Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

ネット上のジェレミーのファンの間で最近大きな話題になったのは、ジェレミーのインタビューを含む映像がYouTubeにアップロードされたことです。The Boscombe Valley Mystery(ボスコム渓谷の惨劇)のロケ先でのものです。出演している特定の作品をはじめてみることは時折あるし、はじめてのインタビュー記事を読むことも割とあるのですが、映像をともなったインタビューを新たに目にするのは、私は2、3年ぶりだと思います。

もうひとつこのインタビュー映像が特別なのは、ホームズの衣装、ホームズのメイキャップのままで、ジェレミーとしての表情をみて声をきくことができるという点です。私はこれははじめてです。撮影現場での写真で、ああこれはホームズの格好だけどジェレミーの素の顔、と思うものはたくさんありますけど。

投稿者の説明によればThis Morningという番組の一部だそうです。1989年のものだと書いているのですが、1989年の12月までThe Secret of Sherlock Holmesの劇場公演がありましたから(Jeremy Brett Informationより)、投稿者の記憶違いで1990年なのではないかと思います。ちなみに「ボスコム渓谷の惨劇」のイギリスでの初放映は1991年3月です。

このThis Morningという番組はWikipediaによると、1988年にはじまり現在も続いている朝の情報番組です。DVDは市販されていないようですし、番組中の一部の映像ですから問題ないと考えて、YouTubeでのタイトルとアドレスを記します。
Sherlock Holmes Behind The Scenes Feature 'This Morning'
https://www.youtube.com/watch?v=a593x3ia4Gc

ジェレミーのインタビュー部分は45秒からと2分21秒からです。以下のリンクをクリックすると、直接そこに飛びます。
https://youtu.be/a593x3ia4Gc?t=45s
https://youtu.be/a593x3ia4Gc?t=2m21s

ホームズの格好だけど、ホームズになっていない時のジェレミーの声と表情、いかがですか?「わー、ジェレミーだ!」と思ってニコニコしながら観ました。内容は今まで読んだり聴いたりしたことと重複しているようですが、でもこうしてそれをジェレミーの口から聴き、表情や仕草を見ることができるのは格別です。あの笑顔はジェレミーですし、たとえば58秒くらいで"all my clothes"と言い、手で両方の襟をあわせるようにするところ、軽く頭を右後ろに傾けているのをみるだけでも「わー、ジェレミー!」と思ってしまいます。

私の聞き取りの能力はお粗末ですが、聞き取った部分の意訳・抄訳ということで少し書いてみましょう。間違いにお気づきでしたら、どうぞ教えてください。

「なぜまた別のホームズをつくるのか。でもそれから本を読んでみると、今までの作品では描かれていなかった要素があることに気がつきました。たとえば私の衣装はシドニー・パジェットの挿絵にあるとおりです。

自分が完全にミスキャストだということを恥ずかしく思って、メーキャップで飢えた鷲のようにしようとして、実際はガーゴイル(奇怪な姿の怪獣の彫像)みたいになって、ひどいものでした。監督たちはそれじゃダメだと言いました。

孤独を好み、自分の仕事以外にはほとんど興味がない人間は、石のように静かであるはずです。

ホームズは子供の想像力を大切にしています。女性に関しては、その手の届くところにはホームズはいないと思います。」


生き生きと楽しそうに話しているのをみるのも嬉しいですし、自分は静かに演じているつもりでと言った後に、まゆをあげたり唇の端をあげたりして、そしてホームズはこうだ、と動かないホームズをやってみせているところも面白いです。

ジェレミーのインタビューの部分に続いて、Edward Hardwickeのインタビュー映像が続きます。自分がどのような経緯でDavid Burkeの後をついでワトスンを演じることになったかを話しています。その後の部分では、ヴィクトリア朝のイギリスには超自然と科学という二つの相反する要素があって、それが物語の中にも反映されていると言っているのだと思います。

それ以外の部分の映像でも、撮影がどのように行われているか、その舞台裏をみることができて興味深いです。後で、「ボスコム渓谷の惨劇」の実際のシーンの映像と比べてみたいと思います。

