Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前回の続きで、ジェレミー自身とジェレミーのお母様の乳母だった、Ellen Clifford(エレン・クリフォード)を回想している部分の後半を引用します。記事のタイトルは"Women in My Life"で、前回の追記2に書いたように掲載年は1988年か1989年ですが、正確なところはわかりません。

1950年代後半にエレンと母は、地元の映画館に「戦争と平和」に出た僕を観に行きました。映画は4時間くらい続いて、終わったとき母が「さあエレン、出ましょう」と言ったのですが、エレンは「いいえ奥様、わたくしはもう一度観ます、ジェレミー坊ちゃまが出ているんですもの。」そんなエレンが大好きでした。

In the late 1950s she and my mother went to the local cinema to see me in the film version of War and Peace. It lasted four hours or something. At the end my mother said, "Right Ellen, let's go," and Ellen said, "No 'm, I'm going to watch it once more for Master Jeremy." I adored her.


"Women in My Life," Woman's Journal [date unknown]

エレンは銀幕にジェレミー坊ちゃまを観て、幸せだったでしょうね!いえ、幸せというより、ハラハラドキドキだったでしょうか。もう一度最初からゆっくり、観たかったのでしょうね。それにしても、あと4時間とは!

「戦争と平和」は1956年公開の映画で、ジェレミーはオードリー・ヘプバーンのお兄さんの役でしたね。公開時にはジェレミーは22歳か23歳です。

IMDbによれば208分(3時間28分)、長いですね!映画館では途中で休憩がはいって、全部で4時間くらいかかったかもしれません。私もDVDを持っていますが、ジェレミー出演シーン以外は早送りしたり、他のことをしていてちゃんと観ていないことを告白しておきましょう。

ジェレミーを赤ちゃんの頃から育てた二人の女性が、映画館の席に並んでスクリーンのジェレミーをみつめている様子を想像できます。

備忘録もかねて、ジェレミーのお母様がその頃何歳だったか、書いておきましょう。家系検索ができて家系図を作れるサイト Ancestry.comによれば、お母様は1903年11月9日生まれなので、この時52か53、エレンはそのお母様の乳母だったのですから、70にはなっていたでしょうか。
http://records.ancestry.com/elizabeth_edith_butler_records.ashx?pid=80310016

このサイトは有料会員になるといろいろな資料にアクセスできるのですが、私はそうではないので、この生年月日の根拠となった資料はわかりません。ただ、何かのインタビューでジェレミーが、両親ともに自分と同じ蠍座だと言っていたので、それと合っています。ちなみにお父様のページはこちらです。
http://records.ancestry.com/h_william_huggins_records.ashx?pid=146375948

ジェレミーのお母様が亡くなったのは、上記サイトでは1959年11月10日となっていて「戦争と平和」の公開から3年後です。この日付は、ジェレミーが1994年のドキュメンタリーで「母は1959年に自動車事故でむごい死をむかえ、そのことに対して私はとても怒っていました。息子はその時まだ3ヶ月でしたから」(「ハムレット(1961年)に関する記事から;その3」参照)と言っているのと合っています。この日付が正しければ、お母様が事故で亡くなったのは56歳の誕生日を迎えた次の日だったのですね。

乳母のエレン・クリフォードが亡くなったのがいつかは、今のところよくわかりません。"Berkswell Miscellany, Volume V"の中の、ジェレミーが著者のグループに話した内容をもとに書かれた章には、こう記されています。

乳母のクリフォードは引退してBournemouthに住み、Mrs. Crowhurstがその世話をしたが、彼女も今はここBerkswellで、ジェレミーの父・ハギンズ大佐のすぐ近くに眠っている。

Nanny Clifford retired to Bournemouth, where she was taken by Mrs. Crowhurst, but she too is buried here at Berkswell, very near to the Colonel.


