Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

りえさんの「生誕祭」への勝手に連動企画、三回目です。今回はこちらの記事からの連想です。
ジェレミー生誕祭 5

「ちゃんと技術のスタッフさんへの心配りも忘れないジェレミー」とりえさんが書いていらっしゃいます。ジェレミーがスタッフの人たちをその仕事ぶりのためだけではなく、個人としても大切にしていたことは、プロデューサーのMichael Coxの本にも書かれていました。

A Study in Celluloid: A producer's account of Jeremy Brett as Sherlock Holmes
by Michael Cox (1999, Rupert Books)

撮影班はジェレミーのためなら、何でもしただろう。理由は二つある。ジェレミーは仕事を何よりも大切にして全力をつくしていたから。そして彼は全員と、仕事をこえた関係を築いていたから。撮影の初日に全員の名前を覚えただけではなく、誰の車が車上荒らしにあったか、誰の赤ちゃんが具合が悪いかも知っていた。ひとの気をひくためにお座なりにたずねたのでなく、本当に心から知りたいと思っていたのだ。

ジェレミーは、スタッフの見事な仕事をものすごく賞賛した。カメラの微妙な動き、ロケ地の選択の素晴らしさ、あるいは照明の具合が美しいというような、どんなことでも。

But a film crew would do anything for Jeremy and there were two reasons for this. First, because he was absolutely professional in his work and second, because he knew them all personally. Not only had he memorised everyone's name by the end of the first day's shooting but he also knew whose car had been broken into or whose baby was ill. And this was not a trick to curry favour; he genuinely wanted to know.

He was lavish in his praise of a job well done, whether It was a tricky camera movement, a beautifully chosen location or a striking piece of lighting.


この前半部分を4年前にも引用しました。
話をきくこと

この4年前の記事を見ていたらもう一つ、ジェレミーが花売りの少女にまっすぐに向き合って、大切なひとりのひととして接している様子も引用していました。それを読んでこころが穏やかになり、なぐさめられた気がします。ひとに対する差別的・攻撃的な言葉や、それをあつかったニュースで、こころを荒らされることがあるこの頃ですから。

あたたかい気持ちで自分のことを思っているひとがいるということ、誰かが(それがもう二度と会うことがないであろうひとでも)自分を案じてくれていること、それは疲れたこころをなぐさめてくれます。

また、あたたかい気持ちで誰かのことを思えるということ、そのひとのことを自分は何も知らないこと(ひとは他人を知ることなどできないこと)を承知の上で、そのひとがよき生活、よき人生をおくる(あるいは、おくった)ことを願い信じること、それが「愛する」ということではないかと、最近思っています。

RM
「勝手に連動企画」その2です。「一個話題が出ると、RMさんとはテニスのようにボールをポンポン交換できそうです」とりえさんが書いてくださったので、ボールを楽しくポーンと打ち返してみます。

りえさんのブログの記事
ジェレミー生誕祭 2
で、結婚の年について1977年となっている場合が多いが、The Television Sherlock Holmesではジェレミーが1976年と言っている、と書いていらっしゃいます。

ジェレミーの結婚の年については、1976, 1977, 1978という三つの数字をみます。私は、1976年に二人はパートナーとして共に人生を歩むことを決め、1977年に正式に結婚して、1978年にアメリカで結婚式をしたと想像しています。

はい、「想像」です。でもそう思う根拠となった資料をあげますね。

ジェレミーは1991年のラジオ番組Desert Island Discsで、「1978年に結婚した時」と話しています。best man(花婿の付添人)の話をしていますから、これは結婚式をあげたときのことですね。
ジェレミーの悲しみと、あたたかさ(4); 1991年のDesert Island Discsから(1)

私たち二人はカメラの前で会って、番組のためにその会話を4分間収録するはずが、2時間半カメラの前で話し続けました。そして1978年に結婚した時、付添人をつとめてくれた友人が結婚のプレゼントとして、カットされた部分のテープを贈ってくれました。

[...] and we met on camera and she wanted four minutes and we talked for two and a half hours on camera, and when we got married in 1978 our best man gave us the bits that were cut out as a wedding present.


ここで言っている「番組」とは、ジェレミー出演のThe Rivalsを放送する前に流す紹介番組のことで、これが1975年、ジェレミーがJoan Wilson(ジョーン・ウィルソン)に会った最初の時だと言っています。ジョーンがプロデューサーとして始めた番組、Classic Theatreの枠でThe Rivalsは放送されました。

1976年に、ジョーンがプロデューサーの番組 Piccadilly Circus で、ジェレミーがホストをつとめています。1976年1月19日にはじまった、14回約1年間の番組です。
"Piccadilly Circus"のホストとして;1976年の新聞記事より(1)

1977年にイギリスを去り、アメリカに活動の場を移したとジェレミーは言っています。
イギリスを離れた時のこと(その1);RADIO TIMESのインタビュー(1982年)より

ジョーンがプロデューサーの時に大きく発展し、現在も続いているPBSの番組Masterpiece(最初の頃の番組名はMasterpiece Theatre)のウェブサイトに、二人は1977年に結婚したと書かれています。これはアメリカのテレビ局の公式サイトです。
http://www.pbs.org/wgbh/masterpiece/about-masterpiece/hosts-producers/

David Stuart Davies著 Dancing in the Moonlightには二人の結婚の日として1977年11月22日という日付けが書かれています。

一方、ジェレミーが亡くなった時の新聞の記事では生年が1935年(実際は1933年生まれ)、結婚が1978年となっています。これはジェレミーの代理人側からの情報に基づいたものだと推測します。どちらも公的な記録によるものではないでしょう。以下はネットで読めるアメリカのThe New York TimesとイギリスのThe Independentの死亡記事です。
http://www.nytimes.com/1995/09/14/obituaries/jeremy-brett-an-unnerving-holmes-is-dead-at-59.html
http://www.independent.co.uk/incoming/obituary-jeremy-brett-5649170.html


以上のことから、1973年にジョーンがロンドンの舞台でジェレミーをみて、1975年に二人はカメラの前で出会い、1976年に人生の伴侶となることを決め、1977年に法的にも結婚し、1978年にアメリカで結婚披露のパーティをしたと私は考えます。

りえさんが紹介してくださった言葉で、ジェレミーが1976年に結婚したと言っているのは、ジョーンと共に人生を歩んだのはこの年からと感じていたからではないでしょうか。

