Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

ハドスン夫人を演じたRosalie Williams(ロザリー・ウィリアムズ)のインタビューをご紹介しているシリーズの4回目です。1992年のインタビューで、RWがロザリー、SSがインタビューアです。

追記:ナツミさんのブログの「ミセス・ハドスン」もどうぞご覧くださいね。うれしいことに、私のこのシリーズへの「勝手に連動企画」として、現代版ハドスンさんと原作のハドスンさんの比較をしていらっしゃいます。


SS: David Burke(デイビッド・バーク)と Edward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)の二人のワトスンと演じる時、 何か違いがありますか?

RW: 全然違いは感じません、二人とも似たタイプの俳優ですから。役の演じ方が似ています。でもいったんハドスン夫人としてセットに入れば、 芝居の相手がどんなふうであろうと私はそれに反応するだけなのです。それぞれのワトスンに対して自分の演じ方をかえたということはまったくありません。

SS: 観ていてとてもうれしいのは、ハドスン夫人とワトスンがお互いにあたたかい気持ちを持っていること、そしてワトスンが気持ちよく暮らせるように、あなたが気にかけていることです。シリーズの最初からそうでしたね。

RW: そう、彼らは言ってみれば私の子供のようなもので、大切に思っているのですもの。これには私の解釈もまじっているのかもしれません。私自身がそういう性格なんです。厳しい老婦人ではなくて優しいタイプだと思いますよ(笑い)。ハドスンさんを生きた人間として演じたいと思いました。それが大切なことです。紙から切り抜いたようにはしたくないのです。
(中略)
ハドスン夫人とホームズの関係を描くのに、私たちがやり過ぎてはいないことを願っています。時には監督が「いや、それはちょっと」と言うかもしれません。ある場面で、ジェレミーが私に花を捧げたいと提案したことがありました。マリーゴールドの小さな花を渡して、ホームズの気持ちをそっとあらわしたのです。とても素敵なシーンでした。コナン・ドイルが書いたものではなくて、私たちが演じている時に生まれたものでした。でも私にとってはそのおかげで、役にいのちが吹き込まれたのです。


SS: Has there been any difference playing opposite the two Watsons, David Burke and Edward Hardwicke ?

RW: None at all, I would say, because they are similar actors. They play in a similar style, but once I'm on that set as Mrs. Hudson I just react to whatever character comes on. I really can't say I've made any adjustments between those two.

SS: We like very much the warmth between Mrs. Hudson and Dr. Watson, and your concern for his welfare. That's been in the series from the very beginning.
RW: Well, they're my boys, as it were, and I care for them. That may be partly my interpretation, because I am that type of personality myself; I do think I play soft rather than as an old dragon. (Laughs) I wanted her to be real, that's the main thing; I didn't want her to be a cutout figure.
[...]
I hope we haven't overstepped the mark in the relationship. Sometimes the director will say, "Oh, no." In one, Jeremy wanted to give me a flower. He gave me a little marigold, just as a little gesture. It was very sweet. It wasn't Conan Doyle; it was just something that happened when we were playing. But it rounds off the character for me.



セットでは役として自然に相手に対応するという感じ、なるほど、と思います。一人の生きた人間としてのハドスン夫人を演じたいと言っていますが、私たちの前に本当にそのようにハドスン夫人をみせてくれましたね。それから、ハドスン夫人の中にロザリー自身もまたあらわれているのですね。

"Well, they're my boys, as it were, and I care for them." のところ、二人のワトスン(だけ)ではなく、ホームズとワトスンのことを言っていると、文脈から解釈しました。「ハドスン夫人とホームズ;Rosalie Williamsの1992年のインタビューから(1)」で引用した、これに先立つ部分で、ハドスンさんは「ホームズのお母さんみたいな人」だと言っていますし、今回の引用部分の後半でハドスン夫人とホームズの関係を引き続き話していますから。

