Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

ジェレミーはホームズとワトスンの両方を演じたことがある、数少ない俳優の一人である、ということはご存知の方も多いでしょう。(と書いたところで、他には誰がいるのかしら、と思いました。いつか調べてみましょう。)

いくつものインタビューで、ワトスンを演じた時のことをきかれています。自分はワトスンの方により似ていること、演じるのは楽しかったこと、くまのプーさんのように演じたこと、ホームズとワトスンの友情を理解するのに役にたったことなどを、それぞれのインタビューで答えていました。

たとえば1991年のLos Angeles Timesのインタビュー記事(http://articles.latimes.com/1991-10-19/entertainment/ca-714_1_sherlock-holmes-stories)では、「くまのプーさんのように演じました」と言っています。

"I adored playing Watson." He unrolled arpeggio bursts of laughter. "I played him like Winnie the Pooh."

"arpeggio bursts of laughter" という言葉、検索してもこの記事でしかみつからないのですが、直訳すれば、分散和音を奏でるように急に笑い出す、ということでしょうか、分散和音かどうかは別にして、ジェレミーがどんなふうに笑ったか、なんとなく想像がつくような気もします。

プーさんというのは、裏表のない性格で、でも頭の動きはまあ、あまりはやいとは言えない人物の代表、ということでしょうか。なぜプーさんなのかをくわしく説明しているインタビューに、まだ出会ったことがありません。Edward Hardwickeも何回か言っていましたが、ホームズと比べるなら、誰でも頭の回転が速いとはいえなくなってしまう、ということもあるでしょう。

ちなみに、ジェレミーは「くまのプーさん」が好きだったのかもしれない、と思ったりします。David Stuart Daviesがインタビューアをつとめた、雑誌Scarlet Streetでの最後のインタビュー(1996年発行の号に収載)で、ジェレミーが「もうホームズは演じません」というと、Davidが「ラジオやオーディオブックでもですか?」と尋ねるのに対して、「いえいえ、次は別のことをしましょう。くまのプーさんをさせて下さい!」 (No, no, no, no—let's move on. Let's do something else. Let me have a go at Winnie the Pooh!) と言っています。私もプーさんは大好きです。ジェレミーがプーさんのオーディオブックを読んでくれているのを想像します。

さて今日は、ワトスンをどのように演じたかという質問への、雑誌 Scarlet Streetの1992年のインタビューでの答えを引用するつもりではじめました。この答えはこのインタビューでしか読んだことがなくて、興味深く感じたからです。でもそちらは次回にまわします。

RM
ナツミさんのブログのコメント欄、YOKOさんのブログの記事、そしてこのブログでジェレミーと馬の話題が出たところで、数日前にTumblrにもジェレミーと馬が一緒の写真が偶然にも登場しました。Silver Blazeのスクリーンキャプチャで、「ジェレミー・ブレットのホームズが、Silver Blaze号の額をやさしくやさしくぬぐっている」「Silver Blaze号がジェレミー・ブレットの手に鼻づらをおしつけている」と説明がついています。それだけでなく、「子供の頃のジェレミーが、ポニーに乗っている」という説明とともにあと2枚の写真を載せていましたので、この写真と、もっと小さい頃のロバに乗っている写真をご紹介しようと思いたちました。

その前に、ナツミさんのブログとYOKOさんのブログの記事をご紹介しましょう。

YOKOさんのブログではこちら、         
グラナダ版ホームズ『銀星号事件』
グラナダ版ホームズ『プライオリ学校』

ナツミさんのブログでは、BBCのシャーロックのエピソードと原作についての記事ですが、コメント欄にジェレミーと馬のお話があります。
足跡を追う

さて、子供の頃のジェレミーの写真は、本"Berkswell Miscellany, Volume V"に載っていたもので、ネット上では2007年4月にLiveJournalのファン・フォーラムにはじめて投稿がありました。その後、りえさんがブログで、この本を紹介して翻訳してくださったのをご存知の方も多いでしょう。イギリスにいらした時に、親切なかたから譲られた本でした。これからご紹介する3枚の写真が載っている本のページと、その訳が書かれているのは、りえさんのブログではこちらです。
The Grangeでの生活 3
The Grangeでの生活 4

