Jeremy のことが知りたくて ~ ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)を愛するかたへ

英グラナダ・テレビでシャーロック・ホームズを演じた俳優の人生を言祝いで

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(2/12追記:「カーソルで選択して、反転して読む」のが難しい環境もあるようですね。それでパスワードを入れて読むように変更しました。)

「芋づる式」で、三つ目の芋です。
1. 役の顔でない、
2. アップではない、
3. あまり知られていない写真
で次に思い浮かんだのがこれで、ジェレミーが、というより他の点で面白いのです。

でも少し注意が必要です。以下のことを信じているかたは、ここにはいらっしゃらないと思うのですが....。
1. 映像でみるあのベーカー街は撮影用に建設したのではなく、本当のベーカー街である。
2. あの221Bの部屋は撮影用に家具や小物を並べたのではなく、本当にホームズとワトスンが住んでいる。

でも三つ目。「あの221Bの部屋は◯◯◯◯◯ではなく、本当に◯◯◯◯◯」と思っているかたは、割合と多いのではないかと思います。

私はグラナダ・シリーズのプロデューサーであるMichael Coxが書いた、A Study in Celluloidを読んで、そうではないと知りました。そして今回ご紹介する写真をみて、ああなるほどと思いました。(この後の記事が長くなったので、写真本体のご紹介は次回にまわします。)

でも、知りたくないかたもいらっしゃるかもしれませんから、ここから後は次の記事でパスワードを入れて読んでいただくようにします。
パスワード:Jeremy


RM
今日も「芋づる式」で、
1. 役の顔でない、
2. アップではない、
3. あまり知られていない写真
で、思い出したものをもう一枚。兄・甥たちと一緒の写真です。ご存じのようにジェレミーは男ばかり四人兄弟の末っ子で、写っているのはそのうちの二人の兄です。

以下は本からスキャンして別の場所にアップロードされていた画像を再投稿したのだと思いますが、Facebookのファングループ内です。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10208831147110470

うっすらと裏の文字が透けていますが、これはThe Berkswell Miscellany, Vol.5に載っていた写真のスキャンだからです。

撮影は1989年6月4日の日曜日であると、The Berkswell Miscellanyの本文にあります。Huggins大佐の息子のうちのJohn, Patrick, Jeremyの三人(右から5番目、4番目、3番目)によって、銀のトレイが返還された、と写真のキャプションに書かれています。大佐の孫のうちの二人、SimonとAshley Hugginsもその右にいる、ともあります。

兄弟は上からJohn, Michael, Patrick, Jeremyですから、上から二番目のMichaelは来られなかったのですね。画家のMichaelはマジョルカ島に住んでいたので、そのためでしょうか。SimonとAshleyが兄たちのうちの誰の息子かは書いてありません。

ジェレミーの父と兄たちについては、たとえばこちらに書きました。
父のこと; 1973年のTV Timesのインタビューより
追悼式での John Huggins師の言葉;1995年のThe Baker Street Journal より
ジェレミーの兄、Michael Hugginsの絵(1)

以前、「お気に入りの厚底靴:1975年の新聞記事より」の中で、

兄弟4人のうちで、ジェレミーよりもっと背が高い兄が一人か二人(か三人)いるということでしょうか。大人になってから4人が、背がわかる形で横に並んでいる写真は残念ながらみたことがありません。三人が一緒の写真はあるのですが、ジェレミーは二人の兄の後ろに控えて、にこにこと笑っています。背の比較はできないけど、弟という感じが出ていて微笑ましいです。

と書いたことがあります。あらためて見直すと、この写真でジェレミーが兄たちの後ろにいるのは、弟だからというわけではないだろうとは思いますが、でも後ろで微笑んでいるのが好きです。

銀のトレイがどんな由来のもので、なぜこの時に大佐の息子たちによって返還されたかについては、また別の機会に書きましょう。

RM
今日は前回の写真からの連想で、
1. 役の顔でない、
2. アップではない、
3. あまり知られていない写真
を選びました。例によって私の好きな「芋づる式」です。

下のリンク先はThe Priory Scholars of NYCというホームズ愛好家グループのウェブサイトです。サイトの一番上に掲げた写真では、たくさんのシャーロッキアンに囲まれて額に入れた何かを手渡されて、ジェレミーが嬉しそうに笑っています。
https://prioryscholarsnyc.wordpress.com

この写真を私は、雑誌の1985年のインタビュー記事に添えられていたときにはじめてみました。インタビュー記事の題や雑誌名は以下のとおりです。
Interview With Jeremy Brett
by Rosemary Herbert
The Armchair Detective, Vol.18, No.4, Fall 1985

