Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

「ボスコム渓谷の惨劇」(1991)でJames McCarthy(ジェームズ・マッカーシー)を演じたJames Purefoy(ジェームズ・ピュアフォイ)は、この作品の撮影の時にジェレミーが若い自分にどんなに親切だったかを、何度か話してくれています。

私がはじめて読んだのは、「ジェレミーにBAFTA賞を!」の活動を支援するたくさんの人のコメントの中の一つとして、でした。2011年にこのブログでもご紹介しました。
ジェレミーにBAFTA賞を!(16); 9月末で署名活動が終わります(2)

その時の彼の言葉の和訳を再度ご紹介します。


私のテレビでの最初の仕事は、シャーロック・ホームズのなかの1作でした。その時ジェレミーに「僕は撮影のこともカメラのことも、何も知らないんです」と言いました。ジェレミーは親切に私の面倒をみてくれて、撮影の時はいつも助監督が私を現場に呼んで撮影をみせてくれるように、はからってくれました。ジェレミーは辛抱強く、全部のカメラレンズについてそれがどんなふうに映像をとるかを私に説明して、カメラの技術を教えてくれて、私が経験するすべての面でなにかと助けてくれました。私は人として、そして俳優としてのジェレミーをこころから賞賛します。まったく何の躊躇もなく、「ジェレミーにBAFTA賞を!」というこの活動の署名簿の中に、私の名前を加えます。


この時は事務局に全文翻訳の許可をいただいた上で原文にリンクを貼ったのですが、この活動の終了から間もなく事務局はサイトを閉じてしまったので、もとの英文を示すことができません。(ちなみに、部分引用は [追記:要件をみたせば] 著作権法で認められていると理解してますので、記事などからの引用には許可をいただいていません。)

ただ、Facebook上のジェームズ・ピュアフォイのファンサイトでその一部を読めますので、参考までにアドレスを書きます。
https://www.facebook.com/JamesPurefoyOnline/posts/208634515865505


その後、こちらの記事でも同じ時のことを話しています。引用部分に先立つところでは、彼はロイヤル・シェークスピア・カンパニーでの二年半で舞台の経験はあったけれども、退団後143の役に応募して最後の2、3人には残っても、結局すべて落ちたと書かれています。

Acting perfect choice for Purefoy
McClatchy-Tribune, January 28, 2013
http://www.journalnow.com/relishnow/film_tv/article_480c49ee-68e0-11e2-8389-0019bb30f31a.html


彼はついにジェレミー・ブレットの「シャーロック・ホームズ」シリーズの中のエピソードで、重要な登場人物の若者を演じることになり、さらに軽いコメディのシリーズ "Coasting" での役も得た。だが撮影についてはまったく何も知識がなかったし、ホームズでの撮影参加予定は6日間だけだった。

ブレットは彼が30日の撮影の間ずっとセットにいられるようにはからって、その間ずっとピュアフォイにカメラレンズのこと、クローズアップの時はどうすればよいか、その他特殊な撮影技術について教えてくれた。「すばらしく役に立つ、ちょっとしたこつで、その時からずっとそれを使って仕事をしています。」

He finally landed the juvenile lead in an episode of "Sherlock Holmes" with Jeremy Brett and managed to capture a part in a light comedy series, "Coasting." But he knew nothing about filming and his gig on "Sherlock" lasted only six days.

Brett arranged for him to be on set the entire 30-day shoot, during which time he taught Purefoy about camera lenses, working with close-ups and other special techniques. "Extraordinary little tricks that I've used ever since," he says.