その後半部分では、「海軍条約事件」でのホームズがハドスン夫人に花を捧げる場面について話しています。「ホームズがハドスン夫人に花をささげる場面;Rosalie Williamsのインタビュー(1996)より」で以前引用した部分でも話してくれました。そのシーンに役として臨んだ時に生まれる工夫や思いつき、こう演じたいという気持ちによって、役が生き生きと動き始めるのですね。そしてジェレミーとロザリーの撮影現場での気持ちの通い合いが目にみえるようです。

RM
先日の記事「Steve Shipmanが撮影したジェレミーのポートレート(感想)」で、「この頃のジェレミーとしての写真で私の印象にあるのは、微笑んでいるようなやわらかい表情か、少しメランコリックな表情のものです」と書いたのですが、そういえば昨年の12月に、舞台芸術や映像作品を専門とするイギリスの写真ライブラリ、ArenaPALのサイトにアップロードされた2枚の写真がちょうどそういう表情だったのを思い出しました。まだあまり知られていない写真だし素敵なので、ご紹介しましょう。これは舞台の写真ではなく、ポートレートです。(今回もまた横道にそれちゃいますが、こういうぶらぶら歩きも好きなので。)

撮影時期はあきらかではなくて、1980年代半ば、となっています。先日ご紹介したSteve Shipmanの写真よりも数年前のものだと思います。

透かし(watermark)があるのが残念ですが、1枚目は顔が透かしに邪魔されずにちゃんと見えるので、うれしいです。ちょっとメランコリックな表情のものです。
http://www.arenapal.com/imageflows/preview/t=arenapal&f=ARP1291439

2枚目は透かしに邪魔されてしまっていますが、微笑んでいるのがわかりますね。
http://www.arenapal.com/imageflows/preview/t=arenapal&f=ARP1291440

検索結果の画面では透かしがないサムネールで写真をみることができます。とても小さいですが。それからライブラリにあるジェレミーの他の写真をご覧になれます。それぞれのサムネールをクリックすると、透かし入りの少し大きな写真になります。
http://www.arenapal.com/imageflows/grid/?s=%22jeremy+brett%22&Submit=search

(2月1日追記:今現在は上の"Jeremy Brett"での検索結果がみられなくなっています。理由はわかりません。引用符なしでの検索ではジェレミーではない写真が含まれますが、以下のアドレスです。
http://www.arenapal.com/imageflows/grid/?s=jeremy+brett

ホームズ以外は、1枚を除いては、舞台作品かその舞台裏の写真です。ハムレット以外はあまり知られていないかもしれませんね。いつか知っている範囲でご紹介しましょう。

RM
前回の記事を書いた後で何となく考えていて、ああ、私はまだひっかかっている、こだわっているのだなあ、と思い当たりました。ジェレミー・ブレットというひとの印象が、ホームズのために病を得て苦しんだ俳優、と固定されてしまうことに、です。それはこのところのいくつかの出来事、たとえばイギリスで "Curse of Sherlock Holmes" という舞台が3月に上演されることとも関係しています。(http://www.romjanfrances.com/#/sherlock/4570950825)

でも誰がジェレミーについてどんなイメージを持とうが、そして私がどんなイメージを持とうが、それはジェレミーの本質にはまったく影響しないということ、そのことを思い出しました。

その上で、ジェレミーのことを短い言葉で言うとして、どんなふうに描写・形容した言葉がこころに残っているかしら、と考えるともなく考えていました。エピソードというほど長くなく、短いものです。

そして、一番はこれ!と思いました。1995年11月29日のジェレミーを偲ぶ会で、Edward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)はこう言っています。(David Stuart Davies著 "Bending the Willow"より)

「ジェレミーのことを思う時はいつも、ジェレミーが笑っているのを思い出すでしょう。」
'Whenever I think of Jeremy, I think of him laughing.'

最後の約10年間、友人であり仕事仲間だったエドワードのこの言葉がとても好きです。他にもいろいろと思い浮かぶものがあります。これもシリーズになるかしら?

