Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前回に続いて、Google Booksで検索してみつけた本の引用で、前回の引用箇所のすぐ後からです。"Masterpiece Theatre"のホストをつとめたAlistair Cooke(アリステア・クック)の言葉が含まれます。

"Masterpiece Theatre"は、ジェレミーの二度目の奥様のJoan WIlson(ジョーン・ウィルソン)が1973年から亡くなるまでプロデューサーをつとめた番組で、イギリスの良質のテレビ番組をアメリカの視聴者に紹介し放送するものでした。これは現在でも続いていて、"Theatre"の文字がとれて"Masterpiece"と名前をかえ分野別に三つにわかれています。ちなみに、その三つのうちの"Masterpiece Mystery!"で放送されている最近の最大の話題作と言えば、BBCの"Sherlock"です。この"Masterpiece Mystery!"の前身は1980年にはじまった"Mystery!"で、これをプロデューサーとしてつくったのもジョーン・ウィルソン。グラナダ版のホームズはこの枠で1985年から放送されました。

"Masterpiece Theatre"に話をもどします。アリステア・クックはイギリス生まれでイギリスとアメリカで活躍したジャーナリストで、"Masterpiece Theatre"の最初でこの後放送する番組について説明・紹介するホスト役を、1971年から1992年まで続けました。

以上はPBSのウェブサイトとWikipediaを参考にしています。
http://www.pbs.org/wgbh/masterpiece/
http://en.wikipedia.org/wiki/Masterpiece_(TV_series)

それでは、ジョーンの仕事ぶりの一端がうかがわれる文章を引用します。途中の「(中略)」は、私が略したのではなく、元の記事でそうなっていたものです。


Emmy, Volume 7
Academy of Television Arts & Sciences, 1985
http://books.google.co.jp/books?id=Fam2AAAAIAAJ&q=%22Wilson+began+her+career%22

ウィルソンがWGBH(訳注:ボストンにある、公共放送サービスPBSに属する放送局の一つ)で働き始めたのは1967年で、その時はラジオドラマを製作し、自身も出演した。仕事へのとても強い意欲を持つ人で、次第に責任ある地位につくようになり、週に70時間働いた。「仕事の間ずっと、おそろしいほどの粘り強さをみせる人でした」と"Masterpiece Theatre"のホストをつとめたアリステア・クックは回想する。「彼女はほっそりとした女性でしたが、とてもたくましく見えました。私たちの番組で放送する候補になるテレビシリーズをいくつか観に(中略)一緒にロンドンへ行った時、彼女は一日中ビデオを観た上で、毎夜劇場へ行っていました。『一身を捧げる』という言葉は使われすぎる言葉です。(中略)彼女はすばらしいボスでした。」

Wilson began her career at WGBH in 1967, producing and acting in radio dramas. Her rise was marked by her appetite for work, leading her routinely to put in seventy-hour weeks. "She had this appalling tenacity through the hours," Alistair Cooke, Masterpiece's host, recalls. "She was a slight woman but gave the appearance of being very muscular. When we came to London [...] watching series we might take, she would spend all day watching video cassettes and go to the theater every night. Dedication is an overused word [...]. She was a marvelous boss."



ジョーンの仕事にかけるエネルギーはすごかったのですね。他にもいくつかの記事で、それを読むことができます。長時間にわたってイギリスの番組のテープを見続けて、その中で彼女の番組で紹介すべきものを選んでいます。イギリスからの本篇の映像を流す前にホストが番組の内容について語りますが、その内容についてもホストと相談していたようですし、放送に先立つ日に紹介番組を放送することもあったようです。本篇中の一部のシーンを削るのも、ジョーンでした。放送時間の関係で、という時も、アメリカの視聴者には受け入れられない部分をのぞく場合もあったようです。当初はすでにつくられた番組をイギリスから買うのが主でしたが、後にはイギリスのテレビ局での番組企画の段階から、脚本やキャストについて積極的に助言や提案もしたそうです。イギリスで劇場をまわったのも、舞台で主に活躍している俳優も把握しておくためだったのでしょう。

引用部分の終わりの方の"Dedication is an overused word"の後を、この記事では略してしまっています。調べるとこれはボストンの新聞であるBoston Globeにアリステア・クックが語った言葉を紹介したもののようで、このBoston Globeの新聞記事をそのまま載せている本がGoogle Booksでみつかり、省略された文章がわかりました。


「一身を捧げる」という言葉は使われすぎる言葉ではありますが、彼女は一身を捧げて、早い死を迎えてしまったのではないかと思います。

Dedication is an overused word, but she dedicated herself to an early end, I fear.


