Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前回の続きで、1984年のインタビューからです。今回引用する部分は、eBayに出た切り抜きの画像から読み取りました。出典は以下のとおりで、この書誌情報自体は、前回私が書いたのと同じ部分を引用していたBrettish Empireの記載をそのまま頂きました。
The More Than Elementary Mr. Jeremy Brett
Woman and Home interview by Marianne Gray, June 1984.

役者になりたいということが8歳の時にはわかっていた。その頃、背が伸びすぎて騎手になれないのに気づいたのだ。16歳でリューマチ熱で死にかけた時、それが確信にかわった。イートン校では成績優秀な優等生というわけではなかったし(「僕は甘ちゃんだったんですよ」)、有名な陸軍大佐の父がジェレミーに継いでほしいと願っていた職業につくのは、リューマチ熱のために不可能になった。つまり軍人になるのはもう無理だったのだ。

「役者の道にすすむように励ましてくれたのは母です。母は美しくて魅力にあふれていて、半分がアイルランド人、全部がクエーカーでした。私達の家はイングランド中央部にある大きな屋敷で、コベントリーから少しはずれた田舎にありました。母はこの家をいわば『フラワー・パワー』(訳注:慣習にとらわれずに愛と反戦をひろめる、60-70年代のヒッピーたちの運動)のやりかたで切り盛りしていたんです。いつも困っている人を連れてきて住まわせていました。Westonという名の一家全員が戦争の間ずっと厩舎にいたことを覚えています。母は家にいつも音楽と活気をもたらしました。」

He knew he wanted to act as far back as the age of eight when he realised he'd be too tall to be a jockey. At 16, when he nearly died from rheumatic fever, he was certain. At Eton he'd turned out to be not a great achiever ("I was fairly wet and spoilt") and the rheumatic fever ruled out the profession his distinguished army colonel father would have liked him to follow—that of a soldier.

"It was my mother who encouraged me to act. She was a dazzling woman, half Irish and fully Quaker, and ran our home, a large country house deep in the Black Country outside Coventry, in a sort of "Flower Power" way, always filling it with people that she'd picked up. I remember her bringing home a whole family called Weston during the war and all of them stayed in our stables. She brought music and life."


騎手になりたかったけど背が高くなりすぎたというのは、よく言っていました。
子供の頃のこと;1987年のインタビューより

16歳の時のリューマチ熱のためにジェレミーの心臓は2倍の大きさになっていて、ジェレミーは晩年、心筋肥大症と診断され、亡くなったのは心不全のためでした。ジェレミーがリューマチ熱のことを語っているのは、たとえばこちらです。
大病の後に;インタビュー記事 When the lights went out (1990) より

イートンでは成績優秀じゃなかったと自身で言っているのもこれ以外でも目にしました。これはディスレクシア(難読症、識字障害)のせいもあるでしょうね。
ディスレクシア(3);"Dancing in the Moonlight"より

でもここで、ジェレミーは学校の成績はたとえよくなくても、利発な子だったと思うということを強調しておきます!以前にも引用した、長兄のJohn Hugginsの言葉です。ジェレミーの追悼式の司式をなさいました。

ジェレミーは若い頃とても優秀だったし、素晴らしい音楽家だった。

As a youth, Jeremy was a brilliant scholar and musician [...]

The Baker Street Journal: an irregular quarterly of Sherlockiana, Volumes 45-46, 1995
追悼式での John Huggins師の言葉;1995年のThe Baker Street Journal より

その次はお母様のことを話しています。インタビューでお母様のことを話すのは比較的珍しいと思っています。クエーカーでアイリッシュ、ということ以外を話すのは。

お母様の「フラワー・パワー」って、どういうことでしょう?「フラワー・パワー」については、たとえば英語のWikipediaではこちらです。

これは1960年代後半から70年代前半にかけての、古い慣習にとらわれずに反戦、平和、自由、愛を広めるヒッピーたちの運動で、彼らはフラワー・チルドレンと呼ばれました。フラワー・チルドレンについては日本語のWikipediaに説明があります。

