Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前回の記事を書いた後で、Edward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)のジェレミーに関する文章を追加しましたので、よければどうぞお読みくださいませ。
"I'm a reluctant hero today"

その時にエドワードの文章を和訳しながらあらためて思ったことがあります。エドワードを、やさしくてあたたかい人、と形容するとき、おそらく誰もが賛成するでしょう。でもエドワードにはもう一つの面があって、彼は自分のこともひとのことも、しっかりと見ることができた、と言えるのではないでしょうか。あの文章を読んでいて、深い感情が流れているけれども、自身は情に流されない人だという感じを持ったのです。インタビューを読んだりきいたりしても、穏やかというだけでなく冷静で考え深いところを感じます。

有名な俳優を父に持って、若いときから「あの父の息子」という理由でまず注目される立場にいたこと、もともと内向的な性格だったこと(俳優とは思えないほどシャイだったという記述を読んだ覚えがあります)、そしてコメディを演じるのが好きだったこと、これらのことにより、自分の中にどっぷりと浸らずに、自分をいわば他人の目でながめることができた、そしてその目で、まわりのひとのこともしっかりと見ることができたのではないか、と想像しました。

ジェレミーとのことで言えば、David Stuart Daviesが"Dancing in the Moonlight"に書いていますが("Bending the Willow"にも同じ記述があったかもしれません)、ジェレミーとエドワードの友人関係の中で最も困難な出来事が、"The Secret of Sherlock Holmes"の上演中に起こっています。双極性障害の症状が出て、エドワードがもうこの劇を演じたくないのだと思い込んで、ジェレミーが怒りに駆られた時に、エドワードは一晩考えて、朝の6時までかけて20ページの手紙を書いて、「議論はしたくないんだ。ただ、これを読んでくれ」と言ってジェレミーにその手紙を渡した、というエピソードがあります。ジェレミーはその長い手紙の1ページ目を読んで微笑み、"Oh darling, I'm sorry...." と言ったそうです。

ジェレミーは病気のために完全にすべてを誤解しているのだから、議論するのではだめだ、手紙に書いて渡さないと、と考えたとエドワードは言っています。そこにエドワードの思慮深さと、状況を見抜く賢さを感じます。そういうエドワードがジェレミーの近くにいてくれて、本当に良かったと思います。


そしてこのエピソードを思い出す時にはいつも、双極性障害の辛さを思います。気持ちが極端に高揚したり、抑うつ的になったりするだけが双極性障害なのではなく、現実認識が損なわれてしまうことがあるという悲しさ。そのために人を悪く思ってしまうことも、あるのですね。エドワードはジェレミーに双極性障害の症状が出た時のことを、"I must make it clear, however, that this was not Jeremy—this was his illness acting for him." と言っています。病気に乗っ取られて、本来の自分なら絶対にしないことをしてしまうとは、精神の病というのは、なんと残酷なのでしょう。

そういうことも起こり得る病をかかえた俳優が、グラナダテレビの最も重要なドラマシリーズの主役を長く演じ続けたことは、一つの奇跡のようにも思えます。そしてその奇跡を生んだ要因は、ジェレミーのプロフェッショナリズムと、症状が出ていない時の本来のジェレミーが持つあたたかさを、スタッフや共演者の誰もがよく知っていて、尊敬して愛していたこと、そしてエドワードが共演者として友人として、常に支えてくれたことだと思います。

RM
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コメント

RMさん、こんばんは。

「Edward Hardwicke の思慮深さ」を読んで泣いてしまいました。
私の母が今、心の病気で同じような症状なのです。
「病気が思わせている・言わせている。」と頭では理解できてもそう簡単に納得できるものではありません。
>、"I must make it clear, however, that this was not Jeremy—this was his illness acting for him." と言っています。病気に乗っ取られて、本来の自分なら絶対にしないことをしてしまうとは、精神の病というのは、なんと残酷なのでしょう。<
本当に残酷だと思います。元の人格を知っていなければ絶縁もあり得ます。
それだけにエドワードのジェレミーに対する病気の理解と愛情が伝わってきます。
エドワードでなければグラナダ版ホームズは復活しなかったでしょうね。

そして病気を抱えたまま仕事をしていたジェレミーもRMさんの仰る通りプロフェッショナリズムですね。いろんな人の思いが詰まってますね。

トビィさん、こんばんは。

本当にお辛いですね。お察し申し上げます。

>「病気が思わせている・言わせている。」と頭では理解できてもそう簡単に納得できるものではありません。

家族のかたは誰よりも本来の姿を良く知っていて、長い時間を一緒に過ごしてきた分、お辛いだろうと思います。知人や友人なら頭で理解することで、その時だけでもその人から、その症状から距離を取ることができても、家族にはそれはできないと思います。

エドワードは友人として共演者として、とても思慮深く適切に、かげからジェレミーを見守ってくれたのだと思います。でも家族はまた別だと感じます。トビィさんが距離をとれないからといって、どうぞご自分を責めることがありませんように。

