Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前回の記事「Jean Conan Doyleとジェレミー(3)」のコメント欄でトビィさんにお話したのですが、一つさがしているインタビューがあって、その中でジェレミーは、ドイルの子供たちがお父さんからホームズの話をきいているところ、あるいは書かれたばかりのお話を読んでいるところだったかもしれませんが、その場面を想像していたと思うのですが、どうしてもそのインタビュー記事がみつかりません。そんなにくわしく長く話しているわけではなく、インタビュー中の話の流れで、ちらっと口にしていたように記憶しているのですが、私の記憶力は最近当てにならないので、私の想像の産物だったらどうしましょう。

そのかわり、いくつかのインタビューを読み返していて、デイム・ジーンとのことに触れている箇所を新たに見つけました。ここで書かないでいるとまた忘れるので、覚え書き程度に書き記します。

一つはこちらです。ジェレミーはドイルとホームズに対して、とても強い責任感を持っていたのだと思いますが、ドイルのお嬢さんのこの言葉に対してもジェレミーは責任を感じて、そしてそのように頼まれたことに誇りも感じていたのでしょう。


Why I adore playing Holmes
The Sherlock Holmes Gazette, Issue No.3, 1991-2

デイム・ジーン・コナン・ドイルに「私の父を大切にしてくださいね」と言われたことがありました。それを何より重要なことだと考えています。彼女は素晴らしい女性で、とても親しい友人の一人です。

私が脚本を依頼して演じた、ホームズ生誕(100周年)記念の劇(The Secret of Sherlock Holmes)が、ホームズとワトスンの友情を描いたものだったのは、そういう訳なんです。彼らの友情は、すべてドイルが書いたものだったのです。デイム・ジーンはとてもわくわくして喜んだので、私も幸せでした。

"[...] Dame Jean Conan Doyle once said to me 'take care of my father.' I have taken that very seriously. She is a wonderful women and has become a tremendous friend.

"That is why the birthday play which I commissioned was really about their relationship—it was all Doyle. She was very thrilled and I was pleased about that."



そして前回、デイム・ジーンは少なくとも二回、劇を観に来たということを書きました。一回は親しい知人友人達が招待されてMayfair Theatreで行われた舞台で、一夜限りのものでした。もう一回はWyndham's Theatreでの初日でした。前回の記事中でご紹介した、デイム・ジーンからの「ジェレミー、あなたは私が子供の時に考えていたホームズそのものですよ」という手紙は、どちらの時だったのだろう、と思っていましたら、それを他のインタビューでみつけました。


Sherlock Holmes in America
The Morning Call, Nov 10, 1991

ブレットが委嘱してハードウィックと共に演じた"The Secret of Sherlock Holmes" は、ドイルの(原文ママ)生誕100周年を祝って、Mayfairで招待客を前に一日だけ演じられたが、「ドイルのお嬢さんのデイム・ジーン・コナン・ドイルが劇を観に来てくださって、そして『あなたは私が子供の時に考えていたホームズそのものです』と書いて下さいました。それは私にとって大きな意味を持っていたのです。」

"The Secret of Sherlock Holmes," commissioned by Brett and starring him and Hardwicke, appeared briefly in Mayfair before an invited audience as homage to Doyle's 100th birthday. "His daughter, Dame Jean Conan Doyle came ... and that's when she wrote me the note that said 'You are the Sherlock Holmes of my childhood,' which meant so much to me."



というわけで、デイム・ジーンが何より嬉しい言葉をジェレミーに伝えたのは、楽屋でのあの写真が撮られたWyndham's Theatreでの初日の後ではなく、それより前、ホームズ物語がこの世に生まれたことを祝うこの劇が親しい人たちの前でお披露目された、一番最初の時だったのですね。こうしてこのブログを書いていくと、小さな情報が交錯して新しいことがわかってきます。それはやっぱり小さなことなのですが、でも嬉しかったりします。

でも注意しなくてはならないのは、インタビューの編集の過程で間違いが生じる場合もあるということです。たとえば今回はジェレミーのことではありませんが、ドイルが生まれたのは1859年ですから、「ドイルの100回めの誕生日」ではおかしいですよね。そして、インタビューアか編集者が、当然エドワードがワトスンを演じていたと思い込んで書いたのでしょうが、"Bending the Willow"と"A Study in Celluloid"によれば、Mayfairではエドワードはスケジュールの都合でワトスンを演じられず、かわりにSebastian Stride(The Bruce Partington PlansのCadogan West役)がワトスンを演じています。

それから実はジェレミーが話すことも、時々違っていたり細部が矛盾したりします。ジェレミーは楽しい話し手である分、細かいところや数字にはあまり頓着しなかったのだろうと思っています。たとえばジェレミーは、自分の前にたくさんの俳優がホームズを演じていることに怖じ気づいた、自分は137人目のホームズだ、とよく言っていましたが、Michael Coxは"A Study in Celluloid"の中で、「その数字は正確かどうかは知らない。ジェレミーは実際に数えてはいないのではないか。でもすごい数の俳優が演じたのは確かだ(I am not at all sure that the number was accurate because I doubt if Jeremy had actually counted his predecessors, but they were certainly legion.)」と言っています。

もう一つ例をあげると、ジェレミーの愛犬のMr Binksは、一匹では話があいません。ジェレミーが子供の頃のMr Binks(ジェレミーの話ではこの名前になっていますが、違う名前だった可能性も皆無ではないでしょう)と、三十代半ばか後半から一緒だったMr Binksがいる、と考えられます。

そういうわけで、ジェレミーに関することで、わかったつもりになっていても後でひっくり返されることもあります。まあでも今日のところは、Jean Conan Doyleが手紙を書いたのがいつか、わかったことにしておきましょう!