これに対してジェレミーのお母様は1959年に亡くなっていますし、これはジェレミーが子供のころ、つまり1930年代から40年代の話ですから、なんて時代を先取りしているのでしょう!イギリスの古い階級主義にとらわれず、争いや戦争には静かな抵抗を示し、困っている人なら誰にでも親切にする、気取ったところのまったくない自由なこころの持ち主だったということでしょう。Berkswell Miscellany, Volume V には「浮浪者やジプシーはハギンズ夫人を友達と思っていた」(Tramps and gypsies knew Mrs. Huggins as a friend.)とあります。

ジェレミーのあたたかさも、慣習にとらわれない自由さも、お母様ゆずりなのだとあらためて感じます。クエーカーについてはこちらに書きました。
母、Elizabethのこと;Quaker

ここでも書いたとおり、クエーカーの中には無神論者さえいるといわれるほど、ドグマにしばらなれない人たちのようで、私は以前からクエーカーに関心を持っていました。

お母様も音楽がお好きだったのですね!お父様の弟(か兄)のLeslie Hugginsは音楽の先生でしたから(Berkswell Miscellany, Volume V、およびDesert Island Discsでのジェレミーの言葉より)、ジェレミーは父方母方の両方から音楽好きを受け継いだのでしょうね。

そして何より、お母様はジェレミーが役者の道にすすむのを後押ししてくれたのでした。

RM

追記:ジェレミーがイートンでの自分のことを "I was fairly wet and spoilt"と言っているのがニュアンスがはっきりとはわからないのですが、wetというのはクラスの先頭をきって中心になるような生徒ではなかったことを言っているのだろうと想像しています。be spoiltは、それでも学内で特別な存在として扱われていたことを示しているのではないかと思って、訳してみました。イートンの聖歌隊でソロを歌って(ジェレミーは自分では言っていませんが)ほとんどすべての生徒がその歌と姿に魅了されていたのですから。
Etonでのジェレミー(3)
以下のジェレミーの言葉は、Brettish Empireで読んで以前から知っていたのですが、eBayに引用元の記事の切り抜きが出たので、その画像からあらためて読み取ったこの言葉と、それに加えて今度(次回?)他の興味深いところを引用してみようと思います。

記事はこれです。
The More Than Elementary Mr. Jeremy Brett
Woman and Home interview by Marianne Gray, June 1984.

この書誌情報については、Brettish Empireのこちらのページから頂きました。
http://www.brettish.com/Quotes_of_Note.html

人としての僕はホームズに夢中になるけれども、役者としてはこの男を演じるのには困って悩んでしまいます。頭脳で生きてる男なんて。撮影現場でいつも照明のひとにきくんです。僕のおでこを照らしてみて。中にちゃんと何かある?って。

"As a person I'm hooked but as an actor I'm confused by playing a man who lives by his brain. I keep asking the lighting man on set to light my forehead to see if there's anything inside!"


そういえば、以前引用した中にこんなのもありました。「あなたのホームズのうち、どのくらいが自分自身なんですか?」という問いに対して、

頭脳は僕じゃないですね、だって脳みそなんて持っていないんですから(笑)。

Well, the brain isn't me because I'm brainless. (Laughs.)

The Sherlock Holmes Review, Vol. 1, Nos. 3/4, 1987
ソファの背をひらり;1987年のインタビューより

うふふ、こういうところがジェレミーらしいですね。

1984年のインタビュー記事からの他の引用は今度また。(多分次回?)

RM
本題に入る前に一つ。記事を書いた後で、あ、忘れていた、と気がつくのは日常茶飯事です。二つ前の記事「卓球」でジェレミーとスポーツについて書いたときに落としていたのが、水泳でした。水泳の話はこのブログでもずいぶん書きましたが、たとえばこちらです。
マンチェスターでの週末と、クラパムでのピアノ練習

それ以外には子供の頃の家の話をする時に、テニスコートとスカッシュコートが出てきました。
「私が子供だった頃」


さて、BBCのSherlockのファンの方はすでにご存知でしょうが、クリスマス・スペシャルの予告編(トレイラー)が発表されました。今度は舞台がヴィクトリア朝ロンドン。私は最初さらっと観て、彼らが何と言っているのか、その後ろにどんな意味がかくされているかが具体的にわからなかったのですが、原作・グラナダ版・Sherlockの現代版との関連などがナツミさんのところへ行ってはじめてわかりました。
クリスマススペシャルのトレーラー

ナツミさんのブログの記事とそのコメント欄で、いろいろなお話がはずんでいます。

オープニングの映像から、もうすっかりグラナダ版ですね。そしてまず最初に私は、Benedict Cumberbatch(ベネディクト・カンバーバッチ)のホームズがハドスンさんに話している途中でほんの一瞬だけ笑みを浮かべるところで、ジェレミーを感じました。それとも現代を舞台にした時のベネディクトのシャーロックも、こんなふうだったでしょうか?

