Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

「海軍条約事件」で、ホームズがハドスン夫人に花をささげる場面は、受け取るハドスン夫人の優雅な仕草とかわいらしい笑みと共に思い出す、印象的な一こまです。最近のフォーラムで、ホームズの中にジェレミー自身の姿を直接的に強く感じるシーンはどこですか、という問いかけに対して、この場面をあげた人がいました。花を胸ポケットにさして、その花をハドスン夫人にささげるというのは、ホームズというよりもジェレミーを感じる、と。

NavalTreaty.jpg

この場面は多分、ジェレミーの発案だと思います。そのことにふれた、IMDb上のRosalie Williamsのページに引用されている文章を訳して、以前葉月さんのブログ(at Baker Street)のコメント欄に書かせていただいたことがあります。(葉月さんのブログは残念なことに休止中です。)ここにはその時の文章を、少し修正して再度載せることにします。

IMDb上のRosalie Williams(ロザリー・ウィリアムズ)のページはこちらで、ロザリーはハドスン夫人を演じた女優です。
http://www.imdb.com/name/nm0931600/bio

IMDbでは引用元が書かれていなかったので、葉月さんのところに書かせていただいた時はわからなかったのですが、後にこの雑誌のこの記事から引用していることに気がつきました。

The Memoirs of Mrs. Hudson
Rosalie Williams Remembers Jeremy Brett
Scarlet Street, vol.21, 1996, p.45

以下はIMDb引用部分の訳です。

「ジェレミーは私が演じる場面に、細かな美しい飾りを施してくれたものでした。ハドスン夫人に関してはドイルの原作にはほとんど書かれていないので、ジェレミーはちょっとした素敵なひとこまをよく考えてくれました。たとえばあるエピソードでジェレミーが私に花を一輪ささげてくれた時のように。こんな瞬間がたくさんあって、そういう場面でのホームズをみれば、ホームズがハドスン夫人をとても身近で大切な人だと感じていることがわかったのです。二人がこのような親しい関係であるというのは原作にあったのではなく、このシリーズの中で作り出したものでした。そしてそれはジェレミーと私が心がかよいあった親しい関係だったからできたのです。

もうハドスン夫人を演じることがないのは、本当に本当に寂しいです。彼女がとても好きでした。撮影のセットに入ると私はハドスン夫人で、そこは私の部屋で、すべてがそのようにしつらえられていました。とても容易に、そしてとても幸せな気持ちでハドスン夫人になりきることができました。」



「あるエピソード」としか書かれていないのですが、多分「海軍条約事件」のあのシーンだと思います。

脚本家がドイルから離れようとすると、ジェレミーがそれを元にもどそうと頑張った、というのは、ジェレミー本人も他の人も言っていますが、ドイルにもなく脚本家の元々の台本にもないシーンを、ハドスン夫人役のロザリー・ウィリアムズのためにつくった、というのはとても興味深いと思いました。(この脚本は出版されていますので調べてみましたが、確かに花をおくるシーンはありませんでした。)ジェレミーはただ演じるだけではなく、いろいろな点でとても能動的にこのシリーズに関わったことを、あらためて知ることができますし、共演者とのとても親しい関係も、いかにもジェレミーらしいと思います。ロザリー・ウィリアムズとレストレード役のコリン・ジェポンズのことを、「ながく一緒で、家族みたいなものだ」と言っていました。

そしてロザリーがハドスン夫人を幸せな気持ちで演じていたというのは、映像をみればわかることとは言え、あらためてこうして読むととてもうれしいですね。プロデューサーのマイケル・コックスは、ロザリーは本来はこのような出番の少ない役を演じるような女優ではないのだが、自分とジェレミーのことを知っていて好意を持ってくれていたので出演を承諾してくれた、と"A Study in Celluloid"に書いていました。そのおかげで私たちは、あんなに素晴らしい、ずっと記憶に残るハドスン夫人を得たのですね。そしてハドスン夫人をもう演じることがない、というロザリーの寂しさは、ジェレミーを失ったロザリーの寂しさとかさなって、胸を打ちます。

Scarlet Streetという雑誌の、このロザリー・ウィリアムズのインタビューはもっと長くて、ロザリーがどんなにジェレミーを好きだったかがよくわかりますし、とても知的であり、かつ感情が豊かな人だということを感じることができます。うまく訳せる自信がありませんが、いつか機会があればもう少しご紹介できたら、と思っています。

RM
なんか変なタイトルの記事だとお思いでしょうが、本や雑誌や新聞記事を読んでいると、記憶に頼って書いていた事柄の元々の記述がわかったり、最近書いたことと関係する記事をみつけたりします。あるいはこれについては後日書きたい、というエピソードがみつかることもあります。そういうものを時々書いておこう、という場所です。


Michael CoxがA Study in Celluloidで、ジェレミーに最初にホームズ役の提案をしたのが1981年の秋だ、と言っていたことをこちらのコメント欄に書いたのですが、原文を以下にあげます。

第一版、p.4
Like Dr Watson I have a poor head for dates, but I am reasonably sure that Jeremy and I first talked about Holmes in the autumn of 1981. We met for dinner at a restaurant in Charlotte Street: Jeremy, his son David, Doreen Jones and I.

