Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

今日は "A TALENT TO AMUSE: Noel Coward's 70th Birthday Concert" のCDをご紹介します。まだこちらに書いたことがありませんでしたから。

これは、"MUST CLOSE SATURDAY RECORDS" というイギリスの小さいレコード会社が昨年発売したCDです。この同じ会社が、今回新たに2枚のCDを発売したことは、先日こちらの記事でふれました。
「Marigold」と「Johnny the Priest」のCD発売

この、今回発売された2枚のCDが少し前に届きました。そこで本題に入る前に、はじめにこの2枚についてお話しします。このところ "Johnny the Priest" をずっと聴いています。ジェレミーが歌っているトラックだけは聴いたことがあったのですが、通しで聴いても楽しめて、よい曲が多く編曲も凝っていますし、音もとてもいいです。若者達のコーラスも生き生きとしています。そしてブックレットには、今までみたことがないジェレミーの写真が2枚ありました!一枚は窓からこちらを見ている写真。司祭館から外をみているのでしょうか、何かを案じているような表情です。司祭服は着ていません。もう一枚は司祭服を着た姿で、10人以上の若者(おそらく波止場地帯にたむろしている若者でしょう)に囲まれています。挑発的にこぶしを前に出してみせている少年もいます。

"Marigold" の方には、残念ながら新しい写真はありませんでした。1枚ついていますが、見たことがあるものです。こちらもあらためて通して聴くと、"Johnny the Priest" とあまりに対照的で、ここまで違うCDが同時に届いたことに笑みがこぼれます。懐かしさを感じるようなロマンチックなミュージカルです。以前のダウンロード専用アルバムにはなかったトラックは、同じ作曲家が作曲した歌を集めたようで、ジェレミーの歌ったものはないようでした。ですから、ジェレミーが歌ったトラック以外に興味がなく、CDの形で手元におくことにこだわらないかたは、以前ご紹介したダウンロード専用アルバムから、ジェレミーが歌っているトラックを購入なさるのがもっとも手軽で安いということになります。


さて、ここからが "A TALENT TO AMUSE" のCDのご紹介です。レコード会社のウェブサイトでのページはこちらです。
http://www.must-close-saturday-records.co.uk/html/pages/talenttoamuse.html

これは1969年12月16日のNoel Cowardの70回目の誕生日のために、ロンドンのThe Phoenix Theatreで三十数人が出演しておこなわれたコンサートのテープを元に、はじめて発売されたCDです。Noel Cowardは劇作家、作詞作曲家、俳優、その他多くの仕事をした才人です。以前の記事のこちらで少しふれました。
Anna Masseyに感謝したいこと

Noel Cowardとジェレミーのつながりもまた、興味深いのです。

・Noelはジェレミーの最初の奥様のAnna Masseyの一家、特にAnnaの母の女優Adrianne Allenと親しく、Adrianneは、Noelの作品に多く出演しています。
・Annaの兄のDaniel Massey の代父はNoelでした。Daniel Masseyはグラナダシリーズの「ソア橋の謎」に出演しています。
・Noelは日記の中で、"Variation on a Theme" に出演したジェレミーを、"[...] and young Jeremy brett (was) excellent." とほめています(1958)。
・Annaはジェレミーとの離婚にあたって、Noelに相談しています(1961年12月)。
・ジェレミーとAnnaの息子Davidが小さい時、そのあまりのいたずらぶりに、Noelは「頭を斧でかち割りたい」と日記に書きました(1967)。
・Noelが書いた"Design for Living" に出演していたジェレミーを、二度目の奥様Joanがはじめて見ました (1973)。
・ジェレミーはニューヨークで上演された "Noel"という劇にNoelの役で出演しています (1981)。
・同じ年に南カリフォルニア大学で行われたNoel 追悼の集まりで、Noelの作品の"Private Lives"でNoelが初演時に自ら演じた役を演じています。そして"Marigold"出演時の楽屋でNoelにアドバイスを受けた話をしています。

以上は、Noelの日記:
http://www.amazon.com/dp/0306809605
Jeremy Brett Information:
http://www.jeremybrett.info/st_noel.html
などから。

そして、今回ご紹介するCDにおさめられた、1969年のNoelの70回目の誕生日コンサートが、JeremyとGary Bondが言葉をかわした最初の機会になりました。
Wonderful World of Gary Bondより。

このCDには、このコンサートでジェレミーがAnne Rogersと一緒に歌った "Time and Again" が収録されています。これもNoelの作った歌です。肩の凝らない、ウイットに富んだ歌で、途中で歌いながら円を描くように舞台上で動いているのでしょう、マイクから声が遠くなるところがあります。そこも含めて実に楽しそうで、短い歌ですが私は大好きで、大満足です。

