Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前回引用した1990年の新聞記事から、女性にとってのホームズ像を自分が少しかえてしまったかもしれない、と話している部分を引用するつもりだったのですが、予定を変更して、(多分)次回にまわします。

前回の引用部分でホームズの気に食わない点をあげていましたが、表面上そう見えてもホームズがそれだけではないことをジェレミーはもちろん知っていて、いろいろな機会にいろいろな言葉でそれを語っているのは皆様もご存知でしょう。このブログでもいくつもご紹介しました。でも、今日もまた違う言葉でそれを書きたくなりました。次回予定している、女性からみたジェレミー・ホームズ、ということにもつながるはずです。

引用するのは2004年の新聞記事からですが、この記事の筆者は1989年8月、The Secret of Sherlock Holmesの楽屋でジェレミーにインタビューをしたそうです。(ただ、この記事に書かれたジェレミーの発言がすべてその1989年8月のインタビューからなのかは、厳密に言えば不明です。)

Master of Mystery
Brett remains the screen's definitive Sherlock
by Terry Pace
Times Daily, Sep 15, 2004
https://news.google.com/newspapers?id=vXs0AAAAIBAJ&pg=2282%2C2345201
https://news.google.com/newspapers?id=vXs0AAAAIBAJ&pg=4181,2325690

ジェレミーは、ホームズと自分がどんなに違うかを強調します。

「ホームズと私はこれ以上ないほどかけ離れた性格です」とブレットは主張した。「ホームズはリアリスト、私は救いようのないロマンチスト。ホームズは内向的、私は外向的でどうしようもない。私は賑やかなお祭り男、彼はまじめで人付き合いの苦手な男です。私はホームズと話すために通りを渡ることさえしないでしょう。」

"Holmes and I could not have more vastly different personalities," Brett insisted. "He's a realist, while I'm an incurable romantic. He's an introvert, and I'm a hopeless extrovert. I'm rather a jolly chap, and he's very serious and unsociable fellow. I'm afraid I wouldn't walk across the street to meet him."


自分はan incurable romanticだという、ここでは名詞として使っているromanticという語を、ロマンチストと訳しましたが、これはどんなニュアンスでしょう。前々回 romantic heroという言葉の意味を考えたのと同じで、恋愛感情だけに結びつけるのは間違っていると思います。感情が豊か、情熱的、こころの動きを大切にする、さらにここではrealist(現実主義者)との対比で、想像力が豊か、夢想家という面もあるでしょう。

こんなふうに自分とホームズはまったく違うと言った上で、それでも「大理石の割れ目」から見ると、ジェレミーにはホームズのある面が感じられると話しています。

ブレットは自分とホームズの違いを感じた上で、「大理石の割れ目」をいつもさがして、冷徹な計算機のようなホームズを生身の人間として演じる方法を見つけ出そうとした。コナン・ドイルが描いた姿と大きく食い違ったり、離れたりしない形で。

「ホームズのイメージに対して私が何ができているかをよくきかれますが、答えるのは難しいのです」とブレットは言った。「コナン・ドイルが書いたものに忠実であるようにとどんな時にも努めています。でもそれだけでなく、ホームズの感情もなんとか引き出そうとしています。表面上はみえにくいけれどもこころの中にはあると思っているからです。ホームズはあの冷たくてよそよそしい顔で、人間らしい情なんてものは寄せ付けないように見えます。でもこころの奥では ---こころのずっとずっと奥では --- ホームズはとても細やかな感受性と感情を持っていると思うのです。」

With that in mind, Brett constantly searched for "cracks in the marble" as he sought ways to humanize Holmes – the cold, calculating reasoning machine – without contradicting or drifting too far from Conan Doyle's original conception of the character.

"I'm often asked what I have given to the image of Holmes, and that's difficult to answer," Brett remarked. "I've tried to remain faithful to Conan Doyle's text at every opportunity, but I have also tried to wring out the human emotion that I believe lies under the surface. Holmes appears to be this rather cold and distant figure who holds the rest of humanity at arm's length. But deep down, I believe – much deeper down – he is a man of tremendous sensitivity and feeling."