これが私の「想像」です。



ジェレミーがジョーンを語っている言葉で印象深いものはたくさんありますが、そう言っているジェレミーの表情、視線が目に浮かぶように感じられるという点でこれをあげます。アメリカ、ダラスで1991年に語っている言葉です。

It's Elementary: He loves doing Sherlock Holmes
by Jane Sumner
The Pittsburgh Press, Nov 10, 1991
https://news.google.com/newspapers?&id=ZOUcAAAAIBAJ&pg=5779,6115475

その時ジェレミーの目は、窓の外を飛翔するものをとらえた。

「鷹がいる。」空を旋回する鳥をみつめた。「妻と私は誕生日が同じでした。妻は『Masterpiece Theater』(イギリスのテレビ番組をアメリカで紹介する番組)のエグゼクティブ・プロデューサーを15年間つとめて、二人の国の間に美しい橋をかけたのです。ジョーンの魂に祝福がありますように。あそこに飛んでいるあの鳥はジョーンの魂の生まれ変わりです。」


As he speaks, a soaring form outside the window catches his eye.

"There's a hawk," he says, watching the bird as it circles in the sky. "My wife and I had the same birthday. She also was executive producer of 'Masterpiece Theatre' for the last 15 years. And she built a delicate bridge between our two countries. God bless her soul. I'm sure that hawk was her."


ジェレミーはジョーンの魂が近くにいること、自然の中にいることを感じていたのですね。

RM
今日はジェレミーのお誕生日、先日すでにちょっとはやめのお祝いの言葉をおくったのですが、りえさんの今日の記事への「勝手に連動企画」で書いてみます。りえさんの記事はこちらです。
ジェレミー83歳生誕祭♪

マンチェスターのグラナダ・スタジオが我が家のようだというジェレミーの言葉を紹介なさっていて、そしてコメント欄では撮影の時のお昼寝の話題が出ていました。

そのお昼寝のことでりえさんがリンクを貼っていらした記事、懐かしいです!
「まだらの紐」撮影地 Adligton hall
りえさんの「『まだらの紐』撮影地」の記事への私のコメント、ちょうどこのブログをはじめる時だったんですね!

この二つのりえさんの記事で、ペンシルベニアの新聞The Morning Callの1991年11月10日付けのインタビュー記事を思い出しました。アメリカツアーの時のものです。

Sherlock Holmes In America
by Sylvia Lawler
The Morning Call, November 10, 1991

これは一部を5年ほど前に引用したことがあるのですが、その時は英文併記を原則にしていませんでした。またその頃は有料の新聞データベースでしか読めなかったのですが、現在はThe Morning Callのウェブサイトで全文を読むこともできます。以下のサイトへどうぞ。2ページにわたっていて、以下は1ページ目のアドレスです。
http://articles.mcall.com/1991-11-10/entertainment/2827509_1_sherlock-holmes-charlton-heston-s-holmes-baker-street-irregulars

グラナダ・スタジオはある時期から、観光で回れるようになっていました。ですからジェレミーたちが221Bの部屋で撮影している時に、こういうことも起きたそうです。ジェレミーの言葉です。

グラナダ・スタジオツアーに参加した客はホームズの小さい寝室に入って、時に驚くことになる、とジェレミーは言う。「僕は昼食の後にはいつもそこで昼寝をするんです。りんご一つしか食べませんから。時々ツアーのお客さんがやってきて、ベッドに寝ている『ホームズ人形』をみつけます。僕を『人形』だと思って皆でおしゃべりをしているところに、僕が突然『こんにちは!(HUL-lo)』というと、『あああああああああ!(Aaaaaaaaah!)』って叫ぶのが、すごーく面白くって!」楽しそうに一部始終をやってみせてくれるのだ。

Those who have, he says, are sometimes startled when they turn into Sherlock Holmes' tiny bedroom. "I sleep on the bed during the lunch break because I only ever eat an apple, and sometimes people come through and see this 'dummy' lying on the bed. And they talk as though I were a 'dummy.' And I suddenly go 'HUL-lo' and they go 'Aaaaaaaaah!' and I looove that," his British actor's voice plays out the scenario with relish.


こう話しているジェレミーのいたずらっぽい目と表情が思い浮かびます。

あらためて、ジェレミーにお誕生日のお祝いの気持ちをおくります。

RM
コメント欄でよりしろさんとお話するなかで、ジェレミーのホームズで感じられるユーモアが話題になりました。「マスグレーブ家の儀式書」のあるシーンについてジェレミーが話しているインタビューを思い出したので、みつかったら書きますねと申し上げたのですが、今日はそれではなくて、ホームズの物語は自分が思っていたよりも、あるいは普通に考えられているよりもユーモアを含んでいるとジェレミーが言っている記事を引用します。アメリカの新聞の記事です。

A fresh new Sherlock Holmes makes his debut
by Christopher Andreae
The Christian Science Monitor, October 19, 1983
http://www.csmonitor.com/1983/1019/101924.html

まだイギリスでの放映もはじまっていない1983年10月19日付けのものです。イギリスでは1984年4月24日、アメリカでは1985年3月14日に最初のエピソードである「ボヘミアの醜聞」が放映されました(「アメリカ PBS での放送初日:1985年3月14日」)。ジェレミーの言葉に関しては、筆者が直接インタビューして記事にしたのではなく、イギリスでの記者会見におけるものを引用しながら書いているようです。ただ実際にベーカー街のセットにも行き、撮影がすでに終わっている回の映像もみていて、ホームズの原作にも詳しいことが読んでいてわかります。このグラナダ・シリーズの素晴らしさに魅了されて、アメリカでの放映にはまだ1年半あるこんなはやい時期に、アメリカの新聞で記事にしたのでしょう。

それまで多くの俳優が演じてきたホームズを自分はどうすればよいかわからず、はじめの二週間のリハーサルでは普通でない声で演じたり、奇妙な歩き方をしてみたりした、とジェレミーが話した、その後から引用します。

しかし、自分自身にもっと近づけて演じるべきではないかと監督がブレットに言って、これが重要な鍵になったようだ。ブレットはそれまで冷たくて傲慢なだけの男だと思っていたホームズのことをまあまあ好きになりはじめた。ブレットはまだホームズを「大理石の像」のように感じて演じているが、大理石には「少し割れ目がみえてきた」と言う。

そう思えるのは一つには、ホームズには普通言われているよりももっとユーモアがあると感じられるようになったからだ。彼はこう言う。「たとえばホームズは、手提げランプのもとで拡大鏡を手に突然膝をついて、石のあいだのつぎ目を調べはじめます。これって見た目おかしいですよね。別の話ではホームズは低木をかきわけて、ゴールデン・レトリバーが臭いを追いかけるように突進します。実際にこれをやっているのを脇からみたら、とても滑稽で笑ってしまいます。それからホームズはワトスンをよくからかいますからね。」

But in the end the director suggested that he would have to play Holmes as a character closer to Brett himself. This apparently did the trick. Brett started to find he quite liked a man he had previously thought merely cold and arrogant. He is still playing him as a "marble figure," but the marble has some "slight cracks" in it.