RM

追記:先日の時点では "Johnny the Priest" はイギリスのアマゾンだけで、アメリカでも日本でも取り扱われていませんでしたが、今日改めて調べたら、アメリカと日本のアマゾンでも"Johnny the Priest" の販売が開始されました。下記アドレスは日本のアマゾンです。
http://www.amazon.co.jp/dp/B005UWWERK
ジェレミーの親戚である俳優Martin Clunesの伝記から、ジェレミーについての記述をご紹介しています。今回で最後です。抄訳して引用します。

1992年にMartinは、紛争でめちゃめちゃになったユーゴスラビアを演劇公演のためにまわって、ベオグラードから次の目的地のプラハに映画の撮影のために飛ぼうとしていた。ベオグラードの空港についたとき、そこには迷彩服の子供がたくさんいて、フライトは何の説明もなく4時間遅れた。Martinは心細く妙な気持ちで、落ち着かなかった。それでバーをさがすと、テレビがおいてあってシャーロック・ホームズがうつっていた。そこにはもちろん、ジェレミー・ブレットがいた。気の滅入るそんな時に、ジェレミーのあの見慣れた顔がMartinの方を向いて輝いているのをみて、気持ちがなぐさめられた。ジェレミーはスラブ語を話していたけれども。

伝記の中の、ジェレミーに触れた最後のエピソード、大好きです。心細い異国で見慣れたジェレミーの顔をみた時の気持ち。私たちも異国ではなくても、そして実際にはジェレミーに会ったことがなくても、画面でみるジェレミーについて同じような気持ちを持つことがあると思います。そしてそのジェレミーは日本語を話しているかもしれないですね。また、今も世界中の画面にジェレミーがいて、いろいろな国でそれぞれ違う言葉を話しています。ネットをさまよっていて、外国のテレビ局のサイトに迷いこんで、ホームズが今も放映されているのを知ることがあります。画面のジェレミーを見て心なぐさめられる人が世界中にたくさんいるのだと思います。


3回にわたって、ジェレミーの親戚で、俳優のMartin Clunesの言葉をご紹介しました。もう一人、カナダ出身のLarry Lambという俳優が、2011年の自伝中でジェレミーのことをかなり長く書いているのを最近みつけました。彼もまたジェレミーが大好きで、とても感謝していることがはっきりとわかります。いつかこちらもご紹介したいと思います。

ジェレミーの後輩の俳優達が、ジェレミーのことを今も懐かしく思っていることの一端は、「ジェレミーにBAFTA賞を!」に寄せられたコメントでも読むことができました。それ以外にも、ジェレミーがワトスンを演じた"The Crucifer of Blood (血の十字架)"で共演した、その頃かけだしの俳優、その後脚本家などとして活躍しているCharles Edward Pogueのブログを読んだことがあります。その中で、もしも大きな賞を受けたらスピーチの中で感謝を述べたい人の一人として、ジェレミーの名をあげていました。"The Crucifer of Blood"のキャストが集まったパーティで、若い彼はジェレミーにあたたく励まされたそうです。そしてその公演の間中、ジェレミーはずっと親切で、ずっと彼を励ましてくれたと書いています。

Martin Clunesが伝記の中で、自分は思っていた以上にジェレミーの影響を受けていた、と言ったり、ラジオのインタビューで、ジェレミーのおかげで自分に自信がもてるようになった、と言ったことは、ジェレミーがいつも前向きで、たとえばグラナダテレビの重役にもお茶汲みの少年にも同じように向き合う人で(The Sherlock Holmes Gazette, issue 15のEdwardの言葉より)、特に若い人を明るくあたたかく励ましていたことを思うと、とてもよくわかる気がします。

ただ、ジェレミーが若い人のことを思いやっていたからといって、聖人君子みたいな人、いわゆる「行い澄ました人」だったかというと全然そうじゃなくて、明るくてあたたかくて、でもいい意味でちょっとかわっている。そういうところが好きです。

先ほどふれた"The Crucifer of Blood"の上演時のエピソードが、Jeremy Brett Informationに載っています。(同じページに、この公演の宣伝用スチルや、スタッフとキャストが参加しているパーティの写真もあります。)
http://www.jeremybrett.info/st_crucifer.html

このお芝居で共演した俳優、Ian Abercrombieがネット上の掲示板に書いたことだそうです。

"The Crucifer of Blood" でCharlton Heston(ホームズ役)と共演した時、おもしろい出来事に遭遇した。ジェレミー・ブレットが私に向かって歌いだしたのだ。私は呆然とした。言うまでもないが、Hestonはおもしろがってはくれなかった。

ワトスンが舞台上で歌いだすなんて、どんな歌だったのでしょう。

RM
ジェレミーのまたいとこDaphneの息子であるMartin Clunesが、ジェレミーについて話していることを先日からご紹介しています。今回は伝記の中身を抄訳して引用します。

伝記のタイトル・著者と、その一部が読めるアマゾンのサイトは以下のとおりです。

Martin Clunes: The Biography
By Stafford Hildred and Tim Ewbank, 2010
http://www.amazon.com/dp/1844549011/