今月また、アメリカの新聞の記事中で、話してくれています。

Mads Mikkelsen, other TV talent talk about Day One of their first jobs
LA Times, May 15, 2014
http://touch.latimes.com/#section/-1/article/p2p-80189164/


ジェームズ・ピュアフォイ("The Following"などに出演)
最初の仕事:"The Case-Book of Sherlock Holmes" のゲスト(1991年)

「ジェレミー・ブレットはとても名声の高いイギリスの俳優で、1980年代と90年代のシリーズでシャーロック・ホームズを演じました。演劇の長い伝統をうけつぐ並外れた俳優で、とても魅力的な人でした。その時私は 'Coasting' という番組で主要な役のひとつを演じることになっていて、でも私はカメラのことも撮影のことも何も知らなかったのです。その頃は、1時間のテレビ番組の撮影に、今では信じられないでしょうが30日間かけていました。でも私の役は6日間しか撮影日がないので、ジェレミーにテレビのための撮影の秘訣をたずねたのです。『それじゃ君、撮影のあいだずっと毎日君を呼んでくれるように頼んでおこう』と言って、実際にそうしてくれました。私はセットにいて、ジェレミーはあらゆることをみせて教えてくれました。たとえばどんなふうにしてねらい通りにうつるか、 移動式撮影台の方をみないで、どうやってその動きにあわせるか。映像作品での演技を学ぶ特別集中コースでした。」

James Purefoy ("The Following")
First job: Guest star on "The Case-Book of Sherlock Holmes," 1991

"Jeremy Brett was a very big, famous actor in England who played Sherlock Holmes in many shows in the 1980s and 1990s, and he was an eccentric, grand old-school actor and a very charming man. I was going to do this show 'Coasting' as a co-lead and knew nothing about cameras or films. In those days, it took 30 days to shoot an hour of television, which beggars belief today. So I was only on his show for six days as a guest and asked him for tips. And he said, 'My dear boy, I will have you called for every day of the shoot,' and he did, and I sat on set and he took me through all of it, how to hit your mark, how to walk down a dolly track without looking at it. It was a very concentrated course in film acting."



最初にジェレミーに撮影のことを尋ねた時は、まさかここまで親身になってくれるとは思っていなかったのでしょう。日々たくさんのことを吸収する、充実した30日間だったのですね。その時のわくわくした気持ちを想像できます。テレビや映画の俳優としてもやっていきたいと願っていて、その第一歩の時がやっときた、でもまだ撮影について何も知らない。そういう時に一本の作品を撮る現場のすべてをみせてもらえて、映像作品に特有の演技手法も教えてもらえたのですもの。

何も知らない自分にいろいろと教えてくれたジェレミーのことを、演技の場で思い出す俳優がいることを感じて、幸せな気持ちになります。こうして私たちに何度も話してくれることにも、感謝の気持ちを持ちます。

そして、ジェレミーは若いひとをいつも助け励ましていたことを思い出します。たとえばJeremy Paul(ジェレミー・ポール)は、ジェレミーは友人達の子供のことを気にかけて、いつも手をさしのべていた、と追悼文に書いていました(あたたかさと賢さ;The Ritual (1995) より)。また、 ジェレミーが Ingrid Bergman(イングリッド・バーグマン)と共演した舞台 "A Month In The Country" で子役だった人も、ジェレミーがいろいろと教えてくれたことを懐かしく思い出しています(ジェレミーにBAFTA賞を!(4))。今回のようなジェレミーにまつわる思い出話をきくたびに、ああジェレミーらしいなあと思います。

RM
今日はDavid Burke(デイビッド・バーク)の80歳のお誕生日です。昨年はお誕生日の1日前に、トビィさんが一昨年の「今日はDavid Burkeのお誕生日です」の記事にコメントを下さって、それで気がついたのでした。トビィさん、お元気でいらっしゃるでしょうか?機会があれば、また遊びに来てくださいね。

昨年と一昨年の記事はこちらです。
今日はDavid Burkeのお誕生日です
David Burkeのお誕生日です

この一年でのデイビッドのお仕事としては、「David BurkeとTom Burkeの共演と、二人のインタビュー記事」でふれたように、息子さんのTom Burke(トム・バーク)がアトスを演じてとても好評な、BBCの"The Musketeers"(三銃士)にゲスト出演しています。