RM
前回の最後に、1991年のNPRのラジオインタビューでジェレミーがJean Conan Doyle(ジーン・コナン・ドイル)のことを、大切な友人の一人(a great personal friend of mine)と言っていたと書きました。ご存知の方も多いかもしれませんが、このインタビューについてあらためてご紹介します。

まずはこのインタビューの音声についてです。以前「National Public Radio (NPR) インタビューの音源(1991)」という記事を書いた時は、音を聴くことができるサイトとして二カ所をあげました。一つは元々のNPRのサイト、もう一つはYouTubeです。その後、Jeremy Brett Informationにもアップロードされましたので、そのアドレスも書いておきます。

http://jeremybrett.info/media.html

上記アドレスの"NPR Radio Interview.mp3"のところに音声ファイルがあり、ダウンロードもできます。以前も書きましたが、このページにある音声ファイルについては、「英米の法律で認められる公正な利用(フェアユース)によって、著作権を持たない著作物をこのウェブサイトで使用するが、読者はこれを営利目的では使用しないように」と書かれていますので、どうぞ守ってください。

音質はNPRのサイトが一番良いですが、ストリーミング配信です。次がJeremy Brett Informationのファイル、最後がYouTubeの音声です。

National Public Radio (NPR) インタビューの音源(1991)」に書きましたが、りえさんのブログで5回にわたって、このインタビューのトランスクリプトと和訳が掲載されています。5つのアドレスは上記記事をご覧ください。

さて本題にもどります。

ホームズを演じるタイプの俳優ではないので、演じるためには自分自身をかなり隠さなければならなかった、それで自分の演じるホームズは、しばしば無愛想だったり、時に少し失礼な人間にみえることがあるかもしれない、と言った後の部分です。トランスクリプトはりえさんの「『The Best of NPR』インタビュー内容 2 」から拝借して、和訳は少しだけ変えさせていただきながら、この後ジェレミーがデイム・ジーンの言葉を話しているところを引用します。


実際、大切な友人でもあるドイルのお嬢さん、デイム・ジーン・コナン・ドイルから一度こう言われたことがありました。「父はyou-know-who(ホームズ)をそんなに失礼な人物として描いたとは思わないのですけど。」それで「デイム・ジーン、それは申し訳ないです。僕は自分を隠そうとしているんですよ」と答えました。1988年の舞台の時、彼女は素晴らしいことを言って下さいました。(中略)舞台を見にきて、そして手紙で「ジェレミー、あなたは私が子供の時に考えていたホームズそのものですよ」って言ってくれたのです。それは私にとってこの上ない賞賛の言葉です。

In fact, Dame Jean Conan Doyle, Doyle's daughter, who's a great personal friend of mine, did once say to me, "I don't think my father meant you-know-who to be quite so rude", and I said, "I'm terribly sorry, Dame Jean. I'm just trying to hide me." She did say a lovely thing to me when I did the play in 1988. [...] She did come to the play. And she did write me a sweet letter in which she said, "You are the Holmes of my childhood." And that, for me, is the ultimate accolade.



このデイム・ジーンの言葉については、新聞のインタビューでも読んだことがあります。デイム・ジーンが子供の頃にお父さんからきいたホームズの話、その時に思い描いたホームズ、ジェレミーはそのホームズそのものだ、とサー・アーサーのお嬢さんに言われて、ジェレミーは本当に嬉しかったでしょうね!

ところで私は前回の記事を書いた時、デイム・ジーンが舞台をみたのは、前回の記事で引用した中に書かれていたWyndham's Theatreでの初日のことだったのか、と納得していたのですが、その後"Bending the Willow" を眺めていて、この舞台が劇場にかけられる前に、招待客の前で日曜の夜の楽しみとして行われたMayfair Theatreでの一夜限りの舞台にもデイム・ジーンが来ていたことを知りました。覚え書きとして記しておきます。

覚え書きと言えばもう一つ。「『悪魔の足』のリハーサル初日:The Black Box Clubのウェブサイトより」でご紹介したジェレミーとデイム・ジーンの写真は、いつどこで撮られたのだろう、グラナダ・シリーズの撮影の時というよりも、"The Secret of Sherlock Holmes"の上演の時ではないかしら、と思っていました。そうしましたら、前回の記事中の文章の筆者であるJean Uptonが、Sherlock Holmes Gazetteのジェレミー追悼号に書いた中に、前回もふれられていた Wyndham's Theatreでの初日にジェレミーの楽屋に迷い込んでしまった時のことが書かれていて、その時にジェレミーとデイム・ジーンの素敵な写真を撮ることができた、とありました。さらに同じ記事には、明らかに同じ時に撮られた写真が、小さいですが掲載されていました。二人の位置は前の写真と同じで、でも今度はジェレミーがこちらをみて、デイム・ジーンがジェレミーをみています。

ですからあの写真は、Wyndham's Theatreでの初日にジェレミーの楽屋で撮られたものなのですね。だからどうした、とお思いになる方がいらっしゃるかもしれませんが、写真がいつどこで撮られたものかわかると、写真をみて思いを馳せることができて嬉しいのです。