28ページから
(Martinの父である俳優Alec ClunesはMartinが8歳の時に亡くなったこと、Martinの母Daphneは若い頃Orson Welles(オーソン・ウェルズ)の元で働いていて、彼にまつわるエピソードがClunes家で語り継がれていたことを書いた後)、それよりはるかに直接的にMartinに影響を与えたのは、ジェレミー・ブレットだった。彼はMartinの母のいとこ(注: first cousinとしてありますが、正しくはsecond cousin, つまりまたいとこのようです)である。「ジェレミー・ブレットはすばらしい人でした。ジェレミーといると、本当に楽しくて幸せな気持ちになるんです。私は彼から大きな影響を受けました。思っていた以上の影響を受けていたのです。」

Martinの母は若い頃ブレットととても親しかった。彼女は2, 3歳しか年上ではなくて、彼がイートン校にいた頃、よく連れ出しては映画館で一日に2本の映画をみた。「それからジェレミーは、Henry FondaやAudrey Hepburnと共演した『戦争と平和』の撮影でヴェニスにいた時、Robert Gravesのお嬢さんの部屋を借りて住んでいたのです。なにもかもが素敵ですよね。ジェレミーはいつも前向きで、人を元気づけてくれました。」

Martinが演劇学校を卒業する頃、ブレットはシャーロック・ホームズを演じるためにハリウッドからイギリスにもどってきた。Martinと妹が幼い時からそれまで、ジェレミーはおもにロサンジェルスに住んでいたが、親戚である彼らのことを気にかけて、すべての面で支えてくれた。Martinの大きな耳を後ろにおさえる手術のためにお金を出すとさえ言ってくれた。「ジェレミーはいつも愛情と支援をあふれるほどに与えてくれました。ジェレミーの家族もそうでした。ジェレミーはその時、小切手帳を出してくれていました。」Martinは一瞬考えたが、耳の手術はしないことに決めた。「鏡の前に立って、耳を後ろにおさえてこう考えるのです。『こうしてもかわらないね』。本当のところは、僕はとても虚栄心が強くて、自分が虚栄心が強いということを人にみせたくないんです。僕は隠すのが上手なんですよ。」

しかしMartinは、ブレットを賛美することに関しては決して隠さなかった。「ジェレミーはこの仕事での、僕の父親でした。彼が何かの時には僕のことをおもって、力になってくれることがわかっていました。どんな時でも。」


Martinの耳の手術の話は、2002年のインタビューでも話しています。
http://findarticles.com/p/articles/mi_qn4156/is_20021215/ai_n12579485/
"The Man who became Sherlock Holmes"の本にも書かれていて、たしかりえさんが紹介してくださっていたと思います。

Martinは突き出た大きな耳を持っていて、それでいじめられたりもしていたようですが、後にこの特徴が俳優としての強みになったようです。ですから手術しなくてよかったのですが、Martinはジェレミーが彼のことを気にかけてくれていたことの例として、この話をするのを好んだのでしょう。

今年の9月にMartinはイギリスBBCのラジオインタビュー番組Desert Island Discsに出演したのですが、インタビューアからの「ジェレミーはあなたが大人になる過程で、重要な役割を果たしたのですか?」との問いに、熱心であたたかな口調で「そのとおりです!」と答えています。ききとれるところを簡単に記すと、「彼といると本当に楽しい気持ちになったんです。ジェレミーのおかげで、僕は自分を信じることができるようになりました。ジェレミーは本当にすばらしい人でした。彼が亡くなってさびしい。本当にさびしいです。彼の息子のDavidとはとても親しくしています。僕たちの家族は近くに住んでいたのです。」そして耳の手術の件も話しています。インタビューアに「普通俳優志望なら手術をすると思いますが、なぜしなかったのですか?」と尋ねられて、ここでは「わかりません。」と言った後、「耳のことに自分では気づいていなかったのかもしれません。」と言って笑っていますが、これは多分冗談で言っているのだと思います。とても特徴的な耳ですから。

Desert Island Discsの音声は、BBCのこちらのページの "Download to keep" をクリックするとダウンロードできます。23分から、ジェレミーのことを話しています。興味のある方はどうぞ。
http://www.bbc.co.uk/radio4/features/desert-island-discs/castaway/eb84bf0d
リンク先の写真をご覧になると、Martinの耳がどんなかをわかっていただけるでしょう。

ジェレミーが、生まれ育った家であるThe Grangeにいたころ、自転車で週に4回映画館に行っては映画をみていた、オリヴィエの「ヘンリー五世」をみて俳優を志した、ということは、読んだりインタビューできいて知っていましたが、イートン校の頃にも映画をたくさんみていたという具体的な話は、はじめて読みました。ジェレミーにとって、すごく幸せな時間だったことでしょう。

