Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

ジェレミーの二人のワトスンのどちらがより好きですか?という問いは、フォーラムやファン同士の会話でよくみかけるものです。それぞれに理由があり、そのどちらにも「そうそう」とうなずくばかりです。

原作からの自分のイメージに近いということでは、デイビッドをあげる人が多いようです。フォーラムのメンバーで、ホームズとワトスンが出て来るファン・フィクションを書く人が、デイビッドのワトスンのイメージで物語をつくると言っていました。明るくて元気なところでデイビッドを好む人も多く、それはデイビッド自身の持つ性質に加えて、初期のジェレミー・ホームズがある意味でういういしく健康で元気だったから、デイビッドのワトスンもそのように演じられたのでしょう。

エドワードについても、自分にとってのワトスンはエドワードだ、と言う人がたくさんいます。デイビッドが最初の13話だけだったのに対して、エドワードのワトスンが長くジェレミーのホームズの横にいたことをあげ、ホームズと(そして二人をみつめる私たちと)一緒に時をすごしたワトスンこそが自分のワトスンだ、と言うのもうなずけます。エドワードのワトスンがジェレミーのホームズを支えたことも、友情の物語としてのホームズ譚にふさわしいでしょう。

でも、どちらのワトスンを最初にあげても、最後は、二人のワトスンのどちらも大好き、二人がそれぞれに最も必要で最も適した時にジェレミーのホームズの傍らにいてくれたことを喜び感謝します、という言葉で終わります。私もまた、その気持ち以外には何も書くことがないとも言えるほどです。という訳で私にはどうしても、好きなワトスンとしてどちらかを選ぶことはできません。

ジェレミーもまた、二人のワトスンの比較についてよく尋ねられたのだと思いますが、今思い出すのは3つのインタビューです。これについては、稿を改めて書くことにします。

RM
ナツミさんのブログのコメント欄でナツミさんも書いていらっしゃいましたが、グラナダシリーズのホームズのブルーレイ版が12月に出るそうです。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B008YRDQOI

ブルーレイ版は世界初というのも日本のファンとしてうれしいです。そして新しいメディアにのって、この作品が新しい世代に受け継がれていくことが感じられますね。

古い世代の私は、ブルーレイ・プレーヤーを持っていないのです。さあ、どうしましょう。

ちなみに今までは、2種類のDVDがありました。宝島社のムックにも使われていたキープ社のデジタルリマスター版は、日本語吹替えなしのもの。ハピネット社のものは日本語吹替えを含み、映像は多分デジタルリマスター前のもの。(多分、というのは私はこれは持っていないからです。説明を読む限りでは、デジタルリマスターとうたってはいないようです。)

そして今回ハピネットから出るブルーレイ版は、アマゾンの書評欄への投稿によれば、ハピネットからの返答では「DVD版に比べ、画質は向上しています」とのことだったそうです。このDVD版というのは、ハピネットのDVDのことだと投稿者は理解しているようです。日本語吹替えつきですので、露口茂さんの声でききたいというかたは、よい画質で楽しめますね。

吹替えはあってもなくてもいい、という場合、問題はキープ社のデジタルリマスター版DVDとの映像の比較です。ハピネット社のブルーレイ版もデジタルリマスターした映像をもとにしているだろうと考えると、ネットで調べた限りのそれも一般論ですが、同じ作品のDVDとブルーレイでは小さい画面であれば差はわからなくても、大画面でみる場合ははっきりと画質の違いがわかるそうです。

ブルーレイ・プレーヤーをどうするか、私としては悩むところですが、 買っちゃう気がします。他に贅沢しているわけではないし、といういつもの台詞とともに。そう、この夏買った洋服は、クールビズ用のジーンズとチノパン各1本だけだったし、いつもながら靴もかばんも買っていないし。;-)

RM
The Secret of Sherlock Holmesの舞台を子供がたくさん観に来てくれたことや、アメリカツアーの時に子供がホームズの絵を描いて手渡してくれたことで、子供にとってホームズがヒーローであるのを知って驚き、うれしかった、とジェレミーが話しているのを紹介したことがありました。この二つのできごとについては、いくつかのインタビューで触れています。