Colin Jeavonsのシリーズももう1回書きたいことがあるし、Rosalie Williamsのインタビューもご紹介したいし。寄り道しながら、気楽にぶらぶらと書いていきます。楽しく書くのが一番ですね。

そして、自分で何となく感じているだけでは気がつかないことも、文字にしたおかげではっきりしたり、こころの整理ができたりします。それから、コメントを頂いてこころ動かされたり、新しい視点を得たり、知らなかったことを教えていただいたりします。そういうところが、ブログを書く楽しみなのですね。

RM
BBC版SHERLOCKでシャーロックを演じるBenedict Cumberbatch(ベネディクト・カンバーバッチ)は、いろいろな時にジェレミーのこと、グラナダ版のことをたずねられるようですが、彼がジェレミーのことをどう言っているか、ネットで読めるもので私が知っているものを備忘録を兼ねてここに集めておきます。


Sherlock's Benedict Cumberbatch on Jeremy Brett – “He was magisterial and tragic”
Radio Times, 10 October 2012
http://www.radiotimes.com/news/2012-10-10/sherlocks-benedict-cumberbatch-on-jeremy-brett--he-was-magisterial-and-tragic
ベネディクトはグラナダシリーズがとても好きなのですね。それがとてもよく伝わってきて、うれしいインタビューでした。子供の頃おばあさまのおうちでよく観ていて、そしてSherlockを初めて演じた後でもグラナダ版を観たということでした。
(追記:上記の記事を元にBBC Americaのウェブサイトに書かれた文章です。
Benedict Cumberbatch Honors Former ‘Sherlock’ Jeremy Brett
October 10th, 2012
http://www.bbcamerica.com/anglophenia/2012/10/benedict-cumberbatch-pays-homage-to-former-sherlock-jeremy-brett/


こちらは2010年の記事。
Benedict Cumberbatch modernizes 'Sherlock Holmes'
USA today, 10/17/2010
http://usatoday30.usatoday.com/life/people/2010-10-17-benedict-cumberbatch_N.htm
ここでは、母がジェレミーの友人だった、と言っていますし、ジェレミーのホームズについても話しています。


そしてTumblrに引用があったもの。引用元はSherlock: The Casebookという本で、2012年発行です。
Benedict Cumberbatch, interviewed for Sherlock: The Casebook
http://thenorwoodbuilder.tumblr.com/post/39948232802

ここで引用されている部分以外にも、アマゾンでこの本の一部を読むことができます。http://www.amazon.co.uk/dp/1849904251
この本は先日翻訳されましたので、今度本屋さんでみてみようと思っています。

ところでインタビューアが、Robert Stephensがジェレミーにホームズを演じるなと1980年代に警告した、とベネディクトに言っていますが、私はこれはTerry Mannersの本 "The Man Who Became Sherlock Holmes: The Tortured Mind of Jeremy Brett" でしか読んだことがないです。Terry Mannersの本は伝記というよりも、資料のつぎはぎと想像力でできあがった小説と言った方がいい本です。(この本が小説であることを示すよい例は、ジェレミーがこの世を去る時に何を見て何を思ったかが、推測や想像としての書き方ではなく、事実として書かれていることです。また参考文献のリストは全くありません。)

ホームズは空っぽなので、俳優はホームズの中身を埋めなければならないとRobert Stephensが言ったことや、ホームズを演じる過程でRobert Stephensが精神的な危機的状態におちいったことは、何度かジェレミーが話しています。(たとえば1991年のLA Timesのインタビューでは、最近ロバートとこういう話をした、と言っています。)しかし、ロバートが1980年代に、ジェレミーがホームズを演じようとするのをとめたというのを、Terry Mannersが資料にもとづいて記述しているのか、私は知りません。