レストランでジェレミーがマイケルと会った時、息子のデイビッドも一緒だった、というのはジェレミーがよく話していますね。あらためて、この親子はとても仲が良かったのだな、と思います。そして子供としてというよりも、信頼できる一人の大人として、ジェレミーはデイビッドにも一緒に話をきいてほしかったのではないかと思います。


そしてこの記事(暖炉の上の滝の絵;A Study in Celluloidより)で、スイスの滝の絵を221Bの暖炉の上にかかげたことが、単なる論理と頭脳の人だけではないジェレミー・ホームズにもつながっていたのではないか、と書きましたが、The Television Sherlock HolmesにデザイナーのMike Grimesのこんな言葉をみつけました。

第三版、p.119
'The one real liberty we took was the picture that hangs over the fireplace,' he says. 'It's the usual practice to stick a mirror there, but this is actually rather distracting for the actors, and if you are not very careful it will show the film crew and technicians.

'So what I did was introduce a picture of a huge Swiss waterfall which looks forward to the fight at the Reichcnbach. I thought this would be a nice touch and also give Holmes something to contemplate when thinking about what might have happened there. Jeremy Brett thought it was a great joke!'

「ジェレミーはこれを素敵な冗談だと思ったようだった」ですって。うふふ。ジェレミーの反応は、これはこれで面白いですね!「それはいいアイディアですね」と言って、あのまわりにうつる笑い方で、あっはっはと笑ったのではないでしょうか。


それからこの記事(建築中のグラナダスタジオでの写真;The Television Sherlock Holmesより)で、ジェレミーが撮影に持ち込んだのはこの赤い表紙の本でしょうか、と書いたのですが、The Television Sherlock HolmesのDavid Burkeの後書きに、このような文章がありました。

第三版、p.194
Jeremy was determined that the series should succeed, and that it should succeed by being faithful to the original in spirit and in detail. He carried the Complete Stories around like a Bible. When we finished, that book was almost falling apart, so often had it been thumbed through to check a line or a detail of scenery.

ジェレミーは撮影の場所にホームズ全集を持ち込んだと言っています。赤い本は選集ですから、どうも違う本のようですね。確かに選集だと、撮影する作品が含まれていない可能性もありますから。ですからジェレミーが読んだ4冊目のホームズ、ということになりそうです。(13歳の時の課題で ― バルバドスで借りて ― ロンドンの書店で買って221Bの建築現場へ持ち込んで ― 撮影現場に持ち込んで。)

そして、同じこの記事のコメント欄でだいさんが教えてくださったのは、ここのことですね。撮影が終わるころには本のページがほとんどばらばらになっていた、というのは。


こんな感じで、時々「補遺、備忘録」を記していくつもりです。

RM
ジェレミーが生まれて子供時代を過ごしたBerkswell のお屋敷(The Grange)のことは、りえさんのブログでご存知の方が多いと思います。そこへ向かう途中で会った方が譲って下さった本、「Berkswell Miscellany, Vol.5」には「The Grangeでの生活」という一章があって、それをりえさんが訳して下さいました。
The Grangeでの生活

The Grangeに2回いらした時のことも書いていらっしゃいます。
ジェレミー生家 The Grange
ジェレミーの生家「The Grange」 再訪

その時にりえさんがお会いになった現在の持ち主のことは、ジェレミーもインタビューで話していて、以前この記事でご紹介しました。
「私が子供だった頃」

そのお屋敷が現在新たな持ち主をさがしています。このことを知った時、私は寂しい気持ちにおそわれました。りえさんを通じて、今の持ち主がどんな方か、どんな気持ちでThe Grangeにお住まいかを知ったことで、言わば「どこかの誰か」ではなくなったご夫婦がいま家を手放されるということに、時が流れてうつっていくことを感じたからです。

そして、りえさんがどんなお気持ちだろうか、と思いました。現在の持ち主とお手紙のやりとりをなさっていらして、すでに知っていらっしゃるかもしれません。今りえさんのブログは更新がとまっていますが、ネットに復活なさってここに来て下さった時に、このことをお知りになるかもしれません。あるいは今もここに時々来て下さっているかもしれません。どの場合でも、悲しく思われるだろうと感じました。

