Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

このところBBCの "Sherlock" のファンはわくわくドキドキですね。今朝イギリスで、BBCでの放送日程が発表されたそうですし、先日はJohnのブログも更新されていたそうです。ブログの再開を教えて下さったナツミさんの記事はこちらです。
再開と再会

それで、この新聞記事をご紹介しようと思い立ちました。2004年の記事ですが、筆者は1989年に"The Secret of Sherlock Holmes" の楽屋でジェレミーに取材をした時のことを元に書いています。


Holmes: Brett still essential Sherlock
By Terry Pace
Times Daily - Sep 15, 2004
http://news.google.com/newspapers?id=vXs0AAAAIBAJ&pg=4181%2C2325690

(前略)
「重要な役は何度も何度も繰り返して、世代を越えて演じられるものなのです。シャーロック・ホームズという役に何か私なりの痕を残して、次の人に -- 違う時代のための違うホームズに手渡すことができれば、と願っています。

「その時までは、この役を演じることができて、コナン・ドイルと彼が作り出した人物のために何かができるのをとても幸運に思います。」そしてブレットはこう言った。「自分が一生懸命やってきたことが、認められず仕舞いではないのを確かに感じられるというのは、役者にとってとてもうれしいことなのです。」

[…] "Great roles are meant to be played again and again, from one generation to the next. I shall hopefully leave my mark on Sherlock Holmes and then pass on the part to someone else - a different Holmes for a different era.

"Until then, I must say that I feel very fortunate to have had my day and to have done some service to Conan Doyle and the character he created," Brett concluded. "I do know that my efforts have not gone unappreciated. For an actor, that's a very good feeling."



ジェレミーは何度も、ホームズを次へ手渡すことについて、話していましたね。「子供の感受性(「Mystery!: A Celebration」から)」の記事で触れた「Mystery!: A Celebration」という本の中にも、「アーサー・コナン・ドイルは21世紀へと無事に受け継がれたと思います。("Sir Arthur Conan Doyle, I believe, has been sent safely into the 21st century.")」という言葉が出てきます。これはホームズをもう演じることはないだろうとわかっていた時にファンに言った言葉だということを思うと、胸を打たれます。時を越えて遠くをみるような目をして、少し笑みを浮かべていたかもしれない、と想像します。

今日のインタビューでは、「違う時代のための違うホームズに ("a different Holmes for a different era")」と言っています。この時ジェレミーは、次の世代の役者と、彼の演ずるホームズのことを考えていたのでしょうね。ハムレットが世代を越えて繰り返し演じられるように。

ホームズは次の世代に無事に引き継がれて、それだけではなく21世紀を生きるホームズを生み出しました。そしてそのホームズには確かに、ジェレミーが演じたホームズの姿も感じられます。21世紀のホームズはまさに「違う時代のための違うホームズ」ですね。このことは、ジェレミーの想像を少し越えていたかもしれませんが、喜んでいるだろうなあと思います。

そしてジェレミーに、「あなたの努力の成果は今も全く消え去ることなく、多くの人に愛されていますよ」と伝えたいです。

RM
グラナダシリーズの221Bの、二人の居間兼応接間で使われている食器、いつも同じセットでしたね。二人が使うコーヒーセット(あるいは時にティーセット)、朝食がのっているお皿、それから「犯人は二人」でハドスン夫人がレディ・イヴァにスープを持ってきてあげるシーンでのスープ皿など、すべて同じ柄でした。

ジェレミーとあのコーヒーカップ(ポットがティーポットにかわっても、カップはティーカップとしても使っているようです)の写真です。「六つのナポレオン」でワトスンが "Two minutes!" というあのシーンです。
Holmes 221B coffe cup

「4つの署名」から、コーヒーポット、シュガーボウル、ミルクジャグ、コーヒーカップ、そしてお皿です。
SignOfFour_201311242102268d5.jpg

以前カーテンの柄のことでご紹介したのと同じ掲示板に、この食器のことも書かれています。
http://www.therpf.com/f9/sherlock-holmes-granada-brett-props-77333/index2.html
それを元に調べたら、これはMason's Ironstone(メイソンズ硬質陶器)の食器で、Wikipediaによるとこのブランドは1968年にウェッジウッドのグループに入ったそうです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Wedgwood

1796年にMiles Masonがロンドンで陶磁器輸入業をはじめ、後に工場を作って生産もはじめました。1813年に息子のCharles James Masonが“ironstone china"の特許をとり、それ以来ここが作る食器は、高価で壊れやすい中国からの輸入磁器に劣らず美しく、硬くて丈夫ということで、日常に使う器として広く使われたそうです。
参考:http://www.replacements.com/mfghist/masons.htm
http://www.little-eternity.com/wj0001.html

ですからメイソンズ硬質陶器は、ホームズの頃にもとてもよく使われた食器なのでしょうね。その頃にもこの柄が使われていたことを示す資料はみつからなかったのですが、グラナダのチームですもの、多分当時もつくられていた柄を選んだのでしょう。