昨年の10月から11月にかけては、舞台でした。これはこちらでご紹介しました。
David Burkeの近況;公演中です

それから、最近の写真としては家族で写っている今年の2月の写真を「David Burke, Anna Calder-Marshall, Tom Burkeの写真」でご紹介しました。お元気そうで、お変わりないですね。

そして久しぶりにまたご紹介しましょう。これは最近ではなく2008年頃のものですが、デイビッドが主演しているオランダでのコマーシャルの映像と、そのスクリーンショットです。
David Burkeが出演しているオランダのコマーシャル

今日はご家族でお祝いでしょうか?お誕生日おめでとうございます。ご活躍の様子を耳にできるのを、これからも楽しみにしています。

RM

追記:備忘録がわりに二つアドレスを記します。これはThe Independentの2000年4月15日号の、デイビッドの日記という形態の記事を書き写したもののようです。(インタビューアの名前が載っているので、インタビューを元にまとめたのかもしれません。)奥様のAnna Calder-Marshall(アナ・カルダー・マーシャル)と、トムの名前も日記の中にみえます。とても仲のよいご家族ですね。日記の他の部分の記述も興味深いです。
http://www.ralphfiennes-jenniferlash.com/riirev44.htm

もう一つは"The Musketeers"(三銃士)出演者がBBCのイベントで、今年の2月にLiverpoolに行った時の記事で、トムがデイビッドの名前をあげています。デイビッドはLiverpoolの出身なのですね。
http://www.liverpoolecho.co.uk/news/liverpool-news/bbc-showcase-musketeers-in-liverpool-6746010

追記2:「David BurkeとTom Burkeの共演と、二人のインタビュー記事」の最後で触れたデイビッドと小さいトムの写真はすでにネットに広がっていますので、その一つの場所のアドレスを書きます。
http://bakerstreetbabes.tumblr.com/post/78572188295/anthroamazon-i-seriously-cant-handle-the-first
前回は、アメリカPBSで放送された番組 "Piccadilly Circus" の説明と、そのプロデューサーのJoan Wilson(ジョーン・ウィルソン)のことを書きました。今日は、ジェレミーがこの番組について話している記事の一部を引用します。この記事は7月ですから、すでに番組がはじまって半年が経過したところです。

'Junk' on British TV?
The Morning Record - Jul 3, 1976
http://news.google.com/newspapers?id=XPtHAAAAIBAJ&pg=2216,503227


ジェレミー・ブレットは月に一回、輝く満月のように公共放送の画面にあらわれて、"Piccadilly Circus" にチャンネルをあわせた幸運な視聴者を魅了し感嘆させている。宣伝では、このシリーズで放送されるのは英国のテレビ番組の最良のものだとなっていて、誰よりもまずブレットがこれらの番組のすばらしさを口にする。しかし、そしてこれはまさに重要な「しかし」なのだが、同時に彼は、"Masterpiece Theatre" や "Classic Theatre"も、この "Piccadilly Circus"も、イギリスのテレビ番組の典型と言えるものを提供しているわけではない、と強調する。

「アメリカの視聴者はとても不思議なイメージを持つようになっています。皆さんが想像するよりはるかに、イギリスのテレビには、がらくたがうつっているんですよ。」ブレットは繊細かつ優雅にコーヒーを飲みながら言った。「"Classic Theatre"の12の番組を選ぶために、 プロデューサーのJoan Sullivan(ジョーン・サリバン)が100以上の番組をみたことを知らないでしょう。同じやりかたで私たちのこのシリーズも作られました。イギリスの最高の番組をあつめたものです。残りをみることはありません。」

Jeremy Brett has been popping up on public television once a month like a luminous full moon to charm and dazzle those viewers lucky enough to tune in Piccadilly Circus. The series promotes itself as being the best in British television, and Brett will be the first to comment on how amazingly wonderful the offerings have been. But, and this is the all important but, he is as eager to emphasize the fact that Piccadilly Circus, as well as Masterpiece Theatre and Classic Theatre are in no way typical Britain's TV fare.