写真としては、前述のLiveJournalに載っている方が大きいので、LiveJournalの写真へのリンクを書きます。

まず、LiveJournalへの投稿本体のアドレスです。「ジェレミーの子供時代の写真」というタイトルの投稿で、25枚の写真が載りました。
http://jeremybrett.livejournal.com/74806.html

次にLiveJournalの3枚の写真へのリンクです。
ろばにのる、可愛いジェレミー。
ポニーに乗って、お屋敷の建物に入っていきます。
馬に乗るジェレミー。

1枚目はとにかく可愛らしいです!お母様と二人のお兄様と一緒です。
2枚目はポニーに乗ったままで、入り口の段をあがっていきます。
3枚目は特に姿勢がきれいですね。多分この馬も「ポニー」と言っていいのだと思います。知りませんでしたが、ポニーとは特定の品種を指すわけではなく、肩までの高さが147cm以下の馬をポニーと言うそうです(Wikipediaより)。

その他の写真もそれぞれ、元のLiveJournalの記事中の写真をクリックすると大きくなって、さらに右下の"original"というところをクリックすると最大になります。りえさんのブログには、これらの写真が載っている本のページの写真と、文章の訳が載っています。

私もこの本を持っていて、この本を手にすることができたのは、りえさんの場合とはくらべものになりませんが、小さな奇跡のように思っています。りえさんはジェレミーの生まれた家へ向かう途中で道をたずねたら、その方がこの本を譲ってくださったのでした。

この本について少し説明しますと、'The Offshoot Group' of Berkswell Local History Research Group が著者となっています。在野の歴史研究家、あるいはアマチュアの郷土史研究家のグループなのではないかと思います。

この本にはいわば特集として"The Huggins Family of Berkswell" という章があり、その中のかなりの部分が"Life at the Grange" となっていてジェレミーの子供時代のことが記されていますが、他の部分では、第一次世界大戦、第二次世界大戦の頃をBerkswellの人々がどのようにすごしてきたかを知ることができます。

大戦に参加したジェレミーのお父様のことは、"The Huggins Family of Berkswell"の中で別に項目をたてて記されています。また赤十字が戦時中にどのように活動したかについて書かれた部分もあって、お母様の名前はこちらにも書かれています。

この本を読んだアメリカ人のジェレミーのファンが、Berkswellの人達が自分たちの村の歴史をこのように詳細に残しておこうと努力したことにこころを打たれる、と感想を伝えてくれました。彼女が言うとおり、イギリスのある村の歴史を自分たちの手でまとめた本という意味でも、とても興味深い本です。そしてその村は、私たちが大好きなジェレミーが生まれ育ったところでした。

RM
以前4回このブログで引用した1990年のインタビュー記事の最後の部分です。
前の4回はこちらです。

大病の後に;インタビュー記事 When the lights went out (1990) より
俳優であることの重圧;インタビュー記事 When the lights went out (1990) より
最初の入院の時(または「必要とされること」);インタビュー記事 When the lights went out (1990) より
病から得たもの;インタビュー記事 When the lights went out (1990) より

また、インタビュー記事の原文はこちらで読めます。
http://jeremybrett.livejournal.com/105878.html


「病気になることが持つ悲しい面は、自分は社会ののけものだ、不良品だ、とどこかで感じてしまうことです。言ったりしたりすることすべてを友達が心配して見ていて、たとえばいつもよりすばやく耳をかくと、どこか悪いのではないか、と思われたりするのです。[...]