インタビュー記事中の写真の説明に、1985年3月27日、ニューヨークのBogie's Restaurantで、ジェレミー・ブレットはThe Priory Scholarsの名誉会員証を授与された、とあります。アメリカ PBS での放送初日は1985年3月14日だそうですから(http://www.ihearofsherlock.com/2014/03/sherlockian-history-30-years-ago-today.html)、その直後ですね。

このインタビューの内容は何度かこのブログでも引用したことがあります。たとえばこちらです。
恐怖の感情:1985年のThe Armchair Detective のインタビューより


半年くらい前でしょうか、上にアドレスをあげた、The Priory Scholars of NYCのウェブサイトをみつけました。このサイトのArchivesにある一番古いページは2014年10月ですから、その頃にサイトをたちあげたのでしょう。ジェレミーが会員に囲まれて会員証を手に笑っている写真の下、Historyという文字をクリックすると、二回の休止期を経て2012年に活動を再開したグループの歴史が紹介されていて、そこでもジェレミーのことが触れられています。
https://prioryscholarsnyc.wordpress.com/about/

そしてアーカイブ中の一番古い記事からの引用です。

PRIORY SCHOLARS AT SIXTY
Susan Rice
https://prioryscholarsnyc.wordpress.com/2014/10/21/priory-scholars-at-sixty/

グループの集まりに参加したもっとも有名なゲストはもちろんジェレミー・ブレットで、1985年の集まりの最初の半時間ほどを、会員と共にすごしました。ジェレミーは本当に楽しい人でした。親しくいろいろなことを話してくれましたし、彼のホームズの特徴をすぐにその場でやってくれました。そしてグループの一人一人の話をきちんときいてくれました。とても残念なことに、私自身は仕事が長引いて、集まりに駆けつけたのはジェレミーがその場を去った後でしたが、皆は目を輝かせて、そのときの会話を一語ももらさず話したくてたまらない様子でした。

The most famous guest, of course, was Jeremy Brett who joined us at Bogie's for a half-hour or so at the start of a meeting in 1985. He was a delight — cordial, informative, quick to demonstrate some trick of his Holmes — and he took the time to listen to individuals in the group. Sadly I had to solve some problem at work and arrived at the meeting moments after he'd left, but everyone was still starry-eyed and eager to report on every word.


ああ、ジェレミーらしい、といつものように思います。

これをみつけたときは、雑誌で写真をみるのとはまた違ったうれしさがありました。ジェレミーがアメリカでこの写真に写ってから流れた時間も含めて感じられて、ジェレミー、このグループの人たちがあなたに会ったことを大切にして、30年ほどの時を経て写真をウェブサイトの一番上に掲げましたよ、とこころの中で話しかけました。

小さいですけれども、笑顔が良い写真です。自分のホームズがアメリカでもホームズを愛するひとたちに受け入れられて、皆とホームズの話ができて、うれしかったことでしょう。

RM

追記:日本やアメリカや世界のほかの国々がこんなことになっているのに、こんな平和な記事を書いていてよいのかという気持ちにもなりますが、今ここでの小さな幸せを自分で感じることと、まわりで起きていることを見て自分で感じることと、きっとどちらも大切ですね。
今日はeBayに出品されたMy Fair Ladyの写真のご紹介です。

http://www.ebay.com/itm//371811867822

スマートフォンなどではどう見えるのが私にはわかりませんが、コンピュータからでしたら左上の写真をクリックすると、かなり大きな画像になります。(すでに落札されていますので、数ヶ月で削除されると思います。)

Audrey Hepburn(オードリー・ヘップバーン)とジェレミーが雨の中で最初に会うシーンの撮影時です。George Cukor監督がオードリーに何か話していて、ジェレミーがそのすぐ近くで監督の方を見ています。

My Fair Ladyの撮影時の写真はJeremy Brett Informationに何枚もありましたが、これはそこにもありませんでしたので珍しい写真の部類にはいります。それででしょう、サイン入りというわけでもないのに結構な値段で落札されています。

私ははじめてではないのですが、以前のものはジェレミーの左目は完全に影になっていて表情がわかりませんでしたので、今回の写真はうれしいものでした。

RM
ジェレミーがホームズを語るとき、それぞれのインタビューでいろいろな面に焦点をあてます。ホームズは子供にとってのヒーローだと言っているもの、ホームズとワトスンの友情を語っているものをここ数回で引用したので、ホームズは健全で明るいようにも思えてきますが、もちろんそうではないですよね。ジェレミーはホームズのすばらしさだけではなく、ホームズが内に持つ暗さも見事に表現したのですよね。

本の中のあの複雑な人物を、生身のからだで演じたのがジェレミーでした。そしてbecomerのジェレミーは、しばしばホームズは好きではないと言っていました。(追記:あ、「しばしば」というのは言い過ぎでしたね。「ときどき」に訂正します。ジェレミーにとってホームズの一面である闇の部分は「時に」苦痛だったのでしょう。)