RM
ジェレミーの出演作品で、DVDになるのを心待ちにしている作品はたくさんありますが、三つあげるならば... ああ、三つに限るのは難しい、難しいので他の二つは保留しますが、私は "On Approval” をその一つに入れるだろうと思います。これは1982年にBBCで放映されたコメディで、イギリスの劇作家 Frederick Lonsdale の戯曲を元にしたものです。ちなみに1985年にニューヨークの劇場で上演されてジェレミーが出演した "Aren't We All?" も彼の作品です。

"On Approval” について、このブログでは以前こちらで書きました。
On Approval (1982)
それからこちらでも少しだけ触れました。
PBSが放送したジェレミーの追悼番組

ジェレミーが演じているのは一言でいえば、「魅力的で身勝手な(しかも自分の身勝手さに気づいていない)イギリス紳士」で、ジェレミーはコメディのセンスも抜群だということをあらためて感じます。本当におかしくて素敵なんです。

昨夜、この番組の音声を久しぶりに聴きながら眠りました。それで少しだけ、ここにも載せたくなりました。

この昨品は全編おすすめシーンばかりなのですが、選んだのはグランドピアノの上に腰かけてのシーンから1分、ご機嫌で歌っているのも短いですが聴けます。








DVDになっていないこの作品は、家庭用ビデオデッキで録画されたものが三種類ほどYouTubeにあったのですが今は一種類になっています。私が音声を抜き出した映像は今はないのですが、同じシーンを観ることができるアドレスを以下に挙げます。
https://youtu.be/31NrPhKmshw?t=11m56s

ジェレミー演じるGeorgeの、古くからの友人であるRichardは、ずっとこころを寄せていたMariaにようやく気持ちを打ち明ける、というよりMariaがいつまでも何も言わないRichardにしびれを切らして、彼に打ち明けさせます。結婚に適した相手かどうかをMariaが試すということで、RichardはMariaのスコットランドの家に一ヶ月間行くことになります。でも夜はホテルに泊まるようにと言いわたされています。タイトルの "On Approval" とは、気に入らなければ返品可能という条件で試用してみて、という意味だそうです。Richardは愛するMariaに試されに行くのですが、この劇が終わってみるとこのスコットランドの家で、MariaはRichardに(結果として)試され、Georgeはピアノを弾いていた女性Helenに(これも結果として)試されたことがわかるのですが。

ここはGeorgeが、自分もスコットランドのホテルに行く、と言い出すところです。君を助けたいし(実際はどう転がるか面白がっているところもあるようですが)、自分はロンドンにはいたくない(破産寸前で、翌日には重大な決心をしなければならないのです)、だからスコットランドに行って、名前をかくして君と同じホテルに泊まるというのです。その部分の音を抜き出しました。


音を抜き出すといえば、以前参加していたファン・フォーラムで、母親から電話がかかってきたときの着信音に "On Approval" でのジェレミーの声を使っていると言ったひとがいて、みなが驚いて喜びました。彼女が言っていたのはこの部分です。








ジェレミーの"Mother!"の後の、ペチッという音は女性に頰をはたかれている音なんですよ!このシーンはこのあたりです。
https://youtu.be/Hnh02I4iizE?t=9m30s

このあたりはハチャメチャですが、もっと細やかな(?)コメディシーンもたくさんあって、くすくす笑ってしまいます。本当にジェレミーはコメディも絶品です。

この作品は背景音楽がほとんど入らず(はじめと終わり、そしてスコットランドに舞台がかわるところの一箇所だけだったと思います。はじめのクリップでピアノの音が入るのは登場人物が弾いているからで、背景音楽ではありません)、音はセリフだけで勝負のお芝居ですから、音声だけ抜き出して聴くと特に、その声と調子にどっぷりと浸りつつ笑えます。

とはいいつつ、ああ、これがDVDになって、きれいな映像とともに楽しめるようになってほしいものです。


そしてお気がつきになったでしょうか、ホームズでもよくみる人差し指を口元にたてる仕草、それがホームズのときとはまた違って、実に可愛らしい表情でした。自分もスコットランドへ行こうと思いついたときの表情です。指はやはり利き手のほうの左手の指でしたね。
OnApproval

ホームズの人差し指に関してはこちらに書きました。
ジェレミーの(ホームズの)仕草(1)
ジェレミーの(ホームズの)仕草(2)