イタリアでRobert Gravesのお嬢さんの部屋を借りて住んでいた、と言っていますが、ジェレミーの親友のRobert Stephensの伝記では、RobertとRobertの最初の(間違えました)二度目の奥様となるTarnをイギリスから呼んで、しばらくそこで楽しく3人で過ごしたという記述を読むことができます。Robert Gravesというのは有名な詩人、小説家だそうです。


ジェレミーを個人的に知っていた人が、ジェレミーを語っている言葉を読むのが好きです。いろいろな人の言葉で、一人の人間としてのジェレミーがより立体的に具体的に多面的に、自分のこころの中に刻みこまれていく気がします。ですから、Martinの伝記を読めたのも、とてもうれしいことでした。

同じ意味で、少しでも多くの作品にふれたい、映像をみて音声をききたい、写真をみたい、インタビューを読みたい、そしていろいろなことを感じたいと思います。私のこの気持ちが、ひとをあきれさせなければいいが、と時々思います。亡くなって久しい異国の俳優をこのように思うことは、以前の私なら考えられないですし、他人のことであれば、以前なら常軌を逸していると思いかねなかったことですから。

ただいつも思うのは、それは「たまたま」ジェレミーだった、ということです。他の人でもよかったし、他の人である可能性もあった。でもそれはジェレミーだった。そして別の言い方をすれば、それは「運命的に」ジェレミーだった、ということだと思うのです。私はこの2年間、それまでの人生とは違って、すべての面においてこうして自分が偶然と必然の間ですごしていることを感じてきました。それは、その時まで気がつかなかっただけで、ずっとそうだったのだと思います。そしてこの「偶然と必然の間」という感覚を得た事で、この2年間に私の外部と内部でおきたいろいろなことを、より受け入れやすくなったと感じています。

次回もこの伝記から引用します。

RM
"The Secret of Sherlock Holmes" 上演時の Wyndham's Theatreの楽屋で、Marcus Tylor氏がジェレミーを撮った36枚の写真からなる写真集が発売されたのは、去年の9月でした。この写真集のことをご存知ないかたもいらっしゃると思って、再度ご紹介します。もう一つここで取り上げる理由は、本の表紙の大きな画像をマーカスから頂いて、ウェブへのアップロードを許可していただいたということがあります。

この36枚の写真と、りえさんがロンドンでマーカスにお会いになった時のことは、りえさんのブログでお読み下さい。下がりえさんの記事へのリンクです。

ジェレミーを撮った写真家 Marcus Tylor
Marcus Tylor氏の写真セット
写真家マーカスとのおしゃべり

また、マーカスとりえさんと私が奈良で会った時のことは、りえさんのブログではこちら、
ジェレミー写真集「a roll with Jeremy」

そして私の記事ではこちらです。
マーカスとりえさんとすごした奈良(1)
マーカスとりえさんとすごした奈良(2)

最近、この写真集からの写真と、本屋さんのアドレスを、私が出入りしているフォーラムに紹介したいと思うことがあって、久しぶりにマーカスにメールをしました。マーカスのウェブサイトの画像に直接リンクしてよいか、多分それはホットリンクといって嫌う人もいるときいているので、ダウンロードして自分の写真ストレージサイトにアップロードした上で投稿した方がよいか、そして本屋のサイトとマーカスのサイトのアドレスを書いてもよいか、というお尋ねのメールを出したのでした。そうしたら、自分のサイトのことはすっかり忘れていた、写真については画像ファイルを添付する、とのことでした。その添付ファイルを見たところ、私が投稿してよいか、と尋ねたもの以外に、本の表紙の特大の写真が含まれていました。それでうれしくなって、「2枚目の写真は私が個人的に楽しむために添付して下さったのかしら、それともこれも投稿していい?これも大好きなんです!」と書いたところ、「使っていいよ」とのことでしたので、「それでは頂いた画像ファイルと、本屋のアドレスを使わせていただきますね」とお返事しました。

その、特大の写真がこちらです。クリックすると大きくなります。クローズアップの大きな写真でジェレミーの瞳を、飽きもせず眺めています。
(Uploaded with permission of the photographer)
Marcus_Brett_bookcover20V3u.jpg

そして本屋さんのアドレスはこちらです。
http://www.blurb.com/bookstore/detail/1613794

本屋さんにある、本のプレビュー画像は以前もご紹介しました。写真をすべて見ることができる上に、マーカスが当時の話を書いたものを、すべて読むことができます。操作法その他はこちらをご覧ください。

ジェレミーの写真集

お値段は49.85 USドル プラス送料です。注文時の為替レートにもよりますが、私が購入した時よりも安いです。(当時は私はイギリスポンドで購入しました。現在はアメリカドルだけのようです。追記:間違えました。通貨は今でも変えることができますが、以前ご紹介した場所ではなく、右下のドロップダウンメニューで変更するようにかわっています。)興味がある方で注文方法がわからないかたは、コメント欄に個人情報抜きで書いてくださればお手伝いできます。

というわけで、写真集のカバーの特大写真のご紹介と、写真集自体の再度のご紹介でした。

フォーラムでは、ジェレミーはこんなに近くから写真を撮らせたなんてすごい、しわが写真にうつるのをいやがる俳優が多いけれども、と書いた人がいましたので、 でも私たちはジェレミーのしわも好きなんですよね、と答えましたら、全部のしわが好き、とか、笑っているときの目元のしわが好き、とか、しわ談義になりました(うふふ)。この写真集の中、たとえば20ページにあるフレーム4には、とても素敵な、あの目元のしわもうつっていますよ!