また、Amazonで読める部分にある、ジェレミーに双極性障害の症状が出ている時のある出来事も、私はTerry Mannersの本でしか読んだことがない内容です。

「Sherlock: The Casebook」はとてもよい本だということを翻訳された方のブログ、アマゾンでのコメントや、この本を読んだ方のブログで知りました。しかしジェレミーに関する記述は少し心配です。プレビューで読めるところ以外に何が書かれているか(あるいは上記の二カ所以外は書かれていないか)を知りませんが、Terry Mannersが本に記したような、一般の人が好むセンセーショナルな「逸話」が "SHERLOCK" のファンに印象づけられるのは、ジェレミーのファンとしては少し残念に思いました。

でもある作品が言わば「永遠のいのち」を得る過程では、それに付随する特定の「伝説」が語りつたえられるものなのかもしれません。そしてそれを発端としてもっと知りたいと思った人だけが、その「伝説」の向こう側を調べはじめるのかもしれません。それはそれでよいのでしょう。

読まずにいろいろと言うのはいけないですね。くりかえしますが、この「Sherlock: The Casebook」という本は、BBC版のSHERLOCKがお好きな方にはおすすめの、素晴らしい本だということです。


さて、主題にもどって、今回の覚え書きの最後です。アメリカでおこなわれたトークショーで、ベネディクトが客席からの質問に答えている中で、ジェレミーのホームズに触れている部分は、以前にこちらの記事でご紹介しました。ベネディクトはジェレミーのホームズをとおして、ホームズに最初に出会った、ということでした。この記事でリンクを書いた、元の発言とその日本語訳を載せてくださった方が、前述の「Sherlock: The Casebook」を訳していらっしゃる方です。


フォーラムのジェレミーのファンの中にもSHERLOCKのファンはたくさんいて、ベネディクトがジェレミーのホームズを高く評価していることをとても喜んでいました。また、SHERLOCKのファンの若い人で、グラナダシリーズをはじめて観て、びっくりしてグラナダ版にも夢中になる人の投稿が時々Tumblrに載っていて、とてもうれしくなります。

RM
Rosalie Williams(ロザリー・ウィリアムズ)のインタビュー、もう少しご紹介します。

最初に半分覚え書きとして書いておきますが、ロザリーのグラナダ・シリーズに関するインタビューで私が知っているのは、今日も引用する1992年のものと、ジェレミーが亡くなった後に雑誌(Scarlet StreetとThe Ritual)の追悼号に載ったものの計3つです。それ以外に、2007年に出版されたEwan MacCollという人の伝記のために、2003年にロザリーがインタビューに答えて若い頃の話をしています(http://www.amazon.co.uk/dp/0745321658)。ロザリーの消息で私が知っている一番最近のものは、IMDbの掲示板(http://www.imdb.com/name/nm0931600/board/nest/71951114?d=120741846&p=1#120741846)にある、Rosalieのマンチェスターの家の部屋を借りている、という人からの投稿で、2008年10月の日付のものです。今もお元気で幸せに暮らしていらっしゃることを願っています。

さて、今日のところですが、もう少し別のところからも引用したくなったために、前回予告した"my boys"までたどりつきませんでした!前々回の「ハドスン夫人とホームズ;Rosalie Williamsの1992年のインタビューから(1)」の「二人は仲のよい喧嘩相手なんだと思います」と言っているすぐ後の部分です。


RW: ホームズがかんしゃくを起こしても、ハドスン夫人はやりかえせるのです。ハドスンさんが勝つときもあるし、負けるときもありますが、最後には目を輝かせて視線を交わします。まるで「まあ今回はあなたが勝ちましたけれども、次は私が勝ちますよ」と言うように。一瞬のまなざしや身振りかもしれません。二人は --「親友」という言葉はちょっと違いますね -- でも二人はお互いのことをよく理解していて、言わば仲良く暮らしているのです。

RW: When he throws a tantrum, she can come back at him. She may win or she may lose, but at the end of it, there will be a twinkle between them as if to say, "Well, you won that time. But I'll get you next time." It may only be a glance, you know, or a gesture. They're still—not good friends; that's not the right way to put it—but they understand each other and they live together in a sort of harmony.