RM
3つ前の記事「香水から生まれたセリフ:1985年と1989年のインタビューより」で、Irene Adler(イレーナ・アドラー)の香水と彼女の女性としての魅力が、ホームズの鋭敏な感覚にどうとらえられたかをジェレミーが話している箇所を二つ引用しました。

今日は別のインタビューをご紹介しましょう。ラジオ番組Desert Island Discsからです。これについては以前も書きましたが、BBCラジオで現在も放送されている番組Desert Island Discsではなく、アメリカでの1991年のインタビューです。先日もふれた、「ジェレミーが語るホームズの少年時代;1991年のインタビューより」で引用した部分の最後と重複して、さらにその後までです。

このインタビュー番組のトランスクリプトと録音は、フランスのSociété Jeremy Brett de France (JBSF)というグループが"A thrilling time"というタイトルで以前出版しました。そのトランスクリプトから引用します。インタビューアのRobert Aubry Davisは "RD" となっています。

この中でインタビューアが that woman と言ったのを、ジェレミーが the woman といい直しています。元のトランスクリプトでは、三箇所出てくる the woman のすべてで woman を大文字ではじめていましたが、その意図が私にはわからないので(追記:原典では大文字になっていないようだということもあって)小文字にあらため、さらに quotation mark は that との対比のためと理解して、二語にわたってつけていたのを下では the だけにつけています。

JB: さらには兄がいたけど、兄も同じように誰ともまじわらず、ひとりぼっちでドーナッツのようなお菓子を食べる太った少年だった...。

RD: あの小さなクラブにひきこもっている...。

JB: そう、ディオゲネス・クラブでは誰もしゃべらない。ホームズがそういう少年だったからだと思うんです。大学で --- どこの大学かは議論がありますが --- そこで美しい少女が中庭を歩いているのをみてこころが踊ったけれども、少女は彼にまったく気がつかなかった、そのあと女性への特別な感情はもう決して持たないとホームズがきめたのは、そういう子供時代を送ったからだと思います。

RD: "that" woman を除いて。

JB: "the" woman のことですね。

RD: "the" womanでしたね。

JB: ニュー・ジャージー出身のオペラ・スター、イレーナ・アドラーです。私が思うにホームズがイレーナを忘れなかったのは、ホームズが誇る頭脳の面で彼女が彼を負かしたからだと思います。さらに彼女は美しい声を持っていました。ホームズは音楽を愛していますから。


JB: He had a brother who was also isolated and lonely who ate donuts, or the equivalent... fat boy...

RD: Lived in this little club and stayed away...

JB: Yes, the Diogene's where nobody speaks. I guess that's why, after having this tragedy at university - whichever one - he saw a beautiful girl across a quadrangle and his heart leapt, but she never looked at him - so he closed door on that...

RD: Except I guess for "that" woman.

JB: (corrects him) "The" woman.

RD: "The" woman.

JB: The woman, Irene Adler from New Jersey who was an opera star, and I think he only remembered her because she beat him at his own game, and she had a lovely voice and he loves music.

From "A thrilling time" published by JBSF

ホームズは、大学時代にほのかな恋心をいだいことがあると、ジェレミーは何回か言っています。そうかもしれないと思うかたも、いやそんなはずはない、それは自分のホームズではないと思うかたもいらっしゃるでしょうね。ジェレミーのホームズが私のホームズですから(うふふ)、私はそれでOKです!

ホームズは恋愛とはそのあとは無縁だった、そういう感情には背を向けたというジェレミーの言葉に対してインタビューアが、イレーナに対する気持ちは例外だったのだろう、と話を向けます。ジェレミーははっきりとは否定しませんが、それは恋愛感情ではなかったと言っているのだと思います。彼女の頭脳・知性に対する気持ちだと。自分を打ち負かしたひとりのひとへの感情だととらえているのでしょう。先日引用した、ホームズは彼女の美しい胸とすばらしい香りに圧倒された、というのは、必ずしも恋愛と考えなくてよいのだと思います。

そしてそのあとが好きです。ホームズは音楽を愛していたから、美しい声をもつイレーナはホームズにとって、もうひとつ別の意味で特別だったというのです。ジェレミーにとってやはり、ホームズは頭脳だけの存在ではなかったのですね。そして音楽を愛したジェレミーらしい答えだと思います。