今日の記事はそれよりも少し前、1988年9月からロンドンで舞台がはじまる直前のインタビューです。やはり子供のことを話しているのですが、これについて触れているのはこの記事以外には記憶がありません。Google News Archiveからで、一部を引用します。

Brett becomes Holmes
The Bryan Times, Sep 8, 1988
http://news.google.com/newspapers?id=xfY0AAAAIBAJ&pg=5558,6276740

ブレットは妻の突然の死により、心身の衰弱に至った。

「ぎりぎりの状態をなんとか回避したと思ったら、次々に危機がやってきて、そしてついに、ぼん、と境界をこえてしまったのです。」

彼を救ったのは、ホームズの次のシリーズと、とある子供だった。

「セットにもどることができたら、撮影にもどることができたらもう大丈夫だ、と思いました。それからある日、通りで8歳くらいの子供が、こちらに走って来て言ったのです。『僕、あなたのことを知ってるよ。シャーロック・ホームズでしょう。』」

[...] When his second wife died suddenly, Brett had a complete breakdown.

"I reached the edge and stepped back, only to find six more edges," he said. "And finally, pop, I went over."

What saved him was another Holmes series — and a child.

"I felt if I could just get back on the set, just get upon that horse agin, I'd be safe," said Brett. "And then one day a child, a child of about 8, came running up to me on the street and said 'I know you. You're Sherlock Holmes.'"



これもジェレミーにとって、とてもうれしい出来事だったのだろうなあ、と思います。普通はジェレミーは、街で「ホームズ」と呼ばれることには慣れない、ジェレミーと呼ばれる方がいい、と言っていましたが、子供から「あなたはホームズですよね」と言われたら、にこにこしたでしょうね。ジェレミーが特に精神的に不安定だった時に、こういううれしい出来事がたくさんあったことを願いたいですし、そうだったと信じています。ジェレミーもホームズも、たくさんの人に愛されていたでしょうから。

RM
David BurkeとEdward Hardwickeに関することをいくつか、忘れないうちに書いておきます。

「グラナダ以後のDavid Burke、Edward HardwickeとWatson/Doyle」の記事で、2007年にITVで放送されたドイルのドキュメンタリー、「The Shackles of Sherlock」にふれました。これにはデイビッドがナレーターとして出演しています。残念ながらDVDになっていなくて、6月にご紹介した時にはYouTubeにもありませんでしたが、8月はじめに番組全体がアップロードされました。

このブログでは、市販されている作品はYouTubeにあっても紹介しないことにしていますが、これは現在手に入らないドキュメンタリーですので、リンクをはっておきます。
The Shackles of Sherlock Holmes


次はEdward Hardwickeについて。2006年にコメディ "The Rivals" の舞台に出演した時のインタビュー記事をネット上で最近みつけました。エドワードはSir Anthony Absoluteを演じていて、ジェレミーもテレビでSir Anthonyの息子のCaptain Jack Absolute役を演じたことがありました。インタビューではジェレミーについて、グラナダシリーズについても少しふれています。

もう一つ、これは以前から知っていましたが、Thorns Community Collegeの劇場が、エドワードのお父様のCedric Hardwickeにちなんで2010年にThe Hardwicke Theatreと名前がかわった時の記事です。エドワードは式典に招かれました。そして、エドワードが亡くなった時に一つ目と同じ記者(かライター)が書いた記事もあります。

それから、Thorns Community Collegeがつくっている冊子Thornsの7号のPDFファイルは、ファイルサイズが大きいのですが表紙がエドワードの写真で、中でも少しふれています。上記の記事で使われた写真よりもこちらの方が好きです。

最後はThe British LibraryのTheatre Archive Projectで録音された、エドワードの2007年のインタビューです。音声はこちら、トランスクリプトはこちらです。

途中で一カ所、グラナダシリーズ撮影の時のことにもふれています(4ページ目)。全体にわたってとても興味深いインタビューで、エドワードのやわらかくておだやかな声がきけます。