「女主人」として、そして「お母さん」としてのハドスン夫人以外に、対等な喧嘩仲間、という面もロザリーは話してくれています。「二人はお互いのことをよく理解していて」というのを読んで、あたたかい気持ちになりました。このインタビューは読めば読むほど、全部引用したいくらいに好きになります。

RM
前回「Steve Shipmanが撮影したジェレミーのポートレート(そして、Rupert Gravesの写真も)」でご紹介したジェレミーの写真について、二種類の感想をきいたことがあります。そのことが、最近私がジェレミーのファンフォーラムへの投稿をお休みしていることと一部、そして間接的に関係があります。少し書いてみたいと思います。

一つの感想は、これはジェレミーの健康状態が悪くなりはじめた頃だろうが、それでもかわらずジェレミーらしさ、存在感(presence) が感じられてうれしい、というものでした。そしてもう一つは、悲しい目をしている、あやうさ、傷つきやすさ(vulnerability)を感じる、という感想でした。

この写真は1990年頃でしょうか。薬の副作用で顔がふっくらとしているのは、どなたもお気がつきになるでしょう。

この頃こういう表情で、ホームズとしてではなくジェレミーとしてうつっているのは、珍しいように思います。この頃のジェレミーとしての写真で私の印象にあるのは、微笑んでいるようなやわらかい表情か、少しメランコリックな表情のものです。こういう「挑むような」とも言えるような強い表情の写真は思い浮かびません。それをある人は存在感(presence)と言ったのでしょうが、吸引力、強い魅力(magnetism, charisma)という言葉も浮かんできます。

一方で、この表情にあやうさ、傷つきやすさ(vulnerability)を感じた人は、悲しみを表に出さない強がりを感じたのでしょうか。あるいはこの強い表情の中に、ホームズと同化しようとするあやうさをみたのかもしれません。

私は両方とも、気持ちがわかります。でもその上で、私の感想は前者に近いのです。そして後者のような反応は、この写真に関しては比較的おだやかでしたが、特に最後の5年間のジェレミーに関してあまりに強くファンの間であらわれると、とまどう気持ちが最近の私の中にはあります。1990年以降の写真や記事や話題に関して、「それを見て(読んで、話をきいて)とても悲しくなりました」というような反応です。気持ちが暗くなるから触れるのを避けたいような、悲劇的な話題であるかのような空気。

繰り返しますが、その気持ちもわかるのです。私も最初は、こんなに輝いている人がそんなに苦しんで死ななければならないなんて、どうしてだろうと思って涙が出ました。そしてどうしてこの世を去って久しい異国の俳優のことで、こんなに涙が出るのだろう、と不思議でした。(2番目の「どうして」に関しては、偶然であり必然であったとしか言えないのですが、それはまた別の話です。)

今は、もちろん悲しくなることがないとは言えないのですが、でも通奏低音のようにいつも流れているのは、見事に生きて見事にこの世を去った一人の人の人生を言祝ぐ(ことほぐ)、というそのことだけです。病んだことも含めて、なんと見事に生きたのだろう、と。

そしてもっと言うと、人はみなその人生を終えた時に、「見事に生きて見事にこの世を去った」という以外に、何があるのでしょうか。それはジェレミーに限りません。誰でもです。

でも私のなかに偶然に(そしてある意味では必然的に、他の人ではなく)ジェレミーのことを知りたいという気持ち、その人生を言祝ぎたいという気持ち、それを機会があれば他のかたがたと共有したいという気持ちがあって、それで出演作品や写真や記事をさがしたり、こんなブログをはじめたり、フォーラムでお話したりするということなのです。

だから私は熱狂的なファンでもなければ、冷静な分析家・批評家でもない。何か弱さや秘密があったとしてもそれを強調したり分析しようとは思わないし、逆にそんなものは見たくない、触れたくないと思うこともない。

ジェレミーと会うことがあっても... ってどこで会うんでしょうね、そう、ジェレミーが今この地上にいたとしても、私が今この世以外のところにいたとしても、遠くでにこにこしてジェレミーのことをみているだろうなあ、というのが最近の私の気持ちです。

