Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

イングランドで一番古い歴史を持つと言われるアーチェリークラブの会員になった21歳のジェレミーの、クラブでの最初の日のことです。これは前回触れた、お父様と会うことがなかった4年間をすごした後のことだと思います。

元の記事が読めるのはこちらです。
http://jeremybrett.livejournal.com/38599.html

ただしこれは、記事の切り抜きの画像の小さい文字を判別して書き出したものなので、途中でクエスチョンマークがついていたりします。そういう細かいところは無視しつつ、飛ばし飛ばし訳していきます。

この日のために猛烈に練習してきたジェレミーは、アーチェリークラブでの最初の日、マイケルの燕尾服を借りたそうです。ここから抄訳で続けます。


緊張しながら、100ヤード(約92メートル)先をめがけて矢を放ちました。矢はゆれながら飛んでいって、驚いたことに、まさに的のまん中に命中したのです。最高のはじまりだっただけでなく、はじめてのその日にMaster Forester(森林監督官の長)の称号を与えられました。 Master Foresterは、食堂の一段高い所にもうけられたテーブルの席にすわるという名誉を与えられます。

その日のランチでは12回乾杯がおこなわれました。鹿肉とサマープディングでおなかが一杯になり、ポートワインでピンクの頬をしながらふらついて、はじめての嗅ぎ煙草で鼻をひくひくさせていたのを覚えています。

春や夏には1,2ヶ月の休みをとってMeridenに行って、もう一度あの頃のようにクラブに参加して、毎日的を射る生活をおくりたいと、時々思います。時間がなかなか取れないのが残念です。

でも実はクラパム・コモンで、アーチェリーの腕が落ちないようにしているんですよ!



ここから、ジェレミーの住まいのすぐ近くのクラパム・コモンで、アーチェリーをする話が出てきますが、それはまた次回。今回は、最初の日に栄えある称号を与えられた、というところです。Master Foresterを「森林監督官の長」と訳すのが適切かどうかわかりませんが、The Woodmen of Ardenというこのクラブは、Ardenの森の管理人の集まりとして始まったようですから、弓矢の腕が優れた者が、その名誉ある長に選ばれるということでしょう。High Tableの席につくというのは、例えばオクスフォードの学寮で教授達が一段高い所にある食卓に座るような、そういうイメージを持ったのでそのように訳しましたが、さてあっているでしょうか。

上では訳さなかったのですが、お兄様の燕尾服は肩幅がジェレミーには狭かったそうですし、会員には見事な腕を持っている人が多く、少し気後れもしていたと言っていました。そんなジェレミーが最初の矢を的にあてて称号を得たのですから、嬉しかったことでしょう。このアーチェリーの腕前はお母様譲りなのでしょうね。その時ご両親も参加していたのだったら、末の息子のことが誇らしかったでしょう!



さて、今年はこれが最後の記事になると思います。ここに来て読んで下さる方、どうもありがとうございました。一度お休みをした時には、こころのこもった言葉を何人もの方から頂き、おかげさまで、今年もまたここで年末のご挨拶をできることになりました。来年も無理をせず直感に従って、別の言葉で言えばのんびりぶらぶらと、続けていきたいと思っています。来年は、この国があぶない道をたどらないように注意をしながら、そして自分がどんなかたよった思いにとらわれているかに、その時その時に気がつきながら、過ごしていきたいと思います。

あ、来年と書いて思い出しました。この10月からはじまっていたBSプレミアムでのホームズが、来年の2月から再放送されることが決まりましたね!
http://www4.nhk.or.jp/sherlockholmes/

2月19日(水)午後4:00 から「ボヘミアの醜聞」の再放送だそうです。視聴率や評判がよかったのででょう。嬉しいですね。

では皆様、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

RM
前回の記事で、家族全員が会員になっているアーチェリークラブに、ジェレミーも21歳の時に入った、と言っているところを引用しました。そこから脱線して、ジェレミーが俳優として舞台にたつまでの4年間会うことがなかったお父様との和解について、書いてみようと思います。

The Central School of Speech and Dramaに在籍したのは、おそらく1951年から1954年(「The Central School of Speech and Dramaの頃」)ですから卒業が20歳。卒業後にマンチェスターのライブラリー・シアターで俳優としての第一歩を踏み出しています。YouTubeにあるBBCのThe Wogan Interview(http://www.youtube.com/watch?v=eqp_9KBlC3o)では、私の聞き取りが正しければですが、こんなことを話しています。もちろん逐語訳ではなく、だいぶん短く、ところどころをつなげています。話上手のジェレミーは、実に魅力的に話しています。1分30秒くらいからです。