The Museum of Broadcasting celebrates Mobil & Masterpiece theatre, 1986
https://www.google.co.jp/search?hl=en&q=%22but+she+dedicated+herself+to+an+early+end%22&tbm=bks


これを読むと、彼女の仕事ぶりを、番組のホスト役をつとめた高名なジャーナリストであるアリステア・クックが高く評価していたこと、でもそれが結果としていのちを縮めたのではないかと思っていることがわかります。

ジェレミーの二度目の奥様のジョーンのご紹介をもう少し続けるつもりです。ジョーンがどんな人だったかを知ると、彼ら二人がどのような夫婦だったかも、ジェレミーがジョーンのことを話している言葉についても、より深く理解できるように感じていますので。よければおつきあい下さいませ。

RM
前回に続いて、ジェレミーの二度目の奥様だったJoan Wilson(ジョーン・ウィルソン)に関する記事です。前回はジェレミーの言葉を集めましたが、以下ではある記事の中の同僚の言葉をご紹介します。これはGoogle Booksの"Snippet view"(ちょと見)の機能を使って読める文章をつなげたもので、筆者が誰かなど詳しいことはわかりません。

Emmy, Volume 7
Academy of Television Arts & Sciences, 1985
http://books.google.co.jp/books?id=Fam2AAAAIAAJ&q=%22joan+was%22

「ジョーンは自分にとって大切だと思うものについては、譲歩しませんでした。」ある同僚は言った。「自分の番組にはこれが一番、こうであるべき、とジョーンが思ったことを、誰も邪魔することはできませんでした。彼女は世の中にそう名前は知られていませんが、強い影響力を持った、テレビの歴史に刻まれる人々の一人です。でも同時にとてもあたたい人柄で、とてもおもしろい人でした。ジョーンはスタッフの会議で、話題を脱線させてそれを熱心に話しだすことで有名でした。神経がはりつめた状況で、ということが多かったので、みんな大笑いでした。彼女は強い人で、おかしくて、おもしろい人柄の女性でした。」

"Joan was a tough bargainer for everything that was important to her," a co-worker said. "Nobody could get in the way of what she thought was best for her shows. She was one of the unsung powerful women in the annals of television. But she was also very warm and very funny. Joan was known at staff meetings for launching into these tangential stories, often at a very tense time, that were hilarious. She was a strong, funny, consistently interesting woman."



前半では、彼女の仕事人としての強い自負を感じます。これはThe New York Timesでのジョーンの追悼記事を読んだ時にも思いました。

この後半の部分からは彼女の人柄を想像することができます。前々回に、ジェレミーとジョーンに共通するところを多くみつける、と書きましたが、ここもまさにそうです。あたたかくておかしな人。まわりの人をひきつけて、たとえストレスがかかる場面でも深刻に否定的になるのではなく、いつも前向きなリーダー。

仕事上での強さと、まわりの人を魅了する人柄とを同時に持っていた人なのだと感じます。ジェレミーが愛したジョーンはこういう女性だったのですね。

次回は、ジョーンがプロデューサーだった番組のホスト役を長くつとめたAlistair Cooke(アリステア・クック)の言葉が含まれる部分を引用するつもりです。

RM
前回の記事の最後で、ジェレミーの2番目の奥様Joan Wilson(ジョーン・ウィルソン)には、ジェレミーと似たところを多く感じるとともに、違うところも感じる、と書きました。「ジョーンはいい意味でジェレミーよりももっと野心的で自負心が強く、ここぞというところでは、何があっても自分の意志を貫きとおす性格だったのではないか」と書いたのですが、後で、この書き方では私が感じているところとはずいぶん違う印象を与えたかもしれない、と思いました。

言葉はむずかしいですね。私がジョーンに関する記事や、彼女を語るジェレミーの言葉を読んで持つ印象は、私なりの、私だけの印象で、それを元に私が私なりの言葉で書いたものを読んだかたが持つ印象は、そのかたなりの、そのかただけの印象なのです。それは言葉が持つ宿命であり、一人一人が同じではないことが持つ宿命であり、そして面白さでもあります。

そのような限界をみとめつつ、もう少しジョーンのことを書いてみます。

なおJoanという英語の女性名のカタカナ表記として、ジョーン、ジョウン、ジョアンの3種類をみます。ジェレミーの二度目の奥様に関してはジョアンと表記されることが多いようです。外国語の名前をカタカナでどう書くか、絶対の基準はないわけですが、今のところの自分の基準に従って、ここではジョーンと記すことにします。

今までジェレミーがジョーンを語る言葉としてこのブログでご紹介したものを、まずいくつかあげましょう。


「あそこに鷹がいる。」ジェレミーは空を旋回する鳥をみつめた。(中略)「彼女の魂に祝福がありますように。あそこに飛んでいるあの鷹は彼女です。」
(「ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(3); 1991年のダラスの新聞から(2)」)

ジョーンの魂を鷹のなかに感じたということから、ジェレミーは彼女の中に美しさと同時に強さを見ていたのでしょう。


「彼女はウィスコンシン生まれで(訳注:北米先住民の)チェロキー族の血をひいていて、直感がとても鋭く、そしてもちろんとても美しいのです。妻はWGBH(訳注:ボストンにある、公共放送サービスPBSに属する放送局の一つ)で働いて、『Mystery!』、『Classic Theatre』、『Piccadilly Circus』をプロデューサーとしてつくり、『Masterpiece Theatre』のプロデューサーを18年間つとめました。アメリカとイギリスの間に美しく繊細な橋をかけたのです。(中略)彼女のことをとても誇りに思っているので、いくらでも自慢ができます。」
(「ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(5); 1991年のDesert Island Discsから(2)」)