この柄はBlue Mandalay(ブルー・マンダレイ)と言うのですが、マンダレイはミャンマー(旧ビルマ)最後の王朝時代の首都(1860年ー1885年)の名前だそうです。
参考:http://blog.livedoor.jp/brisee/archives/50767174.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/マンダレー

221Bのカーテンの柄もそうでしたが、この食器の色使いもパターンも、東洋趣味を感じさせます。そしてその上で西洋的な華やかさもありますね。

この柄の食器をたくさん扱っているウェブサイトのいくつかです。それぞれの食器の大きな写真をみることができます。
http://chinasearch.co.uk/buy/masons/mandalay---blue/
http://www.chinacraft.co.uk/hst-5849-blue-mandalay-dinnerware.aspx



さて、次にお見せするぼんやりした写真は、携帯電話もスマートフォンもデジタルカメラも持たない私が、以前友人が贈ってくれたトイカメラ(ファインダー、フラッシュ、ピント合わせ無しで撮る写真の味を楽しむための、おもちゃのようなカメラ)で夜撮ったものです。

cup3.jpg

ご覧のとおり、アップルのノート型コンピュータの上に、ほうじ茶(!)を入れて載せた、ブルー・マンダレイのカップです。ソーサーはありません。うふふ、10日ほど前から毎日のように、マグカップのようにして使っているのです。

想像していたより重さがあって、丈夫です。日常使いの食器だったということが納得できます。ぼてっとしているという感じの重さではなく、中がつまった重さです。真っ白ではなくきれいな乳白色で、映像では気がつきにくいのですが、外側の底に近い部分に浮き彫りのような模様があります。

これは映像でもわかりますが、内側の縁に近い部分にも模様が描かれていて、紅茶やコーヒー(やほうじ茶やウーロン茶)が入っていると、この模様が引き立ちます。牛乳ではぼやけます。カフェオレならよいかも。カップの縁にも模様にも金が使われていますので、電子レンジは使えません。

ソーサーなしの2客のカップが、本体も送料もそれほど高くなくeBayに出ていたのを買いました。しまっておいたり戸棚で飾っておくのではなく毎日使おうと思っていて、私はコーヒーにも紅茶にも何もいれないので、ソーサーはあっても普段はしまったままになるであろうこと、そして海外に発送しなかったりとても高い送料を要求する売り手が多い中で妥当な額だったことなどから、決めました。私は贅沢品としてではなくお客様用でもなく、毎日のカップとして欲しかったのです。

2個の内1つはとりあえずしまっておけば、使っていて万一欠けても大丈夫と思っていましたが、これは本当に丈夫です。それで家と職場とで一つずつ使っています。今は使うたびにニコニコとしていますが、もう少ししたら慣れて、普通の顔で使うようになるでしょう。でも時々ゆっくり眺めてニコニコしたいと思います。

RM

追記:日本のヤフオクにもこの柄の食器が時々は出ているようで、現在大きな角形のプレートが驚くほど安く(今のところ入札一人、500円で)出ています。明日(26日)午後9時過ぎが競売終了時刻です。私はこんな大きなプレートは必要ありませんが、興味がある方は「アンティーク、コレクション」のカテゴリを「Mason's」で検索してみてください。Mason'sの他の柄も、いくつか出品されています。
"A true drama-queen";Nickolas Grace のジェレミーを偲ぶ言葉(1996)より」の記事でご紹介した、Nickolas Grace(ニコラス・グレイス)の追悼文から、もう少し引用します。ニコラスは「犯人は二人」でBertrand(ベルトラン)を演じた俳優です。


Scarlet Street, vol.21, 1996.

Nickolas Grace
Bertrand (THE MASTER BLACKMAILER)

ジェレミーはエレガントで、いつも公の場所では完璧な服装でした。私たちが最後に共演したのは1992年で、私は(ロンドンの)ウエスト・エンドでCole Porterを演じていましたが、ジェレミーは彼のホームズ・シリーズに出てくるフランス人の策士家で悪役、ベルトランの役を引き受けないか、と言いました。スケジュールはつまっていて、撮影の日はマンチェスターに通わねばなりませんでしたが、ジェレミーはいつもの上手なやり方で、理をつくした議論によって監督のPeter Hammondを納得させてくれました。

[...] He was an elegant man, always immaculately dressed in public life. We last worked together in 1992, when I was playing Cole Porter in the West End, and Jeremy suggested that I should take on the scheming French villain, Bertrand, in his SHERLOCK HOLMES. It was a tough schedule, as I had to commute to Manchester each day, but Jeremy was in his element, sparring intellectually with the director, Peter Hammond. [...]