"It is a very strange image that American viewers have been presented. We have much more junk on our screens than you could imagine," confesses Brett, between polite and meticulous sips of coffee. "No one realizes the fact that the producer of Classic Theatre, Joan Sullivan, screened over 100 productions before she came up with 12. The same system was used for our series - these shows are the absolute best we have to offer. You never get to see the rest."



ジェレミーが誇らしげにジョーンの名前をあげている様子を想像できます。プロデューサーは普通は影の人で、視聴者はその存在も名前も意識しないことが多いでしょう。ジェレミーはジョーンのことを誇りに思っていて、その名前を口にして功績を話したかったのではないでしょうか。

ここでJoan Sullivan(ジョーン・サリバン)と言っていますが、「サリバン」はジョーンの以前の結婚相手の名字です。

この時のジェレミーがジョーンをどう思っていたか、はっきりとはわかりません。でもこの前の記事で書いたように、この頃には二人ともお互いに強くひかれて、お互いを人生のパートナーにと考えるようになっていたと私は想像しています。

ジェレミーがジョーンと最初に長く親しく話したのは、"Classic Theatre" の枠で "The Rivals" を放送するのに先立ってつくられた番組の中で、 "The Rivals"の出演者の一人としてのジェレミーがプロデューサーのジョーンと語る場面でした。4分の収録のために話し始めて、2時間半カメラの前で話し続けたと言っています。(ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(4); 1991年のDesert Island Discsから(1)

二人は最初から気があって、最初からお互いに魅了されたのですね。その二人が一緒に仕事をして、ジョーンが選んだイギリスの番組についてたくさん話し合って議論して、ジェレミーがどんな言葉で視聴者にそれぞれの番組を紹介するかを考えたのでしょう。幸せな時間だっただろうと想像します。

RM

追記:二人が一緒の写真は、今のところ1枚しか見たことがありません。こちらで紹介しました。
「四つの署名」撮影時の写真と、Joanとの写真
これは、ジェレミーが亡くなった時にアメリカのPBSで放送された追悼番組のスクリーンショットからとられたもののはずで、ジェレミーの髪型と後ろの様子から、"Piccadilly Circus"のオープニングで使われたセットでの写真ではないかと想像します。

追記2:やはりそうでした。同じ場所でのジェレミーの写真で、"Piccadilly Circus"の宣伝用写真があります。この写真、巷では評判良くなかったりするんですけど。特に髪がクルクルすぎて。でもかわいいでしょ!
http://www.worthpoint.com/worthopedia/1970s-original-photo-jeremy-brett-443310640
http://images.cloud.worthpoint.com/wpimages/images/images1/1/0513/30/1_f1df9eb4b0558974ebe2cd9606968b0d.jpg
前回の記事で、アメリカで"Piccadilly Circus" という番組のホストをつとめた時の宣伝用写真をご紹介しました。今日は、その同じ写真が使われている、アメリカの新聞記事をご紹介しましょう。ジェレミーがこの番組について話しています。

"Piccadilly Circus"という番組については、以前こちらに少し書きました。
ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(5); 1991年のDesert Island Discsから(2)

一部繰り返しますと、ジェレミーの二度目の奥様 Joan Wilson(ジョーン・ウィルソン)は、イギリスのテレビ番組をアメリカに紹介する、いくつもの番組のプロデューサーをつとめました。彼女がはじめたのが "Mystery!"、"Classic Theatre"、"Piccadilly Circus"で、プロデューサーを引き継いだのが "Masterpiece Theatre" です。グラナダ版は "Mystery!" の中で放送されましたし、この番組はその後 "Masterpiece Mystery!"となって、この枠でBBC版のSHERLOCKが放映されています 。

ジェレミーがホストをつとめた"Piccadilly Circus"は毎月1回約1年間、全14回の番組で、最初の回が1976年1月19日、最後が1977年2月8日のようです。(http://www.tv.com/shows/piccadilly-circus/episodes/

