Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前々回、ジェレミーが16歳で大病をした後、回復しつつあるのになかなか普通の生活に戻れず、挙げ句の果てにベッドに逆戻りしたことを話しているインタビューをご紹介しました。その頃のジェレミーに思いを馳せる手がかりになる文章を二つあげましょう。

一つは以下の記事で引用したインタビューの一部です。この頃は原文併記を原則としていませんでしたので、今回はジェレミーの元々の言葉も書きます。訳も少しだけ変えました。
大病の後に:インタビュー記事 When the lights went out (1990) より

「イートン校にいた16歳の時に、ダイビング競争で優勝しました。 テムズ川の河口に飛び込むのですが、優勝して、他の生徒よりも長く水の中にいることになって、川に浮いているきたないもののせいでが耳がはれてしまいました。それがもとでリウマチ熱にかかり、ひどい状態になりました。X線でみると僕の心臓は普通の2倍の大きさになっていたのです。」彼は家に送り返され、8週間のあいだ鎮静剤が必要な病状で、8ヶ月の間ベッドから離れられなかった。その間に背が4インチ(約10センチ)伸びた。

「その年齢で重い病気をしたことで、人生が完全に変わりました。死の淵の手前まで行ったのですが、自分ではそのことを知りませんでした。でも人生の真実をかいま見た時、人は違う人間として戻ってくることになります。」


"When I was 16 and at Eton, I won the diving competition. We used to dive into a kind of estuary on the Thames. Because I had won and was in the water longer than the other boys, I got boils in my ears, caused by unpleasant, dirty things floating about. This developed into rheumatic fever and I was completely flattened. When I was behind the X-ray machine it showed my heart was twice its normal size." He was sent home from school, kept under sedation for eight weeks and bed-ridden for eight months, during which time he grew four inches.

"Being so ill at that age completely changed my life. I'd been on the brink of death, unknown to me, but when you touch the petticoats of comprehension, you do come back a different person."


このインタビューの書誌情報は、切り抜きに書かれていることと、Brettish Empireの情報を総合すると、以前も書きましたが以下のとおりです。
When the lights went out
by Marilyn Willison
The London Times, Feb 18, 1990

"petticoats of comprehension"に触れるというところの訳が難しいです。"comprehension"はひとが生きるとはどういうことか、「私」とはなにかを理解することと考え、また"petticoats"としたところに、そのすべてをみたわけではなく、かいま見ただけだという、「真実」をうやまう気持ちが含まれているのではないかと想像しました。


もう一つはDavid Stuart Daviesが書いたDancing in the Moonlightからです。この本には同じ著者がその前に書いたBending the Willowと重複する部分も多いのですが、最初の方にはあらたにThe Biographyという章がたてられていて、今回引用するのはそこからです。以前も引用したことがありましたが、少し訳をかえて再度書きます。

16歳の時JBはリウマチ熱のために危険な状態に陥った。家で看病を受けたが、数週間にわたって意識を失ったり気がついたりを繰り返しながら、死の淵をさまよった。家族は彼のために祈り、若さと体力のためもあってついに快方に向かったが、その後の彼の人生に影響を与えることとなった。X線でみると、病が最も重いときには心臓が普通の2倍に肥大していて、癒えてからも、無理に引っ張られた心臓の弁膜に永久に損傷が残った。

若くして死への扉の前にたったことにより、JBはいのちへの畏敬の念と、地上にただ在ることへの魂の喜びを感じるようになった。


At the age of sixteen JB fell very ill with rheumatic fever. He was nursed at home and for some weeks he wandered in and out of consciousness, coming dangerously near death. The family prayed for him and in the end, partly because of his youth and strength, he survived but the disease left a legacy which would affect him in later life. The X rays revealed that at the height of this illness his heart had become enlarged to twice the normal size and when the fever left him, his over-strained heart valves were permanently damaged.

Being at death's door at such an early age gave JB a real reverence for life and for the spiritual pleasure of simply existing.



