Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

現在プロフィール欄に、ふわっとした雰囲気の、おそらく二十代と思われるジェレミーの写真を載せています。そこに「こわいくらいに奇麗、という写真もいいけど」こういう写真をみるのが好きだと書いたのですが、書いた後で、この「こわいくらいに奇麗」という表現はおかしいかしら、悪く言っているみたいに聞こえるかしら、と少し心配していました。そうしたら、トビィさんがコメント欄で「ピッタリな表現」と言ってくださったので、安心しました。

「こわいくらいに奇麗」と書いた時に、Central School of Speech and Dramaの最高学年のジェレミーのことを、1年生だった女優が後に、"Too gorgeous to look at directly" (美しすぎて、しっかりと見ることができないくらい)と表現したことが頭のかたすみにありました。(http://www.brettish.com/early-stages.htmlより)

この写真は "Jeremy Brett: The Definitive Sherlock Holmes" の本ではCentral School of Speech and Dramaでの写真となっています。クリックで大きくなります。
Source: http://www.listal.com/viewimage/891827h
936full-jeremy-brett.jpg

下のリンク先の写真も、「こわいくらいに奇麗」ですね!こちらは卒業後のような気がしますが、どうでしょう。
http://www.listal.com/viewimage/891831h



ジェレミーがCentral School of Speech and Dramaに在籍したのは、The Brettish Empireによれば1951-1954です。

俳優 Ian Hendryは1955年に卒業したので、ジェレミーの1年後輩です。(http://en.wikipedia.org/wiki/Ian_Hendry)この俳優は、"Girl in the Headlines" でジェレミーと共演しています。彼ともう一人の女子学生の学校内外での生活の写真を載せつつCentral School of Speech and Dramaを特集している記事が、彼のオフィシャルサイトにあるのを見つけました。
http://ianhendry.com/in-the-press-1950s/

印象に残ったことは、一つは俳優としての基礎を系統的に徹底的に学んでいるということ。"the careful training in improvisation, in mime, dancing, period movement, fencing, voice production, acrobatics, diction, dialect study, the history of theatrical representation, customs and drama—in poetry, lighting, stage management and make-up" と並んでいます。考えてみれば4年間も3年間も勉強するのですね。(引き算間違えました!ウェブサイトで確かめましたが、3年制です。でもやっぱり長い!)さすがイギリスの演劇学校という感じがします。

もう一つは、当時、そして多分今も、俳優への道はとても困難で狭いものだということ。この記事の最初は、まずそのことから書かれています。抄訳です。
「野心と希望と才能にあふれた若者を描くのなら、幸せな記事になるはずだと思うだろう。しかしこの物語はそうはならないのだ。容赦なく厳しいものになる。そして実際の物語は、この記事が終わったところから、最終学期が終わったところからはじまる。
スターになれるか、というだけではない。彼らがこれで食べていくことができるか、という問題なのだ。彼らは最も困難であるだけではなく、最もひとであふれている職業の一つである俳優への道を歩もうと決心したのである。」

元軍人の父親に反対されても、言語障害を持っていても、ジェレミーはこういう職業をめざして、こういう学生生活を送ったのだ、ということをあらためて感じることができて、興味深く読みました。

RM
「入院患者」でワトスンが作っていた帆船の模型は、その後ホームズにとって、ワトスンへの気持ちの象徴となったのではないか、とフォーラムのメンバーが以前言っていました。そこで、船の模型がどこに置かれているか、時間を追って見ていくことにします。

まずはワトスンが作りかけている模型。ワトスンのベッドの脇です。
ResidentPatient.jpg

その後の「最後の事件」では、出来上がったワトスンの模型はホームズの部屋にあります。ワトスンがホームズに贈ったのですね。下のスクリーンショットは、ホームズがワトスンにあけてもらって自室の窓から入った後、二人の居間に通じるドアでなく、廊下へ通じるドアを通った瞬間を、廊下側から撮ったものです。画面の右にある台の上に帆船が見えます。
FinalProblem1.jpg

