Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

前回の続きです。

でもその前に、ジェレミーのお父様の写真をまだ見ていらっしゃらないかたはどうぞ。以前この記事にもアドレスを書きました。
アーチェリーに関する1989年の記事より(3)(でも脱線して、父との和解について)

For Fans of Jeremy Brettという今は投稿が止まってしまっているファン・フォーラムの、このページにあります。お父様の写真は4番目で、Berkswell Miscellany, Volume Vからです。
http://jeremybrett.livejournal.com/74806.html

以前は写真をクリックするとその写真の拡大版が自動的に開いたのですが、仕様の変更で、投稿者の写真アルバムが開くようになってしまいました。上から4番目の写真の拡大版はこちらです。顔がはっきりとは見えないのが残念ですが、隊員たちから尊敬された大佐の雰囲気は感じられますね。


さて、Berkswell Miscellany, Volume Vから、前回の続きの箇所の一部を引用します。

1989年6月4日、第120連隊英国砲兵隊で存命のメンバーのうちの多くや、隊員の妻や家族が、Berkswell(バークスウェル)のReading Roomをいっぱいにした。連隊発足50周年を記念しての再会である。バークスウェルが集合の場所に選ばれたのは、この村にハギンズ大佐と夫人が住んだからだ。再会の場には大佐の4人の息子のうちの3人と、大佐の孫のうちの二人も集まった。(中略) その集まりの中で、大佐の息子のJohn, Patrick, Jeremy (Brett) が、銀のトレイを連隊の隊員たちに返還した。大佐の引退の際に隊から大佐へ贈られたものだ。(中略)

その後教会の庭で大佐の墓に花輪が捧げられ、そこで隊員たちを村人が迎えた。ハギンズ家の友人や、昔ハギンズ家で働いていた人たちも集った。この日の最後に夕べの祈りがバークスウェル教会で捧げられ、気持ちをこめて賛美歌が歌われた。聖書が読まれたうちの一箇所はジェレミー・ブレットによるものだった。

On Sunday, 4th June 1989, many of the surviving members of the 120th R.A.T.A., their wives and families, packed into the Reading Room at Berkswell for the 50th anniversary reunion. Berkswell was chosen for the rendez-vous as Colonel and Mrs. Huggins had made their home in the village since their marriage. Also present at the reunion were three of the Colonel's four sons and two of his grandsons. [...] During the afternoon,  Colonel's sons, John, Patrick and Jeremy (Brett) handed back to the Old Comrades a silver tray which the regiment had presented to the Colonel on his retirement. [...]

Later there was a wreath-laying ceremony at the Colonel's grave in the churchyard when members of the regiment were joined by villagers and also by friends and former employees of the Huggins family. The day concluded with Evensong in Berkswell Church at which the hymns were sung with great exuberance and one of the lessons was read by Jeremy Brett.


中で「Berkswell(バークスウェル)の Reading Rom」と書きましたが、この大文字ではじまる Reading Room はこの本に何回も出てきます。「図書室」ではなくて、村の集会所としてよく使われる建物のようです。写真はこちらです。
http://www.geograph.org.uk/photo/2591265
こちらに説明があります。
http://berkswell.org/map/reading-room

この集会所に、50年前に発足した連隊で大佐の指揮の元にあった隊員たち、そして大佐の息子たちや孫たちが集まりました。これを機に、記念の銀のトレイを元隊員たちに返そうとハギンズ家の人たちで話し合ったのでしょう。

銀のトレイを息子たちが返還したときの写真が、以前こちらでご紹介したものでした。
1989年 Berkswell での写真、兄たち・甥たちと共に

写真のアドレスをもう一度記しましょう。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10208831147110470

上の2月の記事では、「銀のトレイがどんな由来のもので、なぜこの時に大佐の息子たちによって返還されたかについては、また別の機会に書きましょう」としましたが、今回書いたのがその銀のトレイの由来と、この集まりの様子です。

教会に場所をうつして、ハギンズ家の古い友人たちや働いてくれていた人たちとも再会して、ジェレミーたちは懐かしい気持ちで昔のこと、両親のことを思い出していたでしょう。そして教会ではジェレミーは聖書の一節を読んだのですね。この集まりでジェレミーはどんな気持ちだったか、思いをめぐらせてみます。



そして1995年の9月12日はジェレミーがこの世を去った日です。今日から数日後の9月12日も私にとって小さな不安や小さな喜びが数珠玉のように連なった、ごく普通の一日でしょう。でもその中で、この世を去る時にジェレミーのこころのなかを静かに流れていったものはなんだったろう、と思うひと時がきっとあるでしょう。

RM

追記:お父様の軍隊での階級Colonelを「大佐」と訳していますが、ColonelはLieutenant-Colonel(中佐)の意味でも使われるそうです。この本ではざっとみたところ、終始Colonel Henry William Huggins, Colonel Huggins, the Colonelという書き方をしているので「大佐」と訳しましたが、たとえばイギリスの新聞The Independentの追悼記事では、Lt-Col H.W. Huggins(中佐)としていて、こちらが正しいのかもしれません。
http://www.independent.co.uk/incoming/obituary-jeremy-brett-5649170.html
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