今日引用するのは、ホームズのそんな面を語っているものです。

Super sleuth could be a crook
by Charles Fraser
Evening Times, Sep 20, 1985
https://news.google.com/newspapers?id=Ego-AAAAIBAJ&pg=6012%2C4891201

ジェレミーはホームズのことを調べていくうちに、ホームズの卓越した頭脳と同じくらいに、その尋常ならざるふるまいや性格を重視するようになった。

「できる限り、危うい人間として演じました。ホームズはおそろしく複雑で、他人と交わらない人間でした。並外れた能力を持つ孤独な男です。
彼はコカインとモルヒネ中毒でもありました。誰もが眠りについている夜中にロンドンの通りをさまよう、こころを乱した夜の鳥です。
ホームズは女嫌いです。そして決して鹿撃ち帽をかぶったりしませんでした。田舎で、鹿撃ち帽をかぶるのによい時以外はね。
妙なことに、ホームズのふるまいや性格を研究してどんな男かわかればわかるほど、彼のことが好きでなくなりました。」

Jeremy's study of Sherlock Holmes led him to emphasise his eccentricities as much as his brilliance.
"I tried to play him as dangerously as possible," explains Jeremy. "Holmes was the most complex and isolated creature. He was a lonely man with brilliant instincts.
"But he was also addicted to cocaine and morphine. He was a demented nightbird who roamed around the city streets when everyone else was asleep.
"He was a dedicated woman-hater. And he would NEVER have worn that deer-stalker hat, except perhaps in the correct circumstances in the country.
"Oddly enough," Jeremy admits, "the more I delved into Holmes's personality and character and the more I understood him, the less I liked him."


ホームズが持つ能力とともにこの危うい暗さを、本から抜け出たように表現したからこそ、ジェレミーのホームズはいままでもこれからも、「自分にとってのホームズ」と多くの人に思われ続けるのでしょう。

RM
先月書いた記事「戦車の前に立つ青年:1989年のインタビューより」でご紹介したインタビューからです。2ページあるインタビューのうちの今度は1ページ目からで、ホームズとワトスンの友情についてです。ここで言っている「芝居」とは、"The Secret of Sherlock Holmes"のことです。

出典は以下で、実際のインタビューは1989年の終わり近くにおこなわれました。インタビューのPDFファイルのダウンロード方法については、先月の記事をご覧ください。
"The Wonderful Mystery of Sherlock Holmes"
Scrawl, 2002
https://questingbeastscrawl.blogspot.jp

「男性が互いに腕を組んで歩いているのは妙だと思われるようになりました。ホームズとワトスンはそうしていたものです。親子が道を横切るときのようにね。長いことホームズとワトスンは元祖『おかしな二人』なんじゃないかと思われてきました。この芝居の意味は、最も純粋で素朴な友情をみることができる点だと思います。これは二人の男の劇で、二人とも孤独で何かに傷つき、一人は天才、一人は良き市民です。二人ともそれまでの人生の歴史があります。彼らの友情は澄み切った水のようで、私たちにははっきりとそれがみえます。その純粋さ、そして昔風の品性、信頼、思いやり、礼節がそこにあります。そういった多くのことがその頃は大切にされていましたが、いまは変わってしまいました。」

"It's no longer palatable to see two men arm in arm. Holmes and Watson used to walk around linking arms—like a father and son crossing the road—and it has been suspect for years, they must have been the original 'odd couple'. I think the value of the play is showing friendship in its purest naivety and simplicity. It's a play about two men, both lonely, both lost. One is a genius, one a good man. Both have lived a bit. And their friendship is there like a pool of clear water to see right through, that purity and all those old fashioned things like honour, trust, consideration, manners. So many things were valuable then, and that's changed."


この現代社会のスピードと、ときにはつながりすぎ、ときにはおそろしく分断されすぎている、ひととの関係を思うとき、昔風の友情を語る言葉にほっとします。

もちろんジェレミーは、ホームズの頃が何もかもよかったと言っているわけではありません。上の引用部分に先立つところで、こう言っています。

「あの時代にもどりたいなんて決して思いません。あの頃の貧乏な人々がどれほどみじめな貧困の中にいたか想像もできないし、女性の境遇はあの頃からとても変わりました。いまや男女は友達にもなれます。あの時代、女性はあがめられるだけで、実際の自分をみてもらえず、男性はクラブへ出かけ、女性は家にいてお茶を飲んでいました。いまや全部かわって、私はこうなってよかったと思います。」

"I don't think we'll ever go back, thank God, because we have no idea just how unbearably poor it was, and remember that women have moved much faster—now men and women can be friends. Then, they were worshipped, put on pedestals, the men went off to their clubs and women sat and had tea. Now that's all changed, and I'm very glad about that [...]"