この後ワトスンから傷の手当を受ける時、ドレッサーの鏡に、台と帆船がうつっています。この鏡にわざわざ船が写っているのも、この後述べる「四つの署名」のシーンと同様、偶然ではないのかもしれません。
FinalProblem2.jpg

その「四つの署名」では、ホームズのベッド脇の台の上に模型があって、ホームズの右手が軽くふれられています。
SignOfFour.jpg

それではこのベッド脇の台は、いつもこの場所、ベッドと壁の間にあるのでしょうか?ベッド脇に台を置く時、普通は壁と反対側に置くでしょう。実際、初期作品の「青い紅玉」でも、「四つの署名」の後に撮られた「銀星号事件」でも、そのように置かれています。
BlueCarbuncle.jpg
SilverBlaze.jpg

それではなぜ、「四つの署名」では台と帆船がわざわざここに置かれたのでしょうか。それはこの船は言わば隠れた主役で、船がよくみえることが必要だったから。船に触れる動作は、ホームズの気持ちをあらわしているから、というのです。「ワトスンは僕の友人、彼はここを出て行かない。」

この船は、一度ホームズの部屋を出てホールに移動します。「高名な依頼人」です。右はじに見えているのはワトスンで、居間に入ろうとしているところです。
IllustriousClient1.jpg

でもその後、「犯人は二人」ではちゃんとホームズの部屋にもどっています。暗いですが、画面の右をご覧ください。
MasterBlackmailer.jpg

「高名な依頼人」ではホームズのベッドの位置が、それまでのドレッサーの場所、つまり窓際に移動しています。このエピソードでは、暗い部屋のベッドに横たわるホームズに、窓のカーテンを通して光がさしていたり、居間からの光がもれたりするシーンがありますので、ベッドを動かす必要があったのでしょう。それにともなって他の家具や帆船も移動させたのでしょう。

ただ、ホームズの部屋の模様替えにともなって船を倉庫にしまい込むのではなく、こんなにはっきりとハドスン夫人と共に写る場所に据えて、後でまたホームズの部屋にもどしたグラナダ・チームの気持ちを思うと、もしかしたらこの船は「ホームズがワトスンに抱く気持ちの象徴」から、同じ船に乗り合わせたホームズとワトスンとハドスン夫人のつながりの象徴になっていたのかもしれません。

RM
前回の記事のコメント欄でトビィさん、ナツミさんとお話したことに関係するスクリーンショットを撮ってみました。

ブラインド(ロール・カーテン)と、黒い縁取りがついたレースのカーテンと、芍薬の柄のカーテンが、どんなふうにかかっているかをつくづくと見たのがこれが初めてです。

オープニング映像から。
Opening.jpg
部屋の中は暗く、一番内側のカーテンとホームズの背中側は闇にほとんど沈んでいて、外からの光でレースのカーテン、ブラインドの下端の飾り、そしてホームズの横顔が照らされています。

ブラインドが印象的なシーンと言えば、「最後の事件」のこの場面でしょうか。
FinalProblem.jpg

そして第一シリーズの "The Adventures of Sherlock Holmes" の映像からばかりでなく、少し後の方へいくと、これは"The Casebook of Sherlock Holmes" のシリーズから「フランシス・カーファックス姫の失踪」のスクリーンショットです。年齢を重ねたホームズのこういう表情も、初期とはまた違った重みがあります。
Carfax.jpg


次回は(多分)船の模型を追ってみます。ご存知のかたも多いでしょうが、船の模型が置かれている場所はエピソードによって変わるのです。3カ所はみつかったのですが、たしかもう一カ所あって、うーん、でもまだみつかりません。

RM

追記:記憶の片隅にひっかかっていたのは、新たな4カ所目じゃなくて、すでに知っていた場所に置いてある帆船が、別のシーンで向こう側の鏡にうつっていたのでした。というわけで、私が知っているのは3カ所でした。
追々記:4カ所目発見!
ホームズとワトスンの居間兼客間のカーテン、お好きな方も多いでしょう。最初にあのカーテンを見た時からの時間を考えると、懐かしい気持ちがあります。そして私たちの心の中の221Bには、今でもあのカーテンがかかっているのですよね。