ジェレミーにとって自分と正反対の、無愛想でひとと交わらない性格の男を演じる困難、ということのほかに、もう一つの挑戦があったのですね。原作に直接は書かれていないホームズも表現すること、でも原作に忠実に映像化しようという意思に反するようなホームズにはしないこと。そしてそのジェレミーが描きたいホームズとは、"a man of tremendous sensitivity and feeling"(細やかな感受性と感情を持つ男)だと言うのです。ここのホームズの描写が好きです。

ホームズがみせる冷徹さは、決して無感覚・無頓着ゆえのものではありませんね。まわりのひとの感情にも状況にも敏感です。そしてたとえ表には出さなくても、こころの中でホームズ自身の感情も動いている。この感受性と感情があるからこそ、犯行時の様子をまざまざと思い描いたり、次の展開を予想できたりもするのでしょう。そして推理に直接関わる、探偵として最も重要な面における敏感さだけでなく、ジェレミーが表現する人間ホームズとしての感受性と感情にも、私たちは魅了されます。

RM
この7月の記事でご紹介したインタビュー映像では、ホームズは女性の手が届くところにはいない (beyond their reach) とジェレミーは言っていて、こういう意味のことを言っているのは何度か読んだことがあります。ところが、女性の手がほんの少しだけ届きそうなところに、自分はホームズを連れてきてしまったかもしれない、と言っているインタビューがありました。1990年のアメリカの新聞に載ったもので、The Secret of Sherlock Holmesの公演時にイギリスでジェレミーにインタビューしています。(追記:Bradfordの劇場で、とあるので、インタビューの時期は1889年10月です。Jeremy Brett Informationのデータ参照。)

ちょうど前回、自分はもともとそういう役者なので、ホームズをロマンチック・ヒーローのように演じてしまった面がある、という発言を紹介しました。これはそのことを別の言葉でいいかえたもののように思います。自分がホームズを演じたために、女性が憧れるホームズという一面をつくりだしてしまったかもしれない、手がとどくかもしれない、と女性が思うような対象にしてしまったかもしれない...。

ただ、そこだけを取り上げると、少し誤解されるかもしれません。ジェレミー、自分が女性にもてるって言いたいのかしら、と。いえ、ジェレミーがどんな性質(たち)か皆様はご存知でしょうから大丈夫でしょうけど。

でも今回はそれに先立つ部分から引用して、多分次回、女性にとってのホームズということにふれます。ジェレミーが最初、ホームズをどう感じたかというところからです。そしてワトスンのことに話が続きます。

A Sherlock Holmes To Investigate At Home
by Kate Tyndall
The Philadelphia Inquirer, March 29, 1990
http://articles.philly.com/1990-03-29/entertainment/25901981

ホームズを演じるのは以前より楽になってきたが、最初はそうではなかった。ブレットはこの探偵は、自分が思う好ましい人物像とは正反対だと感じた。

「ホームズは私の好みには合わないんです」と自分の率直な気持ちを口にして、ゆずらなかった。「ホームズは最悪の男だと思っていました。愛想というものがない、失礼な男だと思ったんです。なんでも知っているという顔をする人は好きではないんですが、彼はまさにいつもすべての正解を知る男で、それに苛立ちました。そしてホームズのあの、ひとに対する態度です。彼の作法は最悪でした。彼とはうまくやっていけませんでした。」

7年たっても、ブレットはこの役はとても難しい、あの男はつきあいにくいと感じている。それでもホームズに没頭している。「いつもどこか、私の気持ちに火をつけるものがあるのです。もしホームズがどういう人物かすべてわかってしまったら、退屈するでしょう。でもホームズに関しては、岩山の斜面にとりついて頂上目指して一歩一歩進んでいくようなものです。でも決して頂上にはたどりつけない。頂上にはたどりつけない。」

ブレットはワトスンには共感し、好意を持っている。「ワトスンはなんて思いやりのある男だろうといつも思っていました。 それから舞台でワトスンを演じて、彼を演じるほうがずっと私に向いていると思いました。ワトスンは愛情にあふれていて、だれかと一緒にいるのが好きで、まわりのひとを元気づけてくれて、友人を大切にする素晴らしい男です。ワトスンがいなかったら、ホームズは死んでしまうと思います。」

His Holmes comes easier now, but that wasn't so in the beginning, when Brett found the detective antithetical to his own idea of what makes a man.

"He's not my cup of tea," he said with perverse candor. "I thought Holmes was terrible - so abrupt and rude. I don't like know-it-alls and he was the one who always got it right, and that irritated me. And you know, it was also his manners; he had the worst manners. I didn't actually get on with him too well."