For one thing, he feels that Holmes has more humor than is often recognized. At one point, for instance, he remarks that "Holmes suddenly falls on his knees with a lantern and a magnifying glass and starts inspecting the cracks between some stones. That is funny. On another occasion he rushes through a shrubbery 'like a golden retriever on a scent,' as one Holmes story has it. When you actually do that, it looks very funny. (Also), he often teases Watson."


「美しき自転車乗り」、「まだらの紐」、「海軍条約事件」を撮り終わり、「ボヘミアの醜聞」の制作が進行中だと記事の最初に書かれていて、このような初期の発言だと思うと興味深いです。多分ジェレミーが言っているのは「赤髪連盟」と「ボスコム渓谷の惨劇」のシーンで、その撮影は前者は少し後、後者は放映が1991年ですから撮影は多分1990年、つまり7年後になります。

「ボスコム渓谷の惨劇」、原作にはこんな記述があります。

彼はまるで獲物の臭気をほじくり出す猟犬のように、あたりを駆けずりまわっていたが、やがてレストレードのほうへ向きなおって尋ねた。(延原謙訳)

He ran round, like a dog who is picking up a scent, and then turned upon my companion.


それから少し後にこう書かれています。

彼は立ちあがって、そのへんを駆けまわり、ときに足跡を見失うかと思うと、また見つけたりして、ついに森の中へちょっとはいりこんだところにある、そのへんでいちばんの大木の椈の木の下まで行った。木の向うがわへまわると彼はうれしそうな声をたてて、またもや地上に腹ばいになった。(延原謙訳)

He ran up and down, sometimes losing, sometimes finding the track until we were well within the edge of the wood and under the shadow of a great beech, the largest tree in the neighbourhood. Holmes traced his way to the farther side of this and lay down once more upon his face with a little cry of satisfaction.


駆けまわっては、時に腹ばいになっています。挿絵では大木の根元に近いところでの腹ばいの姿勢を横から描いています。

原作ではshrubbery(潅木)とは書かれていないし、ゴールデン・レトリバーと特定されていなくて、dogです。それででしょう、この記事の最後に筆者は「ホームズがゴールデン・レトリバーのように灌木の中を嗅ぎ回るという場面は原作のどの話にあるのか私にはわからなくて探している」と書いています。(悪口としてではなく、軽口という感じで書いています。)でもジェレミーの頭の中のイメージでは犬はゴールデン・レトリバーだし、ホームズは低い姿勢で動きまわるのでしょう。

これからおよそ7年後に撮影された「ボスコム渓谷の惨劇」では、ジェレミー・ホームズは手掛かりを求めて、馳けまわることはせずもぞもぞと這っていますね。そのホームズの姿を後ろからみたワトスンと警部が、半ば困ったように顔をみあわせます。このあと警部は少し笑いながらホームズをブラッドハウンド犬にたとえて、ワトスンと笑い合います。二人のこういう反応は原作には書かれていないので、もしかしたらジェレミーの発案かもしれません。ホームズが時折の単なる腹ばいではなく地面を這っているのも、ジェレミーが持っていたイメージに近いように思えます。そして私たちもクスリと笑ってしまいます。

「赤髪連盟」のあの動作は、ジェレミーは"That is funny"と言っていますが、笑ってしまうというよりは私はホームズの一挙一動から目が離せなくて、息を飲んで無言で見守っているという感じです。

そして最後の"He often teases Watson"(ホームズはワトスンをよくからかいますからね)というジェレミーの言葉に、うんうんと楽しく頷きました。



火曜日から11月が始まり、11月3日はジェレミーのお誕生日です。りえさんもお忙しいようですね。りえさんからその日にはこれを書きましょうという提案があって、私も書くことができるようならその日に更新するかもしれませんが、そうでなければ次の週末になります。それでちょっとはやいけど、「お誕生日おめでとうございます!」また来年もお祝いの言葉を言うことができますように。そして今もかわらず世界中でジェレミーのホームズが賞賛されていることでも、ジェレミーをはじめとする出演者、スタッフの皆様にお祝いの言葉をおくります。

RM
前回と同じこの記事からです。

Late Jeremy Brett takes final bow as Sherlock Holmes
by Lynn Elder
The Daily Gazette, Dec 3, 1995
https://news.google.com/newspapers?id=XHlGAAAAIBAJ&pg=3660%2C774774

なお、前回間違って11月3日付けの新聞記事と書いてしまいましたが、12月3日付けでした。訂正しました。

前回書いたように、Edward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)への電話インタビューを含む記事です。エドワードはいろいろと話しているのですが、このところのキーワードである "romance"絡みで、"romantic"という語を含む部分を引用しましょう。"romantic"は以下では一番最後の段落になります

シリーズは成功して、特にアメリカでの評判は高く、ブレットはとても喜んでいた。そしてホームズのイメージを損なわないこと、ドイルの原作に忠実であることを大切にしていた。

「『初歩的なことだよ、ワトスン君』('Elementary, my dear Watson') と誰かが言うのをきくと怒っていました」とハードウィックは言った。一般に考えられているのとは違って、この台詞はドイルの原作には出てこないのだ。

イギリスのグラナダ・テレビ制作のこのシリーズで使う小道具や衣装にも、ブレットは細かく気を使った。

「服が完全に正確にドイルの原作に書かれたとおりであるように、とても注意していました。どのパイプを使うかについても、難しい問題がありました。」

それでもブレットはホームズに対して愛憎の入りまじった複雑な思いを持っていた、とハードウィックは言う。

「ジェレミーはかなりのロマンチストでした。髪に黒いグリースをつけて、あのくすんだ暗い色の服ばかり着るのはいやだったでしょう。彼独特の、華やかな輝きを持っている人でしたから。」


Brett was thrilled by the success of the series, particularly in America, and proved protective of Holmes and the Doyle canon.