RM
Martin Clunesというイギリスの俳優の伝記が2010年に出版されて、その中でジェレミーとのことが触れられています。俳優としてのMartinを私は知りませんが、彼の名前はジェレミーの親戚として以前から知っていました。伝記が出版されるくらいですから、イギリスではよく知られている人のようで、1996年には "Best Comedy Performance(最優秀喜劇演技)" の部門でBAFTA賞(イギリスアカデミー賞)を得ています。また、「ジェレミーにBAFTA賞を!」の運動にも署名をしています。

The British Horse Society(英国馬術協会)会長をつとめるなど動物が好きで、今は田舎で家族と、馬、犬、羊、にわとりと共にくらしているそうです。馬と一緒のMartinの写真をみると、動物、特に馬が好きだったジェレミーも、こういう暮らしができるだけの時間があったらよかったのに、と思います。ジェレミーは、田舎にもどって犬や馬と一緒に暮らしたい、今そうしたら仕事をしなくなりそうだから、今はだめだけれども、と1991年のEvening Standardの記事中で話しています。(I love animals; I'd love to have my dogs and horses in the country. But I am afraid that if I went back to live there now, my adrenaline might leave me forever. I'd turn into a cauliflower and never work again. )

Martinは1961年生まれ、ジェレミーの息子のDavidが1959年生まれですから、ジェレミーにとっては甥のような感じだったのかもしれません。Martinの母がジェレミーのcousin(いとこ、または親戚の意味もある)という紹介をされますが、正確にはMartinの母はジェレミーの母方のsecond cousin(またいとこ、つまり曾祖父母が共通)だ、とgenealogy(系譜学)が専門のメンバーが教えてくれました。ジェレミーの、母の父の両親と、Martinの母Daphneの、母の母の両親が共通だということです。ジェレミーとDaphneは年が近く、若い頃に親しく行き来していたようです。Martinの父親は有名な俳優 Alec Clunesで、Martinが8歳の時に亡くなりました。

そのMartinの伝記からご紹介したいのですが、その前に、他のインタビュー記事の中のこころに残った部分を引用します。イギリスの新聞のウェブサイトに載った2008年の記事です。

Martinのお母様が亡くなった時のことや、その後のことを話している記事の中で、お母様以外のまわりの人の死についてふれているところです。

私の親戚のジェレミー・ブレットが亡くなった時、ひどく衝撃を受けたのを覚えています。死なんて、ジェレミーにはまったく似つかわしくないと思えたからです。(I remember being terribly upset when my cousin, Jeremy Brett [the Sherlock Holmes actor] died because it seemed very unlike him. )

出典:Mail Online, September 6, 2008
http://www.dailymail.co.uk/femail/article-1052711/I-havent-acted-mother-died-Martin-Clunes-tells-mothers-death-changed-life.html

これを読んだ人が「『死なんて彼には似つかわしくないと思えた。』本当に。ジェレミーのことを、ともすると生そのもののように思いますものね。 (He could be so easily mistaken for life itself.) 」と書いたのが印象的でした。"it seemed very unlike him." というMartinの言葉は、ごく簡単な英単語で書かれているにもかかわらず読み過ごせず、私がこの文から感じたところがあっているのかがわからなかったのですが、彼女の言葉で、彼女と私が同じようにとったであろうことがわかりました。彼女の言葉もまた、何と簡単な英単語で書かれていることでしょう。彼女の気持ちもMartinの気持ちも、とてもよくわかる気がします。

「その2」ではMartinの伝記を引用しながらご紹介しようと思っています。

RM
ミュージカル「Johnny the Priest」のCDが発売されましたので、このミュージカルについて、知っていることを書きます。

「British Musicals In Depth」というウェブサイトに、このミュージカルについてとても詳しく書かれています。(Part 1からPart 5まで。以下はPart 1のアドレスです。)
http://www.musical-theatre.net/html/johnnythepriest/johnnythepriest.html

「Jeremy Brett Information」にも紹介のページがありますが、上記サイトからの引用です。
http://www.jeremybrett.info/st_johnny.html