「ひととの関係も、ぎくしゃくとなりました。病気だった時のことを思い出すという理由で、親しかったひとに会いたくなくなったのです。10週間の間、辛い思いをしながら週に2回病院に来てくれたひとたちだというのに。いつかまた私があんなふうになるかもしれないと思って、とても心配しているのを感じて、心配されているというそのことで私も神経質になってしまいました。

「病気がなおったことで、自分を信頼して、自分のことを大切にできるようになったのは、とてもすばらしいことです。長く認めることができなかったことですが、今は自分自身を誇りに思っています。もう一度健康になることができてわくわくしていますし、家族や友達がほっとしているのを感じています。[...]」

"One sad aspect of being ill is that a part of you feels like a leper - you're damaged goods. After you've had a breakdown your friends watch every move you make. If you scratch your ear too quickly, they wonder if it signals a problem. […]

"My relationships were also hurt. I didn't want to be with people to whom I'd been close, because it reminded me that I'd been ill. Remember, they'd been through hell coming to see me twice a week in the hospital for 10 weeks, and they couldn't bear the idea that some day I might be ill again. They were terribly nervous about my health, and that, in turn, made me nervous.

"Recovering from my breakdown has done the most amazing thing for my confidence and self-esteem. I'm proud of myself, which has taken me a long time to recognise. I'm thrilled to be healthy again and I know it's relief to my family and friends. […] "



本当に率直に話している、という印象を持ちます。ジェレミーのこういうまっすぐさに、いつもこころをうたれます。

「いつもよりすばやく耳をかくと」というところは、いかにもジェレミーらしくて、きいている人が重い話題の中でもちょっとにっこりとできるように話すのも、インタビューアへの思いやりでしょう。

そして、親しい人への気持ちについて話しているところは、最初に読んだ時から心に残っていました。自分の感情をみつめて認めることができる素直さと、それを的確に言葉にできるちからというのは、俳優としてのジェレミーが役を理解する時の深さにつながるのだと思います。でも何よりも、人間として、こういうところがとても好きです。

ジェレミーは自分の気持ちにもひとの気持ちにも敏感なひとだと思うのです。そういうところにひかれて、でもそれはジェレミーにある種の傷つきやすさ(vulnerability)も与えたのではないかとも思います。

(でも一方で、David Burkeに「鉄面皮」なんて書かれちゃうのですよね!レストランの真ん中でデイビッドにセレナーデを歌うジェレミーです。)

一番最後のところは省略しましたが、この病気で家族や友人を悲しませるようなことはもう二度としたくないし、決してしない、と言って終わります。この後も何度か病気のために入院したことを思うと、ここを読むとこころが痛みます。でも、ジェレミーは病にたおれても、病むことの悲しみを経験しても、最後にはたちあがって私たちの前でホームズを演じてくれました。生きることを大切にして、自分自身を誇りに思って、まっすぐに生きたひとだと思います。

RM
前回の続きで、私の質問と彼女からの答えです。


**さん、ようこそ。お話できてうれしいです。

あのシーンであなたが書かれたことには気づいていませんでした。とてもおもしろいですね。

いくつかおききしたいことがありますが、ちょっと愚かな質問になるかもしれません。私は馬に一回しか乗ったことがありませんから。あなたは小さい頃から馬に乗っていたなんて、うらやましいです。

(最初に私のむちゃくちゃな英語についておことわりしておきますね。あなたはまだ、私の英語に慣れていらっしゃらないでしょうから。)

>そして、ジェレミーは馬の首の上から足をまわして、地面におります。

この降り方は普通はしないような気がするのですが。むずかしくはないですか?もしむずかしいのなら、なぜここでこの降り方をしたのでしょう。ステッキが手にあったのが、その理由ですか?

>注意深くみたら、自分の足とステッキと手綱を順序よくさばけるように、とっさにステッキを足にからませて、とても上手に着地しているのがわかるはずです。

みました。本当ですね、とても見事ですね。それで疑問が生じたのですが、ステッキで手綱をひっかけて、わざととらえているようにもみえるのですが。(そうだとしても、なぜそうする必要があるのか私にはわかりませんが。)これについて教えていただけますか?