そんな複雑な気持ちがあって、ここに書くことをためらっていました。

でも今日、街を歩きながら思いました。現在の持ち主のご夫婦は、The Grangeを大切に思いながら住んでいらしたけれども、他の場所で新しい生活をはじめる決心をなさったのでしょう。何にでも始まりがあれば、終わりがあります。そして終わりがあるから始まりがあります。新しい始まりが、ご夫婦に新しい幸せな瞬間を運んでくることを祈っています。そしてThe Grangeを離れた後も、ご夫婦のこころに、そこが懐かしい場所として生き続けることを信じています。ちょうどジェレミーのこころにThe Grangeが生き続けたように。

時は過ぎていくし、それはこころ痛むことでもあるけれども、時が過ぎることは自然の理(ことわり)でもあります。私が生まれ5歳まで過ごした家は、戦前に祖父母が建てた家でした。私がはたちくらいの頃だったでしょうか、祖母はこの家をたたんでマンションに引っ越しました。祖母の胸にはどれほどの思いが去来したでしょう。でも祖母はその思いを胸に、自分でそれを決めて、新しい場所で新しい生活に入りました。

それを思い出した時、The Grangeの持ち主がかわることを、事情を何も知らない私がいたずらに悲しむのではなく、今の持ち主のお二人にとって、新しい生活が幸せなものでありますように、と遠くから祈りたい気持ちになりました。

不動産業者のウェブサイトでの紹介はこちらのページです。
http://search.knightfrank.com/STR120124
美しい写真をたくさん見ることができます。また、View MapをクリックするとGoogle Mapが表示されますので、お屋敷のまわりをGoogle Mapの写真上で歩くこともできます。

なおこのウェブサイトでは、すでに売れた場所は概要のみが紹介されているようですので、持ち主が変わった後は、リンク先はみられなくなるのではないかと思います。

RM
前の記事のコメント欄で、「俳優は一つの型にはめられるのを恐れるようなので、David Burke = Watsonととられるのは現役俳優としてはちょっといやかもしれないと思っていました」と書いた後で、そういえばグラナダ以降にデイビッドがWatsonを演じた「Sherlock Holmesの伝記」ドキュメンタリーがあったし、別のConan Doyleのドキュメンタリーではプレゼンターもつとめていたはずだ、と思い出しました。

そしてエドワード・ハードウィックもグラナダ以降に、映画でコナン・ドイルを演じています。デイビッドもエドワードも、ワトスンやドイルとのご縁が続いたのですね。ジェレミーの2代目ワトスン、エドワードはともかくとして、初代ワトスンのデイビッドも、ということは、もしかしたらご存知ないかたも多いかもしれません。(私もすっかり忘れていました。)それで、今日はそのことを記そうと思います。

それではまずは、デイビッドがワトスンを演じた、「Sherlock Holmesの伝記」の方からご紹介しましょう。

Sherlock Holmes: The Great Detective (1995)
http://www.imdb.com/title/tt0397870/

これはアメリカのA&E Networkというケーブルテレビ局がつくったBiographyという伝記ドキュメンタリーシリーズの中の一つです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Biography_(TV_series)

「シャーロック・ホームズ:名探偵」の回にデイビッドがワトスンとして出演しています。映像データベースサイトのIMDbでは1995年5月22日放映としていますので、ジェレミーが亡くなる前にすでに制作も放映もおこなわれていたことになります。デイビッドとジェレミーの間で何か会話があったかしら、あったとしたらどんなだったかしらと想像しています。

これはDVDになっています。
http://www.amazon.com/dp/B001R60ERA
amazonのページのカスタマーレビューによれば、このドキュメンタリーはPeter Cushingのホームズを集めた、このDVDセットに含まれているそうです。
http://www.amazon.com/gp/product/B001TE6P78

ホームズはもちろん実在の人物ではないのですが、この番組は伝記の体裁をとりながらホームズを紹介し、物語が書かれた背景や、人々がどのようにホームズに魅了されたか(そして今も魅了されているか)についてもふれています。内容はシャーロッキアンであればご存知のことが多いのだろうと思います。でもこの番組がとてもおもしろいのは、デイビッド・バークのワトスンがホームズを語ってくれるところです。

The Sherlock Holmes Society of Londonの集まりで会長が、今日はホームズを実在の人と考えましょう、と言った上で、ホームズについて語ってくれる最良の人としてワトスンを出席者に紹介するのです。それがデイビッドです。デイビッドははじめからワトスンとして話し始めます。「この会にお招き頂いて光栄です。ホームズもここに来られたらよかったのですが、ご存知のように引退して養蜂家になっていますから」と。

