Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

このところ土曜日にここの記事を書くことが多いのですが、明日は外出するので、金曜日の夜に書きます。

前回の記事で、「面白いと思ったのは、絵を描く時のことを例えにあげていることです。ジェレミーのお兄様の一人は画家ですものね」と書きました。そこからの連想で、絵に関する以前の記事にふれたあと、1985年のインタビューから引用します。

まずはジェレミーのお兄様のMichael(マイケル)のこと、その絵がどんなだったかについては以前こちらに書きました。
ジェレミーの兄、Michael Hugginsの絵(1)

ジェレミーがお兄様の絵のモデルになったときのことをちょっとだけ話しているのがこちらです。
ジェレミーのギターと歌

それからジェレミーが学校で好きだった教科のお話。
Mr Binksのこと(2)、のはずが脱線していろいろ
このときは原文を書いていなかったので、あらためて引用しましょう。

"LUCKY PENNY TALKS TO JEREMY (D'ARTAGNAN) BRETT"
by Lucky Penny
from Diana - The Paper for Girls Who Love Good Stories
25 March 1967, #214
http://www.brettish.com/JB_Meets_Diana.htm

ウォリクシャーで生まれたのですね。学校ではどんな教科が好きでしたか。

歴史と美術です。風景画と魚を描くのが好きでした。魚はよくよくみると、とても美しい色をしているんですよ。

You were born in Warwickshire. What were some of your favourite subjects at school?

History and art. I loved painting landscapes and fish--they've marvelous colouring when you get to know them.

というわけで、ジェレミーも美術が得意だったのですね。


さてそれではもう一つ、「絵」ということで思い出したジェレミーの言葉、お母様のことを話している箇所の中です。1985年4月のインタビューで、掲載は雑誌の1985年秋号です。

"Interview With Jeremy Brett"
by Rosemary Herbert
The Armchair Detective, Vol.18, No.4, Fall 1985

母は単なる「僕の母」というだけではなかったのです。名前はElizabeth(エリザベス)というのですが、母は誰にでもこころの扉を開いて、そのこころの奥の窓を開け放つひとでした。そんなふうな表現しかできません。誰もが母のところに来ました。母はとてもあたたかい、ひかりのようなひとでした。

父が家にもどると、母をたずねて友人が来ているだけではなく、ジプシー(ロマ)の野営地のひとたち全部や放浪者たちが家にいる状態ということもよくありました。母が彼らを招きいれていたのです。兄のマイケルは画家になりましたが、兄は当時、放浪者の一人を絵に描いたことがありました。父の椅子にすわっている姿を描いたのです。おかげで父はノミに悩まされました。父はずいぶん我慢させられましたね!

She wasn't just "my mother"; her name was Elizabeth, and she had open doors and open windows in her soul—that's the only way I can put it. Everybody came to my mother. She was like a light of great warmth.

My father would come back and find not just friends but whole gypsy encampments or tramps that my mother had taken in. In fact, my painter brother Michael painted one of these tramps [posing in] my father's chair, and my father got fleas from him. He had a lot to put up with!


お母様のことを読むと、ジェレミーはお母様ゆずりのあたたかさだなあといつも思います。放浪者を絵に描くお兄様もまた、面白いですね。

それではジェレミーはお父様からは何もうけつがなかったかというと、もちろんそんなふうには思わなくて、ひとから慕われる天性のリーダーというところはお父様ゆずりだと思います。プロデューサーのMichael Coxがジェレミーのことを、"he was a natural company leader"(天性のリーダーの資質を持っている)と言っていました(「あたたかさと賢さ;The Ritual (1995) より」。

あ、でもお父様は家では我慢していたんですね。家でのリーダーはお母様ですね!お父様のこと、今までも何回かふれましたが、次の次くらいに(多分)また書きます。

というわけで、最後はちょっと脱線気味ですが、絵の話題でかろうじてまとまったでしょうか。

RM
6月の記事「舞台と映像作品をくらべて(2):1989年のインタビューより」の引用部分で、ジェレミーがこんなふうに言っていました。

翌日ラッシュ(訳注:編集前のフィルム)をみにいく。うまくいったかな?成功かな?

Next day we go to the rushes. Did it work, did it work?

