Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

もうすぐこの一年も終わります。

「私」と「あなた」ということも、折々に考えた1年でした。

私は本当のあなたのことを知ることはできない。「あなた」が私の家族であっても友人であっても、世界の向こう側の人であっても。(ここに来てくださっているあなたのことも。そしてジェレミー・ブレットという名のあなたのことも。)でも私が本当の私を「こう」感じるように、あなたは本当のあなたを「こう」感じているのですね。そこにおいて私たちは同じものです。

自分の中の子供ということを、折々に考えた1年でもありました。理屈とか価値とか評価とか、そういうことへの目が開く前の自分。

子供が自由できままでわがままで、好きなことを、好きだというだけの理由で楽しめる時間をすごせますように。不安と恐怖の中にいる子供が、少しでも減りますように。

この1年、いろいろなことがあったけれども、ふりかえって感謝の気持ちをたくさんもちます。


ジェレミーが子供のことを話しているインタビューはたくさん思い浮かびます。今までにもいくつか引用しました。
子供の感受性(「Mystery!: A Celebration」から)
女性の直感と子供の感受性(2);1992年のThe Armchair Detective のインタビューから
子供とホームズ:1991年の新聞記事より

今日はこちらからです。
Jeremy Brett Interview, November 6, 1991
Interviewer: Kevin P. Murphy
http://web.archive.org/web/20131231002736/http://www.murderandwriting.com/entertainment/restored-jeremy-brett-inter.html

これはインタビューア自身のウェブサイトにアップロードされていたのですが、サイトがなくなってしまっていますので、Wayback Machineによって2013年にアーカイブされたページのアドレスを上にあげました。

Kがインタビューア、Jがジェレミーです。1991年ですからアメリカツアーの時です。

J: ホームズが子供にとってヒーローだとは思ってもいませんでした。この9年で知ったのです、特に舞台で演じた時に。「シャーロック・ホームズの秘密」という劇を、彼が100歳になったのを祝って上演しました。

K: いつかアメリカでも上演したいと思っていらっしゃるんですよね。

J: もうその時間はないんじゃないかと今は思っています、正典を全部映像化しようとしているので。1995年までかかるでしょう。そしてバトンをダニエル・デイ・ルイスに渡そうと思っています。その頃には私はホームズにはもう歳をとっていますから、彼にやってほしいですね。

公演のあいだ劇場の責任者に「ずいぶん空席がありますね」と言ったことが何度もあるのですが、そのたびに「ブレットさん、もう一度みてください。あかりがつきましたから、さあもう一度」って言うんです。そして(客席の椅子の背中一つ一つの向こう側を覗いている身振りをして)、子供がいっぱい!かわいい顔、顔!信じられない!子供はホームズが好きで、僕はその理由を知っています。これは去年おきたことで、その理由がごく最近わかりました。セント・ルイスに住む8歳のMichael McClure II(マイケル・マクルア二世)に4週間前に教えてもらったのです。ホームズがドラゴンを退治している絵を僕にくれて、僕が「マイケル...」と言うと、「ホームズはドラゴンをやっつけるんだ。僕はもう、夜いやな夢をみたりしないんだよ!」

K: すごい!

J: すごい!よかった!そして、ドイルが子供の鋭敏な感覚と感受性のすべてをホームズに与えたのが子供達にはわかるのです。ホームズの推理と直感はそこから来るのですからね!子供はその感覚と感受性を8歳でなくしてしまいます。窓の外を見てはいけません、教科書をみなさいと言われた時に。でもドイルはホームズにそのすべてを与えました。だから子供はホームズが大好きなんです。ホームズは法の正義を守り支える者でもあります。だからママとパパがけんかしていると「ホームズを呼ぶよ」って言えるのです。そして子供は少し支えをもらいます。だからホームズは子供のヒーローなんです。3歳のSolomon(ソロモン)とダラスで会ったのですが、私のホームズを全部観ていて、せりふを全部知っているんです!信じられない!ソロモン!

J: And, um, well, what I didn't realize was "You-know-who: S.H." is a great hero to the children. That, I've learned over the last nine years, largely from the play I did. I commissioned a play called, "The Secret of (you-know-who)," for his 100th birthday. 

K: This is the one you're hoping to bring to the States yet.