Even after seven years, Brett finds the role troubling, the man no more likable. Yet Holmes continues to engross him: "There's always something that sparks me. If I could pin him down, I'd get bored. But with Holmes you're climbing the rock face toward the top, but you never get there. You never get there."

Brett reserves his sympathy and affection for Watson. "I always used to think how sweet Watson was, and then I played him on stage and discovered he was a much better part for me," Brett said. "He's so full of love, and outgoing and reassuring, a loyal friend, so marvelous. If it wasn't for Watson, I think Holmes would be dead."


ホームズのこと、そんなに悪く言わないでと思う方もいらっしゃるでしょう。ジェレミーは最初はホームズが好きじゃなかった、ということをよく言っていますね。でも最初に限らず、時によってホームズのことがかなり嫌になっていたようです。"becomer"としてホームズと長くつきあうのは大変だったでしょう。このインタビューの時は「ホームズは最悪の男だと思っていました」と過去形で言っていますから、ほっとしました。

そしてひととしてのホームズとはつきあいにくくても、演じる対象としては抗いがたい魅力があったのですね。その魅力は、たどりつけないとどこかで知りながら、それでも岩山の斜面を登っていくようなものだ、というのです。ジェレミーにとってホームズを演じるというのがどういうことか、感覚的にわかったような気がしました。いつも思いますが、ジェレミーの比喩は、このように感覚に訴えるものが多いのが魅力的です。

このあとワトスンのことを話しています。ニコニコしながら楽しそうに話したでしょうね。ワトスンがいなかったら、ホームズは死んでしまうだろう、と言っているのも何度かききました。たとえばこちらで引用したインタビューです。
ホームズとワトスンの友情:1985年のThe Armchair Detective のインタビューより(2)

ホームズは死んでしまうと思うんですよ、(ジェレミーは目をきらきらさせて)つまり二人が実在の人だとしてですが、もしもワトスンがいなかったら死んでしまうと思うのです。もしワトスンが突然ホームズの元を去って、たとえばマダガスカルに住むことになったら、ホームズは6週間もたたずに死んでしまうでしょう。そんなふうに私たちは演じることにしたのです。

I think that Holmes would be dead—(with a twinkle in his eye) I mean, just pretending that they were real people—if Watson weren't there. If Watson suddenly decided to go and live, let's say, in Madagascar, Holmes would be dead inside of six weeks. And that's what we chose to play.


Interview with Jeremy Brett
by Rosemary Herbert
The Armchair Detective, vol.18, no.4, 1985

ジェレミーはワトスンが好きなので、ワトスンのことを話すときは楽しそう、幸せそうです。それにくらべて、ホームズを演じるのは岩山を登るようだったのですね。苦しくて、でも演じ甲斐のある役でもあったのですね。

RM
前回引用した1988年の新聞インタビューから、もう少し引用しましょう。

The Debonair New Resident of 221B Baker Street
by Hilary DeVries
The Christian Science Monitor, October 25, 1988
http://www.csmonitor.com/1988/1025/rbrett.html

この同じ記事を当時の紙面のままでご覧になりたいかたは、こちらをどうぞ。(私、当時の紙面を見るのも大好きです。)この記事はLos Angeles Timesなど、アメリカの各地の新聞に載りましたが、以下はアメリカ・メイン州の新聞の紙面です。
Brett The Definitive Sherlock Holmes
by Hilary DeVries
The Lewiston Daily Sun, December 9, 1988
https://news.google.com/newspapers?id=v38pAAAAIBAJ&pg=3295,1657040

「(カメラ・テストでは)かなりせかせかと歩いたと思います。プロデューサーが見兼ねて言いました。『ホームズの中に君自身、ジェレミー自身は全く入らないのかい?』」

カメラ・テスト後の最初のエピソードは「美しき自転車乗り」だった。「ついに撮影がはじまり、いろいろなことをみつけました。大理石の彫像のようなホームズの内面がみえてくる割れ目をみつけた、ということです。女性を気遣うこと、失敗もすること、人間的な感情をうかがわせるちょっとしたことなど。でもホームズは孤独癖があり、個人的なことを表に出さない性格です。感情をしめだしている。だから彼を演じるのは難しいのです。」

しかしブレットはホームズを、少しだけ昔風とも言えようが、この上なく格調高く劇的に演じている。「もちろん私の演技は大げさですよ」笑いながらブレットは言う。「彼をロマンチック・ヒーローの類いのように演じてきたんです。ホームズを演じるには私は向いていないので。俳優は頭の中では素晴らしい考えをいっぱい持って演じても、実際におもてにあらわれるのは、このひどい『自分』なんですよ。」

"And I think I walked rather fast. My brilliant producer finally said, 'Is there going to be anything of Jeremy in this at all?'"