最初のところ、「エレガント」には誰も反対しないでしょう。でも「いつも公の場所では完璧な服装でした ("always immaculately dressed in public life")」のところ、テレビ番組に出演することは "in public life" には入らないということですね、多分。いえ、あのいつもの服装のジェレミーも大好きですが(うふふ)。パーティでのジェレミーは素敵だったでしょうね。たとえば病院を抜けて参加したグラナダ・ホームズ10年のパーティでも、a dashing Victorian theatre cloak(格好いいヴィクトリア時代の劇場用マント)を着て、19世紀の雰囲気を身にまとっていた、と Sherlock Holmes Gazetteの1994年夏号にあります。

その後の、ニコラスに役の提案をしたところの記述、はじめから配役の決定にジェレミーが関わっていたかはわかりませんし、多分ある程度決まってからの話だと思いますが、こうして仲間の俳優にも監督にも働きかけていたということを、具体的にはじめて知りました。そして「理をつくした議論で ("sparring intellectually")」というところ、ジェレミーが情の人であるばかりではなく、理の人であることもあらためて感じました。ニコラスがどのようにこの役に適任か、彼のスケジュールでもどんな風にすれば撮影に支障をきたさないかを説明したのではないかと想像します。

RM

追記:ニコラス・グレイスが演じたベルトランは、確か出番は3回で、内2回はホームズ・ワトスンと一緒でした。2回目は、ダンサーがフレンチカンカンを踊っている、キャパレーのような場所、3回目はミルヴァートンのものだったアテネ像を競り合う競売の席です。最後の場面からのスクリーンキャプチャです。

TheMasterBlackmailer2.jpg
TheMasterBlackmailer3.jpg



前回の記事、私はコンタクトレンズをしていないので、ジェレミーはすごく劇的な身振りと口調で「彼のせいじゃない!」って言ったんだろうなあ、なんて、暢気なことを思っていました。さて、今回はあの記事を受けて、眼の色の話です。


ジェレミーが1983年(放送は1984年)に出演したBBCテレビの"The Morte d'Arthur"(アーサー王の死)で、コンタクトレンズをつけていたことに前回触れました。これを知った時の疑問は、これは眼の色を変えるためかしら、それとも視力の矯正のためかしら、ということでした。

ジェレミーが眼鏡をかけている写真は「眼鏡の写真です」というそのものずばりの題名の記事と、その前の「ネット上のphoto archiveから(3);Photoshot」の記事でご紹介しました。この時の写真は後者は1991年12月に撮られたもので、前者もそうかわらない頃だと思われるので50代後半であること、そして眼鏡の形とかけかたからして、おそらく老眼鏡だろうと推測しました。フォーラムの人たちも同意見でした。(英語ではreading glasses、こちらの方がいいですね!)

それでは1983年の時のコンタクトレンズは、何のためだったのでしょう?それをフォーラムで尋ねたことがあります。これは眼の色を変えるためだと思いますか、と。そうしたらメンバーの一人が、アルフレッド・テニスンによればアーサー王は青い大きな眼となっていて、ジェレミー自身の眼の色で大丈夫だったでしょう、と答えてくれました。アルフレッド・テニスンの「アーサー王の死」はこちらで読めます。と言っても私も読んでいなくて、"wide blue eyes"というところだけを確かめました。
http://library.sc.edu/spcoll/britlit/tenn/morte.html

その時はそれで納得して、どうもありがとう、と教えてくれたことにお礼を言ったのですが、さてそれではそもそもジェレミーの眼は何色なんでしょう。以前にいたフォーラムで話題になったことがありました。hazelだそうです。hazelは榛色(はしばみいろ)と訳されて、「榛色」と日本で言う場合は黄色系の色名のようです。しかし日本語のWikipediaによると、眼の色としてのヘーゼルは「ライトブラウンとダークグリーンの中間の色であるため時として複数の色に見えることがあり」、また「北アメリカでは『環境によって変化する眼の色』の代名詞」だそうです。

ジェレミーの友達だった人とメール(だと思います)のやり取りをしたことがある人が言うのには、ジェレミーの眼は緑色以外にグレーも多く含んでいた、ということでした。そしてそのフォーラムのメンバーは、こんなふうに書いていました。

「高名の依頼人」をみると、グレーがはいっていることがよくわかります。あの作品のはじめの部分のほとんどは自然光で撮られていることにも気づくでしょう。グレーは日光のもとでよりはっきりして、緑色は曇りの時、暗い場所、スタジオや家の中の灯りでより目立ちます。

ジェレミーの眼の色がhazelということは、Brettish Empire とJeremy Brett Informationにも書かれています。前者では "hazel (brownish-green)" と書かれていて、後者では "Hazel (containing a lot of grey, as well as, green)" となっています。後者を書いたのは上で紹介したフォーラムメンバーと同じ人です。彼女は茶色については何も書いていませんが、これは茶色が含まれないという意味ではなく、hazelという色名はヘーゼルナッツからきているそうですから、茶色が含まれるのはまずわかることなので書かなかったのでしょう。