最後に、馬の足を持ちあげるのは簡単なことなのか、知りたいのです。



これが私の質問です。最初の質問は、普通は足を後ろにまわして降りるのではないか、と思ったのです。2番目の質問をしたのは、DVDをみなおすと、手綱が偶然ひっかかったにしては、あまりに偶然すぎるようにみえたからです。といって、わざとだったとしたら理由はわからず、馬からおりた時に手綱が手元近くにあることが必要なのかしら、と思っていました。

答えをいただけるとうれしいなあ、と思っていたところ、とても感じよく答えてもらいました。一部を省略しながら訳します。


降りる時の普通のやりかたは、右足を馬のおしりの上にまわすやりかたで、足を馬の首の上からまわすのは、それよりかなり、さっそうとして格好よい降り方です。JBがこちらを選んだ理由が私にはわかります。私はまだ「三銃士」をみていませんが、ジェレミーはダルタニャンを演じた時、絶対にこんなふうに馬を降りているはずです。私も何度もこのやりかたをしていますが、もしも馬に乗るのに慣れていれば、それほどむずかしいものではありません。JBは小さい時から馬に乗っていますから簡単だったはずですが、ステッキを持っていたので難しくなってしまったのです。乗馬用のむちは15インチくらいでしょうか、でも、ステッキは3フィートくらいのはずです。ジェレミーはおりはじめて、「あっ」と思ったのではないでしょうか。

手綱がひっかかったのは偶然です。ステッキに手綱をからませようとしたのではありません。ジェレミーはそれまでに何度もこのやり方で降りたでしょうが、3フィートのステッキを持っておりたのははじめてだったはずです。手綱をステッキから上手にはずして、シーンを中断させることなく進めた、あの優雅なやりかたには、本当に尊敬の念をおぼえます。

よく訓練された馬なら、足をあげるための合図をわかっています。手を馬の足にそって下におろしていくような動作です。



これが彼女からの答えでした。私はとてもうれしくて、「ありがとうございます。私の質問のすべてに、見事に答えてくださいました!」と返事をしました。

彼女は「JBがこちらを選んだ理由が私にはわかります」と書いてダルタニャンのことを例にあげていますが、言いたいのは、ホームズはダルタニャン同様、馬をあやつるのに慣れていて、身軽に格好よく降りたはずだとジェレミーは思っていたのがその理由だ、ということでしょう。

こうして新しい視点でこのシーンをみることができるのは、本当にうれしいことです。この時のジェレミーのこころの動きや、予想外のことがおきて、とっさに優雅に対応したことなど、馬に乗り慣れている人から解説してもらうなんて、とても幸せな贅沢です。

そしてもう一つは、新しいメンバーに歓迎の気持ちと、その人の投稿の内容にとても興味を持っているという気持ちを伝えて、さらに会話のやりとりができたのも、とてもうれしいことでした。

RM
ホームズをみていてジェレミー自身を強く感じるのはどういう時か、というスレッドへの投稿で、「プライオリ・スクール」でのシーンが話題になったことが今までに2回あります。1回目についてはこちらでお話しました。

今回は乗馬、いえ1回目の時に「乗馬」と書いてしまいましたが、正しくは馬を降りる時のことです。

これを言ったのは8馬の馬を飼っているアメリカの女性です。彼女は1988年に、以前の仕事でイギリスに行った時に舞台「The Secret of Sherlock Holmes」をみたそうで、この舞台のことも後日私たちに話してくれました。でも「プライオリ・スクール」での1シーンについて書いた時はフォーラムではじめて発言してからたしか3日後、3つ目の投稿で、最初は自己紹介のスレッドから書き始める場合が多いのですが、彼女はそのスレッドに気がつかなかったため、私たちは彼女(あるいはその時点では彼かもしれなかったその人)がどういう人かを知りませんでした。そして、まだ誰からも「フォーラムへようこそ」の挨拶を受けていませんでした。

最初の2つの投稿は他の投稿への短いコメントという形だったこともあって、返事がつかなかったのですが、3つ目は私にはとても興味深く思えて、誰かが返事をして話題をふくらませてくれないかしら、そうでなくても新しいメンバーへの歓迎のコメントがつかないかしらと思って少し待ちましたがつきません。新しいメンバーはいつも大歓迎で、自己紹介のスレッドでは皆が競うように言葉をかけるのですが、今回は変則的な登場でした。でも、そういう事情を知らない彼女は少しがっかりしているかもしれません。