この部分の音声を抜き出してみました。"[S]he had a lovely voice and he loves music"というところのジェレミーの声と調子が好きです。思い入れたっぷりではなく軽く歌うように言っています。ジェレミーの "Irene Adler" の発音も含めて、どうぞおききください。英語をカタカナで表記することが不可能であるのは承知の上で、私はこのブログではIreneをカナではイレーナと記したいと思います。下の記事にも発音について書きました。
グラナダ版でのIrene Adler(1): Ireneの名前の発音

それでは約18秒です。








From "A thrilling time" published by JBSF

RM
前回はいつもとずいぶん違うことを書きました。

ここ数日は、この世界について、自分について、ここで何かを書くことについて考えていました。私はここに自分の物語(私の性質や生活や人生をあらわすことがら)はほとんど書かずに、今は亡きイギリスの俳優、ジェレミー・ブレットの物語(ジェレミーの性質や生活や人生をあらわすことがら)を書いています。

私がここに書いている対象であるそのひとに対して、いまの私はどういう気持ちを持っているのでしょう。はじめのころの気持ちと、いまの気持ちはずいぶんちがいます。はじめのころの気持ちは以前少し書いたことがあります。このブログをはじめた日のちょうど1年前に、私にとって意味のある経験をしました。それが大きく関係しています。

いまの私にとってのジェレミーは ... 顰蹙を買うかもしれないのですが、こんな例えはどうでしょう。とても遠い、名前しか知らない親戚のおじさんで、すごい人だった、魅力的な人だったときいた時にはすでに亡くなっていて、そのおじさんのことを知りたくなって調べているうちに、会ったこともないのにその性質や生活や人生が少しだけ身近に感じられるようになったひと。でももちろん本当はそのおじさんのこと、何も知らないこともわかっている。でもどこか懐かしさを感じる、すでにこの世にいないひと。

この懐かしさは、別の懐かしさと少し似ています。私がこの世を去るときに感じるであろう懐かしさです。私がこの「自分」を離れるとき、私の中の変わらない部分は、懐かしい気持ちでこのからだとこころと、世界とに別れをつげるでしょう。そのとき、このからだとこころがどのように損なわれていても、この世界がどのように傷ついていても、その懐かしい気持ちにかわりはないでしょう。

ジェレミー・ブレット。素晴らしい俳優はたくさんいるけど、ただひとり、偶然によって、わたしに懐かしさを感じさせるひと。欠点も間違いもあっただろう、それも含めたひとりのひと。とても遠い、ホームズの映像化の歴史に永遠に残る偉大な俳優。でも私の中にあってふるさとを思わせる何かの一部。


今日は私の物語を書きました。二回続けていつもと違っていて、居心地悪く感じたかたもいらっしゃるかもしれませんね。特に毎週来てくださっているかたは。私がいつも読んでいるブログの様子が突然かわったらと想像してみるとわかる気がします。

それにもかかわらず書いたのは、私の中に前回も今回も、いまこれを書きたいという気持ちが生まれたからです。次からは多分もとにもどって、ジェレミー・ブレットの物語を書くでしょう。

でもここに自分の物語をほとんど書かないとはいえ、ジェレミーについて何を、どう書くかということの中に、私の物語が遠い背景のように少しだけあらわれるはずです。そのかすかな背景でさえ、このネットという場所にあらわすことがためらわれるようになったとき、私はここをやめるでしょう。それでもジェレミーに対して感じるこの懐かしさはずっと、多分死ぬときまで、私のなかに残るだろうと思います。

RM
明日7月10日(日)は参議院選挙の投票日ですね。選挙に行きましょう。日本の分岐点になるかもしれません。歴史的な選挙として振り返ることになるかもしれません。私は与党に3分の2の議席をとらせてはいけない、安倍政治をこれ以上許してはいけないと思っています。

選挙に行きましょう。

いつも、記事に拍手をありがとうございます。この記事には拍手は下さらなくて結構です。

RM

追記
ブログを見返していたら、2014年12月14日にやはり選挙のことを書いていました。あのときと根本の気持ちはかわらず、でもあのときに持とうとしていた希望を、いまはみつけることが困難なのをかなしく思います。
選挙に行きます
りえさんがブログの記事「第4章『シャーロック・ホームズの冒険』2 」の中で、ジェレミーが「ボヘミアの醜聞」について語っている言葉を紹介してくださっています。Irene Adlerの屋敷でのホームズのことです。そこで、このシーンにジェレミーが触れているほかのインタビューについてりえさんとお話したくて、コメント欄に書き込みました。その時「最近自分のブログでこのインタビューから引用していて、でもはまだここは紹介していないのですけど」と書いたら、このブログでも取り上げてくださいとさきさんが言ってくださいました。リクエストをいただけるのはすごくうれしいです!