Berkswell Miscellany, Volume V
By Members of 'The Offshoot Group' of Berkswell Local History Research Group

ジェレミーも、ジェレミーを慈しんで大切に育てた二人の女性も今は亡く、霧のはるか向こうにいるようにも思えますし、思いの外近くにいるようにも感じられます。


そして今日は8月7日、Edward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)のお誕生日です。ワトスンの誕生日も1852年の今日という説があるそうで、これは一昨年ナツミさんに教えていただきました。昨年の記事にワトスンの誕生日について書いてあるサイトのアドレスをのせています(「Edward Hardwicke のお誕生日です」)。今日という日にグラナダ版が大好きでジェレミーが大好きな私から、エドワードに「おめでとうございます」と「ありがとうございます」の言葉を捧げます。


私にとっては、今日はここをはじめて4年目の日でもあり、5年前の今日、夜があけて空が明るくなるころ、ジェレミーの死の時を思って、悲しみにこころもからだも全てをつかまれて、ただ泣いて泣いて、泣きおわった時に世界の風景が変わっていたという、思い出の日でもあります。あの時、自分の表層の意識と自分の奥の奥の本当の私がつながったのだと思います。死によってからだとこころが失われる時にも失われない何かが、自分にも誰の中にもこの世界にもあることを感じたのだと思います。ジェレミーがそのきっかけだったのは言ってみればただの偶然で、でも偶然、あるいは今では必然となったそれを5年前に頂いたのはなんと有り難いことだろう、と何かに感謝したい気持ちです。お天道様に感謝、という言い方でもいいのかもしれません。そしてやっぱり、ジェレミーにもこころからの感謝を。

RM
関連記事

コメント

おめでとうございます

日付が変わってしまいましたが、このブログとエドワードとワトスンにお誕生日祝いを言いに参りました!

RMさん、おめでとうございます!そして、いつも優しい時間をくださってありがとうございます。
慌ただしく覗かせていただく日も、ゆっくり楽しませていただく日も、一日のどこかにRMさんのブログと過ごす時間があることに、私はすごく救われています。(あ、ちなみに私はずっとwindowsですが、見づらいと感じたことはないですよ!)
コメントを書きこむことはなくても、同じように感じている方々がいらっしゃると思います。私も、ひょんなことからRMさんに話しかけていただくことがなければ、きっとそうなっていたので……僭越ではありますが、その方々の分も、お祝いとお礼をお伝えできたらと思います。

ジェレミーと乳母さんのお話ですね。
「乳母」という存在を、私はいつも不思議に感じるんです。お腹を痛めたお母さんではないけれど、お母さん以上に赤ちゃんと密接に関わっている女性。小さなものとして慈しむけれど、身分は上という子どもたちとの関係。
私が乳母だったら、きっと赤ちゃんへの思い入れが大きくなってしまって、本当のお母さんにはなれないことをちょっと切なく感じてしまうと思うのですが、ジェレミーの乳母さんは映画を8時間も(!)観続けていたいほどまっすぐジェレミーを愛していて、しかもお母さんとの関係もよかったのですね。そしてジェレミーからもずっと愛されていたのですね。(きっと、気の置けないお祖母さまのような存在だったのでしょうね)
長きにわたる優しい関係が伝わってきて、嬉しかったです。ジュディ・デンチの映画を見るたびに、このエピソードを思い出して、にやにやしてしまいそうです。

ナツミさん、ありがとうございます

ああ、そういうふうにこのブログを思ってくださって、ありがとうございます。いつも、おだやかな気持ちでペンをとって手紙を書くような感じで、このブログを書こうと思っていますから、それをナツミさんが受け取ってくださっていること、そしてコメント欄でお会いできなくても、ちゃんと手紙を読んでくださっているかたがいらっしゃるだろうということを伝えてくださって、とても嬉しいです。ナツミさんとのご縁も、まさにお天道様に感謝、ですね。(あ、このブログ、Windowsでも特にみづらいとはお感じにならないとのこと、教えてくださってありがとうございます。)