眼の色の分類というのは元々難しいようで、Wikipediaによれば「周囲の環境(光量やその色)によって眼の色も変化する為、絶対的な基準は設けないのが通常である」そうです。写真や映像をもとに色を論ずるのはさらに難しいところがあって、たとえば同じ映像作品でさえ、北米版とイギリス版では色調が違ったりします。でも印象としてはジェレミーの眼の色には緑色、茶色、灰色という要素は感じられますし、また明るい光の元では時に、少し灰色みを帯びた薄い緑に、さらに少し青みを感じることもある気がします。細かい色調はともかく、ジェレミーの眼の色は環境によって変化するhazel、というところまでは言ってもよいと思います。そして私の質問に答えてくれた人は、複数の色の要素を持つhazelの眼の人が青い眼の役を演じる時に、わざわざコンタクトレンズまでする必要はないだろうと考えたのでしょう。

さて、ジェレミーがアーサー王を演じた時の写真は、下のリンク先のページに2枚あります。1枚頂いてきて、少し修正しました。右手に兜を持っていますね。この作品はDVDになっていなくて、是非是非いつか観たいものです。きっと素敵だったことでしょう。そしてこれを観ることができれば、ジェレミーがこのとき眼をブルーにするためにコンタクトレンズをつけていたか否かもわかることでしょう。

Source: http://jeremybrett.livejournal.com/120845.html
The Morte dArthur

RM
以前何回か、雑誌Scarlet Streetのジェレミー追悼特集に掲載された、仲間の俳優の文章やインタビューをご紹介したことがあります。
"This is your life" の撮影の時
Anna Calder-Marshallのジェレミーを偲ぶ言葉(1996)より
ホームズがハドスン夫人に花をささげる場面;Rosalie Williamsのインタビュー(1996)より

この雑誌の同じ追悼号からもう一つ、文章の一部を引用してご紹介します。これは「犯人は二人」でBertrand(ベルトラン)を演じたNickolas Grace(ニコラス・グレイス)の追悼文です。


Scarlet Street, vol.21, 1996.

Nickolas Grace
Bertrand (THE MASTER BLACKMAILER)

1983年にはじめてジェレミーと共演しました。BBCテレビの"MORTE D'ARTHUR"で、彼がアーサー王、私がモルドレッドでした。一騎討ちの果てに共に死ぬ場面を撮った時、私が彼の兜に一撃を加えて殺すところで、打ち方が弱くてそうは見えないとジェレミーが言うので、次にはもっと激しく打ちました。ところがジェレミーは痛みのあまり大声でうめいて、衝撃でコンタクトレンズがずれて眼の中に入ってしまったと言うのです。医者を呼んでくれと頼んだあと、セットの中を行ったり来たりしながら、「もしこれで眼が見えなくなっても彼のせいじゃない、僕がもっと強く打つように頼んだのだから」とまわりに言い張っていました。まったく、とても素敵に芝居がかっているんです!

[...] I first worked with him in 1983, playing Mordred to his King Arthur in MORTE D'ARTHUR for BBC TV. During the shooting of our mutual deaths, he told me that I wasn't striking his helmet hard enough to be convincing. When I hit him harder on the next take, he yelled in pain, saying that the strike had knocked his contact lens into his eye. He demanded a doctor be called, and paced up and down the set, protesting that if I had blinded him, it wasn't my fault, as he had asked me to hit him harder. A true drama-queen in the best sense! [...]



最後の "A true drama-queen in the best sense! " のところ、ジェレミーがどんなだったか想像しながら「とても素敵に芝居がかっているんです」と訳しましたが、感じが出ているでしょうか?

"in the best sense" (最高の意味において)と言っているように、これは全然悪口じゃなくて、ジェレミーの愛すべき特徴の一つですよね。そしてジェレミーを知る人がその様子を想像して、ちょっとくすっと笑えるような、そういう文を追悼として書いてもらえるというのは、やはりジェレミーならではです。

私はコンタクトレンズをしていないのでわからないのですが、「コンタクトが眼のどこかに行っちゃった」という状態なのでしょうね。そしてもちろん打たれたこと自体はとても痛かったのだと思いますが、コンタクトがずれて失明するというのは多分、考えられないのでしょう。でもジェレミーは本気でそう思って、もしも失明してもニコラスが責任を感じたり、ひとに責められたりしないように、痛みの中で一生懸命「ニコラスのせいじゃない」と訴えたのですね。これはやっぱり、ジェレミーらしいエピソードです。

eccentric(普通とは違う)とかflamboyant(人目を引く、華がある)などの形容は時々みますが、ジェレミーが "a drama-queen" と言われているのは、これではじめて読みました。そして面白いことに、実はジェレミー自身が、ホームズのことを"a drama queen" と評しているのですよ!以下の記事でご紹介したインタビューで、 "He can be a bit of a drama queen" と言っています。ここでは「ホームズはちょっと大げさな時があります」と訳しました。
ホームズの複雑さ;A Centenary Celebration of Sherlock Holmes (1987) より

ジェレミーは自分とホームズは全然違う、とよく言っていましたが、 実際にはジェレミーのホームズには、ジェレミー自身の特徴や魅力がちゃんと出ていますね。

ジェレミーがコンタクトレンズをしていた、ということは、この時以外はきいたことがありません。これについては、(多分)次回、もう少し話題にしようと思います。



さて、今日はNHK BSでの放送は何かしら、とNHKのウェブサイトをみたら、「青い紅玉」ですね!