これほど重い病気で、一時は生死の境にいた状態から、少しずつ回復してきて、それでも両親が心配するくらいに長くベッドから離れられず、横になって何を感じていたでしょう。この世に生きていることの感覚を、不思議なもののように感じていたでしょうか。ひとの声、鳥や犬の声のひとつひとつに耳を傾けていたでしょうか。車輪をつけたベッドの上から、空の青、木々の葉の緑を、今日生まれた赤ん坊のような気持ちで見たでしょうか。

やがてオートバイにつられて身を起こして外に出て、バイクで風のように走り回ったとき、何もこわくない、ためらうべきことは何もない、死んでも失われないものがあるのだから、今は死ぬことも恐れない、生きるとはそういうことだ、そう思ったでしょうか。

バイクに乗ったまま青い空に飛び出して怪我をしてベッドにもどって、格好わるい事故にもあうし痛みも感じる自分にもう一度少しずつ慣れていったでしょうか。失われることのない自分と、変化していくこころとからだを持った自分と、その両方の感覚を統合する時間を、二度目のベッドの上で過ごしたでしょうか。

私はこんなふうに16歳の時のジェレミーを想像して、思いを馳せています。

RM
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コメント

> この世に生きていることの感覚を、不思議なもののように感じていたでしょうか。ひとの声、鳥や犬の声のひとつひとつに耳を傾けていたでしょうか。車輪をつけたベッドの上から、空の青、木々の葉の緑を、今日生まれた赤ん坊のような気持ちで見たでしょうか。

という文を読んで、自分も似たような気持ちになったことがあるのを思い出しました。
吐き気がとまらず枕元に洗面器を置いて(いちいちトイレに吐きにも行けないので)一定時間ごとに嘔吐する症状で、子供の頃は毎月のように、大人になってからも毎年~数年に一度は一週間ほど寝込むことがあり(中年になってから滅多に出なくなりました)、ひどい場合は脱水症状の緩和のために入院して点滴します。何日もずっと続いていた吐き気がある朝目が覚めたときに消えている。「あ、おさまった」と思う。きもちわるい、もう吐くのいやだ、くるしいよう、と思っていたのが、ああきもちいい、陽の光がきれいだな、またふつうに起きて生活できる、すばらしい、と思うんです。まる一週間とか十日とか絶食で寝たきりの後は体力もないし足も萎えている。退院して昼間の光のなか、よたよたと外を歩く。周りのすべてが新鮮にうつる。
学校や職場に戻ってしばらくすると、また惰性で生きる感覚(生きているということに対して特に何も感じない)に戻ってしまう、というところが、わたしです(笑)
ジェレミーは「違う人間として戻って」きて、以後ずっとその感覚を忘れなかったんですね。
わたしの場合は命に関わるような病気ではないので、比べちゃいけないのかもしれませんが。

RMさんの感じたこと、しみじみと読みました。
「両方の感覚を統合する時間」という言葉に、RMさんらしさを感じました。
いつもありがとうございます。

まるさん、こんばんは。

まるさんのご経験、興味深く拝見しました。入院が必要な時もあったとは、ずいぶん重い症状だったのですね。そんなひどい吐き気がある朝突然消えているのですね。私はそこまで急に病気がよくなる経験はまだなくて、でも薄紙を剥ぐようによくなっていくというのはあります。そしてその、気がついたら薄紙が自然に剥がれていくという感じが好きです。「気がついたら自然に」剥がれていく感じと、「ある朝目が覚めたときに」消えている感じの大元には、似た感覚もあるかもしれませんね。

>ジェレミーは「違う人間として戻って」きて、以後ずっとその感覚を忘れなかったんですね。

そうですね。ジェレミーの中にずっと何かが残っていたのでしょう。

>わたしの場合は命に関わるような病気ではないので、比べちゃいけないのかもしれませんが。

いいえ、そうは思いません。多分、まるさんの中にも残っているのだと思います。そして、病気の時の経験に限らず、どこかでこういう感覚を知っているひとはたくさんいるのだと思います。意識しているかは別にして。私も、今日生まれた赤ん坊であるかのように世界をみたときがあって、そのあざやかで不思議な感覚そのものは表面からは消えてしまったけれども、何かが私の中に残っていると思っています。

この記事の文章を書いたのがきっかけだったのでしょうか、少し元気がなかったこの数週間から、もう少し自然な場所にもどりつつあります。

>RMさんの感じたこと、しみじみと読みました。
「両方の感覚を統合する時間」という言葉に、RMさんらしさを感じました。
いつもありがとうございます。

こちらこそ、ありがとうございます。

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 RM

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