Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

先日221Bの居間にかかっているゴードン将軍の絵のことを話題にした時に思い出したことを書きます。暖炉の上には、ライヘンバッハの滝を描いたのではないかと思われる絵があるのは、皆様ご存知ですよね。これは放映第一作の「ボヘミアの醜聞」の時からかかっています。ライヘンバッハの死闘の後にこの絵がかけられたのならばわかるけれども、いったいどうしてかしら、と以前から思っていました。(ちなみに「空き家の怪事件」でホームズが3年ぶりにもどってきた時、この絵の縁(ふち)にはホームズの「死」を悼むように、黒い布がかけられていました。)

そうしたら、プロデューサーだったMichael Coxが書いた "A Study in Celluloid"にこのような記述がありました。

(第一版の18ページ)
[...] there was one departure from tradition: instead of a mirror over the fireplace, Mike chose a large engraving of a Swiss mountain torrent. His theory was that Holmes loved terrain of that kind and had a premonition that it would have a significant influence on his career.

(221Bの調度には)一つ、それまでの伝統からははずれたことがあった。Mike(註:221Bのデザインを担当したデザイナーMichael Grimes)は暖炉の上にかけるものとして鏡ではなく、スイスの山から激しく流れ落ちる滝の版画を選んだのだ。ホームズはそのような地形を好んでいて、このような場所が自分の探偵としての経歴に重要な影響を及ぼすという予感を感じていた、というのがMikeの考えだった。


面白いですね。ジェレミーが、ホームズは直感にすぐれている、と何度か話していたことを思い出します。撮影が始まる前にデザイナーも、ホームズは自分の将来について、漠然とでも何か予感を感じていた、と想定していたのですね。直感と予感はまったく同じものではありませんが、ホームズは単なる頭脳と論理の人ではないと思っていたという点では、一致しています。

"A Study in Celluloid" にはジェレミーがMikeと肩をくんで、Mikeの方をみて快活な笑みをうかべている写真があります(4人でうつっている写真です)。まだ221Bの建物と部屋をつくっている頃の、撮影開始前の写真です。

ご存知のように、ジェレミーは221Bの部屋をとても好きでした。そしてインタビューでもMikeの名前も何度かあげていたと思います。David Stuart Daviesは、ジェレミーとグラナダシリーズの話をすると、グラナダのスタッフやクルーの名前が次々に出てくる、と書いていました。ジェレミーは一緒に働く人達とその仕事ぶりを、とても大切にする人だったと思いますし、"A Study in Celluloid" にもそのような記述があります。

グラナダシリーズは、たくさんの人の情熱が幸福な形で実を結んだ作品でしたね。当然、この絵を暖炉の上にかけることについても、デザイナー、プロデューサー、そして主演俳優の間で相談と議論があったはずです。221Bの内装に込められたバックストーリーと、ジェレミーのホームズに対する理解とが重なって感じられて、あの絵もまたいっそう印象深いものになりました。

RM
ジェレミーの初代ワトスン、David Burkeは1934年5月25日生まれです。78歳のお誕生日おめでとうございます。

1972年のTV Timesの記事によれば、デイビッドはもともと俳優志望だった訳ではなく、たまたま俳優になったそうです。

"David―actor by accident" TV Times, 1972
http://www.britmovie.co.uk/forums/showthread.php?t=107521&p=1975485&viewfull=1#post1975485

大学に入ったときは将来何になりたいという確かな夢はまだなくて、でももの書きになりたいと何となく思っていたようです。1972年のこの記事の時にもまだ、ものを書く人になりたいと言っていますね。ただし、「書きたい」といつも言いながら実際には何も書かない、というタイプの人間の一人だ、とも言っていますが。

大学時代に少し演技をする経験をしたことがきっかけだったようです。子役から出発したEdward Hardwickeや、子供の頃にローレンス・オリヴィエの映画をみて俳優をこころざしたジェレミーとは、また違った出発点だったのですね。