当時のひどい貧困についても女性の立場についても、いまはこうなってよかった、ただし男性どうしの友情については...と先の部分に続きます。

男女の間での友情という言葉で、ジェレミーが二度目の奥様のJoanのことを最高の友人で最愛のひと(my greatest friend and heart)と言っていたことを思い出します(「入院」)。ジェレミーにとって同性の間でも異性の間においても、friendshipが一番大切だったのだろうと感じながら、私にとってのfriendshipを思ってみます。

RM
新年のお慶びを申し上げます。当地は明るい陽射しの元旦で、私は初詣にも初売りにもなーんにも行かず、のんびりと過ごしました。

まず最初に、年末にネットでみつけた記事からご紹介します。BBCでSherlockを演じているBenedict Cumberbatch(ベネディクト・カンバーバッチ)へのインタビュー記事中の、彼の言葉です。

New year, new Sherlock
by Gabrielle Donnelly
Daily Mail Online, 30 December 2016
http://www.dailymail.co.uk/femail/article-4074250/New-year-new-Sherlock-Benedict-Cumberbatch-marriage-children-ll-different-supersleuth-new-series.html

ジェレミー・ブレットがホームズを演じたテレビシリーズをとてもよく覚えています。私の家でいつも繰り返し再生されていました。母がジェレミーの友人でしたから。(同じ時に演劇学校のthe Royal Central School of Speech And Dramaに在籍していた。)彼は素晴らしいなあと思いながら観ていました。

'I have very strong memories of the television series with Jeremy Brett, which was always being replayed in our house because my mother was a friend of his [they attended the Royal Central School Of Speech And Drama at the same time], and I thought he was extraordinary.'


ベネディクトがこうしてジェレミーのことに触れてくれるのは初めてではなくて、何度もこうしたインタビュー記事で目にしているのですが、それでもやはり嬉しいです。嬉しさついでに、新年はじめての記事でご紹介しました。

今までにも何度か彼がジェレミーの名を出しているのをご紹介していますが、一番最近では、3年前のお正月だったのですね。やはりよいお天気のお正月でした。「私は三が日はひたすら家にいるのが常で、初詣にも初売りにも行ったことがないのです」なんて、同じことを書いています。
宝の山の端っこをかじったお正月、そしてベネディクト・カンバーバッチの言葉も少し

その他、以下のような記事でも彼の言葉を引用しました。ご参考までに。
ジェレミーのホームズが愛されていること;Sherlock(シリーズ2)の放送にあわせたトークショー (2012) から
補遺、備忘録 その3(Benedict Cumberbatchとジェレミー)
補遺、備忘録 その7(Benedict Cumberbatch, Martin Freeman, Top 5, Top10)

こちらはベネディクトによる、ジェレミー・ホームズの顔真似もご紹介した記事です。「ベネディクトはジェレミーが演じるホームズの表情の変化に魅せられていたようで、BBCのドキュメンタリー・シリーズ Timeshift の中の How to be Sherlock Holmes (2014) でもそれに触れていました」と書きました。
ホームズの瞬間的な笑み

上の記事であげた番組のクリップがYoutubeにアップロードされました。番組全体ではなく一部分ですから、ここにアドレスを記しましょう。クリックすると顔真似のところからはじまります。
https://youtu.be/lRdd1_bZTo0?t=2m3s


ベネディクト・カンバーバッチが自分よりも前にホームズを演じたジェレミーを評価し尊敬してくれるように、ジェレミーもBasil Rathboneの名をあげて、自分にとってのホームズは彼だ、と言っていましたね。

一方、次にホームズを演じる俳優、次のホームズ作品については、ベネディクト・カンバーバッチは若いですからまだ言及していませんが、ジェレミーは自分の次の俳優がまたホームズを演じるだろうという気持ちが、いつもこころの中にありました。ちょうど、ハムレットをその時代・時代のすぐれた俳優が演じた長い歴史があるように、ホームズもまたこれからも演じられていくだろうと。自分はその歴史の中の一人だと。それを示すジェレミーの言葉として、以前も引用しましたが、やはりこれが好きで思い浮かびます。少し訳をかえて再度引用します。

2ページに分かれて書かれた記事で、引用部分は2ページ目からです。
Brett remains the screen's definitive Sherlock
by Terry Pace
Times Daily, Sep 15, 2004
https://news.google.com/newspapers?id=vXs0AAAAIBAJ&pg=2282%2C2345201
https://news.google.com/newspapers?id=vXs0AAAAIBAJ&pg=4181,2325690

「重要な役は何度も何度も、世代を越えて演じられるものなのです。シャーロック・ホームズという役に私なりの何かを残して、次の人に --- 違う時代のための違うホームズに手渡すことができれば、と願っています。

「その時までの間この役を演じることができて、コナン・ドイルと彼が作り出した人物のために何かができたのをとても幸せに思います。」そしてブレットはこう言った。「自分が一生懸命やってきたことが、認められずじまいではなかったと確かに感じています。それは役者としてとてもうれしいことなのです。」

"Great roles are meant to be played again and again, from one generation to the next. I shall hopefully leave my mark on Sherlock Holmes and then pass on the part to someone else—a different Holmes for a different era.