あのカーテンがどこのメーカーのものか、他のサイトでは見たことがなかったのですが、ネット上のフォラームの、グラナダシリーズの小道具・家具を話題にしたスレッドでみつけました。
http://www.therpf.com/f9/sherlock-holmes-granada-brett-props-77333/index2.html

ここへの投稿によれば、Sandersonというお店だそうです。ウェブサイトがありました。1860年創業だそうです。
http://www.sanderson-uk.com/fabric.aspx

たとえばこのページは壁紙のページで、3枚の写真が次々にかわりますが、一番最初の写真が、221Bのカーテンの柄と少し似ていますね。これは芍薬だそうです。
http://www.sanderson-uk.com/pemberley-wallpaper.aspx

投稿者は、多くのデザインは今も続いて使われている、と書いていますから、あの柄のカーテンも今でもあるのかもしれません。私は思い出の中に、心の中にあのカーテンがあるというのもいいなあと思いますが、でも実際に目の前にしたら、やはりうれしくなると思います。


とここまで書いた後で、ちょっと自分のコンピュータを検索してみたら、WorthPointというサイトの、あるページのことを記録していました。このサイトに登録すると、過去にオークションサイトで何がどのような値段で落札されたかを検索することができるようです。登録しなくても以下のページで、グラナダシリーズでカーテンに使われたのと同じ布地だとしてeBayに出品された布の写真をみることができます。
http://www.worthpoint.com/worthopedia/vintage-p-baker-kiangsu-fabric-254084397

これが221Bのカーテンです。確かに出品された布はこれと同じです!この花も芍薬なのでしょうね。雷文のような文様がカーテンのふちにありますが、この文様は出品された布にもあるのかもしれませんが、写真ではみえませんでした。
SolitaryCyclist2.jpg

そしてeBayでの説明文には、GP and J Bakerというお店の名前が書かれています。そのお店のサイトがこちらです。
http://www.gpandjbaker.com/gp-j-baker/en

1884年創業だそうです。サイトを少しみてみると、芍薬をモチーフに使っているデザインはありましたが、白地に華やかな刺繍なので、雰囲気が違いました。それとは別に、花は芍薬という感じではなく小さめですが、色合いや感じが似ているデザインがありました。たとえばこれです。
http://www.gpandjbaker.com/gp-j-baker/en/bsc/search-design/?altTemplate=SearchDetails&pat=BP10306&clr=6

というわけでお店の名前が二つ出てきました。実際に布地を持っていたeBay出品者が記していた、後者のお店の方が正しいのかもしれません。なんだか曖昧な結論の記事になってしまいましたが、私自身は二つのサイトでいろいろなデザインをみて楽しみました。

RM

追記:いろいろと調べて結構時間をかけて書きましたが、今読み返して眺めてみると、この記事の一番の魅力はカーテンのお店のことじゃなくて、明らかに、このスクリーンショットにうつっているジェレミーですね!いえ、拗ねているんじゃありません、しみじみと思っているだけです :-)
台風の影響で被害が出ている場所もあるようですが、皆様のお住まいのところはどうでしょうか。お見舞い申し上げます。

今日は久しぶりにネット上のphoto archiveから、ジェレミーの写真をご紹介します。以前の記事はこちらです。
ネット上のphoto archiveから(1);ArenaPALとMirrorpix
ネット上のphoto archiveから(2);Corbis
ネット上のphoto archiveから(3);Photoshot

商用のphoto archiveは更新されるので、時々チェックすると新しい写真がみつかることがあります。今回のTopFotoも、8月にアップロードされた写真の中に珍しい写真がありました。

こちらがTopFotoのトップページです。
http://www.topfoto.co.uk/

"Jeremy Brett"での検索結果がこちらです。もしもご覧になれないようなら、トップページの検索窓に"Jeremy Brett"と入れて下さい。
http://www.topfoto.co.uk/imageflows2/?s=%22Jeremy+Brett%22

