Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

今回は「Son's Tears Save Sherlock from Hell」(直訳すると「息子の涙がシャーロックを地獄から救った」)という記事から抜粋して引用します。以前も紹介したこのページにあります。上から14番目、クリックで大きくなります。出典はわかりませんが内容からして、1988年か1989年の記事でしょう。ジェレミーがまっすぐな気持ちで自分の病気について話しているのにこころ打たれます。

彼は精神科病棟で、すべての希望を失ってベッドにふせっていた。彼の息子、Davidが病室に入ってきて、彼をみて涙を流した。

ジェレミーは言った。「Davidの目が涙で一杯なのをみて、この病気をなおすために勇気をふりしぼることを心に決めたのです。自分がこんなにも愛している人を悲しませているのを見ることなどできませんでした。そして病気に打ち勝ったのです。」

彼は精神病院で2ヶ月をすごした。「患者が大声で叫び、自分自身を傷つけるようなことをしているのがきこえるのは、とても辛いことでした。息子が病室に会いに来てくれたのが、私にとっての転換点でした。Davidと会ったそのときに、何としてでもこの病気に勝つことを決心したのです。」

Davidは28歳、ジェレミーの最初の結婚で生まれた息子で、この結婚は1962年に離婚によって終わった。ジェレミーの二度目の妻、Joanはガンのために1985年に亡くなった。彼女の死と、シャーロックを演じる重圧から、ジェレミーは精神的な危機状態におちいった。

彼は言った「レストランでよく、知らない人も含めてすべてのテーブルにシャンパンを贈ったものです。だからある意味では私はその時、知り合いになりたい人の一人だったでしょうね!でも多くの時間、一人でお酒を飲んでいました。その時は何がおこっているか、自分ではわからなかったのですが、まわりの人にはわかっていました。その時の私の行動は普通ではなかったのです。その時私は、一人でいたかったのでした。」

今、精神の病にかかっている人の希望の象徴に自分がなっていることが、ジェレミーの支えになっている。ウエストエンドでロングランを続けている芝居に、多くの人がホームズに会うためにやってくる。「私をたずねて楽屋まで来てくれます。私が精神の病を経験していることを知っているからなのです。そのことについて話すことはせず、ただお互いを抱きしめるだけですが、この病を経験している私たちにとって、そうやって抱きしめあうことはすばらしい薬だと感じられるのです。」

「精神の病にかかっていることは、正気を失っている、ということではありません。病気の一つにすぎないのです。」

ジェレミーは毎夜、ステージでたくさんの花束を捧げられる。「歩く花売り屋台のような姿でステージを去ることがありますよ。」彼は笑った。「でも愛されているというのは、素晴らしいことです!」「私のことをシャーロックだと知っている人が通りで示してくれる愛情に助けられています。通りを歩いている人が呼び止めてくれて、ちょっと笑いあったりするんですよ。それはとても素晴らしいことなのです。」

精神的な危機におちいって以降はじめてClaphamの家にもどることは、彼にとって治療の一つだった。「妻のJoanのためにその家を買ったのですが、妻は住むことなく亡くなってしまいました」と彼は言った。「まだ家具もととのえていなかったのです。そして多くの人から、あの家にもどるべきではない、と言われました。でももどらねばならないことを自分で知っていました。そして目をそらさず、思い出を少しずつみることができるようにしなければならないことを。私のかかえている問題と恐れに向き合う自分なりの方法だったのです。」

ジェレミーはかつてJoanがいた場所を、もう誰も占めることはないだろうと言う。そのかわりに彼は次のチャレンジを楽しみにしている。シャーロック・ホームズの上演でイギリス中をまわり、そのあと日本と中国に行くことを。それからテレビで放送されるシャーロック・ホームズの6つの作品にとりかかることになる。「でも一番のチャレンジは、その日その日をきちんと終えることだと思いますよ。」彼はにっこり笑った。「一緒にすごすには、このシャーロックはなかなか大変な人物ですからね。」


いつも驚くのは、ジェレミーの率直さと、まわりの人の悲しみも愛情も、つよく感じる感受性のするどさ、ゆたかさです。そしてインタビュー中でユーモアを忘れないところも。また、楽屋で、おそらくはこころに傷を負った人と、ただ抱き合う(hug)、ということは別のインタビューでも話していました。それとまた別のインタビューだったと思いますが、ジェレミーが病のために入院した後の退院時に、グラナダスタジオの女性のスタッフが電話をかけてくれて、何かできることはないか、と尋ねた。ここに来てほしいと頼み、しばらくただ抱き合っていた、と言っています。ジェレミーを思う時、その愛情の深さの象徴のように私がイメージするのは、この強い抱擁です。そしてジェレミーが精神的に危機的な状況にある時、抱きしめあうことがジェレミーをなぐさめてくれたことを思うと、この形ある世界をこえたものを信じていても、Joanを失ったあとの、愛する人にふれて、話して、抱きしめることができない悲しさは、ジェレミーにとってあまりに大きかったのだろうと思います。

インタビュー中で、日本と中国へ、と言ってくれているだけでもうれしいです。

Davidの涙をみたときに、なんとかしなければ、と思って力をふりしぼって病とたたかった、という話はこれより少し後におこなわれたと思われるBBCのラジオ番組でもしていて、ジェレミーの声の調子には、きくたびに胸がしめつけられます。いつかご紹介します。

下はこの記事についていた写真です。クリックしても大きくなりません。

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