"Until then, I must say that I feel very fortunate to have had my day and to have done some service to Conan Doyle and the character he created," Brett concluded. "I do know that my efforts have not gone unappreciated. For an actor, that's a very good feeling."


ホームズを演じた俳優の歴史の中にいる一人として、"A different Holmes for a different era"(違う時代のための違うホームズ)に無事に役を手渡せることを喜びとしていたジェレミーのことを思います。ジェレミー亡きあとホームズを演じた俳優は何人もいるでしょうが、この言葉でいつもベネディクト・カンバーバッチが思い浮かびます。

RM
もうすぐこの一年も終わります。

「私」と「あなた」ということも、折々に考えた1年でした。

私は本当のあなたのことを知ることはできない。「あなた」が私の家族であっても友人であっても、世界の向こう側の人であっても。(ここに来てくださっているあなたのことも。そしてジェレミー・ブレットという名のあなたのことも。)でも私が本当の私を「こう」感じるように、あなたは本当のあなたを「こう」感じているのですね。そこにおいて私たちは同じものです。

自分の中の子供ということを、折々に考えた1年でもありました。理屈とか価値とか評価とか、そういうことへの目が開く前の自分。

子供が自由できままでわがままで、好きなことを、好きだというだけの理由で楽しめる時間をすごせますように。不安と恐怖の中にいる子供が、少しでも減りますように。

この1年、いろいろなことがあったけれども、ふりかえって感謝の気持ちをたくさんもちます。


ジェレミーが子供のことを話しているインタビューはたくさん思い浮かびます。今までにもいくつか引用しました。
子供の感受性(「Mystery!: A Celebration」から)
女性の直感と子供の感受性(2);1992年のThe Armchair Detective のインタビューから
子供とホームズ:1991年の新聞記事より

今日はこちらからです。
Jeremy Brett Interview, November 6, 1991
Interviewer: Kevin P. Murphy
http://web.archive.org/web/20131231002736/http://www.murderandwriting.com/entertainment/restored-jeremy-brett-inter.html

これはインタビューア自身のウェブサイトにアップロードされていたのですが、サイトがなくなってしまっていますので、Wayback Machineによって2013年にアーカイブされたページのアドレスを上にあげました。

Kがインタビューア、Jがジェレミーです。1991年ですからアメリカツアーの時です。

J: ホームズが子供にとってヒーローだとは思ってもいませんでした。この9年で知ったのです、特に舞台で演じた時に。「シャーロック・ホームズの秘密」という劇を、彼が100歳になったのを祝って上演しました。

K: いつかアメリカでも上演したいと思っていらっしゃるんですよね。

J: もうその時間はないんじゃないかと今は思っています、正典を全部映像化しようとしているので。1995年までかかるでしょう。そしてバトンをダニエル・デイ・ルイスに渡そうと思っています。その頃には私はホームズにはもう歳をとっていますから、彼にやってほしいですね。

公演のあいだ劇場の責任者に「ずいぶん空席がありますね」と言ったことが何度もあるのですが、そのたびに「ブレットさん、もう一度みてください。あかりがつきましたから、さあもう一度」って言うんです。そして(客席の椅子の背中一つ一つの向こう側を覗いている身振りをして)、子供がいっぱい!かわいい顔、顔!信じられない!子供はホームズが好きで、僕はその理由を知っています。これは去年おきたことで、その理由がごく最近わかりました。セント・ルイスに住む8歳のMichael McClure II(マイケル・マクルア二世)に4週間前に教えてもらったのです。ホームズがドラゴンを退治している絵を僕にくれて、僕が「マイケル...」と言うと、「ホームズはドラゴンをやっつけるんだ。僕はもう、夜いやな夢をみたりしないんだよ!」

K: すごい!