NHKのサイトには、りえさんがブログの記事「本『シャーロック・ホームズ映像読本』 」で紹介してくださったように、「『シャーロック・ホームズの冒険』番組観賞ガイド」というページができていましたね。

それからりえさんのブログでも話題の本、「シャーロック・ホームズ映像読本」の総解説とエピソードガイドを担当した岸川靖さんの、「■海外ドラマ■『シャーロック・ホームズの冒険』全41話の放送が始まりました」という記事を、NHKのサイトの「BSコラム」で読むことができます。

RM
一つ前の記事で、

でももちろんジェレミーは、若者が新しい冒険に飛び込むことを、見境なく勧めていた訳ではないし、ましてや誰に対しても俳優になるように言っていた訳ではないはずです。若者がたちどまってよく考えること、自分が本当にやりたいことがわかる時がくるまで待つことの重要性もわかっていたのです。

と書きました。ジェレミーが、若者がいったんたちどまって時を待つことの意味について話しているのは、以前こちらの記事で抄訳をご紹介した、1989年のインタビューです。(慣用句や熟語と思われる部分が多くて、私なりの意訳になっています。間違っていないことを願っていますが、疑問がおありでしたらどうぞ原文もご参照ください。)今回は一部引用して、その部分について全訳しています。


"The Wonderful Mystery of Sherlock Holmes"
Scrawl 2002
Source: http://homepage.virgin.net/questing.beast/scrawl_pdfs1.htm
(このページの "download as PDF (98kb)" をクリックするとPDFファイルが開きます。)

つばめのように空中の一点でホバリングする時間は今の時代はゆるされないのです。ただ忙しく、忙しく、忙しくしていなければならない。たちどまってものごとをよく考える時間はなくて、すぐに何か行動をおこさなければならない。何をしたらいいかよくわからない人が、そのうちにお金がなくなると恐ろしくなって、お金のためだけの生活を送るようになるなんて、人生はそういうものではありません。

皆はすぐに「これからどうするの?」と尋ねます。何か落書きでもしながら、次にどうしたらいいかが自然にわかるまで待つ、ということはできないのです。「何か意見があるわけではなくて、ただ興味がもてないだけなんです」と言うのは難しい。

義理の息子のケイレブが「今やっていることに興味がもてないんだ」と、大学で3つ目の専攻分野を勉強している時に言ったのですが、その時こう尋ねてしまいました。「じゃあ、これからどうするつもり?」彼は言いました。「時が来て僕のやりたいことが僕の運命と交差したら、何をしたいかがわかるだろうね。」ケイレブはやりたいことをみつけたのですよ!彼のやりかたが正しいのです。でも、このせわしない世の中では、それはなかなか許されていません。

[...] “...There's no time to be like a swallow and hover in the air, you've got to be busy, busy, busy! No time just to stop and contemplate, you've got to get your act together. A lot of people don't know what to do about it, and when the chips are down, it's really terrible that people are daunted into living for money. It's not the right god.

“People ask, 'what are you going to do?' too soon. You can't just take a pencil and a sheet of paper and doodle until it comes to you... To say, 'I have nothing to put in its place, but I just don't want to do this,' – so difficult

“When my stepson, Caleb, said, 'I don't want to do this,' while studying for his third degree, I was guilty of asking, 'Well what are you going to do?' and he said, 'When my ambition crosses my destiny, then I'll know'. God bless him, he's got it! He's right. But that's not allowed to happen enough in the push-and-shove. [...]



ジェレミーがこういうことを話しているインタビューは、珍しいかもしれません。でも活字になっていないだけで、社会のこと、若者の生き方のことについても、きちんと自分の言葉で語れる人だったのですね。もっと聞いてみたかったと思います。でもある意味ではジェレミーは、人生にどのように向き合うか、を自分の生き方でみせてくれた人ですね。

現在さらに世界のスピードは上がって、たちどまることがさらに許されなくなってしまっています。若者には、いえ若者だけでなく誰でも、迷って失敗してやり直して、あるいは外からは無為に過ごしているようにみえても、時を待っている、という時間と空間が必要なのだと思います。私自身がそういう時を何度か過ごしてきました。それは先がまったくみえない時間でしたが、今思えばそういう時間が許されたのは、何と幸運だったのでしょう。

