Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前回「Steve Shipmanが撮影したジェレミーのポートレート(そして、Rupert Gravesの写真も)」でご紹介したジェレミーの写真について、二種類の感想をきいたことがあります。そのことが、最近私がジェレミーのファンフォーラムへの投稿をお休みしていることと一部、そして間接的に関係があります。少し書いてみたいと思います。

一つの感想は、これはジェレミーの健康状態が悪くなりはじめた頃だろうが、それでもかわらずジェレミーらしさ、存在感(presence) が感じられてうれしい、というものでした。そしてもう一つは、悲しい目をしている、あやうさ、傷つきやすさ(vulnerability)を感じる、という感想でした。

この写真は1990年頃でしょうか。薬の副作用で顔がふっくらとしているのは、どなたもお気がつきになるでしょう。

この頃こういう表情で、ホームズとしてではなくジェレミーとしてうつっているのは、珍しいように思います。この頃のジェレミーとしての写真で私の印象にあるのは、微笑んでいるようなやわらかい表情か、少しメランコリックな表情のものです。こういう「挑むような」とも言えるような強い表情の写真は思い浮かびません。それをある人は存在感(presence)と言ったのでしょうが、吸引力、強い魅力(magnetism, charisma)という言葉も浮かんできます。

一方で、この表情にあやうさ、傷つきやすさ(vulnerability)を感じた人は、悲しみを表に出さない強がりを感じたのでしょうか。あるいはこの強い表情の中に、ホームズと同化しようとするあやうさをみたのかもしれません。

私は両方とも、気持ちがわかります。でもその上で、私の感想は前者に近いのです。そして後者のような反応は、この写真に関しては比較的おだやかでしたが、特に最後の5年間のジェレミーに関してあまりに強くファンの間であらわれると、とまどう気持ちが最近の私の中にはあります。1990年以降の写真や記事や話題に関して、「それを見て(読んで、話をきいて)とても悲しくなりました」というような反応です。気持ちが暗くなるから触れるのを避けたいような、悲劇的な話題であるかのような空気。

繰り返しますが、その気持ちもわかるのです。私も最初は、こんなに輝いている人がそんなに苦しんで死ななければならないなんて、どうしてだろうと思って涙が出ました。そしてどうしてこの世を去って久しい異国の俳優のことで、こんなに涙が出るのだろう、と不思議でした。(2番目の「どうして」に関しては、偶然であり必然であったとしか言えないのですが、それはまた別の話です。)

今は、もちろん悲しくなることがないとは言えないのですが、でも通奏低音のようにいつも流れているのは、見事に生きて見事にこの世を去った一人の人の人生を言祝ぐ(ことほぐ)、というそのことだけです。病んだことも含めて、なんと見事に生きたのだろう、と。

そしてもっと言うと、人はみなその人生を終えた時に、「見事に生きて見事にこの世を去った」という以外に、何があるのでしょうか。それはジェレミーに限りません。誰でもです。

でも私のなかに偶然に(そしてある意味では必然的に、他の人ではなく)ジェレミーのことを知りたいという気持ち、その人生を言祝ぎたいという気持ち、それを機会があれば他のかたがたと共有したいという気持ちがあって、それで出演作品や写真や記事をさがしたり、こんなブログをはじめたり、フォーラムでお話したりするということなのです。

だから私は熱狂的なファンでもなければ、冷静な分析家・批評家でもない。何か弱さや秘密があったとしてもそれを強調したり分析しようとは思わないし、逆にそんなものは見たくない、触れたくないと思うこともない。

ジェレミーと会うことがあっても... ってどこで会うんでしょうね、そう、ジェレミーが今この地上にいたとしても、私が今この世以外のところにいたとしても、遠くでにこにこしてジェレミーのことをみているだろうなあ、というのが最近の私の気持ちです。

一枚の写真のことから脱線したようにも思いますが、私の中ではつながっています。そしてちょっと書きたくなったので、こんな文章になりました。

RM

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コメント

RMさんこんにちは。
私がジェレミーのファンになったのは、亡くなってから10年以上たってからここ数年で、まだまだ本やネット、RMさんに色々教えてもらう事ばかりですσ(^_^;)
だからあの写真に対する考え方も生きていた頃からのファンの方とは思いの深さは違うのかもしれません。

シャーロックホームズを演じている時は常に彼のイメージを壊さないように、プライベートもかなり気を使ってたと思います。
だからあの写真は本当にジェレミーに近いのかも。
病気もジェレミーは決して自暴自棄になったりせずに楽しんでたと思います。友達のように付き合っていたのかも。
ナツミさんのブログでYOKOさんの言った『同世代を生きる幸せ』私もジェレミーと同じ時代を生きていたことが誇りです。

見当違いのコメントかもしれないのですが

RMさん、皆さん、こんにちは。
こちらで連載中の記事(『ハドスン夫人とワトスンとホームズ』)の「勝手に連動記事」を書かせていただき、そのご報告に伺ったのですが、今日の記事に深く考えさせられてしまいました。すでに承認待ちのコメントがあるので、書き込んでいらっしゃる方と内容が重なってしまったら申し訳ないのですが……

個人的なことになりますが、彼が病気と戦いながらホームズを演じていた時、私は彼のことをちっとも分かっていませんでした。「ホームズ、太っちゃったねえ」などと、残酷な言葉を口にしていました。もちろんそれが直接本人に届いていたわけではないですが、病気だったとわかったとき、そしてその後彼が亡くなった時、私はひどく打ちのめされました。
そのショックは、未だに生々しいものです。極端に言うと、自分の言葉がまわりまわって彼を殺してしまったような…いえ、そこまで強いものではありませんが、ごく弱い罪悪感のようなものが、確かに胸にあって、今でも痛みます。