ところで、ジェレミーとジョーンの結婚の年については、ジェレミー自身の言葉でもさまざま、新聞記事でもいろいろだということは以前書きました。1976年、1977年、1978年の3つの年が出てきます。以前も書いたとおり、私は1977年が正式な結婚の年だと推測しています。でもジェレミーが1976年という年をあげることがあるのは、人生のパートナーとして生きることを決めたのがこの年だったからではないでしょうか。

いつ結婚を決めたかはともかく、ジョーンがプロデューサーの番組 "Piccadilly Circus"のホストを1976年から1年間ジェレミーがつとめるなかで、二人は互いをより理解してより愛し合うようになったのは確かでしょう。

ジョーンがどんなひとだったか、私なりのイメージがあって、その元になったのはジェレミーの言葉や、ジョーンに関する記事、Google Booksでみつけた本の中の記述などですが、それはまたおいおいご紹介しましょう。仕事に関しては、有能で前向きでエネルギッシュでリーダーの気質を持つとともに、そのユーモアとウィットで同僚や部下に愛された人だと思っています。

記事の内容まで今日は行き着かなかったのですが、タイトルと場所だけ記しましょう。記事本文の右側に前回の写真が使われているのがおわかりになると思います。

'Junk' on British TV?
The Morning Record - Jul 3, 1976
http://news.google.com/newspapers?id=XPtHAAAAIBAJ&pg=2216,503227

この項、続きます。

RM
前回の写真の出品者は、あれ以外に4枚出品していました。全5枚、すでに落札されています。私にとっては、その内の3枚がはじめての写真でした。eBayのそれぞれのページはいずれ削除されるでしょうからその前に、前回の1枚をのぞいた4枚のアドレスを書いておきましょう。

アドレスに先立って記した日付は、写真が新聞に使われた日、撮影の日と思われる日付、番組の放映日など、写真によってまちまちです。アドレスの後に簡単な注釈を入れています。

eBayのページでは前回と同様、下にスクロールしていただくと写真とその裏の画像があります。


2. 1961年5月30日(27歳)
http://www.ebay.com/itm//261462773230
舞台「ハムレット」の頃です。

3. 1964年5月17日(30歳)
http://www.ebay.com/itm/261462773566
“The Deputy”の写真で、この舞台については以前記事を書いて、同じ写真を紹介しました。
舞台 The Deputy (1964) と、映画 My Fair Lady (1964) の写真

4. 1976年1月19日(42歳)
http://www.ebay.com/itm/281319492474
アメリカで"Piccadilly Circus" という番組のホストをつとめた時の、宣伝用写真です。この番組については、以前少し書きました。写真も同じものをあげましたが、今回の方が画質がいいです。
ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(5); 1991年のDesert Island Discsから(2)

5. 1989年4月(55歳)
http://www.ebay.com/itm//261462739206
これはBAFTA Award(英国アカデミー賞)の内の "Best Foreign Television Program"(最優秀外国テレビ番組)賞のプレゼンターをつとめたときの写真ではないでしょうか。ただ、Jeremy Brett Informationによると、プレゼンターとなった時の映像の放映は3月となっていて(http://jeremybrett.info/tv_bafta.html)写真の裏に4月とあるのと一致しないので、もしかしたら4月にも何かの催しがあったのかもしれません。
ジェレミーにBAFTA賞を!(1)


皆様はどれがお好きですか?とこころの中で問いかけて、それでは私は?と考えて困ってしまいました。最初に見た時は、この前の1枚(No.1としましょう)と今回のNo. 2とNo. 5の3枚がはじめての写真だったので、その3枚に目をうばわれました。

No.2は若くて、ぴかぴかですね!