RM
前回の記事で、ジェレミーがDavid Stuart Daviesに話したエピソードとして、Arthur Conan Doyleのお嬢さんであるJean Conan Doyle(ジーン・コナン・ドイル)がジェレミーの病名をきいた時に「まあ、可哀想に、ぜひうちにお寄りなさいね。いいワインをあけましょうよ」と言ったという話を書きました。

私はデイム・ジーンがジェレミーをなぐさめたくて、あなたのためにいいワインを、と口にして、後でお互いにお酒はだめだと気がついて笑い合った、と解釈したのですが、トビィさんは、ジェレミーを励ますために冗談として言ったのだろうということを、コメント欄に書いて下さいました。どちらをとっても、デイム・ジーンがジェレミーと親しくて、ジェレミーを思いやっていたことを感じさせます。どちらの可能性もあると思います。でも今日ご紹介する文章を読んで、トビィさんのおっしゃるとおり、はじめから二人で笑い合うための冗談を言ったのではないか、と思うようになりました。

デイム・ジーンのことを書いてあって、今日ご紹介したいのはこの文章です。

Dame Jean Conan Doyle
1912‑1997
A Certain Gracious Lady
by Jean Upton
http://www.ash-nyc.com/DameJean.htm

シャーロッキアンの一人である Jean Uptonについては、以前もこのブログで触れたことがありますが、「四つの署名」の試写会もかねて行われたThe Sherlock Holmes Society of Londonのグラナダスタジオ訪問の時にアメリカから参加して、はじめてジェレミーに会い、ジェレミーが亡くなる時まで親交があった女性です。

The Sherlock Holmes Society of Londonのグラナダスタジオ訪問(1987)
The Sherlock Holmes Society of Londonのグラナダスタジオ訪問(1987);Sherlock Holmes Gazetteの記事から
最期の日々(1)

彼女はデイム・ジーンとも個人的に親しくて、そのことを書いています。いろいろと興味深い話が書かれていて、私はサー・アーサーのお嬢さんのことはほとんど何も知らなかったのですが、これを読むととても有能でしっかりしていて、冗談が好きであたたかい人柄だったようですね。たとえばこのように書かれています。


亡くなる前の数年間でさえ、彼女は素晴らしく精力的で、人と会うのを楽しみ、ユーモアのセンスにあふれていて、彼女が冗談好きなことを知らない人を驚かせていた。

Even into her final years she was amazingly energetic and outgoing, with a sense of humour that often surprised the uninitiated.



彼女が明るくてユーモアにあふれていたことについてはいくつかの逸話が書かれていますが、その一つを引用します。デイム・ジーンはThe Sherlock Holmes Pubに友人をつれていって、父のポートレートをみせるのが好きでした。(このポートレートの除幕式では、彼女自身が除幕を行ったそうです。このポートレートは写真でしょうか、肖像画でしょうか。)このパブは小さくて、違う席どうしで楽しい会話がはずむこともまれではないそうです。


ある時、ジーンの近くの席に座っていた一人の紳士が、彼女の方に顔を向けて尋ねた。「あのポートレートの人は誰か知っていますか?」いたずらっぽい笑みを浮かべて彼女が答えた。「ええ、私の父です!」彼はジーンを見つめポートレートを見つめ、そしてまたジーンを見て、「なんてことだ、まさしくそうですね!」それから紹介しあって、お店の皆がすばらしい時を過ごした。

On one occasion a gentleman sitting near Jean leaned over and enquired, "Can you tell me who that is in that picture?" With a mischievous grin she replied, "Yes, that's my father!" Her enquirer looked from her to the portrait and back again, and pronounced "By God, it is!" Introductions were made, and a splendid time was had by all.



こんな彼女ですから、ジェレミーの心臓の状態ではお酒はだめかもしれないということを忘れていたというよりも、「よいワインをあけましょうよ」と茶目っ気たっぷりに言って、ジェレミーと一緒に笑った、そしてジェレミーを励ました、という方がずっとあっている気がしてきました!

こんなふうに、コメント欄でのお話を楽しむ過程で、新しい考え方を知るのは、本当に幸せなことです。

さて、今日ご紹介した文章中にも少しですがジェレミーに関係することが触れられています。筆者がはじめてデイム・ジーンに会ったのは、"The Secret of Sherlock Holmes"の初日に、Wyndham's Theatreのジェレミーの楽屋に迷い込んでしまった時でした。そこはおそらく人でごった返していたのでしょう。出口が人でふさがれてしまっている場所に間違って入ってしまって、筆者は場違いに感じていました。その時よく知っている顔をみつけました。それがデイム・ジーンで、筆者が彼女の顔を知っていても、彼女が筆者と会うのはその時が初めてだったにも関わらず、そして多くの人から手紙をもらっていたはずであるにも関わらず、手紙のやりとりがあった筆者のことをすぐにわかってくれて、おしゃべりを楽しんだそうです。

デイム・ジーンが"The Secret of Sherlock Holmes"を観た、ということは他で読んで知っていましたが、初日に観ていたことは知りませんでした。これもジェレミーとデイム・ジーンの親しさを示していますね。

今日の文章で、デイム・ジーンの人となりが想像できるようになり、ジェレミーが彼女を大切に思っていたわけも、よりわかるようになりました。ジェレミーは彼女のことを、大切な友人の一人(a great personal friend of mine)と、1991年のNPRのラジオインタビューで話しています。

RM
前回の記事(「『悪魔の足』のリハーサル初日:The Black Box Clubのウェブサイトより』)を読み直していてびっくり!何と「ホームズの娘である Jean Conan Doyle」と書いているではありませんか!