ジェレミーはうれしそうに誇らしげに、ジョーンの仕事のことを話しています。


「妻のことをとても愛していました。とても美しくて生気にあふれていました。妻がいたからこそ自分を信じることができたのです。最後に妻が言った言葉は、『あなたは大丈夫?』でした。」
(「1986年の新聞記事"Goodbye to Baker St."より(1)」)

Jeanie(ジーニー)が亡くなった時、人生から光が消えました。彼女がいたから自分を信じられたのです。
(「最初の入院の時(または「必要とされること」);インタビュー記事 When the lights went out (1990) より」)

ジェレミーにとって、ジョーンは最大の理解者であり、支えであったことがうかがえます。

この項、次回も続けるつもりです。

RM

追記:最後の引用部分で、JoanのことをJeanieと呼んでいて、不思議に思って調べたら、JoanとJeanieはどちらもJohnの女性形だという共通項がありました(http://www.sheknows.com/baby-names/name/jeaniehttp://www.sheknows.com/baby-names/name/joan)。
追記2:Joanieと呼んでいることもよくあって、これはJoanの愛称形のようです。
ジェレミーは自分のことを "perfectionist" と言っていますし(Daily Mail, November 20, 1993)、他の人が何人もそう書いているのを覚えています。たとえばDavid Burkeは本 "The Television Sherlock Holmes" に寄せた文章の中で、ジェレミーとホームズは両方とも "perfectionism" の持ち主だと言っています。これを「完璧主義」と訳すと、日本語では時に、少し否定的なニュアンスも伴うでしょうか?でも「完璧主義者、完全主義者」以外の訳語を思いつかないので、ここではそのように訳しておきます。

グラナダシリーズのプロデューサーであるMichael Coxはこう書いています。


ジェレミーは完璧主義者だった。番組制作チームのなかで、ジェレミーが怒りを感じるただ一人の相手とは自分自身だった。自分が持っている高い基準にあわない演技をしてしまった時、腹をたてた。一語一語間違いなく覚えている必要があり、リハーサルは万全であるべきで、それは彼の言葉で言えば「台詞の上で踊る」ためだった。

Jeremy himself was a perfectionist. The only person on the team with whom he lost his temper was himself; he was furious if he failed to live up to his own high standards. He had to be word perfect and very well-rehearsed so that he could, as he put it, 'dance on the lines'.


A Study in Celluloid


すぐれた表現者にはいつも求める姿があって、自分をそこまで引き上げる努力を欠かさないものなのでしょう。それができなかった時の自分に対しての怒りなのでしょうね。怒るのは自分に対してだけ、というのも、ジェレミーらしいです。

それから私は "dance on the lines" という表現も好きで、イメージが浮かびます。Michael Coxがわざわざ"as he put it"(彼の言葉で言えば)と言い添えているのをみると、記憶に残る印象的な表現だったのでしょう。ジェレミーの手の動き、ステップ、身のこなしは独特なので、"dance" という言葉が特別な心象風景を誘うのだと思います。

ホームズを演じてきたことを、"Dancing in the moonlight" (月の光の中で踊ること)と表現したジェレミーの言葉も思い出されます。


ところでジェレミーのあるインタビューの中の地の文章で、ジェレミーの2番目の奥様であるJoan Wilson(ジョーン・ウィルソン)のことを完璧主義者と書いています。ジェレミーの口からこの言葉が出たのではないでしょうか。


女優だったこともあるウィルソンは、あたたかい人柄で、たくさんの人と一緒にいるのを楽しむ性格だった。同僚たちからは、エネルギーにあふれた完璧主義者として記憶されている。

A former actress, Wilson was a warm, gregarious person, remembered by her colleagues as an energetic perfectionist.


There's No Place Like Holmes
By Rhoda Koenig
TV Guide, October 22, 1988


「完璧主義者」もそうですが、ジョーンを描写する言葉には "warm", "gregarious"と、ジェレミーの性格をあらわす言葉と同じものが出てきます。PBSのプロデューサーであるジョーンを取り上げた新聞記事や本の中の文章、ジェレミーがインタビューでジョーンを語る言葉を読むと、ジェレミーと似ているなあと思うことが多々あるのです。

一方で違うところも感じます。ジョーンはいい意味でジェレミーよりももっと野心的で自負心が強く、ここぞというところでは、何があっても自分の意志を貫きとおす性格だったのではないかと思うのです。それを感じさせるような記事はまたいつかご紹介したいと思います。

RM
先月末に「ネット上のphoto archiveから(6);Getty Images」という記事を書いたばかりなのに、うれしいことに新しい写真がまた追加されました。

アドレスをもう一度記します。Getty Imagesのアドレスはこちらで、
http://www.gettyimages.co.uk/
検索結果のページのアドレスはこちら。
http://www.gettyimages.co.uk/Search/Search.aspx?contractUrl=2&assetType=image&p=%22jeremy+brett%22
うまく飛ばないようでしたら、検索窓に"Jeremy Brett"と入れ直してください。