奥様ともども、お元気でご活躍です。あ、息子さんのTom Burkeは、今年も7月からThe National Theatreの舞台に立ちます(The Doctor's Dilemma)。Tomのことを思うと、Tomの名前をジェレミーがにっこりしながら口にしていたインタビューを、いつも思い出します。こちらがThe National TheatreのサイトでのTomのページ。写真も素敵です。どちらかというと、お母さま似でしょうか。
http://www.nationaltheatre.org.uk/70197/company-members/tom-burke.html

Tomの代父(教父、godfather)はAlan Rickmanで、Alanが演出した“Creditors"で2008年に賞を得ています。その時のインタビュー記事にもいい写真がたくさんあります。インタビューで話していますが、受賞を知らせてくれたのはお母さまのAnna Calder-Marshallだったそうです。
Award-Winning Actor Tom Burke in "Creditors"

その"Creditors"の、記者向け発表会の夜の親子3人です。
http://wooller.com/sites/wooller/gallery/10937/DW_creditors_2427.jpg
こちらではTomがAlan Rickmanと一緒にうつっています。Alanもいい表情ですね。Anna Masseyの友人でもありました。Annaのお葬式で追悼の言葉を述べたそうです。
http://wooller.com/sites/wooller/gallery/10937/DW_creditors_2419.jpg
こちらは2010年のTomの写真。"Design for Living"の記者向け発表会の夜のパーティです。The National Theatreでの芝居でした。共演したAndrew Scottも一緒にうつっていますが、彼はBBCのSHERLOCKでモリアーティを演じましたね。
http://wooller.com/sites/wooller/gallery/11390/DW_design_for_living_6223.jpg

さて、Davidにもどります。DavidのThe National Theatreのサイトでのページはこちら。この写真も(以前ご紹介しましたが)いいですよね。本当におかわりない、あの茶目っ気のある笑顔。
http://www.nationaltheatre.org.uk/35889/company-members/david-burke.html

こちらはDavidがThe National Theatreに出演した時の写真。2008年の"Afterlife"です。堂々とした姿です。
http://theatre.wooller.com/sites/wooller/gallery/10869/DW_afterlife_1434.jpg

以前ご紹介したように、Davidは舞台でもそして映画でも現役です。オランダのコマーシャルでも。
David Burkeの近況;お芝居と映画
David Burkeが出演しているオランダのコマーシャル

そして更新はとまっていますが、Davidのファンサイトです。
DAVID BURKE: The Unofficial Fansite

ジェレミーとデイビッドの大好きな写真はたくさんありますが、以前「ウェブサイト "Jeremy Brett Information" のご紹介(7)ホームズ撮影舞台裏の写真」で載せたこの背広姿の写真、大好きです。

JeremyDavid.jpg
http://jeremybrett.info/behind/imgpages/image013.html

そしてホームズとワトスンとしての写真もたーくさん好きなものがありますが、多分ちょっと珍しい写真として、こちらをあげましょう。半年くらい前にTumblrに投稿されたものです(投稿者のアドレスは失念してしまいました)。ね、二人してこちらをみているので、少しどきどきしちゃいますね。しかもホームズは流し目(という表現も違う気がするけど、他に知らないので...)。この写真はすごーく好きです。
HolmesWatson.jpg

うわあ、なんかリンクもいっぱい、写真もとっておきのものという、力が入った記事になりました(って自分で言ってどうする...)。
デイビッド、どうぞいつまでもお元気で!