J: I don't think I've got time now, because I'm going to complete the canon. That will take until 1995. Then, I think I'll just pass the torch on to Daniel Day Lewis, I think. Let him get on with it, because I'll be over the hill by then. Umm, it's the fact that I used to say to the house manager that there are so many empty seats. He'd say, "Mr. Brett, just look again. The lights are on, now. Look again." And, of course [motioning to show eyes just barely peeking over the back of the seats]--children! Little faces! Absolutely unbelievable! They adored him, and I think I know why. I think it's to do--this has all happened over the last year--this particular idea has only recently come to me--through a little boy, called Michael McClure II, age 8, of St. Louis, about four weeks ago. And he gave me a picture of Holmes killing a dragon. And I said, "Michael...," and he said, "Oh, he kills my dragons. I don't have nightmares anymore!" 

K: Oh, wow!

J: Wow! Good news! Then, there are the children who recognize that Doyle has endowed his hero with all the antennae and sensibilities of a child...that's what his deduction and intuition is all about! Children lose it at the age of 8, I think, when they're told not to look out of the window, get on with their books, and it closes in. Whereas Doyle endowed "you-know-who" with all that. That's why the kids absolutely love him. He's also a great upholder of the law. So, when Mom and Dad are fighting, they say "I'll get S.H.," and they've got a little strength there. So, he is a hero to the children. Three-year-old Solomon, is there in Dallas, a little aficionado, has all my films, and knows every word! I couldn't believe it! Solomon! 


このインタビューがネットにあらわれた経緯については以前このように書きました。

このインタビューは、ジェレミーのすごく楽しそうな感じが伝わってきます。インタビューは当時、かなり短く編集されて土地の新聞に掲載されたのですが、それから15年ほどたってこの時のことを突然思い出したインタビューアが、コンピュータの中からインタビューを書き起こした元のテキストをさがしあてたけれども、ワープロソフトの移り変わりのために、文字化けその他でうまく読めないところが多かったそうです。ところが幸いなことに当時の録音がみつかり、そこからあらためて文字におこしたのがこれで、とても臨場感にあふれています。たとえばジェレミーが歌をくちずさんだり、外輪船(paddle-wheel boat)の音の真似をしたところなども、括弧に入れて書かれています。
(「Dame Gwenのこと;1991年のインタビューより」)

ジェレミーの声がきこえてきそうで、好きなインタビューの一つです。客席の椅子の背中の向こう側に子供達をみつけて、"Children! Little faces! Absolutely unbelievable!"(子供がいっぱい!かわいい顔、顔!まったく信じられない!)と言うところ、 "I couldn't believe it! Solomon!"(信じられない!ソロモン!)と子供の名前を呼ぶところ。

短く編集された記事はこちらで読めます。

たとえば新聞掲載記事では"I didn't realize that Holmes is a great hero to the children"というところが、長い方では "what I didn't realize was 'You-know-who: S.H.' is a great hero to the children"となっています。ジェレミーはよく、「ホームズ」と直接名前を出さずに、'You-know-who'とか'S.H.'とか言っていましたね。訳には反映できませんでしたが。

この中でジェレミーが"He's also a great upholder of the law"(ホームズは法の正義を守り支える者でもあります)と言っているところ、もしかしたら首をかしげる方もいらっしゃるかもしれません。正式な法的手続きをすっ飛ばすことも何度かありましたから。でもここで言いたいのは、「悪は露見し(自分が推理により明らかにし)、正義が行われる」とホームズは信じている、ということだと思います。それが、直接ちからを発揮できない、弱い立場にいる子供にとって支えであり救いである、と。

別のインタビューでジェレミーは、「パパがママを叩くんです。助けてくれますか?」という(ジェレミー・)ホームズへの子供の手紙について話していました。そんな時どうすればよいかはとても難しいけれども、決してそのままにすることはなく、専門家の手に委ねる、と。('Holmes is where my heart is...' 雑誌・日付不詳 )

ジェレミーは劇場やアメリカツアーで子供と接することで、子供がホームズを大好きなことを喜び、時にホームズが子供の支えとなっていることに安堵したでしょう。でも悲しい手紙をもらっても直接には助けられないつらさも感じたことでしょう。


最後に、ドラゴンをホームズに退治してもらって悪夢をみなくなった、セント・ルイスのマイケル・マクルア君とジェレミーの写真をご紹介しましょう。Sherlock Holmes Society of St. Charlesのブログからです。写真をクリックすると大きくなります。ジェレミーが右手でマイケル・マクルア君の肩を抱いています。
http://sherlockholmesofstcharles.blogspot.jp/2013/09/how-interesting.html