"Jeremy Brett"で検索すると先月は29枚の写真がヒットして、そのうちの2枚はジェレミーが写っていない写真だったので、27枚を見ることができました。今日検索すると33枚で実質上は31枚、つまり4枚新しい写真が加わったことになります!4枚とも素敵なので、全部ご紹介しますね。Getty Imagesのウェブサイトでは、個人のサイトやブログやSNSで画像を埋め込むためのコードを用意しているので、今回はそれを利用します。写真をクリックするとGetty Imagesのページに飛ぶようになっています。

(追記:写真4枚埋め込んだらやたら重くて、なかなか表示されませんね!以下にそれぞれの写真のある場所を示します。ただしそちらではwatermark入りでしか表示されません。
http://www.gettyimages.co.uk/detail/news-photo/english-actors-david-buck-and-jeremy-brett-holding-a-violin-news-photo/501290935
http://www.gettyimages.co.uk/detail/news-photo/english-actor-jeremy-brett-posed-on-the-set-of-the-news-photo/501291241
http://www.gettyimages.co.uk/detail/news-photo/english-actor-jeremy-brett-posed-holding-a-violin-on-the-news-photo/501290933
http://www.gettyimages.co.uk/detail/news-photo/lawrence-olivers-protege-jeremy-brett-whose-acting-career-news-photo/502241935

はじめにご紹介する3枚は "The Lost Stradivarius" (1966)からです。30代前半ですね。この作品も残念ながら「失われた作品」で、フィルムが残っていません。あとはどこかでテープのコピーが見つかることを祈るのみです。




この内の2枚ではバイオリンを手にしているところから、若きホームズの面影をみるかたもいらっしゃるでしょう。3枚それぞれに表情が異なっていて、自由な想像を誘います。私は、1枚目では強気な気持ちと自尊心、2枚目では内面の傷つきやすさ、そして3枚目では冷笑的な雰囲気を感じます。皆様はどんなふうに想像をふくらませるでしょうか。この作品は実際には、超自然の存在が出てくるゴースト・ストーリーです。
http://www.jeremybrett.info/tv_stradivarius.html


もう一枚はこちらです。


これは1982年4月29日の撮影で、Toronto Starが写真を持っているということです。Toronto Starはカナダの新聞です。逆光の中でこちらをじっとみながら、少し笑みを浮かべている写真で、ちょっと面白いですね。同じ時に撮られたと思われる、いかにも何かの記事からスキャンしたような画像をみたことがあるので、実際にはそちらが紙面に使われたのかもしれません。

ジェレミーはこの時トロントで"The Tempest"の舞台にたっていますから、そのためのインタビューの時の写真でしょう。舞台での雰囲気のある写真は、以前こちらで4枚ご紹介しました。
イギリスを離れた時のこと(その2);RADIO TIMESのインタビュー(1982年)より

この舞台は、1981年にMichael Coxからホームズ役を打診された後のものです。この時はまだ、ジェレミーの中ではホームズはほとんど動き出していなかったでしょうが、この写真をみると、その時が来るのをどこかで待っているホームズの姿がこころの中に浮かんできます。


今日の写真はどれもホームズと直接の関係はないのですが、皆様の多くはジェレミーの表情のどこかにホームズをお感じになったのではないでしょうか。それで、「勝手に連動企画」ならぬ「勝手に献呈企画」で、不動産屋さんの看板にも「シャービック」にもどきっとするナツミさんに今回の記事を勝手に捧げます。ナツミさんなら絶対、バイオリンを手にしたジェレミーにどきっとなさったはずですから。

まだご覧になっていらっしゃらない方は、ナツミさんのこの記事をお読みくださいね。
ユリイカ2014年8月臨時増刊号

ナツミさん、しばらくは何かとお忙しいのではないでしょうか。今回ナツミさんがユリイカに文章をお書きになったことで、また世界が広がっていきそうですね。この「勝手な企画」に急いでコメントをなどと、ゆめゆめお考えになりませんように。また遊びにいきますね。

RM
ここのところ、「悪魔の足」に関する記事をいくつか書きました。思い出すことをもう一つだけ書こうと思います。

あの毒物の実験の後での、レオン・スターンデール博士とホームズの対決場面は印象深いものでしたね。博士がいきりたって机を倒してホームズに襲いかかろうとした「動」に対して、ホームズが指輪をすっと出して、静かな、でも力のある声で語りかけ、博士が指輪を見て、さらにホームズの目をみて、一瞬悲しげな笑みを浮かべるところ。二人の向こう側には、ちゃんとワトスンがひかえていました。

そのレオン・スターンデールを演じたDenis Quilley(デニス・クイリー)が、雑誌 Scarlet Street のジェレミー追悼号に文章を寄せていますので、その後半の段落を引用します。

なおこの号には、グラナダシリーズでジェレミーと共演した何人もの俳優を含む多くの人の言葉が載せられていて、このブログでも何度か紹介しています。
"This is your life" の撮影の時
ホームズがハドスン夫人に花をささげる場面;Rosalie Williamsのインタビュー(1996)より
Anna Calder-Marshallのジェレミーを偲ぶ言葉(1996)より
Edward Hardwickeのジェレミーを語る言葉;Scarlet Street (1996) より
"A true drama-queen";Nickolas Grace のジェレミーを偲ぶ言葉(1996)より
エレガント、そして「理」の人でもあるジェレミー;Nickolas Grace のジェレミーを偲ぶ言葉(1996)より