前の記事のコメント欄にナツミさんが書いてくださったように、デイビッドはグラナダシリーズでワトスンを演じたことにも、ワトスン以降の仕事にも誇りを持っているから、だからこんなに見事にこんなに楽しそうに、10年後に再びワトスンを演じてくれたのだと思います。

次は、2007年にITVで放映されたドキュメンタリーです。これは残念ながらDVDにはなっていませんし、YouTubeでもみつかりません。デイビッド・バークはプレゼンターとして出演し、ナレーションも行っています。

The Shackles of Sherlock (2007)
http://www.imdb.com/title/tt1148762/

(2013年2月追記:YouTubeにこのドキュメンタリーがアップロードされていたのを、tamaさんに教えていただきました。
http://www.youtube.com/watch?v=51UIDWhCeo4


出演者の中で他に知っている名前としては、David Stuart Daviesがいます。この番組はIMDbによれば、2007年11月17日に放送されています。

そして同じ日にITVで、こちらのドキュメンタリーも放映されています。この2作が放送されたのはSherlock Holmes Weekendという枠だったようです。

Elementary My Dear Viewer (2007)
http://www.imdb.com/title/tt1148759/

これもDVDになっていません。この「Elementary My Dear Viewer」にはデイビッド・バークは出ていませんが、エドワード・ハードウィックが出演しています。その他にグラナダ・シリーズに出演した俳優のRobert Hardy (The Master Blackmailer)、Denise Black (Shoscombe Old Place), Barbara Young (The Three Gables) がシリーズについて、ジェレミーについて話しています。こちらの映像はYouTubeに現在あります。一つ目のリンクは、ジェレミーに関して上記の俳優達が話しているところを取り出したもの、二つ目のリンクは番組全体です。

http://www.youtube.com/watch?v=xlE2ovV0vM0
http://www.youtube.com/watch?v=yazRE6FVlmg

エドワードがグラナダ以降にグラナダ・シリーズやジェレミーを語ったプログラムについては、これ以外に以前この二つの記事中でご紹介しました。
2011年5月22日
Time Shift (BBC) より"A Study in Sherlock" (2007)

エドワードはさらに、この映画でドイルを演じています。
Photographing Fairies (1997)
http://www.imdb.com/title/tt0119893/

これはとてもいい映画だそうです。ポーランドでは何度も放映されているそうで、ポーランドのメンバーがとても好きだと言っていました。ネットで調べてもほめている人が多い映画ですが、現在DVDは購入できないようです。


デイビッドが、そしてエドワードがグラナダ以降にもドイルに関わってきた歴史をたどってみました。ワトスンを演じたことが、俳優としての二人にとって大切な財産だったのだろう、とうれしく推察するともに、私たちにとってもなんと大きな贈り物だったのだろう、とあらためて感謝と敬愛の気持ちをいだきます。

RM
グラナダ・シリーズで初代ワトスンを演じたデイビッド・バークは、今も現役で活躍していらっしゃいます。そのデイビッドのインタビュー記事、しかもホームズの映像作品について話している記事が昨日ネットに載りました!フォーラムのメンバーが教えてくれました。

何がうれしいって、デイビッドの今の声がきけることです。デイビッドがグラナダ・シリーズについて話している記事は、Edward Hardwickeよりも少ないとは言え、いくつか読んだことがあります。でも、2012年の今のデイビッドの存在を感じることができる記事は、また特別です。

しかも今日、別のフォーラムメンバーから、デイビッドのお誕生日にカードを送ったらお返事をいただいた、という報告がありました。エージェントに前もって渡されていたサインが発送された、というようなものではなく、彼女が書いた内容に対するお返事だったそうです。ああ、なんて素敵なんでしょう!デイビッドは20数年前のグラナダ・シリーズに今も魅了されているファンからのお手紙に、今、この時に、ちゃんと返事を下さったのです。なんだかデイビッドをとても近く感じて、すごく嬉しい気持ちでした。

さて、記事はこちらです。省略しながらご紹介します。
http://www.kentnews.co.uk/home/the_changing_face_of_sherlock_holmes_and_dr_watson_1_1411686

The changing face of Sherlock Holmes and Dr Watson
Kentnews.co.uk
Friday, June 15, 2012

[...]