RM
アメリカのPBSでSherlockのシリーズ2が放映されるのにあわせて、ファンを招待しておこなわれたイベントの映像のことを知ったのは、このTumblrの記事からでした。
http://threepipepr0blem.tumblr.com/post/23036023517/loved-when-benedict-said-this-as-much-as-i-love

記事でふれている部分に相当するのは、YouTubeビデオの30分からです。

Sherlockを演じているBenedictが客席のファンから「はじめてシャーロック・ホームズを知ったのはいつですか?」と尋ねられたのに対して、Tumblrの記事の画像につけられた字幕にもあるように、

To be honest it was Jeremy Brett's interpretation.
(ジェレミー・ブレットのホームズがはじめてでした。)

と答えると、YouTubeできいていただくとわかりますが、場内から歓声と拍手がおこります。

このビデオのこの部分は私にはとてもうれしい内容でした。ベネディクトのお母様がジェレミーの友人だった、ということはUSA Todayのインタビューで読んだことがありますし、ナツミさんからも教えていただいていて、このQ&Aでも彼がこの後そう付け加えています。でも、ベネディクトがホームズにふれた最初が、ドイルの原作でも他の映像作品でもパスティーシュやコミックその他の派生作品でもなく、ジェレミーのホームズだったというのは知りませんでした。

そしてもう一つうれしいのは、会場のSherlockファン、ベネディクトのファンがジェレミーのホームズの素晴らしさを知っていて、そして多分大好きで、ベネディクトの言葉に拍手と歓声でこたえてくれた、ということです。はじめてBBCのSherlockのことを知った時、新しい映像作品が多くの人に受け入れられれば、ジェレミーのホームズは「過去の映像作品」として軽んじられてしまうのではないか、と思って悲しくなりました。今では、まったくそんなことはないということを知っていますが、このSherlockファンの反応にふれたとき、あらためてこころがあたたかくなりました。

RM

追記:Tumblrの記事に従って、ベネディクトの言葉の続きの部分も含めて書いておきます。

To be honest it was Jeremy Brett's interpretation. My mother was a friend of his. That was the first conscious memory I have of Sherlock Holmes, and what a wonderful Sherlock Holmes he was. I mean, really masterful.

追記その2:検索したところ、下記のブログでこの映像ほぼ全部について翻訳家のかたが書き起こして、日本語訳を書いてくださっています。

http://blog.goo.ne.jp/mithrandir9/e/36d4fea60d83d48e446040a6e27fbef3
http://blog.goo.ne.jp/mithrandir9/e/bb7619bc815f80b829fb99025dbfe60e
1991年のアメリカ・ツアーの時のインタビュー記事から、ジェレミーがニューヨークのタクシードライバーとのやりとりについて話している箇所をご紹介しましょう。

「このツアーを楽しんでいます。」ごく普通のことを話しても、シェークスピアの台詞にきこえるような声で、こう言った。「最近一番うれしかったのは、2週間前のニューヨークでの出来事です。友達に会いに行く途中でした。タクシーに乗って場所を告げると、運転手が突然、口の端からものを言うあのやりかたで言ったのです。『焼けこげた材木の上にのって、ステッキを手にして下をのぞいていた時、猫みたいでしたねえ。』『それってもしかして...?』『ノーウッドの建築士のことですよ、ブレットさん。』それはもう、驚きました!ニューヨークのタクシー運転手がホームズのある場面のある瞬間のことを話題にするなんて。本当にうれしくて、わくわくすることです。

[...] "I have a lovely time," he says in that British actor's voice that makes even banalities sound like iambic pentameter. "My favorite most recent experience was in New York the week before last. I was going to see a great friend of mine in the Village. I got into a cab, and I said, 42 Barrett Street. And the driver suddenly said to me out of the side of his mouth, 'When you stood on that burning log and walked across it with your cane and looked down, you looked just like a cat.' So I said, 'Are you talking about...?' 'Yes, Mr. Brett,' he said. 'I'm talking about The Norwood Builder (an episode in the PBS series).' That was a moment! It's terribly exciting that someone, a cabdriver in New York, has watched the show and picked a moment. I think that's thrilling."



