Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

しばらくBAFTA賞追贈の請願について書いていましたが、こころの中ではもう一つのことも考えていました。ジェレミーがこの世界を、人を、自分をみるまなざしの奥底にあるもの、です。BAFTA賞追贈のための請願(4)にも書きましたが、多分ジェレミーはお母様の影響を深く受けたのだと思います。でも私が知っているラジオやテレビのインタビューでは、むしろお父様のことを多く話し、お母様のことはほとんど話しません。

お父様に関しては、ジェレミーが演劇の道に進むことにいかに反対し、いかに芝居の世界を知らず頓珍漢なことを言いながらも、後には息子が役者としてやっていけそうなことを喜んでいたか、聴く人の笑いを誘いながら話しています。そして、ジェレミーがインタビューでお父様のことをきかれた時、多くの場合まず言うのが「soldier(軍人)」です。しかしお母様については、たとえばアメリカでのラジオインタビューのDesert Island Discs (1991) では、"Irish, Quaker"と言っていますし、BBCラジオのインタビュー(1989)では、"Mother, Quaker, Irish, Quaker"と少し歌うような調子で言っています。BBCテレビのWogan Interview (1988) では "My father was a soldier; my mother was a Quaker." と言っています。でもそれ以上はほとんど話していません。

母親のことを説明するときに、まず第一に「クエーカー教徒でした」、と説明するのが欧米ではどのようなニュアンスを持つのか、私にはわかりません。ただ、私はジェレミーのことを知るよりも前からQuakerにこころひかれていたこともあって、こころの片隅にこのことがありました。

The Brettish Empireによれば(http://www.brettish.com/tbev2-03.html)ご両親はそれぞれ28歳と19歳の時、バーミンガムのQuaker Meeting Houseで出会ったそうです。Quaker Meeting HouseとはQuakerの集会所のことで、Quakerは教会をもたず、聖職者の取り次ぎがなくても一人一人が神と出会うことができることを信じています。集会は沈黙にはじまり、神との出会いを待ちます。お母様はおそらく、結婚後はクエーカーの集会所に行くことはほとんど、あるいはまったくなく、村の教会に行っていたのでしょう(教会に関するエピソードはりえさんがいろいろとブログで紹介していらっしゃいます)。クエーカーは教条主義的ではありませんから。クエーカーの中には無神論者さえいる、といわれるほど、ドグマにしばらなれない人たちのようです。

私がクエーカーにひかれたのは、2つの方向からでした。一つは精神医学者の神谷美恵子さんから。もう一つは松岡亨子さんが訳したエリーズ・ホールディングの本「子どもが孤独(ひとり)でいる時間(とき)」から。この二つについて話しだすと長くなりますので、本の訳者あとがきから、松岡さんがクエーカーの人たちに対する印象を述べたところを抜き書きするのみにします。「わたしは、この”風変わりな”集団に惹かれ、これに属する人たちに深い尊敬を抱くようになりました。というのは、この小さな宗派は、わたしが宗教やそれを信じている人たちについて、往々にしていやだと思うこと---たとえば、他の宗教に対する非寛容、独善的でこりかたまったものの見方、ことばと行いの乖離、安易に宗教上の決まり文句に逃げこんで、物事を真正面から見ようとしない態度、など---から驚くほど自由だったからです。」「わたしが知り合ったクエーカーの人たちは、非常に知的で、開かれた心の持ち主でした。いわゆる宗教くささはまったくなく、信仰についてことばで語ることはほとんどありませんでした。けれども、まわりに何ともいえず清潔で和らいだ雰囲気をただよわせており、それはどこか深いところから来ていることを感じさせるのでした。」クエーカーは平和主義、平等主義でも知られています。

もちろんクエーカーの人たち皆が皆このようだというほど、単純ではないでしょう。でもわたしはジェレミーのお母様はこのような方だったと想像しています。そしてジェレミーが自分を、ひとを、この世界を、この形ある世界をこえたものをみるまなざしには、お母様の考え方、感じ方が深く影響していたのだと思います。しかしそのお母様は、交通事故で突然この世を去ってしまったのでした。お母様の突然の死の打撃については、雑誌のインタビュー記事などを紹介しながら、いつかそのことを考えて、感じてみたいと思っています。でもお母様の死後、母はクエーカーだった、とだけ言うことが多かったジェレミーの心の中には、お母様の深いところから来る「清潔で和らいだ雰囲気」がずっと生き続けたのではないでしょうか。お母様もジェレミーも、この世をこえたものへのまなざしが、この世を真摯に生きることの中に含まれていることを知っていたからこそ、あの強さとあたたかさを持っていたのだと思います。

ジェレミーの、この世やこの世をこえるものに対する見方を思うとき、あと3つ思いおこすことがあります。一つはリウマチ熱で死の淵まで行って引き返したこと。その時から二つの世界に生きている、とLindaに言っています。もう一つは瞑想をおこない小さな仏像を手元においていたことなどから感じる東洋思想への親和性、そして最後はジェレミーを追悼する集まりである人が、ジェレミーが"Footprints" を持ち歩いていた、と語ったということ(出典はThe Sherlock Holmes Gazette, issue 14)。これは多分 "Footprints in the Sand" という詩のことでしょう (参考:http://www.ieji.org/archive/footprints-in-the-sand.html)。私もこの詩をかつて読んだことがありました。神と並んで歩いていた人が、ふりかえって自分の足跡しかない場所をみつけた。「あなたの試練と苦しみのときに、ひとりの足跡しか残されていないのは、その時はわたしがあなたを背負って歩いていたのだ。」この詩を持ち歩いていたジェレミーの心を思います。たった1人でこの世界に投げ出されたように思う時が、苦しい時が、多分死を思う時が、何度かあったのでしょう。最後の10年で、時としてジェレミーを襲った悲しみについて思うととともに、この詩を持ち歩くことがいくらかでも支えてくれたであろうことを、ジェレミーのために喜びたい気持ちがしました。

RM

参考:
"Quakers" http://www.bbc.co.uk/religion/religions/christianity/subdivisions/quakers_1.shtml
"クエーカーの信仰" http://www10.ocn.ne.jp/~awjuno/sub4112.html
"Who are the Quakers? (日本語)" http://www2.gol.com/users/quakers/who_areJ.htm

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