"He used to get furious if anyone said 'Elementary, my dear Watson,'" recalled Hardwicke. It's a phrase which, contrary to popular myth, does not appear in Doyle's stories.

Brett was equally watchful when it came to props and wardrobe on the series produced by England's Granada Television.

"He was very concerned that the clothes were absolutely, exactly as Doyle described," said Hardwicke. "There was also a deeply complicated thing about [tobacco] pipes."

And yet, he says, Brett had a "love-hate thing" with Holmes.

"He was a bit of a romantic at heart. I don't think he liked putting all that black grease on his hair and wearing those dull clothes. Jeremy, in his own way, was a very flamboyant person."


アメリカでの評判が特に高いと書かれているのは、これがアメリカの新聞であるということもその理由でしょう。前回のイギリスの新聞記事では、日本で特に人気が高いとなっていましたね。要するに、世界中の人たちが夢中になったのですよね!

演じるにあたってジェレミーが原作をとても大切にしたことは、誰もが口にします。衣装、パイプなどの小道具にも気を配ったことも。

そのようにして熱心に取り組んだにもかかわらず、ホームズに対して"love-hate thing"(愛憎の入りまじった複雑な思い)を持っていたと言うのです。あるいは、そのように全身全霊で演じたからこそホームズが嫌いになった時もあった、とも言えるでしょう。

これはジェレミーのいろいろな言葉からもうかがえますね。自分はホームズとは似ていないといつも言い、あまり好きなタイプではないとしばしば言っていました。ホームズはとても難しいが演じ甲斐がある役だと言っている時がほとんどですが、もう演じたくないと話しているインタビューもあります。

ジェレミーとホームズが相容れないことの例として、エドワードはホームズの黒い髪、黒っぽい服といった外見のことを言っています。もちろん外見はしばしば内面を反映するものです。ジェレミーもホームズのことを"damaged penguin"なんて言っていましたね。そしてエドワードはジェレミーについては"flamboyant"という形容詞を使っています。華やかな輝きで人を引き付ける、という意味でしょう。ジェレミーの外見と内面の両方で、華やかな輝きを感じます。

でもジェレミーだけではなく、ジェレミーが演じるホームズも輝いていますね。「華やか」とは言えないにしても、その暗さも含めて輝いています。私がジェレミーのホームズに夢中になってまず感じたのは、その輝きでした。NHKで放映された時からジェレミー演じるホームズが好きでしたが、本当に夢中になって引き付けられたのは、宝島社のDVDブックを毎月楽しみに購入して久しぶりに観てからでした。そしてジェレミー・ブレットという人のことも少し知りはじめたとき、どうしてこんなに輝いている人が、愛する人を失い病に苦しんで死ななければならないのだろう、という疑問が私の中で大きくなりました。そこから思わぬ形で私の旅がはじまって、生きることとか、人生で苦しみに会うこととか、死ぬこととか、そういうことへの気持ちが次第に(あるいは突然)変わっていったのでした。

記事の引用部分にもどりますと、エドワードは"flamboyant"という形容の前に、"He was a bit of a romantic at heart"と言っていて、ああ、ここにも"romantic"が、と思ったのでした。

RM
先日から何回か触れてきた"romance"という言葉で思い出した記事が、もう一つありました。

Late Jeremy Brett takes final bow as Sherlock Holmes
by Lynn Elder
The Daily Gazette, Dec 3, 1995
https://news.google.com/newspapers?id=XHlGAAAAIBAJ&pg=3660%2C774774

Edward Hardwicke(エドワード・ハードウィック)へのインタビューを含む記事で、その中でエドワードが"romantic"という語を口にしているのです。The Associated Pressの配信記事ですから、アメリカのいくつもの新聞で違う日に違うタイトルで掲載されたのだと思いますが、今日のリンク先の新聞では1995年11月3日付けで、ジェレミーが亡くなって約2ヶ月、ちょうどジェレミーのお誕生日です。(追記:わー、間違えました。12月3日付けの記事でした!)

記事の途中に"Hardwicke said, speaking by phone from London"と書いてありますので、電話でエドワードに話をきいたのですね。今日はエドワードの言葉が最初に出てくる部分を引用します。"romantic"については(多分)次回ご紹介します。

エドワード・ハードウィックは41のエピソードの大部分で、ブレットのエレガントなホームズの相手役ワトスンを演じた。共に演じた仲間であり友人であったブレットは、批評家からの絶賛以上の栄誉を受けて当然だったのに、と彼は言う。

「あの演技は、もっと評価され賞賛されるだけの価値があったのに、彼はそれに価する栄誉を一度も受けなかったと思います」とハードウィックはいう。「ホームズを演じて、これまで名演と言われてきたホームズを、記憶から幾分か消え去らせたのは、俳優として見事な成果だと思います。」

しかしアメリカのエミー賞も、それに相当するイギリスの賞もブレットは受けなかった。「とても悲しいことです」とハードウィックは言う。ワトスンがそうであったように、友をずっと大切に思っているのだ。


Edward Hardwicke, who played Dr. Watson opposite Brett's elegant Holmes for much of the 41-episode series, says his colleague and friend deserved more than critical plaudits.

"I don't feel he ever got the recognition he deserved for that performance," Hardwicke says. "I think it's a remarkable achievement to play Holmes and, to some extent, erase the memory of some great performances in that part."

But no Emmy, or its British equivalent, came to Brett. "Tragic," says Hardwicke, as loyal as Watson.


ジェレミーのホームズが視聴者から熱烈に支持されたことも、シャーロッキアンから原作の見事な映像化として認められ感謝されたことも、批評家から高く評価されたことも、ジェレミーに大きな達成感と、努力が報われた喜びをもたらしたことでしょう。でも、あの作品とあの演技で何の賞も受けなかったことには、落胆したとしても不思議はありません。映像作品や舞台作品に関わる人たちの団体からの評価と栄誉を得なかったことにがっかりしたとしても、無理はありません。The Academy of Television Arts & Sciences(米国テレビ芸術科学アカデミー)、British Academy of Film and Television Arts(英国映画テレビ芸術アカデミー)といった団体が授与する賞を受けなかったのですから。エドワードはジェレミーの気持ちを思いやって、本当に残念なことだと悲しんでいるのですね。


ジェレミーにBAFTA賞をという活動が2010年に始まったのも、多くのひとがジェレミーが賞を受けなかったことを残念に思ったからでした。そして私がこのブログをはじめたきっかけの一つは、この活動のことをネットでお知らせしたい、署名をしていただきたいという気持ちでした。
ジェレミーにBAFTA賞を!(1)