以前のフォーラムで、当時のメンバーが1991年10月24日のダラスの新聞記事からの引用として載せてくれました。私も11月の記事として持っていますが、それは少し遅れて記事にした新聞の分なのでしょう。今のフォーラムでは以前のフォーラムの記事の再投稿という形で紹介させてもらったことがあったのですが、最近も、ホームズの中にジェレミーをみるとき、というスレッドで、「このシーンのホームズにダンサーのような優雅さをみます」と書いた投稿への同意のメッセージとして、「ジェレミーも多分、このシーンのことを誇りに思ったでしょうね」と書き添えて再々投稿しました。ナツミさんのブログのコメント欄でも触れたことがありました。それくらいにとても好きなエピソードで、この時ジェレミーはどんなにうれしかったかが想像できる気がします。

アメリカ・ツアーはThe Master Blackmailerの撮影が終わった後だったと思います。このツアーをジェレミーはとても楽しんだこと、健康状態もよかったことが、いろいろな記事からうかがえます。そのことをいつもありがたく感じ、ほっとしてうれしくなります。だから、このエピソードも大好きなのです。

ちなみに、「シェークスピアの台詞にきこえるような」と訳したところは、原文では「弱強五歩格にきこえるような」と書かれたところで、これは弱い音、強い音を交互に5回くり返す、シェークスピアが多用した韻律だそうです。
http://www.geocities.jp/todok_tosen/shake/keyword/iambic.html

いつかこういうこともちゃんとわかって、ジェレミーの台詞をもっと深く楽しめるといいなあ、と思います。

RM
今日は写真です。以前eBayに出品者によってアップロードされた画像をいただきました。"The Good Soldier" からです。

TheGoodSoldier2-1.jpeg

1981年の作品です。先日ご紹介した1978-79年のドラキュラの写真とはまた、まったく違う印象ですね、2、3年しか違わないのに。なにしろジェレミーはbecomerですから。グラナダテレビの制作です。

そして、1ヶ月ほど前にTumblrに、"The Good Soldier" の写真がたくさんアップロードされました。
http://deliricia.tumblr.com/post/26868581187
http://deliricia.tumblr.com/post/26868423278

11枚あって、上のアドレスからそれぞれの写真をみることができますが、その中で5枚には直接リンクをはります。
http://24.media.tumblr.com/tumblr_m6x5noZoTZ1rppixpo1_1280.png
http://25.media.tumblr.com/tumblr_m6x5jvnFIf1rppixpo2_500.png
http://25.media.tumblr.com/tumblr_m6x5jvnFIf1rppixpo6_500.png
http://25.media.tumblr.com/tumblr_m6x5noZoTZ1rppixpo5_1280.png
http://24.media.tumblr.com/tumblr_m6x5jvnFIf1rppixpo5_1280.png

5枚目、右から二番目にうつっているRobin Ellisは、Shoscombe Old Place にも出演していました。ちなみに、彼のブログはこちらです。とてもきれいな写真、おいしそうなお料理。彼の今の肩書きは「Actor, writer, cook and author」です。

そして3枚目の写真なんて、犬がジェレミーになでられて大喜びですね。でもジェレミーが演じるEdward Ashburnhamは、(ある人がフォーラムでこのように形容していましたが)椅子にすわっても背をぐったりともたせかけたことなんてないという感じの、退役軍人なのです。堂々として誠実かつ洗練された身のこなしの紳士。そういう役なので、この犬のあけっぴろげのしぐさに笑っちゃいます。

(以下、話の筋に触れます)

で、さらに複雑なことには、そのように一身に尊敬を集める完璧な紳士にみえて、実際には奥さん以外の女性を何人も好きになって、問題をおこしていたということが、彼の死後、語り手である彼の友人に、そして私たちに次第にわかってきます。決して不真面目に浮気しているのではなくて、とても真面目に好きになるのです。そういう、言わば「浮気小説」の何がおもしろいか、この作品(見事な映像化です!)のどこがおもしろいのか、というと、はじめにみえていた風景が、話がすすむにつれてことごとくひっくり返され、違った風景がみえてくるところでしょうか。一筋縄ではいかない人間というもの。その複雑な人間をジェレミーが見事に演じています。そしてこの魅力的で危険で、ある意味では哀れな男のことをもっと知りたいと思わせるのです。