私とジェレミーが共演したのは一度だけ、シャーロック・ホームズのテレビシリーズでした。彼は奥さんを亡くした後で、精神的にも肉体的にももろくなっている状態でした。私がとても心うたれたのは、そんな状況の中で仕事を続けただけではなく、肉体面でも感情面でももっとも厳しいプレッシャーにさらされながら、気持ちが沸き立つようなあの素晴らしい演技をしたということです。仕事なんて放り出して、こう言うことだってできたはずです。「もう僕には無理だ。不幸な目にあってしかも病気なんだから、もうできない。」そう言うどころか、彼はその困難な状況を生きることによって、ホームズの演技をさらに深めていったように、私は思います。

The only time we actually worked together was in the Sherlock Holmes TV series. It was in the period after his wife had died and he was in a very fragile mental and physical state. What was very impressive to me was that, despite all this, he managed not merely to soldier on, but to give that extraordinary and electrifying performance of Sherlock Holmes under the most intense physical and emotional pressure. He could easily have packed it in and said, "I can't do this anymore. I'm too unhappy and too ill." Far from doing that, it even, it seems to me, deepened his interpretation of Sherlock Holmes.


Scarlet Street, Vol.21, 1996.


他の追悼文でも思いましたが、ジェレミーの仕事仲間や共演者の言葉ではいつも、人としてのジェレミーの強さと俳優としての卓越した技能とその深さをたたえることが中心になります。当時も今も、ある種の文章が、ジェレミーをまず悲劇の人としてとらえるのとは対照的です。そのような見方よりも、ジェレミーのまわりにいた人たちの目の方が、もちろん好きです。

私は、ジェレミーの人生にはたくさんの困難もあったけれども、まっすぐに生きて、たくさんの幸せを自分にもまわりにも世界にももたらした人だと思います。

一方で、こういうことを書いた後でいつも思うのは、ひとは本質的にみな同じだということです。誰もがそれぞれの困難とそれぞれの幸せを抱いて、生きて死んでいくということ。だから、ジェレミーはある意味では特別ではない。天使のようにあがめるのも、玉座の上にのせてしまうのも偏った見方でしょう。ものすごく、ものすごーく遠くから、でも一人の人としてのジェレミーを垣間見たいと思っています。

RM
前回、ある時期以降のジェレミーの普段の服装が、ほとんどいつも同じ、あるいは同じにみえるということにふれました。濃い青の長袖、ポロシャツタイプのプルオーバー、という表現でいいでしょうか?私は洋服に関する単語や表現をまるで知らず、びくびくしながら書いています。最後に洋服を買ったのが多分1年くらい前でしょう。服を買うのには興味がないのです。

ジェレミーの洋服のことにもどると、無地で長袖、前にいくつかのボタンがあるという点では同じでも、襟無しのものもあります。たとえばこちらでご紹介したインタビュー記事についていた写真がそうです。
「Scrawl」のインタビューから(1989年)(1)

そして前回の写真、考えてみれば白黒なので、色がよくみる濃紺かどうかはわかりませんね。そういえば、アメリカツアーのカラースナップ写真で、あの白黒写真と同じ形の濃い緑色の服を着ていました。

イギリスでも濃い緑色のプルオーバーの時もありました。この映像の服は緑色にみえます。襟のところはよくみえないので、ポロシャツタイプか襟無しかははっきりしません。
アメリカの公共放送 PBS のための映像(1988)

"The Secret of Sherlock Holmes"の楽屋でファンがジェレミーと一緒に撮った写真に明るめの緑色のプルオーバーがあって、こちらには襟がありました。

これらの写真や映像を見た時、ジェレミーは同じ形の洋服を色違いで買っているんじゃないかと思いました。そうしたら色違いの服のことにふれている記事をみつけましたので、引用してみます。といっても、ここでは違う形の服、Vネックのシャツのことを話しているのですが。

この記事は1985年5月、「最後の事件」の撮影が終わって、アメリカにもどっている間のインタビューです。


From Sherlock to Modern Villain
By Judy Klemesrud
The New York Times, May 26, 1985

背が高くてひょろっとした6フィート1インチ(185センチ)の俳優は、鮮やかな金色のVネックのシャツを着ていた。この服を着るのは、シャーロック・ホームズを20ヶ月演じつづけるという陰鬱さから立ち直るのに役立っている、と言う。同じシャツで鮮やかな青、鮮やかなオレンジ、鮮やかな赤のものも持っている、と彼は話した。

The lanky, 6-foot-1-inch actor was wearing a bright gold V-necked sweatshirt, which he said helped him get over the gloominess of playing Sherlock Holmes for 20 months. He said he also has the same shirt in bright blue, bright orange and bright red.