そしてコメント欄にそのマイケル・マクルア君、いえ大人になったマイケル・マクルア氏からのコメントがついています。今は数学の教授だそうです。「ジェレミー・ホームズは、モリアーティ教授と同じ職業を選んだマクルア青年をよしとするでしょうか?」と書いています。もちろんジェレミーはにこにこ笑っていますよね。


今年はこれが最後の記事かもしれません。ここに来てくださるかたとのご縁に感謝いたします。コメントを下さったかた、拍手をくださったかた、長く来てくださるかた、最近みつけてくださったかた、どうもありがとうございました。みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。

RM
自分の日常には関係がない遠いところに、ひとの大きな苦しみがある時、私はこの日常においてどう感じてどう暮らしていくのだろう。そう思うときに、ジェレミーの言葉で思い出すものがあります。

1989年のインタビューからです。このインタビューの抄訳を以前2回にわけてご紹介したことがあります。このブログを始めた年の記事で、この頃は原文を引用していませんでした。
「Scrawl」のインタビューから(1989年)(1)
「Scrawl」のインタビューから(1989年)(2)

このインタビュー全体が読める場所のアドレスをこの記事で書いていましたが、リンクをクリックしたらもうサイトがなくなっていました。検索したら新しい場所がわかりました。とてもいいインタビューですから、あらためてアドレスを書き、最初の部分をまずご紹介します。

https://questingbeastscrawl.blogspot.jp
こちらのページの上の方に"EXCLUSIVE SCRAWL INTERVIEWS"とあって、その中の"Jeremy Brett"をクリックするとPDFファイルが開いて、ダウンロードもできます。
"The Wonderful Mystery of Sherlock Holmes"
Scrawl, 2002

記事の最初にインタビューアの前書きがあります。この1989年のインタビューが2002年にウェブ上で発行された経緯の説明です。

1989年の終わり近くにイギリスの名優ジェレミー・ブレットと会って話す素晴らしい機会を得たときのことを、私は今でもはっきりと覚えていて、喜びとともに思い出す。そのインタビューはOutlookというロンドンの小さな雑誌のためのもので、次の号の巻頭特集として載るはずだった。しかし、音楽チャートに出はじめたあるデュオのほうがもっと「ヒップ」で、その雑誌が取りこみたいと必死だった若者層に受けがよい、と音楽担当の編集者が発行者を説得したために、ブレットの名は表紙から抜け落ち、Sohoという名がそれにかわり、ブレットの特集は切り刻まれて1ページだけになった。それから10年以上がたって、一度限りのヒットに終わったSohoを覚えているひともほとんどいないだろう。雑誌の発行者も他の仕事に移り、ジェレミー・ブレットも悲しいことに亡くなってしまった。だが別の言い方をすれば、Sohoもいない、雑誌もなくなった、だがジェレミー・ブレットは今でもその名前をよく知られていて永遠に生き続けている。特に、卓越した表現で最高のシャーロック・ホームズを演じたことによって。そして世界中にいるたくさんのファンに愛されている。そしてついに、このインタビューを当初の予定どおりの形で読者に読んでもらおう。

Late in 1989, I had the great privilege to meet and talk with Jeremy Brett, one of the great British actors. I still recall the event with great clarity and pleasure. I conducted the interview for Outlook, a small London-based journal, and it was to be the lead feature for an up-coming issue. Unfortunately, the music editor convinced the publisher that a new chart-bound pop duet, were more 'hip' and would appeal to the young readership the magazine so desperately courted. Hence, Brett was dropped from the cover to be replaced by Soho, and the feature was hacked down to a single page. Now, more than a decade later, Soho are perhaps remembered by very few for their one chart hit, the publisher of Outlook has moved onto other things, and Jeremy Brett is, tragically, no longer with us. Or to put it another way, Soho gone, Outlook gone, Jeremy Brett still a household name, immortalised in particular for his masterly rendering of the definitive Shelock Holmes, loved by millions of fans across the globe... and finally, I get the chance to present the interview as intended.