この瞬間的な「笑み」や「にやり」はホームズに限らず、ジェレミーが演じている時にときどきみられます。Brettish Empire では Prodigal Daughter (1975) でのジェレミーの演技について、こんなふうに書いていました。

ジェレミーのファンはこの演技の中に、たとえば一瞬あらわれる笑みのような「ブレット印」をみつけるはずです。

Fans will also recognize Brettish trademarks such as the rapid grin in Jeremy's performance.

http://www.brettish.com/jbtv-ii.html

すぐに真顔にもどる笑みのことです。たとえば「ノーウッドの建築業者」でレストレードが221Bを出て行った後、ホームズが遺言の原稿を元にワトスンと共に推理している場面の最後でみることができます。

普段のジェレミーはどうだったのでしょうね。インタビューでこの「ブレット印」を一度みたことがありますが、ホームズの話をしている時だからかなあと思っていました。さあ、どうなんでしょう。

ベネディクトはジェレミーが演じるホームズの表情の変化に魅せられていたようで、BBCのドキュメンタリー・シリーズ Timeshift の中の How to be Sherlock Holmes (2014) でもそれに触れていました。

こちらが番組のページです。
http://www.bbc.co.uk/programmes/b03pzsd9

BBCのSherlockのファンが、この番組中でベネディクトがジェレミーについて話している場面のGif画像と共に投稿した、Tumblrの記事です。
http://enigmaticpenguinofdeath.tumblr.com/post/73209208647/benedict-in-the-recent-bbc-timeshift-documentary

ベネディクトは、ジェレミーのホームズの表情が鷹からフクロウの顔になり、さらに鷹にもどる、というところを顔の実演で説明しています。なかなか面白いですよ!上記サイトの筆者もこのベネディクトをみてくすくす笑ったと書いています。このGIfは左上が鷹の実演、右上がフクロウ、そして左下が再び鷹。この「フクロウの顔」は今回の一瞬の笑みとはまた違って、まわりに頓着しない、自分の中だけで満足している時のジェレミー・ホームズの顔のようです。ベネディクトにはジェレミーのホームズの表情までしみこんでいるんですね。子供の頃からみていたと言っていましたもの。今回の一瞬の笑みも、ジェレミーを思い出しながらだったらうれしいなと思いました。

RM
今日の安全保障関連法案の強行採決で気持ちが暗くなって、不安と怒りがこころの中にあります。でもあきらめてはいけない。でも何ができるだろう。そう思うときに、今朝の内田樹さんのtwitterの言葉が思い出されます。

https://twitter.com/levinassien/status/621089965804400641

隣人に友人に家族にあるいは職場の同僚に一言でいいです。「強行採決はないと思う。これじゃ立憲政治とは言えないよ・・・」としょんぼりした声でつぶやくだけでもそれは一つの意思表示です。たいせつなのはそれが「自分の声」でなされるということです。誰かの言葉を真似する必要はありません。

堂々たる論拠を示す必要もありません。雄弁である必要もありません。誰かの言葉づかいを真似た「政治的に正しい意見」より、自分の声で語られた「小声での異議申し立て」や「混乱した意見」の方がずっと重いと僕は思います。そういう言葉だけが時間に耐えて自分の中にとどまり続けるからです。


ですから、これが私の「小声での異議申し立て」です。

今の政治はおかしい。学校で習った民主主義はどこへ行ったのでしょう。選挙で勝ったら、国民なんて、声をきく価値もない存在なのでしょうか。黙って従えということでしょうか。署名もデモも、声明もアピールも、ここまで無視されていいのでしょうか。