そこではじめにりえさんのブログのコメント欄でもご紹介した1985年の雑誌インタビューから引用し、次にこのシーンで感じたことが元となって生まれたホームズのセリフについて、ジェレミーが話している1989年の新聞インタビューもご紹介しましょう。

まずはじめは、こちらからです。
Interview with Jeremy Brett
by Rosemary Herbert
The Armchair Detective, Vol.18, No. 4, Fall 1985

先日も書きましたが、以下のサイトにここからかなり長く引用されていて、今日の部分はここでも読むことができます。
http://www.the-line-up.com/jeremy-brett-sherlock-holmes/

ホームズが怪我のふりをしたとき、Irene(イレーナ)はホームズのとても近くまで来ます。演じた女優のGayle Hunnicutt(ゲイル・ハニカット)はPenhaligon(ペンハリガン)の“Bluebell”(ブルーベル)の香りを身にまとっていて、ホームズの理性にこれが影響します --- ホームズは感覚が鋭いのです --- ホームズの判断は乱れて写真を手に入れ損ねてしまいます。

When he pretends to be hurt, Irene comes very close. The actress, Gayle Hunnicutt, wears a scent called “Bluebell” by Penhaligon. Holmes is affected by this – his senses are acute – and he becomes disoriented and fails to get [the compromising picture of Irene Adler and the Grand Duke].


こんなふうにジェレミーは、香水の名前をあげて撮影の時のことを話しています。ホームズは鋭い感覚を持っていたからこそ、香りで気持ちが乱れたというところ、興味深くよみました。"his senses are acute"と、"sense"の複数を使っていますね。

すぐれた俳優はこのように、実際に演じながら、その時の偶然のような状況をきっかけとして、その人物の感覚と感情を追体験して、役の中に入っていくものなのですね。ゲイル・ハニカットが美しい香りの香水をつけていたのは、もちろん台本にあったわけではありませんから。

ちなみにペンハリガンは、最初の奥様であるAnna Massey(アナ・マッシー)が再婚するお祝いに、ジェレミーが贈ったバスオイルのブランドでもあります(彼女の自伝"Telling Some Tales"より)。そしてりえさんとお会いしたときに、イギリスのお土産としてペンハリガンのバスオイルをいただいたので、このインタビューでジェレミーの口からペンハリガンの名前が出たことをりえさんにお話したくなったのです。
Anna Masseyの自伝と、Penhaligonのバスオイル


さて、この香水の香りのことを、1989年のインタビューでも話しています。この撮影の時に感じたことが元になって、舞台 "The Secret of Sherlock Holmes"の中でのホームズの言葉が生まれた、というのです。以下で引用するのは楽屋でのインタビューで、カナダの新聞に載りました。ご存知の方も多いでしょうが、Jeremy Paul(ジェレミー・ポール)がこの劇の戯曲を書くにあたって、友人であるジェレミーが、自分が「知っている」ホームズのことをテープに吹き込んで彼に渡しています。このインタビューに出てくるホームズの様子や言葉も、ジェレミーが伝えて劇作家がそれを台本の中にいれたのでしょう。

IN PERSON
Actor seeks new clues to the elusive, tormented Holmes
by James Strecker
The Globe and Mail, August 7, 1989

ホームズは「孤独で、自分のことを語らない男です」とブレットは言う。「本に書かれていないことを少しずつ想像力で作り上げていく必要があるのです。大理石の像に割れ目を入れていかなければなりません。」

でもどうやって、そうするのですか?