このインタビューアがずっとこのインタビューを忘れなかったように、今もグラナダシリーズが新しいファンを獲得しているように、ジェレミーの「いのち」はなんと長いのでしょう。本物というのはそういうことなのでしょう。

私の以前の2回の記事で書いたように、このインタビューはとてもよいものです。ホームズとワトスンの関係のことから、息子との会話まで多岐に渡っていて、しかも深いのです。

この中から、今日はジェレミーの以下の言葉を引用しましょう。インタビューアが、ホームズ以外でいま気にかけていることがありますか、何か怒りを感じることがありますかと尋ねます。ジェレミーの答えです。

「私たち皆が怒っていることがありますね。怒り続けていたら、怒りで死んでしまうほどです。かばんを手にさげ戦車の前に立つ、あの青年のことが頭から離れません。そしてあの広場の人々を軍隊が掃き散らしたということ...。私たちはベイルートも失いつつあります。でもどうやってそのようなことと共存して暮らしていけばよいのでしょう。世界のことを気にかける普通の良心を持っているとして、ではどうしたらよいのでしょう?

もし何も感じずにいるとすれば、愚か者の仲間です。もし深い夢から覚めた時に、自分がすすり泣いているのに気がついて、夢の記憶をさかのぼると自分がベイルートの市街を走っていたとしたら...。私の神経過敏なところ、感じやすさが意識下におさまっていることをいつもありがたく思います。

こういうことを話すのはある意味では危険なのです。軽々しくきこえますから。でも軽々しいことではないのです!とても重要なことなのです。」

"Well there are things that make us all steam – but if you go on steaming, you'll just die in steam. The boy swinging his bag in front of a tank is in my mind all the time, and the fact that they swept the square over... We're losing another city, Beirut. But how do you live with that? You may have a universal conscience, but what to do?

"If you don't feel it, you're among the brainless. If you come out of the tunnel of a dream and find that you're weeping and trace it back, and you've been running down a street in Beirut... I'm always glad that sensibility has come with me into the subconscious...

"It’s very dangerous to talk about these things in a kind of way, because I don't mean them to sound flip – they're not! They are profoundly important."


意味を取り違えていないように、意味はあっていても間違ったニュアンスを伝えていないようにと願っています。

以前は"The boy swinging his bag in front of a tank"というのを、衣類などが入ったかばんを手にして戦地となった市街にいる少年のイメージで読んでいました。今回調べたら、これは中国の天安門事件の時に戦車の前に一人たち、戦車が彼を避けて横に進路をかえようとするたびに、戦車の前に立ちふさがった青年のことだろうということがわかりました。1989年6月4日のことです。撮影したカメラマンは、shopping bagを手に、と言っています。
"Tank Man: The amazing story behind THAT photo - Newsnight"
https://youtu.be/SACHK-W4o1E?t=3m50s

彼を写した写真は雑誌LifeやTimeに載り、多くの新聞や雑誌の表紙になりました。その写真はたとえばこちらでみることができます。
Incredible Images Tell The Story Of A Photo Of A Man Who Stood Down Chinese Military Tanks
by Christian Storm
Business Insider, Jul. 22, 2014
http://www.businessinsider.com/famous-tiananmen-square-tank-man-photograph-contact-sheet-2014-7

私もこの光景を覚えています。写真もそうですし、BBC NewsnightがYoutubeに公開している映像(二つ上のアドレス)も当時のニュースでおそらくみたと思います。どうしてこんなことができるのだろう、自分ならその時どう思うだろう、どうするだろう、からだのどこかが痺れるような気持ちの中でそう感じました。ジェレミーはおそらく天安門でのこの時のことを言っていたのですね。the squareというのは天安門広場のことだったのですね。それを今回はじめて知りました。

イギリスから遠いアジアの国、中国の青年のことをジェレミーはどう思っていたでしょう。レバノン内戦の元での一般人の恐怖と苦しみをどう思っていたでしょう。

私がジェレミーの言葉で思うのはこういうことです。

何も感じないわけにはいかない。私たちにはこころがあるのだから。
一方で私たちがこころをかき乱されて、日々の生活でのこころの平和を失うことで、なんの良いことがあろうか。私たちにとっても、苦しんでいるひとたちにとっても。
でも何も感じないふりはできない。一人の人間の言葉として語らねばならない。知らねばならない。大切なことなのだから。


アレッポの人たちがどのような状況にいるかを知る一つの材料として以下の記事を読み、そのアドレスを記します。

「最後のメッセージです」アレッポ市民がTwitterに投稿した別れの言葉
ハフィントンポスト、2016年12月14日
http://www.huffingtonpost.jp/2016/12/14/aleppo_n_13616910.html