そしてNo. 5は赤いバラを胸にさしているようで、BAFTAのプレゼンターの時の映像と一致します。時期としては、Wyndham's Theatreでの "The Secret of Sherlock Holmes" ロングランの頃です。その表情から少し疲れているのかもしれないなあとも思いますが、おだやかに微笑んでいます。

でも、はじめてではないNo. 4も以前から好きなんです。二度目の奥様 Joan Wilson(ジョーン・ウィルソン)がプロデューサーとしてはじめた番組"Piccadilly Circus"のための写真ですから、ジョーンもこの時一緒だったでしょうか、それともプロデューサーはアメリカに残っていたでしょうか。見上げる視線と表情が、何かを思っているようでもあり少し夢見るようでもあり、印象的です。(追記:あ、No. 3も好きなんですよ!でもこれはすでに良い画質の写真を持っているので、書きませんでした。)

というわけで、やっぱり選べませんでした!

RM
「ちっちゃなデイビッド」はもちろんDavid Burkeではなく、David Huggins(デイビッド・ハギンズ)です。

今日ご紹介する二人の写真はeBayに出品され、すでに落札前から、ロシア語・フランス語・英語のサイトやフォーラム、SNSの複数のグループの中に広がっていましたから、ご存知の方も多いかもしれません。

eBayのアドレスです。いずれこのページは削除されると思います。このページを下にスクロールしていただくと、写真のおもてと裏、そしてより大きなおもての写真で小さなマーク入り、という3枚が並んでいます。
http://www.ebay.com/itm/261462773405

写真の裏には1959年11月21日のスタンプが押してあります。(デイビッドは8月14日生まれです。)さらにこれが新聞で使われた時の切り抜きが張ってあって、文章が読めます。訳してみました。


アナ・マッシーと結婚した若くてハンサムな俳優、ジェレミー・ブレット(25)は、生まれて10週目の息子のデイビッドに夢中だ。
彼はもう50年も赤ん坊の世話をしている乳母のように、デイビッドにミルクを飲ませてげっぷをさせ、顔をふく。」
彼は自分が乳母車を押すと言い張る。」
彼は赤ん坊をやすやすと家中運んでまわるが、頭をぐらつかせないかなんて誰にも心配させやしない。そんなのは素人のすることだ。」
ここにあげた三つの父親像はほら吹きの産物ではない。妻はその主張をすべて認める証明書を夫に与える。
実際この、ほやほやの父親ジェレミー・ブレットがいつもいるのは子供部屋で、彼は自分でそこを選んだのだ。



"These three fathers"と書かれているのにちょっと戸惑いましたが、3つの"" はすべてジェレミーのことですね。

写真をみていただくとわかりますが、ジェレミーは右の横顔をこちらにみせていて、誇らしげで楽しそうな表情です。右手の平でデイビッドのおなかを下から宙に持ちあげて、自分の肩より上の位置で軽々と支えています。デイビッドはカメラの方をまじまじとみています。

この二人が約25年後には、「ソファの背をひらり;1987年のインタビューより」に書いたような、あんな父子になるんですね。

RM
ナツミさんちの縁側にお邪魔しておしゃべりしたことを、「勝手に連動企画」として、出典も含めてもう少しくわしくお話しようと思います。

ナツミさんのブログの記事はこちらです。

僕のドクター

その最初の方で、グラナダ版の「赤髪連盟」でのジェレミーの「ソファの背をひらり」に触れていらっしゃいます。ちょうど最近読んだインタビューで、ジェレミーがこのシーンについて話していて興味深かったので、そのことをコメント欄でお話しました。なお、その時にはナツミさんの記事の主題である、ドクターとしてのワトスンについてもちょっと書きました。それにナツミさんが返事してくださったなかで、Edward Hardwickeのワトスンと、David Burkeのワトスンについてお書きになったことに、まったく同感でした。

でも今日はドクターのことではなく、ホームズのことを書きます。ドクターのことについては、ナツミさんの記事とコメント欄をどうぞお楽しみください。

それではジェレミーの言葉です。SHRはインタビューアです。これに先立つ部分でジェレミーは、自分の中に自分自身のホームズをみつけることについて、話しています。


SHR: 自分自身のホームズをみつけるって言うとき、あなたのホームズのうちのどのくらいが、シャーロック・ホームズはこうだと自分で思っている姿で、どのくらいが自分自身なんですか?