"bright blue, bright orange and bright red"と、三回"bright"を重ねるジェレミーの楽しげな声を想像できる気がします。

ジェレミーが色違いの服を持っていたからって、それがどうしたとも言えますが、ジェレミーってこんななのねと思って、私はこれを読んでこころの中でにこっと笑いました。


もう一つ話題を。ご存知のかたも多いかもしれませんが、2012年11月に出版された「別冊映画秘宝 シャーロック・ホームズ映像読本」の、増補版が出ました。下のアドレスはそれぞれ、この時の私の記事と、アマゾンでの増補版のページへのリンクです。
別冊映画秘宝 シャーロック・ホームズ映像読本
別冊映画秘宝 シャーロック・ホームズ映像読本<増補改訂版>

おそらくグラナダ版については、新しい記事はないのではないかと思っていますが、まだ確かめていません。BBC版も大好きというかたには、前回の版以降に放映されたシリーズについて読める増補版の発売はうれしいことでしょう(あるいは数年後にまた増補版が出ることを予想して、今回どうするか悩ましいことでしょう)。そしてもちろん、前回買いそびれたグラナダ版のファンにも、朗報ですね。

私も本屋さんに行ってみるつもりですが、すでに両方読んだかたがいらっしゃったら、グラナダ版の記述が新しくなっているか、どうぞ教えてください。

RM
最近eBayに出た写真が、ウォーターマーク入りではありますが素敵なので、アドレスを書きます。(数ヶ月でこのページはなくなると思います。)

http://www.ebay.com/itm/351111020024

このページを下へスクロールしてください。写真のおもてと裏のスキャンがあり、どちらもクリックで大きくなります。裏には1991年11月4日というスタンプが押してありますから、PBSのためにアメリカをまわった時の写真ですね。プレス写真ですからインタビューの時か何かに撮られたのでしょう。作品との時間的関係でいいますと、アメリカへ行ったのは「犯人は二人」の撮影が終わった後です。

目がウォーターマークで完全にはじゃまされていなくて、よかったです。そしてこの指、いかにもジェレミー、いかにもホームズですね。

そしてタイトルにもしましたが、いつもの服ですね、これ!首にかけたチェーンもよくみます。たとえば1988年のクリスマスのことを話している、1989年春と思われるテレビインタビューでも、同じ(あるいは同じようにみえる)服とチェーンです。この写真のほぼ3年前ですね!
クリスマスの贈り物のイヤリング(テレビインタビューより)

こちらはリハーサル時、眼鏡をかけている写真で、やはり同じ服、同じチェーンです。これは1991年前後だと思います。
眼鏡の写真です

1991年のアメリカでのプロモーショナルツアーの写真を何枚かみましたが、この服、1回か2回はスーツ、それ以外をみたことがあったでしょうか?

(この値段をみて、知っていたら競りに参加していたのにと、こころ乱れるかたがいらっしゃるといけないので一言。ジェレミー関係の珍しいものには必ず値をつけ、絶対に競り負けない人がいて、その人が落札していますから、他の人が参加しても結果は同じだったことでしょう。どうぞこころおだやかにご覧ください。)

RM
台風は皆様のところではどのようでしょうか?当地は今のところ静かです。


「悪魔の足」に関して、以前「『悪魔の足』のリハーサル初日:The Black Box Clubのウェブサイトより」の記事の最後にこんなふうに書きました。

それから「悪魔の足」の幻覚のシーンで使われている、ホームズの子供の頃と思われる写真、あれはジェレミー自身の子供の頃の写真を使ったと書かれている本があるのですが、皆様はどう思われますか?私はその記述を読むまでは、考えたこともなかったのです。あまりに古めかしい洋服ですし。でも今では(7割9分くらいの感じで)そうかもしれないと思っています。

これについて、よい機会ですので書いてみます。

グラナダシリーズのプロデューサーであるMichael Cox(マイケル・コックス)の本"A Study in Celluloid"に、以下のような記述がありました。ここでGaryとあるのは、上にあげた以前の記事でもご紹介した、「悪魔の足」の脚本を書いたGary Hopkins(ゲリー・ホプキンズ)です。


Gary(ゲリー)の脚本で特に私がひきつけられたのは、ホームズの悪夢の具体的なイメージを示していることだった。そのすべてが、このエピソードの間ずっとホームズがとりつかれていた死のイメージを表現していて、カイン、オイディプス、ネブカドネザル、そしてホームズ自身の宿敵モリアーティの禍々しい姿が画面に次々と映し出される。この一連の映像に特に興味がある読者は、"It's a Print!: Detective Fiction from Page to Screen"という本を読むとよいかもしれない。これはWilliam ReynoldsとElizabeth Trembleyが編集した本(Bowling Green state University Popular Press、1994年発行)で、その中でDr Trembley とKen Hannamは、この悪夢のシーンを詳細に分析している。

[O]ne of the aspects of Gary's script which particularly appealed to me was that he offered specific images for the nightmare which Holmes undergoes. They are all images of death which has obsessed Holmes throughout the episode—Cain, Oedipus, Nebuchadnezzar and his own nemesis, Moriarty—orchestrated by the director into a disturbing series of images. Readers who are particularly interested in this sequence might like to track down a book called It's a Print!: Detective Fiction from Page to Screen, edited by William Reynolds and Elizabeth Trembley (Bowling Green state University Popular Press 1994), in which Dr Trembley and Ken Hannam analyse the nightmare in depth.