RM
12/16追記:
署名も、私たちができることの一つだと思います。

国際協力NGO 世界の医療団
シリア・アレッポを救え!緊急署名活動
http://www.mdm.or.jp/bokin/petition.html

"この無差別な殺戮で犠牲になっているのは、一般市民です。政府軍とロシア軍は、国際社会も国際法さえも無視、手段を選ばず空と陸から攻撃し続けます。"
"毎日100人あまりの人々が亡くなり、その多くは罪なき市民です。数千人の負傷者もそのまま息絶えるか、または体の一部を切断された状態のまま過ごさなければなりません。
30万人の市民に対し、かろうじて機能している病院はわずか4ヶ所。"
"今すぐこの非人道的な戦争犯罪を止めること、日本政府が、各国政府が、積極的に働きかけるよう求める署名活動と拡散にどうかご協力ください。"

(追記終わり)

シリアの人々の苦しみを想像します。

私はtwitterはしていないのですが、あるかたのtwitterでこの記事へのリンクがtweetされているのを読みました。

How Can I Help People In Aleppo? 9 Charities Working To Provide Food, Shelter, Medicine And Education To Syrians
(アレッポの人々のために私ができることはなんだろう。シリアの人々に食料、避難所、医薬品、教育を提供するために活動している、九つの寄付金受け入れ団体)
The Huffington Post (UK edition), 13/12/2016

http://www.huffingtonpost.co.uk/entry/how-to-help-aleppo-charities-and-organisations-to-donate-to-including-msf-the-red-cross-and-the-white-helmets_uk_584ff7a8e4b040989fa80770?

これはイギリス版なので、英国の人たちに向けて書かれています。私はここに書かれたところと一箇所以外は別の場所に、でもこれを読んだのをきっかけとして、今夜数カ所で募金をしました。

私がたまたま読んだ、tweetされていた記事をきっかけとしたように、このブログをきっかけとなさるかたもいらっしゃるかもしれませんので、ここにいくつかの団体へのリンクを記します。他にも「シリア 援助」などの検索語で検索なさるとみつかります。

以下の4つはいずれも「シリア緊急募金」「シリア緊急支援」などで寄付ができます。クレジットカードその他、オンラインでの寄付が可能です。

国境なき医師団
http://www.msf.or.jp

国連UNHCR協会
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の公式支援窓口
http://www.japanforunhcr.org

ユニセフ(UNICEF:国連児童基金)
http://www.unicef.or.jp/kinkyu/syria/

国連WFP(WFP:世界食糧計画)
http://www.jawfp.org/lp/helpsyria/

RM
The Secret of Sherlock Holmesの舞台の話題を続けます。りえさんのブログの「ジェレミー生誕祭 7」のコメント欄で、りえさんが「ジェレミーが日本にも来る話もあったのですが、結局は実現しないままでした」と書いていらっしゃるのを拝見して、そうそう、と思い出しました。

このブログは「芋づる式連想」と「勝手に連動」でなりたっているブログだとつくづく思いつつ、同じくりえさんのブログのコメント欄でジェレミーのインタビュー映像も話題になっていましたので、両方からの連想・連動で、ジェレミーがテレビのインタビュー番組で「日本にも行く」と行っているところをご紹介しましょう。Youtubeにこの映像があります。
JB TVAM interview - re-upload

以前もここから別の箇所をご紹介しました。
クリスマスの贈り物のイヤリング(テレビインタビューより)
ちょうど5年前の12月24日に書いたのですね。懐かしいなあ。

これを書いたときはFor fans of Jeremy Brettというコミュニティでトランスクリプトを読むことができました。ですからこの記事に記したように、そこから引用していました。しかしこのコミュニティに投稿したひとが自分のアカウントを削除してしまったらしく、数年前にそのページがなくなってしまいました。

でも私はそのトランスクリプトを手元に持っていますので、投稿したひとに感謝しつつ引用しようと思ってファイルをみたら、なんと彼女のトランスクリプトではジェレミーが"Japan"と口にしている部分が含まれていませんでした。それでトランスクリプトを私がききとったもので補います。青字がその部分です。間違いがあったら申し訳ございません。