「マンチェスターのライブラリー・シアターで兵士を演じることになって、父の軍人用ブーツを借りたいと母に電話でいいました。その後母から電話で、父が自分を観に来るようだときいてびっくりしてこわくなりました。公演の時に父のブーツをはいて舞台に歩き出すと、客席に父がいるのにすぐに気づきました。でも私だと気づいていませんでした。せりふはなかったのですが、歩くにつれて靴が鳴って、その音をきいて父は自分の靴に気がついたんです(笑い)。その後会いにきてくれると思ったのですが、父はあらわれませんでした。がっかりしてその頃住んでいたフラットに帰ると、父がシャンペンと2個のグラスを用意して段のところにすわっていました。『よくやった!("Absolute triumph!")』こんなふうに4年ののちに会いに来てくれたのですから、とてもこころが寛かったと思います。」

この後お父様は、舞台にたつジェレミーを観に車で劇場に来て、時に車での移動に疲れて客席でぐっすり眠りこんで、幕が降りると、劇はひどかったな、でもおまえはすばらしかった、よくやった!とほめたそうです(BBCラジオの1989年のインタビュー)。ジェレミーのお父様のことは何回か記事にしましたが、そこでも書いたように、演劇のことはまったく理解していなかったのですね。でも、俳優を志すことで一度は自分を当惑させた末の息子を、こんなふうにちょっと不器用に、ほほえましいやりかたで愛していたんですね。

俳優になることに父が反対した理由としてジェレミーは、俳優という職業のことをよく知らないうえに、アッパー・ミドル・クラスの人間にふさわしいと思わなかったこと、言語障害のある自分が俳優を志すのは無茶だと思っていたこと、そして4人の息子の誰も軍人にならなかったのにがっかりしたこと、という三つの理由のうちのいくつかを、いろいろなインタビューで話していますが、こういうお父様の反応をみると、二つ目の理由が相当大きかったのではないかと思います。舞台にたつジェレミーを観に来て、演劇のことも演じることもあいかわらずよくわからないけれども、職業人・社会人としての一歩を踏み出したようにみえる末の息子に安心したのでしょう。ジェレミーはこの後、アーチェリー・クラブにも入会して、舞台の合間に昔と同じように家族で楽しい時をすごしたのでしょう。

お父様の写真は、前回アドレスを書いたサイトにあります。写真への直接のリンクはこちらです。上のインタビューでジェレミーが、父の様子のことを "magnificent"と言っていましたが、たしかに堂々とした姿です。他のインタビューでは「胸板の厚い」という形容も使われていました(「両親のこと(その2); 1973年のTV Timesのインタビューより」)。

ジェレミーのお父様については、何回か記事にしたことがあります。
父と子
ワトスンをどのように演じたか その2;軍人の血
父のこと; 1973年のTV Timesのインタビューより

上で触れたThe Wogan InterviewのYouTubeでの映像は、残念ながら画面も音も荒いのですが、このインタビューの一部が使われている、2007年に放送された"A Study in Sherlock"ではとてもきれいです(「Time Shift (BBC) より"A Study in Sherlock" (2007)」)。以前この映像からスクリーンショットをとりました(「ジェレミーの笑顔」)。とっても素敵なので、そのうちの4枚を再度載せます。
Wogan_1.jpgWogan_3.jpg
Wogan_7.jpgWogan_8.jpg


もう一つ上で触れたBBCラジオの1989年のインタビューについては、ファイルの場所も含めて、以前「『戦争と平和』の撮影の頃;オードリー・ヘップバーンの伝記とBBCのインタビュー番組より」で触れました。

なお、お父様との和解のきっかけになった、ジェレミーが兵士を演じた劇はJeremy Brett Informationで演目と役柄を確認する限りでは、"Marching Song"ではないかと推測します。(http://jeremybrett.info/st_manchester.html

RM
前回からの続きです。今度はお母様のこと、小さい頃のことから話しはじめています。ジェレミーが小さい頃の写真は、家族の写真も含めて、以前「子供の頃の写真(馬とともに)」でご紹介したように、ここにあります。
http://jeremybrett.livejournal.com/74806.html

ちなみに一番下の写真は、ジェレミーが15歳の時にジェレミーの腕の中で亡くなった、ジャック・ラッセル・テリアの雑種の、最初のMr Binksだと思います。Mr Binksのお話が途中になっていたことはちゃんと覚えています!相変わらず寄り道しながら、ぶらぶらと歩いています。