RM

昨日の記事を読み返して言葉足らずの気がして、何だかいろいろと補足したくなってきました。いえ、思い過ごしで、そんな必要はないのかもしれませんが。

一つは、私はジェレミーがいつも重圧に苦しんでいたと考えているわけではない、ということ。ジェレミーは新しいことに挑戦するのが好きで、演じることを楽しみ、俳優を天職と考えていた、と思っていて、多分それはここを読んでくださる多くのかたも同様に思っていらっしゃるでしょう。だからこそ、昨日のあの部分が私のこころに残ったのです。ひとにはさまざまな面があって、あれもまたジェレミーの一面なのだろうなあ、と思って。

もう一つは、ジェレミーがオイディプスを演じたオーディオブックについて。耳で聴いてほとんど理解している、という訳ではまったくなくて、ソフォクレスが書いた悲劇「オイディプス」を大学時代に読んだので推測がつくだけで、私の英語の理解はまったくお恥ずかしいものです。ただ、ジェレミーの他のオーディオブックはシェークスピアが多いので、それに比べれば、フランス語から現代英語に翻訳した「地獄の機械」の方がまだわかる、という意味でした。

なんか、今日はよくわからない記事を書いてしまったので、おまけ(?)として、ジェレミーの優雅に踊るような筆跡のカードをおみせしましょう。eBayに出品されていたものです。クリックで少し大きくなります。(ごめんなさい、クリックでは大きくなりません。)この2つの「S」と「J」の並びがなんとも美しいですよね!


RM
先日ご紹介したこのインタビューの中から、もう少し書きたくなりました。今までの記事はこちらです。
大病の後に;インタビュー記事 When the lights went out (1990) より
インタビュー記事 When the lights went out (1990) 中の写真

ジェレミーの演技、特にホームズの演技をみていると圧倒されるような存在感と輝きなので、才能とカリスマ性を持った俳優として順風満帆の人生を送ってきたように思えますが、実際には多分そうではなかったのでしょう。1989年におこなわれた、The Black Box Clubのインタビューで、自分の俳優人生を振り返って一言で言うと?とインタビューアに問われて、"I have been incredibly lucky" 「本当に幸運でした」と答えています。いつかご紹介しましょう。それは、幸運に恵まれて何の障害もなかった、という意味ではなく、俳優としてはもう駄目かと思ったが、まわりの人にも助けられてここまで来た、という内容でした。いくつもの話が同時に来て、どれを承諾して演じるか選ぶことができるような、そんなことはまったくなくて、いつも自分から出て行って仕事をさがしていた、とも言っていました。今日ご紹介する部分でも、俳優であろうとすることの重圧について話しています。

妻の死とホームズを演じることの重荷で病に倒れてしまった、と話した後からで、一部省略して訳します。自分はこの役をやっていけるのか、失敗することで俳優としての道を絶たれるのではないか、という重圧を感じていたのですね。そしてジェレミーは演じることが大好きである分、人並みはずれた努力をしたのだと思います。

「心の重圧は何よりもまず、自分は俳優なのだ、と自信を持って思うことができなかった、ということと関わっていました。私は有名な軍人の父と、アイルランドのクエーカー教徒の母との間に生まれたのですが、どうしたらこの二人から俳優が生まれる計算になるのかわかりませんでした。私が自分の俳優としての能力を信じられるようになるには、とても長い時間がかかりました。」

子供のころ舌癒着症で、手術を受けるまではRとSがうまく発音できなかったことも、俳優としてはやっていけないのではないかと彼に思わせた。「『言葉を語ること』を仕事としているのが、ただ信じられなかったのです。ベオグラードでThe National Theatreの芝居に出ていた時、ある朝目が覚めた時に『僕は俳優なんだ』と思ったのを覚えています。でもそう思えるのは本当に稀なことでした。

「僕がホームズの役を演じないかと打診された時、失敗するに違いない、と思ってとても暗い気持ちになりました。それまでにあんなに多くの人が見事に演じてきたのに、僕に何ができるでしょう?」