"Partners in Crime: Jeremy Brett and Edward Hardwicke"
Pam Clarke and Yvonne Parkin
Stage Struck, Issue 1, 1990

これからの連想で、ラッシュをみることについて、思い出したことを二つ書きましょう。

まずはDavid Stuart Davies著、Bending the Willowから、Paul Annettの言葉です。彼はグラナダ・シリーズで最初に撮影されたThe Solitary Cyclist (「美しき自転車乗り」)をはじめとして、3作品を監督しています。彼の言葉です。

ジェレミーはラッシュのすべてを熱心にみた。ラッシュをみるときにいつもそこにいた俳優はジェレミー以外にはCharles Danceしか知らない。いつもその場にいて熱心に検討に加わった。撮影の技術的な側面に対して彼は鋭い感覚を持っていた。

Jeremy was extremely keen to see all the rushes. He was probably the only actor I know, other than Charles Dance, I think, who came to every session of the rushes. He was there every time—very much into what was going on. He had a very keen sense of the technical side of things.


Charles Dance(チャールズ・ダンス)は1946年生まれの俳優で、2004年には自分で脚本を書いて映画監督もしているようです。Paul Annettの経験では、ラッシュをすべてみたのは、その彼と、ジェレミーだけだったのですね。ジェレミーも長生きしていたら映画やテレビの監督をする機会もめぐってきたかもしれません。主に演じることだけに興味がある俳優もいるでしょうし、こうして作品全体が生まれる過程にも立ち会いたい俳優もいて、ジェレミーは後者だったのでしょう。

ところで、ラッシュをみることについて、Edward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)がエドワードらしいことを言っていて、ジェレミーがまたジェレミーらしいことを言っているインタビューがあります。それが思い出した二つ目です。エドワードはラッシュはみたくないというタイプの俳優で、でもその理由は、「主に演じることだけに興味がある」というわけではないようなのです。

"Holmes' Encore"
The Armchair Detective, Vol.25, No.1, 1992

1992年の発行ですが、1991年の春に行われたインタビューです。この直前ではエドワードが、意図した演技ができなかった例をたずねられて、自分の写真をみせられて、なんてひどい!と思うように、演技においてもこんなはずじゃなかったのにということがよくある、でも「思ったほど悪くはない、期待とはちがったけど、これはこれでいい」と思える、と言います。これを受けた形で次の質問です。TADがインタビューアです。

TAD: 完成前の映像で自分をみるのは、お二人はイヤですか?

ブレット: 自分をみるんじゃないんですよ。みるのはそれ以外です。たとえば話がどう運ばれているかをね。画家が絵を細かく検討するときのように、親指で自分をかくして、まわりで何がおきているかをみるんです。

ハードウィック: 以前はよくジェレミーと議論したんですけど、ワトスンを演じるようになってすぐの頃、ジェレミーがラッシュをみるのにすごく熱心なので、こう言ったんです。「僕はみていられない。すごくイヤなんだ。」完成してからみるのはいいんですよ。でもいま撮影しているという時にラッシュで自分をみると、がっかりしてダメなんです。ジェレミーは「うん、でも自分をみているだけじゃないよね。他の人、照明や音響や、みんなの仕事をみている。みんなほめられて励まされたいんだ。ラッシュで彼らの仕事をみて、翌日『すばらしかったよ!』って言ってあげられるよ。」ジェレミーの言うとおりです。でも自分が思っているようには演じることができていないから、やはりみるとがっかりします。

TAD: Does it bother either of you to watch yourself in previews?

Brett: Well, you don't look at yourself. You look at other things. The storytelling, for instance. You put a thumb over yourself, like a painter examining his work, and watch what goes on around you.

Hardwicke: I used to get into an argument with Jeremy about this. When I took over the part of Watson, he was very keen about going to rushes. I said, "I can't. I just cannot face it. I really hate it." I don't mind seeing a completed film. But when I'm in the process of working, I find it personally very destructive to see rushes. Jeremy would say, "Yeah, but you're not just looking at you. All the other people—the lighting man, the sound man—they all want a pat on the back. And if you watch it, you can go up the next day and say, "Terrific!" And he's quite right. But you never end up doing what you think you're doing, and I find it discouraging.