それで、今回は私がむちゃくちゃな英語で先頭切って「ようこそ」を言って、質問を書くことになりました。

彼女の最初の投稿の概要を紹介します。


「プライオリ・スクール」に、まさにジェレミー、というすばらしいシーンがあります。ホームズとワトスンがみすぼらしい馬に乗って、宿屋からホルダネス屋敷に向かう途中です。まず言いたいことは、乗馬服でない服(street cloths)を着てステッキを持ってポニーに乗ってもまぬけにみえないのは、世界中でジェレミーだけでしょうね。

そして、ジェレミーは馬の首の上から足をまわして、地面におります。注意深くみたら、自分の足とステッキと手綱を順序よくさばくために、とっさにステッキを足にからませて、とても上手に着地しているのがわかるはずです。

私は小さい頃からずっと馬に乗っていますが、私が同じことをしようとしたら、多分顔から落ちていたことでしょう。でもジェレミーはとても見事にやってのけています!



このシーンでは、ジェレミーが馬に乗っているのを見ることができたのがうれしかったし、馬の前足を持ち上げるのをみて、馬の扱いに慣れているからできるのだろうなあ、と思っていたのですが、馬から降りるところは特別だとは思っていませんでした。馬に乗り慣れている人が、ジェレミーが降りる様子に感嘆してほめているのがとても興味深かったので、DVDをみなおしたら、たしかに彼女の言うとおり、降りぎわにステッキのまがったところに手綱がかかったのを、馬を降りながらまだ空中にいるところでステッキを両足の間に少しくぐらせて、最後は上手に足の向こう側で手綱をはずしていました。本当に一瞬で、姿勢も特に乱れていないので、言われないと気がつきません。

これをあらためて映像で確認して、質問したいことがでてきました。私の質問と彼女の答えについては、次回に書きます。

RM
今日は、このブログをはじめてから3回目に迎える、ジェレミーがこの世を去った日と同じ9月12日です。そして私がジェレミー・ブレットという人のことを知ってから、約3年半になります。グラナダ版のホームズは80年代から知っていたのですが。

このブログではじめて迎えた9月12日前後は、ジェレミーのことを思うと、知ってすぐの頃ほどではありませんでしたが、まだよく涙を流していました。2年目は、この世にいる人とこの世を去った人のつながりの中で、ジェレミーを感じていました。

3年目は、過ぎていく時間の中にこの日がある、という気持ちです。

すごーく妙な日本語になりますが、それを承知で記すと...
すでにこの世に生きていないというかたちで、ジェレミーは私にとっての約3年半を(この世で)存在してきた、という感じです。

いろいろなことがある意味ではかわっていきました。この世ではすべてのものが、うつりかわっていきます。

何かを思いながら時が過ぎていくというのは、こういうことなのだなあ、とあらためて感じます。思いもまたうつりかわっていきます。

かわるものがあって、でも、かわらないものもある。かわらないものが尊くて、かわるものには意味がない、のではなく、かわるものにしがみつこうとするとき、それは変質してしまうのでしょう。

そして、この世に生きていない人の存在は、時に近くて、時に遠い。


みなさまの中では、ジェレミーの存在はどんなでしょうか。ずーっと前から知っていたかたもいらっしゃるでしょうし、最近のかたもいらっしゃるでしょうね。私と似た感じのかた、全然違うかた、どちらもいらっしゃるかもしれません。


2年前の9月12日前後に書いた記事は、こちらにあります。ご参考までに。
最期の日々(1)
最期の日々(2)
My Fair Lady (1964) の初日の映像と、追悼式で読まれた詩
9月12日
15年前の9月12日のこと:新聞記事から
PBSが放送したジェレミーの追悼番組

RM
ここ数ヶ月の内に偶然にも「プライオリ・スクール」に関するいろいろな感想を読みました。ナツミさんのブログの記事とそのコメント欄では原作に関して、そしてコメントを寄せていらしたかたがご自分のブログに書かれていた記事ではグラナダ版に関してでした。お二人とも私と違って原作を先にお読みになったかたですから、違う視点からのお話がうかがえて、興味深かったです。