でもその頃のただ迷っていた私をみて、誰が「幸せな人」だと思うでしょう。そこからさらに連想が広がります。

ジェレミーの病の10年間を知った時の衝撃、あんなにも輝いている人に対してさえ、運命とはそんなに残酷なものなのか。でも今私は信じています。ジェレミーは、自分は本当に幸せだったと思いながら、この世を去ったことを。

苦しみを経験しながらも、幸せでいられるということ、不安や迷いや憂鬱の中にいてさえ、幸せでいられるということ、それがこの4年間で私が学んだことです。そしてほぼ毎日忘れるので、ほぼ毎日学びつつあることです。そしてその出発点は、ジェレミーといわば偶然にぶつかったことでした。

RM
前回の記事を書いた後、思い立ってもう少し検索してみたら、もう一つインタビューをみつけました。こちらでは、ジェレミーが Christian McKay(クリスチャン・マッケイ)にどう言ったか、地の文ではなくクリスチャンの言葉として語られています。そしてそれがいかにもジェレミーらしい言葉使いなので、うれしくなってしまいました。

そしてもう少しくわしく状況がわかりました。前回の引用部分からは、ロケの場所でジェレミーが彼に語ったように解釈したのですが、こちらに従えば、彼のピアノコンサートでだったようです。それではご紹介します。


"'Promising Newcomer' Christian McKay Channels Orson"
By Steve Pond on January 20, 2010
thewrap.com
http://www.thewrap.com/deal-central/column-post/promising-newcomer-christian-mckay-channels-orson-welles-13253

ピアノを一流の音楽学校で学んで、コンサートピアニストでもあったのに、なぜRADA(王立演劇学校 ) にはいったのですか?

3歳のちっちゃな子供の頃、学校の劇の舞台にあがっていたそうです。私なら上手に演じられると思われていたのでしょうね。ピアノを1日8時間練習していた頃でさえ、学校の劇に出ていました。大学では音楽を学んでいたのですが、いくつか良い役をもらって演じたこともあります。

そして大きな意味があったのは、ジェレミー・ブレット、彼はグラナダテレビでシャーロック・ホームズを演じたことで有名ですが、彼がとても優しく親切にしてくれた、ということなんです。ジェレミーがマンチェスターのグラナダスタジオで撮影していた時、よく私のコンサートに来てくれました。そしてこんなふうに言ったのです。「僕は音楽のことには、そう詳しくはない。君は素晴らしいピアニストだけど、でも、いいかい、君は俳優だ。本当だよ、だって僕は自分が俳優だからわかるんだ。」

それで王立音楽大学を卒業した時、25歳くらいだった時に、もしも俳優としての才能があるかどうか試してみなかったら、本当のところどうなんだろうと思い続けることになるだろう、と感じました。

What caused you to enter RADA when you'd been studying piano at prestigious music schools, and performing as a concert pianist?

I'm told I was acting in school plays when I was a tiny little boy at the age of three, so they must have seen something then. And even when I was practicing piano eight hours a day, I was still doing school plays. And then right through university, where I was studying music, I played some great roles.

And the thing was, Jeremy Brett, who famously played Sherlock Holmes for Granada Television, was very kind to me. When he was filming at Granada in Manchester, he used to come to my concerts. And he said, “I don't know much about music. You're a wonderful pianist, but believe me, my darling, you're an actor. Believe me, it takes one to know one.”

So when I finished at the Royal College of Music, when I was about 25, I felt, if I don't see if I have any potential as an actor, I'll always wonder.



ジェレミーはマンチェスターで、コンサートにも行っていたのですね。撮影はとてもハードだったと思うので、そういう時間がとれたことを知ってうれしいし、私はクラシック音楽を好きなので、さらにうれしいです。インタビューで趣味を聞かれたときには、ジェレミーはいつもアーチェリーと乗馬と言っていましたが、ピアノを入れていたのを2回くらい読んだことがあります。ジェレミー自身はどんなふうにピアノを弾いたのでしょうね。(追記:「補遺、備忘録 その6(日本での訃報、ピアノ)」で、インタビュー記事へのリンクを記しました。)

クリスチャンは演じることは好きだったのですね。でももちろん学校での課題や課外活動の域を出ることはなかったわけです。そしてコンサートピアニストとして、順調にキャリアを積んでいたのですね。

彼のピアノのコンサートにジェレミーが行った最初のきっかけは、彼がエキストラの少年聖歌隊員として撮影に参加したことだったのでしょうか?そのあたりはここには書いていないのですが、前回の記事からそんなふうに想像しています。そして、何度かコンサートに行って、コンサートホールの楽屋ででしょうか、ジェレミーが驚くようなことを言ったのですね。君は俳優だ、と。"but believe me, my darling" なんて、ジェレミーの声が聞こえてきそうです。