「浮気小説」なんて書くと三文小説のようにきこえますが、こちらのサイトでは、「20世紀の傑作100編」の上位に必ず入ってくる、と書かれています。
http://www.alc.co.jp/eng/hontsu/book/0804/01.html

この作品については、以前こちらの記事でもご紹介しました。
The Good Soldier (1981)

RM
以前3回このブログでご紹介した1990年のインタビュー記事からの引用を、もう少し続けます。
前の3回はこちらです。

大病の後に;インタビュー記事 When the lights went out (1990) より
俳優であることの重圧;インタビュー記事 When the lights went out (1990) より
最初の入院の時(または「必要とされること」);インタビュー記事 When the lights went out (1990) より

また、インタビュー記事の原文はこちらで読めます。
http://jeremybrett.livejournal.com/105878.html

前回引用した部分に続いて、病院をかわった後に、ゴシップ新聞のこころない記者が病院におしかけてきた時のことが書かれています。その後から引用します。

ブレットが退院した時、彼のワトスン、エドワード・ハードウィックが家まで送ってくれた。その家で新しい暮らしをはじめるために荷物をほどき、あのような精神の危機を迎えることになったのはなぜかを知ろうとつとめた。そして2ヶ月たたずにカメラの前にもどった。今彼は、病気によってものの見え方がかわったと感じている。

「病気になることで、はっきりとみえてきたことがあります。まわりの人がいま安らかで幸せな気持ちかどうかを感じることができるようになりました。病を経ることで敏感になって見えてくるものがあるというのは、とても興味深いことです。大切に思っている人の気持ちがよくわかる、という点で特に、とてもすばらしいことだと思います。

「ゴシップだらけの新聞に私の『ニュース記事』が載って、病気のことが世間に知れたあと、みながこんなに思いやってくれるとは考えてもいませんでした。突然家族の一員のように受け入れられたのです。親しみをもってあたたかく接してくれて、とても元気づけられました。リューマチ熱で死にかけ、精神病院で人生からしりぞく一歩手前までいったあとに、3度目の生きるチャンスを与えられたようでした。そして今、一時的に与えられた命の時間はなんとすばらしいのだろう、と思います。とても特別な、紺碧の青空のような時間なのです。」


こうして病から得たものについてジェレミーが話しているインタビューはいくつかあって、それぞれにこころに残っているのですが、これが他と違うのは、人生という長い時のなかでの自分を順をおって話しながら、病のことにも触れている、という点です。元気にかけまわっていた子供の頃のこと、16歳の時に死の手前まで行った体験、俳優としてたちたいという情熱と重圧と、そのために危険にさらしたもの、妻の死と精神的な危機、必要とされているという思いが勇気を与えてくれたこと、そして今回引用した部分の、言わば3度目の生をいきること。

ジェレミーのこういうまっすぐなこころと、広い視点から人生のものごとをみること、そして困難な時を経てもなお、喜びと感謝が通奏低音のように流れているところに、いつも勇気づけられます。

RM

原文:

When Brett was discharged, Edward Hardwicke, who plays his Dr Watson, took him to his home where he began to rebuild his life. He finished unpacking, tried to understand what had caused the breakdown, and within two months was back in front of the cameras. The illness, he now feels, gave him a valuable perspective on the human experience.

"I've had the scales dropped from my eyes as a result of the episode. I can tell the state of others' well-being now. When you've been there you get an added insight which is always fascinating. It's lovely shortcut, especially with those you love.