もうひとつは、ファン・フォーラムで「プライオリ・スクール」の二つのシーンに触れていたものです。どちらも、ホームズにジェレミーをつよく感じる時、というスレッドでした。今日はその一つ目のシーンについてお話しましょう。

中国からの人が、「プライオリ・スクール」での公爵とホームズの間の終盤のシーンについて書いていました。秘書のジェームズ・ワイルダーが自分の息子であることをホームズに言い当てられた後の公爵の言葉と、その時のホームズの表情です。

「『彼女は息子を残して死んだ。ジェームズだ。私はジェームズを息子として愛したのだが。』
ホームズがほんの少し眉根を寄せてほほえむとき、その目には悲しみと哀れみを感じます。このシーンをみるといつも、こころが痛みます。」

これにイギリスの人が、

「私も同じです。いつもこのシーンをみると演技以上のものを感じます。なぜかは説明できないのですが。」

と答えています。

PriorySchool2.jpg


ここでは、話している公爵の映像をはさみながら、黙ってきくホームズがアップでうつしだされます。気持ちを反映して、表情が少しずつ変わっていきます。私はこれを読むまでは、このシーンでのホームズの表情は特に記憶には残っていませんでした。ただ、ホームズと公爵の間に、探偵と事件関係者以上のものを感じていました。もちろん他の作品でも、ホームズが謎に関わる人達にいだく、いろいろな感情をみることができますが、この作品では、思いやりとも友情とも言っていいようなものを感じるのです。社会的立場も財力もまるで違って、事件が解決すればもう二度と会うことがない人への気持ちではありますが。

中国の人とイギリスの人がともに「ホームズにジェレミーを感じる時」としてこのシーンをあげたということは、私がホームズと公爵の間に感じる感情は、原作からははなれてしまっているのかもしれません。原作を何よりも大切にしたジェレミーにとって、このような私たちの印象は、少し迷惑でしょうか?

いえ、ジェレミーは原作を重んじるとともに、ホームズを映像の中で生身の人間として演じることにこころをつくした人ですから、私たちの気持ちを大切にしてくれると思います。

そして二人がこの表情に何かを感じるのは、ジェレミー自身が愛する人を亡くしたということが、その背景にあるのかもしれない、と投稿を読んで思いました。ジェレミーのホームズを間にして、遠く離れたところに住む二人の人が思いをわけあった、ささやかだけれども美しい瞬間だと感じます。


同じスレッドで話題になったもう一つは乗馬のシーンでした。これについては、機会があればまた書くことにします。

RM
前回、グラナダシリーズの撮影場所へのリンク集と、エピソードごとの表が載っているウェブサイトをご紹介しました。全部確かめたわけではないのですが、このウェブサイトはおそらく"A Study in Celluloid"を参考にしているのでしょう。ですからこの本で言及されていないところは、表にも載っていないことになります。でも時々、本にも表にも書かれていないロケの場所をみつけることがあります。他のエピソードで使われた場所と共通、ということで気がつくのです。

今日ご紹介するのは、"The Final Problem(最後の事件)"と"The Abbey Grange(修道院屋敷)"の両方で使われた、Keighley and Worth Valley RailwayのOakworth Stationです。この駅が"The Final Problem"で使われたことは、"A Study in Celluloid"にも前回ご紹介したウェブサイトにも載っています。Wikipediaでの説明によると、この駅にはガス灯が灯り、荷車の上に大きなミルク缶がのっていて、古い広告があるなど、往時の雰囲気を残しているそうです。鉄道のウェブサイトはこちらです。

ミルク缶や古い広告ときくと、思い出されるでしょう、"The Final Problem"のシーンを。ここでは広告がうつっているシーンのスクリーンショットをご紹介します。

FinalProblemOakworthStation.jpeg



今年の5月にeBayに下のポストカードが出品されました。説明には"The Abbey Grange"の撮影時のスナップだ、と書かれていました。ジェレミーとエドワード、そして右隅に誰かの足がみえます。