BurkeはJeremy Brettと本物の友情をつちかった、と話した。ロケ地では撮影の合間を同じトレーラーですごしたし、よく一緒に食事をとった。

そしてBrettはホームズを正しく演じることをいつも気にかけていた、と彼は言う。

「Jeremy Brettはとてもすばらしい仕事をなしとげたと思います。いつも原作の本を持っていて、監督がドイルの物語からはずれようとしているとすぐにそれに気づいて、元にもどした方がよいと指摘しました。これが、グラナダ・シリーズが原作に忠実だった理由の一つです。

「ジェレミーはホームズの物語を正しく語ることに最善をつくしていて、制作チームもそうでした。もうあのような作品が作られることはないだろうと思っています。ドイルの原作から派生した作品や、現代に舞台をうつしたものはこれからも作られるでしょうが、グラナダ・シリーズは永遠に残るだろうと思います。

「Jude Lawがワトスンを演じた映画を1本みました。彼がハムレットを演じた時に、私も一緒に仕事をしたのですが、彼はとてもいい役者です。でもあの映画を私たちの作品と比べるのはとてもむずかしい。あまりにも違います。とても現代的で、バンバンと弾が飛び交い、アクションシーンが多いですから。

「私に言えるのは、あれはいい作品で、でもコナン・ドイルではない、ということだけです。現代風冒険ものとして考えると、多分とても素晴らしい作品なのだろうと思います。

「BBCテレビの作品は最初の1作しかみていません。でもそれは、あのドラマに文句があるからでは決してなくて、単に僕があまりテレビをみないほうだ、というだけです。Benedict Cumberbatchとあのもう一人の彼は、とてもよいと思います。でもこちらについても私たちがつくったものとの比較はできません。あの二人はまったく違う人物ですから。

「もしもコナン・ドイルがこの世にもどってきて私たちの作品をみたら、原作にそった映像化だ、と言うでしょうね。」

Burkeは笑いながら言った。「もしもあの二つの作品をみたら、ひょっとしたらドイルはお墓の中でひっくり返るかもしれませんね。自分が書いたものではない、って。」

しかし彼は古典作品中のヒーローを現代風に描くことについて、反対しているのではまったくない。

「現代版をつくってはいけないなんて、そんなことはまったくありません。ホームズというキャラクターは今でも脚本家に刺激を与えて創造に向かわせるのです。シャーロック・ホームズは世界のどこでも知られています。チベットへ行って、『シャーロック・ホームズ』というと、『探偵ですね』と答えが返ってきますよ。それ以上は知らないかもしれないけれども、でもそんなふうに世界中の人が知っている名前は、そうはありません。」



デイビッドがグラナダ・シリーズに今も強い誇りを持っていること、最近のホームズ作品もある程度みていて、グラナダ・シリーズとの比較ではなく、その作品自体として評価していること、そしてグラナダ・シリーズは永遠に残るだろうと思っていることがわかって、とてもうれしい気持ちでした。

そしてデイビッドが今もジェレミーとの友情を大切に思っていることも、あらためて感じることができました。「今」のデイビッドを感じることができて、ああ、とてもうれしいインタビューでした。

RM
前回の記事で触れましたが、ウェブサイトThe Brettish Empireに、ジェレミーのバルバドスでの友人のお便りが2010年に載りました。一部を訳してご紹介します。原文はこちらです。
http://www.brettish.com/a_77th_birthday_tribute_to_jerem.htm

ジェレミーはバルバドスで、私の家族と多くの時間を過ごしました。(ジェレミーはドイルの本をバルバドスで読み始めたのです。祖父の本でした。)

ある時など、私たちを車に乗せてピクニックに行く途中で、ジェレミーは車をとめて砂糖きび畑の真ん中に皆を座らせてノエル・カワードがつくった歌を歌い、その後それぞれの名前を入れた歌をつくって歌ってくれました。

ジェレミーが誰にでもとても親切に接してくれたこと、年長者から子供にいたるまで、そして動物にもとてもやさしかったことを懐かしく思い出します。本当にこころのあたたかい人でした。

ジェレミーが私たち家族と一緒にうつっている写真を今でもよくながめます。今もこの世にいてくれたらなあ、と思います。前妻の父のお葬式のために私たちが島からイギリスへと飛んだ時に、一緒に来てくれた時のことは決して忘れないでしょう。私の前妻の家族と会うのははじめてでしたが、ジェレミーがいてくれたおかげでお葬式の日の夜は、アイルランドのお通夜でおこなわれるような、亡くなった人の人生を言祝(ことほ)ぐ集まりになりました。

この世を去る少し前に、ロンドンの Fulham Roadの私の事務所に、私と私のパートナーへのお祝いのために、リーデルのシャンペングラス2つを持って訪ねてきてくれました。そのグラスでいつも私たちは、懐かしいジェレミーに乾杯をしています。