ブレットはホームズ役をひき受けることを決意して見事に演じ、広く賞賛された。



最近、ジェレミーがギリシャ悲劇のオイディプスを30代で演じたオーディオブックのLPを手に入れて、聴いています。ジャン・コクトーがオイディプス悲劇を元に書いた「地獄の機械」のオーディオブックです。「おまえは父を殺し、母と交わって子をもうけるだろう」という神託のままに、地獄の機械の歯車がまわって圧倒的な悲劇の結末へと進んでいくオイディプス、しかも最後の時が来るまで、歯車が止めようもなく回っていることを知らないこのオイディプスを演じる、ジェレミーの声と表現のすばらしさ。英語を母語とする人ならはるかにそれを感じられるでしょうが、私でもジェレミーの演技に息を飲み、魅了されます。19歳の若者の時から、自らの目をつぶして、娘にともなわれて絶望のうちに放浪する最終場面まで。(シェークスピアよりはわかりやすい英語です。でもこういう時は特に、英語母語話者をとてもうらやましく思います。)

そのジェレミーが、「自分は俳優なのだ、と自信を持って思うことができなかった」と言っているのに驚くとともに、俳優であること、芸術家であるということは時になんとむずかしく、有り難い(有ることが難い)ことなのだろう、と思います。そしてジェレミーに出会って、その演技と芸術を味わうことができる有り難さを思います。

RM

追記:言葉が足りなかった気がして、翌日こちらに少し書き足しました。
昨日の記事の補足と、葉書
フォーラムのメンバーが教えてくれたのですが、David Stuart Daviesが自身のTwitterに、Edwardを偲んで写真をのせて下さっています。こちらがそのtweetです。
https://twitter.com/#!/DStuartDavies/status/202834391620259841/photo/1

写真はクリックすると大きくなります。

"Dancing in the Moonlight" 出版の時に撮られたもので、右側がDavid Stuart Daviesです。この同じ写真か、同じ時に撮られた写真をどこかのウェブサイトと、そしてそれを引用したフォーラムで見た覚えがあるのですが、これよりずっと小さい写真でしたので、大きな写真であらためて見ることができて喜んでいます。そしてDavidがEdwardをとても好きなことは本を読んでいてもわかりましたが、1年目のご命日にこうして写真とともにtweetして下さったことをうれしく思いました。

以前この写真を紹介していたフォーラムで誰かが、Edwardは今もホームズの(そしてジェレミーの)良き友として、ジェレミー・ホームズを指差していますね、と書いていました。ジェレミーもよく、指差す仕草で写真にうつっていたのを思い出します。

私はTwitterはアカウントを持っていないし仕組みもよくわかっていないし、どんなtweetがあるかを追いかけることもまったくしていないのですが、フォーラムのメンバーが言うには、Edwardの思い出を語り偲ぶtweetがシャーロッキアンの間で流れていたそうです。

RM
Edward Hardwickeが亡くなってから、もう1年たつのですね。5月16日がご命日です。

先ほど「グラナダシリーズのblooper(間違い、へま)その4」を記事としてあげた時には今日がご命日であることに気づいていませんでしたが、その4ではホームズとワトスンの再会を描く「空き家の怪事件」を話題にしていました。エドワードのワトスンがジェレミーのホームズと再会して、生涯はじめて(そしておそらく最後に、と書いていましたが)気を失う場面、ジェレミーはエドワードの演技にこころうたれた、と言っていました。

ブランディのおかげで気がついたワトスン。
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しっかりとホームズの腕をにぎります。
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そしてこの言葉とこの笑顔。"When you like, where you like."
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ありがとう、エドワード。

RM
いやあ、その4まで来るとは思っていませんでした。楽しく書いています。今までの3回はこちらです。
グラナダシリーズのblooper(間違い、へま)その1
グラナダシリーズのblooper(間違い、へま)その2
グラナダシリーズのblooper(間違い、へま)その3

多分、「その4」でいったん一区切りとすると思います。今回は「その3」とは別のアメリカからのメンバーが指摘したものです。

「空き家の怪事件」でホームズは3年ぶりに221Bにもどって自分の寝室に入り、ハドスン夫人を「気絶せんばかりに」びっくりさせます。ハドスン夫人を軽く抱きよせて背中をぽんぽんと叩いてあげる、あのシーンを思い出しますね。この後ホームズは、懐かしい居間に入ります。この場面です。