この検索結果には、以前ArenaPalにある写真としてご紹介したものが含まれていて(ただし今回のTopFotoの写真は現在のところArenaPalにはないのですが)、この二つのサイトは提携関係にあるようです。このような例は他にもあって、同じ写真が複数の違う国のサイトにある場合もあります。

現在のTopFoto検索結果の内のはじめの4枚が、この8月にアップロードされたものです。特に2枚目と4枚目はそれぞれの作品の写真としてもはじめてでした。そしてこの2作品は「失われた作品」、つまりフィルムを次のテレビ番組撮影のために使ってしまったと言われているものです。

2枚目
'Jeremy Brett portraying Tressilian in BBC television series - Kenilworth 16 February 1968'
http://img04.pars04.fr.topfoto.co.uk/imageflows/imagepreview/t=topfoto&f=1324450
4枚目
'Jeremy Brett as he appeared as Jacques in Anouilh's play , "Dinner with the Family" on BBC television . 16 February 1968'
http://img04.pars04.fr.topfoto.co.uk/imageflows/imagepreview/t=topfoto&f=1323438

どちらも良い写真ですね!2枚目のあの目、そして4枚目のあの人差し指。同じ年の作品ですが、それぞれに独特な雰囲気です。(追記:TopFotoの説明文が間違っていて、"Dinner with the Family"は1962年の作品です。)映像を観たいですね。

2枚目の写真は"Kenilworth"という作品で、フォーラムで以前、この作品の写真を知らないかとメンバーに尋ねられたことがありました。この作品の重要な舞台であるKenilworth Castleはジェレミーの生まれたBerkswellに近いそうです。彼女は「失われた作品」のうちで一番観たいのがこれで、次が「ドリアン・グレイの肖像」だと書いていて、それをきくだけでも私もぜひいつか観てみたいと思いました。どこかの倉庫からみつかることを祈っています。今回この写真を紹介して、彼女に喜んでもらえました。

最初の1枚は「戦争と平和」からで、比較的よくみる写真です。

3枚目は残念ながら目のところに透かしがあるので、プレビュー画像ではなくサムネールへのリンクです。これは「ヴェニスの商人」のための写真です。
'Jeremy Brett as Bassanio in the TV movie of The Merchant of Venice May 1973'
http://img.pars05.fr.topfoto.co.uk/imageflows/imagethumb/t=topfoto&f=1324449&z=170

RM
これは覚え書きのための記事になります。以前「補遺、備忘録 その3(Benedict Cumberbatchとジェレミー)」という記事を書きましたが、さらにその「補遺」です。

Tumblrにこの投稿がありました。ベネディクトが言った言葉として、同様の発言は上記記事でご紹介した中にありましたが、この発言そのものは私ははじめて読みました。出典が書いてなかったので検索しました。(なぜ多くの人がネット上での出典を書くのを怠るのでしょうか。転載を繰り返されてもとの出典がわからなくなったものは別にして、付随する情報を調べやすくするためにも、出典を書いてほしいと思います。追記:ごめんなさい、愚痴でした。)

おそらく以下のサイトが出典でしょう。去年の10月に語った内容を文字におこしたものでした。あらためてここでも、ジェレミーについてふれられているところを引用します。
Source: http://www.benedictcumberbatch.co.uk/benedict-cumberbatch-and-louise-brealey-discuss-sherlock-at-cheltenham-literary-festival/


Benedict Cumberbatch and Louise Brealey discuss Sherlock at Cheltenham Literary Festival

My mother was a good friend of Jeremy Brett so I watched that version when I was growing up. I can remember my mother inviting me to watch that on the telly. I've seen more of him since we captured our incarnation. But when I was younger I was still struck by this extraordinary hawk like, magisterial cold disconnect, this incredible physique, the wonderful beak of a nose and the swept back hair and the lips and those slightly mad eyes which became sadly a lot madder which became part of the tragedy of Jeremy's life then which shaped the performance which was extraordinary but at such a cost to the man presenting him. I thought when I first heard about this "I'm completely wrong. I've got this little retrousse nose." My mother just said "You don't have the right nose."