"I didn't realise how compassionate people could be until my 'news story' appeared in the gutter press. Suddenly I'm a member of the most extraordinary British family. The public show their friendliness in the nicest ways, and that reassures me. Feeling as if I've been given a third chance after nearly dying of rheumatic fever, having almost been put away for life in a mental hospital, I now realise how wondrous borrowed time can be. It's a very special, very azure blue time.
今日で、このブログをはじめて2年です。去年(「ハワイでのジェレミー(2)」)、2年前(「はじめに」)、そして何よりも3年前は私にとって特別な日でしたが、今日は何にもかわったことがない、ごく普通の日でした。それも当たり前と言えば当たり前、ただの一日ですもの...と思いながら少しがっかりしていたかもしれません。でも「日々是好日」という言葉が浮かんできて、ああこれでいいんだ、という気持ちになりました。

で、「ああこれでいいんだ」と思って寝てしまえばよいものを、やっぱり何か書きたい気持ちになりました。

最近のフォーラムでのことです。会員限定の場所での話題ですし個人的なことなのでくわしくは書きませんが、死を間近にしている友人のことを書いた人がいました。常連のメンバーから、気持ちのこもった返事が届きました。私もまた、つたない言葉で気持ちを伝えました。

それにまた、彼女が返事を書いてくれました。その中で、3つのことが特にこころに残っています。一つ目は、私を含めた7カ国くらいの人の言葉に対して、「この地球上のたくさんの場所から、皆さんが私たちを見守ってくれているのを感じます」と書いてくれたこと。二つ目はある人が、(人生と死に対して)前向きな人の前向きな態度を知るのは、どんな時もすばらしいことだ、と書いたのに彼女が賛成して、その友人はジェレミーのように、まわりの人に何ものにもかえがたい贈り物をしてくれている、と答えたこと。三つ目はまた別の人が、あなたの友人は道のかどをまがる、私たちはまだまがっていないけれども、いつかは、と書いたのに対して彼女から、こころに響く美しいたとえだ、という返事があったこと。

一つ目と二つ目は、彼女の最初の投稿を読んで、まさに私が感じたことでした。彼女の友人の態度はジェレミーを思い出させて、ジェレミーの生と死と同様に勇気を与えてくれましたし、その友人のこと、彼女のことを私はこの日本にいて、とても近く感じました。そして三つ目の「かどをまがる」という表現は、ジェレミーを偲ぶ会で読まれた詩を思い起こさせました。(「My Fair Lady (1964) の初日の映像と、追悼式で読まれた詩」)

こうしてネット上で、現実には会ったことがない人達と不思議なつながりがあるということ、そしてそのつながりの中のどこかに、いつもジェレミーの姿があるということ。かどをまがったところにいるジェレミーの姿が。

それはとても不思議で有難いことです。このブログでも、その不思議を感じています。

RM

追記:8月7日はエドワード・ハードウィックのお誕生日でした。私はうかつにも、今年はじめて気がつきました。私にとって大きな意味をもつ3年前のその日、エドワードは家族とお誕生日を祝っていたでしょうか。そう思うと、ご縁を感じました。これからはずっと、エドワードのお誕生日としても、「普通の一日」を迎えていくことになると思います。
ジェレミー・ホームズの写真を載せたくなりました。トビィさんが一つ前の記事のコメント欄で、「時々、無性にジェレミーが恋しくなりますね。」と書いて下さって、その言葉がこころに残っていました。ジェレミーが恋しい...。こころがほわっとなりました。それで私も恋しくなってこの写真です。どこか夢見るようなまなざしにも感じられて好きです。

Holmes221B_2.jpeg

以前に他のサイト(フォーラム?)から頂いたのですが、どこか忘れたので、とりあえず今みつかる場所を書いておきます。
Source: http://manutdnetwork.com/forum/topics/movies-1?commentId=6413741%3AComment%3A179282&xg_source=activity
写真の傷を除いた後、縦横ともに小さくしています。上のアドレスの場所で画像をクリックすると、元の大きさでご覧になれます。



