寄付なさる場合は指示に従いますが、そうでなければページを閉じてください。また、署名後に届くメールには返信する必要はなく、この1回をのぞいてメールは届かないはずです。

ジェレミーの俳優としての業績と、ジェレミーがこの世にのこした作品を、私たちファンだけでなく、今こそひろく多くの人が認めて欲しいと思います。そのためにも、ジェレミーが生きている間には行われなかったイギリスアカデミー賞の授与を願っています。またこの活動を通じてファン同士の、そしてジェレミーを個人的に知る人、ジェレミーの仕事仲間、ジェレミーを敬愛する各界の人たちとのゆるやかであたたかいつながりを感じたいと思っています。それこそが、もしかしたら賞そのものよりも、一番ジェレミーが喜んでくれることではないでしょうか。

この活動については、くわしくは「ジェレミーにBAFTA賞を!」のカテゴリー中の記事をご覧ください。まずは、署名サイトに掲載されている文章を日本語訳したこちらを読んでいただければと思います。

そして、すでに署名してくださった方、ありがとうございました。お顔もお名前も知らない方々と署名仲間になれたことを、うれしく思います。

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

全ての記事を表示する

09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08 

QR