Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

昨夜のNHKでの放送はご覧になりましたか。私は観ることができる環境にないので、NHKで放送が始まってから第一回(10月6日)の「ボヘミアの醜聞」を観たきりなのですが、目の前のテレビ画面にジェレミーのホームズが久しぶりにうつっている、そして全国でたくさんの人と一緒にあの画面をみているという、その時の幸せな気持ちを毎週思い出しています。昨夜は「海軍条約事件」でしたね。

「海軍条約事件」についてジェレミーが話している部分が、先日「ホームズとワトスンの友情」というタイトルで書いた時にご紹介した"The Armchair Detective"という雑誌のインタビューの中にあります。その前の「踊る人形」の部分も含めてご紹介しましょう。


"Interview with Jeremy Brett"
By Rosemary Herbert
The Armchair Detective, vol.18, no.4, 1985

Brett: ホームズが失敗する時を演じるのが好きです。そういう時にホームズの人間的な面が出ます。たとえば「踊る人形」でホームズが駅について、キュービットが撃たれて死んだ、ときいた時、彼はいつもの平静さを失います。依頼人が死んだ!彫像のようなホームズの内面をのぞかせるシーンが好きです。

Herbert: 他に思い出に残るシーンはありますか?

Brett: 「海軍条約事件」が特に好きなのですがその理由をお話しましょう。ホームズが抽象的な言葉で宗教への共鳴を語った唯一の時だからです。ホームズはバラに関して素晴らしいことを唐突に語り始めます。驚くべきことです。この世をこえたものについても語ります。原典の中でこの時だけです。この短編でドイルが英国の階級制度を馬鹿げたものだとしているのも、とても好きです。この話は私の気持ちによく添っています。


Brett: [...] What I love [as an actor getting into the part] are the moments when Holmes fails, because that makes him human. Now, for example, in "The Dancing Men," when he arrives at the station and hears that Cubitt's been shot. He's absolutely off kilter. His client is dead! I like scenes showing cracks in the marble. [...]

Herbert: Were there any other moments which are particularly memorable for you?

Brett: I'll tell you why I liked "The Naval Treaty" so much. It is the only time when any metaphysical religious identification takes place. [Holmes] makes a remarkable, quite non-sequitur speech about a rose. This is very surprising. And he does talk about a hereafter. It's the only time in the Canon that he does. [The story] was also very much up my street because it's Doyle's knocking of the English class system. That one was very near to my heart.



「踊る人形」で、雨の中をキュービットの屋敷に向かう時のホームズのあの表情、見事でしたね。衝撃を受けて目が虚ろ、でも多分彼の頭の中はその時虚ろな訳ではなかっただろう、と思わせるものがありました。

「海軍条約事件」のバラのスピーチをジェレミーがとても好きだったということは、Jeremy PaulもMichael Coxも書いていました。以下はJeremy Paulの追悼文からです。


Scarlet Street, vol.21, 1996

ジェレミーは原作の中の哲学的な面を演じるのを楽しんだ。「海軍条約事件」のバラのスピーチを特に好んだ。ホームズは自身が生きた世紀末のことだけでなく、我々が生きている20世紀末のことも語っていると、ジェレミーは固く信じていた。

He relished also the philosophical moments in the Canon. The "rose" speech from "The Naval Treaty" was a particular favourite—and he carried forward the notion with total conviction that Holmes was speaking for the end of our 20th century as well as his own.



上のThe Armchair Detectiveのインタビューでの、バラのスピーチに対するジェレミーの言葉をきちんと理解して訳しているか、完全な自信はありません。英語の原文もどうぞご参照ください。特に"He does talk about a hereafter" のところの解釈は迷いました。hereafterは辞書では「〖単数形で; 通例the ~〗あの世, 来世.」となっていました。そしてバラのスピーチの中に、直接的に「あの世」に言及した部分はありません。だからまったく違うふうに訳してしまっている恐れも皆無ではありません。でもジェレミーは十六歳で死の淵の手前まで行ってから、この世のかたちあるものをこえたものを信じていただろうと思っているので、「この世をこえたもの」と訳しました。

宗教というのは、大切なものはこの世で価値あるとされているものだけではない、ということを示してくれるものだと思います。バラのスピーチで言えば、「力だとか欲望だとか食物だとか」をこえるものです。もちろん宗教だけがそれを指し示してくれるわけではなく、また言うまでもなく宗教のもたらす害もあるのですが。ジェレミーはそれぞれの宗教、それぞれの宗派について、柔軟な立場をとっていたと思っています。たとえば母親がクェーカーで、兄は英国国教会の聖職者、自身は仏像を傍らに瞑想する、ということからも。