また、上記サイトの著者が2010年にまとめた本「A tanner's worth of tune: rediscovering the post-war British musical」の中の「Johnny the Priest」に関するページへのリンクです。
http://books.google.com/books?id=CPcLk8SWOgIC&pg=PA161&#v=onepage&

今回CDを発売する会社のウェブサイトでのページはこちらです。
http://www.must-close-saturday-records.co.uk/html/JohnnythePriest.htm
ここにも上記サイトの著者が解説を書いています。

ここでは「British Musicals In Depth」のページに沿って、簡単に紹介します。

Part 1より話の筋をご紹介します。ロンドンの波止場地帯にあるMayburyで、若い司祭であるRichard Highfield(ジェレミーが演じる役名)はこの地域の若ものをまじめな生活に導こうと努力しています。教会の評議会は懸念していますが、妻は彼を支えてくれています。非行少年のJohnnyは司祭のおかげで更生して海軍に入ったのですが、そこで望遠鏡を盗んでしまいます。少年は司祭に、警察に嘘のアリバイを話してくれと頼むのですが、司祭は良心にてらして、嘘の証言をすることは結局はできません。その結果少年は、希望をもてない未来へともどってしまいます。

これが話のあらすじです。その後のページに引用されているレビューなどを読むと、これは元はミュージカルではなく、音楽なしのストレートプレイ「Telescope」として演じられた作品だったそうです。ミュージカルにするにあたっても、舞台セットで港湾地帯をリアルに再現するなど、社会派の「ミュージック・ドラマ」と称していて、「Britain's answer to West Side Story」(「ウェスト・サイド・ストーリー」へのイギリスからの返答)と書いているレビューもありました(Part 3より)。しかし残念ながら興行的には失敗で、上演は14回のみでした。現代的な社会問題についての「真面目なミュージカル」としては、脚本や演出、題材に無理があったようです(Part 6より)。

ミュージカルで使われた音楽はオリジナルキャスト録音版として間もなく発売される、とプログラムにはすでに書かれていました(Part 4より)。しかし興行的に失敗だったためか、長く発売されませんでした。うれしいことに20年以上が経過した1983年になって、限定版としてLPが発売されました(Part 6より)。おそらくこれが今回のCD発売以前の、唯一の発売だったのだと思います。eBayやLP販売サイトなどでも「Marigold」は見たことがありますが、このLPは見た事がありません。

作曲家はミュージカルの作曲はこれのみでした。音楽は評価がとても高いようです。ドラマチックな曲が多く、ロマンチックな歌がきけた「Marigold」とはまた違っていて、私はこちらも大好きです。ジェレミーが歌っているのは以下の6曲です(Part 5より)。[ ] 内には歌っている人の名前が記されています。

Vicarage Tea [Jeremy Brett, Stephanie Voss, Phillada Sewell]
Be Not Afraid [Jeremy Brett, Stephanie Voss]
Beyond These Narrow Streets [Stephanie Voss, Jeremy Brett]
A Boy Called Johnny [Jeremy Brett]
Stormy Evening [Jeremy Brett, Stephanie Voss, Phillada Sewell, Bunny May]
Finale [Jeremy Brett, Boys and Girls]

今回のCD発売にあたっては、先日「『Marigold』と『Johnny the Priest』のCD発売」の追記に書いたように、今まで発表されたことがない上演時の写真が、ブックレットに含まれているそうで、それもとても楽しみです。

今回あらすじを調べて、ようやくどんなことを歌っているか、少しは推測できるようになりました。歌となると、英語を聞き取るのは私には至難の技です。フォーラムでの失敗談(2)「でもそれ英語なんです。」にも書きましたが、下手するとそれが英語かどうかもわからないのですから。

このタイトルの「Johnny the Priest」のPriestは聖職者、司祭という意味で、ジェレミーが司祭の服を着ている写真があったので、最初はジェレミーがJohnnyの役だと思っていました。でもジェレミーが「A Boy Called Johnny」という歌を歌っているのでどうも違うらしいと思っていたのですが、Johnnyは不良少年の名前だったのですから、もうめちゃくちゃです。まあそんなことは知らなくても、歌はとてもよくて、ジェレミーの声はとても素敵で、もうそれだけでも良いと言えるのですが。なお、この「司祭」は結婚していますから、カトリックではなく英国国教会の司祭なのでしょう。

今回の発売サイトではこの作品の視聴はできないのですが、YouTubeにジェレミーの歌声をあつめた映像があります。この中で聴くことができますので、興味があるかたはどうぞ。こちらははじめの2曲がMarigoldから、残りがJohnny the Priestからです。
Jeremy Brett - Highlights from his songs - Part One

こちらは今回の記事には関係ありませんが、Merry Widow とTwiggy TV showからです。
Jeremy Brett - Highlights from his songs - Part Two