それは、悪口を言ったことへの罪悪感ではなくて、うまく言えないのですが、「よく知らなかった、わかっていなかった」ことへの罪悪感なのだと思います。喪ってしまう前に、どうして彼のことをちゃんと知ろうとしなかったのだろう、と言うような。
もちろん、遠い国に住む一介のファンが彼のことを知ろうとしようがするまいが、彼自身にはなんの関わりもないのですが、自分の中の問題として深く胸に残りました。

このブログで、今まで知らなかったジェレミーの輝きをたくさん知ることが出来ました。彼が笑っていた、楽しんでいた、面白がっていた、考えていたことに触れると、痛みが和らぐような気がします。そして、私たちはジェレミーの輝きをほんとうには喪ってなんかいない、と思えるようになりました。

自分のことばかり書いてしまって、しかもちっともまとまらない内容で、申し訳ありません。でも、RMさんがジェレミーの人生を「言祝ぐ」のを目にすることで、私は確かに救われている、ということを伝えたくて、こんなコメントになってしまいました。

トビィさん、こんにちは。

>だからあの写真に対する考え方も生きていた頃からのファンの方とは思いの深さは違うのかもしれません。

おっしゃること、わかる気がします。私もジェレミーが亡くなった時のことを知らないので、その時の衝撃と悲しみはどんなだっただろう、と想像するしかありません。

そしてその時のことを書いた文章などから、悲しみとともに、一人の俳優として、人間としてのジェレミーの人生を祝う気持ちも、いつも感じられます。昨年の9月12日のDavid Stuart Daviesのtweetにも、こころ打たれました。
https://twitter.com/DStuartDavies/status/245968434461040640

「JBが亡くなった知らせの電話を受けた時のあの気持ち、忘れたいけれども、命日のtweetを読むと思い出してしまう。JBなら"Onward and upward (さあ前を向いて進もう)"と言うだろう。ジェレミーのホームズを観て、思い出して、たたえよう。」

私やトビィさんのように、後でジェレミーの死を知った人達もまた、時期は違っても同じような道を歩いてきたと思うのです。悲しみ、そして、ほめたたえ誇りに思う気持ち。

>病気もジェレミーは決して自暴自棄になったりせずに楽しんでたと思います。友達のように付き合っていたのかも。

「友達のように付き合う」っていい言葉ですね。ジェレミーは隠しませんでしたものね。ジェレミーは「病を得た自分」を切り離してしまったのではなくて、全部がジェレミーだったのだと思います。だから私たちも、感傷的になって見ないようにしてしまうのは、残念な気がしますし、逆に、あまりジェレミーのことを知らない人の言葉やよく調べていない記事で、「病を得た俳優」というところばかりに焦点があたっているのもまた、とても残念な気がします。

>ナツミさんのブログでYOKOさんの言った『同世代を生きる幸せ』私もジェレミーと同じ時代を生きていたことが誇りです。

ああ、本当にそうです!トビィさんのおっしゃることすべて、うなずくばかりです。ありがとうございます。

ナツミさん、書いてくださってありがとうございます。

ちょうど私がトビィさんにお返事を書いていた時に、書き込んでくださっていたのですね。「勝手に連動記事」、うれしいです!後でお邪魔します。

>うまく言えないのですが、「よく知らなかった、わかっていなかった」ことへの罪悪感なのだと思います。喪ってしまう前に、どうして彼のことをちゃんと知ろうとしなかったのだろう、と言うような。

ああ、このお気持ち、わかる気がします。私はもっと何もわかっていなくて、ものすごく「ぼんやり」だったのです。NHKで放映されていた頃、好きだったこと、「この人ホームズそのものだ!」と思ったことは覚えていても、次第に容貌や体型がかわったことは何一つ覚えていません。宝島社のムックで再会した時、最初の頃書いてあった「壮絶な苦闘の中でホームズを演じ続けた」という記述に強い衝撃を受けました。(あ、宝島社のムックの解説はよく書かれていて、文句を言っているわけではありません。)それは、どうしてこんなに輝いている人にそのような残酷なことがおこるのだろう、という気持ちとともに、ナツミさんが書かれたのを読んでわかったのですが、自分は何も知らなかった、という衝撃だったのだと思います。

>私たちはジェレミーの輝きをほんとうには喪ってなんかいない、と思えるようになりました。

これも私の気持ちそのままです。ジェレミーの人生が「病との苦闘、病によるはやすぎた死」という言葉とともに括弧で閉じられるなんて、人生はそんな卑小なものではない、生きることと死ぬことはそんなものではない、そう思えるようになったのもジェレミーのおかげです。

>RMさんがジェレミーの人生を「言祝ぐ」のを目にすることで、私は確かに救われている、ということを伝えたくて、こんなコメントになってしまいました。

ありがとうございます。それを伝えてくださって、本当にうれしいです。私もまた、読んでくださるかた、共感してくださるかたがいらして救われています。

まさに!!!

RMさん、こんばんは!
RMさんの記事も、トビィさんやナツミさんのコメントも、そしてそれに対するRMさんのお返事も、全てその通り!
まさに!まさに!!まさに!!!
すべてお三方が言及して下さいました。
ありがとうございます(^○^)

ありがとうございます!

みんみんさん、おはようございます。
みんみんさんに今回書いたようなことを感じた別のことについて、お話しする機会があって、私のつたない言葉を受けとめて共感して下さいましたね。その時のことが私の背中を押してくれて、今回の記事になりました。そしてトビィさんやナツミさんともお話することができました。

ありがとうございます。

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 RM

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