J: すごい!よかった!そして、ドイルが子供の鋭敏な感覚と感受性のすべてをホームズに与えたのが子供達にはわかるのです。ホームズの推理と直感はそこから来るのですからね!子供はその感覚と感受性を8歳でなくしてしまいます。窓の外を見てはいけません、教科書をみなさいと言われた時に。でもドイルはホームズにそのすべてを与えました。だから子供はホームズが大好きなんです。ホームズは法の正義を守り支える者でもあります。だからママとパパがけんかしていると「ホームズを呼ぶよ」って言えるのです。そして子供は少し支えをもらいます。だからホームズは子供のヒーローなんです。3歳のSolomon(ソロモン)とダラスで会ったのですが、私のホームズを全部観ていて、せりふを全部知っているんです!信じられない!ソロモン!

J: And, um, well, what I didn't realize was "You-know-who: S.H." is a great hero to the children. That, I've learned over the last nine years, largely from the play I did. I commissioned a play called, "The Secret of (you-know-who)," for his 100th birthday. 

K: This is the one you're hoping to bring to the States yet.

J: I don't think I've got time now, because I'm going to complete the canon. That will take until 1995. Then, I think I'll just pass the torch on to Daniel Day Lewis, I think. Let him get on with it, because I'll be over the hill by then. Umm, it's the fact that I used to say to the house manager that there are so many empty seats. He'd say, "Mr. Brett, just look again. The lights are on, now. Look again." And, of course [motioning to show eyes just barely peeking over the back of the seats]--children! Little faces! Absolutely unbelievable! They adored him, and I think I know why. I think it's to do--this has all happened over the last year--this particular idea has only recently come to me--through a little boy, called Michael McClure II, age 8, of St. Louis, about four weeks ago. And he gave me a picture of Holmes killing a dragon. And I said, "Michael...," and he said, "Oh, he kills my dragons. I don't have nightmares anymore!" 

K: Oh, wow!

J: Wow! Good news! Then, there are the children who recognize that Doyle has endowed his hero with all the antennae and sensibilities of a child...that's what his deduction and intuition is all about! Children lose it at the age of 8, I think, when they're told not to look out of the window, get on with their books, and it closes in. Whereas Doyle endowed "you-know-who" with all that. That's why the kids absolutely love him. He's also a great upholder of the law. So, when Mom and Dad are fighting, they say "I'll get S.H.," and they've got a little strength there. So, he is a hero to the children. Three-year-old Solomon, is there in Dallas, a little aficionado, has all my films, and knows every word! I couldn't believe it! Solomon! 


このインタビューがネットにあらわれた経緯については以前このように書きました。

このインタビューは、ジェレミーのすごく楽しそうな感じが伝わってきます。インタビューは当時、かなり短く編集されて土地の新聞に掲載されたのですが、それから15年ほどたってこの時のことを突然思い出したインタビューアが、コンピュータの中からインタビューを書き起こした元のテキストをさがしあてたけれども、ワープロソフトの移り変わりのために、文字化けその他でうまく読めないところが多かったそうです。ところが幸いなことに当時の録音がみつかり、そこからあらためて文字におこしたのがこれで、とても臨場感にあふれています。たとえばジェレミーが歌をくちずさんだり、外輪船(paddle-wheel boat)の音の真似をしたところなども、括弧に入れて書かれています。
(「Dame Gwenのこと;1991年のインタビューより」)

ジェレミーの声がきこえてきそうで、好きなインタビューの一つです。客席の椅子の背中の向こう側に子供達をみつけて、"Children! Little faces! Absolutely unbelievable!"(子供がいっぱい!かわいい顔、顔!まったく信じられない!)と言うところ、 "I couldn't believe it! Solomon!"(信じられない!ソロモン!)と子供の名前を呼ぶところ。

短く編集された記事はこちらで読めます。

たとえば新聞掲載記事では"I didn't realize that Holmes is a great hero to the children"というところが、長い方では "what I didn't realize was 'You-know-who: S.H.' is a great hero to the children"となっています。ジェレミーはよく、「ホームズ」と直接名前を出さずに、'You-know-who'とか'S.H.'とか言っていましたね。訳には反映できませんでしたが。

この中でジェレミーが"He's also a great upholder of the law"(ホームズは法の正義を守り支える者でもあります)と言っているところ、もしかしたら首をかしげる方もいらっしゃるかもしれません。正式な法的手続きをすっ飛ばすことも何度かありましたから。でもここで言いたいのは、「悪は露見し(自分が推理により明らかにし)、正義が行われる」とホームズは信じている、ということだと思います。それが、直接ちからを発揮できない、弱い立場にいる子供にとって支えであり救いである、と。

別のインタビューでジェレミーは、「パパがママを叩くんです。助けてくれますか?」という(ジェレミー・)ホームズへの子供の手紙について話していました。そんな時どうすればよいかはとても難しいけれども、決してそのままにすることはなく、専門家の手に委ねる、と。('Holmes is where my heart is...' 雑誌・日付不詳 )