上の訳には入れませんでしたが、この手紙では「ジェレミーはホームズを撮影することになっていて」と書かれています。前の記事やそのコメント欄に書きましたが、ホームズ役の依頼がいったん来た後に、著作権のことでドラマ制作に関して法律問題が起きたために、正式に制作が決まってプロデューサーから再度の依頼があったのは実際にはこの後の9月のはずですが、ジェレミーのこころはホームズの方へ向き始めていたのでしょう。そして本を読んだことで、ホームズがジェレミーの中で生き生きと動き始めて、気持ちが決まったのでしょう。

二つ目の段落に書かれているノエル・カワードは「"A TALENT TO AMUSE: Noel Coward's 70th Birthday Concert" のCD」の記事でも触れましたがジェレミーにゆかりの深い人で、劇作家、作曲家、作詞家、俳優、歌手など、たくさんの肩書きを持つ才人でした。彼のつくった歌の後は、即興で皆の名前を入れた歌を歌ってくれたのですね。砂糖きび畑で歌うジェレミーを想像してください。

David Burkeも、満員のレストランの中で自分のこと、家族のことを歌われて、顔が真っ赤になったという話を披露してくれていました。
Bending the Willowの無料サンプルより(David Burkeの文章 その2)

ジェレミーはお年寄りにも子供にも動物にもやさしかった、というのも、いかにもジェレミーらしいですね。手紙の主が「動物にも」と付け加えた時、何かジェレミーと動物(犬でしょうか)との間の具体的なことが頭にあったのではないかしら、と思います。

「アイルランドのお通夜でおこなわれるような [...]」と訳したところは、原文では "an Irish-style celebration of a life" となっていて、ウェブで調べたらアイルランドには、お通夜の時に悲しむというよりは、お酒を飲みながら故人の楽しい話をして、その人生を祝う風習があるようです。
http://www.yourirish.com/traditions-of-an-irish-funeral

こんな言葉を載せたブログもみつけました。
「アイルランドの葬式と結婚式の違いは一つだけ――大酒飲みが一人多いか少ないか。」
http://eirememo.exblog.jp/10971623/

そして"[...] he turned the evening after the funeral into an Irish-style celebration of a life." とあるのは、ジェレミーがいたおかげで、お葬式の日の夜は、故人がどんなに素晴らしい人生をおくったかをお祝いするひとときになった、ということだと思います。ジェレミーはいつもまわりの人のことについて、おざなりでない純粋な気持ちからの興味と思いやりを示す人だと感じています。たとえばレストランではウェイターに、あるいは花を売りに入ってきた苦学生に、そしてグラナダ・スタジオではスタッフに、個人的なことも尋ねていました。多分この時も亡くなった人のことをいろいろと尋ねて、皆がそれに答えて故人との出来事を思い出す中で、その人生を祝い感謝の気持ちを持つ集まりに自然になったのでしょう。

シャンペングラスも、シャンペンを贈るのが好きだったジェレミーらしいですね。亡くなる前にもそのようにして、友人を訪ねて楽しいひとときを持てたことを知って、うれしく思いました。


私はこうやって、いろいろな人がジェレミーのことを語るのをきくのがとても好きです。多面的にジェレミーを知ることができて、新しい姿もみることができて、でも根本のところでは私が思っている姿とは変わらず、ああ、あなたはやはりそういう人でしたね、そういう人生をおくりましたね、とジェレミーの人生を祝う気持ちになります。それが、日々の生活の中で時に忘れてしまう、この世界と、この世界に生きることへのあたたかい気持ちを思い出させてくれます。

RM
前回、マンチェスターで建築中の221Bでの写真をご紹介しました。ジェレミーは赤い表紙のホームズ選集を手にしていました。

建築中のグラナダスタジオでの写真;The Television Sherlock Holmesより

ジェレミーが読んだホームズの本というと、あと2冊思い出します。一つは学校の課題で読んだ(あるいは読まされた)本。その時のことを話しているインタビューは、以前の記事でご紹介しました。一部を再度載せます。

「私が子供だった頃」後半

17歳でロンドンのThe Central School of Speech and Dramaに入学しました。

その4年前に、後に重要なことだったとわかる出来事がおきました。学校の休みの宿題で、アーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズを読むように言われたのです。読んでいたBigglesの本をいやいやながら中断しなければならなかったので、はた迷惑な宿題に思えました。ワトスンは好きでしたが、ホームズは独善的な知ったかぶりに思えました。


あまり良い印象はなかったようですね。でもちゃんとその時のことを覚えていたのですから、ホームズは気に入らなかったにせよ、この物語世界の中に何か心に残るものがあったのかもしれません。