私もこれを書きながら、自分に比較的身近な人のことを思っていました。と言ってもトビィさんの場合ほど身近なわけでは全くなく、彼女の母親から話をきくだけです。でも彼女の現実認識がおかしくなっていること、彼女も家族も辛い思いをしていることを聞くと、精神の病は身体の病とはまた別の意味で残酷だと感じます。幸いにして彼女には合う薬がみつかって、快方に向かっているようです。トビィさんのお母様も、少しでも状態が落ち着きますように、お祈り申し上げます。そしてトビィさんにも、こころ穏やかな時が少しでも増えますように。

連続でお邪魔します

RMさんのお心遣い感謝致します。
あたたかいお言葉、本当にありがとうございます。
病気が悪化している時などは、もうこのまま治らないのかな。と考えてしまいますが、そうではないのですよね。病気とうまく付き合って行けば、落ち着きますから。
今でも病気に対する偏見や差別がある中で、あの時代にジェレミーが双極性障害と告白した行動は素晴らしいです!
エドワードの手紙は参考になります。議論するより、確かに効果的ですね。
母に手紙を書くなんて考えませんでした。手紙を書くのは小学校の宿題以来かもしれないですσ(^_^;)

こんにちは。横から首を突っ込んでよいものか、しばらく悩んだのですが、いてもたってもいられなくて書き込んでしまいました。

トビィさんの優しさやウィットに満ちたお言葉に、このブログを拝見する時も、自分のブログに書き込んでいただいた時も、とても心慰められています。そのトビィさんのお母様がどんなに素敵な方か、想像に難くありません。
わたしは想像しかできないので、何十分の一も理解できていないとは思いますが、お辛いでしょうね…

すこしでもはやく、一度でも多く、皆さんに笑顔が増えていきますように、私にも祈らせてください。

いつでも何度でも大歓迎です

トビィさん、こんばんは。先のことがよくわからないというのは、どんなことについても不安ですが、ご家族のご病気というのは特にそうだろうとお察し申し上げます。でも不確かに見える時の流れの中にあって、とても確かな「今」という時を生きることで、自然な未来が訪れてくることを、私は自分のことについても願っていますし、その未来の中に、病気とうまく付き合っていらっしゃるお母様と、トビィさんがいらっしゃることを信じています。

>今でも病気に対する偏見や差別がある中で、あの時代にジェレミーが双極性障害と告白した行動は素晴らしいです!

本当にそう思います。「病気になることが持つ悲しい面は、自分は社会ののけものだ、不良品だ、とどこかで感じてしまうことです。」「精神の病にかかっていることは、正気を失っている、ということではありません。病気の一つにすぎないのです。」こういうことを公の場で言って、自分の発言と、俳優としての仕事の両方で、病気の人の力になったのですね。

エドワードが、議論ではだめだと考えたことについては、私もなるほど、と思いました。エドワードは多分、「どちらの言っていることが正しいか」の議論ではなく、自分の気持ちを伝えるのが何より大切だと思ったのだと推察します。

>手紙を書くのは小学校の宿題以来かもしれないですσ(^_^;)

うふふ、私は小学校の低学年の時に、母への誕生日プレゼントの、公園の砂場で拾った貝を入れたビンに添えて、手紙を書いた覚えがあります。

ナツミさん、こんにちは。

>トビィさんの優しさやウィットに満ちたお言葉に、このブログを拝見する時も、自分のブログに書き込んでいただいた時も、とても心慰められています。

このブログを読んで下さる方は皆さん、トビィさんが書いて下さることを読むのも楽しみにしていらっしゃいますよね。私はトビィさんと一緒にこの場所をつくって、皆さんをお迎えしているような気がします。そしてナツミさんのところでもトビィさんは、私にはわからないマニアック(うふふ)な話にも見事に反応して、ボールを投げ返していらっしゃいましたよね。

ここにお気持ちを書いてくださって、ありがとうございました。

この場をお借りして。

RMさん、こんばんは。

ナツミさん、励ましのお言葉、ご心配ありがとうございます。
本当にありがとうございます。

RMさんのブログで私的な事を書くのは正直戸惑ったのですが、「エドワードの思慮深さ」を読んで思いが溢れてしまいました。

ここ何日か悶々とした日を過ごしていたのですが、お二人のお心遣いやコメントに励まされて心が軽くなれそうです。
不束者ですが、これからもよろしくお願いします。

砂場での貝(ホタテみたいな形?)私も探して集めていました(^^;)軽石も集めていましたけど、今、考えたら何に使うつもりだったのやら・・・?

トビィさん、ホタテもありましたね!

>砂場での貝(ホタテみたいな形?)私も探して集めていました(^^;)

思い出しました!私がビンに入れたのは、もっと小さい貝だったのですが、小さめのホタテみたいなのもありました。軽石はうらやましいです...。

砂場の貝殻

私は、全く見た記憶がありません!海のない県に育ったので、見つけたら大喜びしたはずなんですが。地域によるのでしょうね~。

「いい加減さ」にもよるのかも

ナツミさんが書かれたのを読んで思い出したのですが、貝殻がある砂場とない砂場がありました。貝殻がある砂場は、いかにも海からそのまま砂を運んできました、という感じの、良い意味でいい加減な砂場でしたよ。ああ、懐かしいです。

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 RM

Author: RM
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