That first episode was "The Solitary Cyclist," about which Brett says, "The momentum had begun and I had begun to find things—the cracks in the marble—such as his delicacy with women, his failures, the little human elements. ... But he's a very isolated, private man, he's removed emotion from his life, and that's what makes him so hard to play."

But play him Brett does, in a supremely, if slightly out-of-fashion, high style. "Of course, the performance is over-the-top," says Brett with a laugh. "But I'll tell you what it is, I've played him as a kind of romantic hero ... because I don't feel adequate for the part. You know, you have all these marvelous ideas in your head and all that comes out is this awful 'you.'"


最初の段落、"My brilliant producer"と言っているのが、いかにもジェレミーですね。「私の素晴らしいプロデューサー」とするのはあまりに直訳でためらわれて、訳には入れられなかったのですが。もっとも私は迷いつつも、いつもかなり直訳調に訳しています。ジェレミーの言葉を削ってしまうのもまたためらわれるので。

2番目の段落の"the cracks in the marble"(大理石の割れ目)という言い方はおなじみで、そして何度きいても印象深いです。そうやってみえてくるものとして最初にあげたのが"his delicacy with women"というのも興味深いですね。迷ったあげく「女性を気遣うこと」としましたが、女性にやさしい恋愛感情を持つということでもないし、女性を男性より弱いものとして気遣うというのでもありませんね、多分。「女性」とひとくくりにくくって終わりなのではなく、その女性を一人のひととしてきちんとみて、考える、ということだと私は思います。たとえば「美しき自転車乗り」で、ホームズはバイオレット嬢のことをしっかりした女性として評価していますし、その上で自分と連絡を絶やさないようにと指示しています。

一番興味をひいたのは引用の最後、"I've played him as a kind of romantic hero"(彼をロマンチック・ヒーローの類いのように演じてきた)ということろです。

ロマンチック・ヒーローという言葉で思い出すのは、1991年のNPRのインタビューです。音声はこちらできけます。
http://jeremybrett.info/media.html

私はホームズを演じるには合わないんです。ロマンチック・ヒーローを演じるタイプの俳優ですから。だから私自身のすごく多くの部分を隠さなければならないことが、よくわかっていました。

"I'm so miscast. I'm a romantic-heroic actor. So I was terribly aware that I had to hide an awful lot of me."


自分はこの役に合わないタイプの俳優だということ、ホームズと自分は正反対だということ、これはこの1991年のインタビュー以外でもよく言っています。だから自分自身を隠さなければならないということも。でも実際には自分自身が出てしまっている(ロマンチック・ヒーローの類いのように演じてきた)と言っているインタビューは、珍しいと思います。それが今回特に1988年のインタビューをご紹介したかった理由です。

この「ロマンチック・ヒーロー」のようにというのは、女性との恋愛劇の主人公という意味では、もちろんないでしょう。ジェレミーのホームズはそんな人物ではないですから。「ロマンチック・ヒーロー」とは、感情が豊か、悩み苦しむ時もある、怒りも喜びも情熱も憐れみも感じる人物ということでしょう。

そして、ジェレミーのホームズの中に、ジェレミー自身がとても美しいかたちで潜んでいることを、私たちはよく知っていますよね!頭でいろいろ考えても実際に演技にあらわれるのは"this awful 'you.'"(このひどい「自分」)なんてジェレミーは言って、多分いつものようにインタビューアをクスッと笑わせたでしょうが、私たちがみるホームズにあらわれているのはもちろん、ジェレミーの魅力、です。


今日は9月11日、明日の9月12日がジェレミーがこの世を去った日です。ずっと記憶に残るホームズ、今も新しい視聴者を獲得し魅了し続けるホームズ、そのホームズの中に、確かにジェレミーというひとの魅力が生き続けていることを感じます。

