Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前回はYoutubeのアドレスを書きましたが、久しぶりに音声ファイルを埋め込んでみようと思い立ちました。

(追記:いったんこの記事を公開したあと、別のブラウザで見たら埋め込んだはずのプレイヤーが見えなかったので、埋め込みじゃない形も加えました。今度はどうでしょう。)

好きなところ二カ所です。この二つの音声ファイルはYoutubeのファイル(https://youtu.be/L73Ny5uPf2Q)とは違って、LP特有のノイズがはいったままです。でも私には、これも懐かしい音なんです。

まずはオイディプスがこの劇に登場する最初のところ。







上のプレイヤーがみえない、あるいは再生されない場合はこちらをクリックしてみてください。42秒の音声ファイルです。

オイディプス: あっ!あ、すまない。
スフィンクス: 驚かせちゃった。
オイディプス: いや、うとうとして夢をみていたんだ。そしたら突然目の前に君がいて...。
スフィンクス: 動物だと思ったんでしょう。
オイディプス: まあ、ほとんどね。
スフィンクス: ほとんど?ほとんど動物って、それスフィンクスじゃない。
オイディプス: そうだね。
スフィンクス: 私のことスフィンクスだと思ったわけ。ありがとう!
オイディプス: いや、すぐわかったよ、間違ったって。
スフィンクス: スフィンクスと顔をあわせるなんて、冗談じゃないってところね、若い男の人は。
オイディプス: それじゃ、若い女の子だったら?
スフィンクス: スフィンクスは女は襲わないもの。
オイディプス: それにふつう女の子は、日が暮れて出歩いたりしないからね。
スフィンクス: 私のことはいいでしょう。もう行くから。
オイディプス: 行くって、どっちへ?

Oedipus: Oh! I'm sorry....
The Sphinx: I startled you.
Oedipus: Well, no, I was dreaming. I was miles away, and suddenly, before me....
The Sphinx: You took me for an animal.
Oedipus: Almost.
The Sphinx: Almost? Almost an animal, that's the Sphinx.
Oedipus: Yes, I know.
The Sphinx: You took me for the Sphinx. Thank you.
Oedipus: Oh! I soon realized my mistake.
The Sphinx: It can't be so amusing to find yourself suddenly face to face with the Sphinx, if you're a young man.
Oedipus: And if you're a girl?
The Sphinx: He doesn't attack girls.
Oedipus: And girls, I should think, aren't usually out after nightfall.
The Sphinx: You do well to mind your own business, young man, and let me go my way.
Oedipus: Which way?


なお、これはフランス語の戯曲からの、Carl Wildmanによる英訳にもとづいたオーディオブックですが、元の英訳と言葉が少し違うところをかきなおしました。間違っていないとよいのですが。

「それにふつう女の子は、日が暮れて出歩いたりしないからね。」(And girls, I should think, aren't usually out after nightfall.) と言った後、「そうだろう?」という感じの声が入りますよね。Carl Wildmanによる戯曲英訳版にはないのです。日本語なら「ん?」とでも書きましょうか。女の人に対して保護者のようにふるまいたがる年頃の若者の感じが出ていますね。やさしい声です。ジェレミーのアドリブでしょうか。ここ、好きなんです。

このLPが発売された1967年にはジェレミーは33歳か34歳。録音時は32歳くらいでしょうか。でも19歳の役を生き生きと演じていますよね。このあと、「名前きいていい?僕はオイディプス、19歳。」 (May I ask your name? Mine is Oedipus; I'm nineteen.") と勢いこんで言うところも、若いですね!