またYouTubeにこの時の映像がありました。37秒から、質問と答えです。
http://youtu.be/WyK0C81V-ko?t=37s

BBCのSherlockのファンの方はすでにご存知のことかもしれませんが、私は今回はじめてこのやりとりを知ったので、覚え書きもかねて記しておきます。

RM
ジェレミーがこの世を去ったのは、1995年の今日でした。

David Stuart DaviesがSherlock Holmes GazetteのIssue 13に書いた追悼文、
"A tribute and a fond farewell to Jeremy of the Brett" の中の文章を今日はご紹介します。

引用部分の最初にある「衝撃的な知らせ」とは、亡くなる年の2月に心筋症と診断されたことをさします。そしてタイトルと一番最後にある "Jeremy of the Brett" という表現は、この追悼文の最初のところで、ジェレミーの留守番電話にメッセージを残すと折り返しかかってくる電話はいつも、明るい声での "'Hello, Davld, it's Jeremy of the Brett here" という言葉から始まったという思い出に由来します。この "Jeremy of the Brett" というニュアンスが私には正確にはわからないのですが、ユーモアを含んだ、少しおどけた感じがあるのだろうと想像しています。一番最後にこの言葉が出てくるところの訳文では、残念ですがその感じは出せませんでした。

亡くなる年の6月に撮影がおこなわれたと書かれている映画「モル・フランダース」全般については、こちらのサイトに日本語の説明があります。
http://movie.walkerplus.com/mv30616/
Jeremy Brett Informationでの説明はこのページで、写真が1枚掲載されています。
http://jeremybrett.info/film_moll.html
DVDは北米版が発売されています。
http://www.amazon.com/dp/B000053VB3
ジェレミーが亡くなった後に、映画監督がこの撮影の時のジェレミーについて語った言葉が含まれる記事を、The Los Angeles Timesのサイトで読むことができます。
http://articles.latimes.com/1996-06-09/entertainment/ca-13116_1_sherlock-holmes
この記事や映画について、いつかまたあらためてご紹介する機会があるかもしれません。

その後にふれられているRadio 4での放送については以前ご紹介しましたが、躁鬱病(双極性障害)への理解と、この病にかかっている人、そうかもしれない人への助言と、自助グループを作るための寄付を呼びかけたラジオ放送でした。下の3つの記事の内の3番目に載せたプレーヤーで、ジェレミーのこの時の声をきくことができます。Jeremy Brett Informationにあるファイルから、雑音のみの右側の音をとりのぞいたものです。これが放送されたのが、亡くなる9日前の9月3日でした。収録は8月23日と書かれたイギリスのラジオ番組データベースがあったのですが、そのサイトは今はなくなってしまいました。この日付が正しいかどうかわかりませんが、8月末というのは多分あっているでしょう。
The Week's Good Cause (1995) その1
The Week's Good Cause (1995) その2
The Week's Good Cause (1995) その3

それでは、Sherlock Holmes GazetteのIssue 13からの引用です。


衝撃的な知らせにひき続くその年、JBは驚くべき勇気をもって、自分の人生の状況がかわってしまったことに、まっすぐに向き合った。6月にアイルランドで、映画「モル・フランダース」の撮影に1日だけ参加した。Radio 4では自分の躁鬱病(双極性障害)について話して、聴く人のこころを動かした。ディズニーの「ターザン」で声を演じる話もあったが、それは1996年はじめに収録されるはずのものだった。

そしてその間、話を向けられるとホームズのことをいつも喜んで話した。シリーズを共につくったチームを大切に思っていて、会話の中に彼らの名前がよく出てきた。Esther Dean(衣装担当)、Patric Gowers (音楽担当)、David Round (小道具担当)などなど。そしていつも "darling" や "dear" などの愛情を示す言葉が添えられていた。二人のワトスンへの愛情もまた、同じように明らかだった。Edward Hardwickeはずっとジェレミーと連絡をとりあっていて、フランスに来て自分の家族と一緒に過ごさないかと誘っていたが、悲しいことに健康状態が許さず、その誘いを受けることはかなわなかった。