一枚の写真のことから脱線したようにも思いますが、私の中ではつながっています。そしてちょっと書きたくなったので、こんな文章になりました。

RM

前回グラナダシリーズのレストレード、Colin Jeavons(コリン・ジェボンズ)のポートレートをご紹介した時に、そういえば、と思い出したのが今回の2枚の写真で、Steve Shipmanという写真家が撮ったジェレミーのポートレート、そしてRupert Graves(ルパート・グレイブス)のポートレートです。ルパート・グレイブスというと、BBC版「SHERLOCK」をご覧の方はぴんと来るでしょうが、BBC版でレストレードを演じている俳優です。

2枚の写真をみることができるSteve Shipmanのウェブサイトはこちらです。
http://steveshipmanphotography.com/celebrity-portraits-steve-shipman-london-portrait-photography

上のページで説明していますが、Steve Shipmanは現在は結婚式を専門に撮る写真家ですが、以前は俳優やコメディアンなどのポートレートを雑誌のために撮影していたそうです。雑誌のためにはカラー写真を撮っていましたが、可能な場合はそれとは別に白黒写真を撮っていて、その内の何枚かは前回ご紹介したThe National Portrait Galleryにおさめられています。そしてこのページには白黒写真の一部がアップロードされています。

今後アップロードされる写真の枚数がふえると場所がかわるかもしれませんが、現在はページの下の部分に並んでいる写真のうちで、一番上の並びの右から3番目にジェレミーの写真があります。クリックすると大きくなります。

そして同じ一番上の並びの右から7番目がルパート・グレイブスです。美青年ですね!今49歳だそうですが、これは20代でしょうか。ちなみに私は、新橋のガード下でルパート・グレイブス演じるレストレードを囲む会の一員です。(うふふ、これが何のことかは、ナツミさんのブログの「レストレードについて」の記事のコメント欄をお読み下さい。)前回の写真の中の、「昭和のアイドル」のようなコリン・ジェボンズも、新橋のガード下が似合いそうですね!(これが何のことかは、「National Portrait Galleryにある写真」の記事のコメント欄をお読み下さい。)

ジェレミーの写真についての感想は、またあらためて書くつもりです。

RM
National Portrait Galleryにある写真をご紹介しましょう。ここにジェレミーの写真があることは、りえさんがイギリスに住んでいらした時に紹介して下さいましたから、ご存知の方も多いかもしれません。ギャラリーのウェブサイトの、ジェレミーの写真のページはこちらです。
http://www.npg.org.uk/collections/search/portraitLarge/mw58414/
私はこの写真は、"The Secret of Sherlock Holmes" の楽屋での写真だと思っていましたが、今日みなおしたら1992年となっています。これが撮影時期として正しければ、グラナダスタジオかリハーサルルームの楽屋なのでしょうか。1992年でしたらアメリカツアーの後、シリーズの作品放映時期で言うと「犯人は二人」以降になります。(ただし「犯人は二人」の撮影はアメリカツアーの少し前、1991年だったと記憶しています。)斜め後ろからの姿、そしてこちらを見ている鏡の中のジェレミー。

このギャラリーのウェブサイトには、これだけではなくジェレミーの最初の奥様のAnna Masseyと息子さんのDavid Hugginsの写真があります。
http://www.npg.org.uk/collections/search/portraitLarge/mw58660/

そしてグラナダでの共演者としては、レストレードを演じたColin Jeavonsの写真もあります。
http://www.npg.org.uk/collections/search/portraitLarge/mw82606/
1987年だそうです。渋くてどこか哀愁漂っていて、演じていない時の表情もいいですね!1986年放映の「六つのナポレオン」より後になります。

でもこの2枚には負けてしまうかもしれません。子供と動物には勝てない、などとも言いますし。ご存知の方はご存知でしょうが、Edward Hardwickeのかわいらしい写真です。
http://www.npg.org.uk/collections/search/portraitLarge/mw69040/
http://www.npg.org.uk/collections/search/portraitLarge/mw69041/
1933年10月13日とあります。1932年8月7日生まれですから、1歳と2ヶ月ですね。お母様もきれいなかた、お父様もハンサムで、そしてまあエドワードのかわいらしいこと!

