Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

「勝手に連動企画」その2です。「一個話題が出ると、RMさんとはテニスのようにボールをポンポン交換できそうです」とりえさんが書いてくださったので、ボールを楽しくポーンと打ち返してみます。

りえさんのブログの記事
ジェレミー生誕祭 2
で、結婚の年について1977年となっている場合が多いが、The Television Sherlock Holmesではジェレミーが1976年と言っている、と書いていらっしゃいます。

ジェレミーの結婚の年については、1976, 1977, 1978という三つの数字をみます。私は、1976年に二人はパートナーとして共に人生を歩むことを決め、1977年に正式に結婚して、1978年にアメリカで結婚式をしたと想像しています。

はい、「想像」です。でもそう思う根拠となった資料をあげますね。

ジェレミーは1991年のラジオ番組Desert Island Discsで、「1978年に結婚した時」と話しています。best man(花婿の付添人)の話をしていますから、これは結婚式をあげたときのことですね。
ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(4); 1991年のDesert Island Discsから(1)

私たち二人はカメラの前で会って、番組のためにその会話を4分間収録するはずが、2時間半カメラの前で話し続けました。そして1978年に結婚した時、付添人をつとめてくれた友人が結婚のプレゼントとして、カットされた部分のテープを贈ってくれました。

[...] and we met on camera and she wanted four minutes and we talked for two and a half hours on camera, and when we got married in 1978 our best man gave us the bits that were cut out as a wedding present.


ここで言っている「番組」とは、ジェレミー出演のThe Rivalsを放送する前に流す紹介番組のことで、これが1975年、ジェレミーがJoan Wilson(ジョーン・ウィルソン)に会った最初の時だと言っています。ジョーンがプロデューサーとして始めた番組、Classic Theatreの枠でThe Rivalsは放送されました。

1976年に、ジョーンがプロデューサーの番組 Piccadilly Circus で、ジェレミーがホストをつとめています。1976年1月19日にはじまった、14回約1年間の番組です。
"Piccadilly Circus"のホストとして;1976年の新聞記事より(1)

1977年にイギリスを去り、アメリカに活動の場を移したとジェレミーは言っています。
イギリスを離れた時のこと(その1);RADIO TIMESのインタビュー(1982年)より

ジョーンがプロデューサーの時に大きく発展し、現在も続いているPBSの番組Masterpiece(最初の頃の番組名はMasterpiece Theatre)のウェブサイトに、二人は1977年に結婚したと書かれています。これはアメリカのテレビ局の公式サイトです。
http://www.pbs.org/wgbh/masterpiece/about-masterpiece/hosts-producers/

David Stuart Davies著 Dancing in the Moonlightには二人の結婚の日として1977年11月22日という日付けが書かれています。

一方、ジェレミーが亡くなった時の新聞の記事では生年が1935年(実際は1933年生まれ)、結婚が1978年となっています。これはジェレミーの代理人側からの情報に基づいたものだと推測します。どちらも公的な記録によるものではないでしょう。以下はネットで読めるアメリカのThe New York TimesとイギリスのThe Independentの死亡記事です。
http://www.nytimes.com/1995/09/14/obituaries/jeremy-brett-an-unnerving-holmes-is-dead-at-59.html
http://www.independent.co.uk/incoming/obituary-jeremy-brett-5649170.html


以上のことから、1973年にジョーンがロンドンの舞台でジェレミーをみて、1975年に二人はカメラの前で出会い、1976年に人生の伴侶となることを決め、1977年に法的にも結婚し、1978年にアメリカで結婚披露のパーティをしたと私は考えます。

りえさんが紹介してくださった言葉で、ジェレミーが1976年に結婚したと言っているのは、ジョーンと共に人生を歩んだのはこの年からと感じていたからではないでしょうか。

これが私の「想像」です。



ジェレミーがジョーンを語っている言葉で印象深いものはたくさんありますが、そう言っているジェレミーの表情、視線が目に浮かぶように感じられるという点でこれをあげます。アメリカ、ダラスで1991年に語っている言葉です。

It's Elementary: He loves doing Sherlock Holmes
by Jane Sumner
The Pittsburgh Press, Nov 10, 1991
https://news.google.com/newspapers?&id=ZOUcAAAAIBAJ&pg=5779,6115475

その時ジェレミーの目は、窓の外を飛翔するものをとらえた。

「鷹がいる。」空を旋回する鳥をみつめた。「妻と私は誕生日が同じでした。妻は『Masterpiece Theater』(イギリスのテレビ番組をアメリカで紹介する番組)のエグゼクティブ・プロデューサーを15年間つとめて、二人の国の間に美しい橋をかけたのです。ジョーンの魂に祝福がありますように。あそこに飛んでいるあの鳥はジョーンの魂の生まれ変わりです。」


As he speaks, a soaring form outside the window catches his eye.