それでは本題にもどって、ここからは少し省略しながらの訳です。


僕の家族はみんなアーチェリーが大好きでした。母はすばらしい腕前で、賞もたくさんもらっていました。

母は特別に軽くできている弓を持っていて、僕がまだ小さい時は、そのお下がりを使っていました。父がはじめてアーチェリーを教えてくれたのは、今思えば僕が4歳か5歳の時でした。

二つの大戦の間に両親はMeridenの近くのWarwickshireに家を買ったのですが、Meridenには歴史に名高いThe Woodmen of Ardenのアーチェリークラブがあります。最初に両親がクラブに入って、それから兄のマイケル、パトリック、ジョンがメンバーになり、最後に一番年下の僕が、21歳の時にその後に続きました。

着る服がすごく華やかなんです。明るい緑の燕尾服、金色のボタンのついたベスト、白いズボンと白い靴に、つばの両脇がちょっと上を向いた帽子。



お母様もアーチェリーが好きで得意だったのですね!ジェレミーの運動神経は、両親の両方から受けついだのかもしれません。お下がりの弓を使うところも、4、5歳でお父様からアーチェリーを習うところも、想像すると微笑ましいです。ちゃんとその時のことを覚えているんですね。それまでは、自分もやってみたくてたまらなかったのかもしれませんね。

このアーチェリークラブは1785年設立の、イングランドで一番古いとされているクラブです。

備忘録として記しますが、The Woodmen of Ardenについて書かれているウェブサイトは、たとえばこちらです。
http://www.1902encyclopedia.com/A/ARC/archery-06.html
http://www.archerylibrary.com/books/badminton/docs/chapter15/chapter15_1.html

ここにはMeridenの歴史が書かれています。
http://www.solihull.gov.uk/localhistory/16410.htm

その中にこんな記述もみつけました。ジェレミーが会員だった、と書かれています。
"The Woodmen of Arden
The famous archery club, reputedly the oldest in England, was established at a meeting of the Bull's Head (now Darlaston Hall) in 1785. The actor, Jeremy Brett, was a member of the club."

これだけ歴史のあるアーチェリークラブなので、服装まできまっているんですね。クラブの会員が載っている写真をみつけました。
http://www.corbisimages.com/stock-photo/rights-managed/0000298653-019

燕尾服が「明るい緑(Lincoln green)」というよりは暗めの緑に見えますが、後はジェレミーが言っているとおりです。写真をみてもそれほど感銘は受けませんが、ジェレミーがこの服で歩いているのを想像するなら別です!

ジェレミーは21歳でこのクラブに入ったと言っています。俳優を志すことについて元軍人の父の反対にあったジェレミーは、マンチェスターのライブラリー・シアターで俳優として働きだすまで、4年間父と会わなかったということですが ("Dancing in the Moonlight", p.8 など)、この頃にはお父様との和解がすんで、家族みんなが入っているアーチェリー・クラブにも入会したのですね。よかったですね。

お父様との和解のことも含めて、この項をもう少し続けるつもりです。


もうすぐクリスマス、と言っても特に普段と変わらない毎日の方も多いかもしれません。私もそうです。でもクリスチャンではない私でも、暗い冬の日に赤と緑の色がまわりにあって、どこかの暗い厩で生まれた赤ちゃんを思うことは、日常と少しはなれた気持ちを束の間もたらしてくれます。

皆様も何かささやかだけど特別な楽しみと共にお過ごしになれますように。

RM
先日Pipe Smoker Of The Yearに選ばれた時の写真を載せたので、アーチェリーのことを楽しく話す中で、この受賞のことにも最初にちょっと触れている記事をご紹介します。これが読めるのは以下のアドレスの場所です。

http://jeremybrett.livejournal.com/38599.html?thread=538311

別のグループ(The Sherlock Holmes group on MSN、もう今はないようです)にアップロードされた記事の切り抜きの画像が小さくて文字が読みづらいので、それを書き出したということでした。元の画像を私も見たことがありますが、日付も新聞の名前も書いてありませんでした。それで記事自体の出典を記すことができません。もっとも掲載年は、写真のキャプションから判断してThe Secret of Sherlock Holmesの公演中で、かつ受賞後ですから、1989年でしょう。

タイトルはやたらたくさんあるのですが、以下のとおりです。一番下が一番大きく太字で書かれていますので、主要なタイトルでしょう。

Star who plays a lead role with the archers
My Sporting Life
Supersleuth actor Jeremy Brett talks to Graham Bridgstock
A Simple case of toxophily, Holmes!

