Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

ハムレットを演じたことは、ジェレミーにとっても大きなことだったのでしょう。いくつかのインタビューにおけるジェレミーの発言から、抜粋して引用します。ハムレットを演じた時のことを話している、亡くなる前の最後のインタビューの一つも、YouTubeから紹介します。

HELLO! Magazine, 1990年
(ホームズを演じる前に、一番好きだった役柄は何ですか?)
そうですね、27歳の時にFrank Hauserから、ハムレットをやらないかと言われました。私がハムレットを演じているポスターはなかなかよいポスターで、芝居の記念になるものとして自分の家に持っている唯一のものなんですよ。ガラスの向こう側でみえる状態にしていますから、少しベージュに色があせていますけれども。


以前紹介したGetty Imagesにあるこの写真にみえるポスターでしょうか。この写真は1965年11月17日に撮られたもので、ハムレットを演じている自分の写真と共に、と書いてあります。ハムレットを実際に演じてから4年後です。同じGetty Imagesにはハムレットを演じる写真が1枚あって、これは日付は1961年6月19日、The Strand Theatreでのリハーサルの時だそうです。

Desert Island Discs(ラジオ番組), 1991年
アメリカで収録されて放送されたラジオ番組です。The Jeremy Brett Archiveに音声ファイルがあります。ただし現在このサイトは再構築中で、ファイルもみつかりません。
私がハムレットをロンドンのThe Strand Theatreで演じた時---1961年、息子のデイビッドが2歳でした---この時に父はジェレミー・ブレットがハムレットを演じるという告知をみて、「そろそろ名前を元に戻す時だね」と言ったのです。私は、「ああ(ため息)、お父さん、もうそれには遅すぎるよ」と言いました。「遅すぎるって、どういうことだい」。父はハムレットを観に来て言いました。「ハムレットときたら、なんて煮え切らない人物なんだ!」私は「僕もまったくそう思うよ」と答えました。父は言いました。「もしもハムレットがもっとはやく決心していたら、我々ももっとはやくディナーにありつけたのにね。」(笑い)

次の2つのインタビューもThe Jeremy Brett Archiveに原文があります。一部抜粋して引用します。

Homes and Gardens magazine, July 1967
僕にあったのは若さだけだったけど、かなりうまく演じることができたと思います。僕はハムレットと強い一体感を持っていました。でも亡霊がでてくる場面のようなところは十分には理解できていませんでした。だからハムレットをもう一度演じたいと強く思うのです。

Playing the Dane(テレビドキュメンタリー), 30 October 1994, BBC2
ハムレットを演じることについて、多くの俳優がインタビューを受けたドキュメンタリーのようです。
私は劇の中で、ハムレットの母に対してとても冷酷でした。その時、怒りを感じていたのです。母は1959年に自動車事故でむごい死をむかえ、そのことに対して私はとても怒っていました。息子はその時まだ3ヶ月でしたから。裏切られた気持ちでした。つまり、母は裏切られた、と私は感じていたのです。自分のなかに激しい怒りがあって、その怒りが演技のなかに出たのだと思います。

YouTubeの映像をみると、ジェレミーはお母様が亡くなった時を思い出してか、少し辛そうにみえます(汗は薬の副作用の影響でしょう)が、とても真摯にインタビューに答えているのが伝わってきます。これ以外のインタビューで、お母様のことを話しているのをきいたことがありません(雑誌のインタビューでは読んだことがあります)。Desert Island Discsで、フォーレのレクイエムを交通事故で亡くなった母とJoanに捧げる、と長い沈黙の後に言ったのをきいた以外には、ごく短く「クエーカーでした」と紹介するのみです。それに対して、ジェレミーはお父様のことはインタビューでよく話していて、いつも笑いながら話しています。たとえば1989年のラジオ番組では「父がこう言ったのです。ハムレットなんてつまらない役ではなく、なぜ亡霊くらい演じないのか?せめて兵士の役とか(笑い)。」お父様はジェレミーの仕事の良き理解者ではなかったようですが、インタビューではいつもお父様へのおだやかな愛情を感じます。晩年世話をして見送ったこともあって、気持ちの整理がついていたということかもしれません。ジェレミーの中にお父様に理解されなかったうらみのようなものを、私はまったく感じません。

それに対して、お母様を突然の交通事故でなくしたこころの傷は、長く癒えなかったのではないかと思います。I felt my mother was cheated.というのはどういうことでしょうか。愛する母、誰に対しても親切で愛情あふれていて、誰よりも幸せにとしを重ねていくはずだった母が、突然の事故で亡くなった。この世界の理不尽さに、運命の残酷さに裏切られた、そいう思いでしょうか。この言葉にもジェレミーの感受性の鋭さ、感じやすいこころ、ある意味での傷つきやすさ、を感じます。強くてあたたかくて、でも感じやすさ、傷つきやすさを人一倍もっている、それも含めてジェレミーが好きなのだと思います。

ジェレミーが、最後の十年におきたJoanの死、自分の病気のことも含めて、この世界と運命の理不尽さをどう感じるようになっていたか、またゆっくりと感じて、書いてみたいと思っています。

Playing the Dane - Jeremy Brett4Playing the Dane - Jeremy Brett5


上はYouTubeの映像からもらった画像で、クリックしても大きくなりません。このYouTubeの映像にはハムレットの写真もいくつかみえます。またこれは亡くなる前の最後のインタビューの一つだ、とThe Jeremy Brett Archiveに書かれていました。むくんで辛そうだった頃にくらべてすっきりとした顔の線がもどっていて、そのことをジェレミーのためによろこびたい気持ちです。

前回紹介したページからもらったハムレットの写真の1枚を少し小さくして紹介します。こちらもクリックしても大きくなりません。これは、若い頃の写真の中で、私が好きなものの一つです。この写真と、上にあげた亡くなるおよそ1年前の1994年の写真をみて、ジェレミーの人生のことを思ったりします。亡くなるとき、ジェレミーのこころの中には、小さな頃のこと、舞台、テレビ、たくさんの出会いの思い出が静かにながれていったでしょうか。



RM
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コメント

ジェレミーの「ハムレット」について、ずっと気になってました。素晴らしい演技だったのですね。ご紹介ありがとうございます!お父様も身にこられたこと、剣が飛んでしまったエピソードのことも興味深く拝見しました。そして、ジェレミーの最後の?インタビューの時の映像、「ボール箱」よりも更に若返ったように見えます☆^^☆ 

ちびさん
ハムレットの記事、読んでくださって、ありがとうございました。
若い頃の舞台の内でも、ジェレミーにとって大きな意味をもつ
演目だったと思います。楽しんでくださって、うれしいです。


そう、あのYouTubeの映像の中のジェレミーは若々しいですね。
グラナダシリーズが終わった後、ジェレミーと何度か会っている
David Stuart Daviesは、ジェレミーは自分に写真をとらせなかった
けれども、むくみがとれて以前の彼の容姿にもどっていた、
「冒険」の頃のホームズが少しだけとしをとった姿になった、
彼はたしかにシャーロックだった、と書いていました
(Sherlock Holmes Gazette 13)。

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