上と同じく、上の埋め込みプレーヤーがうまくはたからない場合は、こちらをクリックしてください。10秒の音声ファイルです。

RM
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コメント

コクトーとホームズ本

こんにちは。今年もお邪魔します。
前回のYouTube、聴きだしたらとまらず結局Part2まで全部聴いてしまいました。…聴いただけで意味わかってませんが。。

そしてそのあとはずっとコクトー漬けに。(そっちか!)
コクトーは十代の頃から好きだったのですが、ここ何年か(十年以上かも)読んだり見たりしてませんでした。ところが、この紹介いただいた地獄の機械を再生した後におすすめにオルフェが出てきて、そういえば昔深夜映画をVHS録画して観たっけ、と懐かしく再生してみたら、フランス語音声にスペイン語字幕がつけられたものでしたが、「ああここウルトビーズがガス自殺した話をしてるところだ」とか、「あーこの硝子売りの雰囲気大好きだったなぁ」とか、どんなに自分がこれを好きだったかどんどん思い出してきて、終わったときにはすっかり感動していました。で、いまはホームズ関連とコクトー関連の本を半々ぐらいずつ、並行して読んでます。もともと複数の本を並行して読むたちなのですが、まさかホームズとコクトーを並べる日が来るとは思いませんでした。どっちを向いても大好きで、とても楽しいです(笑)

ホームズのほうは、いまは『ワトスン夫人とホームズの華麗な冒険』(ジャン・デュトゥール)と『シャーロック・ホームズの新冒険・上』(グリーンバーグ&ウォー編)を読んでます。ワトスン夫人(=メアリ・モースタン)~が特におもしろいです。出会った瞬間から目がハートになってるモースタン嬢のワトスン博士の描写が、いつものワトスンの筆になる女性依頼人の描写みたい、いやそれ以上で、「笑顔は実にやさしく、実に知的で、こもれ日のような感じ」「とても美男子」「この(すこし足をひきずる)歩きかたが、どんなに私の心をとろけさせたことか」と、メロメロなんです。いやあ、まいった(何が)。ホームズ氏はいまのところただの変人です。ちょうど半分ぐらい読み終えたところで、ようやくメアリの少女時代とフォレスタ夫人の家での生活の詳しい描写が終わって221Bに行きホームズ&ワトスンと会ったところ。後半どうなるのか。メアリという女性の一人称による「わたしの人生と人生観」みたいな話が、「華麗な冒険」になるのか、ワトスンと結婚するところはどんな風に書かれているのか、楽しみです。

そして寝る前にジェレミーをちょっと見て癒されて寝る、と。そんな毎日です。

> 日本語なら「ん?」とでも書きましょうか。

片眉がぴょこっと上がってそうですね。

ちなみに

オルフェはDVD買いました。他の作品も幾つか。昔テレビの深夜映画をVHS録画して観て以来、インターネットで調べたりしてなかったので、こんなに安くDVDが出てるの知りませんでした。
RMさんはいつも著作権に配慮しておられるので動画サイトでみた、とだけ言いっ放しはちょっと気になったので追記しておきます。

コクトーにも、お詳しいのですね

まるさん、こんにちは。

>前回のYouTube、聴きだしたらとまらず結局Part2まで全部聴いてしまいました。

わあ、うれしいなあ、お仲間ですね。

>…聴いただけで意味わかってませんが。。

私もよくわかっているというわけではないんです。ただ、オイディプスってこういう話という知識も加えることで、ジェレミーが演じるオイディプスを感じています。

>この紹介いただいた地獄の機械を再生した後におすすめにオルフェが出てきて、そういえば昔深夜映画をVHS録画して観たっけ、と懐かしく再生してみたら、フランス語音声にスペイン語字幕がつけられたものでしたが、「ああここウルトビーズがガス自殺した話をしてるところだ」とか、「あーこの硝子売りの雰囲気大好きだったなぁ」とか、どんなに自分がこれを好きだったかどんどん思い出してきて、終わったときにはすっかり感動していました。

私は萩尾望都さんのまんがで「恐るべき子供たち」を読んだのが、今までコクトーの作品に触れた唯一の機会だったように思います。「オルフェ」という作品のこと、知りませんでした。これも「地獄の機械」同様、ギリシャ神話を題材にしているのですね。いつかこの映画もみてみたいと思います。

>いまはホームズ関連とコクトー関連の本を半々ぐらいずつ、並行して読んでます。もともと複数の本を並行して読むたちなのですが、まさかホームズとコクトーを並べる日が来るとは思いませんでした。どっちを向いても大好きで、とても楽しいです(笑)