それで、この本に興味を持ってGoogle Booksで探してみたら、ありました。(二つ目のアドレスは"Jeremy Brett"でこの本の中を検索した結果のページです。)
http://books.google.com/books?id=d7m8gSLmjEQC&
http://books.google.co.jp/books?id=d7m8gSLmjEQC&q=jeremy+brett

ホームズの幻覚についての分析は24ページから27ページにあって、27ページに脚注の(3)として、その時のホームズの動き、音楽や効果音、ホームズの幻覚の内容がコマを追うようにして示されています。その中にこういう一節があり、私には意外なことが書かれていました。


ホームズがこちらに走ってくるのが二つの直立した岩の間から再びみえて、そして楕円形の鏡がそのイメージの手前、スクリーンの真ん中方向へ浮かぶようにあらわれる。それからホームズがクローズアップとなり、その背後は嵐のような空で、恐怖感が高まっていく。荒れ狂う波が少しの間あらわれ消えるのと同時に鏡がまたみえてくる。鏡にはジェレミー・ブレットの子供の頃の写真がうつる。だからおそらくそれはホームズの子供の頃を示しているのだ。

Again we see Holmes running toward us between the two uprights; then an oval mirror floats in front of that image to the center of the screen. A close-up of Holmes, with stormy sky in background, growing alarmed. Another glimpse of the waves appears, and fades out as the mirror fades in. The mirror itself then becomes a photograph of actor Jeremy Brett as a child, so presumably of Holmes as a child.



この最後のところで驚きました。あの写真はジェレミーの写真なのでしょうか?あまりに古めかしい洋服、雰囲気ですし、髪型もやはり古い感じがします。だから当時の誰かの写真をどこからか持ってきたものだと私は思い込んでいました。

Devils foot

それで、もう3年も前になりますがファンフォーラムでこれを尋ねたことがあります。皆さんは、これがジェレミーの写真だと思いますか?と。

それに対して、これはジェレミーのお父様の写真ではないか、ビクトリア朝風の写真だから、と答えてくれた人がいました。別の人が、これはジェレミーだと思うと言い、さらに、耳がジェレミーだ、と言う人がいました。

耳!確かにジェレミーの耳は特徴的なんですよね。前からみると、ちょっと耳の上がとがってみえます。そう言われてみればその通り、この子の耳はジェレミーの耳の特徴を備えています。でも、この洋服はあまりに古いものにみえませんか?

そうしたら、これは子供用のNorfolk jacketで、エドワード朝時代にはすでにすたれているスタイルだ、ジェレミーの写真をホームズの子供時代に相当する時期の写真に重ね合わせたものだと前から思っている、という人がいました。なるほど、切り貼りしたという可能性は考えていませんでした!たしかに顔の向きとからだの傾きが、ちょっと不自然かもしれません。

これをきいて、一気に7割9分、いえ今回これを書くために見直した後は9割3分くらいまで確信を持てるようになりました。この髪と洋服を手で隠せば、うん、確かにジェレミーにみえます。皆様はどうですか?もしかしたら以前から疑問の余地なく、これはジェレミーだと感じていたかたもいらっしゃるかもしれませんね。

マイケル・コックスが、幻覚シーンに興味がある人はこの本を読むようにと勧めているのですから、彼はもちろんこの本を読んだのでしょう。そしてこのシーンを含めてグラナダホームズを論じた章("Holmes Is Where the Heart Is: The Achievement of Granada Television's Sherlock Holmes Films")を書いたElizabeth Trembleyは直接マイケル・コックスに取材したようで、出典・引用元のリストの中にマイケルへの2回の個人的インタビューをあげています。また彼女は雑誌The Armchair Detective1992年第1号ではジェレミー、エドワード、マイケルの三人にインタビューしていますから、もしかしたらジェレミーにもこのシーンについて尋ねたかもしれません。この写真がジェレミーの写真だという彼女の記述の信頼性は、そう低いとは思えません。

写真を並べてみますね。2枚目は「四つの署名」からです。どうでしょう?

Devils foot2
Sign.jpg

RM
前回、ホームズがワトスンを「ジョン」と呼んだ時のことを、ジェレミーがどう話しているかについてご紹介したのですが、あの記事を読んでびっくりしたかたも、もしかしたらいらっしゃるかもしれないと後で思いました。2009年発売の宝島社DVDブック版の字幕では、ここは"John!"ではなくて"Done!"となっているのですよね。そして日本語字幕は「何と!」となっています。

それでは2012年のBlu-ray版ではどうなっているのでしょう。気になって調べてみました。ここの日本語字幕は何も無しで、英語字幕は相変わらず"Done!"です。そして吹き替えは言葉にならない唸り声でした。さらに調べると、2007年のアメリカDVD版も"Done!"、しかし2009年のイギリスDVD版では"John!"と正しく書かれています。

アメリカ版も"Done!"になっているということは、台詞を文字に起こしたものは各国で用意したのではなく、映像とともにイギリスから両方の国に提供されたのでしょうね。文字起こしをした人は、原作ではホームズは「ジョン」とは呼ばないことを知っていて、「ジョン」のはずがないと思い込んだのでしょうか。