写真が一枚ついていて、Pipe Smoker Of The Yearに選ばれた時のもののようで、やはり左耳にイヤリングをしています。以下は写真のキャプションです。

Elementary . . . Jeremy Brett scores a hit on stage as Sherlock Holmes and likes to be right on target when he's relaxing away from the limelight of the West End

では最初の部分を訳してみます。


アーチェリーをするなら、集中する必要がすごくあるんです。兄のJohn(ジョン)はアーチェリーで歯を二本飛ばしています。口からパイプをはずすのを忘れただけなんですけど。

1989年のPipeman Of The Yearに選ばれた後で、僕がそんなことになったら、新聞の見出しがどんなか想像できますか?考えたくもないですよね。

でも事故は起きるものなんです。別の時には兄のMichael(マイケル)が、森の中の的の近くを歩いていたひとの腕に当ててしまいました。Nunkyというのがそのひとの名前で、矢が腕に当たったのに、これ以上ないくらい感じよかったんですよ。

「お気遣いなく」と言ってコートのそでから矢を注意しながら引き抜きました。

アーチェリーをするには十分な場所が必要です。割と最近、兄のPatrick(パトリック)が仲間たちとElstreeにある自分の家の庭でアーチェリーをしていたら、矢が食堂の窓をまっすぐ突き抜けていってしまいました。幸いにもランチはまだオーブンにありました。でも窓は閉まっていたんです。



三人のお兄様の名前が出てきましたね。1973年のインタビューでは「一番上のジョンは教師、マイケルは絵描きになって今はマジョルカ島に住んでいて、パトリックは建築家です」と言っています(「父のこと; 1973年のTV Timesのインタビューより」)。その後だと思いますが、長兄のジョンはキリスト教、おそらくイギリス国教会の司祭になっていて、ジェレミーの追悼式では司式をなさっています(「追悼式での John Huggins師の言葉;1995年のThe Baker Street Journal より」)。

日本のことにふれているインタビュー(2)」のところで、パイプも吸う兄が、自分(ジェレミー)が元々はパイプを吸わないことは、自分のホームズを見たらすぐにわかると言った、というジェレミーの言葉を紹介しましたが、おそらくそのお兄様は長兄のジョンだったのでしょうね。アーチェリーの時でさえパイプを離さなかった、というか離すのを忘れていて、パイプが(想像するに、弓の弦で)飛ばされた時に、その飛ばされる勢いで一緒に歯が欠けてしまったのでしょう。

パトリックの事故は、ちゃんと理解できているか100%の自信はないのですが、ランチはまだオーブンにあったから、お昼のご馳走は被害にあわずに無事だった、という訳ですね、多分。でも窓は閉まっていた(But the window was closed)ということは、窓ガラスを割って飛び込んだということだと思うのです。ガラスが散乱して、大変なことになったでしょう。やっぱりアーチェリーの矢って、すごい威力なんですね。

でもそれなら、マイケルの矢がまともにひとの腕に当たったらこちらも大変なことになるので、刺さったのは洋服だけだったのでしょうね。‘Think nothing of it' (そんなこと気にしないでください)というのは固くて丁寧な言い方だと辞書に書いてあったので、「お気遣いなく」と訳しましたが、まあなんていい人なんでしょう!それかちょっと浮き世離れした変わった人なのかもしれません。

正しく訳せているかわかりませんが、ジェレミーが3人のお兄様の名前を順にあげて楽しく話している、楽しい記事です。この後、ご両親のことも話しています。多分もう少し続けます。

RM

追記1:ジョンが聖職者になったのは1973年のインタビューの後ではなく前ではないかと以前思ったのを、忘れていました。機会があったらそのことについてはまた書きます。
追記2:「Nunkyというのがそのひとの名前」と訳す以外考えられないのですが、この言い方(か、この名前)には何か私の知らない意味があるのでしょうか。
ごめんなさい、また予告した内容ではなくて覚え書きです。なにしろ記憶力に関して、さらにさらに自信がなくなっているので。

はじめの二つは最近のインタビューからの引用で、BBCの "Sherlock" の二人がジェレミーの名前を挙げているところ。どちらもインタビューアはジェレミーの名前を直接は出していないけれども、質問に答える時に二人が言ってくれています。短いですけど名前が出ているだけで嬉しいのです。