ナツミさんがコメント欄で「ホームズはサー・アーサーの分身、いわば家族のようなものですから」と書いてくださっていました。最近読み返したインタビューで(でもどれか忘れちゃいました!)ジェレミーが、ホームズもワトスンも両方ともドイルの分身だ、という意味のことを言っていたので、ナツミさんの言葉にうんうんとうなずいていたのですが、何と私がこんな間違いをしていたとは!

前回の記事の訂正をしたついでにと言ってはなんですが、Jean Conan Doyle(ジーン・コナン・ドイル)とジェレミーについて、あらためて記事にしてみようと思います。

一つはSherlock Holmes Gazette、1995年のジェレミー追悼号からの引用です。David Stuart Daviesが、ジェレミーが彼に話した、ジェレミーとジーン・コナン・ドイルの会話を紹介しています。この中でジェレミーが呼びかける時の Dame Jean(デイム・ジーン)の「デイム」はご存知のかたもいらっしゃるでしょうが、大英帝国勲位(OBE)を受勲した女性の尊称です。


A tribute and a fond farewell to Jeremy of the Brett
By David Stuart Davies
Sherlock Holmes Gazette, issue 13, pp.2-7, 1995

(心筋症と診断された後、)からだの状態をなんとか保つためには、お酒と煙草をやめねばならなかった。ジェレミーは、ジーン・コナン・ドイルに電話で病気についての悪い知らせを伝えた時のちょっとこころあたたまるエピソードを話してくれた。「まあ、可哀想に」彼女は言った。「ぜひうちにお寄りなさいね。いいワインをあけましょうよ。」「それは本当に素敵ですけど、デイム・ジーン」ジェレミーは答えた。「でもアルコールはとめられているんです。」彼女はくすくす笑った。「私もなのよ。」

To preserve himself he had to say goodbye to alcohol and cigarettes. He told me the lovely story of ringing Dame Jean Conan Doyle to tell her his bad news. "You poor boy", she said. "You must come round and we'll open a very good bottle of wine". "I'd love to Dame Jean", he replied, "but I'm afraid I'm not allowed alcohol". She chuckled lightly. "Neither am I", she said.



デイム・ジーンは、重い病名を告げられたジェレミーのためにおいしいワインをあけて、ジェレミーをひととき楽しませてあげたかったのでしょう。病気は悲しいことですが、二人が仲良しだった感じが伝わってくる、良いエピソードですね。だからDavid Stuart Daviesも"the lovely story" と書いているのでしょう。デイム・ジーンは1912年生まれで、このお話の時は多分1995年のはじめですから、82歳です。亡くなったのが1997年でした。

この項、次回も多分続きます。

RM
リハーサル中の写真や、「ウィステリア荘」のリハーサルをしているところだとジェレミーが話している映像をご紹介したので、連想で、「悪魔の足」の脚本家がThe Black Box Clubのウェブサイトに書いている、リハーサルに同席した時のことを含む文章を思い出しました。

その前にThe Black Box Clubのウェブサイトについてお話します。以前ジェレミーのインタビューが載っているということで書いたことがあります。その時は登録しないと読めなかったのですが、今は読めます。ただし、このサイトはわたしの環境では文字と背景と写真の配置がひどく乱れてみえて、内容がとても読みづらいので、テキストエディタにコピーをして読んでいます。皆様の環境ではどうでしょうか。インタビューのページのアドレスと、私の以前の記事の場所を書きます。

インタビューのページその1
http://www.theblackboxclub.com/#/jeremy-brett/4549127010
インタビューのページその2
http://www.theblackboxclub.com/#/jeremy-brett-2/4549886437

このインタビューを紹介した記事
The Secret of Sherlock Holmes上演中のインタビュー
こちらの記事でもちょっとだけ触れています。
俳優であることの重圧;インタビュー記事 When the lights went out (1990) より

さて、本題にもどって、今日ご紹介するのはこちらです。
http://www.theblackboxclub.com/#/gary-hopkins/4549170665

The Black Box Clubのメンバーの一人であるGary Hopkinsが書いた文章です。彼は26歳の時に、原作をもとに脚本をつくる練習のために、「悪魔の足」の脚本を書いて、グラナダテレビに自ら送ります。彼にはエージェント(代理人)もまだいなかったのですが、もしも代理人がいてこのことを相談したら、そんな馬鹿なことで自分をわずらわせるなと言っただろう、と書いています。頼まれてもいない脚本を、20代の若者が世評の高いテレビシリーズのために書いてテレビ局に送るというのは、普通に考えれば常識はずれでしょう。ところが驚いたことに、その脚本が使われることになったのです。そしてリハーサルの初日を迎えます。

1987年の10月だったそうです。前回の映像の中で、ジェレミーが「銀星号事件」と「悪魔の足」の収録をすでに終えたと言っていたように、この「悪魔の足」のリハーサルは、前回ご紹介したビデオの収録時の1988年はじめより、数ヶ月前のことになります。

リハーサルの最初の日の朝、主要キャストとクルーが脚本の読み合わせのために集まりました。まずは台詞がどんなふうか、全体の時間がどのくらいになるかを皆が把握するためのものでした。