今日は、ビルの谷間のコーヒーショップの外のぼっかりと開けた場所で風に吹かれてコーヒーを飲みながら、久しぶりにDesert Island Discsのインタビュー(1991)をきいていました。無邪気な笑い声、子供の頃のことやお父様のはなし、Joanのことを誇らしげに話した後の、沈黙と少しふるえるような声、そして、大切なひとをなくした人へのメッセージ。このインタビューをはじめてきいたとき、ジェレミーの声が感情をゆたかにあらわしていることに魅了されました。今思えばそれが、私にとっては単語を寄せ集めただけだった英語というものが、生きた言葉にかわったときだったのかもしれません。今でもジェレミーの声ほど、言葉の意味をこえて気持ちが伝わってくる声を(日本語でも英語でも)きいたことはありません。なんて気持ちがまっすぐでゆたかなひとなんだろう、と思います。

このインタビューは、Jeremy Brett Informationに音声ファイルがあります。(http://jeremybrett.info/media.html)但し書きには、英米の法律で認められる公正な利用(フェアユース)によって、著作権を持たない著作物をこのウェブサイトで使用するが、読者はこれを営利目的では使用しないように、と書かれています。

また、内容については何回かふれましたので、興味のある方は以下の記事をどうぞご覧ください。

ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(4); 1991年のDesert Island Discsから(1)
ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(5); 1991年のDesert Island Discsから(2)
ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(6); 1991年のDesert Island Discsから(3)
ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(7); 1991年のDesert Island Discsから(4)
ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(8); 1991年のDesert Island Discsから(5)
父と子

RM
ここ数日、今日の記事中の最後の場面が投影されたイメージが、私の中に浮かんでいます。どうして今という時にそのようなイメージが浮かぶのかよくわからないのですが、区切りをつけるためにも、その場面のご紹介を書いてみたい気持ちになりました。

以前2回このブログで内容に触れた1990年のインタビュー記事からで、全文がこちらで読めます。
http://jeremybrett.livejournal.com/105878.html

以前の2回はこちらです。
大病の後に;インタビュー記事 When the lights went out (1990) より
俳優であることの重圧;インタビュー記事 When the lights went out (1990) より

2回目でご紹介した、俳優であることの重圧を述べたすぐ後の部分です。一部を省略しながら引用しています。引用部分の原文は最後にあげます。

「俳優であるために、自分の頭を必死でこき使うようなことをしながら、そうすることで自分を痛めつけているかもしれないということには気づいていませんでした。体は健康だったのですが、それ以外の場所を傷つけていました。才能を持っているのなら、それをなんとかして掘り下げようとしていました。それで、自分の中にあるかどうか確信が持てない、俳優としての自分を見いだすために、すべてを賭けたのです。

「突然すべてが悪い方へとまわりはじめました。ホームズをきちんと演じるために必死で、自分の時間はすべて、せりふを頭に叩き込むことやドイルを読むことにあてて、外出せずホテルの部屋にこもって友人や家族にも会わない、気のめいるような時間をすごしました。

「Jeanieが亡くなった時、人生から光が消えました。彼女がいたから自分を信じられたのです。もうホームズを演じる気持ちにはなれませんでした。何の意味もありませんでしたから。でも契約があったので、2ヶ月後の9月には撮影を再開していました。第二シリーズではそれまでとは違ったふうに演じましたが、それは作品にはちょうどあっていたようでした。

「その頃には、ロンドンに買った家に落ち着こうとしていました。Jeanieはもういないけれども、荷物をほどいて、絵を壁にかけはじめました。

「そしてすべてがおかしくなったのです。自分ではコントロールできない唯一の場所、自分の頭が駄目になったのです。体は健康だったのに、頭とこころが....。」

ブレットの家族は彼をMaudsley病院へ入院させ、それは8週間におよんだ。

「私のことを息子がその時本当に必要としていることに、気がついたのです。それは私にとって、とても大きなことで、勇気を与えてくれました。『Davidが僕を必要としているなら、二度とこんなことは起こすものか。』これが大きな転機となって、自分自身にひきもどされました。ベッドにうつ伏せのままで誓いました。『役者なんてものであるために、精神の健康をひきかえにするなんて、絶対に絶対に絶対に二度とするものか。』」