憲法って、そんなに軽いものなのですか。憲法とは、政治権力が勝手なことをしないように国民を守るものではなく、政治家のいいなりになる、そんなものだったのでしょうか。

日本には、好きなところも好きでないところもあった。でも少なくとも民主主義の国、平和の国として誇りを持っていた。それが、ガラガラと崩れ落ちようとしている。こんなものすごいはやさで。祖父母と両親の世代が体験した戦中・戦後が無駄になりかねない。あの戦争が無駄になりかねない。

私達があきらめて、忘れるのを待っているのが現政権です。私は普通の生活を普通に過ごして、でもあきらめない、忘れない。

おいしいものを食べたら喜んで、楽しいことがあったら笑って、ジェレミーのお話も多分楽しんで、でも日々の小さなことにちょっと落ち込んで、でも平和なこころで過ごして。

でもこの理不尽で危険な今の政治のことも忘れない、あきらめない、思い続ける。これが私の小声での意思表示です。

RM
今日ぱらぱらと以前買った雑誌をめくっていたら、こんな文章がありました。ジェレミーが亡くなった半年後の1996年3月16日に、The Northern Musgraves Sherlock Holmes Society というグループが開いた、ジェレミーのためのランチの会の報告記事からで、引用したのはジェレミーの友人で脚本家のJeremy Paul(ジェレミー・ポール)がこの会で話した内容のほんの一部です。JBとあるのはもちろん、ジェレミー・ブレットです。

ジェレミー・ポールは二人の友情と、JBがいかに卓球がうまくて、いかに熱心だったかを語った。「卓球をする時のジェレミーはエネルギッシュで、いつも新しい手を考えだして、激烈でした。」

[Jeremy] Paul talked about their friendship and JB's skill and tenacity at ping-pong. "At ping-pong, Jeremy was energetic, inventive and ferocious."

Cheers, Jeremy!
by Tim Yarro
Sherlock Holmes Gazette, Issue 15, 1996

卓球の話は本 Bending the willow にもありました。でもジェレミー・ポールの家に来て一緒に卓球をした、というだけで、こういう形容はありませんでした。そうですか、ジェレミーは卓球に関して、勝負に関して ferocious (激烈[猛烈]な, 激しい)でしたか!上背のある二人、この友人同士の卓球の試合がどんなだったか想像すると面白いです。

ジェレミーとスポーツというと、他には乗馬、アーチェリー、そして以前のこの記事にちょっとだけ、ジェレミー自身のスキーへの言及がありました(TV Times, Feb 1991)。
becomerであること(3)

RM
先日、「安全保障関連法案に反対する学者の会」のアピールと署名活動のことを知りました。
http://anti-security-related-bill.jp/

呼びかけ人のコメントの中から、細胞生物学者で歌人の永田 和宏氏の歌を引用します。一首目はこの記事のタイトルにもしました。
・戦後七〇年いまがもっとも危ふいとわたしは思ふがあなたはどうか
・権力にはきつと容易く屈するだらう弱きわれゆゑいま発言す

この歌に私は大きく頷きます。


このブログの本来のテーマから離れて、現在の政権への不安を書いたことが二回ありました。
特定秘密保護法案の強行可決に憤りと不安を覚えます
選挙に行きます

その時よりはるかに今の方が恐ろしさを感じるとともに、その時より今の方が希望も感じています。若い人たちの運動のことを知ったからです。
SEALDs(シールズ:Students Emergency Action for Liberal Democracy - s)自由と民主主義のための学生緊急行動 
http://www.sealds.com/

「安全保障関連法案に反対する学者の会」とSEALDsで、共同活動も計画しているようです。

以前も書きましたが、私は両親が戦争を経験した世代です。今の学生はおそらく祖父母がその世代ですね。その若い人たちが、自分たちのこととして声をあげている。尊敬の気持ちを持ちます。活動がひとの目をひくようになるにつれて、こころない言葉なども受けているのを目にします。

安全保障関連法案に反対で、これらのグループの活動に賛同なさるかたへ。
「安全保障関連法案に反対する学者の会」はアピール賛同者をつのっています。
ウェブサイトによると、7月8日9時00分現在、学者・研究者8,952人、市民15,367人です。
署名は非公開にすることもできますし、市民の署名の場合は名前などは公開しないそうです。
あさっての7月10日(金)、日本外国特派員協会で記者会見を行うそうです。