しかし、すでに世を去ったひとには賞を授与しないという従来の方針をくつがえさないとBAFTAの理事会が決定して、活動は終わりました。

ジェレミーが生前、落胆を口にしているのを聞いたり読んだりしたことはありませんが、エドワードをはじめとして多くの人が、悲しいこと、驚くべきこと、信じられないことだと言っています。たとえば「ジェレミーにBAFTA賞を」の活動に寄せたStephen Fryの文章はこちらで読むことができて、"astonishing"(信じがたいほどの驚き)と言っています。
http://www.bafta4jb.com/2010/06/statement-of-support-from-stephen-fry-2/


それではなぜ、ジェレミーのホームズの演技は、何の賞も受けなかったのでしょう。ホームズが放映されていた当時、興味深い記事が書かれました。いつかもう少し詳しくご紹介しようと思いますが、ほんの少し引用しましょう。まず筆者は「ジェレミー・ブレットのホームズは多くの国でとても人気がある(特に日本での人気はものすごい)が、人気があることと、公にきちんと評価されることは同じではない」と書いています。

Underrated
by Kevin Jackson
The Independent, 20 October 1993
http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/underrated-a-jigger-of-remorse-a-dash-of-lunacy-overdue-credit-where-credits-due-kevin-jackson-kicks-1511965.html

ブレット氏の演技の素晴らしさが見過ごされて賞の対象となっていないのは、彼は素晴らしい、と誰も言わないからではなく、誰もがそう言うからだ。

Mr Brett's true brilliance is overlooked not because no one says that he is splendid but because everybody does.


「賞の対象となっていないのは」としたのは少し意訳かもしれなくて、ここでは直接そう言ってはいませんが、この前の部分に"popularity is not quite the same thing as recognition"(人気があることと、きちんと評価されることは、まったく同じことではない)とありますから、筆者が権威ある団体による評価を念頭に置いていたのは明らかだと思います。

そして筆者はこの引用部分の直前で、エドガー・アラン・ポーの短編「盗まれた手紙」を引き合いに出しています。誰の目にも明らかなことはかえって盲点となって、あらためて意識されることが少ないのだ、と。

ジェレミーも当時この記事を読んだことでしょう。何の賞も授与されないことへの失望があったとしても、少しでもそれがやわらいで、ドイルも影響を受けたとされるポーの有名な短編のタイトルを見て笑みを浮かべてくれたことを願いますし、そう信じています。

この新聞記事では筆者はこの後、ジェレミーのホームズの素晴らしさをたくさん書いて讃えてくれていますが、それも含めてまたいつかきちんとご紹介しましょう。

RM
前々回、こんなふうに書きかけていました。

この7月の記事でご紹介したインタビュー映像では、ホームズは女性の手が届くところにはいない (beyond their reach) とジェレミーは言っていて、こういう意味のことを言っているのは何度か読んだことがあります。ところが、女性の手がほんの少しだけ届きそうなところに、自分はホームズを連れてきてしまったかもしれない、と言っているインタビューがありました。

自分がホームズを演じたために、女性が憧れるホームズという一面をつくりだしてしまったかもしれない、手が届くかもしれない、と女性が思うような対象にしてしまったかもしれない...。


ジェレミーがそう言っている部分のご紹介を、今日は書きます。"romance"が私の中ではキーワードなので、以下の二つの記事に続いて、大袈裟ですがロマンス三部作と名付けます!最初の記事では"romantic hero", 二番目でも"romantic"という言葉がジェレミーの口から出ましたから。
"Romantic hero":1988年のインタビューより
ホームズのこころの奥:2004年の新聞記事より

今日の新聞記事の日付は1990年3月、ジェレミーの言葉はThe Secret of Sherlock Holmesの公演時のインタビューからで、Bradfordの劇場ですから1889年10月です。

A Sherlock Holmes To Investigate At Home
by Kate Tyndall
The Philadelphia Inquirer, March 29, 1990
http://articles.philly.com/1990-03-29/entertainment/25901981

自分の演じるホームズが人気がある理由、特に女性に人気がある理由は、自分が演じるホームズから、自由で奔放な感情がかすかに感じられるからだとブレットは思っている。「私の何かが、ことによるとウエストコート(ベスト)の一番上のボタンかどこかから、ひそかにほんの少し漂い出ていて、もしかするとそのためにホームズがあんなに人気があるのかもしれません。もともとホームズは人付き合いはいつも避けていますし、男だけが所属する紳士クラブのメンバーです。女性が好む男でも女性とうまくつきあえる男でもないと思います。女性の手が届くところにはいないのです。もしかしたら私はホームズをほんの少し手が届くところに連れてきてしまって、原作にあるホームズから変えてしまったかもしれません」と言った。

Brett believes the popularity of his Holmes, especially with women, comes from a subtle whiff of romance that emanates from his character. "Some element, maybe through my waistcoat top button or somewhere, creeps a little bit out of me, and maybe that's the reason why he's so popular.... He's always been a recluse, a clubman. I don't think he's been a woman's man. He's unreachable. I may have corrupted him by putting him slightly within reach," he said.


"a subtle whiff of romance that emanates from his character"というところ、"romance"という言葉が出てきました。今までのロマンス三部作の二つ目までで書いたように、これを「恋愛、恋愛感情」ととってしまってはいけないと思って、カタカナの「ロマンス」とはしませんでした。"romance"の語義がいくつかある中で、ここではこんな意味ではないかと思いました。

・ロマン, 浪漫, 冒険心, わくわくする心(ウィズダム英和辞典)
・奔放な感情のままに行動する性格[性質],想像力豊かな性質,ロマンチックな気質;空想癖(ランダムハウス英和大辞典)

そこで"a subtle whiff of romance"を、自由で奔放な感情がかすかに感じられる、と訳しました。

"maybe through my waistcoat top button or somewhere"(ことによるとウエストコートの一番上のボタンかどこかから)って、面白いですね。慣用表現という可能性も考えましたがみつかりませんでした。この前も書きましたが、ジェレミーのこういう、具体的なイメージが喚起される表現が好きです。

そしてボタンをとおって、ひそかに漂い出ているのが、ジェレミー自身が持つ感情の豊かさ、ゆらぎ、情熱なのでしょう。ジェレミーは、自分が演じるホームズの中に自分自身が少し出てしまったために、ホームズの姿を少し変えてしまったかもしれない、というのです。

そのすぐ後のジェレミーの言葉です。

「でも役者は失敗を恐れず、隠れている生身の人間の部分をみせようとしなければならないのです。もしホームズが大理石の冷たさに籠ろうとしていたら、大理石の彫刻に手を添えて動かさねばならない。もしも人間らしいこころがみえそうになったら賭けに出て、ユーモアを少し、感じやすさや傷つきやすさを少し、失敗を少し、ホームズの中に招き入れなければならないのです。ホームズをそう演じることで観ているひとの気持ちを損ねていないようにと祈りながら。」

"But you have to risk showing the flesh underneath. If he's going to be absolutely marble, then get a marble statue and move it around. If he's going to be flesh, then you've got to take that gamble and bring in a little humor, bring in a little vulnerability, bring in a few faults and pray that doesn't offend people."