"There's a hawk," he says, watching the bird as it circles in the sky. "My wife and I had the same birthday. She also was executive producer of 'Masterpiece Theatre' for the last 15 years. And she built a delicate bridge between our two countries. God bless her soul. I'm sure that hawk was her."


ジェレミーはジョーンの魂が近くにいること、自然の中にいることを感じていたのですね。

RM
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コメント

有り難うございます~♪

RMさん、きゃー、打ち返して下さったのですね!有り難うございます!
おそらくRMさんならご存じか、なんらかのお考えを持ってらっしゃると思っていましたが、や・は・り♪
なるほどーと、いつもながら納得させて頂きました!

Desert Island Discsのインタビューではっきりと結婚式の詳細が出ていますので、式をしたのは78年で間違いないですね!
結婚式の日付は、11月22日として時々見かけますよね。ということは、今月は二回もめでたい日が!
お二人の誕生月が11月だから合わせたのでしょうか(*^_^*)

11月22日は、婚姻届を出した日なんですが、二人で出しに行ったんだろうかとか、イギリスで出したのか、アメリカでだしたのか?両方で?
結婚指輪はどうしたんだろうな、とか、新婚旅行は行ったのかなとか(アメリカとイギリス往復しているだけで、大変そうですが!)
一つ謎が解けると、あれもこれもってまた疑問が出てきますね。

そういえば、改めて「ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(4); 1991年のDesert Island Discsから(1)」のシリーズを読んだのですが、本当に悲しいお話しで胸が詰まります・・。
運命の伴侶だっただけに、離ればなれの10年じゃ短すぎましたよね・・・ほんと・・。
早い出会いなら、子供も出来ただろうし、二人の庭も見せて頂きたかった・・。

これからも、色々と考察していきたいです、宜しくお願いします♪

こちらこそありがとうございます!

さっそく読んでくださって、そしてりえさんのブログの記事でも紹介してくださって、ありがとうございます!

>Desert Island Discsのインタビューではっきりと結婚式の詳細が出ていますので、式をしたのは78年で間違いないですね!

私もそう思っています。ジェレミーって結構数字間違っていたりするのですが(うふふ、たとえばその時息子のDavidは何歳だったと思う、というのが実際は間違っていたり)、でも、それは何年のことだったと言う時、私の知る限り正確だし、正確に覚えていないときはそう言っていますから。それに結婚式の年って、覚えているものですよね!?

>お二人の誕生月が11月だから合わせたのでしょうか(*^_^*)

ああ、その可能性は考えていませんでした。そうかもしれませんね。

>一つ謎が解けると、あれもこれもってまた疑問が出てきますね。

はい、何かのインタビューなどでいつかわかるといいですね。

>運命の伴侶だっただけに、離ればなれの10年じゃ短すぎましたよね・・・ほんと・・。
早い出会いなら、子供も出来ただろうし、二人の庭も見せて頂きたかった・・。

ジェレミーの俳優としての人生が、ホームズを演じることで大きく花開いたその時にJoanを失ったというのは、本当に残念です。でも、悲しみの中でジェレミーはジェレミーらしく生きましたね。

>これからも、色々と考察していきたいです、宜しくお願いします♪

ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします!

自然と命の感性

ジョーンはアメリカ原住民の血を引く方なんですよね?私の記憶の元はRMさんのところかりえさんのところが主なのでどちらかの方に教えて頂いたと思うのですが。
空飛ぶ鷹にジョーンを感じる感性は、なんかジョーンのルーツの人達のイメージと重なる気がします。ジェレミーはそんなところもあったのかなあとまた感心します。
素のジェレミーを想うのも本当にいいです。

東洋にもありますね

よりしろさん、こんばんは。

このブログでは、「ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(5); 1991年のDesert Island Discsから」という記事でご紹介しました。1991年のアメリカでのラジオ番組出演時にジェレミーが話している言葉です。以前は英語原文を書いていませんでしたので、あらためて引用しますね。

「彼女はウィスコンシンの牧場育ちで、(北米先住民の)チェロキー族の血をひいていて、そのためもあって感覚がとても鋭く、そしてもちろんとても美しかったのです。」

"She's a milkmaid from Wisconsin with Cherokee blood which gave her all this added perception, and great beauty, of course. "


ジェレミーがそのことも含めて、ジョーンを誇りに思って愛していたことがわかります。

>空飛ぶ鷹にジョーンを感じる感性は、なんかジョーンのルーツの人達のイメージと重なる気がします。ジェレミーはそんなところもあったのかなあとまた感心します。

本当ですね。そして私たちが住む東洋にも、愛する人を自然の中に感じる感性があるように思います。

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