そうですね、ハギンズ家の乳母は、多分ジェレミーのお母様を含む何人もの子供達の世話をして、皆に愛される家族の一員のようでもあるけど、でもやはり使用人だったのですよね。ナツミさんが書かれたことを読んで、特に若い頃は、家族の中にいても本当は家族ではないという立場は、時に悲しかったかもしれない、と想像しました。でもジェレミーの頃には、おっしゃるように、お祖母さまのような気持ちでジェレミーを可愛がり、自分が世話をしてずっと一緒に暮らしてきたジェレミーのお母様の手助けをできることを、喜んでいたのでしょうね。

いったい、エレンはあと4時間、映画を見続けたでしょうか?ジェレミーのお母様がとめたかしら?

それにしても、自分の乳母の思い出を語る時に、ジュディ・デンチをその体型の例に出してくるところが楽しいというかなんというか、ジェレミーったら!という感じです。

ありがとうございます。

ご無沙汰しております。
ジェレミーと乳母についてのお話、しみじみと読ませて頂きました。(私にも就学前の男の子がいます)
ジェレミーが乳母Ellenのことを恋人と表現していたこと、すごくよく分かる気がします。幼児期の男の子はお母さんが大好きですが、母は「母である」という規制が働いて、やっぱり恋人とは少し違うような…乳母は家族同然とはいえ、他人ですので、“恋人”になれるのではないでしょうか。私の個人の感覚かもしれませんが、母ではなく乳母だからこそ、ジェレミーはそのコルセットを解いて?あげることが出来たのではないかと思います。ジェレミーが初めて親密に接した異性、それがEllen…あんなに可愛くて魅力的なお子さんですから、彼女にはさぞかし慈しまれたことでしょう。
戦争と平和をジェレミーのお母さんと一緒に見たEllenの誇らしい気持ちも想像できます。赤ちゃんの時からお世話をして、本当に孫同然の坊ちゃんがここまで立派になった…ジェレミーのお母さんに劣らず感無量だったのではないでしょうか。あくまで想像ですが、一回目は胸いっぱいでお話が楽しめなかったのかなぁ、なんて思います。
記事を投稿して下さってありがとうございます。

たけさん、こんばんは。

また書いてくださって、ありがとうございます。

>ジェレミーが乳母Ellenのことを恋人と表現していたこと、すごくよく分かる気がします。

そうなんですね!私は、わかるようなわからないような、そんな感じだったのです!ちっちゃな男の子にとって、自分の世話をしてくれて、自分を溺愛しているすごく年上の女性が、どんなふうにみえるんだろう、って。

>幼児期の男の子はお母さんが大好きですが、母は「母である」という規制が働いて、やっぱり恋人とは少し違うような…乳母は家族同然とはいえ、他人ですので、“恋人”になれるのではないでしょうか。

男の子はお母さんと結婚するってよく言うんだろうなあと思っていたのですが、お母さんは「恋人」という感じとはどこか違うのですね。やはりそれは「保護者」だからでしょうか。そしてもしもジェレミーがお母さんの愛情に恵まれなくて、Ellenがお母さんがわりだったら、また話は違ったかもしれませんが、ジェレミーにとって、お母さんではない人で、自分を愛してくれる異性がいるという感じが「恋人」という言葉にあらわれているのですね。子供にとっては乳母との間は、「保護者」「被保護者」の関係ではなく、ひとりの人とひとりの人の関係として認識されるのかもしれないと想像することができて、納得できました。

>赤ちゃんの時からお世話をして、本当に孫同然の坊ちゃんがここまで立派になった…
>あくまで想像ですが、一回目は胸いっぱいでお話が楽しめなかったのかなぁ、なんて思います。

なるほど!私は、坊ちゃんは大丈夫かしらとハラハラドキドキだったかも、と思いましたが、胸いっぱいという感じも想像できます。

小さいお子さんのお母様としての感想をありがとうございます。すごく嬉しかったです。

恋人には年かさ過ぎるかも?