EmptyHouse2.jpg

ホームズの後ろの壁には、上が画面から切れていますが、ゴードン将軍の肖像画がかかっています。これはシリーズ最初の放映の「ボヘミアの醜聞」の時からあった絵ですから、皆様もおなじみでしょう。原作では「ボール箱」にこの絵に関する記述があります。

さて、同じ日にホームズは古本屋の主人としてワトスンの医院を訪れます。ワトスンの書斎に入ったところです。

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後ろにゴードン将軍の肖像画がみえますね!この肖像画が同じ日にベーカー街からワトスンの医院に移動する「へま」が起きたという指摘です。

さて、これがblooperか否かです。結論を先に言いますと、私は「否」と言いたい。ワトスンがホームズとのベーカー街での日々を懐かしがって、同じゴードン将軍の肖像画を購入したのではないでしょうか。この絵はおそらく一点ものではなく、石版画か何かのはずですから。扉をあけて入ってすぐの右側の壁という、部屋の中の対応する位置に同じ肖像画をかかげたワトスンをいとしく思います。

そういうわけで私の想像ですが、撮影班は小道具として同じ肖像画を額ごと流用したのではなく、ワトスンが新しく購入したことを考えて、別の額に入れて用意したのではないでしょうか。

それでは今日のblooperは何かというと、同じ人が指摘したこちらです。

EmptyHouse5.jpg

これもワトスンの医院の書斎での場面です。ワトスンの後ろに絵がかかっています。実はこれと同じものが、殺された男の部屋にもかかっている、というのです。ワトスンが検死に来るのをレストレードが待っていた、あの部屋です。本当でした。もちろんこの絵がロンドンで流行していて、偶然どちらにもあったという可能性もありますが、それは低いと思ってよいでしょう。

これは気がつきませんね!小道具係もこちらに関しては、まさかそんなことに気がつく人がいるとは思わずに、同じ絵をかけたのでしょう。グラナダシリーズのスタッフの皆様、こんなに注意深く画面をみている人と、それを楽しんでいる人が、制作後20年以上たってもいることをどうぞ喜んで下さいね。

RM
グラナダシリーズに見られる「へま」をご紹介する3回目です。以前の2回はこちらです。
グラナダシリーズのblooper(間違い、へま)その1
グラナダシリーズのblooper(間違い、へま)その2

今日ご紹介するのは、「編集でカットされなかったblooper」というスレッドを最初に作ってくれたアメリカからのメンバーが書いたうちの一つで、これも「blooper」と言えるのね、と思ったとてもおもしろいシーンです。「へま」というよりは、「シナリオにない出来事がおきた」というべきでしょう。そしてジェレミーが見事にホームズとして対応した、という一瞬です。

「ギリシャ語通訳」の終盤、列車の中で犯人一行をさがしだして対決するところは原作にはなく、グラナダ版で付け加えられたもので、名場面がたくさんありますよね。列車のシーンの最初の方で、検札に来た車掌にホームズが、こういう乗客はいるか、とたずねると、車掌はホームズの役にたてるのがうれしくて、目を大きく見開きながらうれしそうに答えはじめます。ワトスンは、ホームズが会ったこともない犯人一行の様子を描写するのをきいて、何ともいえない表情です。その時たまたま通りかかった乗客に車掌が「チケット拝見」という間、話が中断します。ホームズはワトスンの方を「みつかった、さあこれからだな」というふうに見やります。

Greek_1.jpg

車掌とホームズが中断した会話を続けようとした時、列車がゆれて車掌の帽子のひさしがホームズの額にぶつかります。ぶつかった瞬間ホームズは目を白黒させて、それから少し上を仰ぎ見て、「まったく!」というような顔をします。これがそのシーンです。