リハーサルのことを書いている部分を引用します。


Jeremy BrettとEdward Hardwickeに会ってとても興奮しました。長年にわたって二人の仕事と作品が大好きで、楽しんできましたから。ジェレミーは、私がこの場でとても歓迎されていると感じさせてくれましたし、他のキャストもそうでした。そしてジェレミーは私に、読み合わせのあいだ自分の隣に座るように、と言ってくれました。(中略)

ジェレミーは自分の台詞を、かなり淡々と、劇的にではなく読んでいました。一方(Mortimer Tregennisを演じた)Damien Thomasはコーンウォール方言の練習に熱心だったので、演技をしているのが、より感じられました。俳優たちがどんなふうに自分の台詞を読んでいても、自分にあったやりかたであるならば、監督のKen Hannamは満足していました。実際の仕事は昼食の後はじまり、それから10日間続く予定でした。そしてその後の2週間の撮影は、すべて冬のさなかのコーンウォールでおこなわれることになっていました。

It was a great thrill to meet Jeremy Brett and Edward Hardwicke, both of whom I'd admired for their work in many other productions over the years. Jeremy made me feel very welcome, as did the rest of the cast, and invited me to sit beside him during the read-through. [...]

While Jeremy gave a fairly monotone, undramatic reading of his dialogue, I remember that Damien Thomas was keen to practice a Cornish accent and therefore delivered more of a performance. The director, Ken Hannam, was happy for his actors to read their parts in whatever ways they felt most comfortable. The real work would begin with rehearsals that were scheduled to start after lunch and go on for the next ten days. And then there would be a two-week film shoot based entirely on location in Cornwall in the middle of winter.



こんなふうにリハーサルがはじまったのですね。ジェレミーが最初はむしろ淡々と台詞を読んでいた、というのが興味深かったです。はじめからホームズを演じていてはとてもやっていけないし、その必要もなくて、多分リハーサルの最初の頃はかなりの部分はまだ、あの「ホームズ」ではないんだろうなあ、と想像しました。まず最初に読み合わせ、それから10日間のリハーサルの間に、監督の演出のアイディアが俳優やスタッフに示され、議論され時に修正されて、ジェレミーの中でホームズの具体的な動き、こころの動きと体の動きができあがって、台詞が体にしみこんでいくのでしょうね。

この文章の内容も含めて Gary Hopkinsが語っている映像が、YouTubeにあります。
Return to Sherlock Holmes: The Case of the Youngest Pen Part One
Return to Sherlock Holmes: The Case of the Youngest Pen - Part Two

Part 2の6分12秒くらいから、リハーサルの初日のことが語られます。9分3秒には、この前ご紹介した、眼鏡をかけている写真が使われています。そして11分11秒くらいから、俳優達のスケジュールはかなりタイトで、リハーサルが終わる頃には台詞を覚えて、撮影が始まる時には俳優達も含めてすべての準備ができている必要があった、と言っています。ホームズの台詞の多さを考えると、あらためて驚いてしまいます。


さて、「悪魔の足」にはホームズがコカインを捨てるシーンがありますが、これはジェレミー自身の発案で、そうするにあたっては、ホームズ アーサー・コナン・ドイル(訂正しました。わはは。)の娘である Jean Conan Doyleに許可をもらった、といろいろなインタビューで言っていましたね。このシーンもリハーサル中に提案されたのでしょうか、それともその前の段階で脚本に改変が加えられたのでしょうか。

ジェレミーは彼女と親しくて、連絡を絶やさなかったようです。一緒の写真をご存知の方も多いでしょう。クリックで大きくなります。
http://jeremybrett.info/behind/imgpages/image027.html
028.jpg

どの記事だったでしょうか、"Scarlet Street"のジェレミー追悼号だったかもしれませんが、Jean Conan Doyleは、ホームズを演じた俳優の中で自分に連絡をとっていろいろと話をきいたのは、ジェレミーだけだ、と言っていました。ジェレミーが彼女のことをとても大切に思っていることが、いろいろな時に感じられました。

それから「悪魔の足」の幻覚のシーンで使われている、ホームズの子供の頃と思われる写真、あれはジェレミー自身の子供の頃の写真を使ったと書かれている本があるのですが、皆様はどう思われますか?私はその記述を読むまでは、考えたこともなかったのです。あまりに古めかしい洋服ですし。でも今では(7割9分くらいの感じで)そうかもしれないと思っています。このこともいつか記事にしたいと思っています。もしあの写真がそうだったら、このリハーサル中のジェレミーからの提案だったのかもしれません。

RM
リハーサル中と思われる写真を、二つ前三つ前の記事で載せたので、ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、この映像も載せたくなりました。ロンドンで「ウィステリア荘」のリハーサル中だとジェレミーが言っています。

Jeremy Brett - PBS pledge


これはアメリカの公共放送PBSのための寄付のお願いをしている映像です。公共放送のPBSにとって、視聴者からのお金が集まるかどうかは重要だったのだと思います。

グラナダシリーズは、アメリカでは PBS の番組 MYSTERY! の中で放映されました。そして MYSTERY! を作ったのが、PBS ネットワークの放送局 WGBH の名プロデューサーであった Joan Wilsonでした(http://www.pbs.org/wgbh/mystery/history.html)。ご存知のように Joan はジェレミーの2番目の奥様で、この映像の時にはすでに亡くなっていました。