"You put a thumb over yourself, like a painter examining his work"とジェレミーが言っているところ、「画家が絵を細かく検討するときのように、親指で自分をかくす」と訳しましたが、絵を描く方、これであっているでしょうか。手のひらや指で絵のある部分をかくして、その部分に惑わされないようにして、それ以外をみるようなことを画家がやっているのをみたことがあるような気がしてこう訳しました。直訳すると「親指を自分の上に(覆うように)置く」、でしょうけど。訳自体には100%の自信はないのですが、ここで面白いと思ったのは、絵を描く時のことを例えにあげていることです。ジェレミーのお兄様の一人は画家ですものね。

ジェレミーはラッシュをみるのに熱心な理由の一つ目として、作品の出来具合を俯瞰してながめたり、自分以外の動きを確かめたりしたかったのですね。

それに対してエドワードは、ラッシュをみると自分にがっかりするタイプなのですね。でもその前の部分で言っているように、「思ったほど悪くはない、期待とはちがったけど、これはこれでいい」とも思えるのです。繊細だけど冷静で理性的という感じがします。

そしてエドワードがジェレミーの言葉を紹介してくれています。ここもまたスタッフを大切にするジェレミーらしいです。これが、ジェレミーがラッシュを熱心にみる、二つ目の理由なのですね。ジェレミーと撮影クルーとの関係について6月の記事「舞台と映像作品をくらべて(2):1989年のインタビューより」でも触れました。

ラッシュをみることについて、思い出した部分を二つ引用しました。

RM
夏というとThe Naval Treaty(海軍条約事件)のあの白い麻のスーツが思い出されます。それにちょっと触れているジェレミーの言葉を引用しましょう。

載っているのは1987年出版の、グラナダ・シリーズに関する薄い本です。
"Granada Companion, Number One: A Sherlock Holmes Album—A Centenary Celebration of Sherlock Holmes"
Edited by Michael Cox and Andrew Robinson
Published by Karizzma, 1987

その中の"Playing Sherlock Holmes: A Profile of Jeremy Brett"という題の1ページからです。

「ホームズはとても複雑な男です。音楽が好きでバイオリンの名手、冗談が好きで自信満々、少しうぬぼれているところもあるかもしれない。ほめられるのが好きで、自分以外の名探偵に関しては口が悪いのです。

ちょっと芝居がかったこともします。自慢しますし、ひとに注目されるのが好きだったりします。特に事件の謎がやっと解けた時にはね。

難しい事件ではこころの中まで張りつめた状態にあります。事件が解決したときには、ちょっと芝居がかったとも言えるかたちで、その張りつめたものが爆発するのです。

そういったところをいくらかでも、自分が演じるホームズの中にあらわそうとしています。

だから『海軍条約事件』がグラナダで今まで演じた中で一番好きな作品なのです。この作品ではじめて、ホームズだけでなく自分自身もちょっとだけ出せていると感じられました。ベージュのスーツを着て、わらで編んだ帽子パナマ帽をかぶって、笑って、最後の場面では事件を解決したホームズに、ちょっとうきうきした、優雅なことをさせました。見ているひとで、やりすぎだと思ったひともいたかもしれませんが、でも私にとってはそれまでの殻を破った大切な一瞬でした。」

’He is complex. He loves music — he plays the violin very well — he enjoys a joke, he is vain, maybe a little conceited. He likes to be praised. He can be bitchy when he assesses other great detectives.

'He can be a bit of a drama queen; he shows off sometimes, he's something of an exhibitionist, especially when he has pulled off a coup.

’On a difficult case he may build up considerable tension within himself, which explodes in a genial bit of theatricality when the problem is solved.

’I've tried to get some of that into my Holmes.

’That's why of all the stories I've done for Granada my favourite is The Naval Treaty: it was the first in which I felt I could be a bit of me as well as Holmes. I wore a beige suite and a straw hat. I was allowed to laugh, and at the end, when Holmes knew he'd cracked the problem, I made him do a little skip and dance. Some viewers may not have approved, but for me it was a breakthrough.'