ジェレミーが演じたホームズは唯一無二であり、もちろん他のどの俳優が演じたホームズもそれぞれ違って、それぞれ唯一無二なのですが、私たちを含む世界の多くのひとがジェレミーのホームズを、映像化作品の中で傑出したものと感じています。あのシリーズはジェレミーの俳優としての実力と、ひととしての魅力が、多くのひとの力と合わさってできた結晶ですね。

一日はやいですが、ジェレミーにこころからの感謝と敬愛の気持ちを送ります。ジェレミーのなかのなにか、死によっても失われないなにかが、いまも美しく輝いていることを信じています。

RM
先日、ホームズを演じることについて、そして自分が考えるホームズについて話しているインタビューをご紹介しました。
姿はホームズだけどジェレミーの声と表情:インタビュー映像より

その中で、カメラ・テストの時のメイキャップについて話していましたね。意訳・抄訳ということをお断りした上で、このように書きました。

「自分が完全にミスキャストだということを恥ずかしく思って、メイキャップで飢えた鷲のようにしようとして、実際はガーゴイル(奇怪な姿の怪獣の彫像)みたいになって、ひどいものでした。監督たちはそれじゃダメだと言いました。」

上の訳には含まれていない部分で、ジェレミーはメイキャップを具体的に説明しています。でもわからないところがありました。最後に喉に手を当てるところです。なんと言っているのだろう、首のあたりをどうしたと言っているのだろう、と思っていました。こういうときは英語の聞き取りができるかたがうらやましいです。

ここを知りたくて、調べてみました。そうしたらわかったことと、わからないけれども推測できたことがありますので、今日はそれを書いてみます。

YouTubeの映像で、該当する部分は2分32秒からです。
https://youtu.be/a593x3ia4Gc?t=2m32s
手を額にあて、それから人差し指を眉間から鼻筋にかけて添わせて、そしてあごを少しあげ両手を喉にあてます。このとき、両手の指はあごの先より少し下です。額と鼻のところではwhitenやwhiteと聞こえますから、白く塗ったのですね。わからないのは喉です。そうしたら、以下の新聞記事をみつけました。

The debonair new resident of 221B Baker Street
by Hilary DeVries
The Christian Science Monitor, October 25, 1988
http://www.csmonitor.com/1988/1025/rbrett.html

「カメラ・テストはひどいものでした。不安で、緊張していたのです。ホームズの知性を外見でそれらしく見せようとして、額を白く塗って、暗い青紫色をここにつけました」と言って、両手を喉のところにあてた。「そしてせかせかと歩きました。」

"Then I did a camera test and I was terrible. I was so nervous. To try and give the illusion of intelligence, I painted my forehead white and I had a black, gentian violet under here,'' he says, putting hands to his throat. "And I think I walked rather fast. [...]"


なるほど、インタビュー映像で私がわからなかったところ、上のインタビューを読んだあとできき直したら、"dark violet under here" ときこえました。

上の新聞記事でのインタビューでは額と喉のことだけを言っていますが、別のインタビューでは鼻筋のことも"I had a white line down my nose"(鼻筋を白く塗りました)と言っています ("He's Decided to Stick with Sherlock Holmes to the End",
Anglofile, Issue 20, 1991)。

どちらのインタビューも以前読んでいたのですが、喉の部分については記憶に残っていませんでした。

これでジェレミーのインタビュー映像で私が聞き取れなかったところの謎は解決したのですが、もう一つの謎は、それではなぜ額から鼻筋にかけて白く、あごの下を暗くしたか、ということです。

ジェレミーはDavid Stuart Daviesにこんなふうに言っています。

ホームズを思うとき、僕は白黒で思い浮かべたんだ。あの挿絵のようにね。だからあのカメラ・テストのメイキャップで、顔に白をのっけたんだよ。

'You see I perceived Holmes as being black and white, rather like the drawings, so I proceeded to cake my face with white make-up. [...]'


Bending the Willow: Jeremy Brett as Sherlock Holmes
by David Stuart Davies
New edition, Calabash Press, 2010

ここでは白のことしか言っていませんが、暗い色をつけたのはおそらくあごの影を濃くするためで、ジェレミーの中でホームズの顔は白黒で、しかも陰影が濃いというイメージがあったからだろうと、これを読んで想像しました。

RM

 RM

Author: RM
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和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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