YouTubeのコメント欄には、ジェレミーが "We need money." と言う前に一瞬黙って、ちょっと居心地が悪そうだ ("uncomfortable") 、本当はお金を請うようなことはしたくなかったのではないか、それでもこの映像のジェレミーは見事だ、という意味のものがありました。

そういう見方もありますし、実際そうだった可能性もありますが、でも私は違うことを想像しました。ジェレミーはどういうふうに言うか、ほとんど準備はしていなくて、あそこでちょっと考えたのではないでしょうか。どう言ったら視聴者に、今から言うことの大切さがわかってもらえるか、と。PBSはグラナダテレビにとって重要なアメリカ側のパートナーで、そしてジェレミーはもちろん、MYSTERY! のプロデューサーだった亡くなった奥様のことをいつも考えていたでしょう。だからこの映像でも、自分が視聴者に話しかけることで PBS の役にたつことを願っていたのではないでしょうか。

この声、笑顔、仕草。はじめから終わりまで、まるごと何もかもジェレミーですね!最後にThank youと言ってほほえむところまで、ご覧になったことがない方は、ぜひぜひどうぞ。

なお、Jeremy Brett Informationによれば、これは1988年の映像です(http://jeremybrett.info/tv_PBSPledge88.html)。私が聞き取れていれば、このシリーズ "The Return of Sherlock Holmes" の収録が終わるのが Next Aprilと言った後、1988年4月と言いなおしているので、1988年の映像であるならば、この年のはじめの頃ということになります。

RM
Part 1Part 2に引き続くPart 3で、これが最後です。

Part 1の1番最初にご紹介した写真が、数日前にTumblrを介してネットの海に船出し、そこから他サイトへも広がりました。Tumblrへの投稿者は、私がここと同様のお願いを書いて投稿したファンフォーラムの親サイトのアドレスを出典としていますが、そこから私の投稿や本来の出典サイトに行く術はなく、結局出典情報が失われてしまいました。見たときは、あまりのはやさにショックでしたが、しかたがありません。最善と思うことをしたのですし、私はいわば通りすがりの者、これ以上何かをしようとするのは不遜というものでしょう。これから続くであろう他の写真にも幸あれと願うだけです。

それでもやはり、同じお願いをこれから書きます。今まで読んで下さったかたは、ずずいと奥へ、写真の方へ飛んで下さいませ。前回はProduction Setsというセクションから9枚を転載しましたので、残りの8枚です。4枚目と8枚目をのぞく6枚は管理者のかたが送ってくださったもので、ウェブサイトにあるものよりも少し大きな画像です。


以下、今まで書いたのと同じお願いです。

この写真をこちらでご紹介することになった経緯については、「こんなきっかけで、書き始めています」の記事と、Part 1に書いています。

この写真を他の場所で紹介なさる場合は、どうぞ出典として、"The Players' Theatre Archive" というウェブサイトの名前とリンクをお書き下さいませ。 
http://www.playerstheatrearchive.org.uk/

写真のみがばらばらに転載を繰り返されることで、その写真に付随する事柄が書かれたサイトがどこかわからなくなり、多くの情報が失われるのはとても残念なことです。また、出典を示すことで、このサイトと管理者への敬意をあらわしたいと思っています。

検索エンジンを介して外国から来られる方へのメッセージを記してます。

Dear visitors to my blog:

These photographs are from a website called "The Players' Theatre Archive": http://www.playerstheatrearchive.org.uk/.

You can see many beautiful pictures and the programme for "Johnny The Priest" on the site:
http://www.playerstheatrearchive.org.uk/Productions/Players'%20Productions/album/1960%20-%20Johnny%20The%20Priest%20-%20Princes%20Theatre/index.html
Jeremy Brett appeared in the production.

I have been permitted by the website to put Jeremy photos in my blog and a forum named "Jeremy Brett discussion forum." I am sharing twenty pictures here. Sixteen of them are what the administrator sent me and I found the images were better quality than what you could download from his website. I'm very grateful for his kindness and generosity.

If you want to share these photos, it would be very much appreciated if you could put the link to the website The Players' Theatre Archive: http://www.playerstheatrearchive.org.uk/. They are kind gifts for us, JB admirers, from this wonderful website.

Thank you in advance.


Part 3








Source: The Players' Theatre Archive: http://www.playerstheatrearchive.org.uk/

3枚目、これは反響が大きかった写真です(うふふ)。6枚目はCDのブックレットにも使われていた、印象的な写真です。多分Johnnyのかつての仲間なのでしょう、殴りかかるのも辞さない、という若者達に取り囲まれています。7、8枚目は時間的にはもっと前、劇のはじめに近いところではないかと思います。7枚目は教会の評議員を司祭館に迎えているところで、この3人で歌うVicarage Teaという歌がCDに入っています。最後の8枚目、ジェレミーは小さくしか写っていないのですが、これも好きです。司祭服をぬいてリラックスした感じで、奥さんと一緒にJohnnyと何か話しています。

これで、 Johnny The Priest (1960)の写真のご紹介は終わりです。なお、これ以外に2枚、この作品の写真を他でみたことがあります。1枚はJeremy Brett Informationにあります。
http://jeremybrett.info/st_johnny.html

もう一枚は、たとえばこのTumblrでみることができます。いろいろなところから集めた写真が並んでいるうちで、一番下の右にあります。
http://rattersboner.tumblr.com/post/20876494944/young-jeremy-brett

画像への直接のリンクはこちらです。
http://25.media.tumblr.com/tumblr_m2aj70HtV11qbkitzo11_r1_500.jpg