もう一人のワトスンのDavid Burkeと、ハドスン夫人のRosalie Williamsは残念ながらみつかりませんでした。グラナダの共演者で他にこのギャラリーに写真がある俳優がいるか、いつかいろいろと検索してみようと思っています。

RM
新年のお慶びを申し上げます。皆様も私自身も、あたたかい気持ちですごせる一年であることを願っています。そして今年もこの場所にも時々おいでいただいて楽しんでいただければ、望外の喜びです。

今年最初の記事です。年末に引き続き、あたたかい気持ちになれるハドスン夫人にまつわるお話です。


ハドスン夫人とホームズ;Rosalie Williamsの1992年のインタビューから(1)」では、ハドスン夫人を演じたRosalie Williams(ロザリー・ウィリアムズ)が、ハドスン夫人とホームズの関係について話していました。同じインタビューから、今度はワトスンのことも含めて話している部分をご紹介しましょう。SSがインタビューア、RWがロザリーです。


Holmes' Sweet Home
An Interview with Rosalie Williams
by Richard Valley

Scarlet Street, pp.24-29, No.8, 1992

SS: ハドスン夫人はワトスンのことをどう思っているのでしょう?

RW: 二人は友情で結ばれている、と言うのがよいと思います。二人ともホームズのことをこころから大切に思っていて、ある意味では協力してホームズの世話をしています。ハドスン夫人はドクターのことがとても好きで、親しみを感じています。とても尊敬しているのです。ホームズとの間よりも、ワトスンとの関係はもっとおだやかで、でも一番大切なことは二人は一緒にホームズの面倒をみていて、ホームズがむちゃくちゃなことにならないように気をつけているということです(笑)。私が演じているハドスン夫人はたいていの場合はホームズとワトスンの間でおこることをみているだけなのですが、それがハドスン夫人とワトスンが共有しているものなのです。扱いがとてもむずかしくて、それと同時にとても愛すべき人であるホームズを一緒に見守っているのです。

SS: How does Mrs. Hudson view Watson?

RW: I feel it's more companionship with them, because they share an affection for Holmes and, in a sense, they manage him together. She's very fond, I feel, and very friendly with the doctor. She has great respect for him. It's a gentler relationship, but the main thing is that together they share this business of looking after Holmes and seeing that he doesn't go crazy. (Laugh) Very often my part is no more than a look between the two characters, and that's what they share, really; this man who can be so awful to deal with and at the same time so endearing.



ホームズを二人で見守っているということ、これもまた、私たちがグラナダシリーズを観ていて、言葉にすることはなくても感じていることだと思います。でもそれを、夫人を演じるロザリーの口からきけるのが、とてもうれしく感じられました。そしてそういうハドスン夫人を映像の中の演技だけで感じさせてくれるロザリーは、本当にすばらしいと思います。

今、「言葉にすることはなくても感じていることだと思います」と書きましたが、私がこれを言葉としてはじめて読んだのは、葉月さんのブログ「at Bake Street」でした。「エドワト→お母さん仲間、もしくは頼れる主治医。」これを読んで、そう言われればそう!とあらためて思いました。これに限らず葉月さんの文章は、何となく感じていたことを言葉にしてくださったり、目からうろこだったりで、今は更新がとまっていますが、ワトソニアンの葉月さんのブログはとても大好きな場所でした。久しぶりに読み返しています。

今回は「お母さん仲間」としてのハドスン夫人とワトスンでしたが、次回はロザリーが "They're my boys, as it were. (ふたりは子供みたいなものですもの) " と言っているところも含めて、ご紹介しましょう。

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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