Brett: 頭脳は僕じゃないですね、だって頭脳なんて持っていないんですから(笑)。勢いよく動きまわっているのは、かなりの部分、僕です。だから「赤髪連盟」でソファの背をひらりと飛び越えるシーンは大好きでした。息子があの後で電話をくれて、「だいぶ気が楽になってるでしょう、お父さん」って言ってました。

SHR: When you speak of finding your own Holmes, how much of your Holmes is what you believe Sherlock Holmes to be and how much is you?

Brett: Well, the brain isn't me because I'm brainless. (Laughs.) The dashing about is rather me. I mean I loved in "The Red Headed League" when I was allowed to jump the sofa. My son rang me after that and said, "Dad, you're obviously feeling better."


The Sherlock Holmes Review, Vol. 1, Nos. 3/4, 1987


ジェレミーの息子さんのデイビッドは、ジェレミーがプロデューサーからホームズ役の話をきいたときにも一緒で、最初は引き受けるのをためらっていたのを知っているし、その後も父親が、自分はホームズとは全然違うからホームズを演じるのには向いていないと思っていることも知っていたはずなので、"You're obviously feeling better"を「だいぶ気が楽になってるでしょう」と訳しました。この訳でニュアンスがあっていることを願っています。

デイビッドは、勢いよくソファを飛び越えるホームズの中にいつもの父親をみて、「そんなふうに自分が出せるようになってほっとしたでしょう」と父親のために安心したのではないでしょうか。

ここの部分の簡単な引用と、私のこの解釈に対して、ナツミさんは「『ひらり』にお父さん自身の姿を見て安心してくれる息子さんがいるのは、とても幸せなことですね」と書いてくださいました。私も同じ気持ちです。この父子がお互いを理解しお互いを誇りに思っていたことを、ジェレミーの言葉の端々や、二人を知る他の人の言葉の中に感じることができます。

このインタビューのこの部分は、そういう父と子のつながりを感じさせてくれましたし、私たちの大好きな「ソファをひらり」のシーンをジェレミーも好きだということ、ジェレミーはもともと「ひらり」とそこにあるものを飛びこえちゃうような性質(たち)だということも教えてくれて、楽しく嬉しく読むことができました。

RM
女性の直感と子供の感受性(2);1992年のThe Armchair Detective のインタビューから」の記事中で、

「また、どのインタビューだったでしょうか、自分がジョーンに電話をするといつもかからなくて、それはジョーンもその時自分に電話をかけているからだ、とジェレミーは言っていました。」

と書きましたが、そのインタビューをみつけましたので、覚え書きも兼ねて引用します。載ったのはTodayというイギリスのタブロイドです。(1995年に廃刊になりました。)この記事にもタブロイドらしい雰囲気を少し感じますが、どぎつくはないですし、内容もいいと思います。Joan Wilson(ジョーン・ウィルソン)はご存知のとおりジェレミーの二度目の奥様で、1985年に膵臓がんで亡くなりました。


二人は気持ちを深く通わせ合っていたので、ほとんどテレパシーでつながっているようだった。「二人とも同じ日が誕生日でした」とジェレミーは言った。「ジョーンに電話をかけると、よく話し中でした。ジョーンも僕に電話をかけていたんです。」

They were so close their relationship was almost telepathic. "We were born on the same day," he says. "If ever I picked up the phone to ring her it would be engaged — it would be her trying to ring me."