あるいは皆様のまわりでもいろいろな活動が行われていて、すでに参加なさっていらっしゃるかもしれませんね。顔も名前も知らない、ここに来て下さる方に親愛の気持ちをこめて、ご挨拶をいたします。

RM
前回の続きを書くつもりだったのですが、なんだか気持ちが変わってしまいました。書かない時にも無意識の内にいろいろと考えていて、思いが定まることもあるのですが、そのうち何を書こうとしていたかわからなくなってペンが、いえキーボードを打つ指が進まないこともあります。ちょっとそこらをそぞろ歩いて、またもどって来ることもあるかもしれません。

あ、そうそう前々回の写真に関して書き忘れたことがあって、あの写真のジェレミーは例の仕草をしているようにみえませんか、ということ。そう、片方の腕を背中に軽くまわすあれです。なにしろぼんやりした写真なので、ポケットに手を入れているように見えないこともないのですが、やっぱりあの仕草じゃないかなと思っていて、でも書くのを忘れていました。ホームズでもおなじみのあのポーズについては、何回かこのブログでも書いています。たとえばこちら。
あっ、これ、癖だったみたいですね!
ジェレミーの仕草;Girl in the Headlines (1963) から
この仕草、パジェットの挿絵にもあるのですね

あのぼんやりとした写真は17歳くらいと推測しているのですが、そのころからの癖だったのかもしれないと思うと、長い時の流れのなかのひとりの人を感じられるような気がします。


さて今日は、映画"Mr Holmes" (2015) でホームズを演じたIan McKellen(イアン・マッケラン)のインタビューから、ジェレミーの演技にふれている箇所をご紹介したくなりました。以前もサー・イアンの言葉を何回か記事にしました。
Sir Ian McKellen、ハムレット、そしてホームズ
Sir Ian McKellenのホームページより(1)
Sir Ian McKellenのホームページより(2)

今回は以下のページからです。なお今日の時点では、以下の記事のタイトルもウェブページのアドレスも、サー・イアンの名字のスペリングが違っています。記事のタイトル中の名前だけ修正しておきます。

Sir Ian McKellen on Mr. Holmes
Brit actor on fame, ageing gracefully and playing Sherlock Holmes
By Tom Huddleston
Time Out Dubai, 30 June 2015
http://www.timeoutdubai.com/films/features/64533-sir-ian-mckellan-on-mr.-holmes

過去から現在までスクリーンにあらわれるホームズをみると、まるで名優録をみるようです。あなたが特に好きなホームズ俳優はいますか?

ジェレミー・ブレットはシャーロック・ホームズを生きている人間、信頼できる人間として演じることが可能だと、はっきりとみせてくれました。たしかに変人でちょっと普通とは違う、でも内に秘めた感情や思いを持っている人物です。私達の映画が、ホームズがどうやって謎を解くかよりも、ホームズがどんな人間かを描こうとする時に、私が思い浮かべていたのはジェレミーのことでした。


The list of screen Holmeses past and present reads like a who's who of acting greats. Do you have a particular favourite?

Well, Jeremy Brett proved that it was possible to play Sherlock Holmes as a living, believable human being. Eccentric, certainly, but a man with an inner life. As our story was going to be more about what the man was like rather than the puzzle he solves, it was Jeremy I thought of.


これは本当にうれしい言葉です。ジェレミーがホームズの内面を演じようとしたこと、いつも「大理石の彫像の割れ目」( "Cracks in the marble")、「ホームズの内面、ホームズへの手がかり」("Another essence, another clue")をさがそうとしたこと、時にはそれはジェレミーにとって苦しみでもあり喜びでもあったことを思い出します。生きている人間、感情を持った人間としてのホームズを演じたのがジェレミーだった、というサー・イアンの言葉は、ジェレミーへの何よりの賛辞だと思います。

これ以外のサー・イアンの言葉も、深かったりユーモアがあったりで、読んでいてこころに残るものでした。お人柄がしのばれます。(追記:インタビューアの質問の内容も通り一遍でなく、とてもよかったと思います。おそらくイアン・マッケランの出演作品をたくさんみてきた人なのでしょう。)

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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