まるさんも並行して本を読むんですね。私もまったく同じです。さらに私は、本をはじめのページからきちんとよまずに、その日その日で好きなところから読み始めて、ほぼもれなく読んだと思った頃にその本を読了とするという悪癖を持っています。もしもその本が気に入ったら、あらためてまた読み始めるのですが、その時は最初から、でも今度は飛ばし飛ばししながら好きなところを読んだりします。私も好きな本にかこまれて、いろいろと同時に少しずつ読むのが大好きです。

>ホームズのほうは、いまは『ワトスン夫人とホームズの華麗な冒険』(ジャン・デュトゥール)と『シャーロック・ホームズの新冒険・上』(グリーンバーグ&ウォー編)を読んでます。

おお、まるさんは、ドイル以外の人が書くホームズものも楽しんでいらっしゃるんですね。私はまだそこまで行っていないんですよ。うらやましいなあ。

>ワトスン夫人(=メアリ・モースタン)~が特におもしろいです。出会った瞬間から目がハートになってるモースタン嬢のワトスン博士の描写が、いつものワトスンの筆になる女性依頼人の描写みたい、いやそれ以上で、「笑顔は実にやさしく、実に知的で、こもれ日のような感じ」「とても美男子」「この(すこし足をひきずる)歩きかたが、どんなに私の心をとろけさせたことか」と、メロメロなんです。いやあ、まいった(何が)。ホームズ氏はいまのところただの変人です。

わはは、メロメロですか。そしてホームズはただの変人ですか。

>片眉がぴょこっと上がってそうですね。

はい、ジェレミーの眉の表情はゆたかですものね。

>RMさんはいつも著作権に配慮しておられるので

お気遣いありがとうございます。たとえば新聞社のウェブサイトの記事で、動画サイトにアップロードされた著作権の切れていない作品を埋め込んでいるのをみるので、どこまで気にするかは私にもよくわからず、自己流の基準で書いています。なかなかむずかしいですね。

好きな本の話

著作権に関する時の法律と価値観や良心はイコールではないですし、大切なのは、RMさんがいつも実践してらっしゃるように、作者と作品に敬意をもって尊重することだと思います。
「いもづる式」に思いがけない情報に出会う機会が爆発的に増え、それが新たな関心や愛のきっかけにもなるのは、インターネット以前には無かった素晴らしいことです。情報に出会うところまでは技術の話、そうして出会ったものを愛したら、そこから先は自分のモラルと愛情の話だと思っています。言うまでもありませんが、わたしが映画のDVDを買ったのはもちろんそれが好きで欲しいと思ったからで、義務感からではないです。あの書き方はなんか動画サイトを悪く言ったように読めるなぁと反省。

> さらに私は、本をはじめのページからきちんとよまずに、その日その日で好きなところから読み始めて、ほぼもれなく読んだと思った頃にその本を読了とするという悪癖を持っています。

それは逆に才能ではないですか(笑)
詩集やエッセーはわたしもそういう読み方をすることがあります。
あと、分厚い本はがまんできずに後ろのほうをめくってしまいますね。

> 私は萩尾望都さんのまんがで「恐るべき子供たち」を読んだのが、今までコクトーの作品に触れた唯一の機会だったように思います。

萩尾さんの「恐るべき子供たち」と小説「恐るべき子供たち」(岩波/鈴木力衛 訳)とどちらを先に読んだか憶えてないですが、この2冊より後にさらに小説「怖るべき子供たち」(角川/東郷青児 訳)を買いました。訳語の違いを見比べたくてこういう買い方をした本はこれが初めてでした。萩尾さんの漫画もすばらしいですね。

今思うと、コクトーはわたしが「ファン」になった最初の人だったかもしれません。わたしが好きになる人というのは、「底無し」で「惜しみない」人、自分自身の中に独自のモラルをもっている人、みたいです。ジャン・コクトーとジェレミー・ブレット、それからもう一人わたしが今までの人生で「ファン」になった人がいるのですが、その人との共通点がこれなのです。いま思えば。