ジェレミー・ブレットは9月12日の火曜日、眠りのうちに安らかにこの世を去った。

「シャーロック・ホームズの冒険」をわくわくしながら肘掛け椅子で観た人も、実際に彼と会うことができた人も、どちらであろうと私たちはみな、本当に幸せにも、ジェレミー・ブレットと知り合えたのだ。

In the year that followed this devastating news JB exhibited tremendous courage in facing up to his changed fortunes. He did one day's filming in Ireland on the film Moll Flanders in June and spoke movingly about his manic depression on Radio 4. He was likely to have been one of the voices in the proposed Disney cartoon Tarzan which is due to be recorded early in 1996.

And all the time he was always happy to talk about Sherlock Holmes. He loved the team that worked on the programme and their names would pepper his conversation coupled with terms of endearment: Esther Dean (costumes), Patric Gowers (music) David Round (prop buyer) etc. His love of his two Watsons was equally apparent. Edward Hardwicke was constantly in touch with JB, even inviting him to spend some time with his family in France, but sadly he was not well enough to take up the offer.

Jeremy Brett died peacefully in his sleep on Tuesday, September 12th [ …].

[ …] Whether we Just sat in our armchairs and thrilled to The Adventures of Sherlock Holmes or were luckier in having met the man in person - we are all privileged to have known Jeremy of the Brett.



これをご紹介した理由の一つは、ジェレミーがホームズの撮影を離れた後も、グラナダの仲間たちを大切にしていたことが書かれていたので、前回前々回からの続きの記事にふさわしいと思ったことですが、それ以外にも今日にふさわしいところ、こころ動かされるところがたくさんありました。

ジェレミーが最後の年にもホームズのことを楽しく話したというのも、うれしいですね。今さらこの場所では言うまでもないことですが、ジェレミーはホームズに魅せられ、彼を演じたことを誇りに思って喜んでいたのですね。もちろんホームズは本当に難しい役だったでしょうし、演じていた間にジェレミーの人生には辛い出来事が起こりました。ホームズは好きではない、もう演じない、と言っていた時期も何度かありました。人によってはジェレミーのことを、ホームズに苦しめられ、ホームズと同化しようとして、ついには病に倒れた不運で悲劇的な俳優だと思っているようです。でも私はそのようには見ません。ホームズの本質をとらえて映像の中でいのちを与え、自らも永遠に忘れられることのない存在となった、偉大な俳優です。ここに来て下さるかたも、同じ思いでしょう。

そしてもうひとつ、人間としてもとても魅力的でとてもおもしろくて、会ったこともないのにその姿と声と存在からだけで、こころゆさぶられる人が少なからずいる、という不思議なひとです。ただ私は、ジェレミーだけが特別な人間だ、と言うつもりはありません。素晴らしい人はいろいろな世界にたくさんいますから。またなんの欠点もない天使のようなひとだ、などと言うつもりもありません。ジェレミーの人生を美化して、夢のようなおとぎ話を語っているという印象を持たれないようにと望んでいます。

でも私の場合4年前に、言わば出会い頭にぶつかったのがジェレミーだったことが、とても不思議でありがたい偶然でした。私の生と死を見る目、世界と自分を見る目がかわりました。ジェレミーと出会わなくても、たとえば樹々の間を渡る風によっても、感じ得たことかもしれません。それでも、不思議でありがたいなあ、という気持ちはずっとかわりません。

そして世の中には、いろいろな形でジェレミーと出会った人、気がついたらぶつかっていた人は、国を問わず年齢を問わず、たくさんいるのですね。本当に幸せにも私たちはジェレミーと出会うことができましたね。だから、ここに来てくださるかたと一緒に「ありがとう」の気持ちを、ジェレミーがこの世を去ったこの日に、あらためてこころをこめておくりたいと思います。