ジェレミーは劇場やアメリカツアーで子供と接することで、子供がホームズを大好きなことを喜び、時にホームズが子供の支えとなっていることに安堵したでしょう。でも悲しい手紙をもらっても直接には助けられないつらさも感じたことでしょう。


最後に、ドラゴンをホームズに退治してもらって悪夢をみなくなった、セント・ルイスのマイケル・マクルア君とジェレミーの写真をご紹介しましょう。Sherlock Holmes Society of St. Charlesのブログからです。写真をクリックすると大きくなります。ジェレミーが右手でマイケル・マクルア君の肩を抱いています。
http://sherlockholmesofstcharles.blogspot.jp/2013/09/how-interesting.html

そしてコメント欄にそのマイケル・マクルア君、いえ大人になったマイケル・マクルア氏からのコメントがついています。今は数学の教授だそうです。「ジェレミー・ホームズは、モリアーティ教授と同じ職業を選んだマクルア青年をよしとするでしょうか?」と書いています。もちろんジェレミーはにこにこ笑っていますよね。


今年はこれが最後の記事かもしれません。ここに来てくださるかたとのご縁に感謝いたします。コメントを下さったかた、拍手をくださったかた、長く来てくださるかた、最近みつけてくださったかた、どうもありがとうございました。みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。

RM
自分の日常には関係がない遠いところに、ひとの大きな苦しみがある時、私はこの日常においてどう感じてどう暮らしていくのだろう。そう思うときに、ジェレミーの言葉で思い出すものがあります。

1989年のインタビューからです。このインタビューの抄訳を以前2回にわけてご紹介したことがあります。このブログを始めた年の記事で、この頃は原文を引用していませんでした。
「Scrawl」のインタビューから(1989年)(1)
「Scrawl」のインタビューから(1989年)(2)

このインタビュー全体が読める場所のアドレスをこの記事で書いていましたが、リンクをクリックしたらもうサイトがなくなっていました。検索したら新しい場所がわかりました。とてもいいインタビューですから、あらためてアドレスを書き、最初の部分をまずご紹介します。

https://questingbeastscrawl.blogspot.jp
こちらのページの上の方に"EXCLUSIVE SCRAWL INTERVIEWS"とあって、その中の"Jeremy Brett"をクリックするとPDFファイルが開いて、ダウンロードもできます。
"The Wonderful Mystery of Sherlock Holmes"
Scrawl, 2002

記事の最初にインタビューアの前書きがあります。この1989年のインタビューが2002年にウェブ上で発行された経緯の説明です。

1989年の終わり近くにイギリスの名優ジェレミー・ブレットと会って話す素晴らしい機会を得たときのことを、私は今でもはっきりと覚えていて、喜びとともに思い出す。そのインタビューはOutlookというロンドンの小さな雑誌のためのもので、次の号の巻頭特集として載るはずだった。しかし、音楽チャートに出はじめたあるデュオのほうがもっと「ヒップ」で、その雑誌が取りこみたいと必死だった若者層に受けがよい、と音楽担当の編集者が発行者を説得したために、ブレットの名は表紙から抜け落ち、Sohoという名がそれにかわり、ブレットの特集は切り刻まれて1ページだけになった。それから10年以上がたって、一度限りのヒットに終わったSohoを覚えているひともほとんどいないだろう。雑誌の発行者も他の仕事に移り、ジェレミー・ブレットも悲しいことに亡くなってしまった。だが別の言い方をすれば、Sohoもいない、雑誌もなくなった、だがジェレミー・ブレットは今でもその名前をよく知られていて永遠に生き続けている。特に、卓越した表現で最高のシャーロック・ホームズを演じたことによって。そして世界中にいるたくさんのファンに愛されている。そしてついに、このインタビューを当初の予定どおりの形で読者に読んでもらおう。

Late in 1989, I had the great privilege to meet and talk with Jeremy Brett, one of the great British actors. I still recall the event with great clarity and pleasure. I conducted the interview for Outlook, a small London-based journal, and it was to be the lead feature for an up-coming issue. Unfortunately, the music editor convinced the publisher that a new chart-bound pop duet, were more 'hip' and would appeal to the young readership the magazine so desperately courted. Hence, Brett was dropped from the cover to be replaced by Soho, and the feature was hacked down to a single page. Now, more than a decade later, Soho are perhaps remembered by very few for their one chart hit, the publisher of Outlook has moved onto other things, and Jeremy Brett is, tragically, no longer with us. Or to put it another way, Soho gone, Outlook gone, Jeremy Brett still a household name, immortalised in particular for his masterly rendering of the definitive Shelock Holmes, loved by millions of fans across the globe... and finally, I get the chance to present the interview as intended.