"Benedict Cumberbatch – 'The Hobbit: The Desolation of Smaug' Interview with Kam Williams"
The EUR/Electronic Urban Report, Dec 13, 2013
http://www.eurweb.com/2013/12/benedict-cumberbatch-the-hobbit-the-desolation-of-smaug-interview-with-kam-williams/

KW: ホームズ役者としてのBasil Rathbone(バジル・ラスボーン)の影を薄くする俳優が出てくるなんて、誰が想像したでしょう。

BC: ああ、ありがとう、でも私はそこまでは行っていないでしょう。それに関してバジルやジェレミー・ブレットの影を薄くする役者は出てこないと思います。私たちのは現代版ですから、そこは避けています。もし舞台をヴィクトリア朝に設定したら、もっと厳しい批評を受けるかもしれません。私たちの作品ですばらしいと思うのは、原作への愛情と敬意があふれているところです。だから、新しくて、でも同時に古い友人のようなのです。

KW: Who would have ever guessed that someone was going to come along and eclipse Basil Rathbone in the role?

BC: Oh, thanks, but I wouldn't go that far. I don't think anyone's going to eclipse Basil or Jeremy Brett, for that matter. I get away with it because it's a modern era version. I think the criticism might be harder, if we were set in the Victorian era. What I think is beautiful about ours is that it's done with such love and reverence for the original stories. So, it's new, but like an old friend at the same time.


"So, it's new, but like an old friend at the same time." (だから、新しくて、でも同時に古い友人のようなのです)という表現、いいですね。Benedictの発言からは、以前の映像作品に敬意を持っていて、その上で自分たちの作品に誇りと愛着がある様子がいつもうかがえます。ちょうどジェレミーがそうだったように。


次はジョン役のMartin Freemanの言葉です。

"Martin Freeman on Sherlock Season 3, John and Sherlock's reunion, the fall, & keeping secrets"
Den of Geek, Dec 10, 2013
http://www.denofgeek.us/tv/sherlock/231521/martin-freeman-on-sherlock-season-3-john-and-sherlocks-reunion-the-fall-keeping-secrets

ファンはこの作品に夢中で、このドラマは強烈な印象を与えています。シャーロックを映像化したこれまでの作品と違っているのはどこで、もっと人気があるのはなぜだと思いますか。

脚本が見事だと思います。80年代と90年代にITVが放送した、ジェレミー・ブレットがホームズを演じた作品はすばらしかった、とってもすばらしかったですね。テレビで放映されているのを観ることがあるのですが、よい作品を長くつくっていたことに今でも驚きます。本当によい仕事です。でも私たちのは同時代を舞台としたもので、こういう作品は長いこと作られてきませんでした。

The fans do love it, and it's made a tremendous impact. What is it about it that's made it different and more popular than previous incarnations of Sherlock?

I think it's brilliantly written. The ITV ones in the eighties and the nineties with Jeremy Brett were fantastic, they were really really fantastic and I occasionally watch them now when they're on and am amazed still by how well they hold up, they're really good pieces of work. But this is contemporary, that's not been done for ages.


"they were really really fantastic"というところ、"really really"の繰り返しにMartinの声が聞こえてきそうです。



それからこれはかなり前のインタビューで、元はSeason 1がPBSで放映された前後に、PBSのウェブサイトにアップロードされたものだと思いますが、YouTubeでのアドレスを最近知ったので、記しておきます(PBS公式のチャンネルではないので、ちょっと反則ですが)。ジェレミーとバジル・ラスボーンのホームズのことを話している部分です。そして始めの方で、ジェレミーのことをa family friendと言っていますね。

"Previous Sherlocks | Benedict Cumberbatch Interview 2/5"
https://www.youtube.com/watch?v=jd0Z5NHp79Y



そして最近、ホームズのTop 5とTop 10が二つのサイトで独立に記事になって、どちらもジェレミーが1位だったので、覚え書きとしてこれも記しておきます。
"Top 10 Sherlock Holmes Portrayals"
December 9, 2013
http://www.watchmojo.com/video/id/12021/

"Top 5 Sherlock Holmes portrayals"
December 10, 2013
http://www.cultbox.co.uk/features/count ... portrayals

最近ではほとんどの場合BBCの "Sherlock" とベネディクトが1位になっていて、"Sherlock" も二人の俳優も好きですが、やはり少し寂しい気持ちになっていました。ただ、両方の作品・俳優が好きな人は、両方ともすばらしいし、そもそもどちらがどちらを負かすというものでもない、とよく言います。ベネディクトが上のインタビューで言っていたのも、多分そういうことですね。

