Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

今日も写真にまつわるお話をしましょう。今日の写真も
1. 役の顔でない、
2. アップではない、
3. あまり知られていない写真
だと私が思うものです。

ハワイのマウイ島での写真です。ロサンジェルスで舞台にたっていた時となっていますので、1978年から1981年の間だと思います。Draculaが1978-79年、The Crucifer of Bloodが1980-1981年のはずですから。(追記:あの髪の長さからすると、WatsonではなくDracula役ですね、多分。)

最近ではTumblrのこちらでみました。縦に2枚並んだうちの下の方です。
http://yamilamir-of-gondor.tumblr.com/post/157060011898/jeremy-brett-3-3-3

この写真については、以前こんなふうに描写したことがありました。

1枚目では画面中央よりも少し上を、小さな流れが横切っています。その両側にはこぶし大からもう少し大きめの石が一面にころがる岸辺が広がっていて、こちら岸の右手前は砂浜になっています。そこに上半身は服を脱いで、脱いだ濃紺のシャツをブルージーンズのももの部分にかけ渡し、両足を組んですわるジェレミーがいて、左半身をこちら側にみせています。椅子の上で両足を組んだ姿はホームズでおなじみですが、これは砂浜の上で足を組んでいて、瞑想しているようにもみえます。前方に向けられた目は閉じてはいません。後ろの髪は首をほぼおおっています。両腕は膝頭に軽くおいて、手のひらは自然に軽く下を向いていて、膝頭よりも前に出ています。」(ハワイでのジェレミー(5)

この写真を撮ったFred Myersが、ジェレミーと偶然会った時のことを書いた文章の一部を、このブログの2回目の記事で抄訳しました。彼の文章でこの写真の背景について知ることができます。
ハワイでのジェレミー

Fred Myersの原文はこちらのページの下の方にあります。
The Runaway
By Fred Myers
http://www.ageditors.com/members/byline/Jul07/Full.html

この中で私が好きなのはこの部分です。彼は目の前にいるひとがどういうひとが、その時は何も知りませんでした。自己紹介によればそのひとはジェレミーという名前のイギリス人で、俳優でした。(今回は原文併記で訳も少し変えています。)

話をしているうちに、私はすぐにジェレミーが特別な人であることに気づきました。外界を見る目は、自分の内にある感覚や感情を見る目を反映して、彼独自の味わいを持っていました。美しさへの感受性がとてもゆたかで、彼が口にする言葉は、こころの奥底から出て、今いのちを得ているかのように、なにかの深い意味を持っていました。

As we chatted, I quickly discovered Jeremy wasn't cut from ordinary cloth. His observations were flavored with introspection. He was extremely sensitive to the beauty around him and every comment he made was something of consequence, as if it were coming from deep inside him for the first time.


そしてこう言っています。

人生を過ごしてきたなかで、創造的な仕事にたずさわる多くの人々に会ってきました。ライターであることの喜びの一つです。でも、ジェレミー・ブレットほど素晴らしく、そして完全に創造的であった人を他に知りません。そして彼ほど、高貴な輝きを放って内側から自然にあふれる自由な魂を感じさせてくれた人を他に知りません。

In bouncing through life, I have been around many creative people, one of many rewards for being a writer. But none personified creativity as intensely, completely and wonderfully as Jeremy Brett. And none have exhibited the free spirit as spontaneously or as nobly as he did.


こころに残る表現です。これをここでご紹介して1年後、その時撮影したハワイでのジェレミーの4枚の写真を、登録者のみが閲覧できるフォーラム上にアップロードすることをFred Myers氏が許してくださいました。そのことについて、そしてその写真については以下の記事に書きました。

ハワイでのジェレミー(2)
ハワイでのジェレミー(3)
ハワイでのジェレミー(4)
ハワイでのジェレミー(5)

そして「ハワイでのジェレミー(5)」の記事の最後に、こう書きました。

登録者限定のフォーラムにアップロードすることを条件に写真を提供していただいたとはいえ、いつかは誰かが外へ持ち出し、その後は事情を知らない人たちの手で、物語抜きで転載されることになると思います。そうであるなら、いつかご覧になることがあるでしょう。その時にはこの写真にはそのような物語があるのだということを思い出していただければ幸いです。