いつも感じますが、ジェレミーは原作を大切にしている人の気持ちを気にかけています。その上で、自分がホームズの中に見ているものを表現したいという、俳優としての情熱を感じます。そしてそれは、ホームズの感情の動きであり、ユーモアであり、傷つきやすさなのですね。私たちはまさにそれを感じて、惹きつけられます。

RM
前回引用した1990年の新聞記事から、女性にとってのホームズ像を自分が少しかえてしまったかもしれない、と話している部分を引用するつもりだったのですが、予定を変更して、(多分)次回にまわします。

前回の引用部分でホームズの気に食わない点をあげていましたが、表面上そう見えてもホームズがそれだけではないことをジェレミーはもちろん知っていて、いろいろな機会にいろいろな言葉でそれを語っているのは皆様もご存知でしょう。このブログでもいくつもご紹介しました。でも、今日もまた違う言葉でそれを書きたくなりました。次回予定している、女性からみたジェレミー・ホームズ、ということにもつながるはずです。

引用するのは2004年の新聞記事からですが、この記事の筆者は1989年8月、The Secret of Sherlock Holmesの楽屋でジェレミーにインタビューをしたそうです。(ただ、この記事に書かれたジェレミーの発言がすべてその1989年8月のインタビューからなのかは、厳密に言えば不明です。)

Master of Mystery
Brett remains the screen's definitive Sherlock
by Terry Pace
Times Daily, Sep 15, 2004
https://news.google.com/newspapers?id=vXs0AAAAIBAJ&pg=2282%2C2345201
https://news.google.com/newspapers?id=vXs0AAAAIBAJ&pg=4181,2325690

ジェレミーは、ホームズと自分がどんなに違うかを強調します。

「ホームズと私はこれ以上ないほどかけ離れた性格です」とブレットは主張した。「ホームズはリアリスト、私は救いようのないロマンチスト。ホームズは内向的、私は外向的でどうしようもない。私は賑やかなお祭り男、彼はまじめで人付き合いの苦手な男です。私はホームズと話すために通りを渡ることさえしないでしょう。」

"Holmes and I could not have more vastly different personalities," Brett insisted. "He's a realist, while I'm an incurable romantic. He's an introvert, and I'm a hopeless extrovert. I'm rather a jolly chap, and he's very serious and unsociable fellow. I'm afraid I wouldn't walk across the street to meet him."


自分はan incurable romanticだという、ここでは名詞として使っているromanticという語を、ロマンチストと訳しましたが、これはどんなニュアンスでしょう。前々回 romantic heroという言葉の意味を考えたのと同じで、恋愛感情だけに結びつけるのは間違っていると思います。感情が豊か、情熱的、こころの動きを大切にする、さらにここではrealist(現実主義者)との対比で、想像力が豊か、夢想家という面もあるでしょう。

こんなふうに自分とホームズはまったく違うと言った上で、それでも「大理石の割れ目」から見ると、ジェレミーにはホームズのある面が感じられると話しています。

ブレットは自分とホームズの違いを感じた上で、「大理石の割れ目」をいつもさがして、冷徹な計算機のようなホームズを生身の人間として演じる方法を見つけ出そうとした。コナン・ドイルが描いた姿と大きく食い違ったり、離れたりしない形で。

「ホームズのイメージに対して私が何ができているかをよくきかれますが、答えるのは難しいのです」とブレットは言った。「コナン・ドイルが書いたものに忠実であるようにとどんな時にも努めています。でもそれだけでなく、ホームズの感情もなんとか引き出そうとしています。表面上はみえにくいけれどもこころの中にはあると思っているからです。ホームズはあの冷たくてよそよそしい顔で、人間らしい情なんてものは寄せ付けないように見えます。でもこころの奥では ---こころのずっとずっと奥では --- ホームズはとても細やかな感受性と感情を持っていると思うのです。」

With that in mind, Brett constantly searched for "cracks in the marble" as he sought ways to humanize Holmes – the cold, calculating reasoning machine – without contradicting or drifting too far from Conan Doyle's original conception of the character.

"I'm often asked what I have given to the image of Holmes, and that's difficult to answer," Brett remarked. "I've tried to remain faithful to Conan Doyle's text at every opportunity, but I have also tried to wring out the human emotion that I believe lies under the surface. Holmes appears to be this rather cold and distant figure who holds the rest of humanity at arm's length. But deep down, I believe – much deeper down – he is a man of tremendous sensitivity and feeling."


ジェレミーにとって自分と正反対の、無愛想でひとと交わらない性格の男を演じる困難、ということのほかに、もう一つの挑戦があったのですね。原作に直接は書かれていないホームズも表現すること、でも原作に忠実に映像化しようという意思に反するようなホームズにはしないこと。そしてそのジェレミーが描きたいホームズとは、"a man of tremendous sensitivity and feeling"(細やかな感受性と感情を持つ男)だと言うのです。ここのホームズの描写が好きです。

ホームズがみせる冷徹さは、決して無感覚・無頓着ゆえのものではありませんね。まわりのひとの感情にも状況にも敏感です。そしてたとえ表には出さなくても、こころの中でホームズ自身の感情も動いている。この感受性と感情があるからこそ、犯行時の様子をまざまざと思い描いたり、次の展開を予想できたりもするのでしょう。そして推理に直接関わる、探偵として最も重要な面における敏感さだけでなく、ジェレミーが表現する人間ホームズとしての感受性と感情にも、私たちは魅了されます。