今回の記事で状況がわかって、ジェレミーの言葉をクリスチャンの口を通じて知ることができました。そしてなおさら驚いてしまいました。だって、コンサートをしていたのですから16歳にはなっていたと推測して、そして仮にジェレミーの最後の撮影の時、つまり1994年1月だったとして20歳ですが、その頃はジェレミーの体調もよくなかったでしょうから19歳以下と考えると、16から19の前途洋々たる若きピアニストに、ジェレミーは「君は俳優だ」と言ったのです!いったい、どうしてなんでしょう。やっぱり直感なのでしょうか。あのあたたかくも情熱的な口調で言ったのでしょうね。

でももちろんジェレミーは、若者が新しい冒険に飛び込むことを、見境なく勧めていた訳ではないし、ましてや誰に対しても俳優になるように言っていた訳ではないはずです。若者がたちどまってよく考えること、自分が本当にやりたいことがわかる時がくるまで待つことの重要性もわかっていたのです。そのことを話しているインタビューは、またあらためてご紹介したいと思います。

RM
ジェレミーが直感(または直観)にすぐれているということは、いくつかの記事で触れました。最近また、それに関わるおもしろい記述にめぐりあったので、ご紹介します。音楽の道で身をたてようとしていたChristian McKay(クリスチャン・マッケイ)という少年に、ジェレミーが思いがけないことを言っているのです。


"Christian McKay's obsession with Orson Welles"
Express.co.uk Dec 6, 2009
http://www.express.co.uk/entertainment/films/144428/Christian-McKay-s-obsession-with-Orson-Welles

最初、Christian McKay(クリスチャン・マッケイ)は音楽を仕事にしたいと考えて、コンサートピアニストになるための教育を受け、21歳という若さでラフマニノフのピアノコンチェルト3番を演奏した。

マンチェスターの大聖堂の聖歌隊員だった時、ジェレミー・ブレットが主演したシャーロック・ホームズのテレビシリーズの、とあるエピソードにエキストラとして参加した。ブレットはピアノ奏者としてのクリスチャンの腕に感銘を受けていたが、君は将来必ず俳優になる、とこの若者に言った。

時がたち、ついにクリスチャンは音楽をやめてRADA (The Royal Academy of Dramatic Art; 王立演劇学校 ) に入った。

[...] originally he planned a musical career, training as a concert pianist and playing Rachmaninov's 3rd Concerto when he was only 21.

When he was a chorister at Manchester Cathedral he was an extra in an episode of the Sherlock Holmes TV series that starred Jeremy Brett. Brett was impressed by Christian's skill as a pianist but told the youngster that he was destined to become an actor.

Eventually he quit music and studied at RADA [...]



この俳優については、残念ながら私はよく知らないのですが、イギリス映画でオーソン・ウェルズを演じてとても好評で、賞も受けているようです。Wikipediaの彼のページはこちらです。

彼がエキストラとしてジェレミーと出会ったのは、どの作品なのでしょう。聖歌隊と言えばまず思い浮かぶのは "The Priory School" ですね。彼は1973年11月生まれですから、1986年のこの作品では12歳くらいです。ピアノは鳴っていなかったと思うので、もしもこの作品でしたら、ピアノは待ち時間にでも弾いていたのでしょうか。ジェレミーが弾くように頼んだのでしょうか。エキストラの12歳くらいの少年に、ジェレミーがどんなふうに話しかけているか想像すると、楽しいですね。ジェレミーは誰とでも楽しくおしゃべりする人だったのですよね。

上の引用に先立つ部分をざっと読んだのですが、彼が以前から俳優になりたかった、とは書いてありません。いったいジェレミーは、ピアノを上手に弾いた少年が、将来俳優になる運命だなんて、なぜ思ったのでしょうね ?! もしかして、「俳優って格好いいですね」くらいのことは彼も口にしたのかもしれませんが、でもコンサートピアニストを目指すような才能を持っていたのですから、音楽をやめようなんて思っていたはずがありません。

これは、ジェレミーの一種の直感なのでしょう。そして単に思うだけでなく、それを口にするところもおもしろいですね!

以前もこの記事でもご紹介しましたが、ジェレミーの息子さんのDavid Hugginsは両親のことをこう言っています。
 

"At Christmas I dreaded playing charades"
The Guardian, November 14, 2001
http://www.theguardian.com/books/2001/nov/14/shopping.familyandrelationships

母は理性的で慎重で几帳面、父は直感的で自分の気持ちにすぐに従う。(中略)今でも私の頭の中では、二人が違う意見を主張しあっている。父は「危険をこわがらずに冒険しなさい」と私を焚き付け、母は「よく考えてみたら」と言う。

My mother is cerebral, cautious and organised, while my father was intuitive and impulsive. [...] I can still hear them battling out their differences in my head: my father urging me to take risks; my mother advising me to think things through.