というわけで、今日も備忘録でした。

RM

前回、AP通信が配信した訃報にもつけられていた、笑顔のジェレミーの写真をご紹介して、アメリカの3つの新聞社の記事へのリンクも記しました。

日本はどうかと言いますと、ジェレミーが亡くなったことを伝えた新聞記事の切り抜きを、2カ所のウェブサイトで見たことがあります。一つはどこか忘れてしまったのですが、覚えている一つのアドレスを記してご紹介します。

「シャーロック・ホームズ SHERLOCK HOLMES in MB-Support」というウェブサイトの「Mrs. hudson's Diary」というカテゴリ中の「ジェレミー・ブレット」という記事です。
http://mbsupport.dip.jp/221b/diary/2007/2007032101.htm

こちらのウェブサイトは以前に「シャーロック・ホームズの冒険 ブルーレイBOX(画質印象記)」という記事の最後でご紹介させていただきました。このウェブサイトには、他でみられないようなホームズに関する記事や情報がたくさんあります。この時にご紹介したのはブルーレイBOX のレビュー記事、グラナダ版ベイカーストリートの地図、グラナダ版で撮影に使用した馬車についてでしたが、その後管理人のかたがコメント欄に書き込んで教えて下さった、グラナダ版ベイカーストリートを説明つきで歩き回る動画も素晴らしかったです!

新聞記事にもどりますと、上記リンク先を少し下へスクロールすると記事の画像があって、クリックすると大きくなります。それで気がついたのですが、文章はロイター通信からで、写真だけがAP通信のものだったのですね。私はアメリカの多くの新聞に載った訃報と同様、文章も写真もAP通信が配信したものだと思っていました。84年に芸能活動を再開という記述と、体を犠牲にしてもかまわないという発言が本当にあったのか、の2点ではちょっと疑問を持ちますが、まず写真が笑顔のこの写真でよかったと思いますし、この切り抜きを見てその頃に思いを馳せることができました。日本でも多くのひとが、突然の知らせに呆然としたり悲しんだりしたことでしょう。

MB-Support様、記事の切り抜きを見せて下さって、ありがとうございました。



もう一つの「補遺」としては、「ジェレミーの直感;俳優Christian McKayのインタビューより(2)」で触れた、趣味にピアノを入れているインタビューを一つみつけたので、どのインタビューかまた忘れないようにここに記します。たしか二つはあったように思うのですが。これは1991年にアメリカの公共テレビ局 PBS のためにアメリカを回ったときに受けたインタビューで、このブログで他の部分を過去に何度か引用したことがあります。


"He's Decided to Stick with 'Sherlock Holmes' to the End"
Anglofile, issue 20, 1991
http://webpages.charter.net/sn9/literature/anglofileinterviewpart2.html

[...]
What sort of hobbies do you have outside of acting?

Archery. Riding. That's why I was so impressed with Kevin [Costner]. He bothered to learn. He really took his time; he really learned it.

Anything else?

Piano. [long pause]. My incense.

Your incense?

My smoking [chuckles].



これはピアノを「弾く」とは言っていないのですが、「聴く」とも言っていないし、やっぱり弾くのも好きだったのじゃないかと思うのですが、どうでしょう。クラパムの家にピアノがあったかはともかく、ある時期にはよく弾いていたのではないかと。よくわかりませんが、忘れないように記しておきます。

次回は(多分)、予定どおり前回予告した内容に...行くでしょうか?

RM
ジェレミーが1989年のPipe Smoker Of The Yearに選ばれた時の写真は、8枚くらいは見たことがあると思います。どの写真も左胸に赤いバラの花、(左耳がみえない写真をのぞいて)左耳にイヤリング、そして口元か手元にはパイプ。馬車をひく馬の隣にたっている写真、馬車の中に座っている写真、部屋の中での写真と分けることができます。部屋の中での写真ではホームズが5割から8割くらい入っている印象を持ちますが、戸外での写真では、8割から10割ジェレミー、という感じです。

数ヶ月前にeBayに、それまで見たことがなかった写真が出品されました。
PipeSmoker3.jpg
これもなかなかいいですが、馬もジェレミーもちょっとお澄ましかもしれません。ホームズが2割くらい入っているかな?