By Kathryn Spencer
Today, Feb 21 1991


この記事の後の方では女性の特質をあげてほめたたえて、 "At least that was true of my wife."(少なくとも妻はそうでした)と続けています。

ジェレミーは本当に、ジョーンが恋しかったんですね。こんなふうに、ジョーンがどんなに素晴らしかったか、二人のこころのつながりがどんなに強かったかを記者に話すことが、ある意味では慰めだったのかもしれません。でも悲しみがさらに深まってしまったかもしれません。

"I am not very good at losing people I love" と、別のインタビューで言っていたことを思い出します。こういうまっすぐな言い方が、こころにまっすぐ入ってきます。

「あまり上手ではない」と言っていますが、でも一方で私は、ジェレミーはジェレミーらしく悲しみに向き合ったと思っています。

RM
「そう、ジェレミーってこういう人なんですよね、と折々に思う」と、前回の記事の最初で書きました。でも時に、えっ、そうなんですか、と思うこともあり、それはそれで面白いのです。

その一つが、自分の演技に対してとても厳しいというところです。ジェレミーが完璧主義者(perfectionist)であるということは多くの人が言っていますし、わかっていたつもりでしたが、そこまで厳しいのかとびっくりすることがあります。そして演ずることへの愛情や、スタッフや共演者へのあたたかさと、自分の演技に決して満足しないところをどうやって共存させていくのだろうとも思います。たとえば前回引用したように、Edward Hardwickeは「ジェレミーはいつも前向きで楽観的で、まわりの人を元気づけてくれた」("Jeremy was always positive, optimistic and so encouraging") と言っていますが、これから引用する部分で、ジェレミーがほとんどいつも満足していないのを知った時、それと同時に前向きで楽観的でいられるというのが私には驚きでした。

でも優れた芸術家はみな満足するということが永遠になくて、それでも自分の仕事への誇りと情熱をいつも持っている人たちなのでしょうね。

以下は雑誌 Scarlet Streetの1992年のインタビューからの引用です。SSとあるのはインタビューアのJim Knüschを、JBはジェレミーを意味します。


SS: 気に入らなくてがっかりしたエピソードは特にありますか?

JB: いえ、ないです。素晴らしい出来映えにわくわくしたエピソードというのもありません。完璧を目指すかぎり、完璧にはできなくて失敗だった、ということに必ずなるんだと思います。自分の演技でほんのちょっとの短い間だけなら、良かったと思えるところもあります。多分10分くらいでしょう、32時間のうちで。自分の演技を自分でみるのが上手じゃないんです。台詞のない時はいいんです。自分では信じられないのは、台詞がある時です。何かからだの動きが必要な演技をしているとき、「まあ、そう悪くない」って思うことがあります。でもしゃべっているのをみると、ホームズのようには全然思えない。演じているときはホームズだと思っているんですが、でも後でみるとそうは感じません。


SS: Have you been disappointed in any particular episode?


JB: No. I haven't been too particularly thrilled, either. I think that maybe when you seek perfection you can't do anything else but fail. I like little bits and pieces of me: 10 minutes, maybe, out of 32 hours. I'm not very good at looking at myself. I like it when I'm not speaking. What I can't believe is when I'm speaking. Sometimes when I'm doing physical things, I think, "Well, that's not bad." But I never feel like Holmes when I speak. I do when I'm doing it, but not when I see it.

Scarlet Street, No.5, 1992



10分ですか?! と驚いてしまいました。そして、1989年のエドワードと一緒のインタビューで、声が弱点だ、と言っていたように、特に台詞がある時に厳しいのですね。

同じく1989年のインタビューで、「自分の演技の中で一番誇りに思うのは、ちゃんとした演技ができているという確信を完全には持つことがないから、何かに固執することがない点だ」("the thing I'm proudest about in my acting is that I'm actually never totally convinced that I've got it right, which means I don't get stuck") と言っていますので、この自分に対する厳しさを演技へ生かすことができたのですね。

こういう態度は芸術の道を歩む人に必要なのでしょうが、それだけではなく、私の普通の毎日にも何かを教えてくれる気がします。今の自分とまわりのことに対して、気持ちを乱すこと以外に、もう少し別の向き合い方があるということを教えてくれる気がします。

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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