こうやって若い人を励まして、焚き付けて、時に本人も考えてもいなかったような未来の可能性を口にしたりするのですね。そしてクリスチャンが21歳でラフマニノフを弾いた後、多分二十代中頃か後半に、人より遅れて演技の道に進む決心をした時に、かつてきいた言葉が背中を押してくれたのでしょう。人生の中のある短い期間にジェレミーと出会った人が、生涯忘れらない思い出を持ち続ける。ジェレミーらしいですね。

RM
今日11月3日はジェレミーと、ジェレミーの2度目の奥様 Joan Wilson(ジョーン・ウィルソン)のお誕生日です。ジェレミーは80回目のお祝い、そしてジョーンは年齢を明らかにしていなかったのですが、かなり信頼できる情報によれば、ジェレミーより5つ上です。

SNSやYouTubeなどに、お祝いのメッセージが書き込まれていますね。そしてりえさんのブログも更新されていました!りえさんのところを経由してここに来てくださっている方、喜んでいらっしゃることでしょう。私の一つ前の記事「David Burkeの近況;公演中です」にも、りえさんがコメントを書いて下さっています。

りえさんとお話をしていて、ここで書き忘れていた「マイ・フェア・レディ」のBlu-Rayのことを思い出しました。りえさんが感想をブログに書いて下さるそうです。そしてその後、はたと気がついて検索したら、「戦争と平和」のBlu-Rayも発売されていました!どちらもアマゾンでのアドレスは一つ前の記事のコメント欄をご覧ください。


さて、80年前の今日、遠いイギリスに一人の男の子が生まれたのですね。喜びの時も悲しみの時も十分に生きて、61年の生涯の中でたくさんの喜びをまわりの人に与えて、そして亡くなってからも世界中のたくさんの人のこころに触れている。そして今日、お誕生日を多くの人が祝っている。私もその一人として、「おめでとうございます」のあたたかい気持ちをおくりたいと思います。

日本時間では今日11月3日になってからでしたが、イギリスでは昨日11月2日に、National Theatreの50年を記念する番組がBBCで放送されました。イギリス国外からは、BBCのサイト上のプレーヤーでも観ることができませんでした。ご存知のようにジェレミーはLaurence Olivierのもとで、National Theatreでの幸せな4年間を送りました。そのNational Theatreが今年で50年なのですね。記念の番組が今放送されることにも、感慨を覚えます。

こちらが番組の題とBBCのウェブサイトです。
BBC Two - Live from the National Theatre: 50 Years on Stage
http://www.bbc.co.uk/programmes/b03h8qms

これに先立って、イギリスのThe Guardian紙のウェブサイトに特集記事が掲載されました。その中の、写真で50年を振り返るページに、ジェレミーの写真が1枚あります。これととても似た写真を1枚知っていますが、これ自体は初めてでした。ギャラリーのページがこちら、写真への直接のリンクがこちら("Joan Plowright and Jeremy Brett in Love's Labours Lost in 1968")です。一緒に写っているのは、Laurence Olivierの奥様のJoan Plowrightです。


またYouTubeのNational Theatreのチャンネルには、National Theatreでおこわなれた記念の催しの記録がアップロードされています。たくさんありますが、ジェレミーに関係があるものを二つご紹介しましょう。実はまだ全部は聴いていません。

一つ目は "NT 50: Charles Kay and Fiona Shaw in conversation"
Charles Kayは古くからのジェレミーの友人で、ジェレミーが亡くなる少し前にも家に訪ねていたことを、Michael Coxが書いています。ホームズでは「這う男」に出ていましたね。そしてFiona Shawは昨夜NHKで放送された「曲がった男」でミス・モリスンを演じました。
http://www.youtube.com/watch?v=ho6FK_4XcEs&list=PLJgBmjHpqgs7CNlpBUF_5Jhlb6Rr6Qs_m&index=4
Charles Kayは10分までの間にジェレミーの名を2回出していたので、うれしくなりました。(まだ20分くらいまでしか聴いていないので、その後はわかりません。)

二つ目は "Old Vic Voices: Working with Olivier"
これにはRonald Pickupが出ています。彼はホームズでは「バスカヴィル家の犬」で執事のバリモアを演じました。
http://www.youtube.com/watch?v=uZFAPCvxTMc

そしてCharles KayとRonald Pickupの二人は、すべて男性で演じた"As You Like It" (1967-9)にジェレミーと共に出ていました。(Jeremy Brett Informationに、ジェレミーとRonald Pickupの写真があります。http://jeremybrett.info/st_asyoulikeit.html)Charles Kayはこの作品がとても印象深かったようで、最初にご紹介した方の映像中で何度もこれに触れています。そして19分頃からですが、楽屋は第二の故郷で、そこにいた人たちとは生涯の親友だ、ただ、一人が悲しいことにこの世を去ってしまったが、と言うところがあって、名前は出していませんが、私は彼がジェレミーのことを思っているのだろうと感じました。50年の記念の催しに出演した多くの俳優仲間が、口にするしないに関わらず、ジェレミーのことも懐かしく思い出してくれているのでしょうね。

さあ、今日は上記二つの残りの部分をみようと思います。あ、それからホームズのどれかを。どうぞ皆様も、楽しくおだやかに今日をお過ごしになれますように。

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
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和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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