RM
この7月の記事でご紹介したインタビュー映像では、ホームズは女性の手が届くところにはいない (beyond their reach) とジェレミーは言っていて、こういう意味のことを言っているのは何度か読んだことがあります。ところが、女性の手がほんの少しだけ届きそうなところに、自分はホームズを連れてきてしまったかもしれない、と言っているインタビューがありました。1990年のアメリカの新聞に載ったもので、The Secret of Sherlock Holmesの公演時にイギリスでジェレミーにインタビューしています。(追記:Bradfordの劇場で、とあるので、インタビューの時期は1889年10月です。Jeremy Brett Informationのデータ参照。)

ちょうど前回、自分はもともとそういう役者なので、ホームズをロマンチック・ヒーローのように演じてしまった面がある、という発言を紹介しました。これはそのことを別の言葉でいいかえたもののように思います。自分がホームズを演じたために、女性が憧れるホームズという一面をつくりだしてしまったかもしれない、手がとどくかもしれない、と女性が思うような対象にしてしまったかもしれない...。

ただ、そこだけを取り上げると、少し誤解されるかもしれません。ジェレミー、自分が女性にもてるって言いたいのかしら、と。いえ、ジェレミーがどんな性質(たち)か皆様はご存知でしょうから大丈夫でしょうけど。

でも今回はそれに先立つ部分から引用して、多分次回、女性にとってのホームズということにふれます。ジェレミーが最初、ホームズをどう感じたかというところからです。そしてワトスンのことに話が続きます。

A Sherlock Holmes To Investigate At Home
by Kate Tyndall
The Philadelphia Inquirer, March 29, 1990
http://articles.philly.com/1990-03-29/entertainment/25901981

ホームズを演じるのは以前より楽になってきたが、最初はそうではなかった。ブレットはこの探偵は、自分が思う好ましい人物像とは正反対だと感じた。

「ホームズは私の好みには合わないんです」と自分の率直な気持ちを口にして、ゆずらなかった。「ホームズは最悪の男だと思っていました。愛想というものがない、失礼な男だと思ったんです。なんでも知っているという顔をする人は好きではないんですが、彼はまさにいつもすべての正解を知る男で、それに苛立ちました。そしてホームズのあの、ひとに対する態度です。彼の作法は最悪でした。彼とはうまくやっていけませんでした。」

7年たっても、ブレットはこの役はとても難しい、あの男はつきあいにくいと感じている。それでもホームズに没頭している。「いつもどこか、私の気持ちに火をつけるものがあるのです。もしホームズがどういう人物かすべてわかってしまったら、退屈するでしょう。でもホームズに関しては、岩山の斜面にとりついて頂上目指して一歩一歩進んでいくようなものです。でも決して頂上にはたどりつけない。頂上にはたどりつけない。」

ブレットはワトスンには共感し、好意を持っている。「ワトスンはなんて思いやりのある男だろうといつも思っていました。 それから舞台でワトスンを演じて、彼を演じるほうがずっと私に向いていると思いました。ワトスンは愛情にあふれていて、だれかと一緒にいるのが好きで、まわりのひとを元気づけてくれて、友人を大切にする素晴らしい男です。ワトスンがいなかったら、ホームズは死んでしまうと思います。」

His Holmes comes easier now, but that wasn't so in the beginning, when Brett found the detective antithetical to his own idea of what makes a man.

"He's not my cup of tea," he said with perverse candor. "I thought Holmes was terrible - so abrupt and rude. I don't like know-it-alls and he was the one who always got it right, and that irritated me. And you know, it was also his manners; he had the worst manners. I didn't actually get on with him too well."

Even after seven years, Brett finds the role troubling, the man no more likable. Yet Holmes continues to engross him: "There's always something that sparks me. If I could pin him down, I'd get bored. But with Holmes you're climbing the rock face toward the top, but you never get there. You never get there."

Brett reserves his sympathy and affection for Watson. "I always used to think how sweet Watson was, and then I played him on stage and discovered he was a much better part for me," Brett said. "He's so full of love, and outgoing and reassuring, a loyal friend, so marvelous. If it wasn't for Watson, I think Holmes would be dead."


ホームズのこと、そんなに悪く言わないでと思う方もいらっしゃるでしょう。ジェレミーは最初はホームズが好きじゃなかった、ということをよく言っていますね。でも最初に限らず、時によってホームズのことがかなり嫌になっていたようです。"becomer"としてホームズと長くつきあうのは大変だったでしょう。このインタビューの時は「ホームズは最悪の男だと思っていました」と過去形で言っていますから、ほっとしました。

そしてひととしてのホームズとはつきあいにくくても、演じる対象としては抗いがたい魅力があったのですね。その魅力は、たどりつけないとどこかで知りながら、それでも岩山の斜面を登っていくようなものだ、というのです。ジェレミーにとってホームズを演じるというのがどういうことか、感覚的にわかったような気がしました。いつも思いますが、ジェレミーの比喩は、このように感覚に訴えるものが多いのが魅力的です。

このあとワトスンのことを話しています。ニコニコしながら楽しそうに話したでしょうね。ワトスンがいなかったら、ホームズは死んでしまうだろう、と言っているのも何度かききました。たとえばこちらで引用したインタビューです。
ホームズとワトスンの友情:1985年のThe Armchair Detective のインタビューより(2)

ホームズは死んでしまうと思うんですよ、(ジェレミーは目をきらきらさせて)つまり二人が実在の人だとしてですが、もしもワトスンがいなかったら死んでしまうと思うのです。もしワトスンが突然ホームズの元を去って、たとえばマダガスカルに住むことになったら、ホームズは6週間もたたずに死んでしまうでしょう。そんなふうに私たちは演じることにしたのです。

I think that Holmes would be dead—(with a twinkle in his eye) I mean, just pretending that they were real people—if Watson weren't there. If Watson suddenly decided to go and live, let's say, in Madagascar, Holmes would be dead inside of six weeks. And that's what we chose to play.