「たとえばこの芝居の中のホームズの『今でも時おり彼女の香水の香りを感じる』というセリフは、『ボヘミアの醜聞』を撮影している時に、オペラ歌手のイレーナ・アドラーを演じた女優が素晴らしい香りの香水をつけていたことが元で生まれました。ドイルは実際にはそうは書かなかったのですが、ホームズは彼女の美しい胸と、女性という存在が持つ力に圧倒されたということに、私はその時気がついたのです。それを劇の中にいれました。」


Holmes is "an enormously isolated, private man," Brett says. "You have to invent with your imagination the bits that are not there, find the cracks in the marble facade."

How?

"Well, that line, 'I can sometimes catch the fragrance of her scent' was born when we were filming A Scandal in Bohemia and the actress playing the opera star Irene Adler was wearing a wonderful perfume. Although it's a moment that Doyle didn't actually write down, Holmes, I found, is overwhelmed by her beautiful bosom and the power of her femininity, a moment we discovered and put into the play."


"I can sometimes catch the fragrance of her scent(今でも時おり彼女の香水の香りを感じる)"とホームズが言う部分は彼の独白の中で、ワトスンにはホームズの言葉はきこえていません。舞台でのジェレミーの声をおききになりたい方は、Jeremy Brett Information のページにある録音の、第二幕、21分20秒付近からです。

http://jeremybrett.info/media.html

上記アドレスに音声ファイルがあります。以前も書きましたが、このページにある音声ファイルについては、「英米の法律で認められる公正な利用(フェアユース)によって、著作権を持たない著作物をこのウェブサイトで使用するが、読者はこれを営利目的では使用しないように」と書かれていますので、どうぞ守ってください。

元の戯曲では "I can still catch the fragrance of her scent" 、インタビュー中では"I can sometimes catch the fragrance of her scent"となっていますが、この録音では "Sometimes I can catch the fragrance of her scent" と言っています。

撮影時に女優のゲイル・ハニカットがつけていた香水の香りがすばらしかったことをきっかけにホームズの感覚と感情を知って、このセリフが生まれたのですね。ジェレミー自身の感覚が鋭くて、自分の感情にもひとの感情にも気づく細やかさも持っていたから、原典に具体的には書かれていないホームズの様子を感じて表現することができたのだろうと思いました。

以前ご紹介した、ジェレミーがホームズの子供時代を「回想」した言葉の中にも、ホームズの、そしてジェレミーの感覚の鋭さを感じました。
ジェレミーが語るホームズの少年時代;1991年のインタビューより

その時私はこのように書きました。

この部分で私が印象的だと思うのは、とても感覚的だということです。母の香水の香り、ドレスの裾のサラサラという音、ごわごわした乳母のエプロンと、ごしごしと洗われる時の感触、そしてもしかしたら、兄が一人で食べているお菓子のにおい。

ジェレミーにとってホームズは、敏感な感覚と知覚を持つ孤独な少年だったのでしょう。そしてジェレミー自身が、感覚の鋭い子供だったのではないかと思います。


今回の引用部分でも同じように、ジェレミーのホームズの中に、ジェレミー自身が生きていることを感じました。それで、この部分をいつか書きたいと思っていました。


なお、上でIreneのカタカナ表記を「イレーナ」としたことについては、以下の記事をご覧ください。
グラナダ版でのIrene Adler(1): Ireneの名前の発音

そうそうこの「Ireneの名前の発音」の記事の後に、「グラナダ版でのIrene Adler」の続きということで今回の話も含めて何回か書くつもりにしていたのでした。ちょうどナツミさんのブログの記事やコメント欄で、Irene Adlerに関する興味深いお話をたくさん読んだときでした。そのとき書きたかった一つについて、ちょっと遅れてこうして記すことができました。

RM
前回の引用部分もそうでしたが、ジェレミーと会って話をしたインタビューアが、ジェレミーの印象を述べたり、インタビューの内容以外にジェレミーがどんなことを言ったかを書いている文章を読むのが好きです。

今日引用する部分は、ジェレミーが亡くなった時に雑誌The Sherlock Holmes Gazetteの追悼号に書かれたものだということを知ると、悲しい気持ちになるかたもいらっしゃるでしょう。でも私は時々この描写を思い出して、ジェレミーってそういう人なんですよねと思いますし、気持ちがくじけているときには、どんなときでも、ひとがひとに誠実に真摯に向き合うことができるという事実に、こころがなぐさめられたりします。そして自分のいまをかえりみることもあります。