最初の部分は以前も引用したことがあります。
「勝手に連動企画」で、"ドラマ・クイーンはどっち?"
この部分ではジェレミーはホームズのいろいろな面を言葉にしています。これがそのまま演技にあらわれていることに、いつも感嘆します。

この部分を受けて後半で、「だから『海軍条約事件』が一番好きだ」と言っています。この「だから」という言葉でのつながりは感覚としてはわかるのですが、論理としては、なぜ「だから」なのでしょう。この作品で「自分自身もちょっとだけ出せていると感じられ」ることと、その前の部分はどうつながるのでしょう。

自分とホームズは正反対だといつも言っているジェレミー、今回の引用部分に先立つところでもそう言っています。でも、実はそのホームズは自分とまったくかけ離れた存在というわけでもなく、自分と共通な部分もあるということを、口にはしていないですが言外に含んでいるのでしょう。音楽が好き、冗談が好き、ちょっと芝居がかっている。だから自分をすべて隠して演じたのではなく、自分をはじめて少しだけ出せた「海軍条約事件」が好きだ。そういうことだと想像します。

ここでベージュのスーツが出てきます。あれは麻のスーツでしょう。この撮影のときは特に暑かったと、たとえばMichael Cox著 A Study in Celluloidに書かれています (We filmed the story in high summer)。具体的には1983年8月8日(月)から8月26日(金)の撮影だったとKeith Frankel著 Granada's Greatest Detectiveに書かれています。8月8日と言えば数日後ですね!

そしてstraw hatをかぶっています。「麦わら帽子」と訳すと私はつばの広い帽子を思い浮かべるので、「わらで編んだ帽子」としました。(追記参照、後で「パナマ帽」に変えました)

最後のシーンでは"I made him do a little skip and dance"と言っています。最初にこれを読んだとき、あれ、飛び跳ねたのはホームズではなくてフェルプスだったのに、と思いました。でもこれは多分、文字どおり「飛び跳ねて、踊りあるいた」と言っているわけではなく、ホームズが自分の気持ちを軽快に優雅にあらわしたと言っているのだろうと思います。

それでは具体的にはどこでしょう。見た人はやりすぎだと思ったかもしれないけど、と言っているところから、当然原作にはないところ、そしてジェレミーがつくったシーンでしょう。それならばあの、ハドスン夫人に花を渡す、優雅でかわいらしい場面ですね!
ホームズがハドスン夫人に花をささげる場面;Rosalie Williamsのインタビュー(1996)より
ハドスン夫人とワトスンとホームズ;Rosalie Williamsの1992年のインタビューから(4)

後者でのRosalie Williamsの言葉を再度引用します。

ハドスン夫人とホームズの関係を描くのに、私たちがやり過ぎてはいないことを願っています。時には監督が「いや、それはちょっと」と言うかもしれません。ある場面で、ジェレミーが私に花を捧げたいと提案したことがありました。マリーゴールドの小さな花を渡して、ホームズの気持ちをあらわしたのです。とても素敵なシーンでした。コナン・ドイルが書いたものではなくて、私たちが演じている時に生まれたものでした。でも私にとってはそのおかげで、役にいのちが吹き込まれたのです。

I hope we haven't overstepped the mark in the relationship. Sometimes the director will say, "Oh, no." In one, Jeremy wanted to give me a flower. He gave me a little marigold, just as a little gesture. It was very sweet. It wasn't Conan Doyle; it was just something that happened when we were playing. But it rounds off the character for me.


多分ここのことですね!ハドスン夫人を演じたRosalie Williamsも、そしてこれを提案したジェレミーにとっても、自分の役を生き生きとしたものにするために、このシーンはとても重要だったことを知りました。



明日でここをはじめて7年、昨年のこの記事の最後でも書きましたが、吹き抜けの広場に置かれたテーブルでコーヒーを飲んでいた時に、これをはじめようと思い立ったのでした。
ホームズへの手がかりと、ホームズが持つ静けさ:1991年の新聞記事より

歩いて30分ほどのところにあるあのコーヒーショップに、この日が近づくとよく行くのですが、今年は忙しさと、最高気温36度、37度にためらって、まだ行っていません。台風が去って、日常も少し落ち着いたお盆の頃には行きたいと思います。近づいている台風が心配なかたもいらっしゃるでしょう。被害がでませんように。

RM

追記:そういえばパナマ帽という言葉がありましたね。straw hatのうちでtoquilla strawで編んだものをPanama hatと呼ぶそうです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Straw_hat

ジェレミーはstraw hatと言っていて、これの材質が何かはわからないのですが、「麦わら帽子」でも「わらで編んだ帽子」でも違うものを想像しがちなので、引用した部分の和訳ではパナマ帽としておきます。

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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