Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

最近読んでいる本にこんな記述がありました。著者は40代のアメリカ人の男性です。("Falling into Grace" by Adyashanti 和訳ではなく思い出しながら書いているので、細かい表現は違います。)

「私が7歳くらいのある日、悪いことをして、母から『お父さんが帰ってくるまで、自分の部屋で待っていなさい』と言い渡された。仕事から帰ってきた父は母から話をきき、部屋に入ってきて、その頃の親なら皆そうしたように、悪いことをした子供のお尻を叩いた。部屋を出て5分くらいしてまたもどってきて、僕の隣にすわった。『本当はこんなことはしなくなかったんだ。仕事から疲れて家に帰ってきて、ただいまを言っておまえを抱きしめようと思っていたのに、かわりに叩くなんて。もうこんなことはしたくない。わかってくれるね。』父はその時、父親という役割からではなく、一人の人間として僕に話した。はじめて父と子としてではなく、人と人として向き合ったことを感じた。父は自分の気持ちをひとにそのまま伝えることができる勇気を持っていたのだ。僕たちは抱き合った。」

私はこの部分を読んで、ジェレミーが Desert Island Discs (1991) の中でこう言っていたのを思い出しました。これはアメリカで収録されたラジオインタビューで、以前にもご紹介しましたが、音声をJeremy Brett Informationで聴くことができます。何度聴いたか知れない、とても好きなインタビューです。

父はある時私にとてもまっすぐに自分の気持ちを話してくれました。--- 父は軍人で、たくさんの勲章を授与されましたから、私は父のことをとても誇りに思っていました。勲章のことをイギリスでは「(Fruit-)salad」と言うんですけどね(笑い)。--- 父は子供の私にとても正直な気持ちを言ってくれたんです。自分が勲章を得るような働きができたのは、戦場で恐怖にかられておびえていたからだ、と。父がそういう話を私にしてくれて、本当にうれしかったです。

And he once had the great grace to tell me ― I was so proud of him because he had won so many medals, what we call in England "salad" (laughs) ― and he once had the grace to tell me as a child that he only won them because he was so frightened... and I thought that was a wonderful thing to tell me.


ジェレミーがこの時のことをよく覚えていたのは、父の言葉が意外だったということ以外に、父が子供の自分に「父親」という役割の顔以外の、一人の人間としての顔をみせてくれたのを感じたからではないでしょうか。そしてこういうことをきちんと覚えているジェレミーが好きです。

"[...] he only won them because he was so frightened..." というところ、普通に読むと理屈がよくわからないのですが、私が感じたのはこういうことです。勲章をたくさんもらったくらいだから、戦場で戦うことも戦死することも何もこわくない人間だと私のことを思っているかもしれないけれども、本当は戦争が恐ろしくてこわくて、だから部隊をまとめて必死に働いたんだよ。

このインタビューを聴くと、どういうお父様でどういう子供だったか、私の中で二人が生き生きと動き出します。はじめは俳優という職業を人に誇れるものとは思わず、俳優になりたいという思いを理解してくれなかった父親と、上の3人が父の職業を継がなかった後の4人目の息子としてのジェレミーの間には、気持ちが衝突したりずれたりすることもあったのでしょう。それでもこのインタビューで、ジェレミーの父親への尊敬とあたたかい気持ちを感じることができます。ジェレミーは別のインタビューで、父からは責任感を受け継いだと言っていました。

最後に、私自身の思い出を書きます。ジェレミーのこのインタビューをご紹介することをぼんやりと考えながらコーヒーを飲んでいて、役割の顔からではなく一人の人間として大人から話してもらったと私が感じた最初の時はいつだっただろうか、と思っていました。

そして小学校3年か4年の時のことを思い出しました。学校でいやなことがあって、そのことを小学校1、2年の時の担任の先生は知っていらしたのでしょうか。いつもは数人の子供たちの中で、私が最初に皆にさようならを言って別れていくところを、その日はなぜか私が最後に残る形になるように先生がなさいました。流れていた曲について、「知っている?」と尋ねられました。「ビバルディの『四季』から、春でしょう。」母の影響でクラシック音楽をよく聴いていて、先生もそれをご存知でした。「どんな感じがする?」音楽をきいて、きれいな曲、楽しい曲、それ以外にその頃の私は何かを感じるということがあったでしょうか。先生は、自分は幸せな美しさの中のかなしさ、天国で天使と共にいる時の幸せの中に一筋感じるかなしさ、そんなことを思う、と言われました。

本当のことを言うと、先生がその時おっしゃったことは、私の記憶の中でずいぶん違うものにかわっているかもしれません。でも先生という役割の顔ではなく一人の人間としての顔で、先生の中の何か大切な気持ちを話してくださったと私は感じて、その時の思い出は私のなかに決して忘れられない何かを残してくれました。そんなことを思い出しました。

私がジェレミーのことを知って感じるのが好きな理由には、こうして自分の中から思いが引き出されることも含まれているようです。

RM
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