> ドイル以外の人が書くホームズものも楽しんでいらっしゃるんですね。

ホームズにこんなにハマったのはジェレミーのせいですから。
送料やポイントのからみで買物はまとめてしますので、まだこれから読む予定の本が本棚に沢山。今まで読んだ中でいちばん「これはひどい」(誉め言葉)と思ったのが星新一「シャーロック・ホームズの内幕」(角川文庫「ちぐはぐな部品」所収)。ほんとにひどいんです(ほめことば)。おすすめです。

コクトーへ遡ったついでにもう少し無駄話をさせていただいてもよいでしょうか。長くなってすみません。
「薔薇の名前」(ウンベルト・エーコ)と「シャーロック・ホームズの記号論 C.S.パースとホームズの比較研究」(シービオク夫妻)も、二十代の初めに出会った本で、ホームズに関心をもった今あらためて、昔の自分がこういうものに興味をもっていたことをふしぎな気持ちで思い出しているんです。

「薔薇の名前」は、最初映画のほうをみました。主人公バスカヴィルのウィリアムと共に少年の頃に体験した事件をメルクのアドソが老いて語るという設定で、当時ホームズに特に興味なかったわたしでもバスカヴィルという地名、弟子にして語り手のアドソという名前に「あら」と思いました。いま、本棚から本を出してきて最初のほうをめくってみると、ウィリアムの人物描写がホームズそのものでにやにやしてしまいます。

「記号論」は、RMさんのブログを読み進めるなかで、ホームズの直観・感受性について書かれているものを読んだときに思い出していました。これも、もう何年も所有していることすら忘れていた本で、コクトーと同じく今になってこんな風に自分の中でつながったことにびっくりしているんです。
たとえばこちらの記事「ホームズの複雑さ(2);1989年のインタビューから」
http://upwardjb.blog112.fc2.com/blog-entry-186.html
「ホームズは意識にのぼらないようなレベルで直感的に判断します。それはいつも正しくて、それでスコットランド・ヤードの先を行くのです」。ジェレミーがホームズをこういう風に理解していたなんて素敵です。
本には、たとえばこんな文があります。「われわれは観察から真理はこうであろうという強い予感をしばしば得る。われわれの観察した状況の何がそうした予感を与えるのか特定できないのに(パースの引用)」「推測とは世界の諸相の間に、無意識のうちに、つながりを知覚すること」「シャーロック・ホームズの謎解きが成功するのは、彼が当て推量をしないからではなく、それを実に鮮やかになしとげるからである」。

話が逸れますが、ワトソンのことはこんな風に書かれています。「ワトソンは体の病気を診断するときには、論理的な方法をうまく使いこなしているくせに、この方法を犯罪捜査に転用するのは何とも下手糞で、パースが厳密な論理と呼ぶものの訓練が不足している人間の恰好の見本になってしまっている」。
ホームズ物語が好きになった今読むと、なんとも微笑ましい笑いを誘います。

本に囲まれる幸せ

まるさん、こんばんは。

>著作権に関する時の法律と価値観や良心はイコールではないですし、大切なのは、RMさんがいつも実践してらっしゃるように、作者と作品に敬意をもって尊重することだと思います。

ありがとうございます。そう書いていただくと、あらためて自分をかえりみます。これからも、そうありたいものです。

>情報に出会うところまでは技術の話、そうして出会ったものを愛したら、そこから先は自分のモラルと愛情の話だと思っています。

ああ、素敵な表現ですね。

>それは逆に才能ではないですか(笑)

うふふ、そうですか?それならちょっと自分に自信を持ちましょう。本当は、割といい加減なタイプということかもしれないのですが。

>この2冊より後にさらに小説「怖るべき子供たち」(角川/東郷青児 訳)を買いました。訳語の違いを見比べたくてこういう買い方をした本はこれが初めてでした。

東郷青児は画家としては知っていましたが、この作品を訳したとは知りませんでした。訳語の違いを見比べるって、おもしろそうですね。私は見比べるところまではしたことはないですが、意図せずに同じ本の複数の翻訳書を読んで、こんなに訳で全体の雰囲気がかわるんだなあと思ったことがあります。ホームズものなんて、訳語の詳細な比較がされているのでしょうね。