お返事ありがとうございます。
いえ確かに、うちの子もお母さん(私)と結婚する!って言っていたこともありますし、男の子が母親と結婚したいと思うのはよくあることだと思います。母親の側も息子を小さな恋人だと思っていたり。
仮に私がジェレミー坊ちゃんの乳母だったとして(なんて幸福な想像でしょうか!)、そうしたら滅茶苦茶可愛がってしまいますね!でもそれは母親の立場とは少し違うのです…つらつら考えてみて、子どもに対する厳しさ、子どもへの客観視の有り無しによって違ってくるのかなぁなどと…うーん、うまく言葉になりません。
Ellenはジェレミーのお母さんの乳母ですから、ごく若いうちからハギンズ家に奉公していたとしても、ジェレミーの子ども時代にはすでに50歳近かったかも。ジェレミーの恋人というにはちょっと年かさ過ぎるかもしれません。でも、無条件で自分に愛をそそいでくれる異性、それは大人になってからの恋人とは無論、違うとは思いますが、その蜜月関係は恋人と表現されても私にはすんなり理解できるような気がします。

恋に年の差なんて(うふふ)

ああ、「お母さんと結婚する」って、言われたことがおありになるんですね!お子さんがその時のことを忘れてしまったとしても、「お母さん、大好き!」という子供の頃の気持ちは、心のどこかにずっと大切にしまいこまれるのでしょうね。

>仮に私がジェレミー坊ちゃんの乳母だったとして(なんて幸福な想像でしょうか!)、そうしたら滅茶苦茶可愛がってしまいますね!

本当に!私も、可愛くて賢くて優しい、世界一の男の子だと思うでしょうね!

>でもそれは母親の立場とは少し違うのです…つらつら考えてみて、子どもに対する厳しさ、子どもへの客観視の有り無しによって違ってくるのかなぁなどと…

ああ、なるほど、「恋は盲目」とも言いますが、母親はそれではだめで、きちんと見ていなければならないのですね、その子のために。

>でも、無条件で自分に愛をそそいでくれる異性、それは大人になってからの恋人とは無論、違うとは思いますが、その蜜月関係は恋人と表現されても私にはすんなり理解できるような気がします。

「蜜月関係」という言葉をお使いになったのも、ここまでのお話でよくわかる気がします。ハネムーンって、多分まだ半分夢の中で(って、経験ないですけど)、母親が持つ現実性は、どんなに可愛い子供との間でも、いつまでも「蜜月関係」の中にいることを許さないけれども、乳母とはずっとその関係を保てるのかもしれません。

そう考えると、なんだか結論は、「恋人になれる乳母、万歳!」にもなりそうだけど、でも本当は、自分のことをずっとちゃんと見てくれる母親は、かけがえのない存在なのでしょうね。たけさんのお子さんにとって、たけさんはそういう存在なのでしょう。そしてジェレミーとジェレミーのお母様も。

四周年おめでとうございます!

こちらのブログ、4周年になったんですね!
いつも内容の濃さに、尊敬しております。
こんな記事が書けたらなぁ、と思うんですが、知性に差がありすぎるので、
あきらめて駄文を書き殴っている状態です(苦笑)

これからもジェレミーへの愛いっぱいで、更新楽しみにしております。
命かれるまでその時まで、ジェレミーブログ続けたいですね♪

りえさん、ありがとうございます!

4年なんて、私も信じられないんですよ。りえさんのブログにはじめてお邪魔したのが、多分5年少し前だったと思います。りえさんがイギリスにいらっしゃる少し前でしたね。

りえさんのブログの文章を読むと、りえさんとお話しているような気持ちになります。私もそれにならったスタイルのつもりなのですが、私の場合は固くなりがちで、りえさんがうらやましいなあと思います。

無理のない範囲で私もずっと続けたいですし、りえさんのブログもいつも楽しみにしています。そしてまたお会いしたいですね。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://upwardjb.blog112.fc2.com/tb.php/599-9084f734

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

全ての記事を表示する

10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08 

QR