2012年の日本のBlu-rayでこの箇所の日本語字幕をなくしたのは、従来のものが間違っていると気がついたから、と考えるのが妥当だと思いますが、それならなぜ「ジョン!」にせず、また英語字幕がそのままなのでしょう。修正もれでしょうか。

さらに同じ「悪魔の足」で、日本のDVDで文法的に明らかにおかしい"What where your plans?"となっているところがありますが、アメリカ版でも同様に間違っています。しかしイギリス版では原作どおりの"What were your plans?"で、日本のBlu-ray版でも同じです。ということは、日本でBlu-ray版をつくった時に、英語字幕を修正している箇所もちゃんとあるのですね。

ところで、アメリカでこの秋にBlu-rayが発売されるようです。
http://www.amazon.com/dp/B00L2YXV2W/
字幕が修正されて、ジェレミーの意図のとおり"John!"になるでしょうか。

これでBlu-rayは私の知る限りでは、日本、スペイン、フランス、ドイツ、そしてアメリカでの発売ということになります。
http://www.amazon.co.jp/dp/B008YRDQOI/
http://www.amazon.es/dp/B00DK9P9IG
http://www.amazon.fr/dp/B00D82H7MQ/
http://www.amazon.de/dp/B00HHO8WQG

グラナダ版のホームズが世界で愛されている証しと言えるでしょう。さあ、ホームズの本国イギリスでもはやくBlu-rayになりますように!もちろん日本のBlu-rayを持っていますから私には直接は関係ないとも言えるのですが、ホームズとジェレミーの故郷で、現在の最高画質の映像が手に入らないというのは残念ですし、もしも特典映像がついたらもう狂喜乱舞です。

RM
NHKでの放送、先週は"Devil's foot"(悪魔の足)だったのですね。それでこの作品に関するいろいろなことを思い浮かべていました。このブログでは、リハーサルの時のことと、コカインを捨てるシーンについてジェレミーがドイルの娘さんに承諾をとった話を書いたことがあります。
「悪魔の足」のリハーサル初日:The Black Box Clubのウェブサイトより

それ以外にもいろいろなシーンが思い出されます。たとえば、ホームズがワトスンを「ジョン!」と呼んだこともそうです。

David Stuart Daviesの本、Bending the Willowには短く、"[...] it was Brett who decided to cry out Watson's first name, 'John', when he emerged from his near-fatal experiment with the drug."(毒物の実験でほとんど死にかけて意識がもどった時に、ワトスンのファーストネーム「ジョン」を叫ぶと決めたのはブレットだった。)と書かれていますが、米国版DVD全集についていたブックレットにはもう少しくわしく、ジェレミーの言葉が引用されています。


毒によって半ば意識を失っていたホームズの目がさめた時、理性による抑制がはずれた状態で、友人のワトスンを思わずクリスチャンネームで呼ぶ。これは正典では起きなかったことである。議論を招いたこの瞬間について、ジェレミー・ブレットは雑誌Scarlet StreetでインタビューアのDavid Stuart Daviesにこのように言っている。

「ホームズはその時、意識が半分しかもどってなかったんですよね。彼がワトスンを『ジョン』と呼ぶなら、この時しかなかったのです。死に瀕したような危険な状況では、ホームズは『ジョン』と呼ぶかもしれないと思います。それでまた別の見方が生まれます。僕がホームズに『ジョン!』と言わせたのは、彼のこころの奥底は、よく言われるような『理性だけで感情がない』というのではなく、ちゃんと何かがあることを示すためでした。」

When Holmes awakens from his drugged stupor, he's so out of control that he calls his friend and companion by his Christian name, something that never actually occurred in the canon. Jeremy Brett defended the controversial moment to Scarlet Street interviewer David Stuart Davies.

"Well, Holmes is semiconscious at the time, right? It really was the one time that he could call him John. I think in extremis he might have said 'John.' It gives another slant to it. I slipped in 'John' just to show that, underneath it all, there was just something more than what they say, that Holmes is all mind and no heart."


From the DVD booklet for "Sherlock Holmes: The Complete Granada Television Series", 2007
By Richard Valley


ジェレミーは、普段のホームズは友人のことを「ワトスン」と呼んでいても、意識がもうろうとした状態、身体的に危険な状況では、思わず「ジョン」と呼ぶだろうと思っていたのですね。

RM


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昨日7月1日の、憲法解釈変更の閣議決定は衝撃でした。私にとって二つの衝撃がありました。一つは国の憲法の特に大切な部分の解釈が、ある一人の人の力によって、国民にも議会にもはかられずに変更された、という点です。それではこの国は立憲国家でも民主主義国家でもないのでしょうか。

二つ目は、他国に出て行って人を殺さねばならない若者、殺される若者が出る可能性と、自国にいてさえ報復攻撃で死ぬ人間が出る可能性が高まったことです。

これからの動きを見続けること、次の選挙まで忘れないことが必要だと思います。現政権のおかげで景気がよくなったとしても、給料や時給があがったとしても、一つの国にとって本当に大切なのは、そんなことなのでしょうか。私はそうは思いません。

RM

 RM

Author: RM
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和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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