RM
11月3日のジェレミーのお誕生日には、たくさんの人からのメッセージがウェブ上に書かれていました。FacebookやTumblrなどをちょっとのぞいて、驚きました。私が出入りしているフォーラムでも、スペインからの人が英語で詩を書いたり(すごいですよね!この前ロンドンに行った時に感じたことを書いたスペイン語の詩を、英語になおしました、ということでした。)中国とポーランドからの人が、それぞれ自分のつくったトリビュート・ビデオへのリンクを書いたりしていました。

私は詩を書くこともビデオをつくることもできませんが、ジェレミーのお誕生日を祝うスレッドに「ジェレミー、お誕生日おめでとう、そしてありがとう。私には世界中にたくさんの素敵な友達ができました」と書きました。メンバーのお誕生日を祝うためのスレッド("Birthday thread")が常時開いているのですが、そこにもジェレミーへのメッセージが書き込まれていました。ジョーンへのお誕生日メッセージがまだ書かれていなかったので、そこには簡単ですが「お誕生日おめでとう、ジェレミー、おめでとう、ジョーン」と書きました。ジェレミーとジョーン(Joan Wilson; ジェレミーの二度目の奥様)は同じ11月3日生まれです。

メッセージの中で私がとても好きだったのは、アメリカからの人が書いたものです。「そちらにいる、あなたの愛する人達と一緒にシャンパンをあけて、お祝いしてくださいね」と書いて、ジェレミーの伴侶と友人の名前、ご両親、ご兄弟をあげた後、「あなたのお母様に私たちのかわりにキスをしてくださいね、あなたを生んでくださったのですもの」と結んでいました。

それを読んで、ジェレミーがお母様にキスをしてしっかり抱きしめている様子がこころに浮かびました。亡くなる頃のジェレミーの姿と、お母様が亡くなった頃(1959年)の20代のジェレミーの姿が重なってお母様を抱きしめていて、さらに、小さなジェレミーが小さな手でお母様に抱きついているところ、赤ちゃんのジェレミーをお母様がやさしく抱いているところが重なりました。亡くなる時にはたくさんの心象風景が夢のように流れていくのではないかと思っていますが、このあたたかさもまた、ジェレミーのこころのなかに流れていったのではないかと感じて、私には大切なイメージとなりました。


ジェレミーのお母様については、以前この記事でふれました。
母、Elizabethのこと;Quaker

また、ジェレミーの子供の頃のことと写真、ジェレミーが生まれ育ったおうちについて、りえさんが紹介してくださっています。下のアドレスから6ページにわたっています。
The Grangeでの生活

こちらのファンフォーラムにも、お母様単独のポートレートも含めて、ジェレミーの子供の頃の写真があります。
JB Childhood photos

RM
今日11月3日はジェレミーのお誕生日ですね。1995年9月3日に放送されたラジオ番組"The Week's Good Cause"を先日ご紹介した時からずっと書きたいと思っていた、ジェレミーの最初の奥様Anna Masseyの言葉を今日は引用したいと思います。Anna(アナ)の自伝「Telling Some Tales」からです。なお、Annaについては以下の記事でふれています。
Anna Masseyの自伝と、Penhaligonのバスオイル
Anna Masseyに感謝したいこと
Anna Massey(亡くなった時に書いた記事です)

これはジェレミーが亡くなった時のことです。お誕生日にはふさわしくないと感じる方もいらっしゃるかもしれません。でも考えてみれば、生まれることと死ぬことというのは、人にとって何と大切なできごとなのでしょう。

心うごかされるお葬式で、ジェレミーの親しい友人は皆集まり、彼がどんなにすばらしい人だったかを誰もがあらためて感じた。病のためにジェレミーの行動が普通ではない時でさえ、一緒にいると誰もが気持ちが安らいで、あたたかさを感じた。躁鬱病はとても重いものだったので、自分で制御がきかなくなることがあった。しかし病の間にわたって、友達は誰一人としてジェレミーの元を去らなかった。これはジェレミーが持つすばらしい魅力をはっきりとあらわしている。

The funeral was a moving occasion, and all Jeremy's close friends came, and one realised what a lovely person he was. People had found comfort and warmth in his company, even though at times he behaved most strangely, for his manic depression was so severe that there were periods when he went completely out of control. But throughout all his troubles not one friend had deserted him. This must illustrate the magnetic qualities that he possessed.


ジェレミーが"The Week's Good Cause"の放送の中で「私自身も躁状態の時に、まわりの人を当惑させたり困らせたりするようなことをしてきました。」と言ったように、ジェレミーの病は決して軽いものではなかったようです。
The Week's Good Cause (1995) その3

ジェレミーの友人や知人が、症状が出ている時のジェレミーの状態についてどんなことを言っているか、本や記事から引用しようとしていました。でも何よりも、ジェレミーの最初の奥様であるアナの言葉がすべてを語っているように思えて、これを書きたいと思いました。ジェレミーという人とその生涯を、短い言葉であらわしているように思えたからです。病の時でさえ、内からあふれでるあたたかさを誰もが感じられた人、そういう人だったのでした。

あなたのこの世での旅路は、あなたにとっても周りの人にとっても、すばらしいものでしたね。そして亡くなってからも。Happy birthday, Jeremy.