>わたしが好きになる人というのは、「底無し」で「惜しみない」人、自分自身の中に独自のモラルをもっている人、みたいです。

これもとても印象的な表現です。コクトーがどんなひとかは私にはよくわからないのですが、ジェレミーに関してはこの表現、特に「底無し」と「惜しみない」の二つが、私の気持ちの中にすとんと落ち着きました。

>ホームズにこんなにハマったのはジェレミーのせいですから。

うふふ、そうなんですね。

>今まで読んだ中でいちばん「これはひどい」(誉め言葉)と思ったのが星新一「シャーロック・ホームズの内幕」(角川文庫「ちぐはぐな部品」所収)。ほんとにひどいんです(ほめことば)。おすすめです。

これは好奇心を刺激されます。なるほど、ほめことばとして「ひどい」んですね!

>いま、本棚から本を出してきて最初のほうをめくってみると、ウィリアムの人物描写がホームズそのものでにやにやしてしまいます。

おお、そういう物語だったのですか。「薔薇の名前」が出版された時、ある種の事件のようだったのを覚えています。もちろん一部のひとのなかで、ですけど。私自身は、いつか読みたいと思いながらまだです。でも私、この英語版をKindleで持っています。数年前にこのKindle本が、ほんの短いあいだ北米アマゾンで無料だった時に手に入れたのです。でもとても私にはまだ無理だろうと思って、積ん読の状態ですが、少し読んでみたくなりました。

私は子供の頃から本が好きで、最近でも、私が一番幸せなのは好きな本に囲まれている時だなあとしみじみ思うのですが、それにも関わらずこの数年、日本語で書かれた物語の本をほとんど読めないのです。随筆やノンフィクションなどは読めるのですけど。そうなった理由は少し想像できます。ともかくそういうわけで英語で読むことになるのですが、いかんせん、そう複雑なものはまだ読めないのが残念です。

>これも、もう何年も所有していることすら忘れていた本で、コクトーと同じく今になってこんな風に自分の中でつながったことにびっくりしているんです。

本を読む楽しみって、そういうところにもありますよね。

>「シャーロック・ホームズの謎解きが成功するのは、彼が当て推量をしないからではなく、それを実に鮮やかになしとげるからである」。

わあ、これはまさに、ジェレミーが言っていたホームズですね!

>「ワトソンは体の病気を診断するときには、論理的な方法をうまく使いこなしているくせに、この方法を犯罪捜査に転用するのは何とも下手糞で、

うふふ!

こんばんは

> おお、そういう物語だったのですか。「薔薇の名前」が出版された時、ある種の事件のようだったのを覚えています。もちろん一部のひとのなかで、ですけど。私自身は、いつか読みたいと思いながらまだです。でも私、この英語版をKindleで持っています。

「そういう物語」と言ってしまうとアレですけど(笑)、そういう要素もあります。訳者の河島英昭さんは、ドイルの「バスカヴィルの犬」読者はウィリアムをホームズ、アドソをワトソンだと思うだろうし、「神曲」に親しんでいる読者ならウィリアムはウェルギリウスでアドソはダンテと思うだろうということを解説で書かれています。

RMさんは英語版をお持ちなんですね。日本語で読むのも結構根気が要るので、英語はわたしはとても無理だなぁ。でも読みやすいとか読めるじゃなく「読みたい」本があるのって幸せですよね。
わたしも英語無理と言いつつAnna Masseyの自伝は買っちゃいました。とりあえず巻末の索引みてBrett, Jeremyのページだけ拾い読みというズルい読み方しました(笑)
あとKindle版のBending the Willowも読み始めたんですが、なぜかわたし紙の本に比べて端末で読むと集中できないようで(日本語でもそうなのです)、これはいつ読み終われるのかさっぱりです。