あらためて読むと、いろいろな思いが浮かんできます。演じることがすごく好きで、新しいことに挑戦するのが好きで、すべてをイギリスへ置いてアメリカでゼロからはじめたような、自由でとらわれないこころ。一方でここで話しているような、痛々しくも思えるような努力と、自分の才能への疑い、そして愛する人の死を悲しむ時間もなく演じることに復帰する中で、次第にすりきれていくこころ。どちらもジェレミーなのだと思います。そして後者の部分は滅多に表には出さなかったのでしょう。こういう複雑さ、こういう光と影の両面。ジェレミーを苦しめたものでもあり、ジェレミーにひとの悲しみへの共感と、人間を深く理解するこころを与えた魅力の一つでもあるのでしょう。ジェレミーは影も知っている人でした。誰にでも、自分の苦しみの種であると同時に、それがあるからこそ内から輝くもの、そういうものがあるのかもしれません。そんな思いが次々と浮かんできます。

でも今日は最後のところを。最初の入院は1986年ですから、1959年8月生まれの息子のDavidは26歳か27歳で、すでに長く独立して暮らしていたはずです。そのDavidが、息子として、そして一人の大人として自分を必要としていると感じた時の気持ちが、なぜかこのところイメージとして強く浮かぶのです。Davidは涙を浮かべていた、と以前紹介した記事では言っていましたし、BBCの1989年の番組でも、病気のことを話す途中でジェレミーは一瞬絶句した後に、この時のことに触れていました。

ジェレミーはDavidのことを、息子であり友人でもある、と言っていました。日本語で書くと息子が友人である、というのは少し妙にきこえますが、わかる気がします。愛する子供であるととともに、今では対等な大人である一人の人が、自分を必要としていると感じた時の気持ち。愛情の深いジェレミーにとって、どんなに大きな意味を持ったことでしょう。

誰かが自分を必要としている、ということ。自分があなたを必要としている、ということ。「必要」というと大げさに聞こえるかもしれませんが、街で、お店で「ありがとう」と言うことでさえ、あなたが今ここにいて、それをしてくれたことが、私の人生のひとこまにとって「必要」なことだった、という気持ちをあらわしているように思えるのです。

一人の人が一人の人を、対等な関係の中で必要とする気持ちと必要とされる気持ち。友人、愛する人、家族、たまたま出会って二度と会わない人との間でも。今の私の中にそういう気持ちがあって、それでこの時のジェレミーの気持ちが、イメージとして私の中に何度もあらわれるのだと思います。それで今日は、このインタビューのこの部分をご紹介したくなったのでした。

RM

原文:

"The one physical thing I had not taken into account, which practically breaking open my head to become an actor, was that I might possibly do damage to it. The body was fine, but the rest of me was suffering. I'd tried to find a 'sober' way to reach the depths of what talent I had. So I dared and risked everything to find the actor within me that I was doubtful was really there.

"Suddenly it all begin to go wrong. I'd tried to hard to play Holmes well. I'd spent all my free time bashing the lines into my head, dipping into Conan Doyle, not going out, hibernating in my hotel room, living away from home and friends and family. Life was very bleak.

"When Jeanie died, all the lights went out in my life. You see, she was my confidence. I don't want to play Holmes any more. There was no point. But I was committed contractually and started filming two months later, in September. I played the role differently in the second series, but it quite seemed to suit the part. [...]

"By the time I was trying to get settled into the house I had bought in London. Jeanie had gone, and I started to unpack and hang pictures.'

"And then the whole thing went. The one place I couldn't control, which was my brain, just went. My body was fine, but my brain... [...]

Brett's family confronted him at home and took him to the Maudsley Hospital, where he stayed for eight weeks. [...]

"I soon realized that my son really needed me well again. That meant a great deal to me. It gave me great courage and I thought, 'If he needs me, I can never let this happen again,' which made me turn a corner in my own self. I vowed, lying face down on my bed, 'I will never, never, never risk my mental health again just to be a bloody actor.'

追記:奥様のJoanのことをJeanieとよんでいるのは、この記事以外ではみたことがありません。アメリカNPRのインタビュー(1991)ではJoannie(追記:またはJoanieの表記もあり。)とよんでいます。辞書でひくとJeanieはJeanの愛称、そしてJeanはJane, Joanの変形とありました。

 RM

Author: RM
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和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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