私が一番好きなのはこちら。ずいぶん前にネット上にあって、それがどこだったか忘れました。Jeremy Brett Informationの前身のJeremy Brett Archiveから頂いたような気がします。
PipeSmoker2.jpg

そしてこちらも好きです。これもずいぶん前からネットにある写真で、どこから頂いたか忘れましたが、今ならたとえばここにもあります。http://jeremybrett.info/behind/imgpages/image090.html
PipeSmoker1.jpeg

これはアメリカのAP通信が世界各国に配信した、ジェレミーが亡くなったことを知らせる記事につけられていましたので、日本、中国、アメリカの新聞の切り抜きにこの写真が載っているのを見たことがあります。こんないい笑顔の写真が使われてよかったと思います。でもそういう由来があるので、時々少ししみじみとした気持ちにもなります。でもジェレミーは、これをみてそんな気持ちになるよりも、楽しく笑ってほしいと思うでしょうね。この写真のジェレミーと目を合わせると、やっぱり自然とにっこりとなります。

下のリンク先は、上の写真が使われているニューヨークの新聞、The Daily Gazette の1995年9月14日付けの記事です。
http://news.google.com/newspapers?id=J3xGAAAAIBAJ&pg=3268,3188265

もう一枚別の写真を。
http://jeremybrett.info/behind/imgpages/image051.html
これも十割ジェレミーですね!馬車の中です。(毎回お断りしますが、このサイトでは更新時に写真の順番がかわることがあるので、下のリンク先が違う写真になる可能性があります。)


次は(多分)、ジェレミーがパイプのことにちょっと触れたあと、アーチェリーの話をしている記事から引用しようと思っています。あ、でもまた脇道にそれるかもしれません。

RM

追記:こちらの記事ファイルの方が写真の状態がよいので、備忘録もかねてアドレスを記します。ピッツバーグの新聞 Observer-Reporterの1995年9月14日付けの記事です。
http://news.google.com/newspapers?&id=lWhfAAAAIBAJ&pg=2601,4045796
The Post and Courier、チャールストンの新聞です。
http://news.google.com/newspapers?&id=rV5SAAAAIBAJ&pg=4344,4488124

追記その2:「補遺、備忘録 その6(日本での訃報、ピアノ)」で、日本の新聞記事の切り抜きを載せて下さっているウェブサイトをご紹介しました。
ここはそういうことを書くところではない、そういうことを読みに来てくださっている訳ではない、家族に友人に話しても、ここに書くようなことではない。そう思っていました。

私はTwitterは使っていませんが、内田樹さんがRetweetしていらしたゴッチさんという方のブログの記事「暗闇の中でも」に背中を押されて、書き始めています。

http://6109.jp/akg_gotch/?blog=311556
「あなたが感じたこと、思っていること、それを表出させることが表現だ。友人に手紙を出すことも、ブログに日々を記すことも、あるいは140文字の単文も、街角で声を上げることも、立派な表現だ。」

特定秘密保護法案の強行可決に、憤りと大きな不安を覚えています。慎重な議論を求める声、あるいは廃案を求める声が日々上がる中で、反対の声がすべて無視されたこと、こんなことが民主主義国家の日本で起こるなど、考えてもいませんでした。

百歩譲ってこの法律が必要だとして、なぜこんなにも強権的に、重要な法律を十分な検討なしに強行採決しなければならないのでしょう。

「お国のために」の時代と日本の敗戦を経験した親の世代と、社会に出た、あるいはこれから出て行く甥や姪の世代。私はその間の世代であることをこれからも意識して、今回のことを忘れずにいようと思います。過ぎたこととして忘れてしまうことを現政権は期待しているはずです。この法律が恣意的に使われないように、日本がこれ以上復古的で民主主義を否定する道へ進まないように、関心の扉を開いていなければなりません。

でも一方で、毎日怒りに駆られたり暗い気持ちでいる必要はないし、そんなことは到底できないし、何の益もなく害になるだけです。やっぱり次回から、おだやかで幸せな気持ちでジェレミーのお話をしたいと思いますので、どうぞおつきあいくださいませ。

今頃、NHK BSで「ノーウッドの建築業者」を放送中ですね。いくつものシーンが目の前に浮かびます。

RM
英国ドラマ好きの方たちにとっては、ここのところのBBC発の話題と言えば、 "Sherlock" の放送日程が霊柩車(!)によって披露されたことと、その少し前の11月23日に "Doctor Who" の50周年記念のエピソードが放送されたことでしょう。

前者についてはナツミさんのブログの「#SHERLOCKLIVES」に、いつものように原作のお話もまじえて書かれています。特に、BBCのスタッフへの心からの賛辞として、ドイルの原作での「(前略)ワトスン君はよく知っていますが、私はとかく芝居がかりにやらないじゃいられない癖があるもんで……(海軍条約文書事件・延原謙訳)」を引用していらしたのがうれしくて。ジェレミーがホームズのことを "He can be a bit of a drama queen" と言うとき、そしてNickolas Graceがジェレミーのことを "A true drama-queen in the best sense!" と言うとき、ここを思い出していましたから。ホームズもジェレミーもBBCのチームもこういうところは似ていて、いい意味で、時にちょっと芝居がかっているのですね!