あ、前に書いた『ワトスン夫人とホームズの華麗な冒険』(ジャン・デュトゥール)と『シャーロック・ホームズの新冒険・上』(グリーンバーグ&ウォー編)は、読み終えましたよ。
前者は結局、想像したように後半でメアリがホームズと共に何か冒険をする展開になるということはなく、「四つの署名」を下敷きにした話でワトスンとメアリが結婚するところで終わりました。訳者あとがきに原題は「Memoires de Mary Watson」とあり、それなら納得です。なんでこれが「華麗な冒険」なんて邦題になるのか・・・。華麗なのはフォレスタ夫人のサロンに集まる面々で、メアリはオスカー・ワイルドとお喋りしたり、ホイッスラー画伯のスケッチのモデルになったりします。

いま読んでいるのは、『シャーロック・ホームズの気晴らし』(ルネ・レウヴァン)と『レストレード警部と三人のホームズ』(M.J.トロー)。まだ読み始めですが、どちらも硬質な印象です。「気晴らし」は「ワトスン夫人」とコクトーの流れでもう少しフランスのものが読みたい気分だったので選びました。
あと、『シュロック・ホームズの冒険』(ロバート・L・フィッシュ)というのも読んだんですが、これは可愛かったです。ホームズの推理は全部ハズレなんですけど、それが失敗にはなってなくて、しかもホームズとワトニイ(もうこの名前だけでも可愛い)のやり取りは原作の雰囲気そのまま、よりもさらにお互いへの友情でキラキラしてて、もう読んでてにやにやが止まりませんでした。主に電車の中で読みましたが。

> 特に「底無し」と「惜しみない」の二つが、私の気持ちの中にすとんと落ち着きました。

昨日更新の記事も底無しで惜しみないジェレミーのエピソードですね!
もうほんと、大好きです。涙でます。

まるさん、こんばんは。

>「そういう物語」と言ってしまうとアレですけど(笑)

あはは、そうですね。

>そういう要素もあります。訳者の河島英昭さんは、ドイルの「バスカヴィルの犬」読者はウィリアムをホームズ、アドソをワトソンだと思うだろうし、「神曲」に親しんでいる読者ならウィリアムはウェルギリウスでアドソはダンテと思うだろうということを解説で書かれています。

へえ、「神曲」ですか。そうきくと読んでみたくなりますが、さて生きているうちに読めるかしら。そう考えると読んでいない本の多さよ!

>でも読みやすいとか読めるじゃなく「読みたい」本があるのって幸せですよね。

ああ、本当です!

Anna Masseyの自伝、私も同じようにジェレミー関係のところをまず読みました。それから二回目をざっと(私のいつものやりかたでいろいろなところから読んで、結果として全部)読んだような記憶があります。それともまだ虫食いのままだったかしら。

私はKindleの本はいつものやりかたでは読めなくて、最初からページをめくることになるんです。好きなところから読むといっても、全くどこでもよいというわけではなく、実際の本ではあたりをつけつつ、ぱらぱらとめくって、その日の読み始めを決めるわけですが、Kindle本ではそれができないのが残念です。

やはり紙の本って、活字が並んでいるページの外観の記憶、そのページが本のどのあたりにあるかという記憶こみで、なりたっているのですよね。本の内容だけではなくて。まるさんがKindleの本では集中できないというのが、紙の本にはあってKindleの本には不足している要素と、もしかしたら関係があるのかもしれないと想像しました。

>前者は結局、想像したように後半でメアリがホームズと共に何か冒険をする展開になるということはなく

え、そうだったんですか。たしかにその本の題名ではそう想像します。

>『シュロック・ホームズの冒険』(ロバート・L・フィッシュ)というのも読んだんですが、

>ホームズの推理は全部ハズレなんですけど、

え?! それじゃあ、名探偵ではない?

>さらにお互いへの友情でキラキラしてて

おう、いいですね!

>昨日更新の記事も底無しで惜しみないジェレミーのエピソードですね!

はい、私もあれを書きながら、まるさんとそうお話したことを思い出していました。

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 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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