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帽子がぶつかったのは多分台本にはないできごとで、たまたま車掌がホームズの方に顔を寄せたのと同時に列車がゆれたので、こういうことになったのでしょう。だから「blooper」という訳なのです。

でも投稿した人が書いていますが、ジェレミーがジェレミーとしてというよりもホームズとして、「キュートに」(と彼女は描写しています)目をまわして対応したのが素敵ですよね。彼女の家では頭と頭がぶつかったり、顔に帽子がぶつかることを、冗談で「シャーロック」する (doing a 'sherlock'、シャーロックる) と言うのだそうです。

これで思い出したのですが、同じ「ギリシャ語通訳」の中で、ホームズとワトスンが二人で歩く先を街の子供達が走っていて、一番後ろの男の子がつまづいて転んでしまったのを、ホームズがさっと手をのばして男の子の手をとり立たせてあげて、ワトスンも手を添えて、その子は駆け去るシーンがありましたね。

Greek_3.jpg

子供が演技であんなにうまく転べるとは思えないので、あれも台本にはなかったと思うのです。ホームズとワトスンはとても素敵なさりげなさでした。(そしてあの子も、転んだ後に片足を押さえ押さえ走り去る姿が実に自然で見事でした!この後ジェレミーに、立派な俳優だ、とすごくほめられたんじゃないかなあ、"A Month In The Country”の13歳の少年のように。)ジェレミーは、ホームズは子供が好きなのだ、と言っていました。あのさりげない自然な仕草はホームズとしての仕草なのだと思います。そしてその後、ホームズはワトスンと話しながら、子供達の集団に向かって軽くにっこりします。

ジェレミーは自分は「becomer」だといつも言っていましたが本当にそうで、カメラが回っている時はいつもホームズなのですね。本当に多面的で魅力的なホームズです。

RM
グラナダシリーズに見られる「へま」をご紹介しています。前回思いがけず拍手をたくさん頂けて喜んでいます。「その1」はこちらでした。
グラナダシリーズのblooper(間違い、へま)その1

今回のものは、よくもまあ気がついたものだ、という「へま」。「青い紅玉」の、ハドスン夫人に起こされた後のホームズのあの場面です。紙巻き煙草を口にくわえ、火をつけようとマッチを手探りで探す。ベッド脇の小さな机の上の灰皿には、前の夜に吸ったのでしょう、吸い殻が。でもその吸い殻はフィルター付きのタバコのものだ、というのです。これは中国からのメンバーが教えてくれました。

BlueCarbuncle1.jpg

どういうことかしらと思ったら、この頃はフィルター付きの煙草はなかったはずだ、というのです。調べたら、紙巻き煙草のフィルターは1927年から製造がはじまったそうです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Cigarette_filter

そう言われてみれば、ホームズがくわえた煙草にはフィルターがありません。ということは、この吸い殻は小道具として用意されたものではなく、多分ジェレミーが撮影の合間に吸った煙草のあとですね!

この煙草のシーンはジェレミーの発案だということはよく知られていますが、吸い殻もジェレミーの私物(!)とは、なんだか笑っちゃいます。

これを教えてくれた中国からのメンバーに私は親近感を持っていて、美的センスが鋭くて個性があるところ(今のフォーラムや、私は参加していないフォーラムで使っているアバターがとてもきれいです)、blooperもそうですが、細かいところによく気がつくこと、他の人の投稿に讃辞や同意の言葉を惜しまないこと(私の投稿にも、よく「ありがとう」と言ってくれます)、思いやりと茶目っ気があるところなど、とても好きです。最近投稿がないので寂しいのですが。

いかがでしょうか、皆様もお気がつきにならなかったでしょう?だって、あのシーンでジェレミー以外をみるなんて、できませんよね。投稿してくれたメンバーも、ナイトシャツとその中身(!)の方が大切ですよね、と笑っていました。

RM
blooperという単語、英語圏の掲示板を見に行くようになるまでは知りませんでした。これは手元の辞書では
(1)(ラジオ、テレビ放送でアナウンサーの)間違い、とちり、へま.
(2)(一般に)間違い、失態、どじ
とあります。