該当する映像は4分33秒から4分57秒までです。クリックするとそこから始まります。
https://youtu.be/8g7AsMpYXEU?t=4m33s

この部分の直前は、以前「バスに乗って(テレビインタビューより)」で紹介した部分です。ジェレミーが「私が病気だったことを知っていて、病気とたたかって来たことをよく知っているから、皆が本当にやさしくしてくれます。バスに乗っても皆がやさしい」と言います。すると司会者の一人が「病気に苦しんだとおっしゃいましたけれども、そのためにホームズから離れたい、ホームズをやめたいとは思わないのですか?」とたずねます。それにジェレミーが答えます。

病気の後87年に仕事に戻ったのですが、それは私にとって試練でした。でもこうして劇を上演して、今や大きな成功をおさめています。そしてこの劇をこれからアメリカに持っていきます、中国にもいきます、日本でも上演します、オーストラリアでも。そしてあと6本撮影するんですよ。4月からまたはじまることにワクワクしています。多分さらに6本作るでしょう。ホームズをやめるなんてそんなことしません、ホームズを演じ続けて楽しみますよ。



I got back on the bicycle in '87 and that was to get myself through it. Now we have the play, which is an enormous success, and we're taking it to the States, we're taking it to China, we're taking it to Japan, Australia. And we've got six more films to make, the series starts again in April, which I'm thrilled about. And we'll get to do six more apparently. No, no, no, let's just get on and enjoy it.


演じているのではないときのジェレミー、何度みても素敵で、人柄が表情や口調から伝わってきます。もちろん演じている時も大好きですけど、こういう映像は貴重ですね。

ジェレミーがThe Secret of Sherlock Holmesの舞台を世界中に持っていくのを望んでいたことは、たとえばMichael Cox著、A Study in Celluloidにも書かれています。でも実現しませんでした。 ("Jeremy always hoped to take the play to the States and around the world, but that was not to be.") その世界中の国の中で、アメリカ、中国、オーストラリアと並んで日本の国の名前をあげてくれたことがうれしいです。


このトランスクリプトの全文(といっても上に書いたように、ところどころ欠けていますが)をご覧になりたいかたは、上の引用部分の一部を用いて検索すると、検索結果にフランスのファンサイトと、中国のジェレミー・ファンの掲示板が出てくるはずです。ここにpoison_apple37によるトランスクリプトの全文がコピーされています。

フランスのファンサイトのオーナーも、中国のジェレミー・ファンの掲示板のメンバーも、poison_apple37がトランスクリプトを投稿したファンサイト"For fans of Jeremy Brett"のある時期からの常連でした。ですから投稿者に直接転載許可を得ているのかもしれません。私は中国のそのジェレミー・ファンの女性と別のコミュニティで一緒で、とても好きなメンバーの一人でした。思いやりと聡明さと美的感覚を持っていて、私は同じアジアのジェレミー・ファンとして親しい気持ちと連帯感を持っていました。以前ご紹介した、The Blue Carbuncle(青い紅玉)の中のblooper(間違い、へま)を紹介してくれたのも彼女です。
グラナダシリーズのblooper(間違い、へま)その2

私は二つのグループにいたことがありますが、どちらもすでになく、ネット上でのジェレミー・ファンのグループに参加することはおそらくもうないでしょう。会員限定の場所だった一つ目のグループは、居間でお茶を飲んでいるようで、二つ目のグループはガーデンパーティのようでした。懐かしい思い出をくれたあの二つの場所とあの時のメンバーを久しぶりに思い出しました。

RM
少し前ですが、りえさんが「ジェレミー生誕祭 7」の記事で舞台The Secret of Sherlock Holmesの写真を紹介なさっていましたね。コメント欄では台本も話題になっていて、りえさんが私が最近出したメールを引用してくださっています。そこからの連想で思いついて、遅れましたが「勝手に連動企画」で、数ヶ月前にeBayに出品された珍しい招待状について書いてみます。The Secret of Sherlock Holmesの舞台への招待状です。