実際に数ヶ月後にはフォーラムの外に出てしまいました。でもその後あまり広がらないのは、ジェレミーが小さくしか写っていないからですね。この写真をめぐる物語から切り離されてしまったことも関係するでしょう。撮影者の最初の意思に反して外に出てしまったのであれば、せめて、この写真にまつわる物語や、このただ一度の出会いを大切に思っている撮影者の気持ちとともに見ていただきたいと思って、ここでご紹介しました。

RM
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(2/12追記:「カーソルで選択して、反転して読む」のが難しい環境もあるようですね。それでパスワードを入れて読むように変更しました。)

「芋づる式」で、三つ目の芋です。
1. 役の顔でない、
2. アップではない、
3. あまり知られていない写真
で次に思い浮かんだのがこれで、ジェレミーが、というより他の点で面白いのです。

でも少し注意が必要です。以下のことを信じているかたは、ここにはいらっしゃらないと思うのですが....。
1. 映像でみるあのベーカー街は撮影用に建設したのではなく、本当のベーカー街である。
2. あの221Bの部屋は撮影用に家具や小物を並べたのではなく、本当にホームズとワトスンが住んでいる。

でも三つ目。「あの221Bの部屋は◯◯◯◯◯ではなく、本当に◯◯◯◯◯」と思っているかたは、割合と多いのではないかと思います。

私はグラナダ・シリーズのプロデューサーであるMichael Coxが書いた、A Study in Celluloidを読んで、そうではないと知りました。そして今回ご紹介する写真をみて、ああなるほどと思いました。(この後の記事が長くなったので、写真本体のご紹介は次回にまわします。)

でも、知りたくないかたもいらっしゃるかもしれませんから、ここから後は次の記事でパスワードを入れて読んでいただくようにします。
パスワード:Jeremy


RM
今日も「芋づる式」で、
1. 役の顔でない、
2. アップではない、
3. あまり知られていない写真
で、思い出したものをもう一枚。兄・甥たちと一緒の写真です。ご存じのようにジェレミーは男ばかり四人兄弟の末っ子で、写っているのはそのうちの二人の兄です。

以下は本からスキャンして別の場所にアップロードされていた画像を再投稿したのだと思いますが、Facebookのファングループ内です。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10208831147110470

うっすらと裏の文字が透けていますが、これはThe Berkswell Miscellany, Vol.5に載っていた写真のスキャンだからです。

撮影は1989年6月4日の日曜日であると、The Berkswell Miscellanyの本文にあります。Huggins大佐の息子のうちのJohn, Patrick, Jeremyの三人(右から5番目、4番目、3番目)によって、銀のトレイが返還された、と写真のキャプションに書かれています。大佐の孫のうちの二人、SimonとAshley Hugginsもその右にいる、ともあります。

兄弟は上からJohn, Michael, Patrick, Jeremyですから、上から二番目のMichaelは来られなかったのですね。画家のMichaelはマジョルカ島に住んでいたので、そのためでしょうか。SimonとAshleyが兄たちのうちの誰の息子かは書いてありません。

ジェレミーの父と兄たちについては、たとえばこちらに書きました。
父のこと; 1973年のTV Timesのインタビューより
追悼式での John Huggins師の言葉;1995年のThe Baker Street Journal より
ジェレミーの兄、Michael Hugginsの絵(1)

以前、「お気に入りの厚底靴:1975年の新聞記事より」の中で、

兄弟4人のうちで、ジェレミーよりもっと背が高い兄が一人か二人(か三人)いるということでしょうか。大人になってから4人が、背がわかる形で横に並んでいる写真は残念ながらみたことがありません。三人が一緒の写真はあるのですが、ジェレミーは二人の兄の後ろに控えて、にこにこと笑っています。背の比較はできないけど、弟という感じが出ていて微笑ましいです。

と書いたことがあります。あらためて見直すと、この写真でジェレミーが兄たちの後ろにいるのは、弟だからというわけではないだろうとは思いますが、でも後ろで微笑んでいるのが好きです。

銀のトレイがどんな由来のもので、なぜこの時に大佐の息子たちによって返還されたかについては、また別の機会に書きましょう。

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
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和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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