RM
まず最初にうれしいニュースを。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、ジェレミーのホームズのハイビジョンリマスター版が、10月からNHK・BSプレミアムで放送されるとのことです。ナツミさんのブログのプロフィール欄をどうぞご覧下さいませ。ナツミさんのプロフィール欄、大好きなのですが、今回も最後の二つの文にくすくす笑っちゃいました。そして思わず想像しちゃいました、ある人がナツミさんちに来ているところを。ぜひご自分でお読みくださいね。ただし、ナツミさんのプロフィール欄は私のところと同じようにいつ更新されるかわかりませんので(と言うか、私がまねさせていただいたので、)あまり遅いと話題はお菓子作りのこと、ご親戚のこと、あるいはお風呂のことに変わっているかもしれません。現在の最新記事「ワトスンの目」のコメント欄でも、わーいわーいと喜びの声が上がっています(私もあげています)。


さて、ジェレミーとグラナダのスタッフとのことで、好きなエピソードがあります。ずいぶん以前、3年前の8月に書いたので、あらためてご紹介しましょう。その時は、ジェレミーの自然なあたたかさを示すエピソードの中で好きな二つの内の一つだ、と書きましたが、今ではたくさん好きなお話ができました。でも久しぶりに読み返しても、やはりジェレミーらしいなあ、とうれしくなります。以前の記事「『空き家の怪事件』の撮影現場で」から、少し訳文を修正しています。ジェレミーの追悼式に参加した人の文章の一部です。


「まず最初に感じられたのは、皆がとても楽しい思い出を持っているということです。ジェレミーは一緒に働くのに最高のすばらしい人で、そしてとても愛情豊かな人だったことがわかります。誰かを元気づけたり喜ばせることができるならいつだって時間を惜しまないし、楽しいパーティを開いていました。(ここで私も自分の思い出を話したいと思います。私が『空き家の怪事件』の撮影現場の見学に言った時のことです。スタッフの一人が戸外での夜の撮影ですべって足を痛めてしまった時、ジェレミーはそこへ行って彼のそばにずっといて、話をしていました。その間に医者が呼ばれ、そして彼は治療のために運ばれて行きました。それは心のこもったやさしい行いで、特に寒い2月であることを考えると、テレビのスターの誰でもがそうするとはとても思えませんでした。)」

Firstly, what came over was the fact that everyone had very fond memories of Jeremy Brett. He was evidently a tremendous person to work with and extremely generous, both with his time and in throwing parties at any opportunity to cheer someone up. (If I may be allowed a small personal reminiscence at this point, years ago I went up to watch some of the filming of The Empty House. One of the crew slipped in the external night shoot, hurting his leg--Jeremy Brett went over and stayed with him, chatting, while they fetched a doctor and carried him off for treatment. A caring touch one might not find in every TV star, especially in view of the freezing February weather.)


Source: http://www.brettish.com/tbev2-01.html


以前も書きましたが、これが好きなのは、もちろんパーティを開くのもジェレミーらしいですが、困っている人、多分がっかりして落ち込んでいる人に対してただそばにいる、共にいるということ、それがジェレミーのあたたかさを一番純粋なかたちであらわしているように感じるからです。そしてそういう素朴なあたたかさがあるから、エドワードの言葉にもありましたが、「グラナダ・スタジオのお茶汲みの少年からお偉方まで誰にでも」(The Sherlock Holmes Gazette, issue 15) 同じようにやさしく、まっすぐに向き合ったのだと思います。

RM
前回の記事で話題にした、グラナダ・チームのスタッフたちとジェレミーの関係をプロデューサーのMichael Cox(マイケル・コックス)が書いた、"A Study in Celluloid"の文章をご紹介しましょう。前半部分は以前、「話をきくこと」という記事で引用しました。その部分をまず、もう一度載せます。


しかし撮影班はジェレミーのためなら、何でもしただろう。理由は二つある。ジェレミーは仕事を何よりも大切にして全力をつくしていたから。そして彼は全員と、仕事をこえた関係を築いていたから。撮影の初日に全員の名前を覚えただけではなく、誰の車が車上荒らしにあったか、誰の赤ちゃんが具合が悪いかも知っていた。ひとの気をひくためにお座なりにたずねたのでなく、本当に心から知りたいと思っていたのだ。

But a film crew would do anything for Jeremy and there were two reasons for this. First, because he was absolutely professional in his work and second, because he knew them all personally. Not only had he memorised everyone's name by the end of the first day's shooting but he also knew whose car had been broken into or whose baby was ill. And this was not a trick to curry favour; he genuinely wanted to know.