そしてもう一つは、休暇で滞在していたバルバドスで読んだホームズ。このことはDavid Stuart DaviesがDancing in the Moonlightなどで触れていて、りえさんも最近のブログで紹介してくださいましたね(第2章 バイオグラフィー 18 )。ここではジェレミー自身が寄せた、Peter Haining著 The Television Sherlock Holmesの序文から一部をご紹介しましょう。英語の原文はこちらで読めます。

http://jeremybrett.livejournal.com/22952.html

グラナダテレビからホームズ役の打診があった8週間後に、ホームズのドラマ化の話は取り消され、私はほっとしてテンペストのプロスペロ役を演じるためにカナダへ向かった。その後バルバドスで休暇をすごしたのだが、私を家に招いてくれた人の一人が、自分が90歳の誕生日に贈られたドイルの全集を親切にも私に貸してくれたので、夜になるとその本を開いてのんびりと楽しんだ。学校時代以来のドイルで、子供の時は後に控えている試験のために仕方がなく読んだようなものだったが、今回は夢中になった。ビクトリア朝最後の頃のロンドンの、ガス灯が灯り霧でかすむ街路と、刻み煙草のにおいを魅惑的に感じた。

Dancing in the Moonlight などで読んだ時は、ジェレミーがバルバドスで楽しんだ本と建築現場に持ち込んだ本は同じもののようになんとなく思っていたのですが、後者の本は前回のインタビューで話しているようにロンドンの書店で買ったものでした。ですからバルバドスで読んだのは、あれとは別の本でした。

2010年、ウェブサイトThe Brettish Empireに、バルバドスでジェレミーと親しかった人からのお便りが掲載され、ジェレミーはバルバドスでその人のおじいさんのホームズを読んだ、と書かれていました。ということはお便りの主は、90歳のお誕生日に贈られたホームズの本をジェレミーに貸した、そのかたのお孫さんなのですね。

http://www.brettish.com/a_77th_birthday_tribute_to_jerem.htm
(The Brettish Empireのこのページには、マンチェスターの建築現場で赤い表紙の本を持つジェレミーの写真が載っていますが、上で書いたように、この本はバルバドスで読んだ本ではありません。)

このお便りには、ジェレミーがバルバドスで、そしてイギリスでどんなだったかが書かれていて、とてもうれしい内容でしたので、次回一部を訳してご紹介します。

RM
前回の記事「建築中のグラナダスタジオでの写真;A Study in Celluloidより」では221Bの内装を作っているところでの写真を載せましたが、おそらく同じ日に撮られたと思われる写真が、The Television Sherlock Holmes(Peter Haining著)にあります。今度はベーカー街の建築現場で撮られた写真です。

TVSherlockHolmes1.jpeg
TVSherlockHolmes2.jpeg
Source: Jeremy Brett Information

キャプションはそれぞれ、
"A dream starts to become reality. Jeremy Brett on the Castlefield lot in 1982 as the building of Baker Street begins."
"Jeremy Brett visits the Baker Street set during construction with director, Paul Annett."
です。

2枚目は前回もご紹介した、撮影第一作「美しき自転車乗り」の監督Paul Annettと一緒です。今日ご紹介した2枚の写真では、ジェレミーは前回の快活な笑顔とはまた別の顔をみせてくれています。

ジェレミーが手にしている赤い本には "The Illustrated Sherlock Holmes Treasury" とあります。パジェットの挿絵付きのホームズ傑作選ですね。アメリカのランダムハウス社の本のようです。
http://www.amazon.com/dp/0517205009
(Amazonのこのページにつけられた写真をみるとジェレミーが持っているのと同じですが、出版年が1988年になっていて、ジェレミーが持っている版の次の版かもしれません。また写真は出版社が提供したのではなく一般の人が投稿したものですので、このページの本を注文してこの写真の本が届くかはわかりません。)

(追記:今日Tumblrにこの本はアマゾンで手に入るこの本だ、という投稿がありました。これが上記で私が触れた本の以前の版のようで、1976年の出版です。同じことを考えて調べる人もいるのだなあ、と思っておかしくなりました。2012.8.4)

撮影がはじまると、特に初期の頃は、ジェレミーはたくさん書き込みをしたホームズの本を現場にいつも持っていっていたそうですが、ここで手に持っているこの本だったのでしょうか。本の中をみてみたいですね。

この赤い表紙の本については、1991年のアメリカでのインタビューで触れています。Jはジェレミー、Kはインタビューアです。(途中でインタビューアが「私たち」と言っているのは、奥さんが同席していたからです。)インタビューの全文はこちらで読めます。
http://homepage.mac.com/kevinmurphy1532/Writer/new_material--or_why_no_mor_2/restored-jeremy-brett-inter.html

J You see, in London, in 1982, when I came back and tried to buy The Strand Magazine, I couldn't find one. I couldn't find Doyle's complete works. I did, eventually find one in Foyles, in London, and it was an American edition, which had been sent over and not been collected, and that's how I got one. Now, Doyle is everywhere. Everywhere! So, that's pleasing to Dame Jean, particularly, because she's the last of her line...
K That's sad.
J ... and longs for Daddy to be in his proper place.
K We have the American version. It's quite old now, but I'm glad we were able to get it...
J It's in a red cover.
K It's--yeah, I think so.
J It is. That's the one I've got.
K It's quite thick
J That's right.