Interview with Jeremy Brett
by Rosemary Herbert
The Armchair Detective, vol.18, no.4, 1985

ジェレミーはワトスンが好きなので、ワトスンのことを話すときは楽しそう、幸せそうです。それにくらべて、ホームズを演じるのは岩山を登るようだったのですね。苦しくて、でも演じ甲斐のある役でもあったのですね。

RM
前回引用した1988年の新聞インタビューから、もう少し引用しましょう。

The Debonair New Resident of 221B Baker Street
by Hilary DeVries
The Christian Science Monitor, October 25, 1988
http://www.csmonitor.com/1988/1025/rbrett.html

この同じ記事を当時の紙面のままでご覧になりたいかたは、こちらをどうぞ。(私、当時の紙面を見るのも大好きです。)この記事はLos Angeles Timesなど、アメリカの各地の新聞に載りましたが、以下はアメリカ・メイン州の新聞の紙面です。
Brett The Definitive Sherlock Holmes
by Hilary DeVries
The Lewiston Daily Sun, December 9, 1988
https://news.google.com/newspapers?id=v38pAAAAIBAJ&pg=3295,1657040

「(カメラ・テストでは)かなりせかせかと歩いたと思います。プロデューサーが見兼ねて言いました。『ホームズの中に君自身、ジェレミー自身は全く入らないのかい?』」

カメラ・テスト後の最初のエピソードは「美しき自転車乗り」だった。「ついに撮影がはじまり、いろいろなことをみつけました。大理石の彫像のようなホームズの内面がみえてくる割れ目をみつけた、ということです。女性を気遣うこと、失敗もすること、人間的な感情をうかがわせるちょっとしたことなど。でもホームズは孤独癖があり、個人的なことを表に出さない性格です。感情をしめだしている。だから彼を演じるのは難しいのです。」

しかしブレットはホームズを、少しだけ昔風とも言えようが、この上なく格調高く劇的に演じている。「もちろん私の演技は大げさですよ」笑いながらブレットは言う。「彼をロマンチック・ヒーローの類いのように演じてきたんです。ホームズを演じるには私は向いていないので。俳優は頭の中では素晴らしい考えをいっぱい持って演じても、実際におもてにあらわれるのは、このひどい『自分』なんですよ。」

"And I think I walked rather fast. My brilliant producer finally said, 'Is there going to be anything of Jeremy in this at all?'"

That first episode was "The Solitary Cyclist," about which Brett says, "The momentum had begun and I had begun to find things—the cracks in the marble—such as his delicacy with women, his failures, the little human elements. ... But he's a very isolated, private man, he's removed emotion from his life, and that's what makes him so hard to play."

But play him Brett does, in a supremely, if slightly out-of-fashion, high style. "Of course, the performance is over-the-top," says Brett with a laugh. "But I'll tell you what it is, I've played him as a kind of romantic hero ... because I don't feel adequate for the part. You know, you have all these marvelous ideas in your head and all that comes out is this awful 'you.'"


最初の段落、"My brilliant producer"と言っているのが、いかにもジェレミーですね。「私の素晴らしいプロデューサー」とするのはあまりに直訳でためらわれて、訳には入れられなかったのですが。もっとも私は迷いつつも、いつもかなり直訳調に訳しています。ジェレミーの言葉を削ってしまうのもまたためらわれるので。

2番目の段落の"the cracks in the marble"(大理石の割れ目)という言い方はおなじみで、そして何度きいても印象深いです。そうやってみえてくるものとして最初にあげたのが"his delicacy with women"というのも興味深いですね。迷ったあげく「女性を気遣うこと」としましたが、女性にやさしい恋愛感情を持つということでもないし、女性を男性より弱いものとして気遣うというのでもありませんね、多分。「女性」とひとくくりにくくって終わりなのではなく、その女性を一人のひととしてきちんとみて、考える、ということだと私は思います。たとえば「美しき自転車乗り」で、ホームズはバイオレット嬢のことをしっかりした女性として評価していますし、その上で自分と連絡を絶やさないようにと指示しています。

一番興味をひいたのは引用の最後、"I've played him as a kind of romantic hero"(彼をロマンチック・ヒーローの類いのように演じてきた)ということろです。

ロマンチック・ヒーローという言葉で思い出すのは、1991年のNPRのインタビューです。音声はこちらできけます。
http://jeremybrett.info/media.html

私はホームズを演じるには合わないんです。ロマンチック・ヒーローを演じるタイプの俳優ですから。だから私自身のすごく多くの部分を隠さなければならないことが、よくわかっていました。

"I'm so miscast. I'm a romantic-heroic actor. So I was terribly aware that I had to hide an awful lot of me."


自分はこの役に合わないタイプの俳優だということ、ホームズと自分は正反対だということ、これはこの1991年のインタビュー以外でもよく言っています。だから自分自身を隠さなければならないということも。でも実際には自分自身が出てしまっている(ロマンチック・ヒーローの類いのように演じてきた)と言っているインタビューは、珍しいと思います。それが今回特に1988年のインタビューをご紹介したかった理由です。

この「ロマンチック・ヒーロー」のようにというのは、女性との恋愛劇の主人公という意味では、もちろんないでしょう。ジェレミーのホームズはそんな人物ではないですから。「ロマンチック・ヒーロー」とは、感情が豊か、悩み苦しむ時もある、怒りも喜びも情熱も憐れみも感じる人物ということでしょう。

そして、ジェレミーのホームズの中に、ジェレミー自身がとても美しいかたちで潜んでいることを、私たちはよく知っていますよね!頭でいろいろ考えても実際に演技にあらわれるのは"this awful 'you.'"(このひどい「自分」)なんてジェレミーは言って、多分いつものようにインタビューアをクスッと笑わせたでしょうが、私たちがみるホームズにあらわれているのはもちろん、ジェレミーの魅力、です。


今日は9月11日、明日の9月12日がジェレミーがこの世を去った日です。ずっと記憶に残るホームズ、今も新しい視聴者を獲得し魅了し続けるホームズ、そのホームズの中に、確かにジェレミーというひとの魅力が生き続けていることを感じます。

ジェレミーが演じたホームズは唯一無二であり、もちろん他のどの俳優が演じたホームズもそれぞれ違って、それぞれ唯一無二なのですが、私たちを含む世界の多くのひとがジェレミーのホームズを、映像化作品の中で傑出したものと感じています。あのシリーズはジェレミーの俳優としての実力と、ひととしての魅力が、多くのひとの力と合わさってできた結晶ですね。

一日はやいですが、ジェレミーにこころからの感謝と敬愛の気持ちを送ります。ジェレミーのなかのなにか、死によっても失われないなにかが、いまも美しく輝いていることを信じています。

RM

 RM

Author: RM
コメントは承認後に公開されます。古い記事へのコメントも大歓迎です。2010年8月7日に始めました。
私の記事へのリンクはどうぞご自由になさって下さい。
和訳には間違いがあるかもしれません。最近は必ず英語原文を併記・またはアドレスを書いて読めるようにしていますので、どうぞそちらも参考になさってください。

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