グラナダシリーズの間違いやへまをとりあげて皆で楽しもうというスレッドは、以前に参加していたフォーラムにも今のフォーラムにもたてられています。大別すると、「こんな大きなへま、なぜ今まで気がつかなかったのかしら」というのと、「こんな一瞬のへまに気がつく人がいるなんて!」というのと二つがあって、そしてごくごくたまに、「私、これはblooperじゃないかと思っていたけれど、でも誰も言わないので勘違いかなと思っていました」というのがあります。今日は1番目のグループに入るものをご紹介しましょう。

これは「ノーウッドの建築業者」から。ドイツからのメンバーが指摘したもので、現代の暖房器具が画面にみえる、というのです。

NorwoodBuilder2.jpeg

どうですか、皆様は気がついていらっしゃいましたか?私はまったく気がつきませんでした。彼女が言うには、ホームズに気を取られて気がつかないんですよね、とのこと。まったくそうです!言われてみればホームズの頃の暖房にはみえませんね。

「修道院屋敷」での電気コードは、Michael CoxがA Study in Celluloidに書いたこともあって有名ですが、こちらの方がはるかに大掛かり、でも今まで指摘したのをきいたことがありませんでした。

もちろん、この「へま」を非難しているのではなくて楽しんでいるのです。撮影スタッフもジェレミーも一生懸命で、でもこうしてちょっとした間違いがおこるのですね。

RM
昨日の朝、イギリス時間では5月1日に、"Posthumous BAFTA for Jeremy Brett (BAFTA4JB)" のFacebookにBAFTA4JB事務局からの残念なニュースが書き込まれました。1月末のBAFTA(英国映画テレビ芸術アカデミー)の会議で、今回の請願についての討議がされたそうですが、理事会は最終的に、すでにこの世を去った人には賞を贈らないという方針をくつがえさないと決定したそうです。

(生前ホームズの演技で何の賞も受けなかったジェレミーにBAFTA賞を、という活動のこれまでについては、以下の「ジェレミーにBAFTA賞を!」のカテゴリの記事をご覧ください。)
http://upwardjb.blog112.fc2.com/blog-category-5.html

BAFTA4JBの公式ウェブサイトでの今回の発表はこちらで読めます。
http://www.bafta4jb.com/2012/05/no-bafta-for-jeremy-brett/

その後、記念植樹の話などがFacebookに出ていてまだ動きがあるようですし、今は事務局も忙しいと思いますので、もう少し待ってから文章を翻訳転載する許可をお願いしてみようと思っています。

本当に残念です。でも上記の発表にもありますが、この活動をする中で、ジェレミーと、ジェレミーがなしとげたことがあらためて世界中で認められたと感じています。本当に多くの国の人達から署名が集まっていました。そして、このブログを通じて署名をして下さった皆様に、心から感謝申し上げます。りえさんのブログ、ナツミさんのブログ、そして「シャーロック・ホームズの世界」のmixiでも告知をしていただきました。近いうちにそれぞれのブログのコメント欄への書き込みや主催者へのメッセージで、この残念なニュースをご報告させていただくつもりです。

ジェレミーの仕事仲間のお名前を多くみたこと、ジェレミーの3人の子供もまた署名をなさっていたことなど、こころに残ることがたくさんありました。今は亡きエドワード・ハードウィック、ジェレミー・ポールの署名もありました。

この活動のことをお知らせしたいというのは、このブログをはじめるきっかけの一つでした。受賞がかなわなかったのは本当にかなしいのですが、活動の広がりや、ジェレミーの知人友人などの支援の言葉にわくわくして、こちらに記事を載せた時の気持ち、遠くの思いがけない国の人からの署名や、日本からの署名を署名簿にみた時のうれしい気持ちは、大切にこころの奥にしまっておきます。

どうもありがとうございました。

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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