AbbeyGrangeOakworthStation1.jpeg

"The Final Problem"と同じ場所ですね!あらためて"The Abbey Grange"をみると、ホームズとワトスンが帰りの汽車を突然おりる、あの駅です。駅舎の前のシーンを"The Final Problem"と"The Abbey Grange"の両方からどうぞ。1枚目では向こうにミルク缶がみえます。

FinalProblemOakworthStation2.jpg
AbbeyGrangeOakworthStation3.jpg


この2つの作品で同じ駅が使われていたことに、とっくに気がついていたという方も、もしかしたら多いのかもしれませんね。でも私にとっては、はじめてみる写真、はじめて知る"The Abbey Grange"のロケ現場でした。こういう撮影現場のスナップ写真をみるのも私は好きなので、2枚目にあげた写真のご紹介もかねて記事にしてみました。

RM
ご存知のかたもいらっしゃると思いますが、グラナダシリーズの撮影場所へのリンク集がこちらにあり、
A Not So Elementary List of Filming Locations
そして、エピソードごとに撮影場所が書かれた表がこちらに載っています。ながめるとなかなか面白いのです。
Filming Locations Arranged by Episodes

最近フォーラムに、グラナダシリーズのプロデューサーだったMichael Coxが書いた本、"A Study in Celluloid"のレビューを投稿した人が、この本を読むとグラナダシリーズが実に丁寧に作られたことがわかって、制作にかかわった人たちにあらためて尊敬の念を覚える、と書いていて、その例に「修道院屋敷」のお屋敷は実際は3つの邸宅を使って撮影されたということをあげていました。"A Study in Celluloid"ではこのように書かれています。

Our Abbey Grange is a composite of three great houses on the south side of Manchester: Adlington (which had appeared before in The Speckled Band), Dunham Massey and Tabley.

表で調べますと、この3つの撮影場所のうちの一つ、Adlington Hallはよく使われていますね。The Solitary Cyclist, The Speckled Band, The Abbey Grange, The Master Blackmailer, The Last Vampyre, The Dying Detective, The Golden Pince-Nezの7作品があがっています。そして、りえさんがイギリスに住んでいらしたときに、この場所を訪れていらっしゃいましたね。

"Bending the Willow" によれば、Four Oaks Mysteryでも使われていたようです。ちなみに、Four Oaks Mysteryは1992年にチャリティー番組のためにつくられたミステリードラマで、4つの部分にわかれているうちの最初の部分の約10分間をホームズとワトスンが担当します。この後捜査は次の探偵に引き継がれるので、解決には至っていません。パスティーシュ作品です。

この中に、Lady Cordeliaというホームズのゴッドマザー(教母, 名づけ親)が出てくるのですが、彼女はホームズのことを「シャーロック」と呼びます。ディナーのシーンでは、料理に手をつけずに目をつぶっているホームズに、テーブルをばんと叩いて、「起きなさいシャーロック、まったく、あなたときたら!」なんて言います。こんなことをホームズに言える女性がいる、ということ自体が新鮮に思えます。ワトスンが「ホームズはよく目をつぶって考えるんです」ととりなしています。

いつも思うのですが、私はHolmesという言葉の響きが好きで、でもSherlockという名前はまたそれとはずいぶん響きが違って、こちらも特別に好きです。「踊る人形」の中程、リドリング・ソープ荘園に到着したところで、ワトスンが "This is Mr Sherlock Holmes." と警部と外科医に告げる場面もいいですね。

この名前が好きなので、BBCのSherlockをみると、彼がSherlockとよばれていることが少しうらやましいのです。このパスティーシュの中でジェレミーのホームズが、Lady CordeliaにSherlockと呼ばれているのをきくと、どきどきしたりします。

市販されたことがない作品ですので、YouTubeのビデオのアドレスを書いておきましょう。今後特典映像としてDVDやBlu-ray Discに入るといいのですが。

http://www.youtube.com/watch?v=qIN5_NgUbOQ

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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