一部を省略して訳します。

J ストランドマガジンを手に入れようとしたのですが、1982年のロンドンではみつからなくて、ホームズ全集もなかったのです。ロンドンの書店 Foylesでやっとみつけたのは、アメリカで出版されたホームズ選集でした。でも今ではドイルの本はどこの書店にも置いてあります。どこでも買えます!ドイルのお嬢さんのJean Conan Doyleもとても喜んでいますよ。
K 私たちもアメリカの版を持っています。もうずいぶん前に手に入れたのですが、気に入っていて...
J 赤い表紙の本でしょう。
K そう、そうだったと思います。
J 私が持っているのと同じですよ。
K かなり厚いですよね。
J 厚い本です。


1982年頃は、イギリスではホームズはそれほど人気がなかったのですね。古典でもはやりすたりの波があるのでしょう。でもグラナダ・シリーズの人気のおかげで、再びドイルの本が本屋にたくさん並ぶようになったのでしょう。当時、グラナダ・シリーズの写真を表紙に載せたペーパーバックのシリーズもありました。

ジェレミーが病のために、ホームズをもう演じられないとわかった年にファンに言ったという、この言葉を思い出します。「子供の感受性(「Mystery!: A Celebration」から)」でご紹介した言葉です。

「アーサー・コナン・ドイルは21世紀へと無事に受け継がれたと思いますよ。なにはさておき、それはできたと思います。」

こんにちでもホームズが本の中でも映像でも生き続け、あるいはまた新たな形で生まれていることを、ジェレミーは喜んでいると思います。

RM
前回の「暖炉の上の滝の絵;A Study in Celluloidより」で、

"A Study in Celluloid" にはジェレミーがMike(註:221Bのデザインを担当したデザイナーMichael Grimes)と肩をくんで、Mikeの方をみて快活な笑みをうかべている写真があります(4人でうつっている写真です)。まだ221Bの建物と部屋をつくっている頃の、撮影開始前の写真です。

と書きました。その後、この写真、ネットのどこかで見たなあと思ってさがしたら、ありました。ネットにある写真を小さくして載せます。

StudyInCelluloid4
Source: http://jeremybrett.livejournal.com/205535.html

この写真のキャプションです。

"In the construction shop during the building of the Baker Street interior. Left to right: Paul Annett, Jeremy, Michael Grimes and Margaret Coombes."

右から2番目のMichael Grimes(Mike)が、やはりプロダクション・デザイナーのMargaret Coombes(IMDbのページはこちら)と肩を組み、そのMikeの肩にジェレミーが手をまわしています。一番左がPaul Annettで、以前「ウェブサイト "Jeremy Brett Information" のご紹介(7)ホームズ撮影舞台裏の写真」でもご紹介しましたが、グラナダ・ホームズで最初に撮影が行われた「美しき自転車乗り」の監督です。「ボヘミアの醜聞」「ぶなの木屋敷の怪」もPaulの監督によるものでした。

Paulはグラナダ・シリーズの方向性を決めた人の一人で、最近では「ジェレミーにBAFTA賞を!」の活動に署名して、支持の言葉をくださっていたし、一番右のMargaretはきれいで感じのよい、芯の強い人のようだし、その左側のMikeはしっかりした信念と豊富な経験と、芸術家と職人の両方の顔を持つ人のようだし。みんなそれぞれに、本当にいい顔をしています。そしてジェレミーの笑顔。

内側から次第に湧いてくる奮い立つような気持ちもあったでしょう、重圧もあったでしょう。大きな仕事、大冒険に船出する前の不安と期待と興奮。その船の信頼できる仲間達です。ホームズが住むベーカー街をつくりあげるために働いている人たちの中に身を置いて、気持ちが充実していくのを感じていたのではないでしょうか。ここでホームズをどのように演じようか、と221Bの外装や内装がつくられている途中をみながら、思いをめぐらしていたでしょう。

この一枚の写真をみるだけで、時と場所をこえられそうです。

RM

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Author: RM
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