でもやっぱり今回の写真はいろいろな意味で特別で、思い出に残る写真になると思います。

RM

前回の記事(「ネット上のPhoto archivesから(3);Photoshot」)の最後に、眼鏡をかけたリハーサルの時と思われる写真をご紹介しました。あれ以外に眼鏡の写真を2枚知っていると書きましたが、その一枚はこちらです。クリックで大きくなります。

JBGlasses.jpg
Source: http://jeremybrett.livejournal.com/247398.html

これも好きなんです!前回のは厳しい表情、こちらは考え深げな表情です。LiveJournalのファンフォーラムへの投稿で知った写真です。

2枚が撮られたのは同じ時だと思っていたのですが、よくみると手に持っているファイル状のものの色が違いますね。違う時なのでしょうか。ジェレミーは着るものとスカーフが変わらないので、手がかりが少ないですね。「ジェレミーの白いカーディガン」で、同じ服を少なくとも14年着ていたようだとお話しましたが、ジェレミーは一般に物持ちが良かったみたいですね。そういうところも好きだったりします。

首に細いチェーンをかけていますね。これももう少し若い頃の写真でも時々見ます。前回の写真でもこのチェーンをしているかは確認しづらくて、よくわかりません。

前回、眼鏡の写真を3枚知っていると書きましたが、もう一枚は明らかに今日の写真と同じ時のもので、もっと遠くの斜めからうつした写真で、上下ともゆったりとした服であることもあって、表情も含めてコロコロとちょっとかわいらしい感じなのです。ネット上では私がかなり以前にみつけた場所以外ではみたことがなく、その場所も今はなくなりました。その写真をここに載せるのは今はやめておきます。

以前書いたことがありますが、1991年くらいから以降の、ホームズとしてではないジェレミーとしての写真で、容貌や体型の変化をはっきりと示すものに関して、見てとても悲しくなった、という反応をフォーラムで受けたことがあって、慎重になっています。弱々しい表情にみえる数枚の写真でかなしくなったことはありますが、気持ちが充実している感じの写真については、私は問題ないのですが。病を得たことも含めてジェレミーの人生なのですから。そしてジェレミーはすばらしい人生を生きたのですから。

でも検索を介していろいろな方がいらっしゃる可能性があるので、今回はあしからず。ちなみに以前私がフォーラムに投稿した写真で強い反応があったのは、eBayにあった、アメリカツアー(1991年)でのインタビューで撮られた3枚の写真でした。

さて、若い頃のジェレミーは眼鏡かコンタクトをしていたのでしょうか?追悼の文章の中でホームズ以前にもジェレミーと共演した俳優が、演技中にジェレミーのコンタクトにちょっとした事故があったことを書いています。これを初めて読んだ時は、そうか、ジェレミーはコンタクトをしていたのね、と思ったのですが、役にあわせて眼の色を変えるためということもあるのかもしれませんね。この文章もいつかご紹介しましょう。

RM
ネット上のphoto archiveから(1);ArenaPALとMirrorpix」と「ネット上のphoto archiveから(2);Corbis」に続いてその3です。その1に書きましたように、写真を集めたサイトの中で、商用のものと公のものを取り上げます。

商用の写真サイトはかなりの数にのぼりますが、その中にはRex Featuresのようにジェレミーの写真だけで数百枚あるものから、検索しても1枚しかみつからない場所もあります。でもその1枚が興味ある写真だったりしますし、今後新しい写真が付け加わらないとも限らないのです。その中で今日のPhotoshotには、今のところ8枚しかありませんが、他ではみたことがない異色の写真が含まれています。

これを思い出したのは、Mokaさんとのお話がきっかけとなって(えへへ、またお名前だしちゃいました)、「犯人は二人」の宣伝用写真を先日「誰の顔でしょう?」の記事で載せたからでした。

あの時の1枚目の写真は、behind-the-scenes photo(舞台裏の写真)と言ってよい写真だと思うのですが、それ以外の宣伝用写真は、大きく3つにわけることができます。

1. 特定のエピソードの特定のシーンに関連づけることができる写真
2. 特定のエピソードのための宣伝用写真だが、その写真の場面設定に近いシーンが映像にはみつからない写真
3. 特定のエピソードのためではなく、シリーズ全体のための宣伝用写真

以下にJeremy Brett Informationへのリンクをはりますが、何度もお断りしているとおり、このサイトでは写真を新たにつけくわえる時に、既存のファイルの名前をずらしたことがあり、今後も同じことがおこって、将来違う写真へのリンクにかわるかもしれません。

1と2の例を「第二の血痕」であげると、
1の例はこちら2の例はこちらです。

1はそのものずばりのショットは作品中にはありませんが、レディ・ヒルダが221Bを訪れるシーンに対応しています。2は221Bの外に3人がいて、しかもなんだかやけに親しげなんですが、こういう場面はありませんでしたね。でもホームズの明るい顔を含めて、なんかいいなあ、という写真です。

3はホームズ一人、あるいはワトスンと、あるいはワトスン・ハドスン夫人と、221Bの玄関の前やベイカー街で、という写真がほとんどです。例えばこちら


さて、今回ご紹介したい写真は、2のグループに入る「犯人は二人」の宣伝用写真なのですが、ちょっと変わっているのです。この写真があるのは、先ほども書きましたが、Photoshotという名前の商用写真サイトです。

Photoshot: http://www.photoshot.com/

"Jeremy Brett"で検索すると、今のところ8枚あります。このリンクがうまく働くでしょうか。もしもだめなら、ご自分で検索窓に"Jeremy Brett"と入れてください。

この中で見ていただきたいのがこちらです。
http://www.photoshot.com/view_image.jsp?img_id=3406445

「犯人は二人」のホームズとワトスンとミルヴァートンが、並んでこちらをみています。無地の背景にうかぶ三人、ホームズが三角形の頂点です。舞踏会の時の装いで、三人とも格好いいですね!

