Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

ラジオでジェレミーが躁鬱病患者友の会のために話した最後の声を先日紹介した後、ジェレミーの病気について書こうとしていました。ジェレミーが語ったこと、友人・知人が語ったことなどを引用しながら、ジェレミーの病気のことを知って私がはじめに思ったこと、それ以降私の中で変わってきたこと、本や記事や、フォーラムでの意見や議論の紹介などを、ある程度まとまった形で書くつもりでした。

でも、確かあの本のあそこにあった、あの記事もあった、と思いをめぐらしている内に、いや、こういう書き方をするのはやめよう、と思うようになってきました。

このブログを始めて少しした頃、ジェレミーの最期の時のことを近くに感じていました。それで、いろいろなことを書きながら、その間ずっと、その時のジェレミーのことが背後に流れていたのを思い出します。そういう書き方が多分、一番私の気持ちに添っていたのでしょう。それをまた忘れていました。

まとまったものを書こうと思いすぎないこと、無理をしないこと、自分の気持ちに従うこと。少し違った言葉で言えば、ぶらぶら歩きをすること。このブログをいったんお休みした後に、そう思ったのでした。

何より、いくらきちんと引用したところで、事実を語ることは決してできないわけです。(自分のことではないのですから。)いわば、ジェレミーを通して世界を見て世界を語る。ジェレミーを通して自分を見て自分を語る。そういうことだと思います。

妙な言い方をしたようですが、たとえば人が花の美しさを語る時、花の美しさを通して世界を見て世界を語る、花の美しさを通して自分を見て自分を語る。そう言えないでしょうか。

そう思う時、ああ、ジェレミーを知ってよかった、こうしてジェレミーのことを語ることができてよかった、と感じます。ジェレミーはどんなふうに生きて、どんなことを考えて感じて、どんなふうに死をむかえたか、そして私たちの中にどんなふうに今も生きているか、それを感じることが2年前から私の日常の中に通奏低音のように流れていること、それは本当に不思議で、そして本当に有難いことだと思います。

ですから、何かまとまったものを書こうとすることはやめよう、そう思いました。こう書くのも、もう3回目くらいです。

ああ、この記事はどういうタイトルにしたらいいのでしょう。また「思う事」かしら。(いったんそうしましたが、「思う事」という記事の3つ目になるという芸の無い状態だったので、変更しました。)

RM
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コメント

タイトル

RMさん、こんにちは~。
>何より、いくらきちんと引用したところで、事実を語ることは決してできないわけです。(自分のことではないのですから。)いわば、ジェレミーを通して世界を見て世界を語る。ジェレミーを通して自分を見て自分を語る。そういうことだと思います。
← まさにその通りですね!

 『ジェレミーを語るという事』もとても良いと思います。
 『思う事』でも構わないのではないですか? 
 それともパート1、パート2…。
 もしくは使い古されていますが『徒然なるままに』でも。
 私は、いつもとても素直な、RMさんらしいタイトルだと思っています。
 どんなタイトルであったとしても、大丈夫!
 読者は最終的にはRMさんの記事に感動するのですから。
 いつもありがとうございます。
  

ありがとうございます。

みんみんさん、こんにちは。あたたかい言葉に、うれしくなりました。

何で私はこんなに一生懸命ジェレミーのことを話しているんだろう、と不思議になって、それはもちろん好きだから、なんですけれども、別に伝記を書こうとか評伝を書こうとか、そういうことではなくて、記事を書いたりこうしてコメント欄でお話したりすることが、何か自分の中の大切なものに触れることだから、なんですよね。

そう考えると、何を書いてもいいんですよね。タイトルも『思う事』、『徒然なるままに』でもいいんですね!それにあらためて気がつきました。いつもやさしい言葉をありがとうございます。

なんか分かる気がします

私も、ジェレミーに関して「これは本当の事なんだろうか」って思う事があります。
どれだけ調べても、実際にジェレミーに会っていない私には、分からない世界ですから。
ご本人が残した自伝でもあれば、一番正確なのですが、それもない状態ですから、どこからが本当の情報なのか、ってわかり辛いですよね。

だからこそ、ちょっとでもジェレミーを感じたくて、ゆかりの地を巡ったり、情報を集めたり、何度も映像を見たりして、彼に近づいた気でいます。
そうすることが、私の幸せでもありますし♪

>それを感じることが2年前から私の日常の中に通奏低音のように流れていること、それは本当に不思議で、そして本当に有難いことだと思います。

私も、いつもジェレミーの存在を感じて、生きています。
自分のちょっとした動作が、ジェレミーに繋がってるんです。
選ぶ飲み物、本、音楽、考え方・・・全ての根底にジェレミーが関係しているような感じです。
私は、この状態を勝手に、「ジェレミーと生きている」と思っています。
RMさんも、残りの人生をジェレミーと(そして端っこに私と←図々しいですが)楽しく生きて下さいませ♪

りえさんもジェレミーを語っていらっしゃいますものね。

りえさん、こんにちは。りえさんのブログのタイトルはそのものずばり、「ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)とグラナダ・ホームズを語る」ですものね。

>私は、この状態を勝手に、「ジェレミーと生きている」と思っています。

そうなんですよね!はじめてりえさんのブログにお邪魔して、すごく印象的だったのは、りえさんが「ジェレミーと生きている」ことでした。確か最初の頃、コメント欄にも書いた気がします。

>RMさんも、残りの人生をジェレミーと(そして端っこに私と←図々しいですが)楽しく生きて下さいませ♪

はい、絶対そうします!ジェレミーを愛する方とお話する幸せは、自分の心の中の大切な部分をわかりあっている幸せかもしれませんね。りえさんとはじめてお会いしてから、1年ちょっとですね。またお会いする機会を楽しみにしています。

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 RM

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