後者の "Doctor Who" については、私は一話も観たことがなく、本来ならここで話題にすることもなかったはずでした。それにも関わらずこんなふうに始めたのは、50周年記念ときいて、4代目のドクターのTom Bakerがジェレミーのことを語っている言葉を思い出したからです。検索したところ、Tom Bakerは50周年記念エピソードにもカメオ出演したそうですね。(http://www.thatswhatyouget.co.uk/doctor-who-50th-surprises/

"Doctor Who"は日本語のWikipediaによれば「世界最長のSFテレビドラマシリーズ」で、「主人公のドクター(Doctor)と呼ばれる異星人が地球人の仲間とともに時空を自由に行き来して、旅をする道中で遭遇した、地球や他の惑星で起こる理不尽な外敵侵略、タイムパラドックスを防ぐために奔走する」のが一貫したストーリーだそうです。そして1974年-1981年にかけての4代目のドクターのTom Baker(トム・ベイカー)は「よく動く大きな瞳と、滑舌のよいロジカルな議論の奔流で周囲を翻弄する。歯をむき出してニンマリ笑う仕草は特に有名」ということです。彼の大きな写真がある、BBCの50周年記念サイトのページはこちらです。
http://www.doctorwho.tv/50-years/doctors/fourth-doctor

トム・ベイカーはジェレミーと重なる時期にThe National Theatre Company に在籍していました。1934年生まれですから、ジェレミーの一つ下です。その彼のオフィシャルサイト内のフォーラムに以前はQuestion Roomというスレッドがあって、そこでは彼がファンの質問に答えていたようです。現在は閉じられていますが、そのアーカイブがあって今も読むことができます。その中の、2010年にある人がジェレミーのことを尋ねた質問とトムの答えを読めるのがこちらです。
http://www.tom-baker.co.uk/forum/viewtopic.php?f=21&t=412

その中で彼はジェレミーについて、こう言っています。


ジェレミーは魅力にあふれていて、意地悪な気持ちをまるで持たない人でした。やさしくて、おかしくて、美しい声で歌いました。役者であることが大好きでした。今まで僕が観た中で最高のシャーロック・ホームズだと思います。Charles Kay、Ronald Pickup、Derek Jacobiの親しい友人でした。


「やさしくて、おかしくて、美しい声で歌いました」というのは、"He was sweet and funny and sang beautifully"を訳しました。 この3つが並ぶところ、うれしくなります。以前エドワードの言葉として「ジェレミーのことを思う時はいつも、ジェレミーが笑っているのを思い出すでしょう」というのを挙げましたが(「ジェレミーを語る言葉」)、それに負けないくらい素敵なジェレミー評ですね。

ジェレミーもこう言われて、すごく喜ぶと思います。私も誰かにきかれたら、こう言いましょう。「ホームズを演じているジェレミー・ブレットって、どんな人?」「やさしくて、おかしくて、美しい声で歌う人なの!」ホームズとしての姿しか知らない人は、目を白黒させるでしょうか?

「意地悪な気持ちをまるで持たない」("there was no malice")という感じも、よくわかる気がします。

トム・ベイカーとジェレミーはThe National Theatre Companyの後も会う機会があったようで、ジェレミーの定宿であるマンチェスターのMidland Hotelで1990年か91年にディナーを楽しんでいた、という元ウェイターの話を以前紹介したことがあります。
マンチェスターのMidland Hotelについて(1)

なお、ジェレミーの親しい友人として名前があがった三人のうちのはじめの二人は、グラナダシリーズでも共演しています。Charles Kayは「這う男」、Ronald Pickupは「バスカヴィル家の犬」に出演しました。彼らはNational Theatreの50周年記念トークに出演していて、Charles Kayはジェレミーの名前を2回あげてくれていました。
ジェレミーの80回目のお誕生日、そしてNational Theatreの50年

また、Derek Jacobiは「ジェレミーにBAFTA賞を!」の活動の支持者の一人でした。

RM

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Author: RM
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