でも、この三人が(仲良く、ではないですが)並んでいるって、なんかちょっと不思議な感じがしませんか?しかも、お屋敷の中や外にいるならまだわかりますが、無地の背景で。たとえばホームズとモリアーティが一緒にうつっている写真は何枚もありますが、いかにも並んでいる、という感じではないし、221Bの部屋やスイスの山やライヘンバッハの滝を背にしています。

この写真をみると、様式美、という言葉が思い浮かびます。この三人が三角形を描いて見得を切っている、という意匠。好きな写真の1枚です。

さて、これ以外にはたとえばこれも「犯人は二人」から。先ほどのもあわせて、他ではみたことがありませんでした。これもグループ2に入りますね。この二人がこうして並んでいると、1枚目ほどではありませんが、不思議な気持ちもしてきます。ホームズは厳しい顔、ミルヴァートンは余裕のある顔、二人とも見事ですね!
http://www.photoshot.com/view_image.jsp?img_id=3406467

そしてこちらはどうでしょう。これは以前から知っている写真ですが、とても好きです。
http://www.photoshot.com/view_image.jsp?img_id=1191581

撮影のためのリハーサル風景でしょう。1991年12月14日の日付が入っています。「犯人は二人」の撮影を終えてからアメリカへ行き、帰ってきたのが1991年11月でした。眼鏡をかけているのは、これを含めて、おそらくこれと同じ時に撮られたと思われる写真3枚でしか見たことがありません。私は眼鏡が好きなのですが、皆様はいかがでしょう。ジェレミーの年齢からして、多分老眼鏡ですね。普段のジェレミーを垣間みている気持ちになります。これはbehind-the-scenes photo(舞台裏の写真)ですから、今日の3つのグループわけのどれにもはいらないのですが、とても好きな写真の1枚ですのでご紹介しました。

RM
Part 1に引き続いて、Part 2です。この写真をこちらでご紹介することになった経緯については、「こんなきっかけで、書き始めています」の記事と、Part 1に書いています。

上記の記事でも書きましたが、この写真を他の場所で紹介なさる場合は、どうぞ出典として、"The Players' Theatre Archive" というウェブサイトの名前とリンクをお書き下さいませ。 
http://www.playerstheatrearchive.org.uk/

写真のみがばらばらに転載を繰り返されることで、その写真に付随する事柄が書かれたサイトがどこかわからなくなり、多くの情報が失われるのはとても残念なことです。また、出典を示すことで、このサイトと管理者への敬意をあらわしたいと思っています。

前回はPortraitsというセクションにある3枚の写真をご紹介しました。今日はProduction Shotsというセクションからです。ジェレミーが写っているのは17枚ですので、そのうちの9枚を今回は転載しましょう。4枚目と6枚目をのぞく7枚は、管理者のかたが送ってくださったもので、ウェブサイトにあるものよりも少し大きな画像です。

さて、検索エンジンを介して外国から来られる方もいらっしゃるので、間違いだらけだとは思いますが、度胸だけでいつも書いている英語で訪問者へのメッセージを記してから、画像をおみせいたします。

Dear visitors to my blog:

These photographs are from a website called "The Players' Theatre Archive": http://www.playerstheatrearchive.org.uk/.

You can see many beautiful pictures and the programme for "Johnny The Priest" on the site:
http://www.playerstheatrearchive.org.uk/Productions/Players'%20Productions/album/1960%20-%20Johnny%20The%20Priest%20-%20Princes%20Theatre/index.html
Jeremy Brett appeared in the production.

I have been permitted by the website to put Jeremy photos in my blog and a forum named "Jeremy Brett discussion forum." I am sharing twenty pictures here. Sixteen of them are what the administrator sent me and I found the images were better quality than what you could download from his website. I'm very grateful for his kindness and generosity.

If you want to share these photos, it would be very much appreciated if you could put the link to the website The Players' Theatre Archive: http://www.playerstheatrearchive.org.uk/. They are kind gifts for us, JB admirers, from this wonderful website.

Thank you in advance.


Part 2









Source: The Players' Theatre Archive: http://www.playerstheatrearchive.org.uk/

写真には番号がついていて、その番号の順番に載せていますが、舞台の進行にあっていないところもあるのかもしれません。このミュージカルの筋については、「ミュージカル『Johnny the Priest』(1960)」で簡単にご紹介しました。

はじめの2枚、こういう表情好きです。3枚目も含めて、隣は奥さんの役のStephanie Vossです。1936年生まれだそうですから、ジェレミーよりも3つ年下ですね。きれいだし歌声もとても素晴らしいです。5枚目は、プログラムのジェレミーの紹介ページに、顔の部分を切り取って使われている写真で、プログラムは全ページを上記サイトで読むことができます。7枚目、右から二人目がJohnnyです。9枚目、うふふ、二人そろって歯並びがいいですね!

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
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和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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