Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

ジェレミーが演じるホームズの仕草が、ホームズ以外の作品でもみられるか調べてみよう、というわけで、The Prodigal Daughter (1975) を久しぶりにみました。これも音声をiPodに入れているので、音だけならそんなに久しぶりではないのですが。

みてあらためて思ったことは、役によって表情も仕草も体型(!)も、なんとまあ変わるのだろう、ということ。この作品からは以前こちらの記事で、スクリーン・キャプチャを載せたことがあります。
ジェレミーの笑い声と笑顔

カトリックの神父(Father Daley)の役です。このデイリー神父は誠実でまじめで、主任司祭にも教区の信者にも愛されていることがわかります。上の記事で載せた写真は、若いカップルに一生懸命助言しているところです。でもみている私たちは次第に、彼が聖職者としての道に迷いを持っていること、そしてそれがいくつかのできごとにより、強くなっていることに気づきます。

たとえば手の動きでいうと、気持ちや性質をよくあらわしていて、ほっそりとした華麗な指先という感じではなく(厳密に言うと一箇所、すごくきれいな動きで若者に「少し待っていて」という仕草をしますが)むしろあたたかくてがっしりとしていたり、ちょっと不器用だったり、という感じです。途方にくれて髪に手をやったり、背中を丸めて両手の指や手のひらを、ひざの上やひざの間であわせたりします。体型も、変な言い方をすると、普通なのです。ホームズにみる、あの背中の線の美しさは目につきませんし、頭の大きさも(これも変な言い方ですが)いつものジェレミーに比べて大きくみえます。顔や表情はもちろん素敵だけど、街を歩いていて皆がふりかえる、という感じではないのです。(神父がそれだと、ちょっと困りますよね。)

あらためて、わあ俳優ってすごいなあ、これだけ変わるのだなあと思うのと共に、このデイリー神父の中にもホームズの中にも、ジェレミー自身が入っているのだろう、と感じました。以前の記事でも書きましたが、一生懸命相談にのっている姿に特に、ジェレミーを感じます。

さて、前置きが長くなりました。この真面目で誠実で、ちょっと不器用で、悩める人である神父は、片手を自分の背中に少し回す仕草や、人差し指を口元にあてたり顔の近くまであげたりする仕草をするでしょうか?

私は腕を背中に回すシーンは覚えていなくて、人差し指をあげるところは覚えていたのですが、今回見直したら、両方ともしていました!

まず、礼拝堂から出て行く時に左手を、そして主任司祭をつれて戻ってくるところで右手を背中に回していました。でもそんなに目立たちません。このシーンは、みている人にはまだ彼の悩みがわかっていない時です。聖職者として迷いのない生活をおくっているようにみえています。それに対して、次第に彼の内面がわかってきて、彼の混迷もまた深くなっていく段階においては、この仕草はしていないように思います。

次に人差し指をあげる仕草ですが、私が覚えていたのは、教会を出ることを考えている、と主任司祭に打ち明けている場面で、「でも(他の人がどう思うかではなく)あなたはどう思うのですか?」と主任司祭に尋ねる場面です。ここで右指をあげます。それから今回気づいたのはそのあと元神父で教会を出た男をたずねるシーンで、飲み物( エールでしょうか)をグラスに注がれて、もう結構という印に左の人差し指をあげます。

したがって、ホームズ以外でもこの二つの仕草はみられますが、でもそのニュアンスは非常に違うように感じられます。

ここからは推測になりますが、この二つはジェレミーにとってホームズのかなり以前から、自然に出て来る仕草で、でも芝居の中では自覚的に使っていて、それぞれの場面や作品によって違う意味や印象が付け加えられているのではないでしょうか。私は最初にトビィさんからお尋ねがあった時、普段からこの仕草をしているのではなくて演技のスタイルだと思う、それはThe Prodigal Daughter のような作品ではみられないから、とお答えしたのですが、今は違う印象を持っています。これは一種の癖で普段からしていて、演技においてはそれを役柄や場面にあわせた形で使っていたのではないでしょうか。

最後に2枚、仕草の写真ではありませんが、表情をとらえたスクリーン・キャプチャを。2枚とも主任司祭の部屋で話しているのですが、1枚目はまだ悩みなき笑顔をみせているところ。でも実際はこの時すでに、彼の中に苦悩の種がまかれているのですが。2枚目は聖職者であることをやめようと思っている、と打ち明けているところです。1枚目の笑顔をみると、Marcus Tylorが撮った写真のうちで、一番好きで部屋にかざっている写真での笑顔を思います(「私の部屋の写真」)。この作品でのジェレミーの表情は、普段の表情と共通するところが多かったのではないか、と思います。こんなことを書くと、先ほど「顔や表情はもちろん素敵だけど、街を歩いていて皆がふりかえる、という感じではないのです」と書いたのと矛盾するようですが(だってジェレミーが歩いていたら、絶対ふりかえりますよね!)でも微笑んでいるところとか、うれしそうに笑っているところとか、考え深そうな表情とか、励ますような目とか、今回久しぶりにみて、やっぱり好きだなあと思いました。

ProdigalDaughter2.jpg
ProdigalDaughter3.jpg

RM

追記:この作品はDVDになっています。下のリンク先のDVDに言わばおまけとして入っています。
http://www.amazon.co.uk/dp/B000LXHJJQ
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コメント

RMさん、こんにちは。
うふふっ♪
前髪おろしたジェレミーなんて可愛いのでしょう!
役者さんは本当に凄いですよね。顔もしゃべり方も変わりますよね。
ジェレミーの昔の映像を観ても同一人物とは思えない。
もっと昔のドラマなどDVD化してほしいです。

>一生懸命相談にのっている姿に特に、ジェレミーを感じます。
RMさんの言う通りで、一番「素」に近いジェレミーですよね。

ジェレミーが街を歩いていたら…(注意!ここからは私の妄想です。)
振り返って確認し、その後なりふり構わず全速力で追いかけますね(笑)
ジェレミーなら飛び込んでも受け止めてくれそう(///▽//)

トビィさん、こんにちは。

そうなんです、特にジェレミーは役によってものすごく変わりますね。そして本当に演じることが好きだったのでしょうね。私ももっと昔の作品もみたいです。

>RMさんの言う通りで、一番「素」に近いジェレミーですよね。

そう思います!

>ジェレミーが街を歩いていたら…

わあ、私も想像しちゃいました。ジェレミーが前から歩いて来て、他の人と一緒で、何か話しているようなら、「こんにちは」って挨拶して、にっこり笑うだろうなあ、一人だったらその後思いきって話しかけるだろうなあ、なんて思いました!私、上京時の山手線の中で寄席から寄席へ移動中、両方の寄席に出る噺家さん二人も移動中で、ここで話しかけなかったら一生後悔すると思って、思いきって話しかけたという経験があります。ジェレミーならなおさらです。

あ、でも先日私、「ジェレミーと会うことがあっても... ってどこで会うんでしょうね、そう、ジェレミーが今この地上にいたとしても、私が今この世以外のところにいたとしても、遠くでにこにこしてジェレミーのことをみているだろうなあ」と書いたのでした。前言撤回して、ジェレミーが一人なら話しかけます!

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