この文章を書いたのはこの雑誌The Sherlock Holmes Gazetteをつくったひとで、この記事のときはかわっていましたが以前の編集発行人です。ジェレミーに三回インタビューをしたそうです。

Some of this, and some of that!
by Elizabeth Wiggins
The Sherlock Holmes Gazette, Issue 13, 1995

1991年春の発刊以来、ジェレミーは私たちの雑誌を応援してくれた。創刊号を受け取ると私に「素晴らしい。ブラボー!」と書かれたカードを送ってくれた。

それから数ヶ月あと、「犯人は二人」の撮影のおりにチェシャーのロケ現場でジェレミーと会った時、ジェレミーが最初に口にしたのは自分のことでもグラナダシリーズのことでもなく、私たちの雑誌へのあたたかい賞賛だった。

その時のこと(そしてジェレミーと会った時すべて)を思い出すと、まず一番に浮かんでくるのは、彼が誠実な紳士だったことである。いつも思いやりがあり、やさしかった。誰かと話しているときには、ジェレミーはかならずそのひとにまっすぐ向き合って細心の注意をはらった。

私はそれぞれ違うロケ地で、3回の長いインタビューをおこなった。ジェレミーはロケ先でとても忙しくて、撮影それ自体も、全体に対しての責任という点でも大変だったのだが、いつも私たちのために話す時間と場所を用意していて、私たちがインタビューしている間、誰にも邪魔をさせなかったし、自分の注意をほかにそらせるようなことは誰にもさせなかった。

Jeremy had been a keen supporter of The Gazette sine its launch in the Spring of 1991. Upon receiving one of the first copies, he sent me a card saying: "Excellent. Bravo!"

When I met him a few months later on location in Cheshire during the filming of The Master Blackmailer, his first words to me were not about himself, or the series but were more kind words and praise for The Gazette.

My overwhelming recollection of that day (and of all other occasions that I met Jeremy) was that he was a gentleman. My experience of him was that he was always courteous and charming and when he was talking to you, he gave you his full attention.

I conducted three lengthy interviews with him on different filming locations. Each time, although the day was extremely busy for him, with its own stresses and personal responsibilities, he set aside time and a place for us to talk and he would not allow anyone else to interrupt or direct his attention away from our interview.


"[W]hen he was talking to you, he gave you his full attention."のところ、「誰かと話しているときには、ジェレミーはかならずそのひとにまっすぐ向き合って細心の注意をはらった」と訳しました。「まっすぐ向き合う」という表現にそのまま合うところは元の英語にはないのですが、「細心の注意をはらった」だけだと私の中ではなにか十分ではなくて、この言葉が思い浮かぶのです。もちろん物理的に「向き合う」だけではなく、気持ちがきちんと向いているということです。

ここに書かれているジェレミーの様子を、自分にひきつけて、自分のいまと関連づけて考えることがときどきあります。

私はジェレミーとはそうとう性質が違って、社交的なんて間違ってもひとから思われない、おしゃべりは上手ではない、静かに一人でいる時間が必要というたちです。ですからジェレミーがインタビューのときにどんなだったかということには、憧れや尊敬の気持ちを持ちこそすれ、自分はどうだろうという思いを誘うものではないとも言えそうですが、でも違うのです。

いま目の前にいるひとに対して、いままっすぐでありたい、開いたこころでありたい、と折々に思います。それは自分の何もかもを話すということでは決してないし、誰とでも仲良くなってすぐに友達になるということでもありません。そして「目の前にいるひと」というのは何も特別なひとではなく、今日たまたま出会った店員さんかもしれないし、仕事の関係で会うひとかもしれません。

いまこのとき、自分のなかの何か本質的なものを自分で遮ることなく、それがしずかに留まるなら留まるにまかせ、自然に流れるのであれば流れるにまかせること、目の前にいるひとが表現している何かに対して、素直な気持ちで向き合うこと。私がこうありたいと思うのはそういうことです。ひとつの笑顔、ひとつの挨拶、そのなかにもまっすぐな何かがあらわれるはずです。そう思うとき、この記事のこのジェレミーの様子を思い出すことがあります。

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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