ジェレミーの十六歳の時のことは、以前この記事で触れました。
大病の後に;インタビュー記事 When the lights went out (1990) より

さて、ジェレミーは「海軍条約事件」が好きな理由として、ドイルの階級制度に対する考えが自分と近いことにも触れています。これについては具体的に述べていないのでわかりにくいのですが、Michael Coxは"A Study in Celluloid"の中で、ジェレミーは俳優が持つ知性と理解力で、この物語のサブテキスト(作品のおもてにみえる主題の後ろに隠れた別の主題)に気がついたと書いていて("He brought an actor's intelligence to the series, and that prompted him to unearth a fascinating subtext in this particular story.")かなりくわしくその内容を述べていますが、それについては別の機会に譲ります。

この記事を書くために、あらためてバラのスピーチを読み直したので、覚え書きもかねて、最後に原文と延原謙訳を引用しておきます。


"What a lovely thing a rose is!" [...]

"There is nothing in which deduction is so necessary as in religion," said he, leaning with his back against the shutters. "It can be built up as an exact science by the reasoner. Our highest assurance of the goodness of Providence seems to me to rest in the flowers. All other things, our powers our desires, our food, are all really necessary for our existence in the first instance. But this rose is an extra. Its smell and its color are an embellishment of life, not a condition of it. It is only goodness which gives extras, and so I say again that we have much to hope from the flowers.

「バラの花ってきれいなものですね」(中略)

「およそこの世に宗教ほど推理を必要とするものはありません」鎧戸にもたれかかりながら彼はいう。「宗教は推論家によって一つの厳正科学にまでまとめあげられます。神の真髄の最高の保証は、花のなかにこそ見られるのだと私は思う。そのほかのもの、力だとか欲望だとか食物だとかは、われわれの生存のため第一に必要だけれど、このバラは余計なものです。バラの香りや色は人生の装飾でこそあれ、必要な条件ではありません。その真髄は余分のものを与えるところにある。だから私は、花にもっともっと期待すべきだと重ねていうのです」



RM
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コメント

RMさん、こんにちは。みなさん、こんにちは。

「海軍条約事件」はホームズ・・・
というより、ジェレミーがいっぱいの作品ですよね。

原作者のドイルは思想が色々マニアックというか(何と表現したらいいのか言葉が見つかりませんが、)ホームズが宗教など思想について言うのは初めてのような気がします。

あのバラのセリフ、サラッと言ってしまうのも凄いですが、その後にマジシャンじゃないから期待しないでほしい、と冷たく言いな放つのもホームズらしいです。

ホームズはお話の中から七つくらい手掛かりを見つけてましたが、私は何度読み返しても手掛かり一つみつかりません( ;∀;)

音楽家でもあるホームズ。本当は花を愛でたり、動物と触れ合ったりするのが好きなのかもしれませんね。

「バラのスピーチ」目の前で披露されたら、私もパーシイやアニイと同様、驚いて(絶望まではしませんが)見守ってしまいますね。


来週は「バスカヴィル家の犬」ですね!

トビィさん、こんにちは。

>というより、ジェレミーがいっぱいの作品ですよね。

ああ、本当ですね!それで思い出しました。ジェレミーも別のインタビューで、この作品ではじめて、ホームズであるだけでなく自分でもいられると感じた、と言っていました。("It was the first in which I felt I could be a bit of me as well as Holmes." A centenary celebration of Sherlock Holmesから)

>あのバラのセリフ、サラッと言ってしまうのも凄いですが、その後にマジシャンじゃないから期待しないでほしい、と冷たく言いな放つのもホームズらしいです。

これも、言われてみればその通り!という感じです。バラを片手に何か深いことを言っているというのを感じさせておいて、そのあとはいつもながらの冷静さですものね。二人が唖然呆然としても不思議はありませんね。

>音楽家でもあるホームズ。本当は花を愛でたり、動物と触れ合ったりするのが好きなのかもしれませんね。

頭脳の人であるホームズが音楽を愛し、バラの花に何かを感じる、というこの一見矛盾した感じが、ジェレミーにとっても私たちにとっても、いつまでも飽きることなくホームズに惹き付けられる要因の一つなのでしょうね。

>来週は「バスカヴィル家の犬」ですね!

来週は長編ですね!

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 RM

Author: RM
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