その前に、The Secret of Sherlock Holmesの戯曲を書いたJeremy Paul(ジェレミー・ポール)からの連想で、前回話題にしたThe Musgrave Ritual(マスグレーブ家の儀式書)関連のことを一つ。(私のブログは芋づる式連想で成り立っています!)「マスグレーブ家の儀式書」の脚本を書いたのもジェレミー・ポールで、この脚本でThe Mystery Writers of America(アメリカ探偵作家クラブ)からEdgar Allan Poe Award(エドガー・アラン・ポー賞)を 受けています。りえさんの記事「ジェレミー生誕祭5」の写真でジェレミーが左手に持っているのがエドガー・アラン・ポーのお人形です。これはアメリカ探偵作家クラブから賞状と一緒に送られてきたのでしょうか?賞状を持っているのがEdward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)、そしてジェレミーが握手しているのがジェレミー・ポールですね。

さて、ジェレミー・ポールが書いた劇The Secret of Sherlock Holmesの公演はロングランとなりましたが、当初は親しい仲間・知人を集めた一夜限りのお楽しみの会での上演だったということをご存じのかたもいらっしゃるでしょう。David Stuart Davies著、Bending the Willowから引用します。

この作品は当初、日曜日の一夜の楽しみとしてロンドンのメイフェア劇場で上演するためのものだった。観客は友人や家族や業界・劇場関係者だった。

招待客の前で舞台は幕をあけた。観客の中にはデイム・ジーン・コナン・ドイル、グラナダ・チームのメンバーが含まれていて、演劇興行者も何人かいた。魅惑に満ちた夜だった。

The piece was intended merely as a Sunday night divertissement at the Mayfair Theatre in London. The audience was to be made up of friends, family, and contacts in the profession.

[...]

So the curtain eventually went up at the Mayfair Theatre to invited audience, including Dame Jean Conan Doyle, members of the Granada team, and a sprinkling of impresarios. It was a magical evening.


この時観客席にいた演劇興行者の一人が、この舞台の興行を提案することになりますが、それはまた後の話です。

エドワードはこのロンドンのメイフェア劇場での一夜には都合がつかなくて、ワトスンとしてこの舞台にたつことができず、かわりにSebastian Strideがワトスン役をつとめています。Sebastian Strideは後にThe Bruce-Partington(ブルース・パーティントン設計書)でCadogan West(カドガン・ウエスト)を演じた俳優です。

これが1987年、つまり「緋色の研究」が発表されてから100年のお祝いのための一夜だったということは知っていましたが、正確な日付を知りませんでしたし、この夜のための招待状も一度もみたことがありませんでした。

ところが数ヶ月前、eBayにこの夜への招待状が出品されました。10cm x 15cmの大きさの、青い色の招待状です。
http://www.ebay.com/itm/142122999525
(すでに落札されましたので、数ヶ月後には削除されると思います。)

左の青い招待状の写真をクリックすると大きくなりますし、保存もできます。招待状をはじめてみて、当時に思いを馳せています。招待状に書かれている文字を書き写します。

Jeremy Brett, Sebastian Stride & Jeremy Paul
in association with the Mayfair Hotel
invite you to a

Centenary Celebration
of
Sir Arthur Conan Doyle's
Sherlock Holmes
In
An evening with Sherlock Holmes & John Watson

on
Sunday 6th September 1987
Curtain up at 7.30 p.m.

The invitation is your ticket, so bring it with you.
Not transferrable. Invited guests ONLY


1987年9月6日だったのですね。ここにはThe Mayfair Hotelとあります。そういえば、Michael Cox著A Study in CelluloidでもThe Mayfair Hotelと書かれていました。Bending the Willowに書かれているThe Mayfair Theatreとどちらが正しいのだろうと思って調べてみたら、どうもホテルの中に劇場があるようですから、どちらも同じ場所のことのようです。
http://www.theatrecrafts.com/pages/home/venues/uk-london-may-fair-theatre/

The May Fair is unique among London’s West End theatres in that it is contained within the walls of an hotel.


多分小さめの劇場だったのでしょうね。親しいひとたちを前に、ジェレミーにとって1985年のアメリカ以来となる舞台を楽しんだことでしょう。ジェレミーにとっても観客にとっても" It was a magical evening"(魅惑に満ちた夜だった)のですね。その時のことを想像して、ああよかった、と私も幸せな気持ちでにっこりとします。

今週後半はなかなか神経のすり減る日々で、来週からも少し大変なのですが、小さな幸せがあれば落ち着いてすごせます。

RM

12/4 追記:便宜上「The Secret of Sherlock Holmesの舞台」としましたが、この時点でのこの劇の題は違った可能性があります。劇場での興行としての上演がはじまった当初は"A Case of Sherlock Holmes"という題でした。

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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