RM
「MUST CLOSE SATURDAY RECORDS」というイギリスの小さいレコード会社からのお知らせメールが、数日前に届きました。ジェレミーが出演しているミュージカルのCD2枚を発売しました、というのです!

こちらがそのレコード会社のトップページです。トップページには現在はジェレミーのCDのお知らせが掲載されています。CDのタイトルは「Marigold」と「Johnny the Priest」です。
"Our TWO NEW RELEASES both starring JEREMY BRETT"

「Marigold」については以前書いたことがありますが、このアルバムは1959年と1981年にLPとして発売され、その後長く絶版でしたが、2010年6月にダウンロード専用アルバムとして本当に久しぶりに発売されました。以前私が書いた記事はこちらです。
ミュージカル「Marigold」(1959)のアルバム
ミュージカル「Marigold」(1959)のアルバム(続き)

今回のものはCDの装丁(という言い方であっているのでしょうか?)も含めてLPの復刻版といった感じのようで、ダウンロード専用アルバムには含まれていなかった曲が13曲含まれています。ただしこれは「Marigold」の中の曲ではなく、「MELVILLAINY」というレビューの中の曲のようで、おそらくジェレミーは参加していないと思います。中にブックレットが入っているといいなあ、と思っていますが、それについては何も書いてありません。レコード会社のウェブサイトでの、このCDについての説明のページはこちらです。
http://www.must-close-saturday-records.co.uk/html/Marigold.htm

もう一枚の「Johnny the Priest」についてはあらためて書きます。また、このレコード会社からメールでお知らせがあったのは、1969年の12月におこなわれたNoel Coward (ノエル・カワード)の誕生日コンサートを収録したCDを昨年購入したからです。このCDにはジェレミーの歌が一曲入っています。これについてもまたいつか書きたいと思います。

なお、「Marigold」と「Johnny the Priest」の2枚のCDは、英国アマゾンでも取り扱いがあります(今のところ、日本のアマゾンでは取り扱っていません)が、アマゾンからの注文の方が慣れているので良いといういう方以外は、少なくとも現在の値段ではレコード会社からの直接の購入の方が安いです(レコード会社からの購入では、送料1.50ポンドとあわせて2枚で21.48ポンド、1ポンド128円として日本円で2749円です)。カードおよびPayPalで購入できます。

英国アマゾンのページはこちらです。
http://www.amazon.co.uk/dp/B005UWWENO/
http://www.amazon.co.uk/dp/B005UWWERK/

追記:あらためて今調べたら、日本のアマゾンでも取り扱いを開始するようです。12月発売となっています。1826円です。「Johnny the Priest」は今のところ取り扱いがありません。
http://www.amazon.co.jp/dp/B005UWWENO

こうして「新しい」ジェレミーのCDが今でも発売されるのはうれしいです。昨年のダウンロード専用アルバムの発売時には、こういうのも今風でおもしろいなあと思いました。その時が私にとっては、音楽ファイルをネットで購入するはじめての経験でしたから。でも今回こうしてCDが発売されると、やはり形あるものとして手元に届くこと、目にみえるものとしてあることはまた格別だと思って、うれしくなりました。もっとも、アルバムという形で聴くこと、CDの形で手元におくことに特にこだわらない方は、ジェレミーが歌っている3曲をアマゾンからMP3ファイルとしてダウンロードするのが一番安価で、3曲で300円です。ただし今回のCDのみに含まれるトラックにジェレミーの歌が入っているかは、まだ確認していません。到着したらまたご報告したいと思います。

ジェレミーは「Marigold」ではロマンチックな曲を歌っていて、とても素敵です。あ、元気でちょっとコミカルな曲もありました。もう1枚の「Johnny the Priest」が社会派のミュージカルであるのに対して、これは古き良き時代の肩の凝らないミュージカル、と言えるでしょう。試聴なさりたい方は、今回のCDアルバムには視聴コーナーがないのですが、以前のダウンロード専用アルバムのサイトで聴くことができますので、私の以前の記事をどうぞ参考になさってください。

RM

追記2:書くのを忘れていましたが、「Johnny the Priest」については"The booklet contains never before published photographs of the original production." (今まで発表されたことがない上演時の写真が、ブックレットに含まれています)とのことです。わーい!

追記3:この時点では "Johnny the Priest" はイギリスのアマゾンだけで、アメリカでも日本でも取り扱われていませんでしたが、今日(11/30)改めて調べたら、アメリカと日本のアマゾンでも"Johnny the Priest" の販売が開始されました。下記アドレスは日本のアマゾンです。
http://www.amazon.co.jp/dp/B005UWWERK

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

全ての記事を表示する

07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08 

QR