今日のところは、このすぐ後からです。

ジェレミーは、スタッフの見事な仕事をものすごく賞賛した。カメラの微妙な動き、ロケ地の選択の素晴らしさ、あるいは照明の具合が美しいというような、どんなことでも。ライヘンバッハの滝で彼とEric Porterのかわりをつとめた、恐れを知らぬ二人のスタントマンにシャンペンを準備したのも、ジェレミーだった。そして男性にも女性にも、何か特別なことがあれば、いつもお祝いに花を贈っていた。「だってね、だれでもみんな花が好きなんだよ。」そう信じていた。一方で番組の制作者を批判することもあったが、それも同じところから来ていた。ジェレミーと私とで意見がくい違うと、よく私のことを「悪魔の代弁者」(わざと反対意見を述べる人)と呼んだ。つまり私が本心から彼の考えとは違う方を選ぶなんて、そんなことがある訳がない、という意味だ。しかし最後は二人のうちのどちらかが、相手方に十分な理由があることや、そうする必要性があるのを認めることになった。

He was lavish in his praise of a job well done, whether It was a tricky camera movement, a beautifully chosen location or a striking piece of lighting. It was Jeremy who bought the champagne for those two intrepid stunt men who stood in for him and Eric Porter at the Reichenbach Falls. And he would send flowers, both to men and to women, to celebrate any special occasion. 'After all,' he reasoned, 'everybody likes flowers.' By the same token he could be critical of those who were running the show. If he and I had an argument, he would often call me 'the devil's advocate', implying that I could not possibly believe in a position other than his own, but one or other of us would bow to reason or necessity in the end.



前半部分、ジェレミーがスタッフの仕事ぶりによく気がついて賞賛した具体的な例として、カメラワーク・ロケ地選び・照明が出てきました。前回の話に出た録音がここで出てこなかったのが残念ですが、でも録音は作品をつくる上でとても大きな位置をしめる部分ですから、ジェレミーがその技術に注目して、その出来栄えを大切にしなかった訳がありませんね。

後半部分の、マイケルとジェレミーの議論の様子も興味深いですね。「悪魔の代弁者」と呼んだというのは、「当然君も僕と同じ意見だよね、議論を深めるために反対意見を仮に言ってみただけだよね」ということのようです。
参考:devil's advocateを演じてみよう(http://www.cshe.nagoya-u.ac.jp/tips/tips010/basics/discussion/column2.html

そうではなくて、本当に違う意見を持っていたとなると議論がさらに白熱し、自説を主張しあったのでしょう。

原作に忠実なホームズを作ろうという、グラナダシリーズの方向を決めて実行にうつした、その中心人物がこの二人ですから、言わば盟友と言えます。だからこその、遠慮のない議論だったのでしょうね。そして、原作そのままにとは言っても、映像化するにあたっての制約もあり、改変することで作品としてより魅力的になることもあったのですから、最後はどちらかが納得して自説を撤回したのでしょう。この二人の議論、特にジェレミーがどんな調子だったか想像するとおもしろいです。

ジェレミーはマイケル以外の人、脚本家や監督が原作から離れようとした時には多分もっとやわらかな言い方をしたはずです。David Burkeが書いていたと思うのですが、ジェレミーはいつも原作から離れそうだったら何とか戻そうとしたが、それは学校の校長のような態度ではなく、ユーモアと魅力いっぱいの様子だったのがとてもよかった、と。(今ざっと調べたのですが見当たらなくて、その部分を正しく引用できないのですが。)

だからなおさら、ジェレミーがマイケルに対して真っ向勝負に出ていたというのが最初意外で、そして逆に彼ら二人の信頼関係を感じました。

ジェレミーと裏方のクルーとの関係、プロデューサーのマイケルとの関係がそれぞれに、グラナダシリーズの素晴らしさの源の、大切な要素だったのでしょう。

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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