このインタビューアがずっとこのインタビューを忘れなかったように、今もグラナダシリーズが新しいファンを獲得しているように、ジェレミーの「いのち」はなんと長いのでしょう。本物というのはそういうことなのでしょう。

私の以前の2回の記事で書いたように、このインタビューはとてもよいものです。ホームズとワトスンの関係のことから、息子との会話まで多岐に渡っていて、しかも深いのです。

この中から、今日はジェレミーの以下の言葉を引用しましょう。インタビューアが、ホームズ以外でいま気にかけていることがありますか、何か怒りを感じることがありますかと尋ねます。ジェレミーの答えです。

「私たち皆が怒っていることがありますね。怒り続けていたら、怒りで死んでしまうほどです。かばんを手にさげ戦車の前に立つ、あの青年のことが頭から離れません。そしてあの広場の人々を軍隊が掃き散らしたということ...。私たちはベイルートも失いつつあります。でもどうやってそのようなことと共存して暮らしていけばよいのでしょう。世界のことを気にかける普通の良心を持っているとして、ではどうしたらよいのでしょう?

もし何も感じずにいるとすれば、愚か者の仲間です。もし深い夢から覚めた時に、自分がすすり泣いているのに気がついて、夢の記憶をさかのぼると自分がベイルートの市街を走っていたとしたら...。私の神経過敏なところ、感じやすさが意識下におさまっていることをいつもありがたく思います。

こういうことを話すのはある意味では危険なのです。軽々しくきこえますから。でも軽々しいことではないのです!とても重要なことなのです。」

"Well there are things that make us all steam – but if you go on steaming, you'll just die in steam. The boy swinging his bag in front of a tank is in my mind all the time, and the fact that they swept the square over... We're losing another city, Beirut. But how do you live with that? You may have a universal conscience, but what to do?

"If you don't feel it, you're among the brainless. If you come out of the tunnel of a dream and find that you're weeping and trace it back, and you've been running down a street in Beirut... I'm always glad that sensibility has come with me into the subconscious...

"It’s very dangerous to talk about these things in a kind of way, because I don't mean them to sound flip – they're not! They are profoundly important."


意味を取り違えていないように、意味はあっていても間違ったニュアンスを伝えていないようにと願っています。

以前は"The boy swinging his bag in front of a tank"というのを、衣類などが入ったかばんを手にして戦地となった市街にいる少年のイメージで読んでいました。今回調べたら、これは中国の天安門事件の時に戦車の前に一人たち、戦車が彼を避けて横に進路をかえようとするたびに、戦車の前に立ちふさがった青年のことだろうということがわかりました。1989年6月4日のことです。撮影したカメラマンは、shopping bagを手に、と言っています。
"Tank Man: The amazing story behind THAT photo - Newsnight"
https://youtu.be/SACHK-W4o1E?t=3m50s

彼を写した写真は雑誌LifeやTimeに載り、多くの新聞や雑誌の表紙になりました。その写真はたとえばこちらでみることができます。
Incredible Images Tell The Story Of A Photo Of A Man Who Stood Down Chinese Military Tanks
by Christian Storm
Business Insider, Jul. 22, 2014
http://www.businessinsider.com/famous-tiananmen-square-tank-man-photograph-contact-sheet-2014-7

私もこの光景を覚えています。写真もそうですし、BBC NewsnightがYoutubeに公開している映像(二つ上のアドレス)も当時のニュースでおそらくみたと思います。どうしてこんなことができるのだろう、自分ならその時どう思うだろう、どうするだろう、からだのどこかが痺れるような気持ちの中でそう感じました。ジェレミーはおそらく天安門でのこの時のことを言っていたのですね。the squareというのは天安門広場のことだったのですね。それを今回はじめて知りました。

イギリスから遠いアジアの国、中国の青年のことをジェレミーはどう思っていたでしょう。レバノン内戦の元での一般人の恐怖と苦しみをどう思っていたでしょう。

私がジェレミーの言葉で思うのはこういうことです。

何も感じないわけにはいかない。私たちにはこころがあるのだから。
一方で私たちがこころをかき乱されて、日々の生活でのこころの平和を失うことで、なんの良いことがあろうか。私たちにとっても、苦しんでいるひとたちにとっても。
でも何も感じないふりはできない。一人の人間の言葉として語らねばならない。知らねばならない。大切なことなのだから。


アレッポの人たちがどのような状況にいるかを知る一つの材料として以下の記事を読み、そのアドレスを記します。

「最後のメッセージです」アレッポ市民がTwitterに投稿した別れの言葉
ハフィントンポスト、2016年12月14日
http://www.huffingtonpost.jp/2